崩落編
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事態は想定よりも悪かった。
少女が皆を引き連れ、鏡窟の深部にたどり着いた頃には、少年は腹から血を流していた。無謀にも二人で、いや、一人でヴァンと戦おうとしたのだろう。
「アッシュ!」
ナタリアが駆け寄って治癒術を唱える。しかし、治癒術は万能ではない。顔色は良くなれど、傷が塞がることはなかった。
「お迎えが来たようだな」
ヴァンは剣を鞘に戻して、薄ら笑いを浮かべながら言う。どうやら、ティアとヴァンに交戦の意思はないらしい。その様子を確認して、少女は剣を構える手を緩める。ルークもまた、対話ができると踏んで、質問を投げかけた。
「師匠たちは、こんな所で何を……」
「こいつらはベルケンドを放棄して、新しいフォミクリーの研究場所へ移動するつもりなんだよ」
ヴァンではなく、少年が問いに答える。
ここには一時的に腰を据えていただけのようだ。しかし、道中には教団を抜け出した神託の盾兵もいた。こんな大所帯で、どこへ行くというのか。無論、問いかけても返事はないが。
「フォミクリーは大量の第七音素を消費する。この星全体をレプリカ化するには、世界中の第七音素をかき集めても足りませんよ」
ジェイドがヴァンに向けて、憤りを隠さずに言う。
彼がヴァンの討伐を急がない理由はそれだったのか。と、少女は思った。外殻大地の降下も必要なことだが、戦力を分散しヴァンを探すことだってできた。それを提案しないのは、彼の計画があまりにも非現実的だったからなのだろう。
「こいつは地核の莫大な第七音素を、ローレライを利用するつもりなんだ」
「地核の震動が激しくなれば、プラネットストームが強まり第七音素の供給量も増す。お前たちはそれを止めてしまったがな」
ようやくヴァンが語りだす。
彼らがシェリダンの人々を惨殺してまで、シンクを地中に遣わしてまで地殻振動停止計画を阻止しようとしたのは、レプリカの材料を調達するためだったのだ。
そんなことのために。少女の胸に怒りが沸き上がる。しかし、それを言葉にする前に、ジェイドが言葉を続けた。
「フォミクリーは不完全です。しくじれば、すぐに消滅するようなレプリカが誕生する」
「それは第七音素がレプリカから乖離するために起きる現象だ。乖離を止めればレプリカは消えぬ」
「無理です!そもそも音素は同じ属性同士で引き合う。第七音素も同じだ。物質から乖離してプラネットストームへ戻っていく」
きつい口調で言い募るジェイドに、ティアが語る。先程兄から聞かされたばかりの話を。
「第七音素の集合体であるローレライを消滅させるのよ。すると余剰第七音素が消える」
「引き合う第七音素がないから乖離しない……ってことか」
ルークが後を継いで呟く。
ローレライは助けを求めていた。それはきっと、ヴァンの計画を察知してのものだったのだろう。ルーク・フォン・ファブレの持つ超振動の力でローレライを分解し、レプリカの材料とする。それを以って、世界から第七音素は消える。
預言は第七音素がなければ詠めない。きっと、今とは全く異なる世界が生み出される。
「兄さんはその為にルークを利用するつもりなのよ」
「これは出来損ないでは無理だ。アッシュでなければな」
「…………」
少年は俯いて口を閉ざす。ヴァンの言葉は少年を認めているようで、その実は道具だと言っているにすぎない。
そんな言葉で、少年の心が動くわけがない。
少女はかつての上司に失望した。あんなに立派で、あんなに優しくて、そして、少女を惑わすような魅力的な人物だったのに、今は悪意を隠しもしない。それとも、少女の彼を見る目が変わったのか。
そこに神託の盾兵が一人、入って来た。敬礼して言葉を発する。
「総長閣下。資料の積み込みが完了しました」
「私にはお前が必要だ。アブソーブゲートでお前を待つ」
そう言うと、ヴァンは身を翻した。
「兄さん、待って!」
「……お前とは戦いたくはなかった。残念だよ。メシュティアリカ」
「くそっ!逃がすか!」
立ち去るヴァンを見て少年は立ち上がったが、すぐにその場に膝をつく。
「…………やっぱりいなくなってやがる」
少年の視線の先には、二つの檻があった。以前、少年がここを訪れたとき、左の檻には被験者のチーグルが、右の檻にはレプリカのチーグルが入っていた。しかし、左の檻は空になっている。
それを確認すると、少年はふたたび立ち上がり、走り出した。咄嗟にナタリアが彼の腕を掴むが、振り払われる。
「俺には……時間がない」
そう言い残して、少年は去っていった。
