たとえ、どんなに
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伏黒 side
両面宿儺の件から早数週間。
虎杖を高専に迎えてから、俺の学年にはもう一人クラスメイトが入学してくる事になった。
一人だった教室がいつのまにか人数が増えると共に騒がしくなり、担任となった五条先生は相変わらずの有様で。
俺の苦労と眉間の皺が減る事は殆どない。
真那さんがもし生きて居たのなら、きっとこの賑やかな空間の中にアンタも居たんだろう。
初めは少し戸惑いながらもなんだかんだ釘崎とは打ち解けそうだし、俺と違って虎杖は人好きするタイプだ。
卒業しても理由をつけて面倒見の良いアンタなら学生の輪の中に溶け込んだだろうし、癖のある二年の先輩達もきっと懐いたと思う。
今でも俺は真那さんの元に通い続けている。
寧ろその頻度は以前より増えた気がする。
不思議とここに居ると本当に真那さんが居る様な気もして、人知れず過ごす時間は俺にとって癒しにも似て居た気がする。
「会わせてやりたかったです。真希さんも、釘崎もきっとアンタに懐いたと思うから。また、来ます」
けれど相変わらず俺は真那さんの元を定期的に訪れはするけれど花を持っていく事はできて居なかった。
それは最近アンタが夢に出てきてくれる頻度が減ってしまったからか。
夢という自覚なしに俺が懐かしい思い出に縋りついてしまうからなのか。
いっそ店舗に赴いて相談すれば良いものの花屋に一人で行く度胸なんてあるはずもなく、ただ考えあぐねるばかりだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「釘崎。オマエは花を貰うなら、何が嬉しい?」
「はぁ?アンタ、私に花なんて贈ったって何にも出ないわよ?寧ろ、私が花なんだから」
「えっ!?ちょ、どしたん伏黒」
「……いや、別に。何でもねぇ」
虎杖と釘崎が騒ぐ教室の中で、窓の外では飛行機雲が悠然とたなびく。
読みかけの本が一向に進む事なく、考えに耽って居た俺の問いかけに一瞬にして口を閉ざした二人が目を見開きながら此方に集う。
釘崎は唐突な質問に唖然として居た。
虎杖に関しては熱でもあるんじゃないかと額に手を伸ばし、俺はその手を払い除ける。
そのあまりの驚きの表情に居た堪れなくなり、はぐらかしてみたものの、どうやら手遅れだったらしい。
同じ女なら少しくらいそういう面にも明るいかと期待してみたが、自信満々に自分が花だと言い切る釘崎に聞いた俺が馬鹿だった。
なんで自分に贈られる前提なのかが先ず理解できない。
……なぁ、アンタはどんな花なら喜んでくれる?
そう問いかける様に左の手首から覗くブレスレットに触れてみても、やはり期待する回答に行き着く事はない。
しかし、二人が互いに顔を見合わせるとその口角が意味ありげに釣り上がり、それは悪巧みをしている時の先生を思わせる。
こうなれば質問攻めに会うことは必至だ。
真那さんとの経緯を話すつもりはさらさらなく、それに関して事情を碌に知らない人間から同情を受けるなんて事も真平だ。
本をしまい逃げる様に席を立つ。
今まさに問いを投げかけようとして居た二人は不思議そうに首を傾げ、教室の扉に向かう俺に向かって慌てた様に声を掛けた。
「あれ。伏黒、どっか行くの?」
「ちょっと、伏黒!今から根掘り葉掘り聞こうと思ってるのに」
「別に、どこだって良いだろ。着いて来るなよ」
開きっぱなしだった扉を少し乱雑に閉めたのは苛立ちの現れだったのかも知れない。
死人に口無し。
そんな事は百も承知であっても、喜んで欲しいと思う気持ちはやはり胸の中にあって。
悩めば悩む程に、たかが献花一つ用意してやれない事が情けない。
きっと路傍に咲いた花でさえアンタは喜んでくれるのだろう。
