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真夏に弾けるスプラッシュ!
「夏休みに入ったらプールに行こうぜ!」
勇から提案があったのは一学期の期末テストの直前だった。夏休み目前の高き壁を乗り越えた先のご褒美としては、あまりにも魅力的だった。
「行きたい行きたい!」
「勇くんにしてはいい提案をするじゃない」
ミコトは聞いた瞬間大喜び、あの千晶も珍しく全面的に賛成だった。無論シンにも断る理由などなく、あっさり四人でプールに遊びに行く運びとなった。
さて現在絶賛期末テスト中であるが、シンの頭から離れない事項があった。
――果たして月森ミコトはどのような水着を着るだろうか?
シンは生まれてこのかた女子と付き合ったことのない、ファッションにも疎い堅物であるからこそ妄想が止まらなかった。高校の制服はセーラー服、露出は慎ましいものであり、水着とくれば普段隠れる部分がそれはもう露わになるだろう。肩や腕、腹部、……それこそ胸部も?
そう考えるとシンは勉強どころではなかった。いや、勉強はしているが「水着」と「ミコト」が脳内をちらちらと横切って止まらなかった。テスト用紙とシャープペンシルを片手に問題に取り組もうとした瞬間、水飛沫とともにふんわりミコトが登場したときには本気で焦った。
「はー……」
地獄の期末テストが終わった頃には、シンは満身創痍だった。勉強自体そこまで得意ではないこともあるが、頭によぎる邪な考えを振り払うのに余計な労力を使った。
期末テスト後のファストフード店で、対面に座る勇がニヤニヤとシンを見つめていた。ぐったりしているシンはその表情に不信感を抱く余裕もなく、甘い炭酸飲料を口に含んでいた。爽やかな甘味が疲れた体に染み渡る。
「シン、ずいぶん疲れてっけど、そんなにテスト難しかったか?」
「いや……そういうわけじゃない」
じゃあどういうわけだ、と聞かれると返答に困るのだが。嘘をつけない純粋さも時には仇となる。ほっほーう、と勇はフクロウみたいな声を上げながら身を乗り出してきた。興味津々のいやらしい目でシンを覗き込んでいる。
「じゃあアレか?ミコトの水着でも妄想して大変だったとか?」
びくっ。
シンの体が大袈裟に反応し、その後見事に硬直した。ストローをくわえたまま身動きが取れなくなってしまう。視線だけ勇に向けたところ、彼は腹を抱えて笑っていた。
「いやー、オマエわかりやすすぎ!そーかそーか、プールそんなに楽しみにしてんのか」
「…………」
あまりにも図星が過ぎる。どこにも否定する要素がなく、シンは勇をじろりと睨み返すことしかできなかった。勇はくっくっく、とただひたすら笑っている。
「それにしてもミコト、どんな水着着てくるんだろうな!ちょっと予想してみねぇか?」
そう言って悪戯っぽく笑った勇が差し出してきたのはスマートフォン。「2025夏の水着特集!」と題したページが表示されている。色とりどりの水着はセパレートタイプの胸元や腹部が大胆に露出したものや、可愛らしいワンピースタイプのものまで様々だ。それらをミコトが着ていたらどうなるか?詳細に想像してしまい、シンは頭を抱えた。鼻のあたりが熱い。そういう想像をして鼻血を出すなんて漫画じゃあるまいし、勘弁してほしい。
「ったくシン、オマエってやつは……堅物すぎるんじゃねーの?水着っつってもそんな意識するもんじゃねぇだろ」
「意識するに決まってるだろ……」
勇の軽口は何の慰めにもならない。むしろ具体例が出てしまったせいで空想がとどまるところを知らない。間薙シンはそういうことに疎いが健康的な男子高校生である。そのことを嫌でも認識させられる。
「ったくよ、そんなんでプール行って大丈夫かよ。実際に月森を見たらぶっ倒れるかもしんねぇな」
