崩落編
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バチカルにルークたちの姿はなかった。
道中で何かあったのだろうか。少女は心配に思ったが、それを口に出すことはしなかった。
もしルークたちが王への説得を諦め、他の場所に向かっていたとしても、ディストに狙われている以上、いつここに連れてこられるかわからない。
そのときのために、少女がこの街を動くことはできない。
少年はこの街のことを、知っているだけ少女に伝えた。その後は落ち合う時間と場所を決めて、街を探索した。脱出経路を探すためだ。
街を一人で歩く少女の視界に、見たことのある景色が映った。住宅街の隅に建つ、診療所だ。
診療所の前には、いくつもの花束が置かれていた。ここで亡くなった人に向けたものとは到底思えない数だ。
少女はすぐに、ナタリアに向けられた花だと理解した。
街の人々は、ナタリアがアクゼリュスで亡くなったと思っているのだろう。
この診療所は、ナタリアによって建てられたものである。開所式では、王女自らこの地を訪れ、街の皆で祝福した。
少女が初めてナタリアの姿を見たのは、その時だ。
少女は、吸い込まれるように診療所の敷地に足を踏み入れた。捧げられた花々が風に揺れている。
彼女が人々にどれだけ愛されているのか、よくわかる。だからこそ、守らなければならない。
「…………明寺奏長?」
診療所の入り口あたりから、声がした。少女がその方向を見やれば、一人の男が立っている。
見覚えのない顔だ。しかし、声はどこかで聞いたことがある。
男は包帯を巻いた足をひきずりながら、ゆっくりと後退りをしている。少女の姿に怯えている様子だ。
「もしかして貴方は、特務師団の?」
「ひ………っ、お許しを!」
騎士たちはいつも鎧を被っていたから、彼らがどんな顔をしているのかなんて、知らなかった。
少女の言葉を受けて、男は地面に倒れ込む。どうやら、少女の予想は合っているらしい。
男が何故怯えているのかはわからない。しかし、倒れた人を放っておくわけにはいかないと、少女は男に手を差し伸べる。すると男は、驚いたように目を見開いた後、少しだけ表情を緩ませた。
「明寺奏長は、私たちを追ってきたのではないのですか?」
「違います。……追う、というのは?」
「グランツ謡将との内通が疑われた者は、大詠師によりダアトを追われたのです。ご存知ないのですか?」
少女はハッとした。少し前、モースがヴァンの内通者を"処分"したと言っていた。特務師団の部下たちも、同じ目に遭ったのだ。
「私も大詠師の拘束から抜け出してここへ来たのです。守れなくて、すみません……」
少女がそう言うと、警戒が解けたのか、男は少女の手を取って立ち上がった。すぐに壁の手すりを掴み直して、悲しそうに俯く。
「導きの少女様にまで手をかけようと……、大詠師は狂ってしまわれたのか」
男は少し曲解しているようだが、少女は何も言わなかった。
この戦争は、預言に記された出来事であり、それを妨害する者に大詠師が罰を与えるのは当たり前のことだ。だが、この男は秘預言の内容を知らない。真実を告げても、少女への猜疑心が高まるだけだ。
「私に何かできることはありませんか?お金なら、少しは、」
「いえ。幸い、この街の施設のおかげでなんとか生活できています。それよりも、他の団員たちに顔を見せてあげてください。ここで何人かが休んでいます」
健気な団員の姿に、少女は胸が痛くなる。この厳しい日々の中で、少女は彼の存在を忘れていた。しかし、彼は少女にまだ忠誠心を抱いている。
これが、人の上に立つということなのだろう。
頭では理解していても、心が追いつかない。
キムラスカの王女は、そんな苦しみを力に変えて、民を救おうとこの診療所を建てたのだ。それがどれほど尊いことか。
