呪の玉依
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つい今し方まで、己が寝かされていたベッドに再び隔たりが出来る。
真白なシーツの上には大きな紙袋から取り出された沢山の服が並び、これまでに見た事も着た事も無い衣装の数々に、私は目を輝かせた。
「……かわいい」
「サイズは大体あってると思うんだけど。好みとかある?好きな色とかさ」
目移りする私の隣で、お姉さんは目についた一着を手に取りな私に問いかける。
しかし、これまでの私の生活と言えば与えられるものを着て過ごすばかりだった。
好みと言われても、これまで洋服に対して関心を持った事も無く。
突然あてがわれた魅力的な贈り物に、私はただ戸惑うばかり。
このままでは衣装を選ぶだけでも一苦労だ。
肩を竦めたお姉さんが、これはどうだと自身が見繕ったでろう一着を勧めてくれて、私は頷いた。
それは、淡い空色のワンピース。
四角く切り取られた世界からしかし見えることのなかった、焦がれた世界の色だった。
辿々しくシャツのボタンを外す様を、彼女は何処か心配そうに見つめていた気がする。
その視線は決して心地が良いものとは言い難かった。
しかし、私がワンピースに袖を通す頃にはその視線は和らいだものへと変わり、服の中に埋もれてしまった髪を掬い上げてくれた。
「うん。似合ってる。少し大きいけど、さっきよりは随分マシになったじゃん。折角だし、髪は後でちょっとアレンジしよっか」
「ほんと?」
「まぁ、私より夏油の方が上手いかも知れないけどね。わかる?一緒に来た黒髪のデカいヤツ」
「うん。じゃあ、お姉さんは?」
「ああ、私は家入硝子。それと、もう一人の白髪頭が五条だよ。私達はクラスメイトなんだ。ついでに、もうすぐ夜蛾って言う私達の先生が来るんだけどさ。顔が怖いだけだから、あんまり怯えないでやってね」
簡単な自己紹介を終えると、硝子さんが私の手を取りながらカーテンを勢いよく開く。
すると其処には今し方話に出たばかりの人なのだろうか。
更に大きな影が一つ増えて居た。
五条、夏油と呼ばれていた二人も、日下部さんも。
私では見上げないと顔が見れない程に背が高い。
しかし、夜蛾と言う人はそれ以上に大柄な男の人で。
前もって硝子さんが教えてくれなかったら、きっと私は再び硝子さんが日下部さん影に隠れるようにして身を潜める事になっていたに違いない。
「日下部。その子が例の子か」
「まぁ……そうなんすけど。まだ話しっちゅー話は聞けてないんですよ」
「まぁ、立ち話ってのもなんですから。一先ず座ったらどうですか?ほら、君は大好きな日下部さんの所に行きな。それと、その服は似合ってるよ。可愛くなったね」
夏油さんに促され、私は硝子さんに連れられて日下部さんの元へ向かう。
その場の全員がソファに腰を下ろし、大柄の男の人が窮屈そうに三人並ぶ様は威圧的で有りながらも何処かおかしな光景にも見える。
夜蛾さんがやって来た事で、和やかだった雰囲気は緊迫したものへと変わりつつあった。
主に日下部さんが自身が目にした事を語り、身の前の三人はそれぞれの考えに耽る。
その間は時間にすれば瑣末なものだったに違いない。
しかし、己の身を案じるが故か。
今の私には途方も無く長い虚空に思えた。
落ち着きを無くし始める私を宥めてくれたのは、硝子さんだった。
始終頭を撫で、大丈夫だと言い聞かせてくれる手はこれまでは与えられることのなかった安堵を齎す。
しかし、緊張からか。
膝の上で握りしめた拳には絶えず力が籠り続けて、深く溜息を溢した夜蛾さんが私に向けて言葉を投げかけた。
「断片的な情報だけでは判断がつかんな。如月真那、だったな。あの場で何があったか、話してくれるか?」
「よく、わかりません……。あの日は、村のお祭りの日で。村長さんがすごく喜んでて。みんなが私を怖がってた。日下部さんが来た事はおぼえてるけど……」
これまでに経験した事のない目紛しい現場に、私は記憶を必死に呼び起こす。
しかし、脳裏に浮かび上がるのはどれも断片的なものばかりで、言葉にするにはあまりにも不確かなものばかり。
何か忘れてはいけないはずの大切なものがあった筈なのに。
それはまるで鍵を掛けられ、開く事のない扉が目の前にある様な。
