崩落編
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船の上。
出港から数時間が経ち、外はすっかり暗くなっていた。
灯りのひとつもない闇の中、波の音だけが、ここが海上であることを知らせている。
艦橋ではジェイドが船の操縦をしていた。祖父と仲間たちを亡くしたノエルを気遣い、その役割を代わったのだ。その後ろで、ルークと菜真絵は作戦の準備を手伝っている。
「菜真絵、そろそろ休んだほうがいいんじゃないか?」
「お構いなく」
ルークが問いかけるが、少女の表情は変わらない。作業に集中しているのだろう。視線の合わぬまま放たれた言葉があまりにぶっきらぼうで、ルークは苦笑した。
シェリダンでの惨劇を経ても、少女はいつも通りだった。いつも冷静なティアですら、その目に涙を浮かべていたのに。
「ジェイドさんも、一度も休んでいないです」
「それはそうだけど……」
「もうすぐ自動操縦に切り替えられます。そしたら休みますよ」
ジェイドが言う。
その声色はどことなく優しくて、少女を気遣っている、と、ルークは思った。
ジェイドも、表情ひとつ変えずに淡々と舵を動かしている。だが、少女はまだ幼い。ルークよりも年下で、体も小さくて、力も弱い。
ルークは少女のことが、ただ心配だった。
「やっぱりちゃんと休まないとダメだって!」
くしゃり、という音と共に、少女が手にしていた説明書が宙に浮かぶ。
実力行使だ。取り上げられたのだ。
少女はルークをじとりと睨むが、ルークはそれを無視して、折り目のついた紙を伸ばしていた。
「……わかりました」
低い声をひとつ落として、少女は艦橋を後にした。
寝室に向かって廊下を歩く。
ルークが自分を心配しているということは、わかる。だが、休めと言われたって、どうすればいいかわからない。目が冴えて、とても眠れるような気がしない。腹は空かないし、喉も渇かない。
それならば、少しでもこの作戦を進めたほうが良い。それが、命を落としてでも船を守り抜いた『め組』と『い組』の技術者たち、そして、シェリダンの人々への誠意であり、善良な彼らの命を奪ったヴァンやリグレットへの復讐になるのだから。
あの断末魔を、涙を、励ましの言葉を、裏切ってはならない。無為な殺戮を繰り返す昔の仲間を、許してはならない。
傷つけて、殺して、その先にどんな未来があるというのだろう。レプリカに作り変えた世界に、何が残るというのだろう。何も知らない、何の罪もない、だだ明日を待つだけの人々の命を奪って、
まるで、自分のように、
少女の視界がぐにゃりと歪む。
どこが床で、壁で、天井なのか、わからない。暑いのか寒いのか、明るいのか暗いのか、起きているのか寝ているのか、なにもわからない。
だが、吐き気はする。気持ち悪い。だから、たぶん、生きてはいるのだ。
「………う、」
少女が次に目を開けると、そこにはナタリアの姿があった。
「菜真絵!目が覚めたのですね!」
「よかった……!」
体を起こすと、途端に抱きしめられる。
左耳からは、絞り出すようなルークの声が聴こえた。背中には、布団の感触。
何が起きたのか、少女には理解できなかった。だが、迷惑をかけたことだけは確かだ。
「………申し訳ありません」
少女が謝罪の言葉を口にすると、ナタリアは首を振る。
「仕方がありませんわ。あんなことがあったのです
もの」
少女が首を傾げると、ルークの口から状況が説明される。
あの後、ルークは少女を追いかけ、廊下で少女が倒れているのを発見したそうだ。その後、軽い診察を行ったジェイドから、体に異常はない、つまり、心労によって倒れたのではないかと伝えられたらしい。
少女はそれを聞いて、表情を歪める。
自分は耐えられなかったのだ。大切な人が、仲間が、殺されていく様を見て、冷静でいられなかったのだ。悲しかったのだ。
「……私には、悲しむ資格なんてないのに」
掠れた声で少女は言う。
その言わんとしていることを、ルークは理解できなかった。
「何言ってるんだよ。誰だってあんなひどい事、」
