崩落編
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ホテルのラウンジ。少女が椅子に座っていると、ルークがやって来た。
「眠れないのか?」
ルークが挨拶代わりに質問をするが、答えはわかりきっている。
部屋には、ガイもジェイドもいない。アニスとティアには、先程街で会った。決戦を前にして、皆、浮ついている。
「ここ、キッチンが使えるんですよ」
少女もルークが眠れないことを知ってか、夜食を差し出した。ちょうど食べていたところらしい。
ルークは椀に盛られたそれを受け取った。米の上に肉や野菜の具が盛られた家庭料理。
「私の母がよく作ってくれた料理なんです」
ルークは何も言わずに食べ進める。まずいわけではない。だが、自分の好きな少女の料理の味とは違っていた。
それだけで、普段少女が自分に提供している食事が、この世界に来てから……いや、アッシュと共に過ごすようになってから覚えたレシピなのだとわかる。
「菜真絵はさ、元の世界に戻りたいって思わないのか?」
この料理を今作るのは、なにか意味があるのだろうか。そう思っての質問だったが、ルークは言ってみてから、デリカシーがなかったのではないかと不安になった。しかし、目の前の少女は怒るでもなく、目を丸くしている。
「それを聞いてくれたのは、今まで、アッシュ様だけでした」
少女は質問に答えない。だが、とても穏やかな声で言う。
「誰もが『世界を未曾有の繁栄に導いてくれ』と言うだけでした。だから、世界にはアッシュ様と、ヴァン様と、六神将の皆しかいないと思っていた」
自分自身が愛されているわけではない。ただ預言に詠まれているから大切にされていた。守られているようで、期待を背負わされているだけだった。だからこそ、共に生きようというヴァンの誘いは魅力的だった。
「でも違った」
そう、ここにいる仲間たちは、皆、己の力で未来を切り拓こうとしている。いや、彼らだけではない。バチカルで道を作ってくれた人たち、め組とい組の技術者たち、停戦協定を結ぶことを決めたキムラスカとマルクトの為政者たち……。変えられないと思っていたものが、変わっていった。
「ルークさんに出会えてよかった」
少女は微笑む。
いつも控えめな少女の、控えめな笑み。
菜真絵はアッシュの部下である。
口に出すことはなかったが、彼女が常に上司の身を案じていることは、見ていればわかった。上司と部下という枠に入り切らない絆があることも、ユリアシティでの態度を見ればわかった。
「俺、アッシュの代わりになれたかな」
「ユリアシティで私を誘ってくれたのは、他でもないルークさんですよ」
ユリアシティを旅立った日も、同じようなやり取りをした。その時は、菜真絵が必死でフォローしてくれたっけ。と、ルークは思い返す。
試すようなことを言ってしまった。その罪悪感と、安堵が同時にやってくる。ずっと、アッシュと自分を比較していた。被験者ならもっとうまくやれるんじゃないかと思うことばかりだった。
少女はその象徴だ。最初からアッシュを信じていて、愛していて、成り行きで共にいることになっただけの少女。それがもしも、想い人のレプリカではなく、友人だと思ってくれているのなら。それ以上嬉しいことはない。
「ありがとう。着いてきてくれて」
「礼を言うべきはこちらのほうです」
ルークがそう言うと、少女もまた、礼を伝えた。
「世界を繁栄に導くためにも、ヴァン様を止めなければなりませんね」
「うん。……でも、結局やりたいことは預言とおんなじなんだな」
「はい。きっと、ヴァン様もそうなのでしょうね」
方法は全く異なるけれど。
そう。誰だって、世界が幸福になることを望んでいる。しかしヴァンはどこかで道を踏み外して、人々に犠牲を強いる道を選択した。
今、自分たちは、そんなヴァンを犠牲にしようとしている。
彼と自分の、何が違うのだろう。ただ殺す数が違うだけではないか。少女はこの旅の中で、自身にずっと問いかけてきた。その度に、「やれることをやるしかない」と片付けて、無理やり前に進んできた。
未だに答えは出ない。だが、ヴァンを倒せば、その先に、誰も取り残さない未来が訪れるかもしれない。そう信じるしかない。
「なあ、ヴァン師匠って、どんな人だった?」
ルークもヴァンに思いを馳せていたのか、少女に問いかける。その眼差しは、少女の肩の少し向こうを見ていた。
少女は考える。ヴァンはどんな人だったのだろう。
同じ理想を描く仲間ではあったが、六神将と同様に、彼の彼らしい部分に触れる機会はなかったように思う。
