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祭りはお前と二人がいい
地元の夏祭りは小規模ながら毎年様々な屋台が並び、今年もミコトは遊びに行く約束を取り付けていた。数少ない浴衣を着られる機会ということもあり、ミコトは浴衣を着て神社に向かった。
「あ、千晶ちゃん!」
友人の名前を呼びながら近づくと、浴衣姿の千晶が優雅に手を振った。普段は長い髪を下ろしている彼女だが、艶やかなアップスタイルにしている。水色の生地に黄色い花が咲く可憐な浴衣を着た千晶は涼しげで、同性のミコトですら感嘆してしまうほど似合っていた。
「ミコト、やっと来たわね」
「ごめんね、待たせちゃって。あれ、勇くんとシンくんは?」
尋ねつつ周りを見回したが、男二人の姿はない。千晶は露骨に口を尖らせていた。
「まだ来ていないわ。全く、二人のルーズさにも困ったものね」
「あはは、そうだね〜」
千晶とミコトは軽口を叩きながら、背後の神社を振り返った。朱色の鳥居が目立つ参道の両側に、たくさんの屋台が並んでいる。浴衣を着た人々が参道に吸い込まれていき、心地よい喧騒が聞こえてくる。奥の本殿からは祭り囃子が聞こえ、夏の気怠い空気を盛り上げる明るい空間に仕上がっていた。
毎年この夏祭りには千晶、勇、シン、ミコトの四人で訪れている。そろそろ誰かから飽きた、と言われてもおかしくない回数来ているが、不思議とそんな声は上がらなかった。夏祭りの非日常の空気をなんだかんだで楽しみにしているのだろう。
「おーっす」
やけに軽い少年の声に呼びかけられた。振り返ると、勇とシンがこちらに歩いてくるのが見えた。勇はひらひらと手を振っている。
「遅いわよ、二人とも。私なんか一番最初に来たんだから」
「悪りぃ悪りぃ、ちょっと混んでてよ」
トレードマークの黒い帽子を被った勇は、千晶の非難を軽く受け流した。勇の隣でシンは「悪かった」と言いながら小さく頭を下げている。
少年二人は甚平を着ていた。勇は黒い帽子に合わせた烏の羽のような黒いもの、シンは明るいベージュのものを身につけている。どちらも膝から下と肘から先が見え、足元は涼やかな下駄。夏祭りにふさわしいラフながらも風情のある佇まいだった。特にシンは明るい色彩の私服が珍しく、ずいぶんと印象が違った。
「じゃ、行きましょう。花火もあるみたいだし、楽しみね」
千晶の言葉を合図に、四人は人混みに紛れてゆっくりと歩き始めた。
ミコトは様々な屋台を見ながらも、シンの甚平姿に釘付けだった。制服は学ラン、私服はフードつきパーカーを着ている彼ゆえに、首元や腕が見えているのが新鮮だ。男らしい首の逞しさやちらりと見える鎖骨のライン、骨ばった手の印象が強く、ミコトはクラスメイトのふとした瞬間に香る男らしさに緊張していた。今日はミコトも浴衣に合う髪型、髪飾りを纏い白に桃色の花が咲く浴衣を着ているが、シンにはどう映っているだろうか。夏祭りの匂いや喧騒を楽しみつつも気が気でなかった。
「お、射的じゃん!オレ、こういうの得意なんだぜ?」
屋台の定番、射的。通りがかった勇は得意げに笑っていた。千晶に肘で小突かれ、
「じゃあ見せてみなさいよ」
とけしかけられ、勇は「やってやんよ!」と答え銃を構えていた。相変わらず千晶と勇は気が合う。ふふ、とミコトが笑いながら彼らの後ろで見守っていると、
「……ミコト」
名を呼ばれた。気付くとすぐ隣にシンが立っていた。彼の右手がミコトの左手に微かに触れる。関節の硬い感触が伝わり、ミコトは顔を赤らめた。
「どうしたの、シンくん」
隣にいる彼を見つめた。彼はミコトを一瞬見たと思うと、ふわりふわりと視線を不安定に泳がせた。ほんの少し顔が赤い、ような?沈黙する二人の背後では、射的の弾がビニールシートに当たる乾いた音が響く。
「その……お前と二人きりになりたい」
シンの右手がミコトの左手に触れた。これまでは距離の近さゆえ偶然触れた、と言えなくもない接触だったが、今回は明らかに意図したものだった。彼の掌がミコトの手の甲を覆うように触れる。彼の掌は少し湿っており、夏の暑さを感じさせる。