「あれは、私だった。私かもしれなかった」
少女の脳裏に、数時間前の出来事が流れ込んでくる。
それだけじゃない。ルグニカ平野での戦争、アクゼリュスの崩落、タルタロス乗員の惨殺、そして、あの日繰り返した、預言通りに世界を"修正"する任務。
少女がこれまで歩んできた道が、景色が、脳裏を駆け巡る。何度その手を汚しても、拭って、また剣を握った。
「菜真絵は神託の盾から抜け出して来たんだ」
ルークは少女を元気づけたかった。あの日ユリアシティで自分の手を取ってくれたときのように。
だが、話しかけているはずなのに、少女の視線はこちらを向かない。言葉は通じているのに、思いが通じない。苛立ちが募って、声量が抑えられない。
「罪のない人たちに手をかけるような奴らと、菜真絵は違う!」
「ルーク!」
突然、ナタリアが叫んだかと思うと、ルークは睨みつけられていた。
ナタリアは少女の頭を抱え、くしゃりと跳ねた毛を撫でる。その手は優しく動くのに、眼差しは厳しい。
「なんだよ、急に………」
「………………」
ナタリアは、戦場で少女が語ったことを思い出していた。預言で火事が起きると詠まれていれば、火を放つ。それが六神将に課せられる任務だと、少女は言っていた。
それはルークが糾弾している行為そのものだ。彼は励ましているつもりなのだろうが、結果的に、少女を責めている。だが、そのことをルークに伝える術はない。他人の過去をペラペラと話すことなど、できない。
「…………私は、」
しばらくの沈黙をおいて、少女が口を開いた。
「何人もの市民を、殺してきた」
「菜真絵……」
……不思議だった。
力を込めなくても、喉の奥から声が押し出される。唇が動く。
こんなことで2人に争ってほしくない。許されたい。いっそ嫌われてしまいたい。自分がどんな思いに突き動かされているのかもわからぬまま、少女は言葉を継ぐ。
「預言の通りに歴史を"修正"する。それが六神将に課せられた任務だった」
「……なんだよ、それ、」
初めて耳にした衝撃の事実に、ルークは怒りの声色を隠さずに呟く。しかし、今その怒りをぶつけられる対象は少女しかいない。すぐにその拳を解いて、ルークは少女の顔を覗き込んだ。
「……でも、仕方なかったんだろ?モースに命令されて、」
「違う」
少女は首を振る。俯いたまま目を伏せて、どこでもない場所を見ている。
「任務を頑張れば、ヴァン様に、アッシュ様に、認められると思って……」
本当に、それだけだった。
自らの命を守るため、人は人を傷つけることがある。ヴァンや少年はそうだ。故郷を追われた彼らは、ローレライ教団に身を置き、再起の時を待つしかなかった。
だが、少女は違う。
帰る場所はなくとも、彼女が"導きの少女"である限り、どこへでも行けた。特務師団から逃げることもできた。命を奪われた人々を、どこかへ逃がすことだってできたかもしれない。
それなのに少女は、預言に背く少年にあこがれて、その背中を追うことを選んだのだ。
ルークは少女の話を聞いて、唇を噛む。少女の自戒の言葉のはずなのに、自分のことを言われているような気がした。
「俺も、同じだ……。英雄になれるって、ヴァン師匠が言ったから………」
「違う!ルークさんは何も知らなかった!」
突然、空を彷徨っていた少女の視線が、ルークを射抜く。
やっと目が合った。それなのに、少女は見たこともないくらい、苦しそうだった。
「私は知ってた。誰かが死ぬことも、悲しむ人がいることも、知ってたはずなのに」
大切な人を失う苦しみを、少女は知っているつもりだった。だからこそ、愛する少年をこの世に繋ぎ止めようとした。
だが、それは空想でしかなかった。
見知らぬ市民の死では、顔もわからない部下の死では、本当の意味で理解することはできなかった。
もう二度と会えない。触れられない。声を聞くこともできない。彼らの中にだけあった記憶や思いは、この世から消えた。
それがどれだけ空虚で、重いことなのか。自分がこの手で奪ったものが、何だったのか。やっとわかる。わかるから、恐ろしくてたまらない。
