全年齢向け
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
いつかオマエを好きになる
「勇くん、趣味が悪いことにあなたのことを好きな子がいるらしいわ」
昼休みの教室でいつもどおり千晶、シンとだべっていると、突然千晶から言われた。
「……は?」
あまりにも唐突すぎて、オレは思わず聞き返した。シンは神妙な顔でパンを齧りながら、
「勇を好きな奴が?」
と千晶を見た。千晶はふふん、と得意げな顔をしていた。
「そう。私も初めて聞いたときびっくりしちゃった。やめといた方がいいのに、って言ったくらい」
「……おい千晶、それどーいう意味だよ」
「そのままの意味だけど?」
全く悪びれない千晶に、オレはげんなりした。せっかく昼飯食ってるのに、味がわからなくなりそうだ。シンの野郎は相変わらず真面目な顔でもぐもぐと口を動かしている。何なんだよ、ったく。
「その子、今年こそは告白したいとか、そんなことを考えてるそうよ。よかったわね勇くん、彼女ほしかったんでしょ?」
「告白?……告白ぅ?」
オレは机に肘をつき、じっとりと千晶を睨んだ。中学までは告白をされたこともあるけど、付き合うとかそんなことにはならなかったし、もし本当に告白されたら、と興味はあった。でも千晶のこの言いよう、もしかしたら罰ゲームの類なんじゃないかと疑ってもいた。シンを見てみたけど、こっちは何も知らないみたいで「?」みたいな顔。ああ、役に立たねえ。
それから数日、オレは何かあるかもしれないとソワソワしながら過ごした。でも特に何もなく、千晶がテキトーな嘘でもついたかこんちくしょう。なんて思っていたら、
「……ん?」
ある朝下駄箱を開けると、靴の上に手紙が置いてあった。
「おいおい、マジかよ」
ぼそっと呟きながら手紙を手に取った。真っ白な封筒に丸いシールが貼ってある。シールを剥がして封筒を開けると、便箋が一枚。
「今日の放課後、屋上で待ってます」
とだけ書いてあった。便箋にも封筒にも名前は書いてなかった。丸っこい可愛い字、たぶん女子だろう。オレは封筒に便箋を入れ、丁寧にシールを貼り直した。
――うっわ、マジかよ。
思わず心の中で呟いた。正直千晶の言うことなんて話半分だった。でも、この流れでこの手紙、要は「そういうこと」でいいんだよな?高校生になって初めて、オレにもそういう時期が来たのかもしれない。カバンにこっそり手紙を入れ、オレは教室に向かった。
「おはよう、勇」
後ろからシンに声をかけられ、オレは大袈裟にビクッとした。めちゃくちゃびっくりした。ぎこちなく振り返ると、シンは「?」な顔。
「勇、どうした?」
「オマエかよ!あー、びっくりした」
「そんなに驚くようなことか?」
「驚くようなことだっての!急に声かけんなよ!」
いつもどおりだけどな、と不思議そうなシンに、オレはあー、ったくよ、としか言えなかった。オレの気も知らないでいい気なもんだ。ったく。オレはざわざわする心をなだめすかせるので手一杯だった。気が気じゃない。放課後が待ち遠しい。
告白っつっても、誰から?どんな風に?付き合ってください、とか言われるんだろうか。オレはどう答えたらいいんだろうか。頭の中でぐるぐる回り続けて止まらなかった。いつも授業はロクに聞いてなかったけど、授業なんか聞いてる場合じゃねーよ。何ならサボりたいくらいだったのに教室にいたオレを誰か褒めてほしい。
ようやくかったるい授業が終わり、放課後。オレは一目散に屋上に向かった。誰がこの手紙を寄越したのか、それを突き止めたくてうずうずしていた。階段上るのがダルくてしょうがなかったけど、このときばかりは爆速で駆け抜ける。