ここはシェリダン。
距離が近いからとルークたちが訪れたそこには、アストンの姿があった。実験器具や資料のやり取りのため、普段からベルケンドとシェリダンを行き来しているらしい。
ワイヨン鏡窟の実験施設に取り残されていたチーグルをアストンに預け、少女たちは集会所に集まった。今夜起きたことや、今後の方針について話し合うためだ。既に、空は明るくなっている。
「……止められず、申し訳ございません」
集会所に入るなり、少女は謝った。引き返して皆を呼ぶのが最善だと考えていたが、結果的に少年が怪我を負うことになってしまった。無理にでも引き留めればよかったと、少女は項垂れる。
「菜真絵は悪くありませんわ。アッシュが身勝手なのです!もっとわたくしたちを頼ってくださればいいのに……」
ナタリアが珍しく、アッシュに対して腹を立てている。無理もない。元々の気性もそうだが、昨夜の彼は焦っている様子を見せていた。「時間がない」とこぼしたのは、預言に記された自身の死期を恐れているからか、それとも、他に理由があるのか。どちらにしろ、人を頼れば何かが変わるかもしれないのに。
「勝手なのはティアも同じだな」
「……ごめんなさい」
ガイが皮肉を込めて言うと、ティアは目を伏せる。
事の発端は、ティアが一人出奔したことだ。普段理性的な彼女が、何故この騒動を起こすに至ったのか、確認しなければならない。
「私の体に障気が蓄積されているなら、パッセージリングを使っていた兄さんも同じだと思ったの」
「それで心配になったのか?」
「心配……。そうね、そうだったのかもしれない」
ティアは虚を突かれたような顔をする。彼女はしばしば、自身の感情に無自覚だ。少女も人のことを言えた立場ではないが。
「……でも、それももうおしまい。……もう私と兄さんは進むべき道を違えてしまったのよ」
「いいのか?ヴァン師匠と戦うことになっても」
「忘れたの?私はそのために外殻へ来たのよ」
いつもの冷徹な瞳で、ティアはルークを見返す。
血を分けた兄弟が、世界を恨み、壊そうとしている。それを受け入れ、討伐対象として対峙するには、どれだけの覚悟が要るだろう。
きっと今日の出来事も、ティアにとって必要なけじめだったのだ。
ただ、そうだとしても、少年のことだけは止めたかった。
少女はそう思ったが、これ以上、彼の名を口に出すことはしなかった。
少女が皆を引き連れ、鏡窟の深部にたどり着いた頃には、少年は腹から血を流していた。無謀にも二人で、いや、一人でヴァンと戦おうとしたのだろう。
「アッシュ!」
ナタリアが駆け寄って治癒術を唱える。しかし、治癒術は万能ではない。顔色は良くなれど、傷が塞がることはなかった。
「お迎えが来たようだな」
ヴァンは剣を鞘に戻して、薄ら笑いを浮かべながら言う。どうやら、ティアとヴァンに交戦の意思はないらしい。その様子を確認して、少女は剣を構える手を緩める。ルークもまた、対話ができると踏んで、質問を投げかけた。
「師匠たちは、こんな所で何を……」
「こいつらはベルケンドを放棄して、新しいフォミクリーの研究場所へ移動するつもりなんだよ」
ヴァンではなく、少年が問いに答える。
ここには一時的に腰を据えていただけのようだ。しかし、道中には教団を抜け出した神託の盾兵もいた。こんな大所帯で、どこへ行くというのか。無論、問いかけても返事はないが。
「フォミクリーは大量の第七音素を消費する。この星全体をレプリカ化するには、世界中の第七音素をかき集めても足りませんよ」
ジェイドがヴァンに向けて、憤りを隠さずに言う。
彼がヴァンの討伐を急がない理由はそれだったのか。と、少女は思った。外殻大地の降下も必要なことだが、戦力を分散しヴァンを探すことだってできた。それを提案しないのは、彼の計画があまりにも非現実的だったからなのだろう。
「こいつは地核の莫大な第七音素を、ローレライを利用するつもりなんだ」
「地核の震動が激しくなれば、プラネットストームが強まり第七音素の供給量も増す。お前たちはそれを止めてしまったがな」
ようやくヴァンが語りだす。
彼らがシェリダンの人々を惨殺してまで、シンクを地中に遣わしてまで地殻振動停止計画を阻止しようとしたのは、レプリカの材料を調達するためだったのだ。
そんなことのために。少女の胸に怒りが沸き上がる。しかし、それを言葉にする前に、ジェイドが言葉を続けた。
「フォミクリーは不完全です。しくじれば、すぐに消滅するようなレプリカが誕生する」
「それは第七音素がレプリカから乖離するために起きる現象だ。乖離を止めればレプリカは消えぬ」