「強くて、優しくてさ。色々なこと教えてくれて……。こんな人が、父上だったらいいのにって」
そう言って、ルークは言葉を詰まらせる。
「でも、きっと、全部演技だったんだよな。ティアやガイの知ってる師匠とは違って……」
ルークの紡ぐ言葉は、少女の心の底にある感情と同じだった。ロニール雪山でリグレット、ラルゴ、アリエッタを失ったときも同じことを思った。自分はあまりにも彼らを知らない。本当の彼らを知らないまま、勝手に慕って、裏切られて、裏切って、失った。少しでも心を通わせることのできた人たちが、羨ましいと思った。
少女もまた、ゆっくりと振り返る。
「魔物から助けてくれて、仕事を褒めてくれて、預言に背いてでも人を救うと言ってくれて……」
その優しさも、勇敢なところも、全部偽りの姿だった。少女の欲しい言葉を投げかけているだけだった。
……だが、本当のこともある。
「アッシュ様と、出会わせてくれました」
口をついて出ていた。そんなこと、言うつもりはなかった。
少女は咄嗟に口に手を当てて、ルークを見る。ルークは目をぱちぱちとさせて、そのあと、すぐに頬を赤らめた。
「あ……ええと……」
最近、考えるよりも先に口が動くことが多い。まるで昔、中学校の友達と話をしていたときのようだ。
少女はこほん、と咳払いをして、ルークに向き直った。
「ルークさんとも、出会えました」
「そうか、そう、だよな」
ヴァンが少女を特務師団に引き入れなければ、少女はずっと教会の中で、世界が変わっていくのを眺めているだけだっただろう。
ティアがファブレ邸を訪れることもなかった。ルークがエンゲーブでイオン、ジェイド、アニスに出会うこともなかった。自分が生まれてこなかっただけでなく、イオンも生まれてこなかっただろう。
「何も残ってないわけじゃないよな」
ルークは自分に言い聞かせるように頷く。自分が何者なのか、なんのために生まれてきたのか、今もまだ迷っている。これまでに経験した人生のすべてが偽りだったのではないかと怖くなるときもある。でも、今目の前に、仲間たちがいる。手元に残ったものは、確かにある。
明日、ヴァンを倒すことになるのだろう。
今の自分を愛してくれる人たちを、愛すために。そのために、迷いを断ち切らなければならない。
「絶対、生きて帰ってこよう」
ルークが手を差し出すと、少女も握り返す。
その手のひらがあたたかいことを、少女はよく知っていた。
「眠れないのか?」
ルークが挨拶代わりに質問をするが、答えはわかりきっている。
部屋には、ガイもジェイドもいない。アニスとティアには、先程街で会った。決戦を前にして、皆、浮ついている。
「ここ、キッチンが使えるんですよ」
少女もルークが眠れないことを知ってか、夜食を差し出した。ちょうど食べていたところらしい。
ルークは椀に盛られたそれを受け取った。米の上に肉や野菜の具が盛られた家庭料理。
「私の母がよく作ってくれた料理なんです」
ルークは何も言わずに食べ進める。まずいわけではない。だが、自分の好きな少女の料理の味とは違っていた。
それだけで、普段少女が自分に提供している食事が、この世界に来てから……いや、アッシュと共に過ごすようになってから覚えたレシピなのだとわかる。
「菜真絵はさ、元の世界に戻りたいって思わないのか?」
この料理を今作るのは、なにか意味があるのだろうか。そう思っての質問だったが、ルークは言ってみてから、デリカシーがなかったのではないかと不安になった。しかし、目の前の少女は怒るでもなく、目を丸くしている。
「それを聞いてくれたのは、今まで、アッシュ様だけでした」
少女は質問に答えない。だが、とても穏やかな声で言う。
「誰もが『世界を未曾有の繁栄に導いてくれ』と言うだけでした。だから、世界にはアッシュ様と、ヴァン様と、六神将の皆しかいないと思っていた」
自分自身が愛されているわけではない。ただ預言に詠まれているから大切にされていた。守られているようで、期待を背負わされているだけだった。だからこそ、共に生きようというヴァンの誘いは魅力的だった。
「でも違った」
そう、ここにいる仲間たちは、皆、己の力で未来を切り拓こうとしている。いや、彼らだけではない。バチカルで道を作ってくれた人たち、め組とい組の技術者たち、停戦協定を結ぶことを決めたキムラスカとマルクトの為政者たち……。変えられないと思っていたものが、変わっていった。
「ルークさんに出会えてよかった」
少女は微笑む。
いつも控えめな少女の、控えめな笑み。
菜真絵はアッシュの部下である。
