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マリンカリンは愛のきれはし
カツン。
「あれ、なんだろう?」
ミコトの足先に何かが当たり、軽く蹴飛ばしてしまった。蹴飛ばした何かが気になり、ミコトは前方に走っていく。
「おい、一人で行くと危ないぞ」
その後ろを慌ててシンが追いかけていく。ここは悪魔の巣窟イケブクロ、戦う力のないミコトが一人で走っていくのは危険だ。
「これ、なんだろう」
しゃがみ込んだミコトが見つけたのは小さな石だった。ヒビが入っているが薔薇色の美しい石だった。ヒビにイケブクロの照明が当たり光を乱反射し、小さい割に眩いほど輝いている。追いついたシンもまじまじと石を観察していた。
「ねえ間薙くん、この石何かわかる?」
「ちょっと貸してくれ」
近くにいたシンに石を手渡した。彼が石を握った瞬間パキン、と儚い音とともに石が砕けた。砕けた石から薔薇色の煙が立ち、シンに吸い込まれていく。
「う……!?」
間近にいるシンが煙を避けられるはずもなく、煙を吸い込んだ彼はよろめき頭を押さえた。
「間薙くん、大丈夫!?」
ふらつく彼を支えると、彼は肩で息をしていた。明らかに様子がおかしい、悪魔に襲われたらひとたまりもない。ミコトは辺りを見回し、すぐ近くにあったターミナルに彼を引きずるように連れていった。
ターミナルの扉が開き中に入った瞬間、ミコトはぐいと腕を引っ張られシンに抱きしめられていた。密着した彼の体温は高く、熱病に冒されているのではないかと心配になるほどだった。困惑したミコトは彼を見上げた。
「あの、間薙くん?」
「月森……」
ターミナルの青白い光に照らされた彼の顔は驚くほど赤かった。普段鋭い光を放っている灰色の瞳はとろんと虚ろで、明らかに様子がおかしい。ミコトは様子のおかしいシンの腕の中にぎゅう、と閉じ込められる。
「月森、好きだ。月森……」
「え?」
耳元で囁くシンの言葉は完全に予想外で、ミコトは目を見開いた。驚く彼女をよそに、シンはふわふわととろけた声で続ける。
「好きだ、月森。ずっと、こうなる前から好きだった。大好きだ」
「へ?間薙くん、どうしたの?」
腕の中から離してくれない彼と向かい合う。彼は陶酔した瞳と声で甘く囁く。
「やっと言えた。ずっと言えなかった……お前が好きだ。お前とこうして二人きりになれて嬉しい」
「…………?」
そういう雰囲気ですらなかったところに突如ぶち込まれた愛の告白、喜びよりも衝撃が強かった。ミコトはただ困惑している。先ほど謎の石が割れ彼は煙をまともに浴びてしまったが、それが原因だろうか。どうすれば元に戻るだろうか。ミコトは冷静に思考を巡らせていた。
「お前は……月森、お前はオレのことどう思ってる?」
「わ、私は……きゃっ!?」
突然尋ねられたと思った瞬間、冷たい床に押し倒されていた。シンはミコトに覆い被さり、とろけながらも切実な視線を向けている。彼の大きな掌がミコトの両手を捉え、掌を向かい合わせて指を絡め合う恋人同士の繋ぎ方をする。彼の掌は熱く、彼の体に巡る熱情を反映させているようだった。
「ピクシー!パトラでどうにかならないの!?」
きっとこの様子を見ているだろう仲魔に呼びかけた。すると蝶の翅を持つ妖精ピクシーがふわりと現れ、ニヤニヤと笑いながらミコトを見つめた。
「たぶんマリンカリンにかかってるだけだから大丈夫よ〜。そのうち元に戻るって〜」
「ええ……」
ピクシーは楽しそうに告げ、どこかに消えてしまった。後には熱い視線で見下ろしてくるシンと、組み伏せられたミコトだけが残される。
「オレはお前が好きだ。月森、聞かせてくれ。お前はオレのこと、どう思ってる?」
「わ、私は……」
