プロローグ編
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少女の日記に、また印がついた。
最早毎日日記をつけることも億劫になっていたが、日記をつけないのも怖い。もし自分が元の世界に帰ったとき、両親の顔も覚えていないのでは申し訳が立たない。いつの日か元に戻る時のために、日付だって、きちんと把握しておかなければ。
「なーんて」
もうとっくに諦めてますよ。日記を前にすると、つい、心が不安定になってしまう。目を瞑ると、ぼやけた両親の顔が浮かんでくる。明確に思い出せなくて、不安でたまらなくなる。
少女は手帳の最初のページに書いた問題文に答えては、最後のページと答えあわせをする。親の名前は?自分の住所は?学校の名前は?仲の良かった友達の名前は?今は本当なら何歳?誕生日は、いつ?最後のページには答えが書いてある。
「……本当なら13歳、」
言ってみて、違和感。
日付の書いてあるページは使い果たし、手書きのカレンダーにつけられた印を見た。
「本当なら、14歳」
今日は少女の誕生日だった。オールドラントは、時の流れが地球と違うから、気がつかなかった。去年はカウントダウンなんて大袈裟に書いていたっけ、と思い返してみる。
少女自身、自分の元の世界に対する関心が薄れてきていることに、気がついていた。忘れたくないと思っているのだが、確かに、確実に、この世界の存在のほうが、大きくなっている。戻れる保証のない地球のことなど、考えている暇もないのだ。
「おい」
ドアの方向から、ノックの音と共に、男の声が聞こえた。アッシュだ。自分の世界に入り込んでいた少女は、驚いて跳び跳ねた。内心を悟られたはずはないが、無性に恥ずかしくなってベッドに飛び込む。
「まだ起きているのか?」
どうやら少年は、部屋から漏れた灯りを気にして訪ねてきたらしい。
「アッシュ様こそ、今日は遅いのですね」
「珍しい事ではない」
「お仕事ですか?」
「いや……」
そうだろうな。と少女は思った。教団員は皆、やけに規則正しい生活を送っており、教団もそれを支持している。日付が変わるずっと前に教会は機能を停止し、護衛部隊だけが残される。教団員というのはいわゆる聖職者であるから、当たり前のことなのかもしれない。
よって、よほどの任務でもない限り、夜中は仕事を回されなくなる。少年が今起きている理由は残業か、個人的な用事しかない。
「ヴァン謡将はまだお仕事を?」
「ああ、今話をしてきた」
「そうでしたか」
「仕事」というのは名ばかりで、実際は「計画」と「交際」に使われる時間であることを、少女は知っていた。寝る間も惜しむようなところが、彼を出世させたのだろう。と、少女は考える。教団は本来競争のない組織であるから、人を出し抜くのは簡単だ。もちろん、少女が夜を徹して努力しようと何も起こらないが。
「ドアを開けましょうか?何か用事があるようでしたら」
「いや、特に用事はないが……」
少女は上司を立たせっぱなしにしていることに気づいて、声をかけた。しかし、特に用事があるわけではないらしい。
なんだ、用事もないのに話し掛けたのか。心の中で突っ込みを入れる少女だったが、同時に、心臓が喜びのダンスを踊っている。
一方、言葉を濁す少年は、咳払いをひとつ。
「……開けてくれ」
「はいっ!」
自分は何をしているんだ。少年と少女はそう思った。素直にドアを開けてもらえば、開ければ良かったじゃないか。
「すみません、お茶も出せなくて」
「気にするな」
少年を自分の椅子に座らせ、少女は床に座る。しかし、椅子に座る少年と床に座る少女の高低差は不自然だった。少女はうろうろした後に、ベッドに座った。ふっ、という少年の笑い声が聞こえて、少女は恥ずかしくなる。
「来客用の椅子も用意しておくべきでしょうか」
「俺以外に誰が来るんだ」
「それもそうですね」
しばらくの無言の中、少女は、たまに部下が部屋に掃除をしに来るということを思い出した。やはり椅子を買おう。そう思いつつ、少女はそれを口に出そうとは思わなかった。言わないから、続く無言。
……続く無言。
「……何か、話すことはないのか?」
直球ストレート。少女は心の中に笑いを閉じ込めて、困った顔を見せる。
「話すこと、ですか?」
「なんでもいい。今日、……昨日あったことでも」
「昨日は、アッシュ様と一緒に任務に行きました」
「ああ……」
