崩落編
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「では、ルグニカ大陸は崩落ではなく"降下"したのですか?」
「ああ、おそらくな」
バチカルへ向かう船の中で、少年は、砂漠のオアシスでレプリカルークたちと会ったときのことを話した。
彼らはザオ遺跡のパッセージリングから、シュレーの丘のパッセージリングを操作し、ルグニカ大陸を魔界に降下させたのだという。
「よかった……」
少女は胸を撫で下ろす。
戦場の人々は、死なずに済んだのだ。
しかし、問題も山積みだ。
人は瘴気の中では長く生きることができない。このままルグニカ大陸を魔界に浮かべておけば、いずれ住民たちは死に至るだろう。
また、現在は休戦しているが、ローレライ教団は必ず開戦を働きかけてくる。
少女はざわつく胸を鎮めるように、コップに入った茶を口にした。船のサービスのそれは、戦時中だからか、とても薄い。
「アッシュ様はどうしてダアトに?」
「お前が拐われたと、奴らから聞いてな」
「なるほど……? ありがとう、ございます……?」
つまり、助けに来てくれたのだ。
少年に何もメリットはないはずなのに、何故。少女はポカンと口を開けて、少年を見る。
その姿が間抜けで、少年は小さく笑った。
「頭は冷えたみたいだな」
その言葉に、少女の表情が強張る。
少女は、少年と最後に会ったときのことを思い出した。崩落したアクゼリュスを前に、泣き言ばかり言っていた少女に、少年は「頭を冷やせ」と言い放った。それ以来、二人は顔を合わせていなかった。
「………いいえ」
少女が答える。
アクゼリュスの街よりも、愛する少年の命を優先した。そして、アクゼリュスは失われてしまった。
だから少女は、少年への想いを断ち切ろうとした。しかしどうだろう。今でも自分は、レプリカルークに少年の姿を重ね、ただ彼の後を追っているだけだ。
あのときと、何も変わらない。
「俺にはそう見えた」
拗ねたように少年が言う。
その様子を見て、少女は我に返った。「いいえ」だなんて、あまりにぶっきらぼうな返事をしてしまった。
「すみません。自分ではとてもそう思えなくて」
「……お前は何のために教会を出てきたんだ」
少し怒りを含んだ声色で、少年が問いかける。
その問いかけを受けて、少女の丸まっていた背筋がふっ、と伸びる。
「世界を、幸せに導くためです」
悩むことなく、少女は答える。
この思いだけは、少年と共に過ごしていたときから変わらない。見失うことは何度もあったが、少女は旅での経験を通して、再びこの目的を手に入れていた。
「それが答えられるだけで十分だろう」
ベッドの上で震えていた、あの日の少女とは違う。
少年に縋りついた、あの日の少女とは違う。
仲間を助けるために、一人で教会を抜け出してきた。その状況こそが、それを物語っている。
「ありがとうございます。ですが、私はまだ何も成し遂げていません。美味しいお茶が飲めるようになったら、その時に褒めてください」
「…………ああ、そうだな」
少女は、口元が緩んだことが少年にバレないように、茶を口に含んで、顔を歪めて見せた。おどける少女の姿を見て、少年も笑う。
少年の言葉から、表情から、自分を気にかけてくれているとわかる。まだ自分を信じてくれているとわかる。少女は、それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
少女は痛感した。やはり自分は、彼を愛しているのだと。
だが、その感情を認めてはいけない。見せてはいけない。彼を困らせてしまう。それに、もし、万が一、受け入れられてしまったら、きっとまた、彼しか見えなくなってしまうから。
「そういえば、ルークさんたちと会ったんですよね」
「ああ」
「ナタリアさんとは、お話しできましたか?」
そうだ。彼には婚約者がいる。
自分などに構わずに、彼女と話をしてほしい。
少女はそう思ったが、少年はあからさまに嫌そうな顔をした。
「何を話す必要がある」
「忘れていない、と、一言だけでも」
「………何か聞いたのか」
「いいえ。でも、ナタリアさんとアッシュ様はそっくりです。いつも正しくて、真っ直ぐで、見知らぬ人の幸せを願うことができる」
窓から夜の海を眺める少女の眼差しは、とても優しい。
「きっと、良いパートナーだったのでしょう」
少女の言っていることは正しい。光の王都で、少年は婚約者と同じ未来を夢見た。将来を誓い合った。何度忘れようとしても、あの記憶を、あの日々を、手放すことはできなかった。
それでも、それを少女に見透かされるのは、心地が悪い。
「…………もう、俺はルークじゃない」
「名前なんて関係ありません」
少女は少年に向き直り、少年の目を見詰める。
そのつり上がった眉が、その透き通った声色が、まるであの気高い王女のようで、少年は息を呑んだ。
