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ハロウィンの吸血鬼は攫いたい
間薙シンの通う高校の文化祭は毎年ハロウィンの時期に行われる。そのためか、毎年ハロウィン仕様の仮装をした生徒が多数現れる。昨年はシンも狼男の仮装をした。今年は吸血鬼の仮装をすることになり、シンは黒いマントを翻していた。マントの裏地は血のように赤く、マントの下は優雅なフリルブラウスと黒いスラックス、普段のシンでは纏うことのできない貴族のような雰囲気を醸し出していた。
「おー、シン似合うじゃん!」
そう声をかけてきた勇は包帯男になりきっていた。薄汚れた包帯を幾重にも巻いた姿は不気味だが、本人が軽薄な笑みを浮かべているためかそこまで怪しい雰囲気にはなっていない、不思議な仮装だった。
シンはマントの埃を落としながら、
「そうか?」
不安げに尋ねる。勇は楽しそうに笑っていた。
「おう、似合ってるぞ。これなら『あの作戦』もうまくいくだろーよ!」
「しっ、勇。声が大きい」
文化祭の空気に浮かれ切ったクラスメイトに人差し指を突きつけ、シンは声を顰めた。そう、今日は勝負の日。シンの心は見た目に反し緊張と興奮に支配されていた。
「いらっしゃいませー!」
月森ミコトは橘千晶とともに浴衣を着込み、接客を行っていた。二人のクラスはハロウィン時期の仮装をあえて外し、茶菓子と抹茶を提供する和風喫茶を経営していた。女子は浴衣の上にフリルのついたエプロンを着用し、男子は着流しをさらりと着こなしている。他のクラスがハロウィン仕様であることも相まってもの珍しいのか、訪れる客が多かった。
「ミコト、お疲れ様」
「あ、千晶ちゃん」
クラスメイトの千晶が颯爽と現れ、思わずミコトは見惚れてしまった。もともと千晶は美人だが、普段下ろしている髪をアップスタイルにし、うなじが見える浴衣に可愛らしいエプロン、似合いすぎてどこかのモデルのようだ。これは千晶目当てに客が来てもおかしくないなあ、とミコトは感心していた。
「交代するわ。時間でしょ」
「あ、そうだね。ありがとう千晶ちゃん。よろしくね」
千晶と接客を交代したミコトはさてどうしたものかと思案した。他のクラスに遊びに行こうと一歩を踏み出した瞬間、
「月森!」
聞き慣れた声に呼び止められた。振り返ると廊下で少年が二人、ミコトを手招きしている。招かれるままにミコトが廊下に出ると、包帯男と吸血鬼がミコトを出迎えた。包帯男は軽い雰囲気の笑みを浮かべ、吸血鬼はどこか緊張した面持ちだった。
「新田くんに間薙くん!二人とも仮装してるんだね、よく似合ってるよ!」
「おう、ありがとな。月森は浴衣か?」
勇の問いにミコトはその場でくるりと一回転して見せた。フリルのついたエプロンが優雅に翻り、浴衣だけでは生じない可愛らしさが漂った。
「そうなの!和風喫茶って感じ!どうかな?」
「似合ってるぜ、なあシン!」
勇がシンを肘で小突くと、シンは控えめにミコトに視線を合わせ、
「……ああ。可愛いと思う」
とぼそりと呟いた。その声は文化祭の喧騒にかき消えないギリギリの大きさだった。
「二人ともありがとう!そうだ、千晶ちゃんが今接客してるの!すごく可愛いから見ていってよ!」
ミコトがそう言うと、シンが残念そうにぽつりと漏らした。
「月森は接客しないのか?」
「私はこれから自由時間なんだ。どうしよっかなって思ってたところなの」
そう返すと、勇がぽんと手を叩いた。いかにもいいこと思いつきました!と言わんばかりの仕草だった。
「じゃあ、オレたちと一緒に色々見て回ろうぜ!ちょうどオレらも暇でさ!いいだろ、シン?」
シンは頬を赤く染めながらこくりと頷いた。