真剣な顔と声で聞かれ、ミコトは言い淀んだ。いつになく真剣な彼にどう答えるべきか。一瞬迷ったが、正直に答えるほかないと結論付けた。
「感謝してるの。間薙くんがいなかったら、きっと悪魔に襲われてたから」
「感謝?……感謝、か」
シンは少し残念そうな顔をした。その瞳には珍しく涙が滲んでいるように見えた。
「月森、今だけでいい。お前に甘えさせてくれ」
「え?甘えるって……?ひゃっ!?」
シンの顔がミコトの首筋に埋まり、頬を擦り寄せてきた。彼の甘い熱が首筋に伝わりくすぐったい。恐れることなく悪魔と対峙しその拳で脅威を払ってきた勇ましい彼からは考えられない、庇護欲に訴えかける姿だった。彼の体はミコトよりも大きいが、今だけは彼が小動物のように見える。
「月森、月森……!好きだ……大好きだ」
呟いた彼は舌を出し、ミコトの首筋を舐めた。味見するような控えめな仕草だったが、むず痒い感覚が走りミコトの体は震えた。
「ひゃぁ!?く、くすぐったいよ……!」
「月森に触れたい。月森、月森っ……!」
シンは再びミコトと目を合わせた。とろけた瞳はミコトに何かを訴えかける力と甘さを有し、高校生らしい子供っぽさを感じさせた。彼はミコトの額や頬にキスを降らせてくる。彼の唇も熱く、ミコト自身も彼の熱に溶かされていく感覚に体が揺らめいた。
「んっ……間薙くんっ」
「月森……」
シンと至近距離で見つめ合う。彼の吐息は荒く、ミコトの唇を熱く湿らせた。自然と彼の顔が近付き、唇を奪われていた。
「ん……!?」
初めての行為にミコトは困惑した。好きな人と重ねるためにとっておいた唇の逢瀬がシンに奪われている。不思議と憤慨する気は起こらなかった。シンは丁寧にミコトの唇を味わい、何度も口付けてくる。
「んっ、ふ……まな、ぎくん」
「こうしたかった……月森」
キスの合間に名前を呼ばれ、ミコトの心臓は甘く高鳴った。彼との間に色っぽさなど皆無だったのに、不意に訪れる甘い接触に頭が混乱する。シンは再びミコトに口付け、舌をねじ込んだ。
「んんっ……!?」
さすがのミコトも驚いたが、彼の舌がぬるりと這い出てきたのを拒絶することもできず、彼の深い口付けを受け入れた。初めてのキス、初めての深いキス。どちらも彼の暴挙により奪われてしまったが、ミコトに怒りを覚える暇などない。
「んっ、ふぅ……!」
シンの舌が甘えてくるのを舌で受け止め、濡れた舌の表面が擦れる音を聞く。シンはすっかり口付けに溺れ、何度もミコトの唇を奪い舌を絡めてきた。彼もどうやらキスは初めてのようで、たどたどしくも荒々しい情熱的な口付けだった。ターミナルの無機質な青白い光が赤く見えてしまうほどの熱さに溺れてしまう。
「っふ……」
唇同士の触れ合いが終わると、彼の口の端から唾液が零れた。怪しい石の力に魅了された彼は、潤んだ艶めかしい瞳でミコトを見下ろしている。そういえばマリンカリンってどれくらい持続するっけ……?ぼんやり考えていたミコトの腕がシンに引っ張られた。自然と起き上がり、床に座った彼に抱きしめられる。冷たい床と熱い彼の体の温度差に風邪をひいてしまいそうだった。
「月森、月森」
何度も名前を呼ばれ、強く抱きしめられる。彼の腕の力は強く、ただの女子高生のミコトに振りほどけるものではない。しかしガラスを扱うような優しさも感じられる力で、ミコトはおずおずと彼に身を委ねた。彼の胸に顔を埋めると、シンは微笑んだ。
「月森が甘えてくれるとすごく……すごく、嬉しい」
「そうなの?」
「そうだ。好きなヤツに甘えられて喜ばない男なんていないだろ」
「……そうなの?」
「そうだ。だから、甘えるのはオレだけにしてくれ」
