永遠という名の愛
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身に余る喜びや幸福と言うものは、こうも他人に伝えて共有したくなってしまうものなのだろうか。
翌日、目が覚めた私達は何の変哲もない日常に花束を贈りたいと思うくらいにはこの時間を尊んだ。
同じ朝日を浴びて身支度を整え。
互いを見送る事にすら、至福を抱く。
これからはこんな毎日がやって来るのかと思うと期待に胸が膨らみ、心は踊った。
しかし、唯一の問題と言えばたった数日。
口を噤むだけの事が今の私達にとっては難題にも等しかった事だろうか。
五条さんに一番に伝えようと約束したにも関わらず。
一刻も早くこの喜びを誰かに伝えたくて、居ても立っても居られない。
それもこれも、互いの職場には親友と恩人である気の置けない人がいるからで。
家入さんと灰原さんに、いつこの至上の出来事を話すべきかと、気もそぞろと言っても過言ではなかっただろう。
仕事を終えると、迎えに来てくれた建人さんと目線を合わせて、その日の己の口の固さを称え合った。
まるで内緒話でもするかの様に。
二人になれば私達の会話は今後の事ばかりで、考え始めるとやりたい事もやらなければならない事もキリがない。
共に帰路に着き、建人さんの車で一度私の自宅に向かう。
元より殆どを彼の家で過ごしていた事もあってか。
数日費やしただけですっかり私の家には物がなくなり、これから暮らす家の中が荷物で埋まっていく毎に、幸福で胸が満たされる。
「真那、食事にしましょう」
「はい、すぐに行きます」
持ってきた服の整理をして居ると、夕食の支度を整えた建人さんの声が聞こえた。
開けっぱなしのクローゼットの中。
一番よく使うであろう場所には私が贈ったネクタイがその場所を占拠して居り、顔が綻ぶ。
料理を作る時は任せきりになる事もあるけれど、片付けは常に一緒だった。
どちらかがお皿を洗い、もう一人が片付ける。
食洗機を入れて仕舞えばもっと簡単に済む話ではあるのだけれど、私も建人さんもきっと思う以上にこの非合理的な時間を慈しんでいた。
食後も勿論、何処に居ても何をしても。
私達の会話が途切れる事はなかった。
それは、笑いの渦が湧き起こる様な愉快で賑やかなものとは程遠い。
しかし、相手を尊重して共に歩む明日への地図が、何十年も続く愛おしい日々の幕開けとなるに違いないのだから。
「明日が、楽しみですね」
「ええ、今から胸が躍って今日は眠れそうにありません」
「ちゃんと寝て下さいね。五条さんに笑われてしまいますから」
「ええ。アナタが私を抱きしめてくれるのならば、きっと何ら問題は無い筈です」
ベッドに向かっても尚、どちらが先に瞼を閉じるか。
そんな事で他愛のないやり取りを交わす私達は、日付が変わっても中々眠りにつく事が出来ないままだった。
やっと視界に帳が降りても、口だけは閉ざされる事がなく。
相手の声な耳を傾け心を落ち着かせる。
語りかけても言葉が返ってこなくなると、祈りを込めて、おやすみと口付けを贈る。
そうして私達はやっと、待ちに待った週末を迎えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
澄んだ空気の中、空には青が冴え渡る。
春めいた陽気に誘われたのか。
街を行く人の数もほんの数ヶ月前と比べたら随分増えた気がする。
寒さは随分と和らぎ、桜にはまだ遠いものの近所の梅の木はいつのまにか蕾から可憐な花に姿を変えた。
折角の休日だと言うのに、ゆっくりする事もなく普段より早く目が覚めてしまったのは浮かれた思いの現れなのだろうか。
今日は五条さんに先日のお礼と報告をしに伺う事になって居て服の一着を選ぶ事。
靴の一足を選ぶ事すら胸が躍った。
先日はその旨を建人さんが連絡して、その時は丁度、私もその場に居たのだけれど。
電話越しにも茶化す様な声は陽気に弾み、まるで建人さんと立場が逆転したかの様に感じた事は記憶に新しい。
