崩落編
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五日目の朝。少女たちは艦橋に集まっていた。
作戦を実行する時がきた。
四日の猶予のうちに涙は枯れ、皆、普段通りの態度で段取りを確認している。
ただでさえ出発が遅れたのだ。もう、泣いたり悩んだりしている暇はない。
張り詰めた空気を引き裂くように、突然、けたたましい警報音が響いた。
侵入者だ。
「まさか、ヴァン謡将か!?」
ここは海上だ。侵入経路などないはずなのに、何故。少女たちは思案するが、答えは出ない。
「どうしよう。探して捕まえる?」
アニスがパタパタと床を鳴らす。
相手がヴァンや六神将の場合、タルタロス内部の構造は知られてしまっている。隠れることは容易いだろう。ここから見つけ出して撃退するには、時間がかかりすぎる。
「おそらく、捜索だけでも数時間かかります」
「仕方ありません。地核突入後、撃退するしかないでしょう。皆さん、席についてください」
少女の進言にジェイドが応え、皆が配置についた。
失敗は許されない。それなのに、背後には敵がいる。その緊張感に、浮足立ってしまう。
周囲が光ったと感じた次の瞬間には、タルタロスは瀑布の中へ飲み込まれていた。展開した譜陣に支えられているとはいえ、まるで自由落下のような衝撃で、少女は歯を食いしばった。
声が出せない。視界の色が徐々に変わっていくことを、ただ受け入れるしかない。七色に輝く物質が網の目のように手を結び合う奇妙な空間を、滑り落ちていく。ここはどこで、本当に帰れるのか、わからない。
長い長い時間あと、降下の感覚が止まった。
「……着いた、のか?」
「そのようです」
ジェイドはこんな場所――星の中心にいても冷静だ。
その姿を見て少女は、怖かったと呟きたがる咽をぐっと押さえた。
「さっき一瞬見えたあれは……」
ルークの真後ろの席で、ガイは腕を組んで考え込んでいる。隣席からナタリアが訊ねた。
「どうかしましたの?確かに地核に飛び込む直前、何かが光ったみたいでしたけれど」
「ホドでガキの頃に見た覚えがあるんだ。確かあれは……」
「詮索は後です。こちらは準備が終わりました。急いで脱出しましょう」
装置の設置を終えたジェイドが促す。脱出のために残された猶予は僅かしかない。
だが、甲板に出た一行を待ち受けていたのは、六神将・烈風のシンクだった。
部下を率いていない。単身で乗り込んだようだ。
「やっとお出ましか。遅かったね」
「侵入者はお前か!一体どうやってここに」
「そんなのどうだっていいだろ。ここでお前たちは泥と一緒に沈むんだ。――死ね!」
少女が剣を引き抜くと同時に、シンクの拳が振り下ろされる。少女はそれを刃で受け止め、シンクを見た。
「1人で来てどうするつもりですか。時間を稼いでも、共倒れになるだけです」
少女が怒りを含んだ声で言う。
シンクは最初から船に潜んでいたのだろう。そうでなければ、ここにいる説明がつかない。
だが、それなら、もっと早くに姿を見せても良かったはずだ。時間を稼いで作戦を失敗させるためだけならば、退路の残された海上で行動を開始すればいい。
「まさか、心中しようってのか?」
「心中?上等だね!一緒に死んでやるから、さっさとくたばりな!」
この人は、なんて寂しいことを言うのだろう。
だが、シンクは本気のようだ。7人で応戦しても、捨て身の人間の攻撃を防ぐことは難しかった。それぞれの肌に傷が増えていく。急がなければならないのに、持ち堪えるのがやっとだ。
少女は刃の棟をシンクに打ち付ける。それを受け、彼は舌打ちをして、身を翻して少女を蹴飛ばした。
「ぐ……っ!」
「そんなんじゃボクは殺せないよ!」
「……殺したら、もうお話しできないじゃないですか」