つくづく、少年も少女も話すのが下手である。冗談を話すような柄ではない。少年が気まずそうに頭を掻くと、少女はそれを見て真似してみせた。そして二人とも、困ったように笑う。気持ちは一緒だという安心と共に、相手を退屈させているのだと不安を感じた。
何か面白い話題でもないかと、少女は部屋を見回す。すると、机の上の日記が目についた。
「ああ、私、今日誕生日なんです」
「!!」
思い出したのでひとつ、話のネタにとそれを放り込んだのだが、少女の予想以上に、少年は驚いていた。もしかして、プレゼントをねだっているように聞こえただろうか。そうは思われたくない。少女は弁明を試みる。
「あ、あの、別に私はなんとなく」
「今日、か?」
少年は日付の変わった時計を指差していた。
「は、はい」
少女の返答にホッとしたように、息を吐く少年。その姿を見た少女はさらに慌てた。気を遣わせてしまっている、と。そんな少女を見て、少年はまた咳払いをひとつ。
「何が欲しい」
「えっ……!ち、違うんです、おねだりをしているわけではなくて」
「何が欲しいと聞いている」
よく見ると少年の顔は真っ赤だ。視線は明後日の方向を向いている。少女は、自分の顔が見られていないのをいいことに、頬を伸ばして、舌を出して、変な顔をした。顔の火照りが収まらない。
「いいんですか」
嬉しさを悟られないようにと発した少女の声は、不自然に震えていた。それを少女自身も気づいたようで、口を押さえて、少年を見る。
あ、見られてる。
「い、いいと言っているだろう」
「は、はい」
若くて幼い二人は、何をするのも慣れなくて恥ずかしくてぎこちなかった。周りから見たら微笑ましい、不器用な上司と部下。そんな状況が、少女は好きだった。好きだから、元の世界になんて戻らなくていいやと思えてくる。少年の顔を見ていると、両親の顔も友人の顔も、みんな忘れそうになる。
「明日は空いている。何でも好きなものを言え」
なんでも。だったら忘れさせてほしい、自分から元の世界の記憶を奪い取ってほしい。少女はそう思ったが、そんなことは言えなかった。
しかし、少女には欲しい"物"がなかった。物に困れば、あの大詠師が工面してくれる。給金や手当も十二分に出ている。だから要求するものは"気持ち"の伴うものである。
形に残るもの、なんて言ったら引かれるかな。でも、お花や食べ物だともったいない。何が欲しいかな。
「……あ、椅子」
「椅子?」
「ここに、アッシュ様が座る、椅子がほしいです」
そうして、たまにあなたが来てくれればいい。少女はそう言って笑った。
最早毎日日記をつけることも億劫になっていたが、日記をつけないのも怖い。もし自分が元の世界に帰ったとき、両親の顔も覚えていないのでは申し訳が立たない。いつの日か元に戻る時のために、日付だって、きちんと把握しておかなければ。
「なーんて」
もうとっくに諦めてますよ。日記を前にすると、つい、心が不安定になってしまう。目を瞑ると、ぼやけた両親の顔が浮かんでくる。明確に思い出せなくて、不安でたまらなくなる。
少女は手帳の最初のページに書いた問題文に答えては、最後のページと答えあわせをする。親の名前は?自分の住所は?学校の名前は?仲の良かった友達の名前は?今は本当なら何歳?誕生日は、いつ?最後のページには答えが書いてある。
「……本当なら13歳、」
言ってみて、違和感。
日付の書いてあるページは使い果たし、手書きのカレンダーにつけられた印を見た。
「本当なら、14歳」
今日は少女の誕生日だった。オールドラントは、時の流れが地球と違うから、気がつかなかった。去年はカウントダウンなんて大袈裟に書いていたっけ、と思い返してみる。
少女自身、自分の元の世界に対する関心が薄れてきていることに、気がついていた。忘れたくないと思っているのだが、確かに、確実に、この世界の存在のほうが、大きくなっている。戻れる保証のない地球のことなど、考えている暇もないのだ。
「おい」
ドアの方向から、ノックの音と共に、男の声が聞こえた。アッシュだ。自分の世界に入り込んでいた少女は、驚いて跳び跳ねた。内心を悟られたはずはないが、無性に恥ずかしくなってベッドに飛び込む。
「まだ起きているのか?」
どうやら少年は、部屋から漏れた灯りを気にして訪ねてきたらしい。
「アッシュ様こそ、今日は遅いのですね」
「珍しい事ではない」
「お仕事ですか?」
「いや……」