その際、どうしても駅前のスイーツが食べたいと駄々を捏ねられたらしく。
やっと目当てのものを手に入れて待ち合わせの五条さんのセーフハウスへと向かって居るものの、聡い五条さんの事だから、私達が何の用事で訪れるのかは理解に易い事だろう。
迷惑を掛けた自覚はあるけれど、どんな言葉を掛けてくれるのか。
喜んでくれるのだろうかと。
まるで子供の様に期待に胸は膨らみ、建人さんと手を繋いで歩く街並みが一層輝いて見えた。
「五条さん、今日が空いていて良かったですね」
「あの人は年中フラフラしているので、捕まえる事はそう難しくありませんよ。何より今は私達からの連絡を首を長くして待っていた筈です。
電話した時の勢いと言ったら、それは凄まじかったので」
「ふふ、ご期待に添えると良いですね」
「それは勿論」
詳しい事は未だ知らないのだけど、御実家が由緒ある家柄。
その当社となる五条さんは、本来邸宅に身を置かなければならない立場なのだとか。
しかし、煩わしい事は面倒だ。
そう言ってこっそり隠れ家を作り、厄介事からのらりくらりと逃げ回っているのだとか。
向かったのは都内の一等地。
高級マンションが立ち並ぶ住宅街。
其処が五条さんの仮の住まいとなるらしい。
本当に謎の多い人だと今更ながらに思う。
建人さん曰く、あの人の事に関しては考えるだけ無駄だと言う言葉も半分頷けた。
建人さんにとっては、既に勝手知ったる場所なのか。
フロントを抜けて、迷う事なくエレベーターに乗り込む。
あっと言う間に辿り着いた上層階。
夜景が一望できそうな程の絶景が広がり、落ち着いたら街並みを一望できる私達の家とは違った顔を覗かせて居る。
建人さんの自宅とは違う、けれどお洒落な雰囲気が漂う。
インターホンを鳴らすと扉越しでも聞き取れるほどに騒々しい足音が聞こえて。
建人さんに腕を引かれて一歩後ずさると勢いに任せた五条さんが顔を覗かせる。
「待ってたよ。いらっしゃい」
「おはようございます、五条さん。お邪魔しますね」
「お邪魔します。それと、これはアナタが食べたいと駄々を捏ねたお菓子です」
やっと荷物を手放せると言わんばかりに、建人さんが紙袋を五条さんに押し付ける。
すると、電話口ではその声が私にも届くほどに駄々を捏ねて居たと言うのに。
まるで記憶でも抜け落ちてしまったかの様に、彼は目を瞬かせる。
けれど、それが有名菓子店のものだと思い出してのか。
みるみる内に目は輝き、片腕で大切そうに紙袋を抱く。
「お、マジで買ってきてくれたんだ?」
「アナタが散々駄々を捏ねたからです」
「まぁまぁ、そう言うなよ。とりあえず入って。色々根掘り葉掘り聞きたい事が山の様にあるからさ」
ぱちん、と片目を瞑りながら五条さんが背を向ける。
前を進む足取りは軽く、私達は顔を見合わせ、建人さんが促す様に肩を竦めた。
私達の住まいとなる部屋も、一人暮らしには広すぎると思えるけれど、五条さんの住まいはそれよりも更に広かった。
しかし、必要最低限のものしか置かれて居ない空間は少しばかり物寂しく、生活感もあまり感じられない。
ソファに並んで腰掛ける。
既に私達の本来の目的よりも目の前のお菓子に気を取られてしまった五条さんがまるでプレゼントを開ける子供の如く包装紙を破り捨てて行った。
「アナタ、人の話を聞く気あるんですか?」
「ん?あるある。ちゃんとあるよ。でも、その前にちょっと味見させてよ。ここのお菓子が食べたかったのは本当なんだからさ」
口に放り込んだお菓子に舌鼓を打ちながら、五条さんの視線が私達に注がれた。
寄り添う様にソファに腰掛け、互いの手を重ね合った姿に、鮮やかな蒼が優しく細まる。
──良かったな。
はにかみながら互いを見つめた私達に、穏やかな笑みが向けられる。
それは、五条さんの見てきた過去に対する手向けなのだろうか。
聞き及んだにしか過ぎない己の過去は、私にとっては何処か遠い国の御伽噺にも近い。
そして、彼等はその世界で日々を足掻き、生き抜いたのだ。
