呪の玉依
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此れを。
この感情を、どう言葉にすれば良いのかは筆舌し難い。
一言で例えるなら、生まれ落ちてから初めて感じた激情。
それは絶念なのか、憤怒なのか。
はたまた双方だったのかすら、定かではなく。
だとしたら、私は一体何に絶望し。
何に怒ったのだろう。
宵闇を纏った空を彩る、鮮烈な紅。
歓喜と悲鳴のないまぜとなった地獄絵図の中心に、その日。
その時、私は居た。
身体を内側から妬かれる様な熱に侵され、悲鳴を上げたくなる程に全身が軋む。
つい先程まで、己に向けられていた視線がみるみる別のものへと変わって。
口々に紡がれるのは、命乞いと化け物と私を誹る声。
しかし、これを望んだのは此処の人達に他ならない。
私は拒んだ筈だ。
懇願し、哀願し、それでも受け入れてもらえなかった。
厳密に言えば、それは私と言うよりその背後に佇む存在に向けられているものだったのだろう。
在る者は腰を抜かし、それでも逃げ惑った。
在る者はその腕に我が子を抱き、鬼の形相で此方を威嚇する。
それに呼応したのか。
私を抱くように取り巻く異形は、まるで愛し子を守るかのように地を這うような唸り声を轟かせ、当人の私ですら背後に感じる禍々しい空気に振り返る事すら出来ずに居る。
「やっとだ……!!ついに悲願が叶った!!これが。これさえあれば……!!我らが呪術界の中心に立つ事も夢ではない」
村長だけが血走った眼を見開き、歓喜の雄叫びを上げて私の肩を鷲掴む。
積年の願いが成就したと。
これで自身の夢が叶うのだと、妄言を吐き散らしながら。
加減される事のない皺だらけの手が、肌に食い込む。
痛みに顔を顰め、身を捩ってみても狂喜した人間の前で私の声は掻き消され、感じたのは生々しい恐怖だった。
一度は、誰かに助けを求めようとも考えた。
けれど、己に向けられた畏怖の念に、開きかけた唇から言葉が漏れる事はなく。
喉の奥へと流し込んだ言葉が、胎の奥底で塒を巻いた。
例えばそれが村長にとって、生涯絶望し続けた悲願であっても、私には今の分からない戯言にしか聞こえなかったから。
私もあの子も、ずっとこの為に利用されて来ただけだったのか。
名前すら呼んでもらえず、誰からの温もりも与えられる事なく。
ただ今日、この日の為の道具として。
鳥籠の中、何を見る事も知る事も無く。
そうして、彼等の願いを聞き届け。
私に与えられたものがこの仕打ちだったのか。
「村長!!大変です……!!高専の呪術師が!!」
「全員その場を動くな!!」
慌てふためいた村人の言葉の直後。
勇ましい怒号が空気を揺らした。
その言葉を皮切りに、これまで慄くだけだった人々の表情がみるみる変わっていく。
忌々しそうに村長が舌を打ち、蜘蛛の子を散らすようにして人々が身を潜めた。
周囲は俄に静まり返り、篝火の焔だけが闇夜を照らす。
一陣の風の如く、唐突に現れた男の人が手にした刀が鈍色に光った。
私の存在を隠す様に、村長が影を作る。
誰もが固唾を飲むようにして現状を見守る中、その人は至極疲れた様子で溜息を吐き、自身の頭を掻き乱した。
「……ったく、面倒な仕事押し付けやがって。こりゃどう見ても俺だけにどうにか出来る案件じゃねーでしょ」
「何用だ。今日は来るべき村の祭事。余所者の出る幕は無い」
「寝言はよせ、爺さん。ネタは上がってんだよ。おい、学長に連絡しろ。大捕物だ。呪術師、補助監督。手の空いてる奴は全員しょっ引いて来い」
祭壇を中心に、黒い服の人達が私達を取り囲む。
この村にとっては、外部の人間が訪れる事そのものが珍しい。
その大半は村長の客といっても過言では無く、こんな日、こんな時間に誰かがやってくる事など不測の事態と言っても良くて。
私の知る限りでは、甚爾さん位しか思い当たる節がない。
冴え渡る声に、周囲がどよめいた。
これまで当たり前のように善として来たものを、突如現れた他者に悪と定義され、自らの身すら危うくなったのでは無理もない。
そうして私が唐突に直感したのは、此処から逃げ出すのならば今を置いて他にないと言う事だった。
腰の曲がった老人でも容易く隠せる程の小さな己の身体。