「……そうならないように善処する」
勇の盛大なため息が聞こえても、シンは頭を抱えたままだった。多量の血液を抱えた脳は重く、妙に発熱していた。
無事夏休みに突入し、プールに遊びに行く日がやって来た。眩しいくらいの快晴で、まさに夏と言わんばかりの気持ちのいい青空だった。
結局シンはろくに気を紛らわせることができないまま、今日という日を迎えた。室内プール用に水着や必要なものを揃えただけでも偉いと褒めてほしいくらいだ。誰も褒めてなどくれないが。
「あ!勇くん、シンくん!おーい!」
プールサイドにはもうシン以外が集っていた。ミコトの明るい声に呼ばれ、シンは駆け寄っていく。
ミコトはパステルブルーのセパレートの水着を着ていた。上半身はキャミソールにフリルがついた可愛らしいもの、下半身はギンガムチェックが可愛らしいミニスカートのような見た目。セーラー服では確実に見えない肩、鎖骨、腕、太ももから下、そして胸の谷間が何とも悩ましい。露出がそれなりに多いが彼女自身は明るい少女のため健康的に見える。シンは邪な思いを隠すのに必死だった。
「すごいわね、初めて来たけど人でいっぱいだわ」
「まずはのんびり泳ぐとしようぜ!暑いしな」
千晶と勇の提案により、ぐるりと室内を一周する流水プールに浸かることにした。今日は外気温三十五度を超えている、流水は最初こそ冷たかったがすぐに心地よよく感じた。
「気持ちいいね〜、シンくん」
二つある浮き輪は勇と千晶に占領されてしまい、シンはミコトと二人、ふわふわと流水に漂っていた。水の揺らめきに沿ってギンガムチェックのミニスカートやフリルが揺らめき、涼しげなクラゲのようだった。
「あ、ああ、そうだな」
「ねえねえシンくん、あれ見てよ、あれ!」
ミコトが指差す先にはウォータースライダーがあった。滑り台のような小さなものから、距離が長くぐるぐると回るアトラクションじみたものまで数種類あった。次から次へと客が滑っていき、ばしゃんと水飛沫を上げてプールに着水するたびに楽しげな声が上がる。
「行ってみようよ!浮き輪取られちゃったしさー」
「そうするか」
表面上は平常心を保ちながらも、シンの心臓はばくばくと音を立てていた。四人で遊ぶ、から二人で遊ぶ、に移行する。なんと素晴らしいことか、浮き輪を使えないことなどどうでもよくなってきた。
二人はプールを出るとスライダーに向かった。二人が並んだのは最も滑る距離が長い刺激的なもの。二人で仲良く並んでいると、ミコトは流水プールに手を振った。見ると、遠くで勇と千晶が浮き輪で優雅に過ごしているのが見えた。……あれもなかなか羨ましい絵面だ。滑り終わったら交代してもらいたい。
「シンくんはこういうの好きなの?」
「スライダーは初めてだ。でも面白そうだな」
「そうなんだ!じゃあ一緒に楽しめそうだね!」
「……一緒に?」
「うん、ほら!」
ミコトが指差す先を目で追うと、二人乗りの浮き輪に乗ってスライダーを滑る様子が見えた。友人同士だったり親子だったり、仲のよい者同士きゃっきゃと楽しんでいる。……てっきり一人で滑るものだと思っていたが、ミコトと二人で!?完全に予想外だった。ちゃんと確認しなかった自分が悪いといえばそのとおりだが。
「一人でも滑れるみたいだけど、せっかくだし二人で滑ろうよ!」
ミコトはきらきらした瞳で提案してくる。そんな目で見つめられて無下にできる男がどこにいるだろうか。シンは無意識に頷いていた。
思いもよらない事態に心の準備をしているうちに、二人の番がやってくる。係員が用意した8の字に似た浮き輪に二人で座る。体が小さい方が前に座るのがいいとかで、ミコトが前、シンは後ろに座った。
――ミコトの背中……!!