「抜け出したいってこと?」
答える前に尋ねると、シンは頬を赤らめたまま頷いた。黒い髪、明るい色の甚平に赤い頬は映える。ミコトは笑みを漏らした。
「いいよ、行こっか」
ミコトがシンの右手を握りしめると、シンにぐいと手を引かれた。人波をかき分けて射的の屋台から離れていく。シンの歩く速度は速く、着慣れない浴衣のミコトは転びそうになる。
「シンくん、ちょっと待ってよ!」
声を張り上げると振り向いたシンと目が合い、彼はハッとした顔で立ち止まった。ミコトは頬を膨らませ、シンを睨んだ。
「もう、歩くの速い!浴衣なんだから加減してよね!」
「ごめん、ミコト。悪かった」
「こんな中で置いてかれたらはぐれちゃう。ゆっくり歩いて、ね?」
「ああ」
ミコトを尊重しゆったり歩いてくれる彼を見ながら、夏祭りの空気を吸い込んだ。集合した当初は日が暮れていく頃合いでまだ明るかったが、とっぷりと日が暮れ夜が訪れていた。それでも周囲には人が多く、屋台の客を呼び込む声も大きい。しっとりと汗ばむ夏の夜の中、シンの明るい甚平の色は目立って見えた。
「シンくん、待って!あれやりたい!」
ミコトが指差す先で彼は立ち止まってくれた。そこには色とりどりのスーパーボールが浮かぶ屋台があった。小さな子供が目をキラキラさせながらスーパーボールすくいに興じていた。水の上にプカプカと浮かぶスーパーボールは涼しげで、この屋台の周辺だけ少し気温が低い気がした。店番はミコトとめざとく目を合わせ、すくい枠を手に取った。
「お、嬢ちゃんやってくかい?」
「やるやる!シンくんは?」
「オレはいい」
「わかった!シンくんの分も取っちゃう!」
ミコトは右手にすくい枠を持ち、左手で浴衣の袖を濡れないように持ち上げると、スーパーボールをすくいにかかった。スーパーボールは金魚のようにひらひらと動き回ることはないものの、金魚よりも重く繊細な操作を必要とする。ミコトが小さめのスーパーボールを二個すくったところで紙が破れた。
「あー、終わっちゃった」
「ありがとうな、嬢ちゃん!」
威勢のいい店番の声を受けつつ、ミコトは戦利品のスーパーボールをシンに見せた。彼女の掌には蛍光色の緑とピンクのスーパーボール。夏の暑さを彩る派手な色合いだった。
「二個しか取れなかった。シンくん、どっちかいらない?」
「じゃあこっちをくれ」
ひょいと彼が手に取ったのは緑色のスーパーボール。彼の大きな掌から甚平のポケットに入っていく。ミコトは掌でピンクのスーパーボールを転がしながら彼と合流した。シンは当然のようにミコトの左手を握りしめた。
「これだけ人が多ければ、繋いでないとはぐれるよな」
「うん、はぐれちゃう」
二人して悪戯っぽい笑顔を浮かべ、二人は再び歩き始めた。屋台周辺の騒々しい音や声はそのままだが、少しだけ人口密度が減っている。ミコトが時間を確認すると、二十時少し前だった。周囲の人々は本殿の方へ移動している。
「そういえば、そろそろ花火の時間だな」
シンの言葉を聞いて思い出した。この神社は花火の打ち上げ場所から距離があるものの、絶好の観覧ポイントだった。ミコトはぎゅっとシンの手を握ると、
「私たちも行かなきゃ!花火、見ていくでしょ?」
「当たり前だ」
頷き合い本殿へ向かった。玉砂利が敷き詰められた本殿前の広場は、花火を待ち侘びる人々で混み合っていた。どこかに千晶と勇もいるかもしれないが、ミコトには探すつもりなどなかった。彼と二人きりの時間は貴重だ、楽しまないと損というもの。
二十時まであと少し。五、四、三……
ひゅぅぅ、と光の玉が昇っていく音が聞こえた。その後、濃紺の夜空に光の花が咲く。どぉん、と響く音は遠くとも体に重く響く感覚があった。
「わあ、綺麗だね!」
「ああ」
