永遠という名の愛
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靴を脱ぐ事すら億劫だった。
玄関で抱き合い、性急に繰り返される口付けは何処までも甘く感じる。
こんなにも貪る様に。
強欲な迄に相手を求める衝動があるなんて事を、これまで私は知らなかった。
刹那でも離れるのが惜しくて。
肌が触れる度に、その温もりを感じる度に。
全身が歓喜を露わにする。
途方もなく離れ難いと思うのに。
脚は震えて、その場に立ち続けるだけの事が今はとても難しい。
七海さんが唇を啄む度に一歩後ろに身を引いた。
しかし、追い詰める様に七海さんが距離を詰めて。
やがて私は扉と彼の間に挟まれる形となり逃げ場を失う。
顎を掬われ、腰に手を回されて居たはずだった。
それなのにいつのまにか両手を絡め取られ、扉に縫い付けられる。
身体の力は抜けていくのに、肌は発火したかの様に熱を帯びた。
口内を翻弄する分厚い舌にただ翻弄されるばかりで、呼吸の仕方すら忘れてしまいそうになる。
唇がが僅かに離れると、私達を繋ぐ銀の糸がぷつりと切れた。
だらしなく開いた口が酸素を欲して戦慄く。
脚元は既に覚束なくなり、壁に凭れなければ立って居る事すら儘ならない。
それなのに、七海さんは追い討ちを掛けるかの様に再び私の唇を塞いで行く。
幾度も幾度も。
繰り返される口付けは蕩けそうな程で、その熱に浮かされた私からは、媚びる様な高く濡れた声が漏れて居た。
「……七海、さんっ」
「あまり煽らないで下さい。このまま手放せなくなる……っ」
翡翠の瞳が苦悶の色を宿す。
熱に浮かされながら捉えた手を離す事なく、私を見据えて。
その姿が獣を思わせる。
理解出来るのは、今にも金色の猛獣な自分を食らい尽くそうとして居る事だけだった。
それでも構わなかった。
全てを捧げても惜しくないと思える程の恋を。
尽きることのない果てない愛情を。
この人に伝える術があるのならば、私は手段を厭うことは無いのだろう。
「……お願いです。もう、離さないでください」
いつだったか。
深く、深く誰かに向けてそんな事を望んだことがあった気がする。
いっそ溶け合ってしまえたら良いのに。
そう思える程の激情を胸に抱いて居た。
ぼんやりとではあったものの、それが七海さんなのでは無いかと確信めいたものを感じ続けて。
今まさに、その願いが叶おうとして居るのだろうか。
一度自宅に向かうと言ってくれた配慮すら、私の中ではどうでも良くなり始める。
剥き出しの衝動は爪を研ぎ、七海さんの服に深い皺を刻む。
精一杯の背伸びをして、言葉にならない想いを唇に託した。
まるで小鳥が蜜を啄む様に。
先程のお返しを懸命にする私の姿に、七海さんの瞳もまた濡れていく。
互いが互いを欲して止まず、荷物すら投げ出した七海さんは私の腕を引いた。
縺れた脚から靴が脱げて、リビングに至るまでの軌跡を描き、七海さんは私を抱き竦めたまま。
自身の背丈に合わせたのであろう、広いベッドに身を投げる。
スーツも、メイクも、この後必要になるはずの色々な事でさえ今の私達の抱えた衝動の前に藻屑となる。
互いの息遣いだけが室内に木霊して。
窓から覗く月からさえも身を隠す様に、七海さんが乱雑に室内の帳を下ろした。
「……な、なみ、さん……」
「……愛しています。愛してる。真那……っ」
その音は赦しを乞うように切実で、とめどなく溢れるの愛おしさを湛えて居た。
今にも泣き出しそうな程に精悍な顔は歪み、まるで幼子のように怯えて居るようにも思える。
譫語の様に愛を呟く様は狂気にも近い。
それなのに、私にはただその姿が愛おしく思えてならなかった。
覆い被さる様に私に翳りを齎す身体が、何故かとても小さく見える。
それは何かに怯えて居るものの様にも見えて。私は手を伸ばすと七海さんの頬を包み込んだ。