育まれた絆も、思いも。
間違いなく今世に受け継がれて居るに違いない。
きっと五条さんが色々と世話を焼いてくれなければ私達は今日に至るまでにもっと時間を費やした筈だ。
すれ違い、涙した夜もあったかもしれない。
しかし、今の建人さんは感謝こそして居るのだろうけれど今の目的を早く達成しようと少しばかり気が急いて居る様にも感じた。
重なる手には少し力が籠り、私が顔を覗き込むと表情こそ柔らかいものの、僅かな緊張感を漂わせて居る。
「そろそろ本題に入っても?」
「まぁ、そんな急かすなよ。こう言うのはさ、やっぱ皆で分かち合うべきだと思うんだよね」
「その点に関しては、この後連絡がついた方から順に報告するつもりです」
「顔も合わせずに?僕達の仲なのに?つれないなぁ。って事で、皆!!こっちおいで」
「は?」
建人さんが眉間に皺を刻み、五条さんが明後日の方向に声を掛ける。
閉ざされて居た扉が開くと、一様に笑みを浮かべた親しい人たちの姿に私も目を見張った。
その表情はと言えばまるで悪戯が成功した子供のものにも近く、集った面々が一様に期待の眼差しを向ける。
きっと、これは今日何が起こるかを見越した五条さんが用意してくれたサプライズなのだろう。
祝い事は共有した方が楽しい。
そう掲げた持論に、建人さんさえも驚くばかりで。
背後から灰原さんに抱きつかれても、今のその表情は穏やかに綻んでいた。
家入さんも私の隣にやってくる。
肩を軽く叩かれ、口元は優しげな弧を描いた。
伊地知さんに至っては以前と同様に既にハンカチで目元を押さえており、そんな彼の隣てわ夏油さんが苦笑して居た。
「……皆さん、来てくれたんですね」
「勿論だよ。七海っ、おめでとう」
「おやおや、灰原。それはまだ気が早いよ。私達はまだ何も知らない事になって居るからね」
「え?あはは。そうでした」
「じゃあ、改めて聞こうか。二人が何を報告してくれるのかを」
一同が向かい合う様に五条家さんの元に集う。
此処に至るまで、様々な切っ掛けを与えてくれた大切な人達の視線が私達二人に注がれる。
互いに顔を見合わせた。
してやられたと言わんばかりに建人さんは小さく肩を竦めたけれど、その口角は少しだけ上がって居てその喜びを露わにする。
言ってしまえば私情だ。
おめでとう、そのひと言が貰えたら十分で、本来ならば私達から出向くのが筋だとも思う。
しかし、五条さんの声掛け一つで我が事の様に駆けつけてくれたこの人達は、本当に強い絆で結ばれて居るのだろう。
繋いだ手が、じんわりと暖かい。
私達はその場で立ち上がるとそれぞれに視線を送り、今一度互いを見つめたあった後に声を揃えた。
「私達、結婚します」
「そう来なくっちゃね」
背後にでも隠して居たのか。
乾いた大きな音が響き、紙吹雪が舞った。
一斉に鳴らされたクラッカーの音に驚いたものの、口々に紡がれる祝いの言葉に目頭が熱くなる。
あれよあれよと言う間に、一体何処に隠して居たのか。
リビングには祝いの席だと言ってお酒やら料理、ケーキまでが並んで行く。
急な話だったからと、急ぎ買って来たらしい結婚情報誌はその場で開封され、婚姻届はその場で記入しろと急かされた。
そうなれば証人欄は誰が書くか。
その不毛な争いに、如何に自身が建人さんと親しいかを五条さんと灰原さんが語り、その隙に私の欄には家入さんがしれっと記名してくれた。
「良かったな。真那」
「はい、ありがとうございます」
「あ、でも仕事はまだ続けてくれ。七海も良いだろ?君が居なくなったら私の二日酔い対策が無くなる」
「私は構いませんよ。毎日迎えに行きますので」
本音は、家で待って居てくれたら。
建人さんはそうも考えたのかもしれない。
しかし、今の私が仕事を楽しんでいると感じて居るのならば、妥協とは少し違う気もするけれど容認してくれるのだろう。
人前だと言うのに肩を抱き寄せられた。
その様子に私は狼狽えるばかりだと言うのに、建人さんはどこ吹く風と言った様子で。