「どうして、こんなに簡単なこともわからなかったの……」
少女は体を丸め、震えている。時折嗚咽を漏らしては、咳き込む。
耐えているつもりだった。割り切れているつもりだった。だが本当は、自分の心が鈍いだけだった。現実を見ていないだけだった。
「……………菜真絵」
しばらくして、ルークは少女の手を握る。そっと触れられた、と思ったのも束の間、しだいに痛いほど力が込められる。少女は驚いて顔を上げ、ルークを見た。
彼は緋色の髪を揺らして、泣いている。ぼろぼろと大粒の涙が、少女の服に落ちていく。
「なんで、泣いてるんですか……」
「ごめん……。なんでだろ………、菜真絵のほうが辛いのに、おかしいよな」
そういうことを言いたかったのではない。こんな汚い自分のために、あなたが涙を流すことなんてない。
少女がそう言うと、ルークは少しだけ口角を上げて、首を振る。
「でも俺、菜真絵が悲しいと悲しいよ」
「………………」
どこまでも温かい。
自分が持っていない思いやりが、彼の中にある。だからこそ、少女は余計に恥ずかしかった。
何も言葉が返せず黙る少女に、ナタリアが語りかける。
「菜真絵がこれまでにしたことは、許されることではありません。ですが貴女は今、亡くなった者たちのために泣いているではありませんか」
「泣いて……………」
ナタリアの言葉に少女が頬を撫でると、手袋がひやりと温度を下げる。
「菜真絵は変われたんだよ。だから、悲しむ資格がないなんてこと、ない」
どうしてそんなことを言うのだろう。自分を許して何になるというのだろう。受け入れたって、何もしてあげられない。これまでだって、何もできていない。
だけど、嬉しい。
嬉しくてたまらない。
好きな人から認めてもらえることが、生きる意味になる。
「…………ごめんなさい、ごめんなさい……!」
少女はナタリアの腕にしがみついて、大声で泣いた。ずっとこの姿を見せまいと、隠していたのに。涙が溢れて、とまらない。
ルークもまた泣きながら、少女の頭を撫でる。もう少女の頭はくしゃくしゃだ。
窓の外は、うっすらと明るくなっていた。
出港から数時間が経ち、外はすっかり暗くなっていた。
灯りのひとつもない闇の中、波の音だけが、ここが海上であることを知らせている。
艦橋ではジェイドが船の操縦をしていた。祖父と仲間たちを亡くしたノエルを気遣い、その役割を代わったのだ。その後ろで、ルークと菜真絵は作戦の準備を手伝っている。
「菜真絵、そろそろ休んだほうがいいんじゃないか?」
「お構いなく」
ルークが問いかけるが、少女の表情は変わらない。作業に集中しているのだろう。視線の合わぬまま放たれた言葉があまりにぶっきらぼうで、ルークは苦笑した。
シェリダンでの惨劇を経ても、少女はいつも通りだった。いつも冷静なティアですら、その目に涙を浮かべていたのに。
「ジェイドさんも、一度も休んでいないです」
「それはそうだけど……」
「もうすぐ自動操縦に切り替えられます。そしたら休みますよ」
ジェイドが言う。
その声色はどことなく優しくて、少女を気遣っている、と、ルークは思った。
ジェイドも、表情ひとつ変えずに淡々と舵を動かしている。だが、少女はまだ幼い。ルークよりも年下で、体も小さくて、力も弱い。
ルークは少女のことが、ただ心配だった。
「やっぱりちゃんと休まないとダメだって!」
くしゃり、という音と共に、少女が手にしていた説明書が宙に浮かぶ。
実力行使だ。取り上げられたのだ。
少女はルークをじとりと睨むが、ルークはそれを無視して、折り目のついた紙を伸ばしていた。
「……わかりました」
低い声をひとつ落として、少女は艦橋を後にした。
寝室に向かって廊下を歩く。
ルークが自分を心配しているということは、わかる。だが、休めと言われたって、どうすればいいかわからない。目が冴えて、とても眠れるような気がしない。腹は空かないし、喉も渇かない。
それならば、少しでもこの作戦を進めたほうが良い。それが、命を落としてでも船を守り抜いた『め組』と『い組』の技術者たち、そして、シェリダンの人々への誠意であり、善良な彼らの命を奪ったヴァンやリグレットへの復讐になるのだから。