口に出すことはなかったが、彼女が常に上司の身を案じていることは、見ていればわかった。上司と部下という枠に入り切らない絆があることも、ユリアシティでの態度を見ればわかった。
「俺、アッシュの代わりになれたかな」
「ユリアシティで私を誘ってくれたのは、他でもないルークさんですよ」
ユリアシティを旅立った日も、同じようなやり取りをした。その時は、菜真絵が必死でフォローしてくれたっけ。と、ルークは思い返す。
試すようなことを言ってしまった。その罪悪感と、安堵が同時にやってくる。ずっと、アッシュと自分を比較していた。被験者ならもっとうまくやれるんじゃないかと思うことばかりだった。
少女はその象徴だ。最初からアッシュを信じていて、愛していて、成り行きで共にいることになっただけの少女。それがもしも、想い人のレプリカではなく、友人だと思ってくれているのなら。それ以上嬉しいことはない。
「ありがとう。着いてきてくれて」
「礼を言うべきはこちらのほうです」
ルークがそう言うと、少女もまた、礼を伝えた。
「世界を繁栄に導くためにも、ヴァン様を止めなければなりませんね」
「うん。……でも、結局やりたいことは預言とおんなじなんだな」
「はい。きっと、ヴァン様もそうなのでしょうね」
方法は全く異なるけれど。
そう。誰だって、世界が幸福になることを望んでいる。しかしヴァンはどこかで道を踏み外して、人々に犠牲を強いる道を選択した。
今、自分たちは、そんなヴァンを犠牲にしようとしている。
彼と自分の、何が違うのだろう。ただ殺す数が違うだけではないか。少女はこの旅の中で、自身にずっと問いかけてきた。その度に、「やれることをやるしかない」と片付けて、無理やり前に進んできた。
未だに答えは出ない。だが、ヴァンを倒せば、その先に、誰も取り残さない未来が訪れるかもしれない。そう信じるしかない。
「なあ、ヴァン師匠って、どんな人だった?」
ルークもヴァンに思いを馳せていたのか、少女に問いかける。その眼差しは、少女の肩の少し向こうを見ていた。
少女は考える。ヴァンはどんな人だったのだろう。
同じ理想を描く仲間ではあったが、六神将と同様に、彼の彼らしい部分に触れる機会はなかったように思う。
「強くて、優しくてさ。色々なこと教えてくれて……。こんな人が、父上だったらいいのにって」
そう言って、ルークは言葉を詰まらせる。
「でも、きっと、全部演技だったんだよな。ティアやガイの知ってる師匠とは違って……」
ルークの紡ぐ言葉は、少女の心の底にある感情と同じだった。ロニール雪山でリグレット、ラルゴ、アリエッタを失ったときも同じことを思った。自分はあまりにも彼らを知らない。本当の彼らを知らないまま、勝手に慕って、裏切られて、裏切って、失った。少しでも心を通わせることのできた人たちが、羨ましいと思った。
少女もまた、ゆっくりと振り返る。
「魔物から助けてくれて、仕事を褒めてくれて、預言に背いてでも人を救うと言ってくれて……」
その優しさも、勇敢なところも、全部偽りの姿だった。少女の欲しい言葉を投げかけているだけだった。
……だが、本当のこともある。
「アッシュ様と、出会わせてくれました」
口をついて出ていた。そんなこと、言うつもりはなかった。
少女は咄嗟に口に手を当てて、ルークを見る。ルークは目をぱちぱちとさせて、そのあと、すぐに頬を赤らめた。
「あ……ええと……」
最近、考えるよりも先に口が動くことが多い。まるで昔、中学校の友達と話をしていたときのようだ。
少女はこほん、と咳払いをして、ルークに向き直った。
「ルークさんとも、出会えました」
「そうか、そう、だよな」
ヴァンが少女を特務師団に引き入れなければ、少女はずっと教会の中で、世界が変わっていくのを眺めているだけだっただろう。
ティアがファブレ邸を訪れることもなかった。ルークがエンゲーブでイオン、ジェイド、アニスに出会うこともなかった。自分が生まれてこなかっただけでなく、イオンも生まれてこなかっただろう。
「何も残ってないわけじゃないよな」
ルークは自分に言い聞かせるように頷く。自分が何者なのか、なんのために生まれてきたのか、今もまだ迷っている。これまでに経験した人生のすべてが偽りだったのではないかと怖くなるときもある。でも、今目の前に、仲間たちがいる。手元に残ったものは、確かにある。
明日、ヴァンを倒すことになるのだろう。
今の自分を愛してくれる人たちを、愛すために。そのために、迷いを断ち切らなければならない。
「絶対、生きて帰ってこよう」
ルークが手を差し出すと、少女も握り返す。
その手のひらがあたたかいことを、少女はよく知っていた。