呪の玉依
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其れは、謂わば呪の特異点。
常識外れな呪術界の中でも更に逸脱に逸脱を重ね、人々の負の感情をないまぜにした欲望の塊。
人知れず継がれ続けた因習の成れの果て。
絶望に導かれ、魂の在処を求め呼び合った流星。
その舞台となったのは地図にも載らない、社会と断絶された閉鎖的な世界だった。
排他的であり、閉鎖的。
小さな村と言うより、より濃く血を繋いで行ったが故に誰もが近からずとも遠からず血縁に当たり、一つの大きな家族だった様な気もする。
その唯一の共通点と言えば等しく呪いが見えた事。
そして、祓う術も持って居た事。
その中でも一等稀有とされた存在。
それが、私だったのだろう。
彼等は嬉々として語った。
歴代の中でも「これ」は最高傑作だと。
私には生まれてくる前に、父は居なかった。
物心ついた時、母も既に居なかった。
それでも決して酷い扱いはされて居なかった筈だ。
世話をしてくれる人は居たし、衣食住は保証されて居た。
ただ、彼らは愛情や良識。
人として生きる上での大切なものを与えてくれる事はなかった。
今よりもっと幼い頃は私も幾度か外に出してもらえる機会があった筈だ。
しかし、一度。
顔も合わせた事のない筈の村の人に襲われた事がある。
鬼の形相で私を見据えたその人は私を人殺しだと。
化け物だと吐き捨てた。
涙ながらに返してくれと嘆く様はうろ覚えの記憶の中でも痛ましく。
それなのに、私には何をした覚えもない。
その言葉を上書きする様に周囲に居る人々は口を揃えて言った。
私に非はない。
これは大義の為なのだからと。
その人がどうなったか。
何故あんなにも激怒し、私を罵ったのか。
それは決して私の耳に届くことはなかった。
ただ、それ以来。
私が何でもない時に外に出る機会は一切失われてしまった。
それが私を守る為のものだったのか。
はたまた別な意図があったのかすら、定かではない。
それからと言うもの、無造作に投げ入れられた我楽多に覆われる床ばかりを見て居る。
逃げ出す当てもないのに、部屋を回れるだけの距離で片脚は常に鎖で繋がれて居た。
空は四角に切り取られ、僅かに聞こえる同じ歳の頃の子供の声に耳を傾けながらやったこともない遊びに空想を膨らませる日々。
それは少しばかり窮屈で、変わり映えのない日常は私にとって真白なキャンバスと同義。
其処にほんのちっぽけな幸せがあったなんて事、まだ幼かった私は知る由も無かった。
ずっと、ずっと。
絵本でしか見たことのない景色に、焦がれて居た。
満天の星空。
澄み渡る青い海。
青葉の香りを漂わせる草原。
それらをいつかこの目で、この脚で。
身体全てで感じてみたいと脳裏に描き、幾度夢に見たかなんて数える方が難しい。
「ねぇ。だるまさんがころんだってどんな遊びなのかな」
「さぁね」
「鬼ごっこは?こうえんって、行ったことある?」
「ないよ」
「そっかぁ。いつかいってみたいね」
「べつに」
「そうなの?でも、その時はいっしょにいこうね」
「……考えとく」
外からしか開かれる事の出来ない己の城。
それを私はこれまで不思議と思う事もなく、薄い壁の綻びに耳を傾け、顔すら見た事のない隣人に叶わない夢を語った。
女の子なのか。
男の子なのかも判然としない。
ただ、自身の事を語らないその子が唯一教えてくれた事は、私と似たような境遇であると言う事だけ。
それも、酷く曖昧な形ではぐらかされてしまった。
辿々しい会話は、常に片道通行。
それでも、めげることが無かったのは私にはその子しか話し相手が居なかったからなのだろう。
無愛想な返事に肩を揺らす。
唯一外の世界が垣間見える小さな窓から、小鳥が不思議そうにその光景を眺めて居た。
年に一度。
古いしきたりに準じて行われる祭りの日にしか外に出る事を許されない。
それでも、私は君が居てくれたから孤独を感じずに居られた。
「そんなことより、言われたことやらないとまた怒られるよ」
「だってぇ。これね、美味しくないんだよ」
「……知ってる。そんなもの、食べるものじゃない。でも、言われた通りにしないと真那が傷つく」