あの断末魔を、涙を、励ましの言葉を、裏切ってはならない。無為な殺戮を繰り返す昔の仲間を、許してはならない。
傷つけて、殺して、その先にどんな未来があるというのだろう。レプリカに作り変えた世界に、何が残るというのだろう。何も知らない、何の罪もない、だだ明日を待つだけの人々の命を奪って、
まるで、自分のように、
少女の視界がぐにゃりと歪む。
どこが床で、壁で、天井なのか、わからない。暑いのか寒いのか、明るいのか暗いのか、起きているのか寝ているのか、なにもわからない。
だが、吐き気はする。気持ち悪い。だから、たぶん、生きてはいるのだ。
「………う、」
少女が次に目を開けると、そこにはナタリアの姿があった。
「菜真絵!目が覚めたのですね!」
「よかった……!」
体を起こすと、途端に抱きしめられる。
左耳からは、絞り出すようなルークの声が聴こえた。背中には、布団の感触。
何が起きたのか、少女には理解できなかった。だが、迷惑をかけたことだけは確かだ。
「………申し訳ありません」
少女が謝罪の言葉を口にすると、ナタリアは首を振る。
「仕方がありませんわ。あんなことがあったのです
もの」
少女が首を傾げると、ルークの口から状況が説明される。
あの後、ルークは少女を追いかけ、廊下で少女が倒れているのを発見したそうだ。その後、軽い診察を行ったジェイドから、体に異常はない、つまり、心労によって倒れたのではないかと伝えられたらしい。
少女はそれを聞いて、表情を歪める。
自分は耐えられなかったのだ。大切な人が、仲間が、殺されていく様を見て、冷静でいられなかったのだ。悲しかったのだ。
「……私には、悲しむ資格なんてないのに」
掠れた声で少女は言う。
その言わんとしていることを、ルークは理解できなかった。
「何言ってるんだよ。誰だってあんなひどい事、」
「あれは、私だった。私かもしれなかった」
少女の脳裏に、数時間前の出来事が流れ込んでくる。
それだけじゃない。ルグニカ平野での戦争、アクゼリュスの崩落、タルタロス乗員の惨殺、そして、あの日繰り返した、預言通りに世界を"修正"する任務。
少女がこれまで歩んできた道が、景色が、脳裏を駆け巡る。何度その手を汚しても、拭って、また剣を握った。
「菜真絵は神託の盾から抜け出して来たんだ」
ルークは少女を元気づけたかった。あの日ユリアシティで自分の手を取ってくれたときのように。
だが、話しかけているはずなのに、少女の視線はこちらを向かない。言葉は通じているのに、思いが通じない。苛立ちが募って、声量が抑えられない。
「罪のない人たちに手をかけるような奴らと、菜真絵は違う!」
「ルーク!」
突然、ナタリアが叫んだかと思うと、ルークは睨みつけられていた。
ナタリアは少女の頭を抱え、くしゃりと跳ねた毛を撫でる。その手は優しく動くのに、眼差しは厳しい。
「なんだよ、急に………」
「………………」
ナタリアは、戦場で少女が語ったことを思い出していた。預言で火事が起きると詠まれていれば、火を放つ。それが六神将に課せられる任務だと、少女は言っていた。
それはルークが糾弾している行為そのものだ。彼は励ましているつもりなのだろうが、結果的に、少女を責めている。だが、そのことをルークに伝える術はない。他人の過去をペラペラと話すことなど、できない。
「…………私は、」
しばらくの沈黙をおいて、少女が口を開いた。
「何人もの市民を、殺してきた」
「菜真絵……」
……不思議だった。
力を込めなくても、喉の奥から声が押し出される。唇が動く。
こんなことで2人に争ってほしくない。許されたい。いっそ嫌われてしまいたい。自分がどんな思いに突き動かされているのかもわからぬまま、少女は言葉を継ぐ。
「預言の通りに歴史を"修正"する。それが六神将に課せられた任務だった」
「……なんだよ、それ、」
初めて耳にした衝撃の事実に、ルークは怒りの声色を隠さずに呟く。しかし、今その怒りをぶつけられる対象は少女しかいない。すぐにその拳を解いて、ルークは少女の顔を覗き込んだ。