家入さんが遠い過去を偲ぶように目を細めた。
「式はこれからか?勿論、招待してくれるんだろ?」
「はい。その際は是非、皆さんにいらして頂けたら」
「ええ。その辺りに関してはこれから追々。真那の希望もありますし」
「具体的に考えては居るのか?」
建人さんの叶えられなかった過去をやり直そう。
そう告げた手前、私は彼に視線を向けた。
考えがない事も無いのだけれど私の口からはまだ明確な事は告げては居ない。
何より此処数日はただ今の幸せを噛み締める事ばかりで、指輪や引越し。
直近に片付けなければならない事も山の様にある。
先ずは一つ一つを終えてから。
そうも考えると言うのに、いざこうして祝福を与えられ、建人さんと繋がる一枚の紙を目の前にしてしまうと、途端に私の決意は瓦礫の様に崩れていく。
「あの、具体的な事はまだ何も。ですが、出来る事なら沢山の人を招くものより、こうして皆さんと幸せなひと時を過ごせたら素敵だなと……」
その刹那。
二人が目を瞬かせ、やがて穏やかな笑みを浮かべた。
私ならばそうするであろうと、初めから知って居たかの様に。
一人では頭の中でぼんやりと考えるだけだった人生最大の日は、言葉にした瞬間。
明確なものへと姿を変えて。
是非そうしましょう。
建人さんがそう言葉を掛けると、まだ白紙だった私たちの今後には途端に筆が走り始めていく。
「あ、ちょっと!!勝手に話進めないでよ。僕も式のこと話したい。ねぇ、六月は?ジューンブライドだっけ?折角ならそう言うのやろうよ」
「それはご自分の時にどうぞ。真那の希望が最優先ですので」
「……素敵、だと思います。ですが、今からとなるときっと来年になってしまうので」
「僕を誰だと思ってんの。その辺は任せなさい」
物語の仕掛け人が意味ありげに口角を上げた。
未だ男泣きを続け、灰原さんに宥められる伊地知さんの元へ向かう。
和やかな宴。
誰しもがその顔に笑みを浮かべ、私達も未来に希望を抱いた。
そうして、巻き込んだと言うより自ら首を突っ込んできた五条さんの提案によって、朧げだった私達の夢に見た門出の日が少しずつ輪郭を浮き彫りにさせていく。
翌日、目が覚めた私達は何の変哲もない日常に花束を贈りたいと思うくらいにはこの時間を尊んだ。
同じ朝日を浴びて身支度を整え。
互いを見送る事にすら、至福を抱く。
これからはこんな毎日がやって来るのかと思うと期待に胸が膨らみ、心は踊った。
しかし、唯一の問題と言えばたった数日。
口を噤むだけの事が今の私達にとっては難題にも等しかった事だろうか。
五条さんに一番に伝えようと約束したにも関わらず。
一刻も早くこの喜びを誰かに伝えたくて、居ても立っても居られない。
それもこれも、互いの職場には親友と恩人である気の置けない人がいるからで。
家入さんと灰原さんに、いつこの至上の出来事を話すべきかと、気もそぞろと言っても過言ではなかっただろう。
仕事を終えると、迎えに来てくれた建人さんと目線を合わせて、その日の己の口の固さを称え合った。
まるで内緒話でもするかの様に。
二人になれば私達の会話は今後の事ばかりで、考え始めるとやりたい事もやらなければならない事もキリがない。
共に帰路に着き、建人さんの車で一度私の自宅に向かう。
元より殆どを彼の家で過ごしていた事もあってか。
数日費やしただけですっかり私の家には物がなくなり、これから暮らす家の中が荷物で埋まっていく毎に、幸福で胸が満たされる。
「真那、食事にしましょう」
「はい、すぐに行きます」
持ってきた服の整理をして居ると、夕食の支度を整えた建人さんの声が聞こえた。
開けっぱなしのクローゼットの中。
一番よく使うであろう場所には私が贈ったネクタイがその場所を占拠して居り、顔が綻ぶ。
料理を作る時は任せきりになる事もあるけれど、片付けは常に一緒だった。
どちらかがお皿を洗い、もう一人が片付ける。
食洗機を入れて仕舞えばもっと簡単に済む話ではあるのだけれど、私も建人さんもきっと思う以上にこの非合理的な時間を慈しんでいた。
