呪の玉依
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その日、名もない一つの村が地図の上から消えた事を果たしてどれだけの人間が知っているのだろうか。
途絶えた因習。
悪魔のような所業。
それらは公になることも無く、ただ私と言う存在がそれらを裏付ける証拠となって取り残された。
まるで自分の中にあった大切なものを失ったかの様に、絡みついたのは寂しさだった。
私の唯一だった、眩い一番星の様な君との思い出。
その瞬きが、ゆっくりと。
音もなく閉ざされていく。
目が覚めた時、一筋の涙が頬を伝う。
私を出迎えたのは見たことのない天井だった。
着て居た服は別のものに代わり、大人のものを無理やり当てがわれて居るせいか、着心地が良いとは言い難い。
身を返すと少し硬いベッドが身体を包み込む。
側で同系色のカーテンがふわりと揺れて。
頬を撫でた風は少し冷たく、薄い隔たりの向こう側に人の気配を感じ、私は起き上がり周囲を見渡した。
「ここ、どこ……」
ぼやけた記憶の縁。
曖昧な夢と現実の狭間。
散らばったパズルの様な記憶を繋ぎ合わせてみても、明確な現実が見て来る事は無かった。
ただ、漠然と今日こそあの子に許してもらうのだと。
もう一度話をするのだと。
そんな事を考えたような気がする。
同時に途方もない喪失感に襲われ、あの子とはもう会えないのだと。
その現実を悟った。
恐る恐るベッドから降りると、素足に触れたタイルの感触がとても新鮮で。
此処から出ても良いのかと疑問を抱きながらも、初めて身を置いた空間。
好奇心に抗う術もなく、カーテンの隙間から顔を覗かせる。
広々とした室内に漂う医薬品の香りが鼻を擽り、意図せず出たくしゃみがその場の静寂に亀裂を走らせた時。
気怠そうにソファに座り込んだ双眼が私を捉えた。
「あぁ、起きたか」
咄嗟にカーテンの影に隠れた私はその場で身を縮こませる。
しかし、逃げる場所など全くもって思いつく筈もなく。
震えた脚はその場から動く事すら出来ず、浮かび上がる影はまるで巨大なお化けを思わせた。
何を恐れて居るのかすら定かではないのに、鮮烈な恐怖が目の前に迫った。
まるで何かに声を無理やり堰き止めて居るかのように、私の口から漏れたのはか細い悲鳴だけで。
カーテンを掴んだ手が小刻みに震えた。
それは隠れる意味すら成して居ない。
けれど、今の私にとって必死の抵抗だった。
きっとこの後には、無理やり剥ぎ取られたカーテンの向こうに鬼の様な形相をした大人を見る事になるのだろう。
目を瞑り、その時が来るのをじっと耐える。
しかし、一向にカーテンが開かれる気配は無く、困り果てた様な深い溜息が聞こえた。
隙間から、自分より遥かに大きな手だけが覗き、その指先には無骨な手には些か不釣り合いな棒付きのアメが一つ。
「食うか?」
「……くれる、の?」
「ああ。怖いならそのままで良い」
私から隠れ蓑を取り上げる訳でもなく、叱責する訳でもなく。
困り果てた末、自身にはこんな案しか浮かばないと幕越しの声が語りかける。
害意はない。
悪意もなく、不器用でありながらも低いその声は優しさを孕んで居た。
そっと、カーテンの隙間から僅かに顔を覗かせる。
視線の絡んだその人は、強面の容姿に精一杯の笑みを浮かべ、なんとも言い難い歪な表情をして居た。
けれど、上辺だけの皮を被った村の人より信頼が置けると思えたのは、己の直感だったのだろうか。
「……そっち、行きます」
「ああ」
私が小さく答えると、目の前の気配が遠のく。
早鐘の様に打つ鼓動と纏わり付いた緊張に、胸元を押さえつけて大きく呼吸を繰り返した。
時間にすれば、ただ待つだけには痺れを切らす程のものだっただろう。
しかし、私がやっとの思いで一歩脚を踏み出した時。
その人は怒るわけでも顔を顰める訳でも無く、安堵した様な表情を浮かべて居た。
ただ、その人の携えた刀の存在に気がついてしまった私はやっと踏み出せた歩を再び止めてしまう。
その刃が赤黒く光る姿が脳裏を掠めたからだ。
場合によっては己の命が脅かされると、生存本能が警鐘を鳴らしたのだろう。
脚が竦み、身体が震えを伴った。
視線だけが訴えかける様にその人の腰に向き、私の怯えに気がついたのか。
彼は慌てた様子で離れた場所に刀を置くと、再び私の元へやって来た。
「悪かった。オマエを傷つけるつもりはない。それで、名前は言えるか?」
「……如月、真那。ここ、どこですか?」
