永遠という名の愛
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
この胸の衝動を伝える術があるのだとしたら、それは言葉と行動。
果たしてどちらの方が適切なのだろうか。
絡み合った舌が劣情を煽り、漏れるのは私の吐息と建人さんが押し留めて居た愛の言葉。
薄寒いと感じた筈の身体は熱を帯び、馴染んだ視界の中で鮮やかな色だけが私の視界を覆う。
いつも優しく触れてくれる無骨な手が、今日はより一層。
慈しむ様に私を絡め取った。
艶のある溜息と共に、建人さんの鼓動が大きく鳴り響き。
思考すら放棄した建人さんが、そのまま私を抱き上げた。
理性的な人がそれを手放したら、こんなにも獣じみた豹変を遂げるのかと頭の片隅でぼんやり考えて居た気がする。
傾れ込む様にベッドに向かい、互いを貪る様に肌を重ねた。
明日の事など気にも留めず、今抱えた想いだけを全力でぶつけるかの様に。
浮き上がる白い肌に酷い傷跡を刻んで、私は彼に縋り付いていた覚えしかない。
幾度も名前を呼んだし、幾度も愛を囁いた。
その度に妖艶に細まる翡翠は焔の如く揺らめき、私を追い詰めて。
意識も朦朧となった私が目覚めた時には、すっかり空は宵闇に包まれ、静まり返って居た。
「……けん、とさん……?」
喉が張り付き、声が上手く出せなかった。
僅かに動くだけでも身体が軋み、気怠さが纏わりつく。
けれど、それは全く苦になるものではなく。
例えば痛みであったとしても、今の私は喜びを見出すのだろう。
掠れた声で、暗闇の中にも浮かび上がる金色を探した。
けれど、二人でも身を寄せ合えばゆとりのあるベッドに今は私一人で。
彼の残したであろう温もりだけが、その存在を確かなものにする。
不安に駆られて、上着を羽織った私はよろけながらもその姿を探して彷徨った。
リビングに向かうと煌々とした灯りが扉の隙間から漏れ居て。
耳をそば立てると、彼の一人ごちる声が聞こえた。
それは自問自答と言えば良いのだろうか。
端端に聞こえる結婚、プロポーズと言う単語は先程の言葉を明確にしたもので。
神妙な顔をしてテーブルに肘をつき、一点を見据える今の彼は、きっと私の存在にすら気付いては居ないのだろう。
私はあの言葉だけでも十分すぎるほどに嬉しかったと言うのに。
どうやら、彼の中で先程の言葉は過去に紡いだ言葉を反芻しただけのもので、将来を誓い合うものには相当しないらしい。
ほんの少し、扉に手を添えると視界が開ける。
小さく鳴った音に建人さんは肩を揺らし、一度私に注がれた視線は少しばかり泳いでいた。
「真那。起きたんですか……?」
「はい。そうしたら建人さんが居なかったので、探しに来ちゃいました。ごめんなさい、盗み聞きみたいな真似を……」
「すみません。少し考え事を……。聞いて、居ましたか?」
駆け寄った建人さんに身を委ね、胸元で一つ頷くと頭上から大きな溜息が聞こえた。
その様子は肩を落としたものにも思えて、見上げた私の視界を遮った。
しかし、気まずそうに私から顔を背けたものの、指の間から僅かに覗く肌は赤らんでいる。
これはどうやら私の予想が的中したと言っても良いのだろうか。
隠れる様に肩口に額を擦り付けた建人さんの髪が、肌を擽った。
指通りの良い髪を遊ばせると、甘える様に彼は私に擦り寄る。
普段からは想像もつかない態度は酷く私の母性を刺激して。
つい先程ベッドで共に過ごした彼とは、まるで別人の様にも感じてしまった。
「……建人、さん?」
「あまり見ないでください。……クソ。アナタの事になると、どうにも感情ばかりが先走ってうまく行かない。あんな衝動的なものでは無く、ちゃんしたプロポーズを。そう、考えたのですが……。どうにも、考えあぐねてしまって」
顔を引き上げると、その肌はまだ赤みを帯びて居た。
視線は伏せられたまま。
私のものと絡む事は無く眉根を下げて肩を落とす。
悪態をつく姿なんて、これまで私は見た事がない。
それなのに、苦虫を噛み潰した様な顔をする彼がどうにも可愛らしく思えてならなかった。
きっと彼は昔と同じ形では無く、別の場所と言葉を用意しようとして居たのだろう。
何故ならばそれは彼にとっては一度私に伝えた言葉なのだから。
けれど、私はその事すら知りはしない。