シンクが命を諦めようとしている理由はわからない。わからないけれど、彼は心を失っているわけではない。
これまでに少女が接してきた彼は、いつも「怒り」を帯びていた。怒りの裏には、期待があるはずだ。彼が何を欲していて、何を得られなかったのか、知りたかった。いつか触れられる日が来ると思っていた。
「なんだよ、それ……!」
シンクは声を荒げて、少女に殴りかかる。
その時に生まれた隙を逃すことなく、ジェイドの槍がシンクの腰を貫いた。直後、アニスがとどめを刺すように、彼に体当たりをする。
衝撃で仮面が吹き飛ばされ、カランと音を立てる。
すると、そこには見覚えのある顔があった。
「嘘……イオン様が、二人……!?」
シンクは、イオンと同じ顔をしていた。顔だけではない。よく見れば髪の色も、体格も、全てが同じだ。まるで、ルークとアッシュのように。
「やっぱり……。あなたも導師のレプリカなのですね」
そう言ったのはイオンだった。
「あなたもって、どういうことだ!」
「僕は、導師イオンの七番目……最後のレプリカです」
「レプリカ?お前が!?」
少女は、教団の内部で共有されていた情報を思い出す。
烈風のシンク。彼は二年前、突如として教団に現れた。規定の訓練を受けることもなく、預言の導きでもなく、一切の素性もわからぬまま、六神将のリーダーに据えられた。
そう、おそらく彼は、二年前に"生まれた"のだ。
「二年って、私がイオン様付きの導師守護役になった頃……」
アニスはそう呟いて、ハッと顔を上げる。
「まさか、アリエッタを解任したのは、あなたに……過去の記憶がないから?」
「ええ。あの時、被験者イオンは病で死に直面していた。でも跡継ぎがいなかったので、モースとヴァンがフォミクリーを使用したんです」
よほど唐突で、無理のある配置転換だったのだろう。アリエッタは当時のことを「アニスにイオンを奪われた」と表現していた。
導師守護役は誰よりも近くで導師を守る役目だ。入れ替わりに気が付かないはずがない。モースとヴァンはそれを避けたかったのだろう。
すると、これまで静かに話を聞いていたシンクが、息を切らしながら口を開く。
「お前は一番被験者に近い能力を持っていた。ボクたち屑と違ってね」
「そんな……屑だなんて……」
「屑さ。能力が劣化していたから、生きながらザレッホ火山の火口へ投げ捨てられたんだ。ゴミなんだよ、代用品にすらならないレプリカなんて……」
少女は以前、己がシンクにかけた言葉を思い浮かべる。
『どうせ死ぬなら、使い潰そうと思いまして』
レプリカルークに対しての言葉だ。
心臓が痛い。自分はなんてことを言ってしまったのだろう。生きている人間を、使い潰すだなんて。
「……シンクさん。私にとって、シンクさんは一人の人間です。ゴミなんかじゃない。だから、もっと話したいと思ったんです」
少女は震える声で呼びかける。
「それなら、最初からそうすればよかったじゃないか。でもアンタはアッシュしか見ていなかった。なんせ、境遇がそうだったからね」
ああ。そうなんだ。それが彼の絶望なんだ。
どれだけもがいても、どれだけ叫んでも抜け出せない。生まれたときに背負った宿命を、一人の力で振り払うことは、できない。
少女は想像する。きっと、何度世界を繰り返しても、少女がシンクを愛することはない。アッシュの部下になり、そして、彼を愛してしまうだろう。すべての運命はヴァンが握っているのだから。
少女は黙った。救いたいけれど、救えない。自分が彼の希望になることはできないのだ。
立ち竦む少女の目の前を、緑の影が横切る。イオンが、シンクに手を差し出している。
「一緒にここを脱出しましょう!僕らは同じじゃないですか」
「違うね」
イオンの手を振り払って、シンクは後ろに退がった。タルタロスの甲板の端へと。