しばらく見つめ合ったあと、少女はへにゃ、と姿勢を崩して、苦笑いを見せた。
「ごめんなさい。説教みたいになってしまって……」
「説教そのものだったぞ」
「う………。申し訳ございません」
よかった。まだ、いつもの少女だ。少年の表情に一喜一憂する、普段通りの少女。困り眉の、おとなしい少女。
少年は安堵する自分に気がついて、辟易した。人の成長は、喜ばしいことのはずなのに。人の幸せを願う事は、尊いことのはずなのに。
凛々しく背筋を伸ばし、前を見る少女が誇らしい。誇らしいけれど、どうしようもなく不安になる。自分しか見えていなかった少女が、新しい世界を手に入れたことが、怖くてたまらない。怒りさえ湧いてくる。だが同時に、嬉しくもある。
少年はぐちゃぐちゃに曇る胸に蓋をするように、口元を結んだ。この感情を整理する必要はない。そう、名前など、つけなくてもよい。
正しくあれば、それでよい。
「バチカルに着いたら、お前はレプリカたちと合流しろ」
「…………え」
失礼なことを言ったから、見捨てられたのだろうか。少女は不安になり、少年をちらりと見上げる。少年は怯える少女の姿を見て、小さく笑った。
「人数が多い方につけば、生き残る確率が上がるだろう」
どうやら、怒っているわけではないらしい。
少年の返答を聞いて、少女は頭にクエスチョンマークを浮かべる。確かに、少女が生き残る確率は上がる。だが、少年が生き残る確率は下がる。まるで、自分が生きることは考えていないような口ぶりだ。
何か、あるのだろうか。
しかし、それだけのことで問い詰めるのは、難癖ともいえる。
「アッシュ様も共に行動する、という選択肢がありますが」
「誰があんなグズと旅なんかするか」
「ふふ、」
頬を膨らませる少年がかわいくて、少女は笑みを溢した。
少年は、自分のレプリカに期待している。期待しているからこそ、怒る。
あの頃は、己の分身に囚われている少年の姿を見ると、不安で仕方なかった。少年ごと、消えてしまうような気がした。
でも今は違う。少年と同じように、あのレプリカを、ルークを、信じることができる。
「何を笑っている」
「なんでもないです。心配してくれて、ありがとうございます」
「………ああ」
少年は肯定も否定もせずに、窓の外を見やった。照れ隠しをしているのか、隠し事をしているのか、少女にはわからない。
だが、今はそれでいい。こうして普通に言葉を交わせるだけで、少女にとっては十分なのだ。
船は着実に、バチカルへと進んでいく。
この穏やかな時も、すぐに終わる。
「ああ、おそらくな」
バチカルへ向かう船の中で、少年は、砂漠のオアシスでレプリカルークたちと会ったときのことを話した。
彼らはザオ遺跡のパッセージリングから、シュレーの丘のパッセージリングを操作し、ルグニカ大陸を魔界に降下させたのだという。
「よかった……」
少女は胸を撫で下ろす。
戦場の人々は、死なずに済んだのだ。
しかし、問題も山積みだ。
人は瘴気の中では長く生きることができない。このままルグニカ大陸を魔界に浮かべておけば、いずれ住民たちは死に至るだろう。
また、現在は休戦しているが、ローレライ教団は必ず開戦を働きかけてくる。
少女はざわつく胸を鎮めるように、コップに入った茶を口にした。船のサービスのそれは、戦時中だからか、とても薄い。
「アッシュ様はどうしてダアトに?」
「お前が拐われたと、奴らから聞いてな」
「なるほど……? ありがとう、ございます……?」
つまり、助けに来てくれたのだ。
少年に何もメリットはないはずなのに、何故。少女はポカンと口を開けて、少年を見る。
その姿が間抜けで、少年は小さく笑った。
「頭は冷えたみたいだな」
その言葉に、少女の表情が強張る。
少女は、少年と最後に会ったときのことを思い出した。崩落したアクゼリュスを前に、泣き言ばかり言っていた少女に、少年は「頭を冷やせ」と言い放った。それ以来、二人は顔を合わせていなかった。
「………いいえ」
少女が答える。
アクゼリュスの街よりも、愛する少年の命を優先した。そして、アクゼリュスは失われてしまった。
だから少女は、少年への想いを断ち切ろうとした。しかしどうだろう。今でも自分は、レプリカルークに少年の姿を重ね、ただ彼の後を追っているだけだ。
あのときと、何も変わらない。
「俺にはそう見えた」
拗ねたように少年が言う。
その様子を見て、少女は我に返った。「いいえ」だなんて、あまりにぶっきらぼうな返事をしてしまった。
「すみません。自分ではとてもそう思えなくて」
「……お前は何のために教会を出てきたんだ」
少し怒りを含んだ声色で、少年が問いかける。
その問いかけを受けて、少女の丸まっていた背筋がふっ、と伸びる。
「世界を、幸せに導くためです」
悩むことなく、少女は答える。
この思いだけは、少年と共に過ごしていたときから変わらない。見失うことは何度もあったが、少女は旅での経験を通して、再びこの目的を手に入れていた。