「さあ中へどうぞ。ああ、その前に、ナタリア殿下に手を合わせないと」
男は少女に、花々の前に立つように促す。彼も、この診療所の成り立ちを誰かから聞いたのだろう。
しかし、少女はその場から動かず、じっと、花に囲まれた祠のようなものを見詰めた。
「ナタリアさんは、死んでなどいません」
少女は、小さな声で呟いた。
その声を掻き消すように、通りに、けたたましい怒声が鳴り響く。
「どけ!罪人が通るぞ!」
叫んでいるのは、キムラスカの兵士だった。馬が小屋のようなものを引き、その周りを大勢の兵士たちが取り囲んで進んでいる。その行き先は、天空客車の昇降口だ。
騒ぎを聞いた住民たちが、ぞろぞろと外に出てくる。診療所の中の人々も、庭に集まっていた。
少女はとっさに茂みに隠れて、街中に響き渡るような大声を出した。
「ナタリアさん!!」
少しして、通りからくぐもった声が聞こえた。
「菜真絵!?そこにいるのですか!?」
その声に、街中が騒然とする。
この区域には、ナタリアの声を聞いたことがある人間が多い。
「どういうことですか?」
「ナタリア殿下に何が起こったのです!?」
診療所の人々が、菜真絵を取り囲んで問い詰める。
「後で必ず説明します。……それまでに人を集めてもらえないでしょうか」
少女はそう言い残して、その場を去った。
約束していた場所に向かうと、少年が立っていた。
「キムラスカは、アクゼリュス崩落の首謀者として、ナタリアとレプリカの屑を処刑するつもりらしい」
「………そうですか」
考えうる中で最悪のパターンだ。預言で死を宣告されたルークのみでなく、ナタリアにまで手をかけるなんて。
だからこそ、必ず助けなければならない。
「他の奴ら一般の牢に入れられている。まずはそいつらを解放する」
「はい。アッシュ様」
「脱出経路は確保できそうか」
「もう少し、時間をいただきたいです。彼らの解放はアッシュ様に任せても?」
少女がそう言うと、少年はふっと笑った。別行動している間に、一人で何かを見つけたのだ。なんて頼もしい部下なのだろう。
「頼んだぞ」
少年の言葉で、二人は別の方向へ走り出す。
少女は、先程まで滞在していた診療所へと向かった。
そこには、少女が頼んだ通り、多くの市民が集まっていた。
小さな櫓が建てられ、その周りを、数人の男が囲む。彼らは、ローレライ教団のローブを着ていた。
良い部下を持った。少女はそう思った。
「菜真絵様!」
彼らに促されて、少女は壇上へ登る。そして、纏っていた変装用のマントを脱ぎ捨て、神託の盾騎士団の制服を、民衆へ見せつけた。
「ローレライ教団の、菜真絵・明寺と申します」
誰もが知るその名前に、人々はどよめく。
少女はユリアの預言に名を刻まれた"導きの少女"である。この世界を未曾有の反映に導く重要人物だ。
神託の盾騎士団では一人の騎士に過ぎないが、民衆を相手取れば、彼女は慄くべき存在だ。
名を騙る別人ではないかという疑念も、少女を取り囲む教団員が取り払った。
皆が、少女を真っ直ぐ見つめる。
「私がバチカルに来たのは、ナタリア王女を救うためです。彼女は今、アクゼリュス崩落の首謀者という無実の罪を着せられ、処刑されようとしています」
「ナタリア王女は亡くなったはずじゃ……」
一人の市民が声を上げる。
「彼女は生きています。先程、城へ連れられる彼女の声を聞いた方もいるでしょう」
少女の問いかけに、診療所の患者たちや、近隣の住民たちが頷いた。
「彼女を逃がすために、皆さんに協力していただきたいのです。危険な目に遭わせてしまうことになりますが、このまま、ナタリア王女が殺されるのを、黙って見ていることはできない」
不安げに身を寄せ合う人々に、少女は涙声で訴える。
「どうか私の友人を、助けてください」
