呪の玉依
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「オマエはこれ、どうするよ?」
己の手に乗せられた珠は艶やかに輝く。
不気味なまでに一心に存在を主張して、私にその存在を知らしめようとする様に。
隠し切れない好奇の目を向けられ、五条さんに問いかけられ、私は言葉を詰まらせる。
此処に来ても、また以前と同じことを求められるのかと。
僅かながらに失望にも似た感情が芽生えたからだ。
これまで不味いし、体調は悪くなるし、好きだと思った事など一度もない。
しかし、咄嗟に拒む素振りを見せなかったのは、それが今回に限っては違ったからなのか。
その味と言えば筆舌し難い。
無理やり飲み込んで、その後には大量に水を流し込むか、味を誤魔化すために別のものを必死に口に押し込んでいたと言うのに。
なぜ私は今、これを喰らいたいと思っているのか。
その事実が己の意思とおかしなまでに一致しなかった。
喉が引き攣って酷く乾いた。
小さく息を呑むと、一層顕著なものへと代わり、それを癒すにはこれが必要なのだと本能が訴える。
周囲を一度見渡しながら、私は今一度手元に視線を向けた。
ゆっくり、ゆっくりと。
震えた指先が己の口元に向かう。
両手で顔を覆うように、珠を口元へと誘った。
するとそれは相変わらず不味く、この世の物とは思えないと言うのに。
不思議な程に今の私に馴染んだような気がする。
「……マジ、か」
「驚いたな」
「……これは。悟、どう言う事だ」
口々に紡がれる驚嘆の声に、私は己の最適解を見誤った事を感じ取る。
しかし、今更吐き出す様な真似が出来るはずもなく、これから紡がれる言葉が私にとってどう言う意味を持つものになるか。
固唾を飲むしかない。
一同が唖然とする中、発端である五条さんの肩だけが小さく揺れる。
それは笑いを噛み殺したものにも近かった。
しかし、表情は少し強張っている様にも見えて。
燦然と輝いたひとみの奥底に、村長と同じ色を垣間見た様な気もする。
「間違いねぇな。そいつの術式、蠱毒だよ。家の古い文献で見た事があるけど。実物は俺も、初めて見た」
「……こどく?」
私がその音を奏でた時。
呼応するかの様に、己の背後で何かが蠢く気配がした。
それは、おどろおどろしく、振り返る事すら儘ならない。
それなのに何処か懐かしい気配を纏い、慰めるかの様に寄り添ってくれて居る感覚が不思議で。
まるで意思を持ち、この場の人間を見定めている様な気さえした。
「お前の術式の事だよ。自覚無しかよ」
「じゅつ、しき?」
「そっからか。そんな規格外の術式持ってんのに、オマエの親は何も教えなかったのかよ」
「悟。口が悪いよ」
悪態を吐いた五条さんを、すかさず夏油さんが嗜める。
しかし、悪びれる様子もなく、彼のこの物言いは常で悪意はなかったのだろう。
然れど、言われる側としては心地の良いものではない。
夜蛾さんと日下部さんがため息を溢し、硝子さんに至ってはクズと侮蔑にも近い言葉を溢した。
無知は罪だと、遠回しに責め立てる言葉が重くのしかかる。
俯いた私と周囲の雰囲気に、流石に居た堪れなくなったのか。
頭を掻き乱しながら五条さんが謝罪の言葉を口にする。
それに私は緩く首を振った。
親云々の話より、これまで当たり前として来たものが異常である事の方が恐ろしく思えたからだ。
「……いない、よ。私に、お父さんもお母さんも、いない。みんな、たのしそうにお外であそんでても、私は玉依だからダメなんだって。だからずっとおへやにいなきゃいけなかった。でも、黒い珠はぜったい飲まなきゃいけないんだって言われて。それが何か教えてくれる人も、いなかった。だから教えて、欲しいです。今日から、ここが私のおうち?私この部屋から出ちゃダメ?また脚、つながれる?」