「……私も、愛してます。……建人さん」
その時の七海さんの表情を、なんと表側したら良いのだろう。
歓喜と、畏れ。
そして罪悪感の中に、驚喜が混ざり合った様な。
とても複雑なものだった様な気がする。
たった一筋。
音もなく伝う涙が、その胸の内の全てを語ってくれた様な気がした。
これまで誰にも見せた事が無いとすら思える、理性的な七海さんが私にだけ向けた本質。
それは海よりも深く、空よりも大きい愛の塊だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一矢纏わぬ姿で目を覚ました時。
温かい胸に抱かれて居る自分の姿を、遠くから眺めた様な気がした。
こんな当たり前があった筈だったのだと、漠然とそう考えて。
私はその思いにそっと蓋をする。
例えば夢の中のあの人と七海さんが別人だったとしても、構わない。
そう思える程に、今の私がこの人を深く愛して居る事実は変わらないのだから。
気を失う様に眠りについてしまったけれど不思議と不快感はなかった。
七海さんの髪も整えられたものではなくなって居て。
きっとその後に世話を焼かせてしまったのだろうと、唐突に気恥ずかしさに襲われて。
私が隠れる様に胸元に擦り寄ると、抱き寄せられた素肌に昨夜の熱を思い返す。
「……起きたんですか?」
「……はい」
頭上から降り注いだ、微睡んだような低い声。
そんな響きを聞ける事に、私は至福を見出す。
カーテンの隙間からは爽やかな日差しが顔を覗かせ、腕の中で丸くなる私をシーツで包む様にして七海さんが私達の間にあった僅かな隙間を埋める。
指の背が擽るように頬を撫で、肩を竦めた。
彼の香りで肺を満たすと、顔を引き上げようとする手に、私は緩く首を振る。
それは決して拒んでいる訳ではなかった。
ただ、今更になってどうしようもない羞恥心に襲われて。
どんな顔をしたら良いのか判然としない。
「顔を、見せてはくれませんか?」
「……今は、その」
「どうか、お願いします」
それなのに、乞う様に言葉を掛けられると私はそれに従ってしまう。
未だ微睡みを携えながらも細まって行く翡翠。
蜜を落とした様な淡い色が、燦々と注ぐ光に照らされて私の心を鷲掴む。
一つ、贈られた口付けに私は顔を赤らめた。
再び隠れる様に胸の中に逃げ込もうとすると、肩を揺らした七海さんに阻まれて。
その表情は私の宿すものとよく似て居る。
額に、瞼に。
愛おしむ様に唇が降り注ぐ。
最後にもう一度。
唇を触れ合わせると私の後頭部に手を添えて、その腕に抱かれた。
込み上げた感情を抑える様に吐息を溢した七海さんの鼓動が先程よりも早いものに感じて、私はそっと耳を傾ける。
「おはようございます。真那」
「……おはよう、ございます。あの、七海さん。お仕事は……」
「有給にしました。こんな日に仕事をしたとしても、きっと私は浮かれきってそれ所では無いでしょうから」
自嘲めいた笑みを浮かべながらも、七海さんの声は沈んだものには聞こえなかった。
それどころか、まるでベッドに根を生やしたように動き出す気配すら感じさせず。
七海さんは私が思って居る以上に、こう言った戯れを大切にして居るのだろう。
私もまた、この恥じらいながらもこの空気に包まれる事を願ってしまった。
よくよく時計を見れば、普段の私でも遅刻と言える時刻となっており、もしかしたら、有給は取らざるを得なかったのかもしれない。
そう思うと、自らの唐突な行いに自責の念すら抱く。
私が自宅に行きたいなどと言い出さなければきっと今の私達は存在しないのだから。
しかし、七海さんはそんな私の思考すら読み解いたように柔和な笑みを浮かべる。
心底大切にして居る宝物にでも触れるかの如く。
無骨な指からは想像もつかない程に、その仕草は優しいものだった。
「愛しています」
