崩落編
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少女たちがシェリダンに戻ると、地殻の振動を止めるための装置が完成していた。
「すごい……短い間に。ありがとうございます」
少女たちは、め組とい組の技術者たちに労いの言葉をかけた。老人たちも、にこやかに微笑み返す。
この装置が世界の命運を握っている。
それはタルタロスを改造して作られており、乗り物の様相をしていた。これに乗り込み、地殻の振動を止めるのだ。
「注意点が幾つかあるぞい」
イエモンが言う。
地殻振動と圧力に耐えうるだけの譜術障壁は、6日ほどしか保たないそうだ。加えて、譜術障壁の発動には大規模な音機関が必要で、シェリダン港でしか行えないとのことだった。
つまり、シェリダン港を出発してすぐに制限時間のカウントダウンが始まる。譜術障壁が消えれば、船ごと圧力に潰されてしまう。
「甲板に上昇気流を生み出す譜陣が描かれておる。それを補助出力にして脱出するんじゃ」
ここから地殻に続く道――アクゼリュスには、5日ほどかかる。つまり、1日で、地殻への突入、振動装置の取り付け、脱出を行わなければならない。ヴァンによる妨害が入ることを考えると、一刻の猶予もない。
少女たちは出港前に、食糧や武器の準備をした。全員が命を落としてしまう危険のある任務だが、誰も乗船をやめようとはしなかった。
め組とい組の技術を信用しているのもあるが、それよりも、世界が変わるその時を見届けたいという思いが強かった。
もちろん、振動停止装置の駆動や船内での炊事、妨害があったときの戦闘のことを考えれば、できるだけ人数は多いほうがいい。
少女もまた、船へ乗り込む覚悟を決めた。
皆が準備を終え、集会所に集まる。
港のほうから大きな音が聞こえる。出港の準備ができたのだ。
もう、戻れない。
「みんな、行こう!」
ルークが皆を鼓舞し、それぞれが頷く。
しかし、集会所を出たところには、招かれざる客が立っていた。
「リグレット教官!」
「ベルケンドの研究者どもがシェリダンに逃げ込んだという噂は本当だったか」
後ろには、十数人の兵士が控えている。
ヴァンの計画性の高さを考えればわかることだが、モースによるヴァン一派の"処分"は、到底間に合っていないようだ。この状況でも、十分な部下を従えることができている。
「そこをどけ」
ルークが腹の底から怒りの声を出した。が、兵もリグレットも微動だにしない。
「お前たちを行かせる訳にはいかない。地核を静止状態にされては困る。……港も神託の盾騎士団が制圧した。無駄な抵抗は止めて武器を捨てろ!」
その時だった。
「タマラ!やれいっ!」
「あいよっ!」
イエモンの合図で、物陰からタマラが駆け出した。集会所の裏口から回りこんでいたらしい。肩に構えた急ごしらえの放射器からごうごうと炎を放つと、たまらず兵たちが逃げ惑った。
「今じゃ!港へ行けぃっ!」
「けど……」
ルークたちはためらい、足を動かせない。
「奴らにタルタロスを沈められたら、あたしらの仕事が無駄になるよ!」
「時間がない!早くせんか!」
二人の老人に怒鳴られて、ルークたちは弾かれたように走り出した。
通りは既に混戦状態だった。
神託の盾兵と、一般人が揉み合っている。どうやらこの街の者は皆、地殻振動停止計画のことを知っているらしい。ルークたちの歩みを止めるまいと、戦っているのだ。バチカルから逃げたときと、同じように。
この状態では、敵味方を区別して攻撃を加えることができない。ジェイドは譜術を唱えることをやめ、槍を持って戦っている。
「きゃあっ!?」
ふいに、ナタリアの悲鳴が聞こえた。
少女が振り返れば、地面に弓を落としている。リグレットの銃に撃たれたのだ。
リグレットはまだ、ナタリアに銃口を向けている。
危ない。
少女がナタリアの元へと走り出そうとすると、視界の隅から、影が飛び出した。
「やめろぉ!」
イエモンが、リグレットの腰に体当たりをしていた。
「イエモンさん!離れて!」
全身の力を使って、イエモンは敵にもたれかかる。しかし、リグレットはびくともしない。
「ぐおっ!?」
譜銃を持った手で殴り飛ばされて、イエモンは集会所の扉に背中から叩きつけられた。ぐしゃりと嫌な音がして、そのままズルズルと座り込む。