「ボクが生きているのは、ヴァンが僕を利用するためだ。結局、使い道のある奴だけが、お情けで息をしてるってことさ」
そして、そのまま後ろ向きに身を投げる。
「――!!」
ルークは駆け寄ったが、彼の姿は既に見えなかった。彼は七色にゆらめく地獄への底へと、消えていった。
呆然と立ち尽くす面々の後ろで、アニスが呼びかける。今にも泣きそうな声で。
「……イオン様、泣かないで下さい」
「僕は泣いていませんよ」
「でも、涙が……」
そう言われて、イオンは自分の目元に触れる。
「……本当だ」
それは、本当に驚いているようだった。
何度も何度も涙を拭っては、その手を見る。まるで、初めて自分の手を見つけた赤子のように。
「そうか……。僕は悲しかったんですね……。泣いたのは生まれて初めてです」
同じ被検者から生まれたレプリカ。彼らは互いに何を感じていたのだろう。少女にはわからない。わからないけれど、シンクが身を投げて、少女は悲しかった。だからきっと、導師イオンはもっと悲しいのだろう。
「ごめんなさい。アニス。僕はあなたを騙していたのです」
「ううん。そんなことないです。だって……私にとってのイオン様は、あなた一人ですから」
「アニス……」
アニスは涙で濡れたイオンの手を取って、自身の胸の前でぎゅっと握りしめた。少し咳払いをすると、震えた声がいつもの調子に戻る。
「ほら~、元気出しましょ!イオン様!」
「僕をまだ、イオンと呼んでくれるのですか」
「へへ~、そんなの当然です~♪」
イオンも普段通りの穏やかな笑みをたたえて応える。
「アニス、ありがとう」
シンクが欲しがっていたものは、ここにある。
打算ではなく、あなたが良いと、唯一の存在だと言ってくれるだれか。本当は誰もが、生まれながらに手に入れているはずのだれか。
「急ぎましょう。時間がありません」
ジェイドが言う。もう、行かなければならない。
少女はふらふらと甲板の端に歩いて、世界の深淵を眺める。
「……ごめんなさい」
そして、その不安定な光に向けて、小さく呟いた。
作戦を実行する時がきた。
四日の猶予のうちに涙は枯れ、皆、普段通りの態度で段取りを確認している。
ただでさえ出発が遅れたのだ。もう、泣いたり悩んだりしている暇はない。
張り詰めた空気を引き裂くように、突然、けたたましい警報音が響いた。
侵入者だ。
「まさか、ヴァン謡将か!?」
ここは海上だ。侵入経路などないはずなのに、何故。少女たちは思案するが、答えは出ない。
「どうしよう。探して捕まえる?」
アニスがパタパタと床を鳴らす。
相手がヴァンや六神将の場合、タルタロス内部の構造は知られてしまっている。隠れることは容易いだろう。ここから見つけ出して撃退するには、時間がかかりすぎる。
「おそらく、捜索だけでも数時間かかります」
「仕方ありません。地核突入後、撃退するしかないでしょう。皆さん、席についてください」
少女の進言にジェイドが応え、皆が配置についた。
失敗は許されない。それなのに、背後には敵がいる。その緊張感に、浮足立ってしまう。
周囲が光ったと感じた次の瞬間には、タルタロスは瀑布の中へ飲み込まれていた。展開した譜陣に支えられているとはいえ、まるで自由落下のような衝撃で、少女は歯を食いしばった。
声が出せない。視界の色が徐々に変わっていくことを、ただ受け入れるしかない。七色に輝く物質が網の目のように手を結び合う奇妙な空間を、滑り落ちていく。ここはどこで、本当に帰れるのか、わからない。
長い長い時間あと、降下の感覚が止まった。
「……着いた、のか?」
「そのようです」
ジェイドはこんな場所――星の中心にいても冷静だ。
その姿を見て少女は、怖かったと呟きたがる咽をぐっと押さえた。
「さっき一瞬見えたあれは……」
ルークの真後ろの席で、ガイは腕を組んで考え込んでいる。隣席からナタリアが訊ねた。