ミコトが花火を指差すと、シンも空を見上げていた。その横顔は花火の明滅に合わせて色彩を変える。普段は口数が少なく落ち着いた雰囲気の彼も、このときばかりは花火に感嘆する少年らしい雰囲気を纏っていた。黒い髪と白っぽい甚平が花火の色に染まるのも趣がある。ミコトは花火二割、シン八割といった具合で視線を動かしていた。周囲では歓声が上がり、たまや、かぎやと叫ぶ声も聞こえる。夏の一コマを彼とともに味わう喜びに、ミコトはシンの手をぎゅっと握った。
「ん?どうかしたか?」
天を仰いでいたシンは、ミコトに目を向けた。彼の灰色の瞳の中で、炎の花が咲いては消えていく。
「ううん、なんでもないよ」
ミコトはえへへ、と誤魔化すように笑い、再び空を見上げた。打ち上げ花火は大きな音を轟かせ、夏の夜空に明るい輝きをもたらす。この壮大な美しさをシンと二人きりで見られてよかった。そう実感していると、くい、とシンに手を引かれた。
「どうしたの?」
シンは真面目な顔でミコトを見据え、本殿から離れたいと言わんばかりに手を引く。まだ打ち上げ花火の最中だが、どこへ行くのだろうか。ミコトは首を傾げながらも彼についていった。
本殿から離れると途端に人が少なくなり、手持ち無沙汰な屋台の店主たちも花火に見入っている。シンは神社を取り囲む林まで歩いていき、きょろきょろと辺りを見回した。ここまで離れると人がまばらどころか誰もいない。
「シンくん?」
「……ミコト」
立ち止まったシンは、ミコトと向かい合い華奢な両肩に手を置いた。そして少しずつ顔を近付け、無防備なミコトの唇を奪った。
「!?」
完全に予想外だった。硬直するミコトをシンは抱きしめてくる。彼の両腕は熱く、夏の暑さと彼の熱さにのぼせてしまいそうだった。
「……ずっとこうしたかった」
口付けは一瞬だったが抱擁は続き、ミコトの耳元でシンは囁いた。触れ合ったシンの体は熱く、耳元にあるシンの顔からも熱が伝わってくる。きっと彼の顔は真っ赤なのだろうと思うと愛おしい。ミコトはシンの頭を撫でた。
「そうだ、シンくん。ずっと聞きたいことがあったの」
「なんだ?」
「浴衣、似合ってる?」
シンから離れ、ミコトは可愛らしくその場でポーズをとってみせた。四苦八苦しながら着た浴衣、髪型も髪飾りもこの日のために色々と調べて準備した。彼のたった一言をミコトは待っていた。
「ああ、似合ってる。すごく可愛い」
「ありがとうシンくん!」
ミコトはシンに抱きつき、彼の胸に顔を擦り付けた。彼の心臓がとくん、と大きく波打ったのが聞こえた気がした。
「シンくんもその服、よく似合ってるよ!かっこいいね!」
「あ、ああ……ありがとう」
抱きついたまま見つめたシンはりんご飴のように色付いた頬で可愛らしく、ミコトから目を逸らしていた。口元が嬉しそうに緩んでいるのをミコトを見逃さなかった。わかりにくい仕草と表情ではあるが、彼の思いを柔らかく受け取ることができて嬉しい。ミコトは人慣れした猫のようにシンに擦り寄った。
ふと気付くと、花火の音が聞こえなくなっていた。大輪の花が咲き終えた夜空には、名残の煙が薄く広がっている。花火目当てで本殿に集まっていた群衆が、ぞろぞろと歩き始める気配がした。
「ミコト、そろそろ離れろ。誰か来るかもしれないから」
「は〜い」
互いに普段と異なる装い同士での密着が貴重ゆえに名残惜しいが、ミコトはそっとシンから離れた。その代わり手を繋ぐ。二人とも夏の熱を纏った掌だが、どちらも手を離すという発想はなかった。そのまま何事もなかったかのように参道を歩き、夏祭りを楽しむ恋人同士の風情を漂わせる。
「そういえば勇くんと千晶ちゃん、どこにいるのかな」
周囲は一斉に帰り始める人混み、この中に二人がいたとしても見つけられる気がしない。ミコトが辺りを見回しながら呟くと、シンはぎゅっとミコトの手を握った。
「たぶん鳥居のあたりに戻ってくるだろ。ミコト、腹減らないか。もう少し屋台を回ろう」
シンは悪戯っ子のような少年らしい笑顔を浮かべた。多少二人を待たせてもいいだろうという腹づもりか。ミコトはシンの腕に抱きつくと、
「うん!」