屋上に続く扉の前に着いた頃には、息が上がっていた。もうちっと体力つけた方がいいかもしんないな、とかどうでもいいことを思いながら、オレは息を整えた。はー、ったく……胸が張り裂けそうとはこのことか……どっちかというと物理的な意味合いが強いけど。落ち着いて深呼吸。よし、じゃあ行くか。
扉を開けた。明るく開けた屋上が目に飛び込んでくる。放課後の屋上は眩しくて、オレは思わず手で目元に影を作った。
眩しさに慣れてきた。屋上を見渡すと、誰もいなかった。早く来すぎたか。ここで待つっていうのも緊張するけど仕方ない。オレはカバンから改めて手紙を取り出した。念のため確認するけど、今日で合ってるよな?便箋を確認する。何回読んでも今日の放課後、屋上で待ってます、と書いてある。だから間違いないはずだ。
オレは屋上の手すりにもたれかかって外を見た。学校を大体見渡せる。グラウンドでは野球部やサッカー部が練習してるのが見える。距離があっても部活の声は賑やかで、静かすぎず気が紛れて助かった。
きいい、と後ろで扉が開く音がした。お、ついにお出ましか。振り返ると、
「あっ、新田くん!?ご、ごめんなさい、待たせちゃって」
女子が慌てた様子で駆け寄ってきた。見覚えのある顔……確か、去年同じクラスだった月森だ。メガネがちょっと野暮ったい感じの、地味なヤツだ。去年同じクラスだったけどあまり話した記憶はないし、今年なんて顔を見たのが久しぶりなくらいだった。
「あ、あの、ええと……手紙、見てくれたんだよね」
「ああ、コレだろ?」
オレは手紙をひらひらと振って見せた。月森はかあっと顔を赤くした。
「あ、そ、そうなの。それ、私が入れたの」
「それで?なんか話があるんじゃねーの?」
月森は胸の前で手をもじもじさせて俯いた。何か言いたいけど言い出せない、そんな感じだった。正直さっさと言ってほしい。オレは小さく息をついて待った。お互い黙ったまま、グラウンドで練習してる声だけがうるさく聞こえた。
「あ……あの、新田くん!私と付き合ってください!」
しばらくして月森が顔を上げ、大きな声を上げた。予想していたとおりのことを言われたが、いざ面と向かって言われると、
「は?」
思わずそう返してしまった。ビクッと月森が肩を震わせた。あー……やっちまったかも。この流れでは?なんて言われたら、断られたと思うよな。
「へ、返事は今じゃなくてもいいから!新田くんが決めるまで、私待ってるから!」
そう言った月森は涙目だった。うわ、そんな顔すんなよ。ここで断ったらオレが悪いみたいじゃん。
「あー……別にいいぜ?付き合っても」
「…………えっ?」
あまり深く考えず言った言葉に、月森は呆然としていた。それから顔を真っ赤にする。
「ほ、本当にいいの?私とその、お付き合いしてくれるの?」
「いいって言ってるだろ」
オレの言葉に月森はぱっと顔を輝かせ、ぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとう!これからよろしくね、新田くん!」
顔を上げた月森は、涙を浮かべて笑っていた。……あれ、コイツこんな顔するのか?可愛いかも。
「とりあえず、一緒に帰るか?」
「うん!」
オレが歩き出すと、月森はニコニコと笑いながらついてくる。ふとその顔を見ると、太陽よりもキラキラした笑顔だった。……コイツ、こんな風に笑うのか。正直意外だった。
月森と二人で学校を出ると、家に向かって歩き始めた。月森に聞いてみると、途中まで帰り道が同じらしい。
「私、すごく嬉しいの。新田くんと一緒に帰れるなんて」
隣を歩く月森は、機嫌よさそうに笑っていた。去年同じクラスだったときはロクに話したこともないし、月森は一人でずっと本読んでたから、笑顔なんて初めて見る。ちょっとダサいメガネをかけているが、笑顔は可愛い……って、いやいや何考えてんだオレ!?
