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修羅のやきもち
「ミコト、ミコト!」
アサクサの街、ターミナルのある小部屋。静けさに眠りかけていたとき、ミコトはピクシーに叩き起こされた。
「うーん……ピクシー?どうしたの?」
「しー、人修羅が起きちゃう!」
半身を起こすとピクシーが人差し指を立ててひそひそ声で話しかけてきた。ミコトがちらりと部屋を見回すと、シンは疲れ切った様子で眠りこけている。ミコトはピクシーのもとに身を寄せ、話を聞いた。
「ね、ミコト、ちょっとお買い物行かない?」
「買い物?どこに?」
「ガラクタ集めマネカタのところ!」
ミコトは天井を仰ぎガラクタ集めマネカタを思い浮かべた。フードで目元を隠しているが人懐っこく、人間に強い興味を持つマネカタだ。最近店を構えたらしく、シンに暇があったら寄ってねと声をかけていた。ピクシーは胸の前で両手を組み、キラキラした顔で言った。
「わたし、おしゃれしてみたいんだよね〜。ニンゲンって色々おしゃれしてたんでしょ?ガラクタ集めマネカタなら、ニンゲンがおしゃれに使うものをたくさん持ってそうじゃない!」
「買い物なら間薙くんも一緒のときがいいんじゃない?」
「わかってないなー、ミコトはー」
ピクシーは腕を組み、ぷくりと頬を膨らませた。
「オンナノコ同士のお買い物に人修羅がいたらゆっくりしてられないじゃない!」
「まぁ……それは、そうかも……」
友人との店巡りに一人男子がいるのは確かにやりづらい。それもシンはファッション等に興味がなさそうだし。この状況下でおしゃれに気を配るのもおかしいのかもしれないが、心の潤いも必要だ。ギンザ大地下道にあったガラクタ集めマネカタの部屋には女性向けの服を着たマネキンもいたことだし、少しくらいおしゃれができるかもしれない。
「だいじょうぶ!悪魔が襲ってきたってわたしがチョチョイってやっつけちゃうから!」
そう言って笑うピクシーは小さくとも頼もしい仲魔で、ミコトは思わず笑みを漏らした。彼女の小さな掌と指先でハイタッチを交わして、二人は静かなアサクサを歩いていった。カグツチの輝きが落ち着いた頃合いは悪魔も少なく、思いの外安全に歩くことができた。
「こんにちは〜……」
ガラクタ集めマネカタの店の扉を開くと、奥で何やらごそごそとしていたガラクタ集めマネカタが振り向き、
「あっ!お客さんだね!?いらっしゃい!」
愛想のよい声を上げた。奥は雑多にものが積まれているが商品を陳列した棚やカウンターがいくらか見受けられ、思ったよりも店らしい見た目に落ち着いていた。
「ねーアンタ、人間がおしゃれに使ってたものとかないのー?」
ピクシーの言葉に彼は首を傾げた。
「おしゃれ?」
「そうそう。ピアスとかネックレスとかリボンとかヘアピンとかー」
「あー……えっとね、その辺に置いてるのがそうじゃないかな?」
ガラクタ集めマネカタが指差した付近にピクシーが近付き、ミコトを手招きした。小さなテーブルにキラキラと輝くアクセサリーが置かれていた。指輪、ピアス、ネックレス等々、下手な雑貨屋よりも品揃えが豊富だ。こんな小さいものをあの砂漠や悪魔がうろつく中拾ったのかと思うと、手に取るのを躊躇ってしまう。
「小さいピアスならピクシーにもつけられるかな?」
シンプル極まりない小粒のフェイクダイヤのピアスを手に取り、ミコトはピクシーに差し出した。ピクシーはうんうん、と大袈裟に頷いてみせる。
「かわいいー!ミコト、わたしの趣味をわかってる!」
「あはは、ありがとう。ねえピクシー、私にはどんなのが似合うかな?」
「うーん、そうねー」
ミコトの隣にいるのはたとえ女性であっても悪魔、こんなごく普通に話していい相手ではないはずなのに、とても楽しい。ボルテクス界に来てからというもの、年頃の少女らしい会話をしていなかった。アクセサリーを見て心弾ませるなどずいぶん久しぶりだ。ひとときの少女の時間にミコトは酔いしれ、よき友、ピクシーとあれこれ雑談に花を咲かせた。