その言葉がまるで陽だまりに包まれたかのように、私の胸に温もりを宿した。
幾度も感じる既視感は、蓋をしたばかりの夢の記憶を彷彿させる。
まるでかつて経験した事をそのまま再現したかのような不思議な感覚がして。
やはり、夢のあの人の姿が七海さんと重なって行く。
根拠も確証も無く、あるのは己の確信だけなのに、何かを訴え掛けられて居るような気がしてならない。
今、私の中に幸せがあるのならば、それで良いと思うのに。
思い出せそうで、思い出せない。
靄が掛かったかのように全貌が露わになる事の無い景色がチリチリと私の胸を灼いた。
「どうかしましたか?痛む所でも?」
「あ、違うんです。ごめんなさい。少し、考え事を……」
「悩み事があるのならば幾らでも相談に乗りますが、今は少しばかり此方を見ては貰えませんか?」
折角の幸せなひと時。
答えの出ない難題に気を取られてしまうのはあまりにも惜しい。
甘えると言うのは些か相応しく無いと思えたものの、今の七海さんの姿は限りなくそれに近いものに感じて。
私は、さらさらと揺れる髪に手を伸ばした。
普段は余程きっちり纏めているのか。
柔らかで指の間をすり抜けて行く感触に、私は暫し夢中になって居た。
しかし、身を委ねてくれたのも束の間の話で。
七海さんの求めるものはもっと別のところに存在したらしい。
シーツに包まれた私の身体を七海さんが僅かに持ち上げる。
胸元にしなだれる様になった私の髪を今度は七海さんが指に絡めて遊ばせて居た。
限りなく漆黒に近い私の髪は七海さんの白い肌の上では一層際立って見える。
「……七海、さん?」
「おや。どうやら呼び方は、戻ってしまったんですね」
残念だと、言葉の端端にその想いが滲んでいた様に思う。
衝動に身を委ねた昨夜、私はずっと今とは違う形で七海さんを名前を紡ぎ求め続けた。
七海さんもいつの間にか私の事を名前で呼ぶ様になり、その短い音が響く時。
この上なく、自身の名前が特別なものの様に感じる事が出来た。
きっと私に無理強いをするつもりは無いのだろう。
けれど、眉尻を下げる姿はどうにもチクチクと胸に痛みを齎した。
シーツを胸元に手繰り寄せながら、私は少し身を起こす。
そうして気がついたのは、やはり髪型一つ違うだけで七海さんの雰囲気ががらりと変わると言う事だろうか。
普段の整った姿も素敵だと思う。
しかし、私はやはり彼の内側に居る人間だと感じ取れるこの姿に強く惹かれる。
相手の呼び方と言うのは、その人との関係性を表す指標と言っても良い。
だからこそ、きっと彼も私の呼び方を変えて行ったのだろうから。
そうして七海さんも、私にその居場所を与えようとしてくれているのだと歓喜に胸が沸いた。、
「あ、その……。昨日みたいに、呼んでも良いですか……?」
「ええ。そうしてくれると、私は嬉しいです」
「……はい。建人さん」
頬を染め、はにかみながら私は笑みを浮かべる。
そして、半身を起こした建人さんもまた、喜びを顔に湛えた。
私が七海さんの視点を僅かに楽しんでいると、まるでその場所は私のものだと言わんばかりに七海さんが再び私をベッドに縫い付けていく。
戯れは終わりを迎える気配など微塵も見せず、悪戯に唇を掠め取られては仕返しと言わんばかりに同じ事を繰り返す。
私達はまるで初恋が叶った少年少女の様な心地でその日の殆どを寝室で甘く過ごした。
この時、私達は互いに明確な言葉を交わす事は無くて。
交際を申し込むという手順すら踏んではいなかった筈だ。
しかし、それは瑣末な事で。
明確な言葉など最早必要なかったのかもしれない。
別たれたものがあるべきも形を取り戻したかの如く、自然とお互いをそう認識して、慈しんだ。
私達は出会うべくして出会ったとすら思う。
そんな運命的なものを感じて居たし、建人さんの周りの人達すらも私達が何れこうなるのでは無いかと思って居たと後に語ってくれた。