ちょっと混乱しながら月森と帰っていたら、家の近くまで来ていた。オレはこの道を真っ直ぐ行けば家に着く。月森は右に曲がるらしく、立ち止まった。
「ねえ新田くん、連絡先交換しない?」
「あ、ああ」
そっか、付き合い始めたら連絡も取るよな。そーだよな。千晶とシンの連絡先を知ってるんだから、月森の連絡先を知っててもおかしくないよな。あー、なんか頭が回らない。オレはスマホを取り出した。
なんかボーッとしてる間に家に着いていた。部屋に入り、オレはベッドに倒れ込んだ。スマホを手に取り、メッセージアプリを立ち上げてみる。新しい連絡先に「月森ミコト」が追加されている。さっきできたばかりのトークルームには、「よろしくね!」と書かれたネコのスタンプ。月森ってこういうスタンプ使うのか。オレもとりあえず適当なスタンプを押しておいた。
「はー……」
高校生で初めての彼女ができた。地味なメガネが目立つ、ごくフツーの女子が初彼女か。そりゃあ欲を言えばもっと可愛い子がいいとか、スタイルがいい方がいいとか色々考える。でもまあ、断る理由もないしちょうどいいかもしれない。彼女……彼氏彼女って普段何やってるんだろうな。千晶もシンもそういうのはいないって言ってたし、参考になる話は聞けそうにない。オレはため息をつきながらも、これまでになかった経験にときめいているのを感じた。
「あ、新田くん!」
月森とオレが付き合うようになって初めての週末。月森から誘われたオレは、待ち合わせの駅に向かった。人でごった返しているものの、不思議と月森のことはすぐに見つけられた。
「悪りぃ、待たせたか」
「ううん、全然待ってないよ」
なーんかどっかで聞いたようなセリフを言いながら、月森のもとに駆け寄った。私服の月森は初めてだ。制服が地味な紺色だから、私服だと明るく見える。機嫌よさそうにニコニコ笑う月森は、正直、正直なところ可愛かった。オレを待ってたんだろうと思うと嬉しくもなる。
「……どこに行くとか決めてんのか?」
「うん。まずはご飯食べよっか」
オレはちょっと口ごもったけど、月森は特に追及してこなかった。ありがたい。オレでも不思議だった、なんでこんなに心がざわつくのか。女子だっていうなら千晶も女子だが、可愛げのない千晶とは全然違う。
……なんて色々考えてたら、オレの左手に何かが触れた。ふと目を落とすと、月森がオレの手の甲に触れていた。そしてチラチラとオレを見る。
「あ、あの、新田くん」
「どした?」
「わ、私たち、付き合ってるんだよね……?」
「そうだけど?」
「あ、あの、じゃあ!」
俯いて照れていた月森が顔を上げた。メガネの奥の大きな目がオレを見つめている。
「手とか、繋がない?よ、よければ、だけど……」
若干裏返った声で月森は言って、最後は恥ずかしそうに目を逸らした。あー、そういや学校でも、付き合ってるヤツらは手繋いで帰ってるな。オレたちも付き合ってるんだし、そうしても不思議じゃない。女子と手を繋ぐなんていつぶり?小学生とかが最後じゃねーか?そう思いながら、オレは月森の手を取った。いわゆる恋人繋ぎをしてみる。
「ま、せっかくだしやってみるか」
「あ、ありがとう!」
ぎゅっと握った月森の手はふわふわで柔らかくて、月森本人も嬉しそうに笑ってた。顔がほんのり赤くて可愛い。……可愛い?これまでロクに喋りもしなかったのに、オレは月森にどぎまぎしてばかりだ。
「なーんか調子狂うなぁ……」
月森に聞こえないように呟いた。月森には本当に聞こえなかったらしく、
「じゃあ新田くん!行こう!」
うきうきした顔でオレの手をぐいと引っ張った。
初めてのデートはすぐに終わってしまった。飯食って、映画見て、もう一回飯食って。そんな風にしてたらあっという間に夕方だった。
「月森がよければ、家まで送るけど」
そう言ってみると、月森はいいの?と言いつつもめちゃくちゃ喜んでた。笑う月森を見てると、オレまで嬉しくなった。