別の場所に連れて来られて尚、求められたものが同じだった事に無意識の内に、私は自身の脚を隠す様に引く。
ただ身の置き場が変わったと言うだけで、これまでと同じ生活を強いられる事を望んでは居なかった。
だからと言って、何がしたいか。
そう問われた所で私は外の世界を何も知らない。
常識というものすら持ち合わせず、自活出来るだけの力も無く、与えられた道を歩くしかないのだ。
例えばそれが善悪が反転してしまった世界だとしても。
絶望しか見えない未来を生き続ける位なら、いっそ全てを無に帰す死の方が幸せなのではないだろうかとも思う。
けれど、いざその時になれば。
私はきっと畏れ、嘆き、生にしがみつくのだろう。
死を恐れるな。
子守唄の様に聞かされた言葉は、無知な私に何れやってくる終焉の輪郭を見せつける羽目になるだなんて皮肉としか言いようがない。
膝の上で握りしめた拳が震える。
それは何をされても命があるだけで儲け物だと、半ば無理矢理己に言い聞かせる行為であり、そんな私の手を取ってくれたのは硝子さんだった。
「大丈夫だよ。そこまで人でなしじゃない」
「だけどさぁ、日下部さん。先生。コイツ、どうすんの?ぶっちゃけ、野放しにしといていい事なんて無さそうなんだけど。上が知ったら大喜びで囲うんじゃね?」
「君は、本当に蠱毒について何も知らないのか?」
今一度、確認をするべく夜蛾さんが私を真っ直ぐに見据えた。
しかし、その名前すら初めて聞いたものに対して、思い当たる節もない。
仮にこの人達が私にとって悪でないのだとしたら。
何か伝えなければいけない大切な事があった気がするのだけれど、靄が掛かったかの様にその輪郭が掴めない。
それどころか、伝えなければと。
そう思い至った事実すら記憶の奥底に押し込められていく気がして。
瞬きを繰り返した後、私は小さく頭を振った。
けれど、唐突に意識がぼやけていく。
それは、私の身体なのに、私のものでは無い様な。
何かの傀儡にでもなった様な、形容し難い不思議な感覚だった。
「……一人はさむいんだよ。だから、おともだちが欲しいの。だけど、一緒になりたくて食べちゃうから、いつもひとりぼっち。ずっと、さみしい。私達 はずっとそうだった。だから、一緒になったんだよ」
その刹那、何処からともなくけたたましい警報音が鳴り響く。
幸い、誤報だったのか。
それは私の意識がはっきりする頃には鳴り止み、ほんの束の間の出来事となった。
夜蛾さんだけは、その場で何処かに連絡を入れるとそれはいつもの事だと溢し、五条さんと夏油さんが実に複雑そうな表情をしていた気がする。
ただ、先程とまで明らかに違うのは己に向けられた視線だった。
「如月真那。今の言葉は、どう言う意味だ?」
「……あの。いま私、なにか言った?」
「先生、ちげぇよ。今のはコイツじゃねぇ。蠱毒の方だ」
──嗤ってんのか。
私の背後を見て、五条さんが目を見開く。
燦然と輝いた瞳の奥、その中に宿した姿は一体何だったのか。
この場の誰もがその姿を知る由もない。
ただ、彼の表情と態度からそれらが到底彼等の常識からも逸脱していると言う事だけは理解出来て。
私自身、己が抱えるものに対して慄いて居た。
「悟、蠱毒について知っている事を全て話せ。それと、この件については俺が預かる。他言は無用だ」
空気が、一気に緊迫したものへと変わる。
私以外のその場の人間は一様に深く頷き、不安を隠し切れない私の手を硝子さんが強く握った。
同時に頭にも何か重みを感じる。
恐る恐る視線を上げると、其処には私に与えてくれた某付きのアメを加えながらも真剣な顔をした日下部さんが居て。