けれどそんなものを贈る事は俺が納得できず、貰った数えきれない程のものを振り返るたびに苛まれる様な思いを抱く。
教室を抜け出し、ふらりと立ち寄ったその場所にはやはり人気は少ない。
けれど、安らかに眠る人々の誰に手向けられたものか定かではない花が常にその場所には置かれている。
それなのに、それらは真那さんに向けられたものではなく、胸が締め付けられた。
多忙な先生達はきっと己の胸の中で真那さんとの思い出を振り返る事はあっても、この場所に訪れる頻度すら俺よりずっと低い。
俺がしてやらなければ。
俺しかしてやれない。
そうわかって居ても、何でも良いからだなんて軽い気持ちで俺はアンタに花を贈りたくなかった。
生きている間に俺は何もしてやれなかった。
だからせめてアンタが喜んでくれるものをと、どうしても拘ってしまう。
「……アンタ、相変わらず教えてくれないんですね。勿体ぶってないでそろそろ教えて下さいよ。夢でまで意地が悪いですよ」
一度手を合わせながら思い出を思い起こせばそのどれもが今となっては眩いものだ。
最後の瞬間さえ、俺にとっては共に過ごせた愛おしいものだった。
憎まれ口を揶揄う様に風が吹く。
何でも良いよ何て回答じゃなくて、もっとちゃんとしたものを寄越せと思うのに。
相変わらずはぐらかす真那さんは俺の事を揶揄って楽しんでいるのだろうかと憎らしくも思えた。
こんなのは結局、俺の自己満足であり言い訳なのだろう。
真那さんの居ない生活に慣れていく自分が時折り憎らしく思えるのも、痛みを伴ったとしてもその存在をずっと刻み込んでおきたいからだ。
どれだけのセンセーショナルに報道された事件や事故であっても、当事者でもなければやがてその記憶は風化され、過去へと変わっていく。
ああ、そんなこともあったな程度の認識となり、当時の衝撃など記憶の彼方へと追いやられていく。
きっと俺は、真那さんの存在がそうなってしまうのが怖いのだろう。
先生や家入さんはきっと思い出を大切にしてくれる。
けれど日々多忙なあの人達は受け入れる情報量も尋常ではない。
脳のメモリなんてものは限界がある。
何かを覚えるなら、何かを忘れる、そう言った取捨選択は誰にでもあるのだから。
溜息一つ溢しながらその場から立ちあがる。
背後に感じる気配に玉犬を出してやろうかとも思ったが、その怒りを堪えながら俺が振り向くとやはり物陰に隠れて様子を窺っているのは教室に置いてきたはずの虎杖と釘崎だった。
「……着いて来るなって言ったはずだ」
「ごめんな。なんか気になっちゃってさ」
「そんなに目くじら立てる事でもないでしょ。それにしてもこんな場所があるなんて知らなかったわね。ここ、お墓?」
「殉職した呪術師の共同墓地だ。呪術師やってる以上、遺体が必ず五体満足とは限らねぇからな。それに、少なからず事情を抱えてここに来る人は亡くなっても遺族が拒む事もある。此処はそんな人達が眠る場所だ」
校舎から少し離れた場所に位置する墓地は入学したばかりの学生が知る事はほぼ無い。
それこそ余程関わりのあった人の死にでも遭遇しない限り用はないし、手入れこそされては居るが独特の雰囲気は好まれる場所ではないだろう。
キョロキョロと視線を動かし、辺りを彷徨く様子を見るとこう言ったものを初めて見る二人の様子に内心、粗相でもしでかすのではないかと冷や冷やして居た。
しかし二人は物珍しそうに慰霊碑を長めはするもののその一線を越える事はなく、献花された花を眺めるばかりで一応その辺は弁えて居るらしい。
「で?そんな場所にアンタは足繁く通ってる訳?今日初めて来た。なんて事ないでしょ」
「悪いかよ」
「……訳ありって事ね。虎杖」
「おう」
その言葉と共に虎杖と釘崎は俺の間をすり抜けていく。
再度振り返ると二人が大きな慰霊碑の前にしゃがみ込むと、相手の顔すら知らないと言うのに手を合わせ、その冥福を祈る。