月森の家までオレたちは手を繋いだままだった。オレからも月森からも、手を離そうとしなかった。月森の手、あったかくてやわらけーし、月森が嫌がらないなら離したくなかった。
「今日はありがとう、新田くん。すごく楽しかったよ」
「オレも楽しかったぜ」
お世辞とかじゃなく、さらりと本心が出た。あっという間すぎて、もうちょい一緒にいたかった。高校生じゃなかったら、もっと遅くまで一緒にいられたんだろうか。
「あのね、新田くん……」
ニコニコと笑っていた月森の声のトーンが下がった。なんか深刻な雰囲気、オレもぐっと黙った。なんだ?今そんな空気じゃないはずだけど。オレ、なんかしたか?とか色々考えていると、
「新田くんのこと、名前で呼んでもいい?」
予想外のことを言われた。オレはきっときょとんとしてたと思う。
「名前?」
「うん。せっかく付き合うことになったんだから、下の名前で呼びたいなって……あ、で、でも、嫌ならいいから!」
月森は慌てて両手を振った。その落ち着きのない感じも可愛くて、オレは笑った。
「いいぜ、下の名前で呼んでくれよ。オレはミコトって呼んだらいいか?」
「……!ありがとう、勇くん」
名前を呼ばれた月森……じゃなかった、ミコトは見るからに嬉しそうな顔をしていた。ああもう、コイツなんでこんなに可愛いんだろうか。オレは立ち止まり、あたりを見回した。静かな住宅街……よし、誰もいない。
「勇くん……!?」
ぐいとミコトの手を引っ張って抱きしめた。オレの腕の中にミコトはすっぽり収まり、あたたかい。手も柔らかかったけど、体はまた違う柔らかさがあった。あー、これ、ヤバい。離したくない。ぎゅっと抱きしめるとミコトのメガネが胸にコツコツ当たってちょっと痛い。それでも、離したくない。
「あ、い、勇くん」
「悪りぃ、止めらんなかった」
ミコトはカチコチに固まっていて、まぁそりゃいきなり抱きしめられたらそうなるか、と苦笑いした。人目も気になるし、と離れると、ミコトはオレの胸に飛び込んできた。
「もうちょっとだけ」
オレの胸に顔を埋めるミコトの破壊力はとんでもなく、オレは目を逸らしながら頭を撫でた。
「勇くん、聞いたわよ!」
昼休みの教室で、千晶はオレに人差し指を突きつけた。その顔はニヤニヤしていて、もう嫌な予感しかしなかった。あー、かったりぃ。そう思いながらコンビニの袋からパンを取り出していると、シンもオレをじーっと見ていた。
「なんだよ、シンまで」
「いや……お前に彼女ができたって聞いて」
「……どこから聞いたんだよそれ……」
色恋沙汰に興味ありません、ってツラしながらシンはオレを穴が開くほど見ている。千晶も机に身を乗り出してオレを問いつめる気満々だ。あーもう、クラスさえ一緒ならミコトと飯食うのになぁ。
「昨日一緒に帰ってるところを見かけたわ。勇くんは彼女と一緒に帰ったりしそうにないから、ちょっと意外だったの」
「噂になるから、とか言って一人で帰ると思ってた」
「えぇ……」
千晶とシンはテキトーなことを言っている。コイツら、オレをなんだと思ってるんだよ。
「勇くん、一緒に帰ろう!」
なんてキラキラした目で言われて断れるヤツがどんだけいるんだよ。オレは紙パックのジュースにストローを刺し、口をつけた。一瞬で飲み干してしまい、紙パックがべこんと凹んだ。
「本当は月森さんと一緒にお昼も食べたいんじゃないの?」
千晶の言葉に、オレはジュースの紙パックを握りつぶしてしまった。千晶とシンは顔を見合わせ、
「図星かしら」
「図星だ」
と言い合っている。くっそ、コイツら好き勝手言いやがって。そのとおりだけどよ!
「この勇様がいなかったらオマエら寂しがるだろ?オレなりの気遣いだっつの!」
「そんな気遣いいらないわよ?」
「勇がいなくても特に困らないからな」
「〜〜!オマエら……!」
もしコイツらに昼飯別にしたい、なんて言ったら何だかんだ言われると思ったから渋々付き合ってるってのに、言わなくてもこうなるのかよ!ならさっさと言っとけばよかったな!