そうだろうな。と少女は思った。教団員は皆、やけに規則正しい生活を送っており、教団もそれを支持している。日付が変わるずっと前に教会は機能を停止し、護衛部隊だけが残される。教団員というのはいわゆる聖職者であるから、当たり前のことなのかもしれない。
よって、よほどの任務でもない限り、夜中は仕事を回されなくなる。少年が今起きている理由は残業か、個人的な用事しかない。
「ヴァン謡将はまだお仕事を?」
「ああ、今話をしてきた」
「そうでしたか」
「仕事」というのは名ばかりで、実際は「計画」と「交際」に使われる時間であることを、少女は知っていた。寝る間も惜しむようなところが、彼を出世させたのだろう。と、少女は考える。教団は本来競争のない組織であるから、人を出し抜くのは簡単だ。もちろん、少女が夜を徹して努力しようと何も起こらないが。
「ドアを開けましょうか?何か用事があるようでしたら」
「いや、特に用事はないが……」
少女は上司を立たせっぱなしにしていることに気づいて、声をかけた。しかし、特に用事があるわけではないらしい。
なんだ、用事もないのに話し掛けたのか。心の中で突っ込みを入れる少女だったが、同時に、心臓が喜びのダンスを踊っている。
一方、言葉を濁す少年は、咳払いをひとつ。
「……開けてくれ」
「はいっ!」
自分は何をしているんだ。少年と少女はそう思った。素直にドアを開けてもらえば、開ければ良かったじゃないか。
「すみません、お茶も出せなくて」
「気にするな」
少年を自分の椅子に座らせ、少女は床に座る。しかし、椅子に座る少年と床に座る少女の高低差は不自然だった。少女はうろうろした後に、ベッドに座った。ふっ、という少年の笑い声が聞こえて、少女は恥ずかしくなる。
「来客用の椅子も用意しておくべきでしょうか」
「俺以外に誰が来るんだ」
「それもそうですね」
しばらくの無言の中、少女は、たまに部下が部屋に掃除をしに来るということを思い出した。やはり椅子を買おう。そう思いつつ、少女はそれを口に出そうとは思わなかった。言わないから、続く無言。
……続く無言。
「……何か、話すことはないのか?」
直球ストレート。少女は心の中に笑いを閉じ込めて、困った顔を見せる。
「話すこと、ですか?」
「なんでもいい。今日、……昨日あったことでも」
「昨日は、アッシュ様と一緒に任務に行きました」
「ああ……」
つくづく、少年も少女も話すのが下手である。冗談を話すような柄ではない。少年が気まずそうに頭を掻くと、少女はそれを見て真似してみせた。そして二人とも、困ったように笑う。気持ちは一緒だという安心と共に、相手を退屈させているのだと不安を感じた。
何か面白い話題でもないかと、少女は部屋を見回す。すると、机の上の日記が目についた。
「ああ、私、今日誕生日なんです」
「!!」
思い出したのでひとつ、話のネタにとそれを放り込んだのだが、少女の予想以上に、少年は驚いていた。もしかして、プレゼントをねだっているように聞こえただろうか。そうは思われたくない。少女は弁明を試みる。
「あ、あの、別に私はなんとなく」
「今日、か?」
少年は日付の変わった時計を指差していた。
「は、はい」
少女の返答にホッとしたように、息を吐く少年。その姿を見た少女はさらに慌てた。気を遣わせてしまっている、と。そんな少女を見て、少年はまた咳払いをひとつ。
「何が欲しい」
「えっ……!ち、違うんです、おねだりをしているわけではなくて」
「何が欲しいと聞いている」
よく見ると少年の顔は真っ赤だ。視線は明後日の方向を向いている。少女は、自分の顔が見られていないのをいいことに、頬を伸ばして、舌を出して、変な顔をした。顔の火照りが収まらない。
「いいんですか」
嬉しさを悟られないようにと発した少女の声は、不自然に震えていた。それを少女自身も気づいたようで、口を押さえて、少年を見る。
あ、見られてる。
「い、いいと言っているだろう」
「は、はい」
若くて幼い二人は、何をするのも慣れなくて恥ずかしくてぎこちなかった。周りから見たら微笑ましい、不器用な上司と部下。そんな状況が、少女は好きだった。好きだから、元の世界になんて戻らなくていいやと思えてくる。少年の顔を見ていると、両親の顔も友人の顔も、みんな忘れそうになる。
「明日は空いている。何でも好きなものを言え」
なんでも。だったら忘れさせてほしい、自分から元の世界の記