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臆病者の恋はかくも儚き
「私、勇が好きなの」
――その日、オレの時間は止まった。
「おっはよーシン!」
朝の陽光が眩しい通学路、オレは後ろからぽんと背中を叩かれた。少し驚いたが振り返ると、見慣れた笑顔――ミコトだった。
「おはよう、ミコト」
「おはよ!なんか今日も景気悪そうな顔してるね?」
「ほっとけ」
互いに笑いながら軽口を叩き合う、いつもの光景。そうしているうちに、
「おはよう、シンくん、ミコト」
千晶と合流し、
「朝っぱらから元気だな、オマエら……」
呆れた様子の勇がふらりと現れる。オレたち四人が自然と集まり学校へ歩いていくのはいつものこと。何たって小学校から同じクラスの腐れ縁なのだから。
「あら、ミコト。今日は凝った編み込みしてるわね」
「でしょ!?やっぱ千晶はそういうの気付いてくれるよねー!それに引き換え男二人ときたら!」
顔を見合わせて非難するような目で見てくる千晶とミコトに、勇はため息をつくとオレの肩に気安く腕を回し、
「だってよ、シン。わかるわけねーよな、そういうの」
寝起き特有の怠そうな顔で同意を求めてくる。オレは言えなかった。本当はミコトの髪型が違うことも気がついていたし、何なら可愛いと思っていたことも。いつかミコトと二人きりになったら伝えたかった。
「小学校からの四人組」で満足できなくなったのはいつからだろうか。オレはミコトと二人きりで過ごす時間がほしい、と切実に思うようになった。
二人で遊びたいとミコトに何度か持ちかけたことがある。けれどいつも、
「じゃあ千晶と勇も一緒に遊ぼう!」
と言われてしまい、オレは押し切ることができなかった。ミコトと二人で昼休みを過ごしたかったし、ミコトと二人で帰りたかった。ミコトにはオレだけを見ていてほしかった。
今日も結局は勇と千晶、オレ、ミコトの四人で遊園地に来ていた。だがこれはチャンスだ。アトラクションは二人組に分かれる瞬間が訪れるもの、何とかミコトと少しでも二人になれるんじゃないかと思っていた。
遊園地限定のグッズが置いてある売店に立ち寄ったとき、勇がスッとオレのところにやってきた。くそ、邪魔だ。振り切ってミコトに話しかけに行こうと思ったが、勇に腕を掴まれちょいちょいと手招きされた。
「おいシン。ちょっと聞きたいことがあんだよ」
「なんだ」
千晶ときゃっきゃと楽しそうに話しているミコトを遠目に見ながら、オレは耳を澄ませた。勇は普段の大きな声はどこへやら、聞き取りにくい小声だった。
「最近さ、ミコト、妙に可愛くなったと思わねえ?」
「……は?」
これは一体どう答えたらいいのだろうか。あまりにも唐突な質問にオレの頭は凍りついた。どういうつもりでこんなことを聞いてくるのだろうか?オレは思わず勇を睨んだ。勇はいやー、とかよくわからないことを言いながら頭をかいていた。妙に気まずそうな笑顔を浮かべて。
「なんか最近、ミコトを見てるとドキドキするっつーか、ちょっと意識しちまうっつーか。何だろうな、コレ」
「気のせいだ」
オレは即答した。それはもうきっぱりはっきり言い切った。
「お前、最近彼女がほしいって言ってただろ。そうしたら身近な異性に目がいく、それだけだ。気のせいだ」
「そうかー?千晶のことは何とも思わねーんだけど」
「気のせいだ」
なおも食い下がる勇に苛々として言い放った。一体何なんだコイツは。ああもう、腹が立つ。オレの視線の先では、ミコトが楽しそうに千晶と笑っている様子が見えた。可愛い。見ているだけでこちらまで明るくなるような、そんな様子だ。
「お前、この前ミコトの髪型の違いにも気が付かなかっただろ。好きならそういうことにも気がつくんじゃないのか」
「ははーん……」
勇はニヤニヤと笑いながら、オレの肩に手を回した。勇の顔が近い。ぶん殴りたくなる軽薄な顔がすぐそこにあった。
「オマエ、さてはミコトのこと好きだな?」
「……!」
勇の灰色の目がオレを挑発するように覗き込んでいる。勇はスカした表情をしているが、顔の造形自体は腹立たしいくらい整っている。そんな奴に見つめられると苛立ちが募る。オレは勇の手を振りほどき、勇から目を逸らした。目を逸らした先にミコトがいて、オレは俯いた。たとえ無意識でもミコトを目で追ってしまうのが悲しい性というヤツか。