どうやって知ったかも定かではないと言うのに、私は隣人の指摘に唇を尖らせる。
不思議と隣人は私の事を何でも知って居た。
どんな食べ物が好きで。
お気に入りの絵本はどれで。
人々から俗称で呼ばれるが故に、忘れかけて居た私の本名すらその子だけは呼んでくれた。
あの子がどう思って居たかは別として、私にとっては、唯一の友にも近かったのだろう。
だからこそ、僅かな不満も。
語ることの出来ない夢すらも、隣人だけは私の全てを知って居た。
恭しく首を食べながら今日の食事と共に運ばれて来た木箱。
その中央には、艶めく白布に載せられた黒い珠が妖しく存在を主張する。
定期的にやって来るそれが、私は何よりも嫌いだった。
咀嚼する事も儘ならず、幼子の口を限界まで広げなければ含む事すら難しいそれは、普段の食事とは一転。
恐ろしく不味いからだ。
私を特別だと。
そう告げ続ける周囲の大人は、外に出る事以外の大抵の我儘を聞いてくれる。
尤もこの当時の私の我儘なんてものは、お菓子が欲しい。
夕飯に何が食べたい。
その程度のものだったのだけれど。
しかし、唯一それだけは絶対だと拒む事を許してはくれなかった。
無理やり押さえつけられ、飲み込まされた時には本当に殺されるのではないかと思った程だ。
以来、私はギリギリまで粘ってはみるものの、己の最悪の事態を避ける為に、一頻り渋った後に意を決してそれを飲み込むようにして居る。
──死を恐れるな。
幼い頃から常に耳元で嘯かれたその言葉は、私にとって子守唄にも等しい。
そしてこの村の人々とっては、何かに対して自らの命を捧げる事こそが、この上ない誉れだと語った。
意を唱える者など有りはしない。
閉鎖的な村と言う組織の中では、それらは赦される事では無く。
まるで、刷り込みの如くそれらを受け入れる様を、私は至極当たり前の光景として受け入れてきたのだろう。
それでも私は。
死を恐れ、生を喜び、今を懸命に生きる物語に憧れた。
例え自分が忌むべきものとして産まれたとしても。
どうか、どうか……。
もしも赦されるのなら。
顔も、名前も知ることの無かった君の手を取って、青空の下を駆けてみたかった。
常識外れな呪術界の中でも更に逸脱に逸脱を重ね、人々の負の感情をないまぜにした欲望の塊。
人知れず継がれ続けた因習の成れの果て。
絶望に導かれ、魂の在処を求め呼び合った流星。
その舞台となったのは地図にも載らない、社会と断絶された閉鎖的な世界だった。
排他的であり、閉鎖的。
小さな村と言うより、より濃く血を繋いで行ったが故に誰もが近からずとも遠からず血縁に当たり、一つの大きな家族だった様な気もする。
その唯一の共通点と言えば等しく呪いが見えた事。
そして、祓う術も持って居た事。
その中でも一等稀有とされた存在。
それが、私だったのだろう。
彼等は嬉々として語った。
歴代の中でも「これ」は最高傑作だと。
私には生まれてくる前に、父は居なかった。
物心ついた時、母も既に居なかった。
それでも決して酷い扱いはされて居なかった筈だ。
世話をしてくれる人は居たし、衣食住は保証されて居た。
ただ、彼らは愛情や良識。
人として生きる上での大切なものを与えてくれる事はなかった。
今よりもっと幼い頃は私も幾度か外に出してもらえる機会があった筈だ。
しかし、一度。
顔も合わせた事のない筈の村の人に襲われた事がある。
鬼の形相で私を見据えたその人は私を人殺しだと。
化け物だと吐き捨てた。
涙ながらに返してくれと嘆く様はうろ覚えの記憶の中でも痛ましく。
それなのに、私には何をした覚えもない。
その言葉を上書きする様に周囲に居る人々は口を揃えて言った。
私に非はない。
これは大義の為なのだからと。
その人がどうなったか。
何故あんなにも激怒し、私を罵ったのか。
それは決して私の耳に届くことはなかった。
ただ、それ以来。
私が何でもない時に外に出る機会は一切失われてしまった。
それが私を守る為のものだったのか。
はたまた別な意図があったのかすら、定かではない。
それからと言うもの、無造作に投げ入れられた我楽多に覆われる床ばかりを見て居る。
逃げ出す当てもないのに、部屋を回れるだけの距離で片脚は常に鎖で繋がれて居た。