「ああもう!わーったよ!じゃあ明日からオマエらとは昼別な!」
半分ヤケになって言いつつ、ミコトが思い浮かんだ。もしオレから昼も一緒に、って言ったらどんな反応するだろうか。きっと可愛く笑ってくれるかな、と思うと明日が楽しみになった。
「勇くん、趣味が悪いことにあなたのことを好きな子がいるらしいわ」
昼休みの教室でいつもどおり千晶、シンとだべっていると、突然千晶から言われた。
「……は?」
あまりにも唐突すぎて、オレは思わず聞き返した。シンは神妙な顔でパンを齧りながら、
「勇を好きな奴が?」
と千晶を見た。千晶はふふん、と得意げな顔をしていた。
「そう。私も初めて聞いたときびっくりしちゃった。やめといた方がいいのに、って言ったくらい」
「……おい千晶、それどーいう意味だよ」
「そのままの意味だけど?」
全く悪びれない千晶に、オレはげんなりした。せっかく昼飯食ってるのに、味がわからなくなりそうだ。シンの野郎は相変わらず真面目な顔でもぐもぐと口を動かしている。何なんだよ、ったく。
「その子、今年こそは告白したいとか、そんなことを考えてるそうよ。よかったわね勇くん、彼女ほしかったんでしょ?」
「告白?……告白ぅ?」
オレは机に肘をつき、じっとりと千晶を睨んだ。中学までは告白をされたこともあるけど、付き合うとかそんなことにはならなかったし、もし本当に告白されたら、と興味はあった。でも千晶のこの言いよう、もしかしたら罰ゲームの類なんじゃないかと疑ってもいた。シンを見てみたけど、こっちは何も知らないみたいで「?」みたいな顔。ああ、役に立たねえ。
それから数日、オレは何かあるかもしれないとソワソワしながら過ごした。でも特に何もなく、千晶がテキトーな嘘でもついたかこんちくしょう。なんて思っていたら、
「……ん?」
ある朝下駄箱を開けると、靴の上に手紙が置いてあった。
「おいおい、マジかよ」
ぼそっと呟きながら手紙を手に取った。真っ白な封筒に丸いシールが貼ってある。シールを剥がして封筒を開けると、便箋が一枚。
「今日の放課後、屋上で待ってます」
とだけ書いてあった。便箋にも封筒にも名前は書いてなかった。丸っこい可愛い字、たぶん女子だろう。オレは封筒に便箋を入れ、丁寧にシールを貼り直した。
――うっわ、マジかよ。
思わず心の中で呟いた。正直千晶の言うことなんて話半分だった。でも、この流れでこの手紙、要は「そういうこと」でいいんだよな?高校生になって初めて、オレにもそういう時期が来たのかもしれない。カバンにこっそり手紙を入れ、オレは教室に向かった。
「おはよう、勇」
後ろからシンに声をかけられ、オレは大袈裟にビクッとした。めちゃくちゃびっくりした。ぎこちなく振り返ると、シンは「?」な顔。
「勇、どうした?」
「オマエかよ!あー、びっくりした」
「そんなに驚くようなことか?」
「驚くようなことだっての!急に声かけんなよ!」
いつもどおりだけどな、と不思議そうなシンに、オレはあー、ったくよ、としか言えなかった。オレの気も知らないでいい気なもんだ。ったく。オレはざわざわする心をなだめすかせるので手一杯だった。気が気じゃない。放課後が待ち遠しい。
告白っつっても、誰から?どんな風に?付き合ってください、とか言われるんだろうか。オレはどう答えたらいいんだろうか。頭の中でぐるぐる回り続けて止まらなかった。いつも授業はロクに聞いてなかったけど、授業なんか聞いてる場合じゃねーよ。何ならサボりたいくらいだったのに教室にいたオレを誰か褒めてほしい。
ようやくかったるい授業が終わり、放課後。オレは一目散に屋上に向かった。誰がこの手紙を寄越したのか、それを突き止めたくてうずうずしていた。階段上るのがダルくてしょうがなかったけど、このときばかりは爆速で駆け抜ける。