繋がった確かな想いと共に、私達の新たな関係は今。
始まりを迎えたばかりなのだから。
玄関で抱き合い、性急に繰り返される口付けは何処までも甘く感じる。
こんなにも貪る様に。
強欲な迄に相手を求める衝動があるなんて事を、これまで私は知らなかった。
刹那でも離れるのが惜しくて。
肌が触れる度に、その温もりを感じる度に。
全身が歓喜を露わにする。
途方もなく離れ難いと思うのに。
脚は震えて、その場に立ち続けるだけの事が今はとても難しい。
七海さんが唇を啄む度に一歩後ろに身を引いた。
しかし、追い詰める様に七海さんが距離を詰めて。
やがて私は扉と彼の間に挟まれる形となり逃げ場を失う。
顎を掬われ、腰に手を回されて居たはずだった。
それなのにいつのまにか両手を絡め取られ、扉に縫い付けられる。
身体の力は抜けていくのに、肌は発火したかの様に熱を帯びた。
口内を翻弄する分厚い舌にただ翻弄されるばかりで、呼吸の仕方すら忘れてしまいそうになる。
唇がが僅かに離れると、私達を繋ぐ銀の糸がぷつりと切れた。
だらしなく開いた口が酸素を欲して戦慄く。
脚元は既に覚束なくなり、壁に凭れなければ立って居る事すら儘ならない。
それなのに、七海さんは追い討ちを掛けるかの様に再び私の唇を塞いで行く。
幾度も幾度も。
繰り返される口付けは蕩けそうな程で、その熱に浮かされた私からは、媚びる様な高く濡れた声が漏れて居た。
「……七海、さんっ」
「あまり煽らないで下さい。このまま手放せなくなる……っ」
翡翠の瞳が苦悶の色を宿す。
熱に浮かされながら捉えた手を離す事なく、私を見据えて。
その姿が獣を思わせる。
理解出来るのは、今にも金色の猛獣な自分を食らい尽くそうとして居る事だけだった。
それでも構わなかった。
全てを捧げても惜しくないと思える程の恋を。
尽きることのない果てない愛情を。
この人に伝える術があるのならば、私は手段を厭うことは無いのだろう。
「……お願いです。もう、離さないでください」
いつだったか。
深く、深く誰かに向けてそんな事を望んだことがあった気がする。
いっそ溶け合ってしまえたら良いのに。
そう思える程の激情を胸に抱いて居た。
ぼんやりとではあったものの、それが七海さんなのでは無いかと確信めいたものを感じ続けて。
今まさに、その願いが叶おうとして居るのだろうか。
一度自宅に向かうと言ってくれた配慮すら、私の中ではどうでも良くなり始める。
剥き出しの衝動は爪を研ぎ、七海さんの服に深い皺を刻む。
精一杯の背伸びをして、言葉にならない想いを唇に託した。
まるで小鳥が蜜を啄む様に。
先程のお返しを懸命にする私の姿に、七海さんの瞳もまた濡れていく。
互いが互いを欲して止まず、荷物すら投げ出した七海さんは私の腕を引いた。
縺れた脚から靴が脱げて、リビングに至るまでの軌跡を描き、七海さんは私を抱き竦めたまま。
自身の背丈に合わせたのであろう、広いベッドに身を投げる。
スーツも、メイクも、この後必要になるはずの色々な事でさえ今の私達の抱えた衝動の前に藻屑となる。
互いの息遣いだけが室内に木霊して。
窓から覗く月からさえも身を隠す様に、七海さんが乱雑に室内の帳を下ろした。
「……な、なみ、さん……」
「……愛しています。愛してる。真那……っ」
その音は赦しを乞うように切実で、とめどなく溢れるの愛おしさを湛えて居た。
今にも泣き出しそうな程に精悍な顔は歪み、まるで幼子のように怯えて居るようにも思える。
譫語の様に愛を呟く様は狂気にも近い。
それなのに、私にはただその姿が愛おしく思えてならなかった。
覆い被さる様に私に翳りを齎す身体が、何故かとても小さく見える。
それは何かに怯えて居るものの様にも見えて。私は手を伸ばすと七海さんの頬を包み込んだ。
「……私も、愛してます。……建人さん」
その時の七海さんの表情を、なんと表側したら良いのだろう。