そう言うと、シンはぎゅーっとミコトを抱きしめ、頭を撫でた。彼の突然の振る舞いには驚いたが、ミコトはふふ、と笑みを零した。悪魔が蔓延るボルテクス界でひとときの安らぎを得たといっても過言ではない。珍しい彼の態度に身を委ね、ミコトは目を閉じた。不思議と眠気が襲ってきていた。
「ん……」
眠っていた。間薙シンはゆっくりと目を開いた。体の節々に妙な痛みが走る。座り込んで寝てしまったか、と思っていると、
「!?」
月森ミコトが胸にもたれかかって眠っていた。シンの背中には壁、胸にはミコト。見事に挟まれてしまい動けない。一体どうしてこんな状況になったのか理解できず、シンは慌てた。しかし安らかに眠っているミコトを起こすのも忍びない。こわごわと彼女を抱きしめ必死に記憶の糸を辿った。
「あー、人修羅起きたー?」
きらきらと鱗粉を振りまきながらピクシーが現れた。彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、シンのそばにふわふわと浮かんだ。
「ピクシー、オレは寝てたのか」
「そうだよー。もーこっちが照れちゃうくらいラブラブしてたんだからー」
「……ラブラブ……?」
怪訝な顔で尋ねると、ピクシーは目を丸くした。
「そうだよー。あれー、覚えてないの?ミコトに散々甘えてたじゃなーい」
「甘えてた……?」
ピクシーの言葉を反芻していると思い出した。不思議な石の煙に当てられた瞬間ミコトへの想いが溢れ、彼女にべたべたと触れた。甘えてた、と言われればそうだったのかもしれない。シンは自らの唇に触れた。ミコトの唇の柔らかさ、舌の艶やかさを今でも覚えている。彼女をぎゅっと抱きしめるぬくもりは現在進行形だ。
「魅了されていたのならパトラで治せただろ。どうしてしなかった」
ピクシーを睨むが、彼女はウキウキとした様子で語った。
「だぁって〜、絶対そっちの方が面白いから〜。人修羅もよかったじゃない、ミコトに触れた〜いって言ってたじゃない」
「それは……」
誠に残念ながらピクシーの言葉に反論の余地は見当たらなかった。正常な状態に戻っていたら、彼女とこうして密着することなど間違いなくできなかった。不幸中の幸い、怪我の功名といったところか。
「とりあえずピクシー、お前はどっか行ってろ」
しっしっ、と手で払いのける仕草を見せると、ピクシーはぷくっと頬を膨らませつつ空気を読みどこかに消えた。想い人との触れ合いなど、一番他者に見られたくないところだ。はぁ、とシンは深い息を吐きつつも、自分に身を預けて眠っているミコトを見下ろした。
「んん……すぅ……」
寝づらそうな体勢ながら、彼女は穏やかな寝息を立てていた。シンに完全に気を許した仕草で、口元がむにゃむにゃとだらしないのが可愛らしい。この寝顔をそばで見られるなら、多少の無理な体勢などどうでもよかった。彼女をぎゅっと抱きしめる。
「んっ……」
ごそ、と彼女が身じろいだ。起こしてしまっただろうか。少しばかり反省していると、ミコトがうっすらと目を開けた。
「んー……間薙くん……?」
「ああ。おはよう」
抱きしめたまま挨拶を返すと、ミコトはえへへと笑った。
「間薙くん、もう体は何ともない?」
「ああ、もう元通りだ」
「そっかー……」
返したミコトの声は残念そうだった。不思議に思っていると、ミコトは悪戯っぽい顔で笑っていた。
「じゃああんな甘えてくる間薙くんはもう見れないんだね」
「〜〜!!」
醜態を思い出させる言葉にシンの体温が急上昇した。突沸するヤカンに似た勢いで発熱し、顔が赤くなる。愉快そうなミコトの視線から逃れるべく目を逸らしたが、あまりにも近いが故に彼女の顔が視界の隅でちらついた。
「あ、あれは忘れろ……忘れてくれ」
「忘れられるわけないじゃん」
「う……」