「何照れてんだよ、オマエらしくないな!さては図星だな?」
「違う……図星なんかじゃない」
勇の言葉が耳に染み込むと顔が赤くなる。オレはギロリと勇を睨みつけた。相変わらず勇はヘラヘラと笑っている。
「なんだよ、安心しろって!オマエの言うとおり気のせいだろうしさ。何なら、オマエとミコトがうまくいくように協力してやってもいいんだぜ?」
大袈裟な身振り手振りを交えて話す勇が憎くて仕方なかった。こんなヤツに情けをかけられるなんて、それこそ情けない。
「余計な気を回すな。……黙ってろ」
そう吐き捨てると、勇はやれやれと言わんばかりに首を横に振り大きくため息をついた。
四人で訪れた遊園地も終盤に差しかかり、夕日が綺麗な時間帯になってきた。
「じゃあ、観覧車に乗って今日はお開きにしましょう」
千晶の提案で観覧車に乗ることになった。観覧車は重量制限で二人ずつ二組に分かれて乗ることになった。
「オレはミコトと一緒に乗りたい」
ここぞとばかりに主張した。ニヤニヤした勇に大袈裟に頷かれる。
「おーおー、いーじゃん。オレは千晶と乗るからごゆっくり〜」
……勇に背を押されてミコトと二人きりの時間を勝ち取ったのは気に食わないが、結果よければ何でもいい。少し困惑した様子のミコトの手を引いた。
「ほら、行くぞミコト」
「え?あ、うん」
初めて握ったミコトの手は柔らかかった。どさくさに紛れて触れることができて、オレの顔はまた赤くなる。くそ、こんな格好悪いところミコトには見られたくないのに。オレはとっさに握った手をまじまじと見つめていた。ミコトはオレに手を握られたままでいてくれて、それが嬉しくてたまらなかった。
そうしてオレはミコトと二人で観覧車に乗り込んだ。ゴンドラは狭い、向かい合って座ると思ったよりもミコトが近くて驚いた。ミコトはゴンドラの窓ガラスに身を乗り出して景色を見つめていた。
ミコトと向かい合っている。それだけでも十分近い。でも……でも、せっかくなら。オレは思い切って言った。
「なあ、ミコト。隣に座っていいか?お前と同じ景色が見たい」
「え?うん、いいよ」
断られたらどうしようかと思ったが、あっさりと承諾されて拍子抜けした。ミコトが隅に寄ったのを確認し、隣に座った。近い。尋常じゃなく近い。ただ単に座っているだけで足とか手が触れ合いそうな距離だった。いや、触れ合うだけじゃない。その気になればキスだってできそうな距離だ。肩が掠める距離感、ミコトの体温をうっすらと感じオレの体温は急上昇した。……これ、ミコトにバレてるんじゃないか?そう思ってももうどうしようもなかった。
「ねえ見て、シン。あれ、学校かな。私たちの住んでる家も見えるかもね」
ゴンドラはゆっくりと上昇し、てっぺんまではいかないがそれなりの高度になった。ミコトが指差す先を見ると、確かにそれらしい校舎とグラウンドが見えた。正直景色よりも、夕日の色に染まるミコトの横顔が気になって仕方なかった。
「あ、ああ……そうかもな」
「ねえ、どうしたのシン。なんか変に緊張してない?」
「そ、それは……」
ミコトがオレの方を向いた。きらきら輝くようなミコトの瞳にオレが映り込んでいる。とんでもない近さ、もしもミコトと付き合っていたら抱き寄せてキスくらいしてしまいそうだった。
「まさかこんなに近いと思ってなかった」
「やだー、シンってば意識してる?」
つんと肘で腕をつつかれた。ミコトの声は明るくて、オレとは違い意識した様子もない。……様子もない、か……。
「ミコト、オレ……オレ、は」
ゴンドラが頂上に到達する。この遊園地で最も地面から遠く高い場所にミコトと二人きり。夕日が強烈に輝くこの空間、お膳立ては完璧だった。今、ここで言うべきだ。オレの心臓は飛び出そうなほどにうるさく鳴っていた。
ミコトは言い出せないオレを神妙な顔で見つめていた。待ってくれている。オレは両膝の上で拳を握った。たらりと首筋に汗が流れた。
――言えない。
いざ二人きりになり絶好のチャンスを得たオレに広がるのは恐怖だった。十年近く仲良しでいた四人組。自分で言うのもなんだが、ミコトとの関係は悪くない、むしろいい方だと思う。こうして二人きりになるのも嫌がられないし、隣にだっていてくれる。でも、もし……もし、オレが一線を越えたことで元の関係に戻れなくなってしまったら?この居心地のよさが消えてしまったら?
