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早くバイトを終えた俺は、ふらと何気なく万里の通う学校の前までやって来た。
この学校で、万里はどんな生活を送っているのだろう。
友人は多そうだ。女子からの人気は間違いなく高い。囲まれてちやほやされた万里は…一体どんな顔をしているのだろう。
考えるとどうにも頭の中が熱くなっていく。
俺だけを思って欲しい、なんて女々しくてガキくさい事を本人に伝える気はないが…。 -
もしかしたら彼の意識を自分に向けられるかもしれない、と俺はスマホのコミュニケーションアプリであるLIMEに「好きだよ」と打ち込んでみた。
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ってこれ、やっぱりスゲェ女々しいじゃん。やめよ、こんなのやめやめ。
慌ててスマホのDeleteキーを連打した俺は、直後サッと顔を青ざめ、体を硬直させていた。 -
自分
好きだよ
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消したつもりのメッセージが送られている。指が上手く反応しなかったのか、慌てすぎて違う場所を押したのか。
いや、とにかく恥ずかしすぎる、早く弁解しないと。俺は続けてメッセージを送り付けた。 -
自分
ごめん、間違えた
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自分
今の忘れて
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心臓を煩く鳴らしながら、天を仰いで息を吐き出す。
慣れない事はするもんじゃないな…。
何とか気持ちを落ち着けようとしたところで、ブッとスマホが震えた。 -
摂津万里
は?間違えたって何
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摂津万里
どういうことだよ
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あまりにも早い返事に時計をチラと見る。
普通に考えれば授業中だろうと予測できる中途半端な時間だ。
俺は自分がこんな時間にメッセージを送り付けた事実を棚に上げ、慣れない手つきで再びメッセージを打った。 -
自分
授業中だろ、俺のことはいいから
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摂津万里
いや全然よくねえから
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摂津万里
どういうつもりだっつってんの
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自分
間違えたんだって
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摂津万里
だからそれ聞いてんだろ
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摂津万里
誰に送ろうとしたんだよ
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俺はようやく全く弁解できていなかったことに気が付いた。
万里は俺が送り先を間違えたのだと誤解しているらしい。 -
摂津万里
つかこんなん送ってきたことねえだろ、お前
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摂津万里
ふざけんな
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自分
そうじゃなくて
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摂津万里
今更ごまかせると思ってんのかよ
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そうじゃなくて…何て言えば良いのだろう。
俺は弁解の言葉を考えながら、やはり未だ慣れないフリックの動きに振り回されていた。
万里のように早く打てない。万里からの返事が早過ぎてついていけない! -
摂津万里
説明しろよ
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自分
振り向かせようと思って
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摂津万里
誰をだよ
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自分
お見合い
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摂津万里
はあ???
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俺は再びサッと顔を青ざめ、ああもう!とスマホを持つ手を振りかぶった。
勿論投げ捨てはしないが、どうにもこのスマホは言うことを聞いてくれない。
俺は「お前」と打ったつもりだったのだ。 -
摂津万里
マジでどういうつもりなんだよ
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自分
違う!ちょっとまって
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自分
うたまちごえた
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摂津万里
打ち間違え?
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自分
うん
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摂津万里
じゃあ何?
臣とか言わねぇだろうな -
摂津万里
もしかして臣と料理の話でもしてた?
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自分
違う!
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摂津万里
そこ否定すんのかよ
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俺は再びスマホを持つ手を怒りに任せて震わせた。
「違う」のタイミングはそこじゃない。
万里の返事が早くてタイミングを間違えただけだ。 -
摂津万里
もういい、意味分かんねぇし今から帰るわ
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摂津万里
お前どこにいんだよ
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摂津万里
つか逃げんじゃねぇぞ
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俺はハッとして校舎の方に顔を向けた。このままだとここで鉢合わせることになる。
とにかく誤解を解くために、今度は正確に、間違えないように。
俺は慌てながらも慎重に文字を選んだ。 -
自分
万里に送ろうと思って、でも恥ずかしくなってやめようとしたの
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自分
なのに送っちゃったから、間違えたって
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先程までと違ってすぐに返事がない。
恐らく万里は今まさに、鞄を肩にかけ、校舎を出ようとしているのだろう。
今がチャンスだ。
俺は恥も何もかも忘れて、必死にスマホを叩き続けた。 -
自分
好き
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自分
万里のことだよ
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摂津万里
ちょい待ち
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摂津万里
お見合いは?
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自分
お前
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摂津万里
嘘だろ!とにかく今からお前のとこ行くからどこいんのか教えろ
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自分
ここ
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俺は恐る恐る校門の真ん中へ飛び出した。
こちらへ向かって走って来る万里がゆっくりと足の回転を止める。
はぁっと一つ大きな溜め息。そのあと万里はつかつかと勢い良く俺に詰め寄った。 -
「馬鹿」
そう言った万里の表情に浮かぶのは、呆れ半分、安堵半分。苛立ちと哀しさとかほんのり混ざる。 -
「ごめん」
小さく頭を下げた俺の胸に、万里の拳骨が割と強めに叩きつけられた。
慣れない事してんじゃねぇよ。ごもっともだ。
俺はスマホを鞄に仕舞うと、ほんの一瞬、万里の頬に唇を重ねた。
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