即答にもほどがある残酷な返事にシンは言葉に詰まってしまった。それでも彼女を腕の中から解放しようとはしない。
「間薙くん、私のこと好きだって何回も言ってくれたよ。あれは魅了されてたからなの?」
「違う」
シンは刹那に否定すると、顔を赤らめながらもミコトを真っ直ぐ見つめた。伝えるべきことは正確に伝えねば。
「お前が好きなのは本当だ。こうなる前からずっと好きだった」
「あ……そ、そうなんだ」
自ら聞いたにもかかわらず、ミコトは恥ずかしそうに硬直した。この状況なら聞けるかもしれない。魅了されていたときには躊躇いなく聞けたことを、今度こそ。
「お前はどうなんだ。オレはお前が好きだ。お前はオレに感謝してるって言ってたしそれは嬉しいが、それだけなのか」
「……」
ミコトは頬を紅色に染め、気まずそうに目を逸らした。奥ゆかしい態度に期待が高まる。一方通行だと思っていたが、そうではなかったのだとしたら。シンはごくりと唾を呑んだ。
「間薙くんのことは好き、だよ。こんな好きって言われたら意識しちゃうよ」
「月森……」
この世で最も求めていた二文字が彼女の口から紡がれ、シンはミコトを強く抱きしめた。背中と後頭部に腕を回し、優しい檻に閉じ込める。ミコトがあたふたとする気配が伝わってきた。
「ま、間薙くん……っ」
すぐ近くにある彼女の唇に興奮冷めやらず、シンは唇を奪った。魅了されていたときに何度も味わった唇、何度重ねてもよいものだ。彼女の柔らかさが十二分に伝わってくる。驚いた様子だったミコトは徐々にシンに体を預け、二人は甘い口付けを堪能した。キスを終えるとミコトはうう、と声を上げた。
「あの、その……間薙くん、ありがとう。好きって言ってくれて嬉しかった」
「オレこそありがとう。お前の気持ちが聞けてよかった」
イケブクロのターミナルで交わした口付けを、これから一生忘れないだろう。シンはミコトを改めて抱きしめた。優しく柔らかな感触に酔いしれていたかった。
カツン。
「あれ、なんだろう?」
ミコトの足先に何かが当たり、軽く蹴飛ばしてしまった。蹴飛ばした何かが気になり、ミコトは前方に走っていく。
「おい、一人で行くと危ないぞ」
その後ろを慌ててシンが追いかけていく。ここは悪魔の巣窟イケブクロ、戦う力のないミコトが一人で走っていくのは危険だ。
「これ、なんだろう」
しゃがみ込んだミコトが見つけたのは小さな石だった。ヒビが入っているが薔薇色の美しい石だった。ヒビにイケブクロの照明が当たり光を乱反射し、小さい割に眩いほど輝いている。追いついたシンもまじまじと石を観察していた。
「ねえ間薙くん、この石何かわかる?」
「ちょっと貸してくれ」
近くにいたシンに石を手渡した。彼が石を握った瞬間パキン、と儚い音とともに石が砕けた。砕けた石から薔薇色の煙が立ち、シンに吸い込まれていく。
「う……!?」
間近にいるシンが煙を避けられるはずもなく、煙を吸い込んだ彼はよろめき頭を押さえた。
「間薙くん、大丈夫!?」
ふらつく彼を支えると、彼は肩で息をしていた。明らかに様子がおかしい、悪魔に襲われたらひとたまりもない。ミコトは辺りを見回し、すぐ近くにあったターミナルに彼を引きずるように連れていった。
ターミナルの扉が開き中に入った瞬間、ミコトはぐいと腕を引っ張られシンに抱きしめられていた。密着した彼の体温は高く、熱病に冒されているのではないかと心配になるほどだった。困惑したミコトは彼を見上げた。
「あの、間薙くん?」
「月森……」
ターミナルの青白い光に照らされた彼の顔は驚くほど赤かった。普段鋭い光を放っている灰色の瞳はとろんと虚ろで、明らかに様子がおかしい。ミコトは様子のおかしいシンの腕の中にぎゅう、と閉じ込められる。
「月森、好きだ。月森……」
