呪の玉依
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泣き続けた眼が熱く、叫び続けた声が枯れた。
叩きつけた拳は、擦り切れてヒリヒリと痛む。
それでも、私が声を荒げる事をやめてしまったら、本当にあの子の存在が無かった事になってしまう様な気がして。
喚く事を止められなかった。
次第に、呼吸のタイミングすらわからなくなり。
何度もえづき、嘔吐しそうな程に咳き込んだ。
眼窩は焼け付くように熱を帯び、見るもの全てを滲ませる。
これが、本当の意味で牢獄と呼ぶべきものなのだろう。
此処からは隣り合った私の部屋とは違い、外の音も光すら一切入ってくる事はなかった。
当然時間の経過も曖昧で、騒ぎとなっているであろう外の様子も知る術はない。
掬い上げた鎖が重たい音を鳴らす。
それは、私が繋がれて居たものより遥かに強固で、大人であっても四肢の自由を奪うには十分なものだった。
躊躇いもなくこんな行いが出来る事が信じ難い。
「……此処に居ったのか」
「村長、さん……」
「やはり、其方は辿り着くのだな」
寂寂たる空間に突如亀裂が走る。
聞き覚えのある嗄れ声が喘鳴し、疲弊した様子は亡霊にも似て居た。
悲しみが絶え間なく押し寄せる傍ら。
頭の片隅で保身を考えた己は、まだ救いがあるとでも思って居たのだろうか。
覚束ない足取りで此方に歩み寄る村長を見て、背筋に悪寒が走る。
言葉すら出ず、脚が竦んで立ち上がる事すら儘ならない。
肩を揺らしながらも、じりじりと距離を詰められ、臆した身体が後ろへ退く。
咄嗟に手に触れた珠を投げつけると、それは乾いた音を立てて転がる。
珠を拾い上げた村長が、歪に口元を歪めた刹那。
恍惚の表情を浮かべながら私に向けて手を差し出した。
「さぁ、玉依。彼奴が残したものだ。此れもその糧としろ。そして我等に貢献するのだ。其方が呪術界の新たなる脅威となり、礎となる為に」
鬼のような形相と相反して、その声は猫を撫でるようなものだった。
この人は、既におかしくなってしまって居るのだろう。
何かに取り憑かれて居ると言っても過言ではない。
言っている言葉の意味は全く理解が及ぶものではない。
しかし、そう言わざるを得ない程に目の前の老人は狂気に満ちて居た。
恐怖に慄く己を叱咤し、逃げ出そうとした腕を掴まれる。
地面に薙ぎ倒され、馬乗りになった村長は妄執に取り憑かれたまま手当たり次第に拾い集めた珠を私の口に押し込んでいく。
「……やだっ!!いや、ぁ……っ!」
苦しみと痛み、恐怖にもがいた。
しかし、救いの言葉を紡ぎ掛けた私はそれを誰に
向けていいか分からず。
空を切った手が、床に転がる。
最早何に助けを求めたら良いのかすら分からなかった。
与えられないものを求め、絶望するくらいなら。
初めからそんなもの、求めなければ良い。
そうして初めて、私はあの子と同じ境遇にその身を置くことが出来たのかもしれない。
私は知らない。
この部屋で、孤独に過ごしたあの子がどんな責苦を受け続けたのかを。
しかし、今の私より余程酷い扱いをされて、あんな形でしか自らの想いを吐き出すことすら出来なかった事は確かだ。
そして、それらを強いたのが目の前に居るこの人であるという事も。
激しい憎悪が身を妬く。
同時にただただ、疑問でしかなかった。
どんな理想を掲げたら、これ程非道な行いが大義へと変わるのだろう。
それは私達の人生を犠牲にする程の価値があるものなのか。
少なくとも私達にとって、彼等は悪以外の何者でも無い。
「……も、やだ……ぁ」
こんな事をしなければ生きる事すら許されないのら、いっそ殺してくれと胸の内に黒い芽が吹く。
それでも収まることのない蛮行に、抵抗する気力すら失った。
四肢を投げ出し、視界が傾いた拍子に雫が伝う。
刹那、目を凝らさなければ見えなかった筈のあの子の叫びだけが燦然と見えた気がして。
私は片手を伸ばし、その溝に触れた。
君は、これまでずっと。
死を望む傍ら、どんな気持ちで私の話を聞いて居たのだろう。