それが誰に向けたものなのかは問うまでもなく、何故コイツらがそんな事をするのか。
訝しげな視線を向けると立ち上がった二人が俺に向けて満足そうに笑みを浮かべて居た。
「……何してんだよ」
「お墓来たなら手くらい合わせるっしょ。伏黒の大事な人だったんだろ?不思議だったんだけど手首のそれ、片方はここにいる人の?一つは女物だろ?」
「……気づいてたのかよ」
「伏黒、なんか悩んでそうな時はいつも手首見るからな。今日ここに来てなんか納得したわ。もしかして、好きな人だったん?」
「女からの贈り物って事?伏黒の癖に生意気ね」
「うるせぇよ」
そこまで見抜かれて居たことには正直動揺した。
それと同時に改めて認識させられたのは、アンタの存在の大きさと自分の想い。
……言うつもりは無かった。
同情や憐れみは真那さんも嫌うだろうし、そんなものを貰った所で俺達が笑い合った日々は二度と戻らない。
それなのに今の俺は二人の行動に救われた気がしている。
事情なんて知らない、ただ同じ年に高専の門を潜ったと言うだけの縁が俺に気まぐれを起こさせていく。
「……本当なら、今年卒業して正式な呪術師になる筈の人だった。ガキの頃から世話になってた、強くて、優しい……憧れの人だ」
何故亡くなったのか。
流石にその経緯までは話す事は出来なかった。
しかし、そもそも真那さんの事すら語るつもりが無かったのだから、この気まぐれは自分でも驚くほどのものと言える。
流石に普段口の軽い先生でも多分二人にその事を話しては居ないだろう。
それだけ俺たちにとって特別で、当時を知る人以外には話せない出来事と言える。
互いの傷を舐め合う訳ではないが、そうでしか癒せない、そんな傷を胸の内に残している。
虎杖も釘崎も、俺の言葉に一瞬目を瞬かせる。
俺が口を開くと思って居なかったのはコイツらも同じ気持ちだったらしく、先ほどの様に二人して顔を見合わせて、その後勝ち誇った様に笑って居た。
「そっか。じゃあ次来る時は言えよ。喜びそうな花、一緒に買いに行かなきゃな」
「は?」
「ん?だって伏黒、この人に贈る花で悩んでたんしょ?俺、じいちゃんの見舞いに行くのによく花買ってたりしたから店の人とも結構仲良くてさ。花言葉とかちょっとなら分かるし。女の人なら尚更、手ぶらじゃ悪いっしょ。
きっと伏黒が花持ってきてやったら喜んでくれるって」
「花屋なら付き合うわよ。まぁ、私の前じゃ花も霞むだろうけど」
共に過ごした時間なんて真那さんとの何月に比べたら明らかに短く、本人同士の性格すらも把握しきれて居ない曖昧と言える関係。
けれど言うまいと思って居たはずのアンタの事が口をついて居た。
何の躊躇いもなく、二人が手を合わせてくれた事が素直に嬉しかったのは確かだった。
こう言う事は頼っても良いのだろうか。
人に頼るなんて事、あまり経験がない己にその最適解は分かりかねる。
けれどそこに悪意も揶揄いも憐憫すらも感じる事は無く、俺はただ僅かに頭を下げるしか出来なかった。
「……頼む。なに選んで良いかマジでわからねぇ」
「おう、任せろ」
「近場の良い花屋、補助監督にでも聞いておくわ。じゃ、行きましょ。なんか飲みたい気分なんだけど伏黒、奢ってくれるんでしょ?」
それで帳消しだと言いたげに釘崎が口角を上げるとそれくらいでこの悩みが解決するなら済むなら安いものだと思えた。
すかさず虎杖は自分の主張を全面に押し出しながら肩を組んで来て、普段なら煩わしと思えるそれも今ならば存外悪くはない。
木々が騒めく。
まるでこの些細な出来事を誰かが喜んで居るかの様に。
……真那さん。
俺はどうやら自分で思って居た以上に良い仲間に恵まれたみたいです。
次こそ、必ず花を持ってきます。
その時にはこいつらの事を紹介するんで、話聞いてください。