屋上に続く扉の前に着いた頃には、息が上がっていた。もうちっと体力つけた方がいいかもしんないな、とかどうでもいいことを思いながら、オレは息を整えた。はー、ったく……胸が張り裂けそうとはこのことか……どっちかというと物理的な意味合いが強いけど。落ち着いて深呼吸。よし、じゃあ行くか。
扉を開けた。明るく開けた屋上が目に飛び込んでくる。放課後の屋上は眩しくて、オレは思わず手で目元に影を作った。
眩しさに慣れてきた。屋上を見渡すと、誰もいなかった。早く来すぎたか。ここで待つっていうのも緊張するけど仕方ない。オレはカバンから改めて手紙を取り出した。念のため確認するけど、今日で合ってるよな?便箋を確認する。何回読んでも今日の放課後、屋上で待ってます、と書いてある。だから間違いないはずだ。
オレは屋上の手すりにもたれかかって外を見た。学校を大体見渡せる。グラウンドでは野球部やサッカー部が練習してるのが見える。距離があっても部活の声は賑やかで、静かすぎず気が紛れて助かった。
きいい、と後ろで扉が開く音がした。お、ついにお出ましか。振り返ると、
「あっ、新田くん!?ご、ごめんなさい、待たせちゃって」
女子が慌てた様子で駆け寄ってきた。見覚えのある顔……確か、去年同じクラスだった月森だ。メガネがちょっと野暮ったい感じの、地味なヤツだ。去年同じクラスだったけどあまり話した記憶はないし、今年なんて顔を見たのが久しぶりなくらいだった。
「あ、あの、ええと……手紙、見てくれたんだよね」
「ああ、コレだろ?」
オレは手紙をひらひらと振って見せた。月森はかあっと顔を赤くした。
「あ、そ、そうなの。それ、私が入れたの」
「それで?なんか話があるんじゃねーの?」
月森は胸の前で手をもじもじさせて俯いた。何か言いたいけど言い出せない、そんな感じだった。正直さっさと言ってほしい。オレは小さく息をついて待った。お互い黙ったまま、グラウンドで練習してる声だけがうるさく聞こえた。
「あ……あの、新田くん!私と付き合ってください!」
しばらくして月森が顔を上げ、大きな声を上げた。予想していたとおりのことを言われたが、いざ面と向かって言われると、
「は?」
思わずそう返してしまった。ビクッと月森が肩を震わせた。あー……やっちまったかも。この流れでは?なんて言われたら、断られたと思うよな。
「へ、返事は今じゃなくてもいいから!新田くんが決めるまで、私待ってるから!」
そう言った月森は涙目だった。うわ、そんな顔すんなよ。ここで断ったらオレが悪いみたいじゃん。
「あー……別にいいぜ?付き合っても」
「…………えっ?」
あまり深く考えず言った言葉に、月森は呆然としていた。それから顔を真っ赤にする。
「ほ、本当にいいの?私とその、お付き合いしてくれるの?」
「いいって言ってるだろ」
オレの言葉に月森はぱっと顔を輝かせ、ぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとう!これからよろしくね、新田くん!」
顔を上げた月森は、涙を浮かべて笑っていた。……あれ、コイツこんな顔するのか?可愛いかも。
「とりあえず、一緒に帰るか?」
「うん!」
オレが歩き出すと、月森はニコニコと笑いながらついてくる。ふとその顔を見ると、太陽よりもキラキラした笑顔だった。……コイツ、こんな風に笑うのか。正直意外だった。
月森と二人で学校を出ると、家に向かって歩き始めた。月森に聞いてみると、途中まで帰り道が同じらしい。
「私、すごく嬉しいの。新田くんと一緒に帰れるなんて」
隣を歩く月森は、機嫌よさそうに笑っていた。去年同じクラスだったときはロクに話したこともないし、月森は一人でずっと本読んでたから、笑顔なんて初めて見る。ちょっとダサいメガネをかけているが、笑顔は可愛い……って、いやいや何考えてんだオレ!?