ミコトは文化祭を存分に楽しみ、自らの教室に戻ってきた。勇とシンとは接客時間の関係であまり長くはいられなかったが楽しく過ごせたし、千晶とステージを見て回ったりもでき、ミコトとしては大満足の文化祭だった。夕方の気怠い空気が漂う時間帯、後は祭りの片付けが待っている。ミコトが教室の片付けを手伝っていると、千晶に肩を叩かれた。
「ん?どうしたの、千晶ちゃん」
「シンくんがお呼びよ」
「え、間薙くんが?」
片付けの手を止め千晶が指差す方を見ると、廊下にシンが立っているのが見えた。吸血鬼の彼は、落ち着かない様子でちらちらと周りに目をやっている。
「行ってあげなさい。片付けは私がやるから」
「え、いいの?」
「いいわよ。クラスにはうまいこと言っておくわ」
そう言って千晶は可愛らしいウインクを見せた。同性のミコトですら心を射抜かれる仕草に見惚れつつ笑い、
「わかった、ありがとう千晶ちゃん。行ってくるね」
ミコトはこっそり教室を抜け出した。廊下を行き交う生徒も少なくなってきた夕暮れ、シンの纏う黒いマントが橙に照らされていた。
「間薙くん、お待たせ。どうしたの?」
しっとりと佇む吸血鬼に身を乗り出して尋ねるが、彼はミコトを目で追いながら一言も発することがなかった。あれ、どうしたのだろう。ミコトが思わず沈黙の吸血鬼を覗き込んだ瞬間、
「お前を攫いに来た」
吸血鬼がぼそりと呟いた。言葉の意味を把握する頃には、ミコトはシンにお姫様抱っこをされていた。
「ぅえっ!?」
突然のことに妙な声が出た。ミコトが反射的にシンの首に縋り付くと、彼は頷き素早く駆けていく。シンの黒いマントが風になびき、血のように赤い裏地がはためいた。
「ちょ、ちょっと!どこに行くの!?」
ミコトの叫びはどこへやら、シンは通り過ぎる生徒たちの注目を浴びながら一目散に駆けていく。祭りの後の喧騒を駆け抜け、シンは校舎裏の静かな空間で立ち止まった。校舎裏には二人以外おらず、喧騒が遠く聞こえる静けさに包まれている。
「わ、っとと……!」
立ち止まったシンがゆっくりと地面に降ろしてくれる。ふらつきながらも体勢を整え、ミコトはシンを見つめた。彼は気まずそうな顔をしつつも頬を赤らめている。
「もう、どうしたの間薙くん!急にこんなところまで来て!」
これには十分な説明が必要だ。優雅な吸血鬼に食ってかかると、彼はミコトを壁際に追いやった。ミコトは息を呑んだ。シンの精悍な顔がすぐ近く、自らの顔の隣には彼の掌。いわゆる「壁ドン」というやつだ。存在は知っていたが自分がそういうシチュエーションに至るとは思っていなかったミコトは、困惑の極みであった。シンは頬を紅潮させたまま、少し目を逸らして答えた。
「お前と二人きりになりたかった」
「だ、だからってあんな大立ち回りしなくても……言ってくれればよかったのに」
そう言うと、ぐ、とシンが言葉に詰まる声が聞こえた。シンの灰色の瞳がきょろきょろと忙しなく動き、ミコトと目が合わなくなる。
「それは……その……」
シンはしばらく目を泳がせていたが、ようやくミコトを真っ直ぐ見つめた。彼の瞳は切れ長で美しく、真っ直ぐ見据えられると息を呑む。
「勇から『ちょっと誘拐してみたらどうだ』って言われたから……つい、その気になって」
「……は?新田くんが?」
ミコトの脳裏に軽薄な包帯男が浮かんだ。彼はいつも軽いノリで話している、彼がシンにどんな口調でお姫様抱っこを提案したか目に浮かぶようだった。それを真に受けて実行に移すシンもシンだが。
「文化祭が終わってからなら、と思って……すまなかった」
「そ、そんな深刻に謝らなくても……間薙くんの気持ちはわかったから」
そう言うと、俯き気味だったシンが顔を上げた。灰色の瞳には強い意思が滲んでいる。
「オレの気持ち……たぶん、お前には伝わってないと思う」
「え?」