「そうか。俺は日下部篤哉だ。此処は呪術高専。ちょっと色々あってな。オマエは保護されたって事になる。そこ、座れ。食うんだろ?もうすぐ他の奴も来るから、そうしたら少し話を聞かせて貰いたい」
言葉と同時に大きな手が忍び寄り、私は思わず肩を揺らす。
しかしその手は不器用に私の髪を乱し、絡んだ視線が僅かに細まる。
そのまま差し伸べられた手は、私が手を取る事をを待っている気がした。
こんな風に、誰かと手を繋いだ記憶なんて私は無い。
ちょん、と乗せた己の手は皮膚の厚い無骨な手と比べると余りにも小さくて、そのまま握りつぶす事すら容易いのに。
優しく包み込まれる感覚が酷くもどかしく擽ったい。
少し距離を置き、隣り合った私の様子を伺いながら、日下部さんがアメの包み紙を解いてくれた。
手渡されたそれを口に含むと、じんわりと広がる甘さが安堵を齎す。
しかし、その束の間の一時は勢いよく開いたスライド式の扉の音にやって終わりを告げた。
音に驚き、咄嗟に息を潜める。
自身がもう一人入れそうな程の距離を詰めた私は、縋り付く様に日下部さんの腕んだ。
「日下部さん、ガキんちょ起きた?」
「言われたもの、買って来ましたよ」
「先生ももうすぐ来るらしいですよ。あれ、随分懐かれてるみたいじゃん」
「オマエらなぁ……。驚かすなよ。ほら、オマエもそんなにビビんな」
頭上から降り注ぐ、宥めるような声に周囲は俄に騒がしくなり、弾んだ笑い声が聞こえる。
好奇心を隠す事も無く、向けられる視線に私は戸惑った。
突如現れた三人の彼等は、私より遥かに年は上だ。
しかし、日下部さんより年若く一様に似通った黒い服を身に纏って居た。
ただ、唯一の相違点と言えば村の人の様に私を畏れる訳でもなく。
彼等もまた私に対して小動物を眺めるような視線を向けて居ると言う事だろうか。
「服、買ってきたんだけど。それじゃ何かと不便だから、着替えしよっか」
「ほら、行ってこい」
三人のうちの一人。
女の人が私と視線を合わせるように周り屈め、優しげな笑みを湛える。
日下部さんに促されて私が漸く彼の腕から離れると、月のない夜を描いたような黒い髪をした男の人が道を譲るように一歩退いて、見送る様に私に軽く手を振った。
そして、雪のように白い髪をした男の人がその様子を眺め、悩ましげな表情を浮かべる。
その瞳は、空よりも青く、海よりも澄んで居て。
真っ直ぐに、私を見据えて居た。
途絶えた因習。
悪魔のような所業。
それらは公になることも無く、ただ私と言う存在がそれらを裏付ける証拠となって取り残された。
まるで自分の中にあった大切なものを失ったかの様に、絡みついたのは寂しさだった。
私の唯一だった、眩い一番星の様な君との思い出。
その瞬きが、ゆっくりと。
音もなく閉ざされていく。
目が覚めた時、一筋の涙が頬を伝う。
私を出迎えたのは見たことのない天井だった。
着て居た服は別のものに代わり、大人のものを無理やり当てがわれて居るせいか、着心地が良いとは言い難い。
身を返すと少し硬いベッドが身体を包み込む。
側で同系色のカーテンがふわりと揺れて。
頬を撫でた風は少し冷たく、薄い隔たりの向こう側に人の気配を感じ、私は起き上がり周囲を見渡した。
「ここ、どこ……」
ぼやけた記憶の縁。
曖昧な夢と現実の狭間。
散らばったパズルの様な記憶を繋ぎ合わせてみても、明確な現実が見て来る事は無かった。
ただ、漠然と今日こそあの子に許してもらうのだと。
もう一度話をするのだと。
そんな事を考えたような気がする。
同時に途方もない喪失感に襲われ、あの子とはもう会えないのだと。
その現実を悟った。
恐る恐るベッドから降りると、素足に触れたタイルの感触がとても新鮮で。
此処から出ても良いのかと疑問を抱きながらも、初めて身を置いた空間。
好奇心に抗う術もなく、カーテンの隙間から顔を覗かせる。
広々とした室内に漂う医薬品の香りが鼻を擽り、意図せず出たくしゃみがその場の静寂に亀裂を走らせた時。
気怠そうにソファに座り込んだ双眼が私を捉えた。
「あぁ、起きたか」
咄嗟にカーテンの影に隠れた私はその場で身を縮こませる。
しかし、逃げる場所など全くもって思いつく筈もなく。
震えた脚はその場から動く事すら出来ず、浮かび上がる影はまるで巨大なお化けを思わせた。
何を恐れて居るのかすら定かではないのに、鮮烈な恐怖が目の前に迫った。
まるで何かに声を無理やり堰き止めて居るかのように、私の口から漏れたのはか細い悲鳴だけで。
カーテンを掴んだ手が小刻みに震えた。