濡れた髪が張り付いた背中は思っていたよりも色っぽく、シンはスライダーどころではなかった。妙に体が密着するのも緊張の種だ。係員はそんなシンの胸中などつゆ知らず、ぽんと背中を押す。二人の乗った浮き輪はスライダーを勢いよく滑り降りていく。
思っていたよりも速度があり、シンは完全に呼吸が止まっていた。ミコトの楽しそうな声が聞こえた、と思った瞬間にはスリリングな水のトンネルを駆け抜け、二人はプールに着水した。大きな水飛沫とともに水面から飛び出し笑うミコトは、楽しげな人魚に見えた。
「シンくん、大丈夫?」
まだ腰が抜けているシンに、ミコトが手を差し伸べた。濡れた髪をかき上げる仕草は艶やかで、シンはああ、と心ここに在らずな返事をしながら立ち上がるので精一杯だった。
あの一度きりのスライダーで酔ってしまったシンは、プールサイドのデッキチェアに座り休憩していた。勇にはこれくらいで軟弱だな、などと言われたが純朴なシンには色々と刺激が強すぎた。勇を適当にあしらったシンは頭に手を当て、少しの眩暈と発熱に身を任せていた。
「!?」
シンがしばらく休憩していると、不意に頬に冷たい感触が押し当てられた。思わず飛び起きると、
「わ、ごめんね、驚かせちゃったね」
ペットボトルを二本持ったミコトが立っていた。彼女はペットボトルの片方をシンに差し出した。
「大丈夫?これ、いる?」
「いる。ありがとう」
受け取ったシンはフタを開け、一気に口に含んだ。スポーツドリンクの甘味と少しのしょっぱさが喉を駆け抜けていく。妙に火照った脳みそに涼やかな刺激……とひと息つくつもりが、
「……!!」
屈んだ彼女の胸の谷間に目が留まってしまい、シンの顔は再び赤く染まっていった。駄目だ、どこを見たらいいのかわからない。シンは少し目を逸らした。
「どうしたの、シンくん。熱中症?」
「あー……そうじゃない。大丈夫だ」
「そう?ならいいんだけど」
心配そうな彼女はシンの隣のデッキチェアに腰掛けた。彼女の目線はプールに向かっている。千晶と勇はなんだかんだ言いながら室内プールを満喫している様子で、休憩する気配はなかった。
「千晶ちゃんと勇くんは元気だね。なんか意外だな、あの二人仲がいいよね」
「ああ、そうだな。一番楽しみにしてたみたいだから」
シンも彼女に倣ってプールに目を向けたが、やはり彼女の水着姿が気になってしまう。時折ちらりと彼女の方を見てしまい、水を弾く白い素肌が目に入ってまた目を逸らす、を繰り返していた。彼女よりきわどい水着を着ている女性などいくらもいるが、ミコトはどうにも直視できない。
「屋内のプールでよかったよー。外だったら暑いし焼けてたしね」
「そうだな」
「そうだ、シンくん」
デッキチェアに座っていたミコトはシンに体ごと向き直った。行儀よく膝に手を置いて、何やら期待の眼差しでシンを見つめている。
「水着、どうかな?焼けないだろうと思ってちょっと調子に乗っちゃったんだけど」
お腹がぷにぷになんだよね、とミコトは自嘲していた。ちらちらとシンを見つめる眼差しには明確な期待がこもっている。
「可愛い。明るい感じでよく似合ってるぞ」
「わ、ありがとう!」
ミコトは立ち上がってヒョコヒョコと喜んでみせると、手にスイカの模様が描かれたビーチボールを取り出した。これからスイカ割りにでも出かけそうな、夏らしい眩しい姿だった。
「シンくん、体調がよくなったら泳ぎに行こうよ!せっかくビーチボールも持ってきたんだし!遊ぼう!」
そう言って手を引かれる。まだ少しくらくらする……というより、ミコトを見ていると刺激が強いのだけれど、遊びたいのも事実だった。シンは立ち上がり、彼女の導きのままにプールへ歩いていった。
「あー、遊んだ遊んだ!」
勇のやりきった声とともにプールを出る頃には、気怠い夕方の空気に包まれていた。周りには遊び疲れたと言いながら帰っていく人々で溢れている。シンたちも人波に紛れて歩き始めた。
半袖Tシャツにミニスカートのミコトは、半乾きの髪を一つに結んでいた。プールでは見えなかったうなじが見え、シンはまた違う観点から心臓が音を立てるのを感じた。制服姿ではないミコト、新たな発見とときめきが詰まっている。