私は足音を忍ばせながら少しずつ村長から距離を取った。
踵を返し、一気に駆け出すと私を咎める声が聞こえた。
しかし、客人達の意識は村長とその周囲に置かれたまま、追いかけてくる気配は無い。
良くも悪くも子供一人、何ができるわけでも無いと捨て置かれたのだろう。
「待ってて……」
転がるように数時間前に重い足取りで通った道を走る。
けれど、これが最初で最後の好機となるのなら、私が唯一共に行きたいと願ったあの子の手を取らない事など考えられなかった。
心臓が今にも破裂しそうなほどに脈を打つ。
息は上がり、冷え切った風が肌を撫でる度に心地良さすら感じた。
記憶を掘り起こし、私は己の城までの道をひた走る。
同時に周囲に目を向けた時。
今更ながらに気付いたのは、呪符で幾重にも結界を張られたその厳重さだった。
それは、恐らく。
他者から私達の存在を隠す役割も担って居たのだろう。
故に限られた者しか入る事が出来ず、鳥籠だと思って居た己の棲家が、実の所牢獄だと認識を改めざるを得ない。
窓一つなく、薄暗い廊下は行き着く先すら見えなかった。
その最奥があの子の部屋で、手前が私の部屋となる。
しかし、私の部屋からは僅かに繋がって居たあの子の住処は、一続きになっているかと思いきや。
辿って見ると一枚の大きな壁に隔たれ、安易に真実には触れられないようになって居た。
渾身の力を込めて、その扉を開く。
鈍く音がなる様は、獣の唸り声にも似て。
僅かに出来た隙間に身を捩じ込んだ私は、目の前に飛び込んで来た、想像とはまるで違う現実に言葉を無くした。
「な、んで……」
やっと音に出せたのは、答えの無い問いかけだけだった。
一歩、また一歩。
あの子がいたであろう場所に近づくに連れて、己との落差をまざまざと感じさせる。
どう考えても、歳の頃は両手にも満たない、私と同じ位の筈だ。
訳あって外には自由に出られない。
けれど、自分と同様に扱いだけは真っ当なものだと思って居た。
それなのに、目の前にあったのは扉ですら無い、鉄格子。
先程見かけたものよりも遥かに厳重に貼られた呪符。
両手足を拘束する為の鎖が天井から吊り下げられて居り、灯りも殆どなく、陰湿で重苦しい空気が漂う。
薄暗い色の壁には所々赤黒く変色した模様が浮かび、鉄の残り香を感じさせた。
片隅にあった小さな出入り口を見つけた私は、既に無人となったその室内とも呼べない場所に脚を踏み入れる。
「どこ、行っちゃったの……」
あの子は、確かに此処に居た。
何度も私と話をして、時に呆れたように。
時に羨ましそうに。
私の声を聞いてくれて居たのだ。
現に私の部屋と繋がる壁側には、そこだけ不自然に何かがあった名残を感じる。
それなのに、君だけがこの場所に居ない。
「かくれんぼ、してるの……?」
外からでも様子が一望できる空間の、一体何処に隠れる場所があるのだろうか。
そんな事は頭では分かっていた。
壁を彩る色彩が血痕だと言う事も。
それでも、諦めきれず。
部屋の隅々までを見渡して気づいたのは、床に転がる無数の私の嫌いな黒い珠。
こんな暗くて怖い場所で、あの子はずっと一人ぼっちでいたのだろうか。
私の知り得ない現実が、その輪郭を露わにしていく。
恐る恐る、部屋の中央。
鎖が垂れ下がる場所へと向かうと、不意に脚元に視線が誘われた。
目を凝らさなければわからない程の小さな綻び。
其処には、こんな場所で閉じ込められ続けていたあの子の叫びが刻まれて居た。
──はやく、ころして
その意味を理解した瞬間に、私はその場に倒れ込んだ。
とめどなく溢れた涙が雫となって、あの子の残した珠を煌めかせる。
私達が、一体何をして。
どんな罪を犯したと言うのだろう。
常に唱えられ続けていた「死を恐るな」と言う言葉は、幼子に死を望ませるだけの呪いが掛けられて居たとでも言うのか。
私は別に綺麗な服も、真新しい玩具も欲しいと望んだ事はない。
特別じゃなくて普通がよかった。
たくさんの人に畏れ敬われる存在になんてなりたくなかった。
そんなものより、たった一人。
君だけが居てくれたら、それで良かった。
魂が引き裂かれたかのように、慟哭が闇の中に木霊する。