食後も勿論、何処に居ても何をしても。
私達の会話が途切れる事はなかった。
それは、笑いの渦が湧き起こる様な愉快で賑やかなものとは程遠い。
しかし、相手を尊重して共に歩む明日への地図が、何十年も続く愛おしい日々の幕開けとなるに違いないのだから。
「明日が、楽しみですね」
「ええ、今から胸が躍って今日は眠れそうにありません」
「ちゃんと寝て下さいね。五条さんに笑われてしまいますから」
「ええ。アナタが私を抱きしめてくれるのならば、きっと何ら問題は無い筈です」
ベッドに向かっても尚、どちらが先に瞼を閉じるか。
そんな事で他愛のないやり取りを交わす私達は、日付が変わっても中々眠りにつく事が出来ないままだった。
やっと視界に帳が降りても、口だけは閉ざされる事がなく。
相手の声な耳を傾け心を落ち着かせる。
語りかけても言葉が返ってこなくなると、祈りを込めて、おやすみと口付けを贈る。
そうして私達はやっと、待ちに待った週末を迎えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
澄んだ空気の中、空には青が冴え渡る。
春めいた陽気に誘われたのか。
街を行く人の数もほんの数ヶ月前と比べたら随分増えた気がする。
寒さは随分と和らぎ、桜にはまだ遠いものの近所の梅の木はいつのまにか蕾から可憐な花に姿を変えた。
折角の休日だと言うのに、ゆっくりする事もなく普段より早く目が覚めてしまったのは浮かれた思いの現れなのだろうか。
今日は五条さんに先日のお礼と報告をしに伺う事になって居て服の一着を選ぶ事。
靴の一足を選ぶ事すら胸が躍った。
先日はその旨を建人さんが連絡して、その時は丁度、私もその場に居たのだけれど。
電話越しにも茶化す様な声は陽気に弾み、まるで建人さんと立場が逆転したかの様に感じた事は記憶に新しい。
その際、どうしても駅前のスイーツが食べたいと駄々を捏ねられたらしく。
やっと目当てのものを手に入れて待ち合わせの五条さんのセーフハウスへと向かって居るものの、聡い五条さんの事だから、私達が何の用事で訪れるのかは理解に易い事だろう。
迷惑を掛けた自覚はあるけれど、どんな言葉を掛けてくれるのか。
喜んでくれるのだろうかと。
まるで子供の様に期待に胸は膨らみ、建人さんと手を繋いで歩く街並みが一層輝いて見えた。
「五条さん、今日が空いていて良かったですね」
「あの人は年中フラフラしているので、捕まえる事はそう難しくありませんよ。何より今は私達からの連絡を首を長くして待っていた筈です。
電話した時の勢いと言ったら、それは凄まじかったので」
「ふふ、ご期待に添えると良いですね」
「それは勿論」
詳しい事は未だ知らないのだけど、御実家が由緒ある家柄。
その当社となる五条さんは、本来邸宅に身を置かなければならない立場なのだとか。
しかし、煩わしい事は面倒だ。
そう言ってこっそり隠れ家を作り、厄介事からのらりくらりと逃げ回っているのだとか。
向かったのは都内の一等地。
高級マンションが立ち並ぶ住宅街。
其処が五条さんの仮の住まいとなるらしい。
本当に謎の多い人だと今更ながらに思う。
建人さん曰く、あの人の事に関しては考えるだけ無駄だと言う言葉も半分頷けた。
建人さんにとっては、既に勝手知ったる場所なのか。
フロントを抜けて、迷う事なくエレベーターに乗り込む。
あっと言う間に辿り着いた上層階。
夜景が一望できそうな程の絶景が広がり、落ち着いたら街並みを一望できる私達の家とは違った顔を覗かせて居る。
建人さんの自宅とは違う、けれどお洒落な雰囲気が漂う。
インターホンを鳴らすと扉越しでも聞き取れるほどに騒々しい足音が聞こえて。
建人さんに腕を引かれて一歩後ずさると勢いに任せた五条さんが顔を覗かせる。
「待ってたよ。いらっしゃい」
「おはようございます、五条さん。お邪魔しますね」
「お邪魔します。それと、これはアナタが食べたいと駄々を捏ねたお菓子です」