ちょっと混乱しながら月森と帰っていたら、家の近くまで来ていた。オレはこの道を真っ直ぐ行けば家に着く。月森は右に曲がるらしく、立ち止まった。
「ねえ新田くん、連絡先交換しない?」
「あ、ああ」
そっか、付き合い始めたら連絡も取るよな。そーだよな。千晶とシンの連絡先を知ってるんだから、月森の連絡先を知っててもおかしくないよな。あー、なんか頭が回らない。オレはスマホを取り出した。
なんかボーッとしてる間に家に着いていた。部屋に入り、オレはベッドに倒れ込んだ。スマホを手に取り、メッセージアプリを立ち上げてみる。新しい連絡先に「月森ミコト」が追加されている。さっきできたばかりのトークルームには、「よろしくね!」と書かれたネコのスタンプ。月森ってこういうスタンプ使うのか。オレもとりあえず適当なスタンプを押しておいた。
「はー……」
高校生で初めての彼女ができた。地味なメガネが目立つ、ごくフツーの女子が初彼女か。そりゃあ欲を言えばもっと可愛い子がいいとか、スタイルがいい方がいいとか色々考える。でもまあ、断る理由もないしちょうどいいかもしれない。彼女……彼氏彼女って普段何やってるんだろうな。千晶もシンもそういうのはいないって言ってたし、参考になる話は聞けそうにない。オレはため息をつきながらも、これまでになかった経験にときめいているのを感じた。
「あ、新田くん!」
月森とオレが付き合うようになって初めての週末。月森から誘われたオレは、待ち合わせの駅に向かった。人でごった返しているものの、不思議と月森のことはすぐに見つけられた。
「悪りぃ、待たせたか」
「ううん、全然待ってないよ」
なーんかどっかで聞いたようなセリフを言いながら、月森のもとに駆け寄った。私服の月森は初めてだ。制服が地味な紺色だから、私服だと明るく見える。機嫌よさそうにニコニコ笑う月森は、正直、正直なところ可愛かった。オレを待ってたんだろうと思うと嬉しくもなる。
「……どこに行くとか決めてんのか?」
「うん。まずはご飯食べよっか」
オレはちょっと口ごもったけど、月森は特に追及してこなかった。ありがたい。オレでも不思議だった、なんでこんなに心がざわつくのか。女子だっていうなら千晶も女子だが、可愛げのない千晶とは全然違う。
……なんて色々考えてたら、オレの左手に何かが触れた。ふと目を落とすと、月森がオレの手の甲に触れていた。そしてチラチラとオレを見る。
「あ、あの、新田くん」
「どした?」
「わ、私たち、付き合ってるんだよね……?」
「そうだけど?」
「あ、あの、じゃあ!」
俯いて照れていた月森が顔を上げた。メガネの奥の大きな目がオレを見つめている。
「手とか、繋がない?よ、よければ、だけど……」
若干裏返った声で月森は言って、最後は恥ずかしそうに目を逸らした。あー、そういや学校でも、付き合ってるヤツらは手繋いで帰ってるな。オレたちも付き合ってるんだし、そうしても不思議じゃない。女子と手を繋ぐなんていつぶり?小学生とかが最後じゃねーか?そう思いながら、オレは月森の手を取った。いわゆる恋人繋ぎをしてみる。
「ま、せっかくだしやってみるか」
「あ、ありがとう!」
ぎゅっと握った月森の手はふわふわで柔らかくて、月森本人も嬉しそうに笑ってた。顔がほんのり赤くて可愛い。……可愛い?これまでロクに喋りもしなかったのに、オレは月森にどぎまぎしてばかりだ。
「なーんか調子狂うなぁ……」
月森に聞こえないように呟いた。月森には本当に聞こえなかったらしく、
「じゃあ新田くん!行こう!」
うきうきした顔でオレの手をぐいと引っ張った。
初めてのデートはすぐに終わってしまった。飯食って、映画見て、もう一回飯食って。そんな風にしてたらあっという間に夕方だった。
「月森がよければ、家まで送るけど」
そう言ってみると、月森はいいの?と言いつつもめちゃくちゃ喜んでた。笑う月森を見てると、オレまで嬉しくなった。
月森の家までオレたちは手を繋いだままだった。オレからも月森からも、手を離そうとしなかった。月森の手、あったかくてやわらけーし、月森が嫌がらないなら離したくなかった。