それなのに、名前も知らない君の事を叫ぶ為、私は一体どんな言葉を紡げば良いのだろうか。
この感情を、どう言葉にすれば良いのかは筆舌し難い。
一言で例えるなら、生まれ落ちてから初めて感じた激情。
それは絶念なのか、憤怒なのか。
はたまた双方だったのかすら、定かではなく。
だとしたら、私は一体何に絶望し。
何に怒ったのだろう。
宵闇を纏った空を彩る、鮮烈な紅。
歓喜と悲鳴のないまぜとなった地獄絵図の中心に、その日。
その時、私は居た。
身体を内側から妬かれる様な熱に侵され、悲鳴を上げたくなる程に全身が軋む。
つい先程まで、己に向けられていた視線がみるみる別のものへと変わって。
口々に紡がれるのは、命乞いと化け物と私を誹る声。
しかし、これを望んだのは此処の人達に他ならない。
私は拒んだ筈だ。
懇願し、哀願し、それでも受け入れてもらえなかった。
厳密に言えば、それは私と言うよりその背後に佇む存在に向けられているものだったのだろう。
在る者は腰を抜かし、それでも逃げ惑った。
在る者はその腕に我が子を抱き、鬼の形相で此方を威嚇する。
それに呼応したのか。
私を抱くように取り巻く異形は、まるで愛し子を守るかのように地を這うような唸り声を轟かせ、当人の私ですら背後に感じる禍々しい空気に振り返る事すら出来ずに居る。
「やっとだ……!!ついに悲願が叶った!!これが。これさえあれば……!!我らが呪術界の中心に立つ事も夢ではない」
村長だけが血走った眼を見開き、歓喜の雄叫びを上げて私の肩を鷲掴む。
積年の願いが成就したと。
これで自身の夢が叶うのだと、妄言を吐き散らしながら。
加減される事のない皺だらけの手が、肌に食い込む。
痛みに顔を顰め、身を捩ってみても狂喜した人間の前で私の声は掻き消され、感じたのは生々しい恐怖だった。
一度は、誰かに助けを求めようとも考えた。
けれど、己に向けられた畏怖の念に、開きかけた唇から言葉が漏れる事はなく。
喉の奥へと流し込んだ言葉が、胎の奥底で塒を巻いた。
例えばそれが村長にとって、生涯絶望し続けた悲願であっても、私には今の分からない戯言にしか聞こえなかったから。
私もあの子も、ずっとこの為に利用されて来ただけだったのか。
名前すら呼んでもらえず、誰からの温もりも与えられる事なく。
ただ今日、この日の為の道具として。
鳥籠の中、何を見る事も知る事も無く。
そうして、彼等の願いを聞き届け。
私に与えられたものがこの仕打ちだったのか。
「村長!!大変です……!!高専の呪術師が!!」
「全員その場を動くな!!」
慌てふためいた村人の言葉の直後。
勇ましい怒号が空気を揺らした。
その言葉を皮切りに、これまで慄くだけだった人々の表情がみるみる変わっていく。
忌々しそうに村長が舌を打ち、蜘蛛の子を散らすようにして人々が身を潜めた。
周囲は俄に静まり返り、篝火の焔だけが闇夜を照らす。
一陣の風の如く、唐突に現れた男の人が手にした刀が鈍色に光った。
私の存在を隠す様に、村長が影を作る。
誰もが固唾を飲むようにして現状を見守る中、その人は至極疲れた様子で溜息を吐き、自身の頭を掻き乱した。
「……ったく、面倒な仕事押し付けやがって。こりゃどう見ても俺だけにどうにか出来る案件じゃねーでしょ」
「何用だ。今日は来るべき村の祭事。余所者の出る幕は無い」
「寝言はよせ、爺さん。ネタは上がってんだよ。おい、学長に連絡しろ。大捕物だ。呪術師、補助監督。手の空いてる奴は全員しょっ引いて来い」
祭壇を中心に、黒い服の人達が私達を取り囲む。
この村にとっては、外部の人間が訪れる事そのものが珍しい。
その大半は村長の客といっても過言では無く、こんな日、こんな時間に誰かがやってくる事など不測の事態と言っても良くて。
私の知る限りでは、甚爾さん位しか思い当たる節がない。
冴え渡る声に、周囲がどよめいた。
これまで当たり前のように善として来たものを、突如現れた他者に悪と定義され、自らの身すら危うくなったのでは無理もない。
そうして私が唐突に直感したのは、此処から逃げ出すのならば今を置いて他にないと言う事だった。
腰の曲がった老人でも容易く隠せる程の小さな己の身体。
私は足音を忍ばせながら少しずつ村長から距離を取った。