信じてもらえるかわからない。だが、信用を勝ち取りさえすれば、彼らは必ず動いてくれるはずだ。
ナタリア王女は、愛されているのだから。
どうか、伝わってくれ。
祈る少女が目を開くと、民衆はわっ、と声を上げた。
「もちろんだ。何をすればいい?」
「ナタリア王女は私たちの恩人です」
「隣町の奴らにも伝えてくるよ」
ああ、よかった。
少女は深く礼をして、櫓を降りて、住民たちに指示を出す。
その時が来るまで、あっという間に感じた。
街の最上階から、ルークとナタリア、そしてキムラスカの兵士たちが、雪崩れるように平民街まで降りてきた。
力に自信のある住民は即席の武器で兵士たちを押し返し、女性や子供は大声で道を指し示す。
その光景を見て、ナタリアが足を止める。
「……みんな、わたくしは王家の血を引かぬ偽者です。わたくしのために危険を冒してはなりません。どうか逃げて!」
ナタリアの声を聞いても、市民たちは退く様子を見せない。
「ナタリア様が王家の血を引こうが引くまいが、俺たちはどうでもいいんです」
「そうです、今までの恩をここで返さなくて、どこで返すんですか!」
「早くお逃げください!」
「ですが……」
人々とナタリアが対峙する中、彼女を追う兵士たちの大将がその後ろに立つ。ここまでにかなりの攻撃を受けたのだろう、マントが端切れのように、ボロボロになっている。相当苛立っているのか、ガチャガチャと荒い音を立てて、剣を引き抜いた。
「危ない!」
ルークがナタリアの元に駆け寄ろうとする。しかし、少し距離がある。
ナタリアが咄嗟に振り向くと、そこには、もうひとりの"ルーク"の姿があった。
剣と剣が交わり、キムラスカ軍の大将は尻餅をついた。
「アッシュ……!?」
「ここは俺たちに任せろ。早く行け、ナタリア!」
「……アッシュ……」
呆然と見つめてくる彼女に、アッシュはふ、と微笑みかける。
「……お前は約束を果たしたんだな」
「アッシュ……、"ルーク"! 覚えてるのね!」
叫んで、ナタリアは両手で口元を押さえた。その声には涙と、抑えきれない歓喜が含まれている。
「何シケたツラしてる。そんな事じゃ国は変えられないぞ。……早く行け!」
ナタリアは大きく息を吸って、自分の胸を叩く。
「…………分かりましたわ!」
そして、覚悟を決めたように、前を向いて走り出した。
「ルーク! ドジを踏んだら俺がお前を殺すっ!」
「……けっ。お前こそ、無事でな!」
人々の作った道を縫って、ルークとナタリアは進む。
道の少し先で待っていた菜真絵は、路地裏に身を隠す。
よかった。伝わった。
人々がナタリアを愛しているということも、………少年が、ナタリアを忘れていないということも。
嬉しいのか、悲しいのか、わからない。わからないまま流れる涙を拭う。
拭っても拭っても、涙がこぼれ続ける。これじゃあ、彼らに顔を見せられない。
すると、ふいに後から、誰かが少女の肩を叩いた。
「ノワールさん!」
「お姫様を助けられたみたいで、よかったじゃないか」
ノワールは少女に布切れを渡す。少女はそれを受け取って涙を拭いた。
「アルビオールとやらの操縦士さんは、ベルケンドに向かってるよ」
「!! ノエルさんも無事なんですね!」
「ここに来る前に止められなくてすまなかったね」
「いえ……、ありがとうございます」
話によると、ルークたちは少女が去ったあとのダアトで拘束されたらしい。その際ディストによってノエルが人質にとられ、飛行譜石も奪われたそうだ。
閉じ込められていたノエルを、漆黒の翼が助けてくれたのだ。
「ここでアッシュの旦那を待つよ」
「…………、でも、私は、」
「そんな顔をお姫様に見せるつもりかい?」
少女はたしかに、と、小さく笑ってみせた。
少年に別行動を指示されていたが、どちらにせよ、ルークたちもベルケンドに向かうだろう。