……怖い。
「……ッ」
オレは歯を食いしばり俯いた。たった二文字伝えればいい、そのはずなのに。臆病なオレの喉はその音を発することができない。震えている。オレの肩にミコトの手が触れた。
「ねえシン、大丈夫?体調悪そうだよ、酔った?」
「……そう、かもしれない」
ミコトは純粋に心配してくれていた。肩に触れる手も優しくて、今すぐ縋りつきたくなる。ああ、オレは情けない。喉がカラカラに乾いて言葉が張りついている感じだった。唾を何度飲み込んでも喉の滑りはよくならない。今この機会を逃せばもう二度と言えない気もするが、どうしても二文字が口から出てこない。重くオレの喉を縛りつけていた。
「シン、降りたらすぐ帰ろ?体調悪いのに無理しちゃダメだからね」
「ああ……ありがとう」
ミコトの優しさに感謝しているうちに、ゴンドラは地上に着いていた。
「あ、シン!おはよ!」
四人で遊園地に遊びに行った週明け。憂鬱な月曜日の朝、ミコトに声をかけられる。通学路を歩きながら「おはよう」と返した。
「シン、体調は大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ」
観覧車でのオレはよほどおかしかったらしく、開口一番心配された。ミコトにこんな顔させるなんて、と思いながらも心配されるのはありがたかった。だからお前が好きなんだ、と思うだけで口からは出ない。……出なかった。
「ねえ、シン」
ミコトは小声でオレに囁いた。誰かに聞かれたくない、そんな空気をひしひしと感じる。オレはん?と思いながらミコトの口元に耳を寄せた。
「あのね、ちょっと話したいことがあってさ。放課後、時間ある?」
「あ、ああ……暇だけど」
「そっか、よかった!」
深刻だったミコトはぱっと明るい笑顔を浮かべた。……なんだ?この流れ。
「じゃあちょっと時間ちょうだい。飲み物奢るから!」
「わかった」
放課後二人きりで話?それもかなり深刻な顔だった。一体なんだろうか。もしや……もしかして……?
それからオレは気が散りに散って何も考えられなかった。心臓が肋骨を突き破って飛び出しそうなほどドキドキしていた。
「ちょっと話したいことがあってさ」
朝聞いたミコトの言葉がずっと頭の中でぐるぐるしていた。オレはシャーペンを忙しなくノックしながら授業を聞き流していた。こんなの、集中できるわけない。なんとか放課後を迎えた頃にはぐったりと疲れ切っていた。だがここからが本番だ、オレは深呼吸をした。息を吐く頃には少し頭が冷え、ミコトと待ち合わせをしているカフェに辿り着いた。
「シン!おーい!」
カフェにはミコトの姿があった。しまった、待たせたか。慌てて駆け寄ると、ミコトはもじもじと落ち着かない様子だった。……これは本当に「そういうこと」なんだろうか。オレの緊張も最高潮に達している。
「ありがと、シン!飲み物奢るよ、好きなの頼んで!」
「あ、ああ」
目立たない隅の席に座りミコトと向かい合った。もう飲み物なんてどうでもよくて、テーブルの上に置いた指先が落ち着かなかった。ミコトはオレよりもそわそわとしていて、普段の気軽な雑談ではないことがすぐにわかった。ああ、頭がおかしくなりそうだ。
「あのね、シン」
しばらく俯いて黙っていたミコトだったが、ようやく顔を上げた。ミコトの丸い瞳はキラキラと輝いて綺麗だった。
「私、勇が好きなの」
カフェにミコトの声が響いた。オレの脳内ではミコトの言葉が何回もこだまして聞こえた。
勇が好き。すき。……すき?