空は四角に切り取られ、僅かに聞こえる同じ歳の頃の子供の声に耳を傾けながらやったこともない遊びに空想を膨らませる日々。
それは少しばかり窮屈で、変わり映えのない日常は私にとって真白なキャンバスと同義。
其処にほんのちっぽけな幸せがあったなんて事、まだ幼かった私は知る由も無かった。
ずっと、ずっと。
絵本でしか見たことのない景色に、焦がれて居た。
満天の星空。
澄み渡る青い海。
青葉の香りを漂わせる草原。
それらをいつかこの目で、この脚で。
身体全てで感じてみたいと脳裏に描き、幾度夢に見たかなんて数える方が難しい。
「ねぇ。だるまさんがころんだってどんな遊びなのかな」
「さぁね」
「鬼ごっこは?こうえんって、行ったことある?」
「ないよ」
「そっかぁ。いつかいってみたいね」
「べつに」
「そうなの?でも、その時はいっしょにいこうね」
「……考えとく」
外からしか開かれる事の出来ない己の城。
それを私はこれまで不思議と思う事もなく、薄い壁の綻びに耳を傾け、顔すら見た事のない隣人に叶わない夢を語った。
女の子なのか。
男の子なのかも判然としない。
ただ、自身の事を語らないその子が唯一教えてくれた事は、私と似たような境遇であると言う事だけ。
それも、酷く曖昧な形ではぐらかされてしまった。
辿々しい会話は、常に片道通行。
それでも、めげることが無かったのは私にはその子しか話し相手が居なかったからなのだろう。
無愛想な返事に肩を揺らす。
唯一外の世界が垣間見える小さな窓から、小鳥が不思議そうにその光景を眺めて居た。
年に一度。
古いしきたりに準じて行われる祭りの日にしか外に出る事を許されない。
それでも、私は君が居てくれたから孤独を感じずに居られた。
「そんなことより、言われたことやらないとまた怒られるよ」
「だってぇ。これね、美味しくないんだよ」
「……知ってる。そんなもの、食べるものじゃない。でも、言われた通りにしないと真那が傷つく」
どうやって知ったかも定かではないと言うのに、私は隣人の指摘に唇を尖らせる。
不思議と隣人は私の事を何でも知って居た。
どんな食べ物が好きで。
お気に入りの絵本はどれで。
人々から俗称で呼ばれるが故に、忘れかけて居た私の本名すらその子だけは呼んでくれた。
あの子がどう思って居たかは別として、私にとっては、唯一の友にも近かったのだろう。
だからこそ、僅かな不満も。
語ることの出来ない夢すらも、隣人だけは私の全てを知って居た。
恭しく首を食べながら今日の食事と共に運ばれて来た木箱。
その中央には、艶めく白布に載せられた黒い珠が妖しく存在を主張する。
定期的にやって来るそれが、私は何よりも嫌いだった。
咀嚼する事も儘ならず、幼子の口を限界まで広げなければ含む事すら難しいそれは、普段の食事とは一転。
恐ろしく不味いからだ。
私を特別だと。
そう告げ続ける周囲の大人は、外に出る事以外の大抵の我儘を聞いてくれる。
尤もこの当時の私の我儘なんてものは、お菓子が欲しい。
夕飯に何が食べたい。
その程度のものだったのだけれど。
しかし、唯一それだけは絶対だと拒む事を許してはくれなかった。
無理やり押さえつけられ、飲み込まされた時には本当に殺されるのではないかと思った程だ。
以来、私はギリギリまで粘ってはみるものの、己の最悪の事態を避ける為に、一頻り渋った後に意を決してそれを飲み込むようにして居る。
──死を恐れるな。
幼い頃から常に耳元で嘯かれたその言葉は、私にとって子守唄にも等しい。
そしてこの村の人々とっては、何かに対して自らの命を捧げる事こそが、この上ない誉れだと語った。
意を唱える者など有りはしない。
閉鎖的な村と言う組織の中では、それらは赦される事では無く。
まるで、刷り込みの如くそれらを受け入れる様を、私は至極当たり前の光景として受け入れてきたのだろう。
それでも私は。
死を恐れ、生を喜び、今を懸命に生きる物語に憧れた。
例え自分が忌むべきものとして産まれたとしても。
どうか、どうか……。
もしも赦されるのなら。
顔も、名前も知ることの無かった君の手を取って、青空の下を駆けてみたかった。
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