最近ピクシーとミコトの様子が変だ。間薙シンは仲魔と同行者の変化を敏感に感じ取っていた。二人ともやけにニコニコと楽しそうにして、心ここに在らずといった雰囲気が漂っている。アサクサのターミナルで休憩を挟んだ直後は特に二人の浮かれた空気が顕著になる。シンは不思議に思いながら、ミコトに声をかけた。
「なあ、月森」
「ん?どうしたの、間薙くん」
ピクシーと楽しそうに話していたミコトが振り返る。彼女の笑顔は可憐で朗らか、一瞬シンの脳みそはフリーズしたが、いやいやこれではいけないと思い直した。
「最近何かあったのか。ピクシーも様子が変だ」
シンの言葉にミコトはピクシーと顔を見合わせた。そして二人の女子はふふ、と笑う。
「あ、やっと間薙くん気付いてくれた?」
「気付いた?何にだ?」
眉を顰めるシンを見、ピクシーは怪訝そうな顔をした。
「ミコトー、やっぱり人修羅はなーんにも気付いてないよ!」
「そうかもねー……」
「?一体何の話をしてる?」
呆れた様子の女子二人の会話にシンは全くついていけなかった。蚊帳の外とはこのことかと思っていると、女子二人はシンの目の前でこそこそと内緒話を始めた。シンの方をちらちらと見ながら。一体何だ、オレはそんなに変なことを言ったかと思いつつ、シンは言葉を待った。
「間薙くん、今日は私たちと一緒にガラクタ集めさんのお店に行こうか」
「ガラクタ集め?」
予想もしなかった人物が話題に上り、シンは間抜けな鸚鵡返しをしてしまった。ガラクタ集めマネカタ。人間の残した品に強い興味を持ち、店を持ちたいと言っていた稀有なマネカタだ。一度彼の店に行ったことがあるが、何か特別な品物が置いてあった記憶はない。しかしそれよりも聞き逃せない単語があった。
「『今日は』って……お前ら、二人だけでガラクタ集めの店に行ってるのか?」
「うん」
「そうだよー?」
咎める色の濃いシンの声音に、二人はさらりと返した。シンは唖然とした。悪魔のピクシーはともかく、ミコトがシンの目の届かないところをうろついているなど、とても看過できない問題だ。まさかとシンは狼狽えた。ガラクタ集めマネカタとミコトは懇ろな関係にあって、ピクシーがこっそり仲立ちをしているとか……?ぎり、とシンは奥歯を噛み締めた。これは思いもよらぬ事態になってきた。ガラクタ集めマネカタに問い詰めなくては。
――シンのあまりの形相に、ミコトとピクシーの顔から笑みが消えていた。
シン、ミコト、ピクシーの三人でガラクタ集めマネカタの店に行く道中、三人いるにもかかわらず一切の会話がなかった。シンは口を開く気になれず、ずっと無言でミコトとピクシーの後ろをついて歩いている。ミコトとピクシーは顔を見合わせ、気まずそうに振り返った。
「間薙くん、どうしたの?怒ってる?」
ミコトの声がアサクサの通路に反響した。その声は少し震えていた。
「怒ってなんかない」
「うっそだー!人修羅、絶対怒ってるよ!」
ピクシーがきらめく軌跡を描きながらシンのもとへ飛んだ。すぐ眼前にやってきた陽気な妖精をシンは睨みつけた。……睨みつけたという自覚はなかったが、ピクシーはひ、と悲鳴を上げミコトの後ろに隠れた。
「間薙くん……」
「いいから黙って行け。……アイツには聞かなきゃいけないことがある」
鬼気迫るシンの声に、少女と妖精は見事に黙り込んだ。シンは歩きながら苛立ちを隠せなかった。早く店に着かないだろうか、やけに遠く感じる。アサクサの各所に続く通路は悪魔が潜み、普段なら何度か会敵することもあるのだが、このときは触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに悪魔のあの字も見当たらなかった。
アサクサの通路を黙々と歩き続け、ようやくガラクタ集めマネカタの店に辿り着いた。この扉の向こうに問い詰めるべき相手がいる。シンは大きく息を吸い、扉を開けた。
「あ!ミコトちゃん、ピクシーちゃん!いらっしゃい!」
三人が店に入った瞬間、場違いなほどに明るい声が響いた。ガラクタ集めマネカタは大きく手を振り、口角を柔らかく上げた。目元が隠れていても笑っていることがわかるその仕草、シンの苛立ちを逆撫でするようだった。
――ミコトちゃん?