此方を見る訳でもないのに、大丈夫だと。
そう言われた様な気がした。
己の手に乗せられた珠は艶やかに輝く。
不気味なまでに一心に存在を主張して、私にその存在を知らしめようとする様に。
隠し切れない好奇の目を向けられ、五条さんに問いかけられ、私は言葉を詰まらせる。
此処に来ても、また以前と同じことを求められるのかと。
僅かながらに失望にも似た感情が芽生えたからだ。
これまで不味いし、体調は悪くなるし、好きだと思った事など一度もない。
しかし、咄嗟に拒む素振りを見せなかったのは、それが今回に限っては違ったからなのか。
その味と言えば筆舌し難い。
無理やり飲み込んで、その後には大量に水を流し込むか、味を誤魔化すために別のものを必死に口に押し込んでいたと言うのに。
なぜ私は今、これを喰らいたいと思っているのか。
その事実が己の意思とおかしなまでに一致しなかった。
喉が引き攣って酷く乾いた。
小さく息を呑むと、一層顕著なものへと代わり、それを癒すにはこれが必要なのだと本能が訴える。
周囲を一度見渡しながら、私は今一度手元に視線を向けた。
ゆっくり、ゆっくりと。
震えた指先が己の口元に向かう。
両手で顔を覆うように、珠を口元へと誘った。
するとそれは相変わらず不味く、この世の物とは思えないと言うのに。
不思議な程に今の私に馴染んだような気がする。
「……マジ、か」
「驚いたな」
「……これは。悟、どう言う事だ」
口々に紡がれる驚嘆の声に、私は己の最適解を見誤った事を感じ取る。
しかし、今更吐き出す様な真似が出来るはずもなく、これから紡がれる言葉が私にとってどう言う意味を持つものになるか。
固唾を飲むしかない。
一同が唖然とする中、発端である五条さんの肩だけが小さく揺れる。
それは笑いを噛み殺したものにも近かった。
しかし、表情は少し強張っている様にも見えて。
燦然と輝いたひとみの奥底に、村長と同じ色を垣間見た様な気もする。
「間違いねぇな。そいつの術式、蠱毒だよ。家の古い文献で見た事があるけど。実物は俺も、初めて見た」
「……こどく?」
私がその音を奏でた時。
呼応するかの様に、己の背後で何かが蠢く気配がした。
それは、おどろおどろしく、振り返る事すら儘ならない。
それなのに何処か懐かしい気配を纏い、慰めるかの様に寄り添ってくれて居る感覚が不思議で。
まるで意思を持ち、この場の人間を見定めている様な気さえした。
「お前の術式の事だよ。自覚無しかよ」
「じゅつ、しき?」
「そっからか。そんな規格外の術式持ってんのに、オマエの親は何も教えなかったのかよ」
「悟。口が悪いよ」
悪態を吐いた五条さんを、すかさず夏油さんが嗜める。
しかし、悪びれる様子もなく、彼のこの物言いは常で悪意はなかったのだろう。
然れど、言われる側としては心地の良いものではない。
夜蛾さんと日下部さんがため息を溢し、硝子さんに至ってはクズと侮蔑にも近い言葉を溢した。
無知は罪だと、遠回しに責め立てる言葉が重くのしかかる。
俯いた私と周囲の雰囲気に、流石に居た堪れなくなったのか。
頭を掻き乱しながら五条さんが謝罪の言葉を口にする。
それに私は緩く首を振った。
親云々の話より、これまで当たり前として来たものが異常である事の方が恐ろしく思えたからだ。
「……いない、よ。私に、お父さんもお母さんも、いない。みんな、たのしそうにお外であそんでても、私は玉依だからダメなんだって。だからずっとおへやにいなきゃいけなかった。でも、黒い珠はぜったい飲まなきゃいけないんだって言われて。それが何か教えてくれる人も、いなかった。だから教えて、欲しいです。今日から、ここが私のおうち?私この部屋から出ちゃダメ?また脚、つながれる?」