「それじゃあ、またね」
「またな!」
帰る方向の関係で千晶と勇、シンとミコトの二手に別れる。電車に乗ってしまえばすぐに帰れてしまう距離。シンはこの二人きりの時間が愛おしくてたまらなかった。だから、重い口を開いた。
「ミコト」
「ん?」
シンは立ち止まった。ミコトは不思議そうに振り返っている。茜色の空と薄く汗ばんだミコトは夏の残り香を感じさせた。まだ帰りたくない。
「どこか寄って行かないか。疲れただろ」
「あ、ほんと?いいじゃん、どこ行こっか?」
意を決した言葉に即答が返ってくると飛び上がりそうになる。シンは少し先にあるカフェに彼女と立ち寄った。夏休みのカフェは学生同士と思しき集団で混み合い、二人が入っても何ら違和感がなかった。
「ミコト、その……」
「ん?なあに?」
シンはアイスコーヒーを、ミコトはアイスクリームを頼んでいた。注文の品が届くまで少し時間がある。この沈黙、何かしら活用しなければ。伝えたいことなんていくらもあるのだから。
「その服、よく似合ってるな。可愛い」
「え、ほんと?ありがとう!こっちも褒められちゃうなんて嬉しいなー」
正直な褒め言葉を口にしてもからかう者など誰もいない。シンの口から滑り落ちた言葉に、ミコトはただただ嬉しそうに笑った。それは向日葵のような笑顔で、シンの口元も優しく緩んだ。
ちょうどよく頼んだ品がやってくる。バニラのアイスクリームに目を輝かせた彼女は、「いただきます!」と元気に宣言しスプーンを手に取った。シンはアイスコーヒーにストローを刺し、かき混ぜながら顔を上げた。氷がぶつかる涼しい音を聞きつつ、白い甘味に舌鼓を打つミコトをのんびりと眺める。なんと贅沢な時間だろうか。
「シンくん、プール楽しかったね。ビーチボール結構ぶつけちゃったけど、痛くなかった?」
「いや、全然痛くなかった。楽しかったぞ」
よかったー、と安堵するミコトを見ながら、彼女と流水プールでビーチボールをぶつけ合って遊んだことを思い出していた。室内プールに高く打ち上がるスイカ模様の丸い球は軽く、ぶつかってもぽよんと跳ねるだけで痛みはなかった。ただ彼女とじゃれ合っていただけだ。彼女がラッコのようにスイカボールを抱えて仰向けに浮いていたのも可愛らしかった。ああ、夢の中でもプールに行けたらいいのに。
「ねえねえシンくん。シンくんってさ、結構お出かけするの好きなの?」
「お出かけ?……まあ場所にもよるけど、嫌いではないぞ」
――本当は、「誰と一緒に」行くかが重要なのだけれど。
そんな本音はアイスコーヒーの苦味とともに流れていってしまった。シンはカラカラと氷を鳴らしながら、ミコトを見つめた。彼女はスプーンの切先でシンをさした。
「シンくん、夏休みだし二人でどっか出かけない?」
「……え?二人で?」
素っ頓狂な声を上げてしまった。確かに誰と行くかが重要とは思った。が、二人で?二人で出かけるなど経験がないのだが。これはデートのお誘いなのか?シンの脳内では思考が渦巻いていた。
「シンくんと遊んで楽しかったからさ!嫌なら無理にとは言わないけど」
「いや、オレもお前と出かけたい」
食い気味な回答にミコトは笑ってくれた。これからは未来について語る時間だ。一つ楽しいことが終わっても、また新しい楽しみが生まれる。シンは彼女と笑い合いながら、次はどこへ行こうかと語り合った。夏休みはまだまだこれからだ。
「夏休みに入ったらプールに行こうぜ!」
勇から提案があったのは一学期の期末テストの直前だった。夏休み目前の高き壁を乗り越えた先のご褒美としては、あまりにも魅力的だった。
「行きたい行きたい!」
「勇くんにしてはいい提案をするじゃない」
ミコトは聞いた瞬間大喜び、あの千晶も珍しく全面的に賛成だった。無論シンにも断る理由などなく、あっさり四人でプールに遊びに行く運びとなった。
さて現在絶賛期末テスト中であるが、シンの頭から離れない事項があった。
――果たして月森ミコトはどのような水着を着るだろうか?