「今日はありがとう、新田くん。すごく楽しかったよ」
「オレも楽しかったぜ」
お世辞とかじゃなく、さらりと本心が出た。あっという間すぎて、もうちょい一緒にいたかった。高校生じゃなかったら、もっと遅くまで一緒にいられたんだろうか。
「あのね、新田くん……」
ニコニコと笑っていた月森の声のトーンが下がった。なんか深刻な雰囲気、オレもぐっと黙った。なんだ?今そんな空気じゃないはずだけど。オレ、なんかしたか?とか色々考えていると、
「新田くんのこと、名前で呼んでもいい?」
予想外のことを言われた。オレはきっときょとんとしてたと思う。
「名前?」
「うん。せっかく付き合うことになったんだから、下の名前で呼びたいなって……あ、で、でも、嫌ならいいから!」
月森は慌てて両手を振った。その落ち着きのない感じも可愛くて、オレは笑った。
「いいぜ、下の名前で呼んでくれよ。オレはミコトって呼んだらいいか?」
「……!ありがとう、勇くん」
名前を呼ばれた月森……じゃなかった、ミコトは見るからに嬉しそうな顔をしていた。ああもう、コイツなんでこんなに可愛いんだろうか。オレは立ち止まり、あたりを見回した。静かな住宅街……よし、誰もいない。
「勇くん……!?」
ぐいとミコトの手を引っ張って抱きしめた。オレの腕の中にミコトはすっぽり収まり、あたたかい。手も柔らかかったけど、体はまた違う柔らかさがあった。あー、これ、ヤバい。離したくない。ぎゅっと抱きしめるとミコトのメガネが胸にコツコツ当たってちょっと痛い。それでも、離したくない。
「あ、い、勇くん」
「悪りぃ、止めらんなかった」
ミコトはカチコチに固まっていて、まぁそりゃいきなり抱きしめられたらそうなるか、と苦笑いした。人目も気になるし、と離れると、ミコトはオレの胸に飛び込んできた。
「もうちょっとだけ」
オレの胸に顔を埋めるミコトの破壊力はとんでもなく、オレは目を逸らしながら頭を撫でた。
「勇くん、聞いたわよ!」
昼休みの教室で、千晶はオレに人差し指を突きつけた。その顔はニヤニヤしていて、もう嫌な予感しかしなかった。あー、かったりぃ。そう思いながらコンビニの袋からパンを取り出していると、シンもオレをじーっと見ていた。
「なんだよ、シンまで」
「いや……お前に彼女ができたって聞いて」
「……どこから聞いたんだよそれ……」
色恋沙汰に興味ありません、ってツラしながらシンはオレを穴が開くほど見ている。千晶も机に身を乗り出してオレを問いつめる気満々だ。あーもう、クラスさえ一緒ならミコトと飯食うのになぁ。
「昨日一緒に帰ってるところを見かけたわ。勇くんは彼女と一緒に帰ったりしそうにないから、ちょっと意外だったの」
「噂になるから、とか言って一人で帰ると思ってた」
「えぇ……」
千晶とシンはテキトーなことを言っている。コイツら、オレをなんだと思ってるんだよ。
「勇くん、一緒に帰ろう!」
なんてキラキラした目で言われて断れるヤツがどんだけいるんだよ。オレは紙パックのジュースにストローを刺し、口をつけた。一瞬で飲み干してしまい、紙パックがべこんと凹んだ。
「本当は月森さんと一緒にお昼も食べたいんじゃないの?」
千晶の言葉に、オレはジュースの紙パックを握りつぶしてしまった。千晶とシンは顔を見合わせ、
「図星かしら」
「図星だ」
と言い合っている。くっそ、コイツら好き勝手言いやがって。そのとおりだけどよ!
「この勇様がいなかったらオマエら寂しがるだろ?オレなりの気遣いだっつの!」
「そんな気遣いいらないわよ?」
「勇がいなくても特に困らないからな」
「〜〜!オマエら……!」
もしコイツらに昼飯別にしたい、なんて言ったら何だかんだ言われると思ったから渋々付き合ってるってのに、言わなくてもこうなるのかよ!ならさっさと言っとけばよかったな!
「ああもう!わーったよ!じゃあ明日からオマエらとは昼別な!」
半分ヤケになって言いつつ、ミコトが思い浮かんだ。もしオレから昼も一緒に、って言ったらどんな反応するだろうか。きっと可愛く笑ってくれるかな、と思うと明日が楽しみになった。