あと少しくらいなら、いいか。
少女は建物の陰で、少年の到着を待った。
道中で何かあったのだろうか。少女は心配に思ったが、それを口に出すことはしなかった。
もしルークたちが王への説得を諦め、他の場所に向かっていたとしても、ディストに狙われている以上、いつここに連れてこられるかわからない。
そのときのために、少女がこの街を動くことはできない。
少年はこの街のことを、知っているだけ少女に伝えた。その後は落ち合う時間と場所を決めて、街を探索した。脱出経路を探すためだ。
街を一人で歩く少女の視界に、見たことのある景色が映った。住宅街の隅に建つ、診療所だ。
診療所の前には、いくつもの花束が置かれていた。ここで亡くなった人に向けたものとは到底思えない数だ。
少女はすぐに、ナタリアに向けられた花だと理解した。
街の人々は、ナタリアがアクゼリュスで亡くなったと思っているのだろう。
この診療所は、ナタリアによって建てられたものである。開所式では、王女自らこの地を訪れ、街の皆で祝福した。
少女が初めてナタリアの姿を見たのは、その時だ。
少女は、吸い込まれるように診療所の敷地に足を踏み入れた。捧げられた花々が風に揺れている。
彼女が人々にどれだけ愛されているのか、よくわかる。だからこそ、守らなければならない。
「…………明寺奏長?」
診療所の入り口あたりから、声がした。少女がその方向を見やれば、一人の男が立っている。
見覚えのない顔だ。しかし、声はどこかで聞いたことがある。
男は包帯を巻いた足をひきずりながら、ゆっくりと後退りをしている。少女の姿に怯えている様子だ。
「もしかして貴方は、特務師団の?」
「ひ………っ、お許しを!」
騎士たちはいつも鎧を被っていたから、彼らがどんな顔をしているのかなんて、知らなかった。
少女の言葉を受けて、男は地面に倒れ込む。どうやら、少女の予想は合っているらしい。
男が何故怯えているのかはわからない。しかし、倒れた人を放っておくわけにはいかないと、少女は男に手を差し伸べる。すると男は、驚いたように目を見開いた後、少しだけ表情を緩ませた。
「明寺奏長は、私たちを追ってきたのではないのですか?」
「違います。……追う、というのは?」
「グランツ謡将との内通が疑われた者は、大詠師によりダアトを追われたのです。ご存知ないのですか?」
少女はハッとした。少し前、モースがヴァンの内通者を"処分"したと言っていた。特務師団の部下たちも、同じ目に遭ったのだ。
「私も大詠師の拘束から抜け出してここへ来たのです。守れなくて、すみません……」
少女がそう言うと、警戒が解けたのか、男は少女の手を取って立ち上がった。すぐに壁の手すりを掴み直して、悲しそうに俯く。
「導きの少女様にまで手をかけようと……、大詠師は狂ってしまわれたのか」
男は少し曲解しているようだが、少女は何も言わなかった。
この戦争は、預言に記された出来事であり、それを妨害する者に大詠師が罰を与えるのは当たり前のことだ。だが、この男は秘預言の内容を知らない。真実を告げても、少女への猜疑心が高まるだけだ。
「私に何かできることはありませんか?お金なら、少しは、」
「いえ。幸い、この街の施設のおかげでなんとか生活できています。それよりも、他の団員たちに顔を見せてあげてください。ここで何人かが休んでいます」
健気な団員の姿に、少女は胸が痛くなる。この厳しい日々の中で、少女は彼の存在を忘れていた。しかし、彼は少女にまだ忠誠心を抱いている。
これが、人の上に立つということなのだろう。
頭では理解していても、心が追いつかない。
キムラスカの王女は、そんな苦しみを力に変えて、民を救おうとこの診療所を建てたのだ。それがどれほど尊いことか。
「さあ中へどうぞ。ああ、その前に、ナタリア殿下に手を合わせないと」