彼がどんな場所で。
どんな言葉で、私にプロポーズしてくれたのかも。
知るのは言葉に乗せられた想いだけで、その記憶が私の中には片鱗もない事が今は少し口惜しい。
私の手を取った彼が、愛の言葉と共に左手の薬指に口付けを落とす。
最早、堰き止めるものが無くなった建人さんからは、その言葉を既に幾度も聞いて居て。
どうにも擽ったい気持ちに襲われ私は、丸くなった大きな身体を腕を広げて包み込んだ。
「その気持ちだけでも十分嬉しいです。ですが、もし。嫌じゃないなら……。建人さんが叶えられなかった事を、もう一度やり直しませんか?同じ事が悪いなんて思わないでください。私にとっては全部初めてですから。建人さんの知る昔の私の事も、教えて欲しいです。一緒にどんな事をして、何を語って、どう過ごしたかを。今と違う環境に身を置きながらも、私達が育んだものを、私も知りたいんです」
腕の中で、言葉を詰まらせた建人さんが微かに震えて居た。
私に回された腕が、肯定の意思を示して胸を撫で下ろす。
私が私である事に意義がある。
建人さんがそう言ってくれた様に、私もまた、叶えられなかった彼の幸せの軌跡を辿りたいと思った。
きっと今の生活とあまり差異は無いのかも知れない。
これ以上に幸せな事だなんて、私には想像もつかない。
けれど、今し方。
ほんの少しだけ垣間見た彼の姿は、どれも私が知らないものばかりで。
そんな姿を、もっともっと知りたいと思う。
そしてその先に成し得なかった幸せを見出せた時。
かつての私達の想いはやっと本当の意味で報われるのではないかとすら考える。
謂わばそれは今の建人さんが前を向くための通過儀礼であり、過去の自分に向けた餞だ。
これが他人だったとしたのなら、きっと私は嫉妬に身を焦がしていたのかも知れない。
けれど、前世も今世も。
建人さんが私だけを探し求めて、もう一度手を取り合ってくれると言うのならば。
私も彼の過去に寄り添いながら生きていきたいと願うのは不自然な事ではないだろう。
「本当に、アナタには敵いませんね。今も昔も……。私は救われてばかりだ」
「愛してます、建人さん」
「ええ、私もです」
やっと顔を上げてくれた時。
建人さんは実に複雑な表情をしていた。
今にも泣き出しそうで、それでいて胸の支えの取れた様な。
穏やかな表情からは、苦悩も憂慮も感じられず、まるで曇天の合間から光が降り注いだかの様な優しい色に満ちて居た。
年齢を考えれば彼の方が少し上だし、建人さんの方が余程理性的だと思う。
落ち着いたも物腰もその見た目に相応しく、年齢以上に成熟した雰囲気を醸し出すと言うのに。
私の知らない一面を知る度に、湧水の如く溢れる思慕の湖に新たな波紋を呼ぶ。
そうして枯れる事などなく、とめどなく溢れて。
私達は互いを潤すのだろう。
過去も、今も、この先も。
そうあるべきで、こうして生きていくしか道がないとすら思える。
これが運命だと言うのならば、私の過去もきっと報われる。
それ程に今が満ち足りて、言葉には言い表せないほどの喜びを刹那の時にも噛み締めて居るのだから。
見つめ合った私達はどちらもとなく唇を重ねる。
それは先程の互いを求め、貪る様なものではなく。
まるで誓いにも似た穏やかなものだった。
「アナタが良ければ、近い内に指輪を見に行きませんか?……それと、もう一つ」
「どうしました?」
「出来る事なら、一緒に暮らしたい。それこそが私が待ち望み、叶えられなかった事なんです。結婚を間近に控え、アナタは何度も自宅に脚を運んでくれました。週末には今の様に泊まる事もしばしばあった。けれど、あれ程心待ちにしていたと言うのに。……終ぞ、共に生活する事はありませんでした」
一度は顔を綻ばせてくれた建人さんが、再び哀愁を帯びてリビングを見渡した。
一人暮らしの男性にしては少し広すぎる部屋は、誰かと共に生活する事を前提としたものだ。
初めて訪れた時。
既視感を抱き、私が素敵だと溢した言葉に微笑んだ建人さんの姿が過る。
そうして、今になって私はやっと気が付いた。
私の好みのもので溢れていたこの空間こそが、建人さんが自ら身を置いた牢獄そのものだったのだと。
あの時、建人さんは幾度も引っ越しを繰り返したと溢して居た。
焦がれた空間は彼の望みそのもので、無惨に散った愛の塊と同義だ。