「無理です!そもそも音素は同じ属性同士で引き合う。第七音素も同じだ。物質から乖離してプラネットストームへ戻っていく」
きつい口調で言い募るジェイドに、ティアが語る。先程兄から聞かされたばかりの話を。
「第七音素の集合体であるローレライを消滅させるのよ。すると余剰第七音素が消える」
「引き合う第七音素がないから乖離しない……ってことか」
ルークが後を継いで呟く。
ローレライは助けを求めていた。それはきっと、ヴァンの計画を察知してのものだったのだろう。ルーク・フォン・ファブレの持つ超振動の力でローレライを分解し、レプリカの材料とする。それを以って、世界から第七音素は消える。
預言は第七音素がなければ詠めない。きっと、今とは全く異なる世界が生み出される。
「兄さんはその為にルークを利用するつもりなのよ」
「これは出来損ないでは無理だ。アッシュでなければな」
「…………」
少年は俯いて口を閉ざす。ヴァンの言葉は少年を認めているようで、その実は道具だと言っているにすぎない。
そんな言葉で、少年の心が動くわけがない。
少女はかつての上司に失望した。あんなに立派で、あんなに優しくて、そして、少女を惑わすような魅力的な人物だったのに、今は悪意を隠しもしない。それとも、少女の彼を見る目が変わったのか。
そこに神託の盾兵が一人、入って来た。敬礼して言葉を発する。
「総長閣下。資料の積み込みが完了しました」
「私にはお前が必要だ。アブソーブゲートでお前を待つ」
そう言うと、ヴァンは身を翻した。
「兄さん、待って!」
「……お前とは戦いたくはなかった。残念だよ。メシュティアリカ」
「くそっ!逃がすか!」
立ち去るヴァンを見て少年は立ち上がったが、すぐにその場に膝をつく。
「…………やっぱりいなくなってやがる」
少年の視線の先には、二つの檻があった。以前、少年がここを訪れたとき、左の檻には被験者のチーグルが、右の檻にはレプリカのチーグルが入っていた。しかし、左の檻は空になっている。
それを確認すると、少年はふたたび立ち上がり、走り出した。咄嗟にナタリアが彼の腕を掴むが、振り払われる。
「俺には……時間がない」
そう言い残して、少年は去っていった。
ここはシェリダン。
距離が近いからとルークたちが訪れたそこには、アストンの姿があった。実験器具や資料のやり取りのため、普段からベルケンドとシェリダンを行き来しているらしい。
ワイヨン鏡窟の実験施設に取り残されていたチーグルをアストンに預け、少女たちは集会所に集まった。今夜起きたことや、今後の方針について話し合うためだ。既に、空は明るくなっている。
「……止められず、申し訳ございません」
集会所に入るなり、少女は謝った。引き返して皆を呼ぶのが最善だと考えていたが、結果的に少年が怪我を負うことになってしまった。無理にでも引き留めればよかったと、少女は項垂れる。
「菜真絵は悪くありませんわ。アッシュが身勝手なのです!もっとわたくしたちを頼ってくださればいいのに……」
ナタリアが珍しく、アッシュに対して腹を立てている。無理もない。元々の気性もそうだが、昨夜の彼は焦っている様子を見せていた。「時間がない」とこぼしたのは、預言に記された自身の死期を恐れているからか、それとも、他に理由があるのか。どちらにしろ、人を頼れば何かが変わるかもしれないのに。
「勝手なのはティアも同じだな」
「……ごめんなさい」
ガイが皮肉を込めて言うと、ティアは目を伏せる。
事の発端は、ティアが一人出奔したことだ。普段理性的な彼女が、何故この騒動を起こすに至ったのか、確認しなければならない。
「私の体に障気が蓄積されているなら、パッセージリングを使っていた兄さんも同じだと思ったの」
「それで心配になったのか?」
「心配……。そうね、そうだったのかもしれない」
ティアは虚を突かれたような顔をする。彼女はしばしば、自身の感情に無自覚だ。少女も人のことを言えた立場ではないが。
「……でも、それももうおしまい。……もう私と兄さんは進むべき道を違えてしまったのよ」
「いいのか?ヴァン師匠と戦うことになっても」
「忘れたの?私はそのために外殻へ来たのよ」
いつもの冷徹な瞳で、ティアはルークを見返す。
血を分けた兄弟が、世界を恨み、壊そうとしている。それを受け入れ、討伐対象として対峙するには、どれだけの覚悟が要るだろう。
きっと今日の出来事も、ティアにとって必要なけじめだったのだ。
ただ、そうだとしても、少年のことだけは止めたかった。
少女はそう思ったが、これ以上、彼の名を口に出すことはしなかった。