踵を返し、一気に駆け出すと私を咎める声が聞こえた。
しかし、客人達の意識は村長とその周囲に置かれたまま、追いかけてくる気配は無い。
良くも悪くも子供一人、何ができるわけでも無いと捨て置かれたのだろう。
「待ってて……」
転がるように数時間前に重い足取りで通った道を走る。
けれど、これが最初で最後の好機となるのなら、私が唯一共に行きたいと願ったあの子の手を取らない事など考えられなかった。
心臓が今にも破裂しそうなほどに脈を打つ。
息は上がり、冷え切った風が肌を撫でる度に心地良さすら感じた。
記憶を掘り起こし、私は己の城までの道をひた走る。
同時に周囲に目を向けた時。
今更ながらに気付いたのは、呪符で幾重にも結界を張られたその厳重さだった。
それは、恐らく。
他者から私達の存在を隠す役割も担って居たのだろう。
故に限られた者しか入る事が出来ず、鳥籠だと思って居た己の棲家が、実の所牢獄だと認識を改めざるを得ない。
窓一つなく、薄暗い廊下は行き着く先すら見えなかった。
その最奥があの子の部屋で、手前が私の部屋となる。
しかし、私の部屋からは僅かに繋がって居たあの子の住処は、一続きになっているかと思いきや。
辿って見ると一枚の大きな壁に隔たれ、安易に真実には触れられないようになって居た。
渾身の力を込めて、その扉を開く。
鈍く音がなる様は、獣の唸り声にも似て。
僅かに出来た隙間に身を捩じ込んだ私は、目の前に飛び込んで来た、想像とはまるで違う現実に言葉を無くした。
「な、んで……」
やっと音に出せたのは、答えの無い問いかけだけだった。
一歩、また一歩。
あの子がいたであろう場所に近づくに連れて、己との落差をまざまざと感じさせる。
どう考えても、歳の頃は両手にも満たない、私と同じ位の筈だ。
訳あって外には自由に出られない。
けれど、自分と同様に扱いだけは真っ当なものだと思って居た。
それなのに、目の前にあったのは扉ですら無い、鉄格子。
先程見かけたものよりも遥かに厳重に貼られた呪符。
両手足を拘束する為の鎖が天井から吊り下げられて居り、灯りも殆どなく、陰湿で重苦しい空気が漂う。
薄暗い色の壁には所々赤黒く変色した模様が浮かび、鉄の残り香を感じさせた。
片隅にあった小さな出入り口を見つけた私は、既に無人となったその室内とも呼べない場所に脚を踏み入れる。
「どこ、行っちゃったの……」
あの子は、確かに此処に居た。
何度も私と話をして、時に呆れたように。
時に羨ましそうに。
私の声を聞いてくれて居たのだ。
現に私の部屋と繋がる壁側には、そこだけ不自然に何かがあった名残を感じる。
それなのに、君だけがこの場所に居ない。
「かくれんぼ、してるの……?」
外からでも様子が一望できる空間の、一体何処に隠れる場所があるのだろうか。
そんな事は頭では分かっていた。
壁を彩る色彩が血痕だと言う事も。
それでも、諦めきれず。
部屋の隅々までを見渡して気づいたのは、床に転がる無数の私の嫌いな黒い珠。
こんな暗くて怖い場所で、あの子はずっと一人ぼっちでいたのだろうか。
私の知り得ない現実が、その輪郭を露わにしていく。
恐る恐る、部屋の中央。
鎖が垂れ下がる場所へと向かうと、不意に脚元に視線が誘われた。
目を凝らさなければわからない程の小さな綻び。
其処には、こんな場所で閉じ込められ続けていたあの子の叫びが刻まれて居た。
──はやく、ころして
その意味を理解した瞬間に、私はその場に倒れ込んだ。
とめどなく溢れた涙が雫となって、あの子の残した珠を煌めかせる。
私達が、一体何をして。
どんな罪を犯したと言うのだろう。
常に唱えられ続けていた「死を恐るな」と言う言葉は、幼子に死を望ませるだけの呪いが掛けられて居たとでも言うのか。
私は別に綺麗な服も、真新しい玩具も欲しいと望んだ事はない。
特別じゃなくて普通がよかった。
たくさんの人に畏れ敬われる存在になんてなりたくなかった。
そんなものより、たった一人。
君だけが居てくれたら、それで良かった。
魂が引き裂かれたかのように、慟哭が闇の中に木霊する。
それなのに、名前も知らない君の事を叫ぶ為、私は一体どんな言葉を紡げば良いのだろうか。