シンはじっと強く、真っ直ぐミコトを見つめた。その顔が徐々に近付いてくる。え、え?ミコトが戸惑っていると、接近した彼に唇を奪われていた。
「!?」
ミコトの頭が沸騰した。いまだ経験のなかったキスという行為を、吸血鬼の彼と行っている。ミコトの頭は一気に混乱し、シンにされるがままになっていた。逃げようにも背中は壁に張り付き顔の横にはシンの掌、逃げ場などなかった。彼が不器用に押し付けてくる唇を受け入れるよりほかなかった。
「……っ」
何度も彼にキスをされ、唇がようやく離れた頃にはミコトの顔は真っ赤に染まっていた。涼しげな浴衣の色とは裏腹に、露出した首筋がほんのりと紅色に染まっている。その首筋に吸血鬼は顔を埋め、かぷ、と軽く牙を沈めた。
「……!?間薙くん……!?」
噛む力はほとんどなく戯れの甘噛みだったが、小さな痛みが走った。ミコトが思わずシンの肩を掴むと、彼はそっと首筋から離れミコトの額に自らの額を密着させた。こつんと触れた彼の額は熱く、甘い熱に侵されているように思えた。
「……悪い。お前がすぐ近くにいて二人きり……ちょっと頭がおかしくなった」
「ちょっとちょっと!それじゃ説明になってないって!」
びし、とミコトはシンを指差し抗議した。さすがにキスからの甘噛みを「ちょっと頭がおかしくなった」で済まされるのは納得がいかない。一つ思い浮かぶことがある。もしや……。
「ねえ間薙くん。私の自意識過剰だったら申し訳ないんだけど」
「なんだ?」
「もしかしてさあ……間薙くん、私のこと好きだったりしない?」
びく。
シンはわかりやすく体を竦ませ、その後硬直した。ぎり、とシンが歯を食いしばる音が聞こえる。彼の顔から耳までほんのりと色付き、動揺を隠せていなかった。
「……ああ、そうだ。オレ、お前のことが好きだ。だから二人きりになりたかった。キスもしたかった」
ぽつりと呟いた彼の言葉は静かで、だからこそ奥に宿る意思の炎を感じた。風雅な見た目の吸血鬼が恥じらいながらも思いを告げる、その重みをミコトも感じていた。自分から言い出したことだが、いざ彼の口から聞かされると心臓が激しく蠢き始める。
「文化祭なんていい機会だ。……だからお前に好きだって伝えたかった。勇に相談したのは……間違いだったかもしれないけど」
「なにそれ」
ミコトはくすくすと笑った。勇の助言は突飛かもしれないが、そのおかげで今があるとすれば大金星と言わざるを得ないだろう。つられてシンも苦笑していた。
「それで、お前はオレのことどう思ってるんだ。……せっかくだ、ちゃんと聞かせてくれ」
シンの瞳は切実な輝きに満ちていた。ならばミコトも誠実に答えねばなるまい。ミコトは落ち着いて深呼吸をすると、口を開いた。
「正直、友達だと思ってた。でも、急にこんなことされたら意識しちゃうじゃん」
「じゃあ、オレのことを男として見てるか?」
シンは再びキスができそうなほど接近した。血の色に似た彼の赤い唇、心の奥底まで見透かされそうな灰色の瞳がすぐそばにある。改めて見るとシンは綺麗だ。普段意識していなかった友人の美貌にミコトは息を呑んだ。彼の吐息が顔を掠める距離感に心臓は落ち着かない。
「み、見てる。見てるって!近いってば……!」
ミコトが反射的にぎゅっと目を閉じ顔を逸らすと、無防備になった首筋に再び吸血鬼が噛みついた。甘く舐めるような噛み方にミコトの背筋はぞくぞくと震えた。シンはミコトの首筋に顔を埋めたままニヤリと笑う。
「ミコト、まだ教室に帰らなくてもいいよな?もう少しこのままでいさせてくれ」
そう言った彼に抱きしめられ、このまま妖しい吸血鬼に血を吸われてもいいかもしれない、とミコトはとろけた頭で考えていた。文化祭の終わり際、その喧騒は遠い。二人生徒が抜け出したところで気付く者も少ないだろう。ミコトは彼の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。