シンの脳裏には彼の声がこだましていた。彼女とはそれなりに長い時間を過ごしている自分ですら「月森」と呼んでいるのに、ずいぶんと気安い呼び名だ。これは問い詰める事項が一つ増えたようだ――……シンはガラクタ集めマネカタの目の前に立った。
「はーい、いらっしゃい。今日は何かな?」
「お前に聞きたいことがある」
「うん、なに?」
拳を握りしめたシンとは裏腹に、彼は明るいというより軽薄な口調で答えた。シンの気迫を前にしても態度が変わらないとは、鈍感なのか肝が据わっているのかどちらだろうか。
「お前、月森とはどういう関係だ?」
詰問は単刀直入。あまりにも鋭い言葉の刀に、後ろで立ち尽くしているミコトとピクシーが硬直する気配があった。当のガラクタ集めマネカタは「ん?」と首を傾げている。
「月森って、ミコトちゃんのことだよね?どういう関係って?」
「しらばっくれるな。オレに黙ってこっそりここに来てるらしいな。一体何が目的だ」
「何が目的って……お買い物だと思うよ?ボクはお店をやってて、ミコトちゃんはお客さん。それ以外に何もないよ?」
「こいつ……」
シンが歯を食いしばったところ、ミコトが割って入った。
「間薙くん!間薙くんに黙ってたことを気にしてるんだよね!?それは謝るから、彼は何も悪くないの!」
「月森……」
ミコトの必死な態度は、シンの中で紡ぎ出された架空の物語をより強固にする。マネカタの男と人間の少女の恋物語。ありえないと一笑に付してしまいたかった。
「ガラクタ集めさんは人間の使ってたものにご執心だから、アクセサリーとかいっぱいあるだろうと思って見にきてただけなの!」
「……アクセサリー?」
よもや彼と揃いのアクセサリーをつけたいとか、そういうことだろうか。シンは思わずガラクタ集めマネカタに目をやった。事態をよく飲み込めていなさそうな彼は、目元を隠していることを除けば他のマネカタと同じ質素な服を着ている。アクセサリーの類は全く見当たらない。
「そうそう!人修羅をオンナノコのお買い物につき合わせちゃ悪いから、わたしとミコトだけで行ってたの!」
慌てたピクシーがシンの前に現れ、身振り手振りで主張した。シンは眉を顰めた。……もしや、ガラクタ集めマネカタが目当てではないのだろうか?