シンは生まれてこのかた女子と付き合ったことのない、ファッションにも疎い堅物であるからこそ妄想が止まらなかった。高校の制服はセーラー服、露出は慎ましいものであり、水着とくれば普段隠れる部分がそれはもう露わになるだろう。肩や腕、腹部、……それこそ胸部も?
そう考えるとシンは勉強どころではなかった。いや、勉強はしているが「水着」と「ミコト」が脳内をちらちらと横切って止まらなかった。テスト用紙とシャープペンシルを片手に問題に取り組もうとした瞬間、水飛沫とともにふんわりミコトが登場したときには本気で焦った。
「はー……」
地獄の期末テストが終わった頃には、シンは満身創痍だった。勉強自体そこまで得意ではないこともあるが、頭によぎる邪な考えを振り払うのに余計な労力を使った。
期末テスト後のファストフード店で、対面に座る勇がニヤニヤとシンを見つめていた。ぐったりしているシンはその表情に不信感を抱く余裕もなく、甘い炭酸飲料を口に含んでいた。爽やかな甘味が疲れた体に染み渡る。
「シン、ずいぶん疲れてっけど、そんなにテスト難しかったか?」
「いや……そういうわけじゃない」
じゃあどういうわけだ、と聞かれると返答に困るのだが。嘘をつけない純粋さも時には仇となる。ほっほーう、と勇はフクロウみたいな声を上げながら身を乗り出してきた。興味津々のいやらしい目でシンを覗き込んでいる。
「じゃあアレか?ミコトの水着でも妄想して大変だったとか?」
びくっ。
シンの体が大袈裟に反応し、その後見事に硬直した。ストローをくわえたまま身動きが取れなくなってしまう。視線だけ勇に向けたところ、彼は腹を抱えて笑っていた。
「いやー、オマエわかりやすすぎ!そーかそーか、プールそんなに楽しみにしてんのか」
「…………」
あまりにも図星が過ぎる。どこにも否定する要素がなく、シンは勇をじろりと睨み返すことしかできなかった。勇はくっくっく、とただひたすら笑っている。
「それにしてもミコト、どんな水着着てくるんだろうな!ちょっと予想してみねぇか?」
そう言って悪戯っぽく笑った勇が差し出してきたのはスマートフォン。「2025夏の水着特集!」と題したページが表示されている。色とりどりの水着はセパレートタイプの胸元や腹部が大胆に露出したものや、可愛らしいワンピースタイプのものまで様々だ。それらをミコトが着ていたらどうなるか?詳細に想像してしまい、シンは頭を抱えた。鼻のあたりが熱い。そういう想像をして鼻血を出すなんて漫画じゃあるまいし、勘弁してほしい。
「ったくシン、オマエってやつは……堅物すぎるんじゃねーの?水着っつってもそんな意識するもんじゃねぇだろ」
「意識するに決まってるだろ……」
勇の軽口は何の慰めにもならない。むしろ具体例が出てしまったせいで空想がとどまるところを知らない。間薙シンはそういうことに疎いが健康的な男子高校生である。そのことを嫌でも認識させられる。
「ったくよ、そんなんでプール行って大丈夫かよ。実際に月森を見たらぶっ倒れるかもしんねぇな」
「……そうならないように善処する」
勇の盛大なため息が聞こえても、シンは頭を抱えたままだった。多量の血液を抱えた脳は重く、妙に発熱していた。
無事夏休みに突入し、プールに遊びに行く日がやって来た。眩しいくらいの快晴で、まさに夏と言わんばかりの気持ちのいい青空だった。