愚かだと思ったのか。
哀れだと感じたのか。
私が村の子達を羨んだように、あの子は私を羨んだのか。
同じ境遇に置かれながら、その扱いは天と地ほどの差があった筈なのに。
それでも、必ず言葉を返してくれたのは。
全て私の為だったのだろうかと考えただけでやり切れなくなる。
「……ごめ、んね。しんじゃっても、会える、かな」
口に押し込まれる度に飲み込んだ珠は既に数えきれなくなり、激しい痛みと苦しみの中。
朧げに見えた影は、あの子だったのだろうか。
何の為に生まれて、何の為に生かされて来たのかも分からない。
寧ろ、今となってはそんな事どうでも良かった。
ただあの子の側に行きたいと望み、願った。
それが例えば生の楔から解き放たれる行為だとしても構わないとさえ思い始めて居た。
朦朧とし始めた意識の中、何かが私の頬に。
手に触れたような気がした。
ゆっくりと、音もなく。
輪郭を鮮明なものへと変えて。
深淵より深く、闇より昏い影となって私を包み込む。
それは失意の化身。
人々の負を背負った、人ならざる異形が顕現した瞬間だった。
「ついに……っ!!ついに成功した!!この時を持って成就した!!!」
「おいおい……。一体何が起こってやがる」
私から飛び退いた村長が歓喜に涙しながら咆哮する。
まるで闇に抱き上げられるかのように身を起こした私は、駆けつけた呪術師と呼ばれた人の携える刀を見て身を震わせた。
このまま、私はこの人に殺されるのだろうか。
否、そうでなくとも私の明日に在るものは限りなく冥府に近いものだけだろう。
鋭利な恐怖が肌を突き刺す。
今し方死を望んだばかりだと言うのに、目の前に迫る鮮明な脅威に、歯の根が噛み合わなくなった。
「忌々しい呪術師が。さぁ、玉依。その力今こそ示す時ぞ」
腕を掴み、私を引き寄せた村長が醜悪な笑みを湛えて居た。
まるでそうして当然だと言う様に、目の前の命を私に屠れと宣う。
向かい合った呪術師なる人は、その様子を眺めながらも決して刀から手を離すことはなく。
仮に私がその言葉に従えば、刃は紅く煌くのだろう。
いっそ死んでしまいたいと思う程の責苦を受けた。
だからと言って、誰かの命を悪戯に奪う事など赦されないのは、無知な私ですら分かる事だと言うのに。
こうしてこの人は私の意思に反した事を延々と求め続けるのだろうか。
「……やだぁ!!できないっ」
「やれ!!!そうでなければ其方達は生まれて来た意味すらないのだ!!」
掴まれた腕を振り解こうと、小さな身体を懸命に暴れさせる。
しかし、私の腕は老人とは思えない程の力に囚われたまま。
柔い肌に爪が食い込み、骨すらも軋む。
母の腕も、父の背中も知る事なく。
ただ喜んでくれるからと己を押し殺し、箱庭の中で育てられた私には、人を殺めなければ生きている価値すら無く。
命の尊厳すらも奪われて当然なのか。
不意に脳裏を過ったのは甚爾さんの言葉だった。
誰かを尊んで、自分を蔑ろにする位なら。
もう、どちらもやめて仕舞えばいいのだ。
反論する言葉すら持たない私は、大きく頭を振り乱す。
拒み続ける私に剛を煮やしたのか。
己に向けて振り下ろされる拳を見た。
しかしその刹那。
目の前で村長の首が弾け飛び、辺りは一面紅に染まった。
生暖かい血潮が、私の顔も、服も視界すらも染め上げる。
そして、部屋にこびりついたあの子のものであろう変色した色彩を、鮮やかなものへと変えた。
ひたと頬に触れる手が、滑りを帯びる。
鼻を突く真新しい鉄の匂い。
べちゃりと気味の悪い音を立てて雪崩れた村長の身体と、足元に広がる血溜まりを見て、私は己の精神に限界を来したのだろう。
「……あ、ぁあああ゛……!!」
「おいっ!!しっかりしろ」
その場に崩れ落ちた私を、今し方まで敵意を向けて居た男の人が抱き抱えた。
視界を塞ぎ、何度も大丈夫だと。
そう諭されたような気がする。
その後の事は、全くと言って良い程に覚えて居ない。
ただ、意識の今際。
酷く悲しげな声だけが私の中に木霊した。