「オレはてっきり、ガラクタ集めに会いに来てたのかと思ったけど」
「違うよ?」
ふと零した疑問をミコトは即座に否定した。そしてピクシーと並び、二人それぞれ自らの髪や耳を指差した。
「ほら見て、間薙くん。私、新しいヘアピンしてるでしょ。ピクシーも新しいピアスを買ったの。ここで買ったんだよ」
「ヘアピン……?ピアス……?」
そう言われてまじまじと二人を見て初めて、見慣れないアクセサリーを身につけていることに気がついた。そしてシンはふと店内を見回した。傷薬やチャクラドロップといった実用品が置かれた棚の他に、ミコトとピクシーが身につけているようなアクセサリーを置いているテーブルがあった。
「間薙くんに黙ってたのはごめんね。間薙くん、こういうお買い物は退屈するかなって思って……それで、ピクシーと一緒に来ちゃった」
申し訳なさそうな顔で謝るミコトを見、シンはようやく全容を理解した。
……理解すると同時に、シンの顔は真っ赤に染まった。
アサクサ、ターミナル。赤面したシンは、ミコトに慰められるという珍事に陥っていた。
「……本当にすまなかった。オレ、勘違いして……」
「ううん、こっちこそごめんね。間薙くんに何も言わずに勝手に出ていっちゃってたから、心配してくれたんだよね」
膝を抱えて自己嫌悪に沈みそうになるシンの背中を、ミコトは優しく撫でてくれた。盛大な勘違いをしてしまったが、彼女にこうして慰められるのならそれもよいのだろうか、と卑しい感情が湧き出てしまう。ガラクタ集めマネカタにもみっともないところを見せてしまい、シンは歯噛みした。唯一の救いは、
「んー?何だかよくわからないけど、ボクに謝る必要なんてないよ!」
とガラクタ集めマネカタが明るく返してくれたことだろうか。彼は本当に気にしていない様子だった、助かった。
「でも、間薙くん。何を勘違いしてたの?ガラクタ集めさんにすごい詰め寄ってたけど」
「……うっ」
ミコトの純真な瞳がシンの後ろめたいところを刺す。シンは赤い頬を隠すように目を逸らした。彼の灰色の瞳は珍しく揺れていた。
「……月森、今からオレが何を言っても笑わないと約束してくれるか」
ぽそりとつぶやいた言葉に、ミコトは真摯に「うん」と答えた。
言わなければ……湧き上がる使命感に、シンの口がついていかなかった。シンはミコトの顔をちらちらと見ながらも黙りこくっていた。ただただ沈黙が場を支配するが、ミコトは辛抱強く待っていてくれた。
シンは唇を薄く開き、細い息を吐き出した。吐息とともに躊躇いが吐き出されていく。決意した。自らの言葉で語ろう。赤裸々に。
「お前がガラクタ集めマネカタに会いに行ってるって……そう、思ってた」
「ガラクタ集めマネカタさんに?」
ミコトはきょとんとしていた。シンが何を言っているのかわからない、といった素朴な顔だった。
「オレ抜きで会いに行きたくなるくらい、あいつと仲良くなったんじゃないかって思ってた」
「……ねえ、間薙くん。もしかしてさ……」
ミコトはシンの隣に座ると、じっと彼の顔を見つめた。
「やきもち焼いてたの?」
「やっ……!?」
思いもよらぬ単語にシンは咳き込んだ。口元を手で押さえながら、シンはミコトから目を逸らす。シンの脳は忙しない思考を始めた。
――やきもち?オレが?誰に?ガラクタ集めに?なんで?
めまぐるしく渦巻く思考を整理できないでいるシンに、ミコトは優しく笑いかけた。
「そっかそっか、間薙くんもやきもち焼いたりするんだ。大丈夫、ガラクタ集めさんはいい人だけど、そんな風には思ってないよ。ねえ間薙くん、見て?」
ミコトは髪を耳にかけ、シンに微笑む。耳元を飾るヘアピンに目が惹かれる魅力的な仕草だった。
「ヘアピン、どうかな?似合ってる?」
「……似合ってる。かわいい……と、思う」
「へへ、そっか。ありがとう、間薙くん。私、間薙くんに可愛いって言われたかったの」
ターミナルの光に照らされる彼女は輝いて見えた。シンは自らの頬に触れた。頬が熱い。手の冷たさがあっという間に吸収されてしまう。
「月森、オレのいない間に勝手にどこかに行かないって約束してくれ」
「うん、約束する。だからね、間薙くん」