「最近勇を見るとドキドキしちゃって、気になって……何でだろうって思ってたんだけど、やっとわかったの。好きだからって」
ミコトは唖然とするオレを尻目にずっと喋っている。聞きたくないことを、ずっと。オレはぎゅっと強く拳を握った。オレは勘違いしていた。告白したら壊れると思っていたが、その前から綻んでいたんだ。あのときオレが告白しようが結果は変わらなかった。……オレは、なんて馬鹿なんだ。
「でも勇が私をどう思ってるかわからなくてさ……男同士だからわかることもあるだろうし、よかったらシンに協力してほしくって……シン?」
すらすらと淀みなく話していたミコトが口をつぐんだ。オレの顔を覗き込んでくる。
「シン、どうしたの」
「あ、ああ……」
黙っているわけにはいかないとは思ったが適切な言葉が出てこなかった。オレは何度も瞬きをしてミコトを見ながら呻くような声しか出せなかった。
「あの、大丈夫?なんか具合悪そうだけど」
こめかみから首筋に冷たい汗が滴り落ちた。喉が渇く。手が震えている。オレは震える手でカップを手に取り一口飲んだ。味がわからない。そもそもオレ、何を頼んだのだろう。熱いか冷たいかすらよくわからない。
「具合……悪い、かもな」
体がすっと冷えていく。全身から血の気が引いていくのを感じる。もしかしたら顔色も悪いかもしれない。見つめたミコトは本当に心配してくれている目だった。オレを、オレをそんな目で見るな。何かを期待してしまいそうになる。何度も飲み物を飲むが、渇いた喉に染み込む感覚がなかった。
「ねえ、帰ろ?なんか心配。無理しちゃダメだよ」
「いや……大丈夫。話、聞かせてくれ」
ここで帰ってしまったら中途半端にも程がある。それはそれで苦しくなりそうだった。今ここで聞けるだけ聞いておきたい。
「そ、そう……?じゃあ単刀直入に聞くけど、勇が私のことをどう思ってるか知ってる?たとえ悪い話でも聞いておきたいの」
勇が、ミコトを……。遊園地での会話が思い浮かんだ。
――最近さ、ミコト、妙に可愛くなったと思わねえ?
――なんか最近、ミコトを見てるとドキドキするっつーか、ちょっと意識しちまうっつーか。
胸が苦しくなった。喉の奥につまった空気の塊をごくりと飲み込む。オレが足踏みをしている間に、事態は取り返しのつかないところまで進んでいた。もう今更オレが足掻いたところで無駄だ。胸に杭を打ちつけられたような気分だった。心臓がぎりぎりと痛む。
「……勇、お前のことが気になるって言ってたぞ」
「え?ほ、ほんと?」
「本当だ」
オレの言葉を聞いた瞬間、ミコトは可愛らしい笑顔を咲かせて顔を赤らめた。……今更嘘をついたところでどうにもならない。だから、だから……ちゃんと教えてやる。きっとオレが言わなくともいずれはわかることだろうから。
「そっか……うん、ありがとうシン。体調悪いみたいだし、帰ろっか」
「ああ……そうだな」
どこか吹っ切れた様子のミコトに、オレは未来を悟ってしまった。手を伸ばすオレを無視して背中を向けるミコトの姿が脳裏に浮かんだ。
ミコトと勇が付き合い始めた、と本人たちから聞いたのは数週間後だった。千晶はその知らせに飛び上がりそうなほど驚いて、どっちから告白しただのいつから付き合い始めただの、色んなことを聞いていた。ミコトと勇が恥ずかしそうに答えているのをオレは間近で、でもどこか遠くで見つめていた。
後悔している。もっと早く行動していれば、もしかしたらミコトの隣にいたのはオレだったかもしれない。たとえ振られる結末だったとしても、想いを伝えるべきだったのではないか。
今はもう、この想いを伝えられる状況じゃない。ならオレはせめて、二人が……いや、ミコトが幸せでいられるよう祈るのみだ。オレは勇の肩を軽く叩いた。
「よかった。ミコトを幸せにしてやれよ」
「おう!ありがとな、シン!」
勇の笑顔は今までの浮ついたものじゃなく、心から嬉しそうなものだった。
「私、勇が好きなの」
――その日、オレの時間は止まった。
「おっはよーシン!」
朝の陽光が眩しい通学路、オレは後ろからぽんと背中を叩かれた。少し驚いたが振り返ると、見慣れた笑顔――ミコトだった。