記憶を頼りにどれだけ同じものを揃えたとして、似た景色を見たとして。
其処に居るべき人間が居ない孤独は、堪え難いものに違いない。
それでも、諦めきれなかった追憶の日々が建人さんを駆り立てたのならば。
それこそが私にとっては一番の言葉であり、拒む理由など何処にあるのだろうか。
まだ建人さんは過去に怯えて居る。
その事実だけはどうしようもない。
例え私が覚えて居なくとも。
知らなくとも、彼にとってそれは間違いなく存在するものであり、積み重なる幸福の僅かな隙間を縫って彼を苛む。
その蔦を取り除いてやれるのは自惚れでも、傲慢でもなく、私だけとなるのだろう。
「はい。少しずつ荷物を此方に移します。暫くは色々と忙しくなりますね。早い内に、皆さんにも報告に伺わないと」
「ええ。そうしましょう。非常に不本意ですが、五条さんの所には一番に行かないと。あの人相手だと、本当に末代まで祟られそうですから」
「ふふ、そうですね。……これから、毎日がもっと楽しみになります」
「私もです。さぁ、もう寝ましょう。今日は、きっと幸せな夢を見れる気がします」
「はい、私もです」
肩を竦めた建人さんの表情は穏やかなものへと変わって居た。
言葉にしなくとも、まだ不安を抱えて居る事は聞くまでもない。
それでも、私達はこの手を離す事など出来はしないのならば、何処までも心のままに運命に従うしかないのだろう。
寝室までのほんの僅かな距離ですら、私達は手を繋いだ。
ベッドに滑り込むと向き合って互いの身体を抱き寄せ、温もりと目一杯の愛情に包まれる。
いっそ眠る事すら惜しかった。
これから共に生活を送ると言うのに、僅かに会えない時間すらも互いを恋しく感じてしまう。
社会人である以上、浮かれすぎて寝不足だなんて事は避けて通りたい。
それなのに労働はクソだ。
そんな言葉を溢すくらいには、今日の建人さんは少し我儘になってしまったらしい。
あまりの驚きに私はその場で肩を揺らす。
けれど一向に眉間の皺がなくなる事は無く、唇を寄せるとやっと僅かにその表情が和らいでいく。
互いの温もりを、鼓動を揺籠にした。
その日の私達は、きっと同じ幸福の中。
同じ未来を見据えて。
これまでの全てが報われた様な、優しい夢に抱かれたに違いない。
果たしてどちらの方が適切なのだろうか。
絡み合った舌が劣情を煽り、漏れるのは私の吐息と建人さんが押し留めて居た愛の言葉。
薄寒いと感じた筈の身体は熱を帯び、馴染んだ視界の中で鮮やかな色だけが私の視界を覆う。
いつも優しく触れてくれる無骨な手が、今日はより一層。
慈しむ様に私を絡め取った。
艶のある溜息と共に、建人さんの鼓動が大きく鳴り響き。
思考すら放棄した建人さんが、そのまま私を抱き上げた。
理性的な人がそれを手放したら、こんなにも獣じみた豹変を遂げるのかと頭の片隅でぼんやり考えて居た気がする。
傾れ込む様にベッドに向かい、互いを貪る様に肌を重ねた。
明日の事など気にも留めず、今抱えた想いだけを全力でぶつけるかの様に。
浮き上がる白い肌に酷い傷跡を刻んで、私は彼に縋り付いていた覚えしかない。
幾度も名前を呼んだし、幾度も愛を囁いた。
その度に妖艶に細まる翡翠は焔の如く揺らめき、私を追い詰めて。
意識も朦朧となった私が目覚めた時には、すっかり空は宵闇に包まれ、静まり返って居た。
「……けん、とさん……?」
喉が張り付き、声が上手く出せなかった。
僅かに動くだけでも身体が軋み、気怠さが纏わりつく。
けれど、それは全く苦になるものではなく。
例えば痛みであったとしても、今の私は喜びを見出すのだろう。
掠れた声で、暗闇の中にも浮かび上がる金色を探した。
けれど、二人でも身を寄せ合えばゆとりのあるベッドに今は私一人で。
彼の残したであろう温もりだけが、その存在を確かなものにする。
不安に駆られて、上着を羽織った私はよろけながらもその姿を探して彷徨った。
リビングに向かうと煌々とした灯りが扉の隙間から漏れ居て。
耳をそば立てると、彼の一人ごちる声が聞こえた。
それは自問自答と言えば良いのだろうか。
端端に聞こえる結婚、プロポーズと言う単語は先程の言葉を明確にしたもので。
神妙な顔をしてテーブルに肘をつき、一点を見据える今の彼は、きっと私の存在にすら気付いては居ないのだろう。