「え?」
耳元で囁くシンの言葉は完全に予想外で、ミコトは目を見開いた。驚く彼女をよそに、シンはふわふわととろけた声で続ける。
「好きだ、月森。ずっと、こうなる前から好きだった。大好きだ」
「へ?間薙くん、どうしたの?」
腕の中から離してくれない彼と向かい合う。彼は陶酔した瞳と声で甘く囁く。
「やっと言えた。ずっと言えなかった……お前が好きだ。お前とこうして二人きりになれて嬉しい」
「…………?」
そういう雰囲気ですらなかったところに突如ぶち込まれた愛の告白、喜びよりも衝撃が強かった。ミコトはただ困惑している。先ほど謎の石が割れ彼は煙をまともに浴びてしまったが、それが原因だろうか。どうすれば元に戻るだろうか。ミコトは冷静に思考を巡らせていた。
「お前は……月森、お前はオレのことどう思ってる?」
「わ、私は……きゃっ!?」
突然尋ねられたと思った瞬間、冷たい床に押し倒されていた。シンはミコトに覆い被さり、とろけながらも切実な視線を向けている。彼の大きな掌がミコトの両手を捉え、掌を向かい合わせて指を絡め合う恋人同士の繋ぎ方をする。彼の掌は熱く、彼の体に巡る熱情を反映させているようだった。
「ピクシー!パトラでどうにかならないの!?」
きっとこの様子を見ているだろう仲魔に呼びかけた。すると蝶の翅を持つ妖精ピクシーがふわりと現れ、ニヤニヤと笑いながらミコトを見つめた。
「たぶんマリンカリンにかかってるだけだから大丈夫よ〜。そのうち元に戻るって〜」
「ええ……」
ピクシーは楽しそうに告げ、どこかに消えてしまった。後には熱い視線で見下ろしてくるシンと、組み伏せられたミコトだけが残される。
「オレはお前が好きだ。月森、聞かせてくれ。お前はオレのこと、どう思ってる?」
「わ、私は……」
真剣な顔と声で聞かれ、ミコトは言い淀んだ。いつになく真剣な彼にどう答えるべきか。一瞬迷ったが、正直に答えるほかないと結論付けた。
「感謝してるの。間薙くんがいなかったら、きっと悪魔に襲われてたから」
「感謝?……感謝、か」
シンは少し残念そうな顔をした。その瞳には珍しく涙が滲んでいるように見えた。
「月森、今だけでいい。お前に甘えさせてくれ」
「え?甘えるって……?ひゃっ!?」
シンの顔がミコトの首筋に埋まり、頬を擦り寄せてきた。彼の甘い熱が首筋に伝わりくすぐったい。恐れることなく悪魔と対峙しその拳で脅威を払ってきた勇ましい彼からは考えられない、庇護欲に訴えかける姿だった。彼の体はミコトよりも大きいが、今だけは彼が小動物のように見える。
「月森、月森……!好きだ……大好きだ」
呟いた彼は舌を出し、ミコトの首筋を舐めた。味見するような控えめな仕草だったが、むず痒い感覚が走りミコトの体は震えた。
「ひゃぁ!?く、くすぐったいよ……!」
「月森に触れたい。月森、月森っ……!」
シンは再びミコトと目を合わせた。とろけた瞳はミコトに何かを訴えかける力と甘さを有し、高校生らしい子供っぽさを感じさせた。彼はミコトの額や頬にキスを降らせてくる。彼の唇も熱く、ミコト自身も彼の熱に溶かされていく感覚に体が揺らめいた。
「んっ……間薙くんっ」
「月森……」
シンと至近距離で見つめ合う。彼の吐息は荒く、ミコトの唇を熱く湿らせた。自然と彼の顔が近付き、唇を奪われていた。
「ん……!?」
初めての行為にミコトは困惑した。好きな人と重ねるためにとっておいた唇の逢瀬がシンに奪われている。不思議と憤慨する気は起こらなかった。シンは丁寧にミコトの唇を味わい、何度も口付けてくる。
「んっ、ふ……まな、ぎくん」
「こうしたかった……月森」
キスの合間に名前を呼ばれ、ミコトの心臓は甘く高鳴った。彼との間に色っぽさなど皆無だったのに、不意に訪れる甘い接触に頭が混乱する。シンは再びミコトに口付け、舌をねじ込んだ。