──これからは、ずっといっしょだよ。例えば、君を尊んだこの想いが、呪われたものであったとしても。
叩きつけた拳は、擦り切れてヒリヒリと痛む。
それでも、私が声を荒げる事をやめてしまったら、本当にあの子の存在が無かった事になってしまう様な気がして。
喚く事を止められなかった。
次第に、呼吸のタイミングすらわからなくなり。
何度もえづき、嘔吐しそうな程に咳き込んだ。
眼窩は焼け付くように熱を帯び、見るもの全てを滲ませる。
これが、本当の意味で牢獄と呼ぶべきものなのだろう。
此処からは隣り合った私の部屋とは違い、外の音も光すら一切入ってくる事はなかった。
当然時間の経過も曖昧で、騒ぎとなっているであろう外の様子も知る術はない。
掬い上げた鎖が重たい音を鳴らす。
それは、私が繋がれて居たものより遥かに強固で、大人であっても四肢の自由を奪うには十分なものだった。
躊躇いもなくこんな行いが出来る事が信じ難い。
「……此処に居ったのか」
「村長、さん……」
「やはり、其方は辿り着くのだな」
寂寂たる空間に突如亀裂が走る。
聞き覚えのある嗄れ声が喘鳴し、疲弊した様子は亡霊にも似て居た。
悲しみが絶え間なく押し寄せる傍ら。
頭の片隅で保身を考えた己は、まだ救いがあるとでも思って居たのだろうか。
覚束ない足取りで此方に歩み寄る村長を見て、背筋に悪寒が走る。
言葉すら出ず、脚が竦んで立ち上がる事すら儘ならない。
肩を揺らしながらも、じりじりと距離を詰められ、臆した身体が後ろへ退く。
咄嗟に手に触れた珠を投げつけると、それは乾いた音を立てて転がる。
珠を拾い上げた村長が、歪に口元を歪めた刹那。
恍惚の表情を浮かべながら私に向けて手を差し出した。
「さぁ、玉依。彼奴が残したものだ。此れもその糧としろ。そして我等に貢献するのだ。其方が呪術界の新たなる脅威となり、礎となる為に」
鬼のような形相と相反して、その声は猫を撫でるようなものだった。
この人は、既におかしくなってしまって居るのだろう。
何かに取り憑かれて居ると言っても過言ではない。
言っている言葉の意味は全く理解が及ぶものではない。
しかし、そう言わざるを得ない程に目の前の老人は狂気に満ちて居た。
恐怖に慄く己を叱咤し、逃げ出そうとした腕を掴まれる。
地面に薙ぎ倒され、馬乗りになった村長は妄執に取り憑かれたまま手当たり次第に拾い集めた珠を私の口に押し込んでいく。
「……やだっ!!いや、ぁ……っ!」
苦しみと痛み、恐怖にもがいた。
しかし、救いの言葉を紡ぎ掛けた私はそれを誰に
向けていいか分からず。
空を切った手が、床に転がる。
最早何に助けを求めたら良いのかすら分からなかった。
与えられないものを求め、絶望するくらいなら。
初めからそんなもの、求めなければ良い。
そうして初めて、私はあの子と同じ境遇にその身を置くことが出来たのかもしれない。
私は知らない。
この部屋で、孤独に過ごしたあの子がどんな責苦を受け続けたのかを。
しかし、今の私より余程酷い扱いをされて、あんな形でしか自らの想いを吐き出すことすら出来なかった事は確かだ。
そして、それらを強いたのが目の前に居るこの人であるという事も。
激しい憎悪が身を妬く。
同時にただただ、疑問でしかなかった。
どんな理想を掲げたら、これ程非道な行いが大義へと変わるのだろう。
それは私達の人生を犠牲にする程の価値があるものなのか。
少なくとも私達にとって、彼等は悪以外の何者でも無い。
「……も、やだ……ぁ」
こんな事をしなければ生きる事すら許されないのら、いっそ殺してくれと胸の内に黒い芽が吹く。
それでも収まることのない蛮行に、抵抗する気力すら失った。
四肢を投げ出し、視界が傾いた拍子に雫が伝う。
刹那、目を凝らさなければ見えなかった筈のあの子の叫びだけが燦然と見えた気がして。
私は片手を伸ばし、その溝に触れた。
君は、これまでずっと。
死を望む傍ら、どんな気持ちで私の話を聞いて居たのだろう。
愚かだと思ったのか。
哀れだと感じたのか。