花火にも負けない輝く笑顔を浮かべた。心の中でごめんね、二人とも。と呟きながら。
地元の夏祭りは小規模ながら毎年様々な屋台が並び、今年もミコトは遊びに行く約束を取り付けていた。数少ない浴衣を着られる機会ということもあり、ミコトは浴衣を着て神社に向かった。
「あ、千晶ちゃん!」
友人の名前を呼びながら近づくと、浴衣姿の千晶が優雅に手を振った。普段は長い髪を下ろしている彼女だが、艶やかなアップスタイルにしている。水色の生地に黄色い花が咲く可憐な浴衣を着た千晶は涼しげで、同性のミコトですら感嘆してしまうほど似合っていた。
「ミコト、やっと来たわね」
「ごめんね、待たせちゃって。あれ、勇くんとシンくんは?」
尋ねつつ周りを見回したが、男二人の姿はない。千晶は露骨に口を尖らせていた。
「まだ来ていないわ。全く、二人のルーズさにも困ったものね」
「あはは、そうだね〜」
千晶とミコトは軽口を叩きながら、背後の神社を振り返った。朱色の鳥居が目立つ参道の両側に、たくさんの屋台が並んでいる。浴衣を着た人々が参道に吸い込まれていき、心地よい喧騒が聞こえてくる。奥の本殿からは祭り囃子が聞こえ、夏の気怠い空気を盛り上げる明るい空間に仕上がっていた。
毎年この夏祭りには千晶、勇、シン、ミコトの四人で訪れている。そろそろ誰かから飽きた、と言われてもおかしくない回数来ているが、不思議とそんな声は上がらなかった。夏祭りの非日常の空気をなんだかんだで楽しみにしているのだろう。
「おーっす」
やけに軽い少年の声に呼びかけられた。振り返ると、勇とシンがこちらに歩いてくるのが見えた。勇はひらひらと手を振っている。
「遅いわよ、二人とも。私なんか一番最初に来たんだから」
「悪りぃ悪りぃ、ちょっと混んでてよ」
トレードマークの黒い帽子を被った勇は、千晶の非難を軽く受け流した。勇の隣でシンは「悪かった」と言いながら小さく頭を下げている。
少年二人は甚平を着ていた。勇は黒い帽子に合わせた烏の羽のような黒いもの、シンは明るいベージュのものを身につけている。どちらも膝から下と肘から先が見え、足元は涼やかな下駄。夏祭りにふさわしいラフながらも風情のある佇まいだった。特にシンは明るい色彩の私服が珍しく、ずいぶんと印象が違った。
「じゃ、行きましょう。花火もあるみたいだし、楽しみね」
千晶の言葉を合図に、四人は人混みに紛れてゆっくりと歩き始めた。
ミコトは様々な屋台を見ながらも、シンの甚平姿に釘付けだった。制服は学ラン、私服はフードつきパーカーを着ている彼ゆえに、首元や腕が見えているのが新鮮だ。男らしい首の逞しさやちらりと見える鎖骨のライン、骨ばった手の印象が強く、ミコトはクラスメイトのふとした瞬間に香る男らしさに緊張していた。今日はミコトも浴衣に合う髪型、髪飾りを纏い白に桃色の花が咲く浴衣を着ているが、シンにはどう映っているだろうか。夏祭りの匂いや喧騒を楽しみつつも気が気でなかった。
「お、射的じゃん!オレ、こういうの得意なんだぜ?」
屋台の定番、射的。通りがかった勇は得意げに笑っていた。千晶に肘で小突かれ、
「じゃあ見せてみなさいよ」
とけしかけられ、勇は「やってやんよ!」と答え銃を構えていた。相変わらず千晶と勇は気が合う。ふふ、とミコトが笑いながら彼らの後ろで見守っていると、
「……ミコト」
名を呼ばれた。気付くとすぐ隣にシンが立っていた。彼の右手がミコトの左手に微かに触れる。関節の硬い感触が伝わり、ミコトは顔を赤らめた。
「どうしたの、シンくん」
隣にいる彼を見つめた。彼はミコトを一瞬見たと思うと、ふわりふわりと視線を不安定に泳がせた。ほんの少し顔が赤い、ような?沈黙する二人の背後では、射的の弾がビニールシートに当たる乾いた音が響く。
「その……お前と二人きりになりたい」
シンの右手がミコトの左手に触れた。これまでは距離の近さゆえ偶然触れた、と言えなくもない接触だったが、今回は明らかに意図したものだった。彼の掌がミコトの手の甲を覆うように触れる。彼の掌は少し湿っており、夏の暑さを感じさせる。