両面宿儺の件から早数週間。
虎杖を高専に迎えてから、俺の学年にはもう一人クラスメイトが入学してくる事になった。
一人だった教室がいつのまにか人数が増えると共に騒がしくなり、担任となった五条先生は相変わらずの有様で。
俺の苦労と眉間の皺が減る事は殆どない。
真那さんがもし生きて居たのなら、きっとこの賑やかな空間の中にアンタも居たんだろう。
初めは少し戸惑いながらもなんだかんだ釘崎とは打ち解けそうだし、俺と違って虎杖は人好きするタイプだ。
卒業しても理由をつけて面倒見の良いアンタなら学生の輪の中に溶け込んだだろうし、癖のある二年の先輩達もきっと懐いたと思う。
今でも俺は真那さんの元に通い続けている。
寧ろその頻度は以前より増えた気がする。
不思議とここに居ると本当に真那さんが居る様な気もして、人知れず過ごす時間は俺にとって癒しにも似て居た気がする。
「会わせてやりたかったです。真希さんも、釘崎もきっとアンタに懐いたと思うから。また、来ます」
けれど相変わらず俺は真那さんの元を定期的に訪れはするけれど花を持っていく事はできて居なかった。
それは最近アンタが夢に出てきてくれる頻度が減ってしまったからか。
夢という自覚なしに俺が懐かしい思い出に縋りついてしまうからなのか。
いっそ店舗に赴いて相談すれば良いものの花屋に一人で行く度胸なんてあるはずもなく、ただ考えあぐねるばかりだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「釘崎。オマエは花を貰うなら、何が嬉しい?」
「はぁ?アンタ、私に花なんて贈ったって何にも出ないわよ?寧ろ、私が花なんだから」
「えっ!?ちょ、どしたん伏黒」
「……いや、別に。何でもねぇ」
虎杖と釘崎が騒ぐ教室の中で、窓の外では飛行機雲が悠然とたなびく。
読みかけの本が一向に進む事なく、考えに耽って居た俺の問いかけに一瞬にして口を閉ざした二人が目を見開きながら此方に集う。
釘崎は唐突な質問に唖然として居た。
虎杖に関しては熱でもあるんじゃないかと額に手を伸ばし、俺はその手を払い除ける。
そのあまりの驚きの表情に居た堪れなくなり、はぐらかしてみたものの、どうやら手遅れだったらしい。
同じ女なら少しくらいそういう面にも明るいかと期待してみたが、自信満々に自分が花だと言い切る釘崎に聞いた俺が馬鹿だった。
なんで自分に贈られる前提なのかが先ず理解できない。
……なぁ、アンタはどんな花なら喜んでくれる?
そう問いかける様に左の手首から覗くブレスレットに触れてみても、やはり期待する回答に行き着く事はない。
しかし、二人が互いに顔を見合わせるとその口角が意味ありげに釣り上がり、それは悪巧みをしている時の先生を思わせる。
こうなれば質問攻めに会うことは必至だ。
真那さんとの経緯を話すつもりはさらさらなく、それに関して事情を碌に知らない人間から同情を受けるなんて事も真平だ。
本をしまい逃げる様に席を立つ。
今まさに問いを投げかけようとして居た二人は不思議そうに首を傾げ、教室の扉に向かう俺に向かって慌てた様に声を掛けた。
「あれ。伏黒、どっか行くの?」
「ちょっと、伏黒!今から根掘り葉掘り聞こうと思ってるのに」
「別に、どこだって良いだろ。着いて来るなよ」
開きっぱなしだった扉を少し乱雑に閉めたのは苛立ちの現れだったのかも知れない。
死人に口無し。
そんな事は百も承知であっても、喜んで欲しいと思う気持ちはやはり胸の中にあって。
悩めば悩む程に、たかが献花一つ用意してやれない事が情けない。
きっと路傍に咲いた花でさえアンタは喜んでくれるのだろう。
けれどそんなものを贈る事は俺が納得できず、貰った数えきれない程のものを振り返るたびに苛まれる様な思いを抱く。