間薙シンの通う高校の文化祭は毎年ハロウィンの時期に行われる。そのためか、毎年ハロウィン仕様の仮装をした生徒が多数現れる。昨年はシンも狼男の仮装をした。今年は吸血鬼の仮装をすることになり、シンは黒いマントを翻していた。マントの裏地は血のように赤く、マントの下は優雅なフリルブラウスと黒いスラックス、普段のシンでは纏うことのできない貴族のような雰囲気を醸し出していた。
「おー、シン似合うじゃん!」
そう声をかけてきた勇は包帯男になりきっていた。薄汚れた包帯を幾重にも巻いた姿は不気味だが、本人が軽薄な笑みを浮かべているためかそこまで怪しい雰囲気にはなっていない、不思議な仮装だった。
シンはマントの埃を落としながら、
「そうか?」
不安げに尋ねる。勇は楽しそうに笑っていた。
「おう、似合ってるぞ。これなら『あの作戦』もうまくいくだろーよ!」
「しっ、勇。声が大きい」
文化祭の空気に浮かれ切ったクラスメイトに人差し指を突きつけ、シンは声を顰めた。そう、今日は勝負の日。シンの心は見た目に反し緊張と興奮に支配されていた。
「いらっしゃいませー!」
月森ミコトは橘千晶とともに浴衣を着込み、接客を行っていた。二人のクラスはハロウィン時期の仮装をあえて外し、茶菓子と抹茶を提供する和風喫茶を経営していた。女子は浴衣の上にフリルのついたエプロンを着用し、男子は着流しをさらりと着こなしている。他のクラスがハロウィン仕様であることも相まってもの珍しいのか、訪れる客が多かった。
「ミコト、お疲れ様」
「あ、千晶ちゃん」
クラスメイトの千晶が颯爽と現れ、思わずミコトは見惚れてしまった。もともと千晶は美人だが、普段下ろしている髪をアップスタイルにし、うなじが見える浴衣に可愛らしいエプロン、似合いすぎてどこかのモデルのようだ。これは千晶目当てに客が来てもおかしくないなあ、とミコトは感心していた。
「交代するわ。時間でしょ」
「あ、そうだね。ありがとう千晶ちゃん。よろしくね」
千晶と接客を交代したミコトはさてどうしたものかと思案した。他のクラスに遊びに行こうと一歩を踏み出した瞬間、
「月森!」
聞き慣れた声に呼び止められた。振り返ると廊下で少年が二人、ミコトを手招きしている。招かれるままにミコトが廊下に出ると、包帯男と吸血鬼がミコトを出迎えた。包帯男は軽い雰囲気の笑みを浮かべ、吸血鬼はどこか緊張した面持ちだった。
「新田くんに間薙くん!二人とも仮装してるんだね、よく似合ってるよ!」
「おう、ありがとな。月森は浴衣か?」
勇の問いにミコトはその場でくるりと一回転して見せた。フリルのついたエプロンが優雅に翻り、浴衣だけでは生じない可愛らしさが漂った。
「そうなの!和風喫茶って感じ!どうかな?」
「似合ってるぜ、なあシン!」
勇がシンを肘で小突くと、シンは控えめにミコトに視線を合わせ、
「……ああ。可愛いと思う」
とぼそりと呟いた。その声は文化祭の喧騒にかき消えないギリギリの大きさだった。
「二人ともありがとう!そうだ、千晶ちゃんが今接客してるの!すごく可愛いから見ていってよ!」
ミコトがそう言うと、シンが残念そうにぽつりと漏らした。
「月森は接客しないのか?」
「私はこれから自由時間なんだ。どうしよっかなって思ってたところなの」
そう返すと、勇がぽんと手を叩いた。いかにもいいこと思いつきました!と言わんばかりの仕草だった。
「じゃあ、オレたちと一緒に色々見て回ろうぜ!ちょうどオレらも暇でさ!いいだろ、シン?」
シンは頬を赤く染めながらこくりと頷いた。