「イエモンさん!」
まずい。今の衝撃では、命が危ない。
ナタリアをはじめ、数人がイエモンの元に駆け寄ろうとする。しかし、タマラがその前に立ちはだかった。
「あたしら年寄りのことよりやるべきことがあるでしょうっ!」
「さっさと……いかんかぁっ!!」
イエモンが声を絞り出す。
譜術障壁は起動した。もう一刻の猶予もないのだ。船に向かうしか、ない。
走るルークたちを神託の盾兵が追う。進めばその度に、ルークたちの後ろに市民が割り込む。
「タルタロスには俺の手も入ってるんだ!邪魔させるか!」
若者が神託の盾兵の剣を受け止める。しかし、武術の心得のない彼は、簡単に足をとられ、神託の盾兵に、腹を斬られた。
「ぐあっ!?」
苦鳴をあげて若者が転がり、動かなくなる。
「な……なんてことなの……っ!」
「リグレット教官……、民間人に手をかけるなんて……」
バチカルの時とは違う。あのときのキムラスカ兵たちは、市民を斬ることはしなかった。それが世界共通で尊ばれている、騎士の美徳だからだ。
しかし、少女は知っていた。預言のためなら、目指す理想のためなら、民間人だろうと手にかける。それが神託の盾騎士団なのだということを。
少しでも多くの人の命を助けるには、急ぐしか無い。街を出てしまえば、街の人々が攻撃を加えられることもないのだから。
「くっそ!この肝心な時にアッシュの奴は何してんだ!」
「いない奴の事なんて気にしてらんないよぉ!」
走る。走る。走る。
ルークとナタリアは嘆きながら、アニスは泣きながら、ティアは譜歌を歌い、他の面々は、声を出さず。
次々と人が倒れていく。
血が流れていく。
断末魔がこだまする。
悲鳴の中から、がんばれ、と聞こえる。
港へ着くと、多くの騎士たちと、少しの民間人が、倒れ眠っていた。
譜業の催眠煙幕がかけられていたらしい。遠くから、ヘンケン、キャシー、アストンの3人が歩いてくる。彼らがこの状況を作ったようだ。おかげで、タルタロスは無傷だった。
「譜術障壁は作動させた。さあ、時間はないぞ」
「奴ら、街にも行ったみたいだけど、タマラたちは……」
キャシーの問いに、ルークたちは暗い顔で黙り込んだ。
「まさか……!?」
ヘンケンが愕然として声を震わせる。
言葉が出ない。謝っても、もう、彼らは帰ってこないのだ。
「呑気に立ち話をしていていいのか?」
聴き慣れた声が響いた。
振り返る間もなく、少女を衝撃が襲う。気がつけば、全員が護岸の端まで吹き飛ばされていた。
顔を上げると、髭を携えた若い男が、凛と立っている。
「ヴァン師匠!」
ルークが叫ぶ。
後ろには、見覚えのある老人がいた。
「スピノザ……!俺たち仲間より神託の盾の味方をするのか!」
「……わ、わしは……わしは……」
ヘンケンの言葉を受けて、スピノザはうわ言のように何かを繰り返す。旧友たちの倒れ伏す姿を見て、彼は何を感じているのだろう。心からヴァンに傾倒しているようにはとても見えない。
しかし、今は敵だ。
ルークが剣を構えようとしたとき、すぐにヴァンの周囲を光が包んだ。ジェイドの譜術だ。ヴァンは小さくよろけるだけだったが、スピノザは衝撃に弾かれて倒れ込む。
「今、優先するのは地核を静止することです。タルタロスへ行きますよ」
そうだ。どれほど憎くても、今はやるべきことがある。ジェイドの声で、皆が船に向かって走り出す。
すぐに体制を立て直しその背をヴァンが追うが、その前に、2人の老人が立ちはだかった。
「危ないわ!逃げて!」
ティアが叫ぶが、ヘンケンとキャシーは、ヴァンにしがみつき、彼の動きを止める。
「そうはいかない。こんな風になったのは、スピノザが俺たち『い組』を裏切ったからだ」
「こんな年寄りでも障害物にはなるわ。あなたたちはタルタロスへ行きなさい」
「馬鹿もん!どくんじゃ!」
必死にスピノザが喚いた。だが、ヘンケンとキャシーは動じない。
「仲間の失態は仲間である俺たちが償う」
「行きなさい!」
その声に弾かれて、仲間たちは立ち上がって走り出す。その中で、ルークは一人振り返り、泣くような声で叫ぶ。
「ごめん……ヘンケンさん、キャシーさん、アストンさん……!」
全員が船に乗り込むのを確認すると、ジェイドは船の昇降口ハッチを閉めた。