「おはよう、ミコト」
「おはよ!なんか今日も景気悪そうな顔してるね?」
「ほっとけ」
互いに笑いながら軽口を叩き合う、いつもの光景。そうしているうちに、
「おはよう、シンくん、ミコト」
千晶と合流し、
「朝っぱらから元気だな、オマエら……」
呆れた様子の勇がふらりと現れる。オレたち四人が自然と集まり学校へ歩いていくのはいつものこと。何たって小学校から同じクラスの腐れ縁なのだから。
「あら、ミコト。今日は凝った編み込みしてるわね」
「でしょ!?やっぱ千晶はそういうの気付いてくれるよねー!それに引き換え男二人ときたら!」
顔を見合わせて非難するような目で見てくる千晶とミコトに、勇はため息をつくとオレの肩に気安く腕を回し、
「だってよ、シン。わかるわけねーよな、そういうの」
寝起き特有の怠そうな顔で同意を求めてくる。オレは言えなかった。本当はミコトの髪型が違うことも気がついていたし、何なら可愛いと思っていたことも。いつかミコトと二人きりになったら伝えたかった。
「小学校からの四人組」で満足できなくなったのはいつからだろうか。オレはミコトと二人きりで過ごす時間がほしい、と切実に思うようになった。
二人で遊びたいとミコトに何度か持ちかけたことがある。けれどいつも、
「じゃあ千晶と勇も一緒に遊ぼう!」
と言われてしまい、オレは押し切ることができなかった。ミコトと二人で昼休みを過ごしたかったし、ミコトと二人で帰りたかった。ミコトにはオレだけを見ていてほしかった。
今日も結局は勇と千晶、オレ、ミコトの四人で遊園地に来ていた。だがこれはチャンスだ。アトラクションは二人組に分かれる瞬間が訪れるもの、何とかミコトと少しでも二人になれるんじゃないかと思っていた。
遊園地限定のグッズが置いてある売店に立ち寄ったとき、勇がスッとオレのところにやってきた。くそ、邪魔だ。振り切ってミコトに話しかけに行こうと思ったが、勇に腕を掴まれちょいちょいと手招きされた。
「おいシン。ちょっと聞きたいことがあんだよ」
「なんだ」
千晶ときゃっきゃと楽しそうに話しているミコトを遠目に見ながら、オレは耳を澄ませた。勇は普段の大きな声はどこへやら、聞き取りにくい小声だった。
「最近さ、ミコト、妙に可愛くなったと思わねえ?」
「……は?」
これは一体どう答えたらいいのだろうか。あまりにも唐突な質問にオレの頭は凍りついた。どういうつもりでこんなことを聞いてくるのだろうか?オレは思わず勇を睨んだ。勇はいやー、とかよくわからないことを言いながら頭をかいていた。妙に気まずそうな笑顔を浮かべて。
「なんか最近、ミコトを見てるとドキドキするっつーか、ちょっと意識しちまうっつーか。何だろうな、コレ」
「気のせいだ」
オレは即答した。それはもうきっぱりはっきり言い切った。
「お前、最近彼女がほしいって言ってただろ。そうしたら身近な異性に目がいく、それだけだ。気のせいだ」
「そうかー?千晶のことは何とも思わねーんだけど」
「気のせいだ」
なおも食い下がる勇に苛々として言い放った。一体何なんだコイツは。ああもう、腹が立つ。オレの視線の先では、ミコトが楽しそうに千晶と笑っている様子が見えた。可愛い。見ているだけでこちらまで明るくなるような、そんな様子だ。
「お前、この前ミコトの髪型の違いにも気が付かなかっただろ。好きならそういうことにも気がつくんじゃないのか」
「ははーん……」
勇はニヤニヤと笑いながら、オレの肩に手を回した。勇の顔が近い。ぶん殴りたくなる軽薄な顔がすぐそこにあった。
「オマエ、さてはミコトのこと好きだな?」
「……!」
勇の灰色の目がオレを挑発するように覗き込んでいる。勇はスカした表情をしているが、顔の造形自体は腹立たしいくらい整っている。そんな奴に見つめられると苛立ちが募る。オレは勇の手を振りほどき、勇から目を逸らした。目を逸らした先にミコトがいて、オレは俯いた。たとえ無意識でもミコトを目で追ってしまうのが悲しい性というヤツか。
「何照れてんだよ、オマエらしくないな!さては図星だな?」
「違う……図星なんかじゃない」
勇の言葉が耳に染み込むと顔が赤くなる。オレはギロリと勇を睨みつけた。相変わらず勇はヘラヘラと笑っている。