ミコトはそっとシンの半身に体重を預けた。信頼できる人間にしか見せない心を許した仕草に、シンの心臓は軽く跳ねた。
「今度、一緒にガラクタ集めさんのお店に行こう?間薙くんの好みを教えてよ」
好み。好みとは、一体何のことだろう。
――オレは、お前が一番好みだけど。
そんな言葉は、シンの熱い脳内に響き渡るのみだった。
「ミコト、ミコト!」
アサクサの街、ターミナルのある小部屋。静けさに眠りかけていたとき、ミコトはピクシーに叩き起こされた。
「うーん……ピクシー?どうしたの?」
「しー、人修羅が起きちゃう!」
半身を起こすとピクシーが人差し指を立ててひそひそ声で話しかけてきた。ミコトがちらりと部屋を見回すと、シンは疲れ切った様子で眠りこけている。ミコトはピクシーのもとに身を寄せ、話を聞いた。
「ね、ミコト、ちょっとお買い物行かない?」
「買い物?どこに?」
「ガラクタ集めマネカタのところ!」
ミコトは天井を仰ぎガラクタ集めマネカタを思い浮かべた。フードで目元を隠しているが人懐っこく、人間に強い興味を持つマネカタだ。最近店を構えたらしく、シンに暇があったら寄ってねと声をかけていた。ピクシーは胸の前で両手を組み、キラキラした顔で言った。
「わたし、おしゃれしてみたいんだよね〜。ニンゲンって色々おしゃれしてたんでしょ?ガラクタ集めマネカタなら、ニンゲンがおしゃれに使うものをたくさん持ってそうじゃない!」
「買い物なら間薙くんも一緒のときがいいんじゃない?」
「わかってないなー、ミコトはー」
ピクシーは腕を組み、ぷくりと頬を膨らませた。
「オンナノコ同士のお買い物に人修羅がいたらゆっくりしてられないじゃない!」
「まぁ……それは、そうかも……」
友人との店巡りに一人男子がいるのは確かにやりづらい。それもシンはファッション等に興味がなさそうだし。この状況下でおしゃれに気を配るのもおかしいのかもしれないが、心の潤いも必要だ。ギンザ大地下道にあったガラクタ集めマネカタの部屋には女性向けの服を着たマネキンもいたことだし、少しくらいおしゃれができるかもしれない。
「だいじょうぶ!悪魔が襲ってきたってわたしがチョチョイってやっつけちゃうから!」
そう言って笑うピクシーは小さくとも頼もしい仲魔で、ミコトは思わず笑みを漏らした。彼女の小さな掌と指先でハイタッチを交わして、二人は静かなアサクサを歩いていった。カグツチの輝きが落ち着いた頃合いは悪魔も少なく、思いの外安全に歩くことができた。
「こんにちは〜……」
ガラクタ集めマネカタの店の扉を開くと、奥で何やらごそごそとしていたガラクタ集めマネカタが振り向き、
「あっ!お客さんだね!?いらっしゃい!」
愛想のよい声を上げた。奥は雑多にものが積まれているが商品を陳列した棚やカウンターがいくらか見受けられ、思ったよりも店らしい見た目に落ち着いていた。
「ねーアンタ、人間がおしゃれに使ってたものとかないのー?」
ピクシーの言葉に彼は首を傾げた。
「おしゃれ?」
「そうそう。ピアスとかネックレスとかリボンとかヘアピンとかー」
「あー……えっとね、その辺に置いてるのがそうじゃないかな?」
ガラクタ集めマネカタが指差した付近にピクシーが近付き、ミコトを手招きした。小さなテーブルにキラキラと輝くアクセサリーが置かれていた。指輪、ピアス、ネックレス等々、下手な雑貨屋よりも品揃えが豊富だ。こんな小さいものをあの砂漠や悪魔がうろつく中拾ったのかと思うと、手に取るのを躊躇ってしまう。
「小さいピアスならピクシーにもつけられるかな?」
シンプル極まりない小粒のフェイクダイヤのピアスを手に取り、ミコトはピクシーに差し出した。ピクシーはうんうん、と大袈裟に頷いてみせる。
「かわいいー!ミコト、わたしの趣味をわかってる!」
「あはは、ありがとう。ねえピクシー、私にはどんなのが似合うかな?」
「うーん、そうねー」
ミコトの隣にいるのはたとえ女性であっても悪魔、こんなごく普通に話していい相手ではないはずなのに、とても楽しい。ボルテクス界に来てからというもの、年頃の少女らしい会話をしていなかった。アクセサリーを見て心弾ませるなどずいぶん久しぶりだ。ひとときの少女の時間にミコトは酔いしれ、よき友、ピクシーとあれこれ雑談に花を咲かせた。