タルタロスは、見る間に岸から離れていく。
ルークたちの、地獄への旅が始まる。
「すごい……短い間に。ありがとうございます」
少女たちは、め組とい組の技術者たちに労いの言葉をかけた。老人たちも、にこやかに微笑み返す。
この装置が世界の命運を握っている。
それはタルタロスを改造して作られており、乗り物の様相をしていた。これに乗り込み、地殻の振動を止めるのだ。
「注意点が幾つかあるぞい」
イエモンが言う。
地殻振動と圧力に耐えうるだけの譜術障壁は、6日ほどしか保たないそうだ。加えて、譜術障壁の発動には大規模な音機関が必要で、シェリダン港でしか行えないとのことだった。
つまり、シェリダン港を出発してすぐに制限時間のカウントダウンが始まる。譜術障壁が消えれば、船ごと圧力に潰されてしまう。
「甲板に上昇気流を生み出す譜陣が描かれておる。それを補助出力にして脱出するんじゃ」
ここから地殻に続く道――アクゼリュスには、5日ほどかかる。つまり、1日で、地殻への突入、振動装置の取り付け、脱出を行わなければならない。ヴァンによる妨害が入ることを考えると、一刻の猶予もない。
少女たちは出港前に、食糧や武器の準備をした。全員が命を落としてしまう危険のある任務だが、誰も乗船をやめようとはしなかった。
め組とい組の技術を信用しているのもあるが、それよりも、世界が変わるその時を見届けたいという思いが強かった。
もちろん、振動停止装置の駆動や船内での炊事、妨害があったときの戦闘のことを考えれば、できるだけ人数は多いほうがいい。
少女もまた、船へ乗り込む覚悟を決めた。
皆が準備を終え、集会所に集まる。
港のほうから大きな音が聞こえる。出港の準備ができたのだ。
もう、戻れない。
「みんな、行こう!」
ルークが皆を鼓舞し、それぞれが頷く。
しかし、集会所を出たところには、招かれざる客が立っていた。
「リグレット教官!」
「ベルケンドの研究者どもがシェリダンに逃げ込んだという噂は本当だったか」
後ろには、十数人の兵士が控えている。
ヴァンの計画性の高さを考えればわかることだが、モースによるヴァン一派の"処分"は、到底間に合っていないようだ。この状況でも、十分な部下を従えることができている。
「そこをどけ」
ルークが腹の底から怒りの声を出した。が、兵もリグレットも微動だにしない。
「お前たちを行かせる訳にはいかない。地核を静止状態にされては困る。……港も神託の盾騎士団が制圧した。無駄な抵抗は止めて武器を捨てろ!」
その時だった。
「タマラ!やれいっ!」
「あいよっ!」
イエモンの合図で、物陰からタマラが駆け出した。集会所の裏口から回りこんでいたらしい。肩に構えた急ごしらえの放射器からごうごうと炎を放つと、たまらず兵たちが逃げ惑った。
「今じゃ!港へ行けぃっ!」
「けど……」
ルークたちはためらい、足を動かせない。
「奴らにタルタロスを沈められたら、あたしらの仕事が無駄になるよ!」
「時間がない!早くせんか!」
二人の老人に怒鳴られて、ルークたちは弾かれたように走り出した。
通りは既に混戦状態だった。
神託の盾兵と、一般人が揉み合っている。どうやらこの街の者は皆、地殻振動停止計画のことを知っているらしい。ルークたちの歩みを止めるまいと、戦っているのだ。バチカルから逃げたときと、同じように。
この状態では、敵味方を区別して攻撃を加えることができない。ジェイドは譜術を唱えることをやめ、槍を持って戦っている。
「きゃあっ!?」
ふいに、ナタリアの悲鳴が聞こえた。
少女が振り返れば、地面に弓を落としている。リグレットの銃に撃たれたのだ。
リグレットはまだ、ナタリアに銃口を向けている。
危ない。
少女がナタリアの元へと走り出そうとすると、視界の隅から、影が飛び出した。
「やめろぉ!」
イエモンが、リグレットの腰に体当たりをしていた。
「イエモンさん!離れて!」
全身の力を使って、イエモンは敵にもたれかかる。しかし、リグレットはびくともしない。
「ぐおっ!?」
譜銃を持った手で殴り飛ばされて、イエモンは集会所の扉に背中から叩きつけられた。ぐしゃりと嫌な音がして、そのままズルズルと座り込む。
「イエモンさん!」
まずい。今の衝撃では、命が危ない。