「なんだよ、安心しろって!オマエの言うとおり気のせいだろうしさ。何なら、オマエとミコトがうまくいくように協力してやってもいいんだぜ?」
大袈裟な身振り手振りを交えて話す勇が憎くて仕方なかった。こんなヤツに情けをかけられるなんて、それこそ情けない。
「余計な気を回すな。……黙ってろ」
そう吐き捨てると、勇はやれやれと言わんばかりに首を横に振り大きくため息をついた。
四人で訪れた遊園地も終盤に差しかかり、夕日が綺麗な時間帯になってきた。
「じゃあ、観覧車に乗って今日はお開きにしましょう」
千晶の提案で観覧車に乗ることになった。観覧車は重量制限で二人ずつ二組に分かれて乗ることになった。
「オレはミコトと一緒に乗りたい」
ここぞとばかりに主張した。ニヤニヤした勇に大袈裟に頷かれる。
「おーおー、いーじゃん。オレは千晶と乗るからごゆっくり〜」
……勇に背を押されてミコトと二人きりの時間を勝ち取ったのは気に食わないが、結果よければ何でもいい。少し困惑した様子のミコトの手を引いた。
「ほら、行くぞミコト」
「え?あ、うん」
初めて握ったミコトの手は柔らかかった。どさくさに紛れて触れることができて、オレの顔はまた赤くなる。くそ、こんな格好悪いところミコトには見られたくないのに。オレはとっさに握った手をまじまじと見つめていた。ミコトはオレに手を握られたままでいてくれて、それが嬉しくてたまらなかった。
そうしてオレはミコトと二人で観覧車に乗り込んだ。ゴンドラは狭い、向かい合って座ると思ったよりもミコトが近くて驚いた。ミコトはゴンドラの窓ガラスに身を乗り出して景色を見つめていた。
ミコトと向かい合っている。それだけでも十分近い。でも……でも、せっかくなら。オレは思い切って言った。
「なあ、ミコト。隣に座っていいか?お前と同じ景色が見たい」
「え?うん、いいよ」
断られたらどうしようかと思ったが、あっさりと承諾されて拍子抜けした。ミコトが隅に寄ったのを確認し、隣に座った。近い。尋常じゃなく近い。ただ単に座っているだけで足とか手が触れ合いそうな距離だった。いや、触れ合うだけじゃない。その気になればキスだってできそうな距離だ。肩が掠める距離感、ミコトの体温をうっすらと感じオレの体温は急上昇した。……これ、ミコトにバレてるんじゃないか?そう思ってももうどうしようもなかった。
「ねえ見て、シン。あれ、学校かな。私たちの住んでる家も見えるかもね」
ゴンドラはゆっくりと上昇し、てっぺんまではいかないがそれなりの高度になった。ミコトが指差す先を見ると、確かにそれらしい校舎とグラウンドが見えた。正直景色よりも、夕日の色に染まるミコトの横顔が気になって仕方なかった。
「あ、ああ……そうかもな」
「ねえ、どうしたのシン。なんか変に緊張してない?」
「そ、それは……」
ミコトがオレの方を向いた。きらきら輝くようなミコトの瞳にオレが映り込んでいる。とんでもない近さ、もしもミコトと付き合っていたら抱き寄せてキスくらいしてしまいそうだった。
「まさかこんなに近いと思ってなかった」
「やだー、シンってば意識してる?」
つんと肘で腕をつつかれた。ミコトの声は明るくて、オレとは違い意識した様子もない。……様子もない、か……。
「ミコト、オレ……オレ、は」
ゴンドラが頂上に到達する。この遊園地で最も地面から遠く高い場所にミコトと二人きり。夕日が強烈に輝くこの空間、お膳立ては完璧だった。今、ここで言うべきだ。オレの心臓は飛び出そうなほどにうるさく鳴っていた。
ミコトは言い出せないオレを神妙な顔で見つめていた。待ってくれている。オレは両膝の上で拳を握った。たらりと首筋に汗が流れた。
――言えない。
いざ二人きりになり絶好のチャンスを得たオレに広がるのは恐怖だった。十年近く仲良しでいた四人組。自分で言うのもなんだが、ミコトとの関係は悪くない、むしろいい方だと思う。こうして二人きりになるのも嫌がられないし、隣にだっていてくれる。でも、もし……もし、オレが一線を越えたことで元の関係に戻れなくなってしまったら?この居心地のよさが消えてしまったら?