結局シンはろくに気を紛らわせることができないまま、今日という日を迎えた。室内プール用に水着や必要なものを揃えただけでも偉いと褒めてほしいくらいだ。誰も褒めてなどくれないが。
「あ!勇くん、シンくん!おーい!」
プールサイドにはもうシン以外が集っていた。ミコトの明るい声に呼ばれ、シンは駆け寄っていく。
ミコトはパステルブルーのセパレートの水着を着ていた。上半身はキャミソールにフリルがついた可愛らしいもの、下半身はギンガムチェックが可愛らしいミニスカートのような見た目。セーラー服では確実に見えない肩、鎖骨、腕、太ももから下、そして胸の谷間が何とも悩ましい。露出がそれなりに多いが彼女自身は明るい少女のため健康的に見える。シンは邪な思いを隠すのに必死だった。
「すごいわね、初めて来たけど人でいっぱいだわ」
「まずはのんびり泳ぐとしようぜ!暑いしな」
千晶と勇の提案により、ぐるりと室内を一周する流水プールに浸かることにした。今日は外気温三十五度を超えている、流水は最初こそ冷たかったがすぐに心地よよく感じた。
「気持ちいいね〜、シンくん」
二つある浮き輪は勇と千晶に占領されてしまい、シンはミコトと二人、ふわふわと流水に漂っていた。水の揺らめきに沿ってギンガムチェックのミニスカートやフリルが揺らめき、涼しげなクラゲのようだった。
「あ、ああ、そうだな」
「ねえねえシンくん、あれ見てよ、あれ!」
ミコトが指差す先にはウォータースライダーがあった。滑り台のような小さなものから、距離が長くぐるぐると回るアトラクションじみたものまで数種類あった。次から次へと客が滑っていき、ばしゃんと水飛沫を上げてプールに着水するたびに楽しげな声が上がる。
「行ってみようよ!浮き輪取られちゃったしさー」
「そうするか」
表面上は平常心を保ちながらも、シンの心臓はばくばくと音を立てていた。四人で遊ぶ、から二人で遊ぶ、に移行する。なんと素晴らしいことか、浮き輪を使えないことなどどうでもよくなってきた。
二人はプールを出るとスライダーに向かった。二人が並んだのは最も滑る距離が長い刺激的なもの。二人で仲良く並んでいると、ミコトは流水プールに手を振った。見ると、遠くで勇と千晶が浮き輪で優雅に過ごしているのが見えた。……あれもなかなか羨ましい絵面だ。滑り終わったら交代してもらいたい。
「シンくんはこういうの好きなの?」
「スライダーは初めてだ。でも面白そうだな」
「そうなんだ!じゃあ一緒に楽しめそうだね!」
「……一緒に?」
「うん、ほら!」
ミコトが指差す先を目で追うと、二人乗りの浮き輪に乗ってスライダーを滑る様子が見えた。友人同士だったり親子だったり、仲のよい者同士きゃっきゃと楽しんでいる。……てっきり一人で滑るものだと思っていたが、ミコトと二人で!?完全に予想外だった。ちゃんと確認しなかった自分が悪いといえばそのとおりだが。
「一人でも滑れるみたいだけど、せっかくだし二人で滑ろうよ!」
ミコトはきらきらした瞳で提案してくる。そんな目で見つめられて無下にできる男がどこにいるだろうか。シンは無意識に頷いていた。
思いもよらない事態に心の準備をしているうちに、二人の番がやってくる。係員が用意した8の字に似た浮き輪に二人で座る。体が小さい方が前に座るのがいいとかで、ミコトが前、シンは後ろに座った。
――ミコトの背中……!!