「んんっ……!?」
さすがのミコトも驚いたが、彼の舌がぬるりと這い出てきたのを拒絶することもできず、彼の深い口付けを受け入れた。初めてのキス、初めての深いキス。どちらも彼の暴挙により奪われてしまったが、ミコトに怒りを覚える暇などない。
「んっ、ふぅ……!」
シンの舌が甘えてくるのを舌で受け止め、濡れた舌の表面が擦れる音を聞く。シンはすっかり口付けに溺れ、何度もミコトの唇を奪い舌を絡めてきた。彼もどうやらキスは初めてのようで、たどたどしくも荒々しい情熱的な口付けだった。ターミナルの無機質な青白い光が赤く見えてしまうほどの熱さに溺れてしまう。
「っふ……」
唇同士の触れ合いが終わると、彼の口の端から唾液が零れた。怪しい石の力に魅了された彼は、潤んだ艶めかしい瞳でミコトを見下ろしている。そういえばマリンカリンってどれくらい持続するっけ……?ぼんやり考えていたミコトの腕がシンに引っ張られた。自然と起き上がり、床に座った彼に抱きしめられる。冷たい床と熱い彼の体の温度差に風邪をひいてしまいそうだった。
「月森、月森」
何度も名前を呼ばれ、強く抱きしめられる。彼の腕の力は強く、ただの女子高生のミコトに振りほどけるものではない。しかしガラスを扱うような優しさも感じられる力で、ミコトはおずおずと彼に身を委ねた。彼の胸に顔を埋めると、シンは微笑んだ。
「月森が甘えてくれるとすごく……すごく、嬉しい」
「そうなの?」
「そうだ。好きなヤツに甘えられて喜ばない男なんていないだろ」
「……そうなの?」
「そうだ。だから、甘えるのはオレだけにしてくれ」
そう言うと、シンはぎゅーっとミコトを抱きしめ、頭を撫でた。彼の突然の振る舞いには驚いたが、ミコトはふふ、と笑みを零した。悪魔が蔓延るボルテクス界でひとときの安らぎを得たといっても過言ではない。珍しい彼の態度に身を委ね、ミコトは目を閉じた。不思議と眠気が襲ってきていた。
「ん……」
眠っていた。間薙シンはゆっくりと目を開いた。体の節々に妙な痛みが走る。座り込んで寝てしまったか、と思っていると、
「!?」
月森ミコトが胸にもたれかかって眠っていた。シンの背中には壁、胸にはミコト。見事に挟まれてしまい動けない。一体どうしてこんな状況になったのか理解できず、シンは慌てた。しかし安らかに眠っているミコトを起こすのも忍びない。こわごわと彼女を抱きしめ必死に記憶の糸を辿った。
「あー、人修羅起きたー?」
きらきらと鱗粉を振りまきながらピクシーが現れた。彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、シンのそばにふわふわと浮かんだ。
「ピクシー、オレは寝てたのか」
「そうだよー。もーこっちが照れちゃうくらいラブラブしてたんだからー」
「……ラブラブ……?」
怪訝な顔で尋ねると、ピクシーは目を丸くした。
「そうだよー。あれー、覚えてないの?ミコトに散々甘えてたじゃなーい」
「甘えてた……?」
ピクシーの言葉を反芻していると思い出した。不思議な石の煙に当てられた瞬間ミコトへの想いが溢れ、彼女にべたべたと触れた。甘えてた、と言われればそうだったのかもしれない。シンは自らの唇に触れた。ミコトの唇の柔らかさ、舌の艶やかさを今でも覚えている。彼女をぎゅっと抱きしめるぬくもりは現在進行形だ。
「魅了されていたのならパトラで治せただろ。どうしてしなかった」
ピクシーを睨むが、彼女はウキウキとした様子で語った。
「だぁって〜、絶対そっちの方が面白いから〜。人修羅もよかったじゃない、ミコトに触れた〜いって言ってたじゃない」
「それは……」