それは隠れる意味すら成して居ない。
けれど、今の私にとって必死の抵抗だった。
きっとこの後には、無理やり剥ぎ取られたカーテンの向こうに鬼の様な形相をした大人を見る事になるのだろう。
目を瞑り、その時が来るのをじっと耐える。
しかし、一向にカーテンが開かれる気配は無く、困り果てた様な深い溜息が聞こえた。
隙間から、自分より遥かに大きな手だけが覗き、その指先には無骨な手には些か不釣り合いな棒付きのアメが一つ。
「食うか?」
「……くれる、の?」
「ああ。怖いならそのままで良い」
私から隠れ蓑を取り上げる訳でもなく、叱責する訳でもなく。
困り果てた末、自身にはこんな案しか浮かばないと幕越しの声が語りかける。
害意はない。
悪意もなく、不器用でありながらも低いその声は優しさを孕んで居た。
そっと、カーテンの隙間から僅かに顔を覗かせる。
視線の絡んだその人は、強面の容姿に精一杯の笑みを浮かべ、なんとも言い難い歪な表情をして居た。
けれど、上辺だけの皮を被った村の人より信頼が置けると思えたのは、己の直感だったのだろうか。
「……そっち、行きます」
「ああ」
私が小さく答えると、目の前の気配が遠のく。
早鐘の様に打つ鼓動と纏わり付いた緊張に、胸元を押さえつけて大きく呼吸を繰り返した。
時間にすれば、ただ待つだけには痺れを切らす程のものだっただろう。
しかし、私がやっとの思いで一歩脚を踏み出した時。
その人は怒るわけでも顔を顰める訳でも無く、安堵した様な表情を浮かべて居た。
ただ、その人の携えた刀の存在に気がついてしまった私はやっと踏み出せた歩を再び止めてしまう。
その刃が赤黒く光る姿が脳裏を掠めたからだ。
場合によっては己の命が脅かされると、生存本能が警鐘を鳴らしたのだろう。
脚が竦み、身体が震えを伴った。
視線だけが訴えかける様にその人の腰に向き、私の怯えに気がついたのか。
彼は慌てた様子で離れた場所に刀を置くと、再び私の元へやって来た。
「悪かった。オマエを傷つけるつもりはない。それで、名前は言えるか?」
「……如月、真那。ここ、どこですか?」
「そうか。俺は日下部篤哉だ。此処は呪術高専。ちょっと色々あってな。オマエは保護されたって事になる。そこ、座れ。食うんだろ?もうすぐ他の奴も来るから、そうしたら少し話を聞かせて貰いたい」
言葉と同時に大きな手が忍び寄り、私は思わず肩を揺らす。
しかしその手は不器用に私の髪を乱し、絡んだ視線が僅かに細まる。
そのまま差し伸べられた手は、私が手を取る事をを待っている気がした。
こんな風に、誰かと手を繋いだ記憶なんて私は無い。
ちょん、と乗せた己の手は皮膚の厚い無骨な手と比べると余りにも小さくて、そのまま握りつぶす事すら容易いのに。
優しく包み込まれる感覚が酷くもどかしく擽ったい。
少し距離を置き、隣り合った私の様子を伺いながら、日下部さんがアメの包み紙を解いてくれた。
手渡されたそれを口に含むと、じんわりと広がる甘さが安堵を齎す。
しかし、その束の間の一時は勢いよく開いたスライド式の扉の音にやって終わりを告げた。
音に驚き、咄嗟に息を潜める。
自身がもう一人入れそうな程の距離を詰めた私は、縋り付く様に日下部さんの腕んだ。
「日下部さん、ガキんちょ起きた?」
「言われたもの、買って来ましたよ」
「先生ももうすぐ来るらしいですよ。あれ、随分懐かれてるみたいじゃん」
「オマエらなぁ……。驚かすなよ。ほら、オマエもそんなにビビんな」
頭上から降り注ぐ、宥めるような声に周囲は俄に騒がしくなり、弾んだ笑い声が聞こえる。
好奇心を隠す事も無く、向けられる視線に私は戸惑った。
突如現れた三人の彼等は、私より遥かに年は上だ。
しかし、日下部さんより年若く一様に似通った黒い服を身に纏って居た。
ただ、唯一の相違点と言えば村の人の様に私を畏れる訳でもなく。
彼等もまた私に対して小動物を眺めるような視線を向けて居ると言う事だろうか。
「服、買ってきたんだけど。それじゃ何かと不便だから、着替えしよっか」
「ほら、行ってこい」
三人のうちの一人。
女の人が私と視線を合わせるように周り屈め、優しげな笑みを湛える。
日下部さんに促されて私が漸く彼の腕から離れると、月のない夜を描いたような黒い髪をした男の人が道を譲るように一歩退いて、見送る様に私に軽く手を振った。
そして、雪のように白い髪をした男の人がその様子を眺め、悩ましげな表情を浮かべる。
その瞳は、空よりも青く、海よりも澄んで居て。
真っ直ぐに、私を見据えて居た。