私はあの言葉だけでも十分すぎるほどに嬉しかったと言うのに。
どうやら、彼の中で先程の言葉は過去に紡いだ言葉を反芻しただけのもので、将来を誓い合うものには相当しないらしい。
ほんの少し、扉に手を添えると視界が開ける。
小さく鳴った音に建人さんは肩を揺らし、一度私に注がれた視線は少しばかり泳いでいた。
「真那。起きたんですか……?」
「はい。そうしたら建人さんが居なかったので、探しに来ちゃいました。ごめんなさい、盗み聞きみたいな真似を……」
「すみません。少し考え事を……。聞いて、居ましたか?」
駆け寄った建人さんに身を委ね、胸元で一つ頷くと頭上から大きな溜息が聞こえた。
その様子は肩を落としたものにも思えて、見上げた私の視界を遮った。
しかし、気まずそうに私から顔を背けたものの、指の間から僅かに覗く肌は赤らんでいる。
これはどうやら私の予想が的中したと言っても良いのだろうか。
隠れる様に肩口に額を擦り付けた建人さんの髪が、肌を擽った。
指通りの良い髪を遊ばせると、甘える様に彼は私に擦り寄る。
普段からは想像もつかない態度は酷く私の母性を刺激して。
つい先程ベッドで共に過ごした彼とは、まるで別人の様にも感じてしまった。
「……建人、さん?」
「あまり見ないでください。……クソ。アナタの事になると、どうにも感情ばかりが先走ってうまく行かない。あんな衝動的なものでは無く、ちゃんしたプロポーズを。そう、考えたのですが……。どうにも、考えあぐねてしまって」
顔を引き上げると、その肌はまだ赤みを帯びて居た。
視線は伏せられたまま。
私のものと絡む事は無く眉根を下げて肩を落とす。
悪態をつく姿なんて、これまで私は見た事がない。
それなのに、苦虫を噛み潰した様な顔をする彼がどうにも可愛らしく思えてならなかった。
きっと彼は昔と同じ形では無く、別の場所と言葉を用意しようとして居たのだろう。
何故ならばそれは彼にとっては一度私に伝えた言葉なのだから。
けれど、私はその事すら知りはしない。
彼がどんな場所で。
どんな言葉で、私にプロポーズしてくれたのかも。
知るのは言葉に乗せられた想いだけで、その記憶が私の中には片鱗もない事が今は少し口惜しい。
私の手を取った彼が、愛の言葉と共に左手の薬指に口付けを落とす。
最早、堰き止めるものが無くなった建人さんからは、その言葉を既に幾度も聞いて居て。
どうにも擽ったい気持ちに襲われ私は、丸くなった大きな身体を腕を広げて包み込んだ。
「その気持ちだけでも十分嬉しいです。ですが、もし。嫌じゃないなら……。建人さんが叶えられなかった事を、もう一度やり直しませんか?同じ事が悪いなんて思わないでください。私にとっては全部初めてですから。建人さんの知る昔の私の事も、教えて欲しいです。一緒にどんな事をして、何を語って、どう過ごしたかを。今と違う環境に身を置きながらも、私達が育んだものを、私も知りたいんです」
腕の中で、言葉を詰まらせた建人さんが微かに震えて居た。
私に回された腕が、肯定の意思を示して胸を撫で下ろす。
私が私である事に意義がある。
建人さんがそう言ってくれた様に、私もまた、叶えられなかった彼の幸せの軌跡を辿りたいと思った。
きっと今の生活とあまり差異は無いのかも知れない。
これ以上に幸せな事だなんて、私には想像もつかない。
けれど、今し方。
ほんの少しだけ垣間見た彼の姿は、どれも私が知らないものばかりで。
そんな姿を、もっともっと知りたいと思う。
そしてその先に成し得なかった幸せを見出せた時。
かつての私達の想いはやっと本当の意味で報われるのではないかとすら考える。
謂わばそれは今の建人さんが前を向くための通過儀礼であり、過去の自分に向けた餞だ。
これが他人だったとしたのなら、きっと私は嫉妬に身を焦がしていたのかも知れない。
けれど、前世も今世も。
建人さんが私だけを探し求めて、もう一度手を取り合ってくれると言うのならば。
私も彼の過去に寄り添いながら生きていきたいと願うのは不自然な事ではないだろう。
「本当に、アナタには敵いませんね。今も昔も……。私は救われてばかりだ」
「愛してます、建人さん」
「ええ、私もです」
やっと顔を上げてくれた時。
建人さんは実に複雑な表情をしていた。