やっと荷物を手放せると言わんばかりに、建人さんが紙袋を五条さんに押し付ける。
すると、電話口ではその声が私にも届くほどに駄々を捏ねて居たと言うのに。
まるで記憶でも抜け落ちてしまったかの様に、彼は目を瞬かせる。
けれど、それが有名菓子店のものだと思い出してのか。
みるみる内に目は輝き、片腕で大切そうに紙袋を抱く。
「お、マジで買ってきてくれたんだ?」
「アナタが散々駄々を捏ねたからです」
「まぁまぁ、そう言うなよ。とりあえず入って。色々根掘り葉掘り聞きたい事が山の様にあるからさ」
ぱちん、と片目を瞑りながら五条さんが背を向ける。
前を進む足取りは軽く、私達は顔を見合わせ、建人さんが促す様に肩を竦めた。
私達の住まいとなる部屋も、一人暮らしには広すぎると思えるけれど、五条さんの住まいはそれよりも更に広かった。
しかし、必要最低限のものしか置かれて居ない空間は少しばかり物寂しく、生活感もあまり感じられない。
ソファに並んで腰掛ける。
既に私達の本来の目的よりも目の前のお菓子に気を取られてしまった五条さんがまるでプレゼントを開ける子供の如く包装紙を破り捨てて行った。
「アナタ、人の話を聞く気あるんですか?」
「ん?あるある。ちゃんとあるよ。でも、その前にちょっと味見させてよ。ここのお菓子が食べたかったのは本当なんだからさ」
口に放り込んだお菓子に舌鼓を打ちながら、五条さんの視線が私達に注がれた。
寄り添う様にソファに腰掛け、互いの手を重ね合った姿に、鮮やかな蒼が優しく細まる。
──良かったな。
はにかみながら互いを見つめた私達に、穏やかな笑みが向けられる。
それは、五条さんの見てきた過去に対する手向けなのだろうか。
聞き及んだにしか過ぎない己の過去は、私にとっては何処か遠い国の御伽噺にも近い。
そして、彼等はその世界で日々を足掻き、生き抜いたのだ。
育まれた絆も、思いも。
間違いなく今世に受け継がれて居るに違いない。
きっと五条さんが色々と世話を焼いてくれなければ私達は今日に至るまでにもっと時間を費やした筈だ。
すれ違い、涙した夜もあったかもしれない。
しかし、今の建人さんは感謝こそして居るのだろうけれど今の目的を早く達成しようと少しばかり気が急いて居る様にも感じた。
重なる手には少し力が籠り、私が顔を覗き込むと表情こそ柔らかいものの、僅かな緊張感を漂わせて居る。
「そろそろ本題に入っても?」
「まぁ、そんな急かすなよ。こう言うのはさ、やっぱ皆で分かち合うべきだと思うんだよね」
「その点に関しては、この後連絡がついた方から順に報告するつもりです」
「顔も合わせずに?僕達の仲なのに?つれないなぁ。って事で、皆!!こっちおいで」
「は?」
建人さんが眉間に皺を刻み、五条さんが明後日の方向に声を掛ける。
閉ざされて居た扉が開くと、一様に笑みを浮かべた親しい人たちの姿に私も目を見張った。
その表情はと言えばまるで悪戯が成功した子供のものにも近く、集った面々が一様に期待の眼差しを向ける。
きっと、これは今日何が起こるかを見越した五条さんが用意してくれたサプライズなのだろう。
祝い事は共有した方が楽しい。
そう掲げた持論に、建人さんさえも驚くばかりで。
背後から灰原さんに抱きつかれても、今のその表情は穏やかに綻んでいた。
家入さんも私の隣にやってくる。
肩を軽く叩かれ、口元は優しげな弧を描いた。
伊地知さんに至っては以前と同様に既にハンカチで目元を押さえており、そんな彼の隣てわ夏油さんが苦笑して居た。
「……皆さん、来てくれたんですね」
「勿論だよ。七海っ、おめでとう」
「おやおや、灰原。それはまだ気が早いよ。私達はまだ何も知らない事になって居るからね」
「え?あはは。そうでした」
「じゃあ、改めて聞こうか。二人が何を報告してくれるのかを」
一同が向かい合う様に五条家さんの元に集う。
此処に至るまで、様々な切っ掛けを与えてくれた大切な人達の視線が私達二人に注がれる。
互いに顔を見合わせた。