ミコトは文化祭を存分に楽しみ、自らの教室に戻ってきた。勇とシンとは接客時間の関係であまり長くはいられなかったが楽しく過ごせたし、千晶とステージを見て回ったりもでき、ミコトとしては大満足の文化祭だった。夕方の気怠い空気が漂う時間帯、後は祭りの片付けが待っている。ミコトが教室の片付けを手伝っていると、千晶に肩を叩かれた。
「ん?どうしたの、千晶ちゃん」
「シンくんがお呼びよ」
「え、間薙くんが?」
片付けの手を止め千晶が指差す方を見ると、廊下にシンが立っているのが見えた。吸血鬼の彼は、落ち着かない様子でちらちらと周りに目をやっている。
「行ってあげなさい。片付けは私がやるから」
「え、いいの?」
「いいわよ。クラスにはうまいこと言っておくわ」
そう言って千晶は可愛らしいウインクを見せた。同性のミコトですら心を射抜かれる仕草に見惚れつつ笑い、
「わかった、ありがとう千晶ちゃん。行ってくるね」
ミコトはこっそり教室を抜け出した。廊下を行き交う生徒も少なくなってきた夕暮れ、シンの纏う黒いマントが橙に照らされていた。
「間薙くん、お待たせ。どうしたの?」
しっとりと佇む吸血鬼に身を乗り出して尋ねるが、彼はミコトを目で追いながら一言も発することがなかった。あれ、どうしたのだろう。ミコトが思わず沈黙の吸血鬼を覗き込んだ瞬間、
「お前を攫いに来た」
吸血鬼がぼそりと呟いた。言葉の意味を把握する頃には、ミコトはシンにお姫様抱っこをされていた。
「ぅえっ!?」
突然のことに妙な声が出た。ミコトが反射的にシンの首に縋り付くと、彼は頷き素早く駆けていく。シンの黒いマントが風になびき、血のように赤い裏地がはためいた。
「ちょ、ちょっと!どこに行くの!?」
ミコトの叫びはどこへやら、シンは通り過ぎる生徒たちの注目を浴びながら一目散に駆けていく。祭りの後の喧騒を駆け抜け、シンは校舎裏の静かな空間で立ち止まった。校舎裏には二人以外おらず、喧騒が遠く聞こえる静けさに包まれている。
「わ、っとと……!」
立ち止まったシンがゆっくりと地面に降ろしてくれる。ふらつきながらも体勢を整え、ミコトはシンを見つめた。彼は気まずそうな顔をしつつも頬を赤らめている。
「もう、どうしたの間薙くん!急にこんなところまで来て!」
これには十分な説明が必要だ。優雅な吸血鬼に食ってかかると、彼はミコトを壁際に追いやった。ミコトは息を呑んだ。シンの精悍な顔がすぐ近く、自らの顔の隣には彼の掌。いわゆる「壁ドン」というやつだ。存在は知っていたが自分がそういうシチュエーションに至るとは思っていなかったミコトは、困惑の極みであった。シンは頬を紅潮させたまま、少し目を逸らして答えた。
「お前と二人きりになりたかった」
「だ、だからってあんな大立ち回りしなくても……言ってくれればよかったのに」
そう言うと、ぐ、とシンが言葉に詰まる声が聞こえた。シンの灰色の瞳がきょろきょろと忙しなく動き、ミコトと目が合わなくなる。
「それは……その……」
シンはしばらく目を泳がせていたが、ようやくミコトを真っ直ぐ見つめた。彼の瞳は切れ長で美しく、真っ直ぐ見据えられると息を呑む。
「勇から『ちょっと誘拐してみたらどうだ』って言われたから……つい、その気になって」
「……は?新田くんが?」
ミコトの脳裏に軽薄な包帯男が浮かんだ。彼はいつも軽いノリで話している、彼がシンにどんな口調でお姫様抱っこを提案したか目に浮かぶようだった。それを真に受けて実行に移すシンもシンだが。
「文化祭が終わってからなら、と思って……すまなかった」
「そ、そんな深刻に謝らなくても……間薙くんの気持ちはわかったから」
そう言うと、俯き気味だったシンが顔を上げた。灰色の瞳には強い意思が滲んでいる。
「オレの気持ち……たぶん、お前には伝わってないと思う」
「え?」
シンはじっと強く、真っ直ぐミコトを見つめた。その顔が徐々に近付いてくる。え、え?ミコトが戸惑っていると、接近した彼に唇を奪われていた。