別の場所に連れて来られて尚、求められたものが同じだった事に無意識の内に、私は自身の脚を隠す様に引く。
ただ身の置き場が変わったと言うだけで、これまでと同じ生活を強いられる事を望んでは居なかった。
だからと言って、何がしたいか。
そう問われた所で私は外の世界を何も知らない。
常識というものすら持ち合わせず、自活出来るだけの力も無く、与えられた道を歩くしかないのだ。
例えばそれが善悪が反転してしまった世界だとしても。
絶望しか見えない未来を生き続ける位なら、いっそ全てを無に帰す死の方が幸せなのではないだろうかとも思う。
けれど、いざその時になれば。
私はきっと畏れ、嘆き、生にしがみつくのだろう。
死を恐れるな。
子守唄の様に聞かされた言葉は、無知な私に何れやってくる終焉の輪郭を見せつける羽目になるだなんて皮肉としか言いようがない。
膝の上で握りしめた拳が震える。
それは何をされても命があるだけで儲け物だと、半ば無理矢理己に言い聞かせる行為であり、そんな私の手を取ってくれたのは硝子さんだった。
「大丈夫だよ。そこまで人でなしじゃない」
「だけどさぁ、日下部さん。先生。コイツ、どうすんの?ぶっちゃけ、野放しにしといていい事なんて無さそうなんだけど。上が知ったら大喜びで囲うんじゃね?」
「君は、本当に蠱毒について何も知らないのか?」
今一度、確認をするべく夜蛾さんが私を真っ直ぐに見据えた。
しかし、その名前すら初めて聞いたものに対して、思い当たる節もない。
仮にこの人達が私にとって悪でないのだとしたら。
何か伝えなければいけない大切な事があった気がするのだけれど、靄が掛かったかの様にその輪郭が掴めない。
それどころか、伝えなければと。
そう思い至った事実すら記憶の奥底に押し込められていく気がして。
瞬きを繰り返した後、私は小さく頭を振った。
けれど、唐突に意識がぼやけていく。
それは、私の身体なのに、私のものでは無い様な。
何かの傀儡にでもなった様な、形容し難い不思議な感覚だった。
「……一人はさむいんだよ。だから、おともだちが欲しいの。だけど、一緒になりたくて食べちゃうから、いつもひとりぼっち。ずっと、さみしい。
その刹那、何処からともなくけたたましい警報音が鳴り響く。
幸い、誤報だったのか。
それは私の意識がはっきりする頃には鳴り止み、ほんの束の間の出来事となった。
夜蛾さんだけは、その場で何処かに連絡を入れるとそれはいつもの事だと溢し、五条さんと夏油さんが実に複雑そうな表情をしていた気がする。
ただ、先程とまで明らかに違うのは己に向けられた視線だった。
「如月真那。今の言葉は、どう言う意味だ?」
「……あの。いま私、なにか言った?」
「先生、ちげぇよ。今のはコイツじゃねぇ。蠱毒の方だ」
──嗤ってんのか。
私の背後を見て、五条さんが目を見開く。
燦然と輝いた瞳の奥、その中に宿した姿は一体何だったのか。
この場の誰もがその姿を知る由もない。
ただ、彼の表情と態度からそれらが到底彼等の常識からも逸脱していると言う事だけは理解出来て。
私自身、己が抱えるものに対して慄いて居た。
「悟、蠱毒について知っている事を全て話せ。それと、この件については俺が預かる。他言は無用だ」
空気が、一気に緊迫したものへと変わる。
私以外のその場の人間は一様に深く頷き、不安を隠し切れない私の手を硝子さんが強く握った。
同時に頭にも何か重みを感じる。
恐る恐る視線を上げると、其処には私に与えてくれた某付きのアメを加えながらも真剣な顔をした日下部さんが居て。
此方を見る訳でもないのに、大丈夫だと。
そう言われた様な気がした。