「それが答えられるだけで十分だろう」
ベッドの上で震えていた、あの日の少女とは違う。
少年に縋りついた、あの日の少女とは違う。
仲間を助けるために、一人で教会を抜け出してきた。その状況こそが、それを物語っている。
「ありがとうございます。ですが、私はまだ何も成し遂げていません。美味しいお茶が飲めるようになったら、その時に褒めてください」
「…………ああ、そうだな」
少女は、口元が緩んだことが少年にバレないように、茶を口に含んで、顔を歪めて見せた。おどける少女の姿を見て、少年も笑う。
少年の言葉から、表情から、自分を気にかけてくれているとわかる。まだ自分を信じてくれているとわかる。少女は、それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
少女は痛感した。やはり自分は、彼を愛しているのだと。
だが、その感情を認めてはいけない。見せてはいけない。彼を困らせてしまう。それに、もし、万が一、受け入れられてしまったら、きっとまた、彼しか見えなくなってしまうから。
「そういえば、ルークさんたちと会ったんですよね」
「ああ」
「ナタリアさんとは、お話しできましたか?」
そうだ。彼には婚約者がいる。
自分などに構わずに、彼女と話をしてほしい。
少女はそう思ったが、少年はあからさまに嫌そうな顔をした。
「何を話す必要がある」
「忘れていない、と、一言だけでも」
「………何か聞いたのか」
「いいえ。でも、ナタリアさんとアッシュ様はそっくりです。いつも正しくて、真っ直ぐで、見知らぬ人の幸せを願うことができる」
窓から夜の海を眺める少女の眼差しは、とても優しい。
「きっと、良いパートナーだったのでしょう」
少女の言っていることは正しい。光の王都で、少年は婚約者と同じ未来を夢見た。将来を誓い合った。何度忘れようとしても、あの記憶を、あの日々を、手放すことはできなかった。
それでも、それを少女に見透かされるのは、心地が悪い。
「…………もう、俺はルークじゃない」
「名前なんて関係ありません」
少女は少年に向き直り、少年の目を見詰める。
そのつり上がった眉が、その透き通った声色が、まるであの気高い王女のようで、少年は息を呑んだ。
しばらく見つめ合ったあと、少女はへにゃ、と姿勢を崩して、苦笑いを見せた。
「ごめんなさい。説教みたいになってしまって……」
「説教そのものだったぞ」
「う………。申し訳ございません」
よかった。まだ、いつもの少女だ。少年の表情に一喜一憂する、普段通りの少女。困り眉の、おとなしい少女。
少年は安堵する自分に気がついて、辟易した。人の成長は、喜ばしいことのはずなのに。人の幸せを願う事は、尊いことのはずなのに。
凛々しく背筋を伸ばし、前を見る少女が誇らしい。誇らしいけれど、どうしようもなく不安になる。自分しか見えていなかった少女が、新しい世界を手に入れたことが、怖くてたまらない。怒りさえ湧いてくる。だが同時に、嬉しくもある。
少年はぐちゃぐちゃに曇る胸に蓋をするように、口元を結んだ。この感情を整理する必要はない。そう、名前など、つけなくてもよい。
正しくあれば、それでよい。
「バチカルに着いたら、お前はレプリカたちと合流しろ」
「…………え」
失礼なことを言ったから、見捨てられたのだろうか。少女は不安になり、少年をちらりと見上げる。少年は怯える少女の姿を見て、小さく笑った。
「人数が多い方につけば、生き残る確率が上がるだろう」
どうやら、怒っているわけではないらしい。
少年の返答を聞いて、少女は頭にクエスチョンマークを浮かべる。確かに、少女が生き残る確率は上がる。だが、少年が生き残る確率は下がる。まるで、自分が生きることは考えていないような口ぶりだ。
何か、あるのだろうか。
しかし、それだけのことで問い詰めるのは、難癖ともいえる。
「アッシュ様も共に行動する、という選択肢がありますが」
「誰があんなグズと旅なんかするか」
「ふふ、」
頬を膨らませる少年がかわいくて、少女は笑みを溢した。
少年は、自分のレプリカに期待している。期待しているからこそ、怒る。
あの頃は、己の分身に囚われている少年の姿を見ると、不安で仕方なかった。少年ごと、消えてしまうような気がした。
でも今は違う。少年と同じように、あのレプリカを、ルークを、信じることができる。
「何を笑っている」
「なんでもないです。心配してくれて、ありがとうございます」
「………ああ」
少年は肯定も否定もせずに、窓の外を見やった。照れ隠しをしているのか、隠し事をしているのか、少女にはわからない。
だが、今はそれでいい。こうして普通に言葉を交わせるだけで、少女にとっては十分なのだ。
船は着実に、バチカルへと進んでいく。
この穏やかな時も、すぐに終わる。