其処に辿り着くまでの道程を忘れてしまったかの様な奇妙な感覚で、俯いた私の言葉はどんどん尻すぼみになって行く。
「じゃあさ、俺らが居たって事も覚えてねぇの?」
「覚えて、ない……」
「パニック状態だったし、記憶が混濁しているんだろうね。こう言う場合、無理に思い出させるのは得策じゃない気がするけど」
お手上げだと言いたげに夜蛾さんの表情が険しくなる。
困り果てた大人達に囲まれ、私は針の筵に座らされて居る心地だった。
その空気は酷く重たく、逃げ出したい衝動にすら駆られる。
元より縋る場所も無かったが、見知らぬ場所に突然身を置く事態になり今の私には本当に行き場が無い。
保護されたと言われた所で、その意味も曖昧だ。
発する一言によって状況が一転する可能性すら否めず。
不安で胸が押しつぶされそうになっていく。
そんな私の姿を隣に座る彼等が憂いの目で見つめた。
向かいあった三人の内、二人は思案する様に腕を組み、真ん中に腰を据えた白雪の髪だけはそれを放棄する様にさらさらと揺れる。
「なぁ、先生。一つ確認してみたい事があんだけどいい?」
「悟。何か、見えるのか?」
夜蛾さんの言葉に五条さんが仰いで居た顔を私に向ける。
青く、蒼く、透き通った瞳の中。
遠目にも己の姿だけが映し出され、吸い込まれてしまいそうな錯覚を抱かせた。
緩やかに口角を上げながら、五条さんが徐に隣の夏油さんに片手を差し出す。
何か寄越せと訴える仕草に夏油さんが眉を顰め、これから何が起こるのか見当もつかない私達は一様に首を傾げるばかりだった。
「傑。アレ、出して。一つはちゃんと持ってるんだろ?」
「……悟。本気か?」
「俺の見えるものが間違ってないなら、今確認しておいた方が良いだろ。ほら、早くしろって」
元より気が短いのか。
急かす言葉に連動して、大きな手が上下に揺れた。
五条さんを挟みながらも、夜蛾さんと夏油さんが視線だけで何かを語り、夏油さんが上着のポケットから何かを取り出す。
それは、私にとってとても見慣れたもので。
同時に、なぜこの人達がと言う疑問だけが浮かび上がっていく。
黒い珠を受け取った五条さんが、今度はそれを私の目の前に突き出す。
その口角は何かを試すかのように楽しげに釣り上がり、私は呆然と煌めいた黒曜を眺めて居た。
真白なシーツの上には大きな紙袋から取り出された沢山の服が並び、これまでに見た事も着た事も無い衣装の数々に、私は目を輝かせた。
「……かわいい」
「サイズは大体あってると思うんだけど。好みとかある?好きな色とかさ」
目移りする私の隣で、お姉さんは目についた一着を手に取りな私に問いかける。
しかし、これまでの私の生活と言えば与えられるものを着て過ごすばかりだった。
好みと言われても、これまで洋服に対して関心を持った事も無く。
突然あてがわれた魅力的な贈り物に、私はただ戸惑うばかり。
このままでは衣装を選ぶだけでも一苦労だ。
肩を竦めたお姉さんが、これはどうだと自身が見繕ったでろう一着を勧めてくれて、私は頷いた。
それは、淡い空色のワンピース。
四角く切り取られた世界からしかし見えることのなかった、焦がれた世界の色だった。
辿々しくシャツのボタンを外す様を、彼女は何処か心配そうに見つめていた気がする。
その視線は決して心地が良いものとは言い難かった。
しかし、私がワンピースに袖を通す頃にはその視線は和らいだものへと変わり、服の中に埋もれてしまった髪を掬い上げてくれた。
「うん。似合ってる。少し大きいけど、さっきよりは随分マシになったじゃん。折角だし、髪は後でちょっとアレンジしよっか」
「ほんと?」
「まぁ、私より夏油の方が上手いかも知れないけどね。わかる?一緒に来た黒髪のデカいヤツ」
「うん。じゃあ、お姉さんは?」
「ああ、私は家入硝子。それと、もう一人の白髪頭が五条だよ。私達はクラスメイトなんだ。ついでに、もうすぐ夜蛾って言う私達の先生が来るんだけどさ。顔が怖いだけだから、あんまり怯えないでやってね」
簡単な自己紹介を終えると、硝子さんが私の手を取りながらカーテンを勢いよく開く。
すると其処には今し方話に出たばかりの人なのだろうか。
更に大きな影が一つ増えて居た。
五条、夏油と呼ばれていた二人も、日下部さんも。
私では見上げないと顔が見れない程に背が高い。
しかし、夜蛾と言う人はそれ以上に大柄な男の人で。