……怖い。
「……ッ」
オレは歯を食いしばり俯いた。たった二文字伝えればいい、そのはずなのに。臆病なオレの喉はその音を発することができない。震えている。オレの肩にミコトの手が触れた。
「ねえシン、大丈夫?体調悪そうだよ、酔った?」
「……そう、かもしれない」
ミコトは純粋に心配してくれていた。肩に触れる手も優しくて、今すぐ縋りつきたくなる。ああ、オレは情けない。喉がカラカラに乾いて言葉が張りついている感じだった。唾を何度飲み込んでも喉の滑りはよくならない。今この機会を逃せばもう二度と言えない気もするが、どうしても二文字が口から出てこない。重くオレの喉を縛りつけていた。
「シン、降りたらすぐ帰ろ?体調悪いのに無理しちゃダメだからね」
「ああ……ありがとう」
ミコトの優しさに感謝しているうちに、ゴンドラは地上に着いていた。
「あ、シン!おはよ!」
四人で遊園地に遊びに行った週明け。憂鬱な月曜日の朝、ミコトに声をかけられる。通学路を歩きながら「おはよう」と返した。
「シン、体調は大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ」
観覧車でのオレはよほどおかしかったらしく、開口一番心配された。ミコトにこんな顔させるなんて、と思いながらも心配されるのはありがたかった。だからお前が好きなんだ、と思うだけで口からは出ない。……出なかった。
「ねえ、シン」
ミコトは小声でオレに囁いた。誰かに聞かれたくない、そんな空気をひしひしと感じる。オレはん?と思いながらミコトの口元に耳を寄せた。
「あのね、ちょっと話したいことがあってさ。放課後、時間ある?」
「あ、ああ……暇だけど」
「そっか、よかった!」
深刻だったミコトはぱっと明るい笑顔を浮かべた。……なんだ?この流れ。
「じゃあちょっと時間ちょうだい。飲み物奢るから!」
「わかった」
放課後二人きりで話?それもかなり深刻な顔だった。一体なんだろうか。もしや……もしかして……?
それからオレは気が散りに散って何も考えられなかった。心臓が肋骨を突き破って飛び出しそうなほどドキドキしていた。
「ちょっと話したいことがあってさ」
朝聞いたミコトの言葉がずっと頭の中でぐるぐるしていた。オレはシャーペンを忙しなくノックしながら授業を聞き流していた。こんなの、集中できるわけない。なんとか放課後を迎えた頃にはぐったりと疲れ切っていた。だがここからが本番だ、オレは深呼吸をした。息を吐く頃には少し頭が冷え、ミコトと待ち合わせをしているカフェに辿り着いた。
「シン!おーい!」
カフェにはミコトの姿があった。しまった、待たせたか。慌てて駆け寄ると、ミコトはもじもじと落ち着かない様子だった。……これは本当に「そういうこと」なんだろうか。オレの緊張も最高潮に達している。
「ありがと、シン!飲み物奢るよ、好きなの頼んで!」
「あ、ああ」
目立たない隅の席に座りミコトと向かい合った。もう飲み物なんてどうでもよくて、テーブルの上に置いた指先が落ち着かなかった。ミコトはオレよりもそわそわとしていて、普段の気軽な雑談ではないことがすぐにわかった。ああ、頭がおかしくなりそうだ。
「あのね、シン」
しばらく俯いて黙っていたミコトだったが、ようやく顔を上げた。ミコトの丸い瞳はキラキラと輝いて綺麗だった。
「私、勇が好きなの」
カフェにミコトの声が響いた。オレの脳内ではミコトの言葉が何回もこだまして聞こえた。
勇が好き。すき。……すき?