歓喜と、畏れ。
そして罪悪感の中に、驚喜が混ざり合った様な。
とても複雑なものだった様な気がする。
たった一筋。
音もなく伝う涙が、その胸の内の全てを語ってくれた様な気がした。
これまで誰にも見せた事が無いとすら思える、理性的な七海さんが私にだけ向けた本質。
それは海よりも深く、空よりも大きい愛の塊だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一矢纏わぬ姿で目を覚ました時。
温かい胸に抱かれて居る自分の姿を、遠くから眺めた様な気がした。
こんな当たり前があった筈だったのだと、漠然とそう考えて。
私はその思いにそっと蓋をする。
例えば夢の中のあの人と七海さんが別人だったとしても、構わない。
そう思える程に、今の私がこの人を深く愛して居る事実は変わらないのだから。
気を失う様に眠りについてしまったけれど不思議と不快感はなかった。
七海さんの髪も整えられたものではなくなって居て。
きっとその後に世話を焼かせてしまったのだろうと、唐突に気恥ずかしさに襲われて。
私が隠れる様に胸元に擦り寄ると、抱き寄せられた素肌に昨夜の熱を思い返す。
「……起きたんですか?」
「……はい」
頭上から降り注いだ、微睡んだような低い声。
そんな響きを聞ける事に、私は至福を見出す。
カーテンの隙間からは爽やかな日差しが顔を覗かせ、腕の中で丸くなる私をシーツで包む様にして七海さんが私達の間にあった僅かな隙間を埋める。
指の背が擽るように頬を撫で、肩を竦めた。
彼の香りで肺を満たすと、顔を引き上げようとする手に、私は緩く首を振る。
それは決して拒んでいる訳ではなかった。
ただ、今更になってどうしようもない羞恥心に襲われて。
どんな顔をしたら良いのか判然としない。
「顔を、見せてはくれませんか?」
「……今は、その」
「どうか、お願いします」
それなのに、乞う様に言葉を掛けられると私はそれに従ってしまう。
未だ微睡みを携えながらも細まって行く翡翠。
蜜を落とした様な淡い色が、燦々と注ぐ光に照らされて私の心を鷲掴む。
一つ、贈られた口付けに私は顔を赤らめた。
再び隠れる様に胸の中に逃げ込もうとすると、肩を揺らした七海さんに阻まれて。
その表情は私の宿すものとよく似て居る。
額に、瞼に。
愛おしむ様に唇が降り注ぐ。
最後にもう一度。
唇を触れ合わせると私の後頭部に手を添えて、その腕に抱かれた。
込み上げた感情を抑える様に吐息を溢した七海さんの鼓動が先程よりも早いものに感じて、私はそっと耳を傾ける。
「おはようございます。真那」
「……おはよう、ございます。あの、七海さん。お仕事は……」
「有給にしました。こんな日に仕事をしたとしても、きっと私は浮かれきってそれ所では無いでしょうから」
自嘲めいた笑みを浮かべながらも、七海さんの声は沈んだものには聞こえなかった。
それどころか、まるでベッドに根を生やしたように動き出す気配すら感じさせず。
七海さんは私が思って居る以上に、こう言った戯れを大切にして居るのだろう。
私もまた、この恥じらいながらもこの空気に包まれる事を願ってしまった。
よくよく時計を見れば、普段の私でも遅刻と言える時刻となっており、もしかしたら、有給は取らざるを得なかったのかもしれない。
そう思うと、自らの唐突な行いに自責の念すら抱く。
私が自宅に行きたいなどと言い出さなければきっと今の私達は存在しないのだから。
しかし、七海さんはそんな私の思考すら読み解いたように柔和な笑みを浮かべる。
心底大切にして居る宝物にでも触れるかの如く。
無骨な指からは想像もつかない程に、その仕草は優しいものだった。
「愛しています」
その言葉がまるで陽だまりに包まれたかのように、私の胸に温もりを宿した。