「!?」
ミコトの頭が沸騰した。いまだ経験のなかったキスという行為を、吸血鬼の彼と行っている。ミコトの頭は一気に混乱し、シンにされるがままになっていた。逃げようにも背中は壁に張り付き顔の横にはシンの掌、逃げ場などなかった。彼が不器用に押し付けてくる唇を受け入れるよりほかなかった。
「……っ」
何度も彼にキスをされ、唇がようやく離れた頃にはミコトの顔は真っ赤に染まっていた。涼しげな浴衣の色とは裏腹に、露出した首筋がほんのりと紅色に染まっている。その首筋に吸血鬼は顔を埋め、かぷ、と軽く牙を沈めた。
「……!?間薙くん……!?」
噛む力はほとんどなく戯れの甘噛みだったが、小さな痛みが走った。ミコトが思わずシンの肩を掴むと、彼はそっと首筋から離れミコトの額に自らの額を密着させた。こつんと触れた彼の額は熱く、甘い熱に侵されているように思えた。
「……悪い。お前がすぐ近くにいて二人きり……ちょっと頭がおかしくなった」
「ちょっとちょっと!それじゃ説明になってないって!」
びし、とミコトはシンを指差し抗議した。さすがにキスからの甘噛みを「ちょっと頭がおかしくなった」で済まされるのは納得がいかない。一つ思い浮かぶことがある。もしや……。
「ねえ間薙くん。私の自意識過剰だったら申し訳ないんだけど」
「なんだ?」
「もしかしてさあ……間薙くん、私のこと好きだったりしない?」
びく。
シンはわかりやすく体を竦ませ、その後硬直した。ぎり、とシンが歯を食いしばる音が聞こえる。彼の顔から耳までほんのりと色付き、動揺を隠せていなかった。
「……ああ、そうだ。オレ、お前のことが好きだ。だから二人きりになりたかった。キスもしたかった」
ぽつりと呟いた彼の言葉は静かで、だからこそ奥に宿る意思の炎を感じた。風雅な見た目の吸血鬼が恥じらいながらも思いを告げる、その重みをミコトも感じていた。自分から言い出したことだが、いざ彼の口から聞かされると心臓が激しく蠢き始める。
「文化祭なんていい機会だ。……だからお前に好きだって伝えたかった。勇に相談したのは……間違いだったかもしれないけど」
「なにそれ」
ミコトはくすくすと笑った。勇の助言は突飛かもしれないが、そのおかげで今があるとすれば大金星と言わざるを得ないだろう。つられてシンも苦笑していた。
「それで、お前はオレのことどう思ってるんだ。……せっかくだ、ちゃんと聞かせてくれ」
シンの瞳は切実な輝きに満ちていた。ならばミコトも誠実に答えねばなるまい。ミコトは落ち着いて深呼吸をすると、口を開いた。
「正直、友達だと思ってた。でも、急にこんなことされたら意識しちゃうじゃん」
「じゃあ、オレのことを男として見てるか?」
シンは再びキスができそうなほど接近した。血の色に似た彼の赤い唇、心の奥底まで見透かされそうな灰色の瞳がすぐそばにある。改めて見るとシンは綺麗だ。普段意識していなかった友人の美貌にミコトは息を呑んだ。彼の吐息が顔を掠める距離感に心臓は落ち着かない。
「み、見てる。見てるって!近いってば……!」
ミコトが反射的にぎゅっと目を閉じ顔を逸らすと、無防備になった首筋に再び吸血鬼が噛みついた。甘く舐めるような噛み方にミコトの背筋はぞくぞくと震えた。シンはミコトの首筋に顔を埋めたままニヤリと笑う。
「ミコト、まだ教室に帰らなくてもいいよな?もう少しこのままでいさせてくれ」
そう言った彼に抱きしめられ、このまま妖しい吸血鬼に血を吸われてもいいかもしれない、とミコトはとろけた頭で考えていた。文化祭の終わり際、その喧騒は遠い。二人生徒が抜け出したところで気付く者も少ないだろう。ミコトは彼の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。