「最近勇を見るとドキドキしちゃって、気になって……何でだろうって思ってたんだけど、やっとわかったの。好きだからって」
ミコトは唖然とするオレを尻目にずっと喋っている。聞きたくないことを、ずっと。オレはぎゅっと強く拳を握った。オレは勘違いしていた。告白したら壊れると思っていたが、その前から綻んでいたんだ。あのときオレが告白しようが結果は変わらなかった。……オレは、なんて馬鹿なんだ。
「でも勇が私をどう思ってるかわからなくてさ……男同士だからわかることもあるだろうし、よかったらシンに協力してほしくって……シン?」
すらすらと淀みなく話していたミコトが口をつぐんだ。オレの顔を覗き込んでくる。
「シン、どうしたの」
「あ、ああ……」
黙っているわけにはいかないとは思ったが適切な言葉が出てこなかった。オレは何度も瞬きをしてミコトを見ながら呻くような声しか出せなかった。
「あの、大丈夫?なんか具合悪そうだけど」
こめかみから首筋に冷たい汗が滴り落ちた。喉が渇く。手が震えている。オレは震える手でカップを手に取り一口飲んだ。味がわからない。そもそもオレ、何を頼んだのだろう。熱いか冷たいかすらよくわからない。
「具合……悪い、かもな」
体がすっと冷えていく。全身から血の気が引いていくのを感じる。もしかしたら顔色も悪いかもしれない。見つめたミコトは本当に心配してくれている目だった。オレを、オレをそんな目で見るな。何かを期待してしまいそうになる。何度も飲み物を飲むが、渇いた喉に染み込む感覚がなかった。
「ねえ、帰ろ?なんか心配。無理しちゃダメだよ」
「いや……大丈夫。話、聞かせてくれ」
ここで帰ってしまったら中途半端にも程がある。それはそれで苦しくなりそうだった。今ここで聞けるだけ聞いておきたい。
「そ、そう……?じゃあ単刀直入に聞くけど、勇が私のことをどう思ってるか知ってる?たとえ悪い話でも聞いておきたいの」
勇が、ミコトを……。遊園地での会話が思い浮かんだ。
――最近さ、ミコト、妙に可愛くなったと思わねえ?
――なんか最近、ミコトを見てるとドキドキするっつーか、ちょっと意識しちまうっつーか。
胸が苦しくなった。喉の奥につまった空気の塊をごくりと飲み込む。オレが足踏みをしている間に、事態は取り返しのつかないところまで進んでいた。もう今更オレが足掻いたところで無駄だ。胸に杭を打ちつけられたような気分だった。心臓がぎりぎりと痛む。
「……勇、お前のことが気になるって言ってたぞ」
「え?ほ、ほんと?」
「本当だ」
オレの言葉を聞いた瞬間、ミコトは可愛らしい笑顔を咲かせて顔を赤らめた。……今更嘘をついたところでどうにもならない。だから、だから……ちゃんと教えてやる。きっとオレが言わなくともいずれはわかることだろうから。
「そっか……うん、ありがとうシン。体調悪いみたいだし、帰ろっか」
「ああ……そうだな」
どこか吹っ切れた様子のミコトに、オレは未来を悟ってしまった。手を伸ばすオレを無視して背中を向けるミコトの姿が脳裏に浮かんだ。
ミコトと勇が付き合い始めた、と本人たちから聞いたのは数週間後だった。千晶はその知らせに飛び上がりそうなほど驚いて、どっちから告白しただのいつから付き合い始めただの、色んなことを聞いていた。ミコトと勇が恥ずかしそうに答えているのをオレは間近で、でもどこか遠くで見つめていた。
後悔している。もっと早く行動していれば、もしかしたらミコトの隣にいたのはオレだったかもしれない。たとえ振られる結末だったとしても、想いを伝えるべきだったのではないか。
今はもう、この想いを伝えられる状況じゃない。ならオレはせめて、二人が……いや、ミコトが幸せでいられるよう祈るのみだ。オレは勇の肩を軽く叩いた。
「よかった。ミコトを幸せにしてやれよ」
「おう!ありがとな、シン!」
勇の笑顔は今までの浮ついたものじゃなく、心から嬉しそうなものだった。