幾度も感じる既視感は、蓋をしたばかりの夢の記憶を彷彿させる。
まるでかつて経験した事をそのまま再現したかのような不思議な感覚がして。
やはり、夢のあの人の姿が七海さんと重なって行く。
根拠も確証も無く、あるのは己の確信だけなのに、何かを訴え掛けられて居るような気がしてならない。
今、私の中に幸せがあるのならば、それで良いと思うのに。
思い出せそうで、思い出せない。
靄が掛かったかのように全貌が露わになる事の無い景色がチリチリと私の胸を灼いた。
「どうかしましたか?痛む所でも?」
「あ、違うんです。ごめんなさい。少し、考え事を……」
「悩み事があるのならば幾らでも相談に乗りますが、今は少しばかり此方を見ては貰えませんか?」
折角の幸せなひと時。
答えの出ない難題に気を取られてしまうのはあまりにも惜しい。
甘えると言うのは些か相応しく無いと思えたものの、今の七海さんの姿は限りなくそれに近いものに感じて。
私は、さらさらと揺れる髪に手を伸ばした。
普段は余程きっちり纏めているのか。
柔らかで指の間をすり抜けて行く感触に、私は暫し夢中になって居た。
しかし、身を委ねてくれたのも束の間の話で。
七海さんの求めるものはもっと別のところに存在したらしい。
シーツに包まれた私の身体を七海さんが僅かに持ち上げる。
胸元にしなだれる様になった私の髪を今度は七海さんが指に絡めて遊ばせて居た。
限りなく漆黒に近い私の髪は七海さんの白い肌の上では一層際立って見える。
「……七海、さん?」
「おや。どうやら呼び方は、戻ってしまったんですね」
残念だと、言葉の端端にその想いが滲んでいた様に思う。
衝動に身を委ねた昨夜、私はずっと今とは違う形で七海さんを名前を紡ぎ求め続けた。
七海さんもいつの間にか私の事を名前で呼ぶ様になり、その短い音が響く時。
この上なく、自身の名前が特別なものの様に感じる事が出来た。
きっと私に無理強いをするつもりは無いのだろう。
けれど、眉尻を下げる姿はどうにもチクチクと胸に痛みを齎した。
シーツを胸元に手繰り寄せながら、私は少し身を起こす。
そうして気がついたのは、やはり髪型一つ違うだけで七海さんの雰囲気ががらりと変わると言う事だろうか。
普段の整った姿も素敵だと思う。
しかし、私はやはり彼の内側に居る人間だと感じ取れるこの姿に強く惹かれる。
相手の呼び方と言うのは、その人との関係性を表す指標と言っても良い。
だからこそ、きっと彼も私の呼び方を変えて行ったのだろうから。
そうして七海さんも、私にその居場所を与えようとしてくれているのだと歓喜に胸が沸いた。、
「あ、その……。昨日みたいに、呼んでも良いですか……?」
「ええ。そうしてくれると、私は嬉しいです」
「……はい。建人さん」
頬を染め、はにかみながら私は笑みを浮かべる。
そして、半身を起こした建人さんもまた、喜びを顔に湛えた。
私が七海さんの視点を僅かに楽しんでいると、まるでその場所は私のものだと言わんばかりに七海さんが再び私をベッドに縫い付けていく。
戯れは終わりを迎える気配など微塵も見せず、悪戯に唇を掠め取られては仕返しと言わんばかりに同じ事を繰り返す。
私達はまるで初恋が叶った少年少女の様な心地でその日の殆どを寝室で甘く過ごした。
この時、私達は互いに明確な言葉を交わす事は無くて。
交際を申し込むという手順すら踏んではいなかった筈だ。
しかし、それは瑣末な事で。
明確な言葉など最早必要なかったのかもしれない。
別たれたものがあるべきも形を取り戻したかの如く、自然とお互いをそう認識して、慈しんだ。
私達は出会うべくして出会ったとすら思う。
そんな運命的なものを感じて居たし、建人さんの周りの人達すらも私達が何れこうなるのでは無いかと思って居たと後に語ってくれた。
繋がった確かな想いと共に、私達の新たな関係は今。
始まりを迎えたばかりなのだから。