男は少女に、花々の前に立つように促す。彼も、この診療所の成り立ちを誰かから聞いたのだろう。
しかし、少女はその場から動かず、じっと、花に囲まれた祠のようなものを見詰めた。
「ナタリアさんは、死んでなどいません」
少女は、小さな声で呟いた。
その声を掻き消すように、通りに、けたたましい怒声が鳴り響く。
「どけ!罪人が通るぞ!」
叫んでいるのは、キムラスカの兵士だった。馬が小屋のようなものを引き、その周りを大勢の兵士たちが取り囲んで進んでいる。その行き先は、天空客車の昇降口だ。
騒ぎを聞いた住民たちが、ぞろぞろと外に出てくる。診療所の中の人々も、庭に集まっていた。
少女はとっさに茂みに隠れて、街中に響き渡るような大声を出した。
「ナタリアさん!!」
少しして、通りからくぐもった声が聞こえた。
「菜真絵!?そこにいるのですか!?」
その声に、街中が騒然とする。
この区域には、ナタリアの声を聞いたことがある人間が多い。
「どういうことですか?」
「ナタリア殿下に何が起こったのです!?」
診療所の人々が、菜真絵を取り囲んで問い詰める。
「後で必ず説明します。……それまでに人を集めてもらえないでしょうか」
少女はそう言い残して、その場を去った。
約束していた場所に向かうと、少年が立っていた。
「キムラスカは、アクゼリュス崩落の首謀者として、ナタリアとレプリカの屑を処刑するつもりらしい」
「………そうですか」
考えうる中で最悪のパターンだ。預言で死を宣告されたルークのみでなく、ナタリアにまで手をかけるなんて。
だからこそ、必ず助けなければならない。
「他の奴ら一般の牢に入れられている。まずはそいつらを解放する」
「はい。アッシュ様」
「脱出経路は確保できそうか」
「もう少し、時間をいただきたいです。彼らの解放はアッシュ様に任せても?」
少女がそう言うと、少年はふっと笑った。別行動している間に、一人で何かを見つけたのだ。なんて頼もしい部下なのだろう。
「頼んだぞ」
少年の言葉で、二人は別の方向へ走り出す。
少女は、先程まで滞在していた診療所へと向かった。
そこには、少女が頼んだ通り、多くの市民が集まっていた。
小さな櫓が建てられ、その周りを、数人の男が囲む。彼らは、ローレライ教団のローブを着ていた。
良い部下を持った。少女はそう思った。
「菜真絵様!」
彼らに促されて、少女は壇上へ登る。そして、纏っていた変装用のマントを脱ぎ捨て、神託の盾騎士団の制服を、民衆へ見せつけた。
「ローレライ教団の、菜真絵・明寺と申します」
誰もが知るその名前に、人々はどよめく。
少女はユリアの預言に名を刻まれた"導きの少女"である。この世界を未曾有の反映に導く重要人物だ。
神託の盾騎士団では一人の騎士に過ぎないが、民衆を相手取れば、彼女は慄くべき存在だ。
名を騙る別人ではないかという疑念も、少女を取り囲む教団員が取り払った。
皆が、少女を真っ直ぐ見つめる。
「私がバチカルに来たのは、ナタリア王女を救うためです。彼女は今、アクゼリュス崩落の首謀者という無実の罪を着せられ、処刑されようとしています」
「ナタリア王女は亡くなったはずじゃ……」
一人の市民が声を上げる。
「彼女は生きています。先程、城へ連れられる彼女の声を聞いた方もいるでしょう」
少女の問いかけに、診療所の患者たちや、近隣の住民たちが頷いた。
「彼女を逃がすために、皆さんに協力していただきたいのです。危険な目に遭わせてしまうことになりますが、このまま、ナタリア王女が殺されるのを、黙って見ていることはできない」
不安げに身を寄せ合う人々に、少女は涙声で訴える。
「どうか私の友人を、助けてください」
信じてもらえるかわからない。だが、信用を勝ち取りさえすれば、彼らは必ず動いてくれるはずだ。