濡れた髪が張り付いた背中は思っていたよりも色っぽく、シンはスライダーどころではなかった。妙に体が密着するのも緊張の種だ。係員はそんなシンの胸中などつゆ知らず、ぽんと背中を押す。二人の乗った浮き輪はスライダーを勢いよく滑り降りていく。
思っていたよりも速度があり、シンは完全に呼吸が止まっていた。ミコトの楽しそうな声が聞こえた、と思った瞬間にはスリリングな水のトンネルを駆け抜け、二人はプールに着水した。大きな水飛沫とともに水面から飛び出し笑うミコトは、楽しげな人魚に見えた。
「シンくん、大丈夫?」
まだ腰が抜けているシンに、ミコトが手を差し伸べた。濡れた髪をかき上げる仕草は艶やかで、シンはああ、と心ここに在らずな返事をしながら立ち上がるので精一杯だった。
あの一度きりのスライダーで酔ってしまったシンは、プールサイドのデッキチェアに座り休憩していた。勇にはこれくらいで軟弱だな、などと言われたが純朴なシンには色々と刺激が強すぎた。勇を適当にあしらったシンは頭に手を当て、少しの眩暈と発熱に身を任せていた。
「!?」
シンがしばらく休憩していると、不意に頬に冷たい感触が押し当てられた。思わず飛び起きると、
「わ、ごめんね、驚かせちゃったね」
ペットボトルを二本持ったミコトが立っていた。彼女はペットボトルの片方をシンに差し出した。
「大丈夫?これ、いる?」
「いる。ありがとう」
受け取ったシンはフタを開け、一気に口に含んだ。スポーツドリンクの甘味と少しのしょっぱさが喉を駆け抜けていく。妙に火照った脳みそに涼やかな刺激……とひと息つくつもりが、
「……!!」
屈んだ彼女の胸の谷間に目が留まってしまい、シンの顔は再び赤く染まっていった。駄目だ、どこを見たらいいのかわからない。シンは少し目を逸らした。
「どうしたの、シンくん。熱中症?」
「あー……そうじゃない。大丈夫だ」
「そう?ならいいんだけど」
心配そうな彼女はシンの隣のデッキチェアに腰掛けた。彼女の目線はプールに向かっている。千晶と勇はなんだかんだ言いながら室内プールを満喫している様子で、休憩する気配はなかった。
「千晶ちゃんと勇くんは元気だね。なんか意外だな、あの二人仲がいいよね」
「ああ、そうだな。一番楽しみにしてたみたいだから」
シンも彼女に倣ってプールに目を向けたが、やはり彼女の水着姿が気になってしまう。時折ちらりと彼女の方を見てしまい、水を弾く白い素肌が目に入ってまた目を逸らす、を繰り返していた。彼女よりきわどい水着を着ている女性などいくらもいるが、ミコトはどうにも直視できない。
「屋内のプールでよかったよー。外だったら暑いし焼けてたしね」
「そうだな」
「そうだ、シンくん」
デッキチェアに座っていたミコトはシンに体ごと向き直った。行儀よく膝に手を置いて、何やら期待の眼差しでシンを見つめている。
「水着、どうかな?焼けないだろうと思ってちょっと調子に乗っちゃったんだけど」
お腹がぷにぷになんだよね、とミコトは自嘲していた。ちらちらとシンを見つめる眼差しには明確な期待がこもっている。
「可愛い。明るい感じでよく似合ってるぞ」
「わ、ありがとう!」
ミコトは立ち上がってヒョコヒョコと喜んでみせると、手にスイカの模様が描かれたビーチボールを取り出した。これからスイカ割りにでも出かけそうな、夏らしい眩しい姿だった。
「シンくん、体調がよくなったら泳ぎに行こうよ!せっかくビーチボールも持ってきたんだし!遊ぼう!」
そう言って手を引かれる。まだ少しくらくらする……というより、ミコトを見ていると刺激が強いのだけれど、遊びたいのも事実だった。シンは立ち上がり、彼女の導きのままにプールへ歩いていった。
「あー、遊んだ遊んだ!」