最近ピクシーとミコトの様子が変だ。間薙シンは仲魔と同行者の変化を敏感に感じ取っていた。二人ともやけにニコニコと楽しそうにして、心ここに在らずといった雰囲気が漂っている。アサクサのターミナルで休憩を挟んだ直後は特に二人の浮かれた空気が顕著になる。シンは不思議に思いながら、ミコトに声をかけた。
「なあ、月森」
「ん?どうしたの、間薙くん」
ピクシーと楽しそうに話していたミコトが振り返る。彼女の笑顔は可憐で朗らか、一瞬シンの脳みそはフリーズしたが、いやいやこれではいけないと思い直した。
「最近何かあったのか。ピクシーも様子が変だ」
シンの言葉にミコトはピクシーと顔を見合わせた。そして二人の女子はふふ、と笑う。
「あ、やっと間薙くん気付いてくれた?」
「気付いた?何にだ?」
眉を顰めるシンを見、ピクシーは怪訝そうな顔をした。
「ミコトー、やっぱり人修羅はなーんにも気付いてないよ!」
「そうかもねー……」
「?一体何の話をしてる?」
呆れた様子の女子二人の会話にシンは全くついていけなかった。蚊帳の外とはこのことかと思っていると、女子二人はシンの目の前でこそこそと内緒話を始めた。シンの方をちらちらと見ながら。一体何だ、オレはそんなに変なことを言ったかと思いつつ、シンは言葉を待った。
「間薙くん、今日は私たちと一緒にガラクタ集めさんのお店に行こうか」
「ガラクタ集め?」
予想もしなかった人物が話題に上り、シンは間抜けな鸚鵡返しをしてしまった。ガラクタ集めマネカタ。人間の残した品に強い興味を持ち、店を持ちたいと言っていた稀有なマネカタだ。一度彼の店に行ったことがあるが、何か特別な品物が置いてあった記憶はない。しかしそれよりも聞き逃せない単語があった。
「『今日は』って……お前ら、二人だけでガラクタ集めの店に行ってるのか?」
「うん」
「そうだよー?」
咎める色の濃いシンの声音に、二人はさらりと返した。シンは唖然とした。悪魔のピクシーはともかく、ミコトがシンの目の届かないところをうろついているなど、とても看過できない問題だ。まさかとシンは狼狽えた。ガラクタ集めマネカタとミコトは懇ろな関係にあって、ピクシーがこっそり仲立ちをしているとか……?ぎり、とシンは奥歯を噛み締めた。これは思いもよらぬ事態になってきた。ガラクタ集めマネカタに問い詰めなくては。
――シンのあまりの形相に、ミコトとピクシーの顔から笑みが消えていた。
シン、ミコト、ピクシーの三人でガラクタ集めマネカタの店に行く道中、三人いるにもかかわらず一切の会話がなかった。シンは口を開く気になれず、ずっと無言でミコトとピクシーの後ろをついて歩いている。ミコトとピクシーは顔を見合わせ、気まずそうに振り返った。
「間薙くん、どうしたの?怒ってる?」
ミコトの声がアサクサの通路に反響した。その声は少し震えていた。
「怒ってなんかない」
「うっそだー!人修羅、絶対怒ってるよ!」
ピクシーがきらめく軌跡を描きながらシンのもとへ飛んだ。すぐ眼前にやってきた陽気な妖精をシンは睨みつけた。……睨みつけたという自覚はなかったが、ピクシーはひ、と悲鳴を上げミコトの後ろに隠れた。
「間薙くん……」
「いいから黙って行け。……アイツには聞かなきゃいけないことがある」
鬼気迫るシンの声に、少女と妖精は見事に黙り込んだ。シンは歩きながら苛立ちを隠せなかった。早く店に着かないだろうか、やけに遠く感じる。アサクサの各所に続く通路は悪魔が潜み、普段なら何度か会敵することもあるのだが、このときは触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに悪魔のあの字も見当たらなかった。
アサクサの通路を黙々と歩き続け、ようやくガラクタ集めマネカタの店に辿り着いた。この扉の向こうに問い詰めるべき相手がいる。シンは大きく息を吸い、扉を開けた。
「あ!ミコトちゃん、ピクシーちゃん!いらっしゃい!」
三人が店に入った瞬間、場違いなほどに明るい声が響いた。ガラクタ集めマネカタは大きく手を振り、口角を柔らかく上げた。目元が隠れていても笑っていることがわかるその仕草、シンの苛立ちを逆撫でするようだった。
――ミコトちゃん?