ナタリア王女は、愛されているのだから。
どうか、伝わってくれ。
祈る少女が目を開くと、民衆はわっ、と声を上げた。
「もちろんだ。何をすればいい?」
「ナタリア王女は私たちの恩人です」
「隣町の奴らにも伝えてくるよ」
ああ、よかった。
少女は深く礼をして、櫓を降りて、住民たちに指示を出す。
その時が来るまで、あっという間に感じた。
街の最上階から、ルークとナタリア、そしてキムラスカの兵士たちが、雪崩れるように平民街まで降りてきた。
力に自信のある住民は即席の武器で兵士たちを押し返し、女性や子供は大声で道を指し示す。
その光景を見て、ナタリアが足を止める。
「……みんな、わたくしは王家の血を引かぬ偽者です。わたくしのために危険を冒してはなりません。どうか逃げて!」
ナタリアの声を聞いても、市民たちは退く様子を見せない。
「ナタリア様が王家の血を引こうが引くまいが、俺たちはどうでもいいんです」
「そうです、今までの恩をここで返さなくて、どこで返すんですか!」
「早くお逃げください!」
「ですが……」
人々とナタリアが対峙する中、彼女を追う兵士たちの大将がその後ろに立つ。ここまでにかなりの攻撃を受けたのだろう、マントが端切れのように、ボロボロになっている。相当苛立っているのか、ガチャガチャと荒い音を立てて、剣を引き抜いた。
「危ない!」
ルークがナタリアの元に駆け寄ろうとする。しかし、少し距離がある。
ナタリアが咄嗟に振り向くと、そこには、もうひとりの"ルーク"の姿があった。
剣と剣が交わり、キムラスカ軍の大将は尻餅をついた。
「アッシュ……!?」
「ここは俺たちに任せろ。早く行け、ナタリア!」
「……アッシュ……」
呆然と見つめてくる彼女に、アッシュはふ、と微笑みかける。
「……お前は約束を果たしたんだな」
「アッシュ……、"ルーク"! 覚えてるのね!」
叫んで、ナタリアは両手で口元を押さえた。その声には涙と、抑えきれない歓喜が含まれている。
「何シケたツラしてる。そんな事じゃ国は変えられないぞ。……早く行け!」
ナタリアは大きく息を吸って、自分の胸を叩く。
「…………分かりましたわ!」
そして、覚悟を決めたように、前を向いて走り出した。
「ルーク! ドジを踏んだら俺がお前を殺すっ!」
「……けっ。お前こそ、無事でな!」
人々の作った道を縫って、ルークとナタリアは進む。
道の少し先で待っていた菜真絵は、路地裏に身を隠す。
よかった。伝わった。
人々がナタリアを愛しているということも、………少年が、ナタリアを忘れていないということも。
嬉しいのか、悲しいのか、わからない。わからないまま流れる涙を拭う。
拭っても拭っても、涙がこぼれ続ける。これじゃあ、彼らに顔を見せられない。
すると、ふいに後から、誰かが少女の肩を叩いた。
「ノワールさん!」
「お姫様を助けられたみたいで、よかったじゃないか」
ノワールは少女に布切れを渡す。少女はそれを受け取って涙を拭いた。
「アルビオールとやらの操縦士さんは、ベルケンドに向かってるよ」
「!! ノエルさんも無事なんですね!」
「ここに来る前に止められなくてすまなかったね」
「いえ……、ありがとうございます」
話によると、ルークたちは少女が去ったあとのダアトで拘束されたらしい。その際ディストによってノエルが人質にとられ、飛行譜石も奪われたそうだ。
閉じ込められていたノエルを、漆黒の翼が助けてくれたのだ。
「ここでアッシュの旦那を待つよ」
「…………、でも、私は、」
「そんな顔をお姫様に見せるつもりかい?」
少女はたしかに、と、小さく笑ってみせた。
少年に別行動を指示されていたが、どちらにせよ、ルークたちもベルケンドに向かうだろう。
あと少しくらいなら、いいか。
少女は建物の陰で、少年の到着を待った。