ナタリアをはじめ、数人がイエモンの元に駆け寄ろうとする。しかし、タマラがその前に立ちはだかった。
「あたしら年寄りのことよりやるべきことがあるでしょうっ!」
「さっさと……いかんかぁっ!!」
イエモンが声を絞り出す。
譜術障壁は起動した。もう一刻の猶予もないのだ。船に向かうしか、ない。
走るルークたちを神託の盾兵が追う。進めばその度に、ルークたちの後ろに市民が割り込む。
「タルタロスには俺の手も入ってるんだ!邪魔させるか!」
若者が神託の盾兵の剣を受け止める。しかし、武術の心得のない彼は、簡単に足をとられ、神託の盾兵に、腹を斬られた。
「ぐあっ!?」
苦鳴をあげて若者が転がり、動かなくなる。
「な……なんてことなの……っ!」
「リグレット教官……、民間人に手をかけるなんて……」
バチカルの時とは違う。あのときのキムラスカ兵たちは、市民を斬ることはしなかった。それが世界共通で尊ばれている、騎士の美徳だからだ。
しかし、少女は知っていた。預言のためなら、目指す理想のためなら、民間人だろうと手にかける。それが神託の盾騎士団なのだということを。
少しでも多くの人の命を助けるには、急ぐしか無い。街を出てしまえば、街の人々が攻撃を加えられることもないのだから。
「くっそ!この肝心な時にアッシュの奴は何してんだ!」
「いない奴の事なんて気にしてらんないよぉ!」
走る。走る。走る。
ルークとナタリアは嘆きながら、アニスは泣きながら、ティアは譜歌を歌い、他の面々は、声を出さず。
次々と人が倒れていく。
血が流れていく。
断末魔がこだまする。
悲鳴の中から、がんばれ、と聞こえる。
港へ着くと、多くの騎士たちと、少しの民間人が、倒れ眠っていた。
譜業の催眠煙幕がかけられていたらしい。遠くから、ヘンケン、キャシー、アストンの3人が歩いてくる。彼らがこの状況を作ったようだ。おかげで、タルタロスは無傷だった。
「譜術障壁は作動させた。さあ、時間はないぞ」
「奴ら、街にも行ったみたいだけど、タマラたちは……」
キャシーの問いに、ルークたちは暗い顔で黙り込んだ。
「まさか……!?」
ヘンケンが愕然として声を震わせる。
言葉が出ない。謝っても、もう、彼らは帰ってこないのだ。
「呑気に立ち話をしていていいのか?」
聴き慣れた声が響いた。
振り返る間もなく、少女を衝撃が襲う。気がつけば、全員が護岸の端まで吹き飛ばされていた。
顔を上げると、髭を携えた若い男が、凛と立っている。
「ヴァン師匠!」
ルークが叫ぶ。
後ろには、見覚えのある老人がいた。
「スピノザ……!俺たち仲間より神託の盾の味方をするのか!」
「……わ、わしは……わしは……」
ヘンケンの言葉を受けて、スピノザはうわ言のように何かを繰り返す。旧友たちの倒れ伏す姿を見て、彼は何を感じているのだろう。心からヴァンに傾倒しているようにはとても見えない。
しかし、今は敵だ。
ルークが剣を構えようとしたとき、すぐにヴァンの周囲を光が包んだ。ジェイドの譜術だ。ヴァンは小さくよろけるだけだったが、スピノザは衝撃に弾かれて倒れ込む。
「今、優先するのは地核を静止することです。タルタロスへ行きますよ」
そうだ。どれほど憎くても、今はやるべきことがある。ジェイドの声で、皆が船に向かって走り出す。
すぐに体制を立て直しその背をヴァンが追うが、その前に、2人の老人が立ちはだかった。
「危ないわ!逃げて!」
ティアが叫ぶが、ヘンケンとキャシーは、ヴァンにしがみつき、彼の動きを止める。
「そうはいかない。こんな風になったのは、スピノザが俺たち『い組』を裏切ったからだ」
「こんな年寄りでも障害物にはなるわ。あなたたちはタルタロスへ行きなさい」
「馬鹿もん!どくんじゃ!」
必死にスピノザが喚いた。だが、ヘンケンとキャシーは動じない。
「仲間の失態は仲間である俺たちが償う」
「行きなさい!」
その声に弾かれて、仲間たちは立ち上がって走り出す。その中で、ルークは一人振り返り、泣くような声で叫ぶ。
「ごめん……ヘンケンさん、キャシーさん、アストンさん……!」
全員が船に乗り込むのを確認すると、ジェイドは船の昇降口ハッチを閉めた。
タルタロスは、見る間に岸から離れていく。
ルークたちの、地獄への旅が始まる。