シンの脳裏には彼の声がこだましていた。彼女とはそれなりに長い時間を過ごしている自分ですら「月森」と呼んでいるのに、ずいぶんと気安い呼び名だ。これは問い詰める事項が一つ増えたようだ――……シンはガラクタ集めマネカタの目の前に立った。
「はーい、いらっしゃい。今日は何かな?」
「お前に聞きたいことがある」
「うん、なに?」
拳を握りしめたシンとは裏腹に、彼は明るいというより軽薄な口調で答えた。シンの気迫を前にしても態度が変わらないとは、鈍感なのか肝が据わっているのかどちらだろうか。
「お前、月森とはどういう関係だ?」
詰問は単刀直入。あまりにも鋭い言葉の刀に、後ろで立ち尽くしているミコトとピクシーが硬直する気配があった。当のガラクタ集めマネカタは「ん?」と首を傾げている。
「月森って、ミコトちゃんのことだよね?どういう関係って?」
「しらばっくれるな。オレに黙ってこっそりここに来てるらしいな。一体何が目的だ」
「何が目的って……お買い物だと思うよ?ボクはお店をやってて、ミコトちゃんはお客さん。それ以外に何もないよ?」
「こいつ……」
シンが歯を食いしばったところ、ミコトが割って入った。
「間薙くん!間薙くんに黙ってたことを気にしてるんだよね!?それは謝るから、彼は何も悪くないの!」
「月森……」
ミコトの必死な態度は、シンの中で紡ぎ出された架空の物語をより強固にする。マネカタの男と人間の少女の恋物語。ありえないと一笑に付してしまいたかった。
「ガラクタ集めさんは人間の使ってたものにご執心だから、アクセサリーとかいっぱいあるだろうと思って見にきてただけなの!」
「……アクセサリー?」
よもや彼と揃いのアクセサリーをつけたいとか、そういうことだろうか。シンは思わずガラクタ集めマネカタに目をやった。事態をよく飲み込めていなさそうな彼は、目元を隠していることを除けば他のマネカタと同じ質素な服を着ている。アクセサリーの類は全く見当たらない。
「そうそう!人修羅をオンナノコのお買い物につき合わせちゃ悪いから、わたしとミコトだけで行ってたの!」
慌てたピクシーがシンの前に現れ、身振り手振りで主張した。シンは眉を顰めた。……もしや、ガラクタ集めマネカタが目当てではないのだろうか?