してやられたと言わんばかりに建人さんは小さく肩を竦めたけれど、その口角は少しだけ上がって居てその喜びを露わにする。
言ってしまえば私情だ。
おめでとう、そのひと言が貰えたら十分で、本来ならば私達から出向くのが筋だとも思う。
しかし、五条さんの声掛け一つで我が事の様に駆けつけてくれたこの人達は、本当に強い絆で結ばれて居るのだろう。
繋いだ手が、じんわりと暖かい。
私達はその場で立ち上がるとそれぞれに視線を送り、今一度互いを見つめたあった後に声を揃えた。
「私達、結婚します」
「そう来なくっちゃね」
背後にでも隠して居たのか。
乾いた大きな音が響き、紙吹雪が舞った。
一斉に鳴らされたクラッカーの音に驚いたものの、口々に紡がれる祝いの言葉に目頭が熱くなる。
あれよあれよと言う間に、一体何処に隠して居たのか。
リビングには祝いの席だと言ってお酒やら料理、ケーキまでが並んで行く。
急な話だったからと、急ぎ買って来たらしい結婚情報誌はその場で開封され、婚姻届はその場で記入しろと急かされた。
そうなれば証人欄は誰が書くか。
その不毛な争いに、如何に自身が建人さんと親しいかを五条さんと灰原さんが語り、その隙に私の欄には家入さんがしれっと記名してくれた。
「良かったな。真那」
「はい、ありがとうございます」
「あ、でも仕事はまだ続けてくれ。七海も良いだろ?君が居なくなったら私の二日酔い対策が無くなる」
「私は構いませんよ。毎日迎えに行きますので」
本音は、家で待って居てくれたら。
建人さんはそうも考えたのかもしれない。
しかし、今の私が仕事を楽しんでいると感じて居るのならば、妥協とは少し違う気もするけれど容認してくれるのだろう。
人前だと言うのに肩を抱き寄せられた。
その様子に私は狼狽えるばかりだと言うのに、建人さんはどこ吹く風と言った様子で。
家入さんが遠い過去を偲ぶように目を細めた。
「式はこれからか?勿論、招待してくれるんだろ?」
「はい。その際は是非、皆さんにいらして頂けたら」
「ええ。その辺りに関してはこれから追々。真那の希望もありますし」
「具体的に考えては居るのか?」
建人さんの叶えられなかった過去をやり直そう。
そう告げた手前、私は彼に視線を向けた。
考えがない事も無いのだけれど私の口からはまだ明確な事は告げては居ない。
何より此処数日はただ今の幸せを噛み締める事ばかりで、指輪や引越し。
直近に片付けなければならない事も山の様にある。
先ずは一つ一つを終えてから。
そうも考えると言うのに、いざこうして祝福を与えられ、建人さんと繋がる一枚の紙を目の前にしてしまうと、途端に私の決意は瓦礫の様に崩れていく。
「あの、具体的な事はまだ何も。ですが、出来る事なら沢山の人を招くものより、こうして皆さんと幸せなひと時を過ごせたら素敵だなと……」
その刹那。
二人が目を瞬かせ、やがて穏やかな笑みを浮かべた。
私ならばそうするであろうと、初めから知って居たかの様に。
一人では頭の中でぼんやりと考えるだけだった人生最大の日は、言葉にした瞬間。
明確なものへと姿を変えて。
是非そうしましょう。
建人さんがそう言葉を掛けると、まだ白紙だった私たちの今後には途端に筆が走り始めていく。
「あ、ちょっと!!勝手に話進めないでよ。僕も式のこと話したい。ねぇ、六月は?ジューンブライドだっけ?折角ならそう言うのやろうよ」
「それはご自分の時にどうぞ。真那の希望が最優先ですので」
「……素敵、だと思います。ですが、今からとなるときっと来年になってしまうので」
「僕を誰だと思ってんの。その辺は任せなさい」
物語の仕掛け人が意味ありげに口角を上げた。
未だ男泣きを続け、灰原さんに宥められる伊地知さんの元へ向かう。
和やかな宴。
誰しもがその顔に笑みを浮かべ、私達も未来に希望を抱いた。
そうして、巻き込んだと言うより自ら首を突っ込んできた五条さんの提案によって、朧げだった私達の夢に見た門出の日が少しずつ輪郭を浮き彫りにさせていく。