「抜け出したいってこと?」
答える前に尋ねると、シンは頬を赤らめたまま頷いた。黒い髪、明るい色の甚平に赤い頬は映える。ミコトは笑みを漏らした。
「いいよ、行こっか」
ミコトがシンの右手を握りしめると、シンにぐいと手を引かれた。人波をかき分けて射的の屋台から離れていく。シンの歩く速度は速く、着慣れない浴衣のミコトは転びそうになる。
「シンくん、ちょっと待ってよ!」
声を張り上げると振り向いたシンと目が合い、彼はハッとした顔で立ち止まった。ミコトは頬を膨らませ、シンを睨んだ。
「もう、歩くの速い!浴衣なんだから加減してよね!」
「ごめん、ミコト。悪かった」
「こんな中で置いてかれたらはぐれちゃう。ゆっくり歩いて、ね?」
「ああ」
ミコトを尊重しゆったり歩いてくれる彼を見ながら、夏祭りの空気を吸い込んだ。集合した当初は日が暮れていく頃合いでまだ明るかったが、とっぷりと日が暮れ夜が訪れていた。それでも周囲には人が多く、屋台の客を呼び込む声も大きい。しっとりと汗ばむ夏の夜の中、シンの明るい甚平の色は目立って見えた。
「シンくん、待って!あれやりたい!」
ミコトが指差す先で彼は立ち止まってくれた。そこには色とりどりのスーパーボールが浮かぶ屋台があった。小さな子供が目をキラキラさせながらスーパーボールすくいに興じていた。水の上にプカプカと浮かぶスーパーボールは涼しげで、この屋台の周辺だけ少し気温が低い気がした。店番はミコトとめざとく目を合わせ、すくい枠を手に取った。
「お、嬢ちゃんやってくかい?」
「やるやる!シンくんは?」
「オレはいい」
「わかった!シンくんの分も取っちゃう!」
ミコトは右手にすくい枠を持ち、左手で浴衣の袖を濡れないように持ち上げると、スーパーボールをすくいにかかった。スーパーボールは金魚のようにひらひらと動き回ることはないものの、金魚よりも重く繊細な操作を必要とする。ミコトが小さめのスーパーボールを二個すくったところで紙が破れた。
「あー、終わっちゃった」
「ありがとうな、嬢ちゃん!」
威勢のいい店番の声を受けつつ、ミコトは戦利品のスーパーボールをシンに見せた。彼女の掌には蛍光色の緑とピンクのスーパーボール。夏の暑さを彩る派手な色合いだった。
「二個しか取れなかった。シンくん、どっちかいらない?」
「じゃあこっちをくれ」
ひょいと彼が手に取ったのは緑色のスーパーボール。彼の大きな掌から甚平のポケットに入っていく。ミコトは掌でピンクのスーパーボールを転がしながら彼と合流した。シンは当然のようにミコトの左手を握りしめた。
「これだけ人が多ければ、繋いでないとはぐれるよな」
「うん、はぐれちゃう」
二人して悪戯っぽい笑顔を浮かべ、二人は再び歩き始めた。屋台周辺の騒々しい音や声はそのままだが、少しだけ人口密度が減っている。ミコトが時間を確認すると、二十時少し前だった。周囲の人々は本殿の方へ移動している。
「そういえば、そろそろ花火の時間だな」
シンの言葉を聞いて思い出した。この神社は花火の打ち上げ場所から距離があるものの、絶好の観覧ポイントだった。ミコトはぎゅっとシンの手を握ると、
「私たちも行かなきゃ!花火、見ていくでしょ?」
「当たり前だ」
頷き合い本殿へ向かった。玉砂利が敷き詰められた本殿前の広場は、花火を待ち侘びる人々で混み合っていた。どこかに千晶と勇もいるかもしれないが、ミコトには探すつもりなどなかった。彼と二人きりの時間は貴重だ、楽しまないと損というもの。
二十時まであと少し。五、四、三……
ひゅぅぅ、と光の玉が昇っていく音が聞こえた。その後、濃紺の夜空に光の花が咲く。どぉん、と響く音は遠くとも体に重く響く感覚があった。
「わあ、綺麗だね!」
「ああ」