今にも泣き出しそうで、それでいて胸の支えの取れた様な。
穏やかな表情からは、苦悩も憂慮も感じられず、まるで曇天の合間から光が降り注いだかの様な優しい色に満ちて居た。
年齢を考えれば彼の方が少し上だし、建人さんの方が余程理性的だと思う。
落ち着いたも物腰もその見た目に相応しく、年齢以上に成熟した雰囲気を醸し出すと言うのに。
私の知らない一面を知る度に、湧水の如く溢れる思慕の湖に新たな波紋を呼ぶ。
そうして枯れる事などなく、とめどなく溢れて。
私達は互いを潤すのだろう。
過去も、今も、この先も。
そうあるべきで、こうして生きていくしか道がないとすら思える。
これが運命だと言うのならば、私の過去もきっと報われる。
それ程に今が満ち足りて、言葉には言い表せないほどの喜びを刹那の時にも噛み締めて居るのだから。
見つめ合った私達はどちらもとなく唇を重ねる。
それは先程の互いを求め、貪る様なものではなく。
まるで誓いにも似た穏やかなものだった。
「アナタが良ければ、近い内に指輪を見に行きませんか?……それと、もう一つ」
「どうしました?」
「出来る事なら、一緒に暮らしたい。それこそが私が待ち望み、叶えられなかった事なんです。結婚を間近に控え、アナタは何度も自宅に脚を運んでくれました。週末には今の様に泊まる事もしばしばあった。けれど、あれ程心待ちにしていたと言うのに。……終ぞ、共に生活する事はありませんでした」
一度は顔を綻ばせてくれた建人さんが、再び哀愁を帯びてリビングを見渡した。
一人暮らしの男性にしては少し広すぎる部屋は、誰かと共に生活する事を前提としたものだ。
初めて訪れた時。
既視感を抱き、私が素敵だと溢した言葉に微笑んだ建人さんの姿が過る。
そうして、今になって私はやっと気が付いた。
私の好みのもので溢れていたこの空間こそが、建人さんが自ら身を置いた牢獄そのものだったのだと。
あの時、建人さんは幾度も引っ越しを繰り返したと溢して居た。
焦がれた空間は彼の望みそのもので、無惨に散った愛の塊と同義だ。
記憶を頼りにどれだけ同じものを揃えたとして、似た景色を見たとして。
其処に居るべき人間が居ない孤独は、堪え難いものに違いない。
それでも、諦めきれなかった追憶の日々が建人さんを駆り立てたのならば。
それこそが私にとっては一番の言葉であり、拒む理由など何処にあるのだろうか。
まだ建人さんは過去に怯えて居る。
その事実だけはどうしようもない。
例え私が覚えて居なくとも。
知らなくとも、彼にとってそれは間違いなく存在するものであり、積み重なる幸福の僅かな隙間を縫って彼を苛む。
その蔦を取り除いてやれるのは自惚れでも、傲慢でもなく、私だけとなるのだろう。
「はい。少しずつ荷物を此方に移します。暫くは色々と忙しくなりますね。早い内に、皆さんにも報告に伺わないと」
「ええ。そうしましょう。非常に不本意ですが、五条さんの所には一番に行かないと。あの人相手だと、本当に末代まで祟られそうですから」
「ふふ、そうですね。……これから、毎日がもっと楽しみになります」
「私もです。さぁ、もう寝ましょう。今日は、きっと幸せな夢を見れる気がします」
「はい、私もです」
肩を竦めた建人さんの表情は穏やかなものへと変わって居た。
言葉にしなくとも、まだ不安を抱えて居る事は聞くまでもない。
それでも、私達はこの手を離す事など出来はしないのならば、何処までも心のままに運命に従うしかないのだろう。
寝室までのほんの僅かな距離ですら、私達は手を繋いだ。
ベッドに滑り込むと向き合って互いの身体を抱き寄せ、温もりと目一杯の愛情に包まれる。
いっそ眠る事すら惜しかった。
これから共に生活を送ると言うのに、僅かに会えない時間すらも互いを恋しく感じてしまう。
社会人である以上、浮かれすぎて寝不足だなんて事は避けて通りたい。
それなのに労働はクソだ。
そんな言葉を溢すくらいには、今日の建人さんは少し我儘になってしまったらしい。
あまりの驚きに私はその場で肩を揺らす。
けれど一向に眉間の皺がなくなる事は無く、唇を寄せるとやっと僅かにその表情が和らいでいく。
互いの温もりを、鼓動を揺籠にした。
その日の私達は、きっと同じ幸福の中。
同じ未来を見据えて。
これまでの全てが報われた様な、優しい夢に抱かれたに違いない。