教室を抜け出し、ふらりと立ち寄ったその場所にはやはり人気は少ない。
けれど、安らかに眠る人々の誰に手向けられたものか定かではない花が常にその場所には置かれている。
それなのに、それらは真那さんに向けられたものではなく、胸が締め付けられた。
多忙な先生達はきっと己の胸の中で真那さんとの思い出を振り返る事はあっても、この場所に訪れる頻度すら俺よりずっと低い。
俺がしてやらなければ。
俺しかしてやれない。
そうわかって居ても、何でも良いからだなんて軽い気持ちで俺はアンタに花を贈りたくなかった。
生きている間に俺は何もしてやれなかった。
だからせめてアンタが喜んでくれるものをと、どうしても拘ってしまう。
「……アンタ、相変わらず教えてくれないんですね。勿体ぶってないでそろそろ教えて下さいよ。夢でまで意地が悪いですよ」
一度手を合わせながら思い出を思い起こせばそのどれもが今となっては眩いものだ。
最後の瞬間さえ、俺にとっては共に過ごせた愛おしいものだった。
憎まれ口を揶揄う様に風が吹く。
何でも良いよ何て回答じゃなくて、もっとちゃんとしたものを寄越せと思うのに。
相変わらずはぐらかす真那さんは俺の事を揶揄って楽しんでいるのだろうかと憎らしくも思えた。
こんなのは結局、俺の自己満足であり言い訳なのだろう。
真那さんの居ない生活に慣れていく自分が時折り憎らしく思えるのも、痛みを伴ったとしてもその存在をずっと刻み込んでおきたいからだ。
どれだけのセンセーショナルに報道された事件や事故であっても、当事者でもなければやがてその記憶は風化され、過去へと変わっていく。
ああ、そんなこともあったな程度の認識となり、当時の衝撃など記憶の彼方へと追いやられていく。
きっと俺は、真那さんの存在がそうなってしまうのが怖いのだろう。
先生や家入さんはきっと思い出を大切にしてくれる。
けれど日々多忙なあの人達は受け入れる情報量も尋常ではない。
脳のメモリなんてものは限界がある。
何かを覚えるなら、何かを忘れる、そう言った取捨選択は誰にでもあるのだから。
溜息一つ溢しながらその場から立ちあがる。
背後に感じる気配に玉犬を出してやろうかとも思ったが、その怒りを堪えながら俺が振り向くとやはり物陰に隠れて様子を窺っているのは教室に置いてきたはずの虎杖と釘崎だった。
「……着いて来るなって言ったはずだ」
「ごめんな。なんか気になっちゃってさ」
「そんなに目くじら立てる事でもないでしょ。それにしてもこんな場所があるなんて知らなかったわね。ここ、お墓?」
「殉職した呪術師の共同墓地だ。呪術師やってる以上、遺体が必ず五体満足とは限らねぇからな。それに、少なからず事情を抱えてここに来る人は亡くなっても遺族が拒む事もある。此処はそんな人達が眠る場所だ」
校舎から少し離れた場所に位置する墓地は入学したばかりの学生が知る事はほぼ無い。
それこそ余程関わりのあった人の死にでも遭遇しない限り用はないし、手入れこそされては居るが独特の雰囲気は好まれる場所ではないだろう。
キョロキョロと視線を動かし、辺りを彷徨く様子を見るとこう言ったものを初めて見る二人の様子に内心、粗相でもしでかすのではないかと冷や冷やして居た。
しかし二人は物珍しそうに慰霊碑を長めはするもののその一線を越える事はなく、献花された花を眺めるばかりで一応その辺は弁えて居るらしい。
「で?そんな場所にアンタは足繁く通ってる訳?今日初めて来た。なんて事ないでしょ」
「悪いかよ」
「……訳ありって事ね。虎杖」
「おう」
その言葉と共に虎杖と釘崎は俺の間をすり抜けていく。
再度振り返ると二人が大きな慰霊碑の前にしゃがみ込むと、相手の顔すら知らないと言うのに手を合わせ、その冥福を祈る。
それが誰に向けたものなのかは問うまでもなく、何故コイツらがそんな事をするのか。