「どうかしましたの?確かに地核に飛び込む直前、何かが光ったみたいでしたけれど」
「ホドでガキの頃に見た覚えがあるんだ。確かあれは……」
「詮索は後です。こちらは準備が終わりました。急いで脱出しましょう」
装置の設置を終えたジェイドが促す。脱出のために残された猶予は僅かしかない。
だが、甲板に出た一行を待ち受けていたのは、六神将・烈風のシンクだった。
部下を率いていない。単身で乗り込んだようだ。
「やっとお出ましか。遅かったね」
「侵入者はお前か!一体どうやってここに」
「そんなのどうだっていいだろ。ここでお前たちは泥と一緒に沈むんだ。――死ね!」
少女が剣を引き抜くと同時に、シンクの拳が振り下ろされる。少女はそれを刃で受け止め、シンクを見た。
「1人で来てどうするつもりですか。時間を稼いでも、共倒れになるだけです」
少女が怒りを含んだ声で言う。
シンクは最初から船に潜んでいたのだろう。そうでなければ、ここにいる説明がつかない。
だが、それなら、もっと早くに姿を見せても良かったはずだ。時間を稼いで作戦を失敗させるためだけならば、退路の残された海上で行動を開始すればいい。
「まさか、心中しようってのか?」
「心中?上等だね!一緒に死んでやるから、さっさとくたばりな!」
この人は、なんて寂しいことを言うのだろう。
だが、シンクは本気のようだ。7人で応戦しても、捨て身の人間の攻撃を防ぐことは難しかった。それぞれの肌に傷が増えていく。急がなければならないのに、持ち堪えるのがやっとだ。
少女は刃の棟をシンクに打ち付ける。それを受け、彼は舌打ちをして、身を翻して少女を蹴飛ばした。
「ぐ……っ!」
「そんなんじゃボクは殺せないよ!」
「……殺したら、もうお話しできないじゃないですか」
シンクが命を諦めようとしている理由はわからない。わからないけれど、彼は心を失っているわけではない。
これまでに少女が接してきた彼は、いつも「怒り」を帯びていた。怒りの裏には、期待があるはずだ。彼が何を欲していて、何を得られなかったのか、知りたかった。いつか触れられる日が来ると思っていた。
「なんだよ、それ……!」
シンクは声を荒げて、少女に殴りかかる。
その時に生まれた隙を逃すことなく、ジェイドの槍がシンクの腰を貫いた。直後、アニスがとどめを刺すように、彼に体当たりをする。
衝撃で仮面が吹き飛ばされ、カランと音を立てる。
すると、そこには見覚えのある顔があった。
「嘘……イオン様が、二人……!?」
シンクは、イオンと同じ顔をしていた。顔だけではない。よく見れば髪の色も、体格も、全てが同じだ。まるで、ルークとアッシュのように。
「やっぱり……。あなたも導師のレプリカなのですね」
そう言ったのはイオンだった。
「あなたもって、どういうことだ!」
「僕は、導師イオンの七番目……最後のレプリカです」
「レプリカ?お前が!?」
少女は、教団の内部で共有されていた情報を思い出す。
烈風のシンク。彼は二年前、突如として教団に現れた。規定の訓練を受けることもなく、預言の導きでもなく、一切の素性もわからぬまま、六神将のリーダーに据えられた。
そう、おそらく彼は、二年前に"生まれた"のだ。
「二年って、私がイオン様付きの導師守護役になった頃……」
アニスはそう呟いて、ハッと顔を上げる。
「まさか、アリエッタを解任したのは、あなたに……過去の記憶がないから?」
「ええ。あの時、被験者イオンは病で死に直面していた。でも跡継ぎがいなかったので、モースとヴァンがフォミクリーを使用したんです」
よほど唐突で、無理のある配置転換だったのだろう。アリエッタは当時のことを「アニスにイオンを奪われた」と表現していた。
導師守護役は誰よりも近くで導師を守る役目だ。入れ替わりに気が付かないはずがない。モースとヴァンはそれを避けたかったのだろう。