ミコトが花火を指差すと、シンも空を見上げていた。その横顔は花火の明滅に合わせて色彩を変える。普段は口数が少なく落ち着いた雰囲気の彼も、このときばかりは花火に感嘆する少年らしい雰囲気を纏っていた。黒い髪と白っぽい甚平が花火の色に染まるのも趣がある。ミコトは花火二割、シン八割といった具合で視線を動かしていた。周囲では歓声が上がり、たまや、かぎやと叫ぶ声も聞こえる。夏の一コマを彼とともに味わう喜びに、ミコトはシンの手をぎゅっと握った。
「ん?どうかしたか?」
天を仰いでいたシンは、ミコトに目を向けた。彼の灰色の瞳の中で、炎の花が咲いては消えていく。
「ううん、なんでもないよ」
ミコトはえへへ、と誤魔化すように笑い、再び空を見上げた。打ち上げ花火は大きな音を轟かせ、夏の夜空に明るい輝きをもたらす。この壮大な美しさをシンと二人きりで見られてよかった。そう実感していると、くい、とシンに手を引かれた。
「どうしたの?」
シンは真面目な顔でミコトを見据え、本殿から離れたいと言わんばかりに手を引く。まだ打ち上げ花火の最中だが、どこへ行くのだろうか。ミコトは首を傾げながらも彼についていった。
本殿から離れると途端に人が少なくなり、手持ち無沙汰な屋台の店主たちも花火に見入っている。シンは神社を取り囲む林まで歩いていき、きょろきょろと辺りを見回した。ここまで離れると人がまばらどころか誰もいない。
「シンくん?」
「……ミコト」
立ち止まったシンは、ミコトと向かい合い華奢な両肩に手を置いた。そして少しずつ顔を近付け、無防備なミコトの唇を奪った。
「!?」
完全に予想外だった。硬直するミコトをシンは抱きしめてくる。彼の両腕は熱く、夏の暑さと彼の熱さにのぼせてしまいそうだった。
「……ずっとこうしたかった」
口付けは一瞬だったが抱擁は続き、ミコトの耳元でシンは囁いた。触れ合ったシンの体は熱く、耳元にあるシンの顔からも熱が伝わってくる。きっと彼の顔は真っ赤なのだろうと思うと愛おしい。ミコトはシンの頭を撫でた。
「そうだ、シンくん。ずっと聞きたいことがあったの」
「なんだ?」
「浴衣、似合ってる?」
シンから離れ、ミコトは可愛らしくその場でポーズをとってみせた。四苦八苦しながら着た浴衣、髪型も髪飾りもこの日のために色々と調べて準備した。彼のたった一言をミコトは待っていた。
「ああ、似合ってる。すごく可愛い」
「ありがとうシンくん!」
ミコトはシンに抱きつき、彼の胸に顔を擦り付けた。彼の心臓がとくん、と大きく波打ったのが聞こえた気がした。
「シンくんもその服、よく似合ってるよ!かっこいいね!」
「あ、ああ……ありがとう」
抱きついたまま見つめたシンはりんご飴のように色付いた頬で可愛らしく、ミコトから目を逸らしていた。口元が嬉しそうに緩んでいるのをミコトを見逃さなかった。わかりにくい仕草と表情ではあるが、彼の思いを柔らかく受け取ることができて嬉しい。ミコトは人慣れした猫のようにシンに擦り寄った。
ふと気付くと、花火の音が聞こえなくなっていた。大輪の花が咲き終えた夜空には、名残の煙が薄く広がっている。花火目当てで本殿に集まっていた群衆が、ぞろぞろと歩き始める気配がした。
「ミコト、そろそろ離れろ。誰か来るかもしれないから」
「は〜い」
互いに普段と異なる装い同士での密着が貴重ゆえに名残惜しいが、ミコトはそっとシンから離れた。その代わり手を繋ぐ。二人とも夏の熱を纏った掌だが、どちらも手を離すという発想はなかった。そのまま何事もなかったかのように参道を歩き、夏祭りを楽しむ恋人同士の風情を漂わせる。
「そういえば勇くんと千晶ちゃん、どこにいるのかな」
周囲は一斉に帰り始める人混み、この中に二人がいたとしても見つけられる気がしない。ミコトが辺りを見回しながら呟くと、シンはぎゅっとミコトの手を握った。
「たぶん鳥居のあたりに戻ってくるだろ。ミコト、腹減らないか。もう少し屋台を回ろう」
シンは悪戯っ子のような少年らしい笑顔を浮かべた。多少二人を待たせてもいいだろうという腹づもりか。ミコトはシンの腕に抱きつくと、
「うん!」
花火にも負けない輝く笑顔を浮かべた。心の中でごめんね、二人とも。と呟きながら。