勇のやりきった声とともにプールを出る頃には、気怠い夕方の空気に包まれていた。周りには遊び疲れたと言いながら帰っていく人々で溢れている。シンたちも人波に紛れて歩き始めた。
半袖Tシャツにミニスカートのミコトは、半乾きの髪を一つに結んでいた。プールでは見えなかったうなじが見え、シンはまた違う観点から心臓が音を立てるのを感じた。制服姿ではないミコト、新たな発見とときめきが詰まっている。
「それじゃあ、またね」
「またな!」
帰る方向の関係で千晶と勇、シンとミコトの二手に別れる。電車に乗ってしまえばすぐに帰れてしまう距離。シンはこの二人きりの時間が愛おしくてたまらなかった。だから、重い口を開いた。
「ミコト」
「ん?」
シンは立ち止まった。ミコトは不思議そうに振り返っている。茜色の空と薄く汗ばんだミコトは夏の残り香を感じさせた。まだ帰りたくない。
「どこか寄って行かないか。疲れただろ」
「あ、ほんと?いいじゃん、どこ行こっか?」
意を決した言葉に即答が返ってくると飛び上がりそうになる。シンは少し先にあるカフェに彼女と立ち寄った。夏休みのカフェは学生同士と思しき集団で混み合い、二人が入っても何ら違和感がなかった。
「ミコト、その……」
「ん?なあに?」
シンはアイスコーヒーを、ミコトはアイスクリームを頼んでいた。注文の品が届くまで少し時間がある。この沈黙、何かしら活用しなければ。伝えたいことなんていくらもあるのだから。
「その服、よく似合ってるな。可愛い」
「え、ほんと?ありがとう!こっちも褒められちゃうなんて嬉しいなー」
正直な褒め言葉を口にしてもからかう者など誰もいない。シンの口から滑り落ちた言葉に、ミコトはただただ嬉しそうに笑った。それは向日葵のような笑顔で、シンの口元も優しく緩んだ。
ちょうどよく頼んだ品がやってくる。バニラのアイスクリームに目を輝かせた彼女は、「いただきます!」と元気に宣言しスプーンを手に取った。シンはアイスコーヒーにストローを刺し、かき混ぜながら顔を上げた。氷がぶつかる涼しい音を聞きつつ、白い甘味に舌鼓を打つミコトをのんびりと眺める。なんと贅沢な時間だろうか。
「シンくん、プール楽しかったね。ビーチボール結構ぶつけちゃったけど、痛くなかった?」
「いや、全然痛くなかった。楽しかったぞ」
よかったー、と安堵するミコトを見ながら、彼女と流水プールでビーチボールをぶつけ合って遊んだことを思い出していた。室内プールに高く打ち上がるスイカ模様の丸い球は軽く、ぶつかってもぽよんと跳ねるだけで痛みはなかった。ただ彼女とじゃれ合っていただけだ。彼女がラッコのようにスイカボールを抱えて仰向けに浮いていたのも可愛らしかった。ああ、夢の中でもプールに行けたらいいのに。
「ねえねえシンくん。シンくんってさ、結構お出かけするの好きなの?」
「お出かけ?……まあ場所にもよるけど、嫌いではないぞ」
――本当は、「誰と一緒に」行くかが重要なのだけれど。
そんな本音はアイスコーヒーの苦味とともに流れていってしまった。シンはカラカラと氷を鳴らしながら、ミコトを見つめた。彼女はスプーンの切先でシンをさした。
「シンくん、夏休みだし二人でどっか出かけない?」
「……え?二人で?」
素っ頓狂な声を上げてしまった。確かに誰と行くかが重要とは思った。が、二人で?二人で出かけるなど経験がないのだが。これはデートのお誘いなのか?シンの脳内では思考が渦巻いていた。
「シンくんと遊んで楽しかったからさ!嫌なら無理にとは言わないけど」
「いや、オレもお前と出かけたい」
食い気味な回答にミコトは笑ってくれた。これからは未来について語る時間だ。一つ楽しいことが終わっても、また新しい楽しみが生まれる。シンは彼女と笑い合いながら、次はどこへ行こうかと語り合った。夏休みはまだまだこれからだ。