すると、これまで静かに話を聞いていたシンクが、息を切らしながら口を開く。
「お前は一番被験者に近い能力を持っていた。ボクたち屑と違ってね」
「そんな……屑だなんて……」
「屑さ。能力が劣化していたから、生きながらザレッホ火山の火口へ投げ捨てられたんだ。ゴミなんだよ、代用品にすらならないレプリカなんて……」
少女は以前、己がシンクにかけた言葉を思い浮かべる。
『どうせ死ぬなら、使い潰そうと思いまして』
レプリカルークに対しての言葉だ。
心臓が痛い。自分はなんてことを言ってしまったのだろう。生きている人間を、使い潰すだなんて。
「……シンクさん。私にとって、シンクさんは一人の人間です。ゴミなんかじゃない。だから、もっと話したいと思ったんです」
少女は震える声で呼びかける。
「それなら、最初からそうすればよかったじゃないか。でもアンタはアッシュしか見ていなかった。なんせ、境遇がそうだったからね」
ああ。そうなんだ。それが彼の絶望なんだ。
どれだけもがいても、どれだけ叫んでも抜け出せない。生まれたときに背負った宿命を、一人の力で振り払うことは、できない。
少女は想像する。きっと、何度世界を繰り返しても、少女がシンクを愛することはない。アッシュの部下になり、そして、彼を愛してしまうだろう。すべての運命はヴァンが握っているのだから。
少女は黙った。救いたいけれど、救えない。自分が彼の希望になることはできないのだ。
立ち竦む少女の目の前を、緑の影が横切る。イオンが、シンクに手を差し出している。
「一緒にここを脱出しましょう!僕らは同じじゃないですか」
「違うね」
イオンの手を振り払って、シンクは後ろに退がった。タルタロスの甲板の端へと。
「ボクが生きているのは、ヴァンが僕を利用するためだ。結局、使い道のある奴だけが、お情けで息をしてるってことさ」
そして、そのまま後ろ向きに身を投げる。
「――!!」
ルークは駆け寄ったが、彼の姿は既に見えなかった。彼は七色にゆらめく地獄への底へと、消えていった。
呆然と立ち尽くす面々の後ろで、アニスが呼びかける。今にも泣きそうな声で。
「……イオン様、泣かないで下さい」
「僕は泣いていませんよ」
「でも、涙が……」
そう言われて、イオンは自分の目元に触れる。
「……本当だ」
それは、本当に驚いているようだった。
何度も何度も涙を拭っては、その手を見る。まるで、初めて自分の手を見つけた赤子のように。
「そうか……。僕は悲しかったんですね……。泣いたのは生まれて初めてです」
同じ被検者から生まれたレプリカ。彼らは互いに何を感じていたのだろう。少女にはわからない。わからないけれど、シンクが身を投げて、少女は悲しかった。だからきっと、導師イオンはもっと悲しいのだろう。
「ごめんなさい。アニス。僕はあなたを騙していたのです」
「ううん。そんなことないです。だって……私にとってのイオン様は、あなた一人ですから」
「アニス……」
アニスは涙で濡れたイオンの手を取って、自身の胸の前でぎゅっと握りしめた。少し咳払いをすると、震えた声がいつもの調子に戻る。
「ほら~、元気出しましょ!イオン様!」
「僕をまだ、イオンと呼んでくれるのですか」
「へへ~、そんなの当然です~♪」
イオンも普段通りの穏やかな笑みをたたえて応える。
「アニス、ありがとう」
シンクが欲しがっていたものは、ここにある。
打算ではなく、あなたが良いと、唯一の存在だと言ってくれるだれか。本当は誰もが、生まれながらに手に入れているはずのだれか。
「急ぎましょう。時間がありません」
ジェイドが言う。もう、行かなければならない。
少女はふらふらと甲板の端に歩いて、世界の深淵を眺める。
「……ごめんなさい」
そして、その不安定な光に向けて、小さく呟いた。