誠に残念ながらピクシーの言葉に反論の余地は見当たらなかった。正常な状態に戻っていたら、彼女とこうして密着することなど間違いなくできなかった。不幸中の幸い、怪我の功名といったところか。
「とりあえずピクシー、お前はどっか行ってろ」
しっしっ、と手で払いのける仕草を見せると、ピクシーはぷくっと頬を膨らませつつ空気を読みどこかに消えた。想い人との触れ合いなど、一番他者に見られたくないところだ。はぁ、とシンは深い息を吐きつつも、自分に身を預けて眠っているミコトを見下ろした。
「んん……すぅ……」
寝づらそうな体勢ながら、彼女は穏やかな寝息を立てていた。シンに完全に気を許した仕草で、口元がむにゃむにゃとだらしないのが可愛らしい。この寝顔をそばで見られるなら、多少の無理な体勢などどうでもよかった。彼女をぎゅっと抱きしめる。
「んっ……」
ごそ、と彼女が身じろいだ。起こしてしまっただろうか。少しばかり反省していると、ミコトがうっすらと目を開けた。
「んー……間薙くん……?」
「ああ。おはよう」
抱きしめたまま挨拶を返すと、ミコトはえへへと笑った。
「間薙くん、もう体は何ともない?」
「ああ、もう元通りだ」
「そっかー……」
返したミコトの声は残念そうだった。不思議に思っていると、ミコトは悪戯っぽい顔で笑っていた。
「じゃああんな甘えてくる間薙くんはもう見れないんだね」
「〜〜!!」
醜態を思い出させる言葉にシンの体温が急上昇した。突沸するヤカンに似た勢いで発熱し、顔が赤くなる。愉快そうなミコトの視線から逃れるべく目を逸らしたが、あまりにも近いが故に彼女の顔が視界の隅でちらついた。
「あ、あれは忘れろ……忘れてくれ」
「忘れられるわけないじゃん」
「う……」
即答にもほどがある残酷な返事にシンは言葉に詰まってしまった。それでも彼女を腕の中から解放しようとはしない。
「間薙くん、私のこと好きだって何回も言ってくれたよ。あれは魅了されてたからなの?」
「違う」
シンは刹那に否定すると、顔を赤らめながらもミコトを真っ直ぐ見つめた。伝えるべきことは正確に伝えねば。
「お前が好きなのは本当だ。こうなる前からずっと好きだった」
「あ……そ、そうなんだ」
自ら聞いたにもかかわらず、ミコトは恥ずかしそうに硬直した。この状況なら聞けるかもしれない。魅了されていたときには躊躇いなく聞けたことを、今度こそ。
「お前はどうなんだ。オレはお前が好きだ。お前はオレに感謝してるって言ってたしそれは嬉しいが、それだけなのか」
「……」
ミコトは頬を紅色に染め、気まずそうに目を逸らした。奥ゆかしい態度に期待が高まる。一方通行だと思っていたが、そうではなかったのだとしたら。シンはごくりと唾を呑んだ。
「間薙くんのことは好き、だよ。こんな好きって言われたら意識しちゃうよ」
「月森……」
この世で最も求めていた二文字が彼女の口から紡がれ、シンはミコトを強く抱きしめた。背中と後頭部に腕を回し、優しい檻に閉じ込める。ミコトがあたふたとする気配が伝わってきた。
「ま、間薙くん……っ」
すぐ近くにある彼女の唇に興奮冷めやらず、シンは唇を奪った。魅了されていたときに何度も味わった唇、何度重ねてもよいものだ。彼女の柔らかさが十二分に伝わってくる。驚いた様子だったミコトは徐々にシンに体を預け、二人は甘い口付けを堪能した。キスを終えるとミコトはうう、と声を上げた。
「あの、その……間薙くん、ありがとう。好きって言ってくれて嬉しかった」
「オレこそありがとう。お前の気持ちが聞けてよかった」
イケブクロのターミナルで交わした口付けを、これから一生忘れないだろう。シンはミコトを改めて抱きしめた。優しく柔らかな感触に酔いしれていたかった。