訝しげな視線を向けると立ち上がった二人が俺に向けて満足そうに笑みを浮かべて居た。
「……何してんだよ」
「お墓来たなら手くらい合わせるっしょ。伏黒の大事な人だったんだろ?不思議だったんだけど手首のそれ、片方はここにいる人の?一つは女物だろ?」
「……気づいてたのかよ」
「伏黒、なんか悩んでそうな時はいつも手首見るからな。今日ここに来てなんか納得したわ。もしかして、好きな人だったん?」
「女からの贈り物って事?伏黒の癖に生意気ね」
「うるせぇよ」
そこまで見抜かれて居たことには正直動揺した。
それと同時に改めて認識させられたのは、アンタの存在の大きさと自分の想い。
……言うつもりは無かった。
同情や憐れみは真那さんも嫌うだろうし、そんなものを貰った所で俺達が笑い合った日々は二度と戻らない。
それなのに今の俺は二人の行動に救われた気がしている。
事情なんて知らない、ただ同じ年に高専の門を潜ったと言うだけの縁が俺に気まぐれを起こさせていく。
「……本当なら、今年卒業して正式な呪術師になる筈の人だった。ガキの頃から世話になってた、強くて、優しい……憧れの人だ」
何故亡くなったのか。
流石にその経緯までは話す事は出来なかった。
しかし、そもそも真那さんの事すら語るつもりが無かったのだから、この気まぐれは自分でも驚くほどのものと言える。
流石に普段口の軽い先生でも多分二人にその事を話しては居ないだろう。
それだけ俺たちにとって特別で、当時を知る人以外には話せない出来事と言える。
互いの傷を舐め合う訳ではないが、そうでしか癒せない、そんな傷を胸の内に残している。
虎杖も釘崎も、俺の言葉に一瞬目を瞬かせる。
俺が口を開くと思って居なかったのはコイツらも同じ気持ちだったらしく、先ほどの様に二人して顔を見合わせて、その後勝ち誇った様に笑って居た。
「そっか。じゃあ次来る時は言えよ。喜びそうな花、一緒に買いに行かなきゃな」
「は?」
「ん?だって伏黒、この人に贈る花で悩んでたんしょ?俺、じいちゃんの見舞いに行くのによく花買ってたりしたから店の人とも結構仲良くてさ。花言葉とかちょっとなら分かるし。女の人なら尚更、手ぶらじゃ悪いっしょ。
きっと伏黒が花持ってきてやったら喜んでくれるって」
「花屋なら付き合うわよ。まぁ、私の前じゃ花も霞むだろうけど」
共に過ごした時間なんて真那さんとの何月に比べたら明らかに短く、本人同士の性格すらも把握しきれて居ない曖昧と言える関係。
けれど言うまいと思って居たはずのアンタの事が口をついて居た。
何の躊躇いもなく、二人が手を合わせてくれた事が素直に嬉しかったのは確かだった。
こう言う事は頼っても良いのだろうか。
人に頼るなんて事、あまり経験がない己にその最適解は分かりかねる。
けれどそこに悪意も揶揄いも憐憫すらも感じる事は無く、俺はただ僅かに頭を下げるしか出来なかった。
「……頼む。なに選んで良いかマジでわからねぇ」
「おう、任せろ」
「近場の良い花屋、補助監督にでも聞いておくわ。じゃ、行きましょ。なんか飲みたい気分なんだけど伏黒、奢ってくれるんでしょ?」
それで帳消しだと言いたげに釘崎が口角を上げるとそれくらいでこの悩みが解決するなら済むなら安いものだと思えた。
すかさず虎杖は自分の主張を全面に押し出しながら肩を組んで来て、普段なら煩わしと思えるそれも今ならば存外悪くはない。
木々が騒めく。
まるでこの些細な出来事を誰かが喜んで居るかの様に。
……真那さん。
俺はどうやら自分で思って居た以上に良い仲間に恵まれたみたいです。
次こそ、必ず花を持ってきます。
その時にはこいつらの事を紹介するんで、話聞いてください。
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