私が村の子達を羨んだように、あの子は私を羨んだのか。
同じ境遇に置かれながら、その扱いは天と地ほどの差があった筈なのに。
それでも、必ず言葉を返してくれたのは。
全て私の為だったのだろうかと考えただけでやり切れなくなる。
「……ごめ、んね。しんじゃっても、会える、かな」
口に押し込まれる度に飲み込んだ珠は既に数えきれなくなり、激しい痛みと苦しみの中。
朧げに見えた影は、あの子だったのだろうか。
何の為に生まれて、何の為に生かされて来たのかも分からない。
寧ろ、今となってはそんな事どうでも良かった。
ただあの子の側に行きたいと望み、願った。
それが例えば生の楔から解き放たれる行為だとしても構わないとさえ思い始めて居た。
朦朧とし始めた意識の中、何かが私の頬に。
手に触れたような気がした。
ゆっくりと、音もなく。
輪郭を鮮明なものへと変えて。
深淵より深く、闇より昏い影となって私を包み込む。
それは失意の化身。
人々の負を背負った、人ならざる異形が顕現した瞬間だった。
「ついに……っ!!ついに成功した!!この時を持って成就した!!!」
「おいおい……。一体何が起こってやがる」
私から飛び退いた村長が歓喜に涙しながら咆哮する。
まるで闇に抱き上げられるかのように身を起こした私は、駆けつけた呪術師と呼ばれた人の携える刀を見て身を震わせた。
このまま、私はこの人に殺されるのだろうか。
否、そうでなくとも私の明日に在るものは限りなく冥府に近いものだけだろう。
鋭利な恐怖が肌を突き刺す。
今し方死を望んだばかりだと言うのに、目の前に迫る鮮明な脅威に、歯の根が噛み合わなくなった。
「忌々しい呪術師が。さぁ、玉依。その力今こそ示す時ぞ」
腕を掴み、私を引き寄せた村長が醜悪な笑みを湛えて居た。
まるでそうして当然だと言う様に、目の前の命を私に屠れと宣う。
向かい合った呪術師なる人は、その様子を眺めながらも決して刀から手を離すことはなく。
仮に私がその言葉に従えば、刃は紅く煌くのだろう。
いっそ死んでしまいたいと思う程の責苦を受けた。
だからと言って、誰かの命を悪戯に奪う事など赦されないのは、無知な私ですら分かる事だと言うのに。
こうしてこの人は私の意思に反した事を延々と求め続けるのだろうか。
「……やだぁ!!できないっ」
「やれ!!!そうでなければ其方達は生まれて来た意味すらないのだ!!」
掴まれた腕を振り解こうと、小さな身体を懸命に暴れさせる。
しかし、私の腕は老人とは思えない程の力に囚われたまま。
柔い肌に爪が食い込み、骨すらも軋む。
母の腕も、父の背中も知る事なく。
ただ喜んでくれるからと己を押し殺し、箱庭の中で育てられた私には、人を殺めなければ生きている価値すら無く。
命の尊厳すらも奪われて当然なのか。
不意に脳裏を過ったのは甚爾さんの言葉だった。
誰かを尊んで、自分を蔑ろにする位なら。
もう、どちらもやめて仕舞えばいいのだ。
反論する言葉すら持たない私は、大きく頭を振り乱す。
拒み続ける私に剛を煮やしたのか。
己に向けて振り下ろされる拳を見た。
しかしその刹那。
目の前で村長の首が弾け飛び、辺りは一面紅に染まった。
生暖かい血潮が、私の顔も、服も視界すらも染め上げる。
そして、部屋にこびりついたあの子のものであろう変色した色彩を、鮮やかなものへと変えた。
ひたと頬に触れる手が、滑りを帯びる。
鼻を突く真新しい鉄の匂い。
べちゃりと気味の悪い音を立てて雪崩れた村長の身体と、足元に広がる血溜まりを見て、私は己の精神に限界を来したのだろう。
「……あ、ぁあああ゛……!!」
「おいっ!!しっかりしろ」
その場に崩れ落ちた私を、今し方まで敵意を向けて居た男の人が抱き抱えた。
視界を塞ぎ、何度も大丈夫だと。
そう諭されたような気がする。
その後の事は、全くと言って良い程に覚えて居ない。
ただ、意識の今際。
酷く悲しげな声だけが私の中に木霊した。
──これからは、ずっといっしょだよ。例えば、君を尊んだこの想いが、呪われたものであったとしても。