前もって硝子さんが教えてくれなかったら、きっと私は再び硝子さんが日下部さん影に隠れるようにして身を潜める事になっていたに違いない。
「日下部。その子が例の子か」
「まぁ……そうなんすけど。まだ話しっちゅー話は聞けてないんですよ」
「まぁ、立ち話ってのもなんですから。一先ず座ったらどうですか?ほら、君は大好きな日下部さんの所に行きな。それと、その服は似合ってるよ。可愛くなったね」
夏油さんに促され、私は硝子さんに連れられて日下部さんの元へ向かう。
その場の全員がソファに腰を下ろし、大柄の男の人が窮屈そうに三人並ぶ様は威圧的で有りながらも何処かおかしな光景にも見える。
夜蛾さんがやって来た事で、和やかだった雰囲気は緊迫したものへと変わりつつあった。
主に日下部さんが自身が目にした事を語り、身の前の三人はそれぞれの考えに耽る。
その間は時間にすれば瑣末なものだったに違いない。
しかし、己の身を案じるが故か。
今の私には途方も無く長い虚空に思えた。
落ち着きを無くし始める私を宥めてくれたのは、硝子さんだった。
始終頭を撫で、大丈夫だと言い聞かせてくれる手はこれまでは与えられることのなかった安堵を齎す。
しかし、緊張からか。
膝の上で握りしめた拳には絶えず力が籠り続けて、深く溜息を溢した夜蛾さんが私に向けて言葉を投げかけた。
「断片的な情報だけでは判断がつかんな。如月真那、だったな。あの場で何があったか、話してくれるか?」
「よく、わかりません……。あの日は、村のお祭りの日で。村長さんがすごく喜んでて。みんなが私を怖がってた。日下部さんが来た事はおぼえてるけど……」
これまでに経験した事のない目紛しい現場に、私は記憶を必死に呼び起こす。
しかし、脳裏に浮かび上がるのはどれも断片的なものばかりで、言葉にするにはあまりにも不確かなものばかり。
何か忘れてはいけないはずの大切なものがあった筈なのに。
それはまるで鍵を掛けられ、開く事のない扉が目の前にある様な。
其処に辿り着くまでの道程を忘れてしまったかの様な奇妙な感覚で、俯いた私の言葉はどんどん尻すぼみになって行く。
「じゃあさ、俺らが居たって事も覚えてねぇの?」
「覚えて、ない……」
「パニック状態だったし、記憶が混濁しているんだろうね。こう言う場合、無理に思い出させるのは得策じゃない気がするけど」
お手上げだと言いたげに夜蛾さんの表情が険しくなる。
困り果てた大人達に囲まれ、私は針の筵に座らされて居る心地だった。
その空気は酷く重たく、逃げ出したい衝動にすら駆られる。
元より縋る場所も無かったが、見知らぬ場所に突然身を置く事態になり今の私には本当に行き場が無い。
保護されたと言われた所で、その意味も曖昧だ。
発する一言によって状況が一転する可能性すら否めず。
不安で胸が押しつぶされそうになっていく。
そんな私の姿を隣に座る彼等が憂いの目で見つめた。
向かいあった三人の内、二人は思案する様に腕を組み、真ん中に腰を据えた白雪の髪だけはそれを放棄する様にさらさらと揺れる。
「なぁ、先生。一つ確認してみたい事があんだけどいい?」
「悟。何か、見えるのか?」
夜蛾さんの言葉に五条さんが仰いで居た顔を私に向ける。
青く、蒼く、透き通った瞳の中。
遠目にも己の姿だけが映し出され、吸い込まれてしまいそうな錯覚を抱かせた。
緩やかに口角を上げながら、五条さんが徐に隣の夏油さんに片手を差し出す。
何か寄越せと訴える仕草に夏油さんが眉を顰め、これから何が起こるのか見当もつかない私達は一様に首を傾げるばかりだった。
「傑。アレ、出して。一つはちゃんと持ってるんだろ?」
「……悟。本気か?」
「俺の見えるものが間違ってないなら、今確認しておいた方が良いだろ。ほら、早くしろって」
元より気が短いのか。
急かす言葉に連動して、大きな手が上下に揺れた。
五条さんを挟みながらも、夜蛾さんと夏油さんが視線だけで何かを語り、夏油さんが上着のポケットから何かを取り出す。
それは、私にとってとても見慣れたもので。
同時に、なぜこの人達がと言う疑問だけが浮かび上がっていく。
黒い珠を受け取った五条さんが、今度はそれを私の目の前に突き出す。
その口角は何かを試すかのように楽しげに釣り上がり、私は呆然と煌めいた黒曜を眺めて居た。