「オレはてっきり、ガラクタ集めに会いに来てたのかと思ったけど」
「違うよ?」
ふと零した疑問をミコトは即座に否定した。そしてピクシーと並び、二人それぞれ自らの髪や耳を指差した。
「ほら見て、間薙くん。私、新しいヘアピンしてるでしょ。ピクシーも新しいピアスを買ったの。ここで買ったんだよ」
「ヘアピン……?ピアス……?」
そう言われてまじまじと二人を見て初めて、見慣れないアクセサリーを身につけていることに気がついた。そしてシンはふと店内を見回した。傷薬やチャクラドロップといった実用品が置かれた棚の他に、ミコトとピクシーが身につけているようなアクセサリーを置いているテーブルがあった。
「間薙くんに黙ってたのはごめんね。間薙くん、こういうお買い物は退屈するかなって思って……それで、ピクシーと一緒に来ちゃった」
申し訳なさそうな顔で謝るミコトを見、シンはようやく全容を理解した。
……理解すると同時に、シンの顔は真っ赤に染まった。
アサクサ、ターミナル。赤面したシンは、ミコトに慰められるという珍事に陥っていた。
「……本当にすまなかった。オレ、勘違いして……」
「ううん、こっちこそごめんね。間薙くんに何も言わずに勝手に出ていっちゃってたから、心配してくれたんだよね」
膝を抱えて自己嫌悪に沈みそうになるシンの背中を、ミコトは優しく撫でてくれた。盛大な勘違いをしてしまったが、彼女にこうして慰められるのならそれもよいのだろうか、と卑しい感情が湧き出てしまう。ガラクタ集めマネカタにもみっともないところを見せてしまい、シンは歯噛みした。唯一の救いは、
「んー?何だかよくわからないけど、ボクに謝る必要なんてないよ!」
とガラクタ集めマネカタが明るく返してくれたことだろうか。彼は本当に気にしていない様子だった、助かった。
「でも、間薙くん。何を勘違いしてたの?ガラクタ集めさんにすごい詰め寄ってたけど」
「……うっ」
ミコトの純真な瞳がシンの後ろめたいところを刺す。シンは赤い頬を隠すように目を逸らした。彼の灰色の瞳は珍しく揺れていた。
「……月森、今からオレが何を言っても笑わないと約束してくれるか」
ぽそりとつぶやいた言葉に、ミコトは真摯に「うん」と答えた。
言わなければ……湧き上がる使命感に、シンの口がついていかなかった。シンはミコトの顔をちらちらと見ながらも黙りこくっていた。ただただ沈黙が場を支配するが、ミコトは辛抱強く待っていてくれた。
シンは唇を薄く開き、細い息を吐き出した。吐息とともに躊躇いが吐き出されていく。決意した。自らの言葉で語ろう。赤裸々に。
「お前がガラクタ集めマネカタに会いに行ってるって……そう、思ってた」
「ガラクタ集めマネカタさんに?」
ミコトはきょとんとしていた。シンが何を言っているのかわからない、といった素朴な顔だった。
「オレ抜きで会いに行きたくなるくらい、あいつと仲良くなったんじゃないかって思ってた」
「……ねえ、間薙くん。もしかしてさ……」
ミコトはシンの隣に座ると、じっと彼の顔を見つめた。
「やきもち焼いてたの?」
「やっ……!?」
思いもよらぬ単語にシンは咳き込んだ。口元を手で押さえながら、シンはミコトから目を逸らす。シンの脳は忙しない思考を始めた。
――やきもち?オレが?誰に?ガラクタ集めに?なんで?
めまぐるしく渦巻く思考を整理できないでいるシンに、ミコトは優しく笑いかけた。
「そっかそっか、間薙くんもやきもち焼いたりするんだ。大丈夫、ガラクタ集めさんはいい人だけど、そんな風には思ってないよ。ねえ間薙くん、見て?」
ミコトは髪を耳にかけ、シンに微笑む。耳元を飾るヘアピンに目が惹かれる魅力的な仕草だった。
「ヘアピン、どうかな?似合ってる?」
「……似合ってる。かわいい……と、思う」
「へへ、そっか。ありがとう、間薙くん。私、間薙くんに可愛いって言われたかったの」
ターミナルの光に照らされる彼女は輝いて見えた。シンは自らの頬に触れた。頬が熱い。手の冷たさがあっという間に吸収されてしまう。
「月森、オレのいない間に勝手にどこかに行かないって約束してくれ」
「うん、約束する。だからね、間薙くん」
ミコトはそっとシンの半身に体重を預けた。信頼できる人間にしか見せない心を許した仕草に、シンの心臓は軽く跳ねた。
「今度、一緒にガラクタ集めさんのお店に行こう?間薙くんの好みを教えてよ」
好み。好みとは、一体何のことだろう。
――オレは、お前が一番好みだけど。
そんな言葉は、シンの熱い脳内に響き渡るのみだった。