「……でも、仕方なかったんだろ?モースに命令されて、」
「違う」
少女は首を振る。俯いたまま目を伏せて、どこでもない場所を見ている。
「任務を頑張れば、ヴァン様に、アッシュ様に、認められると思って……」
本当に、それだけだった。
自らの命を守るため、人は人を傷つけることがある。ヴァンや少年はそうだ。故郷を追われた彼らは、ローレライ教団に身を置き、再起の時を待つしかなかった。
だが、少女は違う。
帰る場所はなくとも、彼女が"導きの少女"である限り、どこへでも行けた。特務師団から逃げることもできた。命を奪われた人々を、どこかへ逃がすことだってできたかもしれない。
それなのに少女は、預言に背く少年にあこがれて、その背中を追うことを選んだのだ。
ルークは少女の話を聞いて、唇を噛む。少女の自戒の言葉のはずなのに、自分のことを言われているような気がした。
「俺も、同じだ……。英雄になれるって、ヴァン師匠が言ったから………」
「違う!ルークさんは何も知らなかった!」
突然、空を彷徨っていた少女の視線が、ルークを射抜く。
やっと目が合った。それなのに、少女は見たこともないくらい、苦しそうだった。
「私は知ってた。誰かが死ぬことも、悲しむ人がいることも、知ってたはずなのに」
大切な人を失う苦しみを、少女は知っているつもりだった。だからこそ、愛する少年をこの世に繋ぎ止めようとした。
だが、それは空想でしかなかった。
見知らぬ市民の死では、顔もわからない部下の死では、本当の意味で理解することはできなかった。
もう二度と会えない。触れられない。声を聞くこともできない。彼らの中にだけあった記憶や思いは、この世から消えた。
それがどれだけ空虚で、重いことなのか。自分がこの手で奪ったものが、何だったのか。やっとわかる。わかるから、恐ろしくてたまらない。
「どうして、こんなに簡単なこともわからなかったの……」
少女は体を丸め、震えている。時折嗚咽を漏らしては、咳き込む。
耐えているつもりだった。割り切れているつもりだった。だが本当は、自分の心が鈍いだけだった。現実を見ていないだけだった。
「……………菜真絵」
しばらくして、ルークは少女の手を握る。そっと触れられた、と思ったのも束の間、しだいに痛いほど力が込められる。少女は驚いて顔を上げ、ルークを見た。
彼は緋色の髪を揺らして、泣いている。ぼろぼろと大粒の涙が、少女の服に落ちていく。
「なんで、泣いてるんですか……」
「ごめん……。なんでだろ………、菜真絵のほうが辛いのに、おかしいよな」
そういうことを言いたかったのではない。こんな汚い自分のために、あなたが涙を流すことなんてない。
少女がそう言うと、ルークは少しだけ口角を上げて、首を振る。
「でも俺、菜真絵が悲しいと悲しいよ」
「………………」
どこまでも温かい。
自分が持っていない思いやりが、彼の中にある。だからこそ、少女は余計に恥ずかしかった。
何も言葉が返せず黙る少女に、ナタリアが語りかける。
「菜真絵がこれまでにしたことは、許されることではありません。ですが貴女は今、亡くなった者たちのために泣いているではありませんか」
「泣いて……………」
ナタリアの言葉に少女が頬を撫でると、手袋がひやりと温度を下げる。
「菜真絵は変われたんだよ。だから、悲しむ資格がないなんてこと、ない」
どうしてそんなことを言うのだろう。自分を許して何になるというのだろう。受け入れたって、何もしてあげられない。これまでだって、何もできていない。
だけど、嬉しい。
嬉しくてたまらない。
好きな人から認めてもらえることが、生きる意味になる。
「…………ごめんなさい、ごめんなさい……!」
少女はナタリアの腕にしがみついて、大声で泣いた。ずっとこの姿を見せまいと、隠していたのに。涙が溢れて、とまらない。
ルークもまた泣きながら、少女の頭を撫でる。もう少女の頭はくしゃくしゃだ。
窓の外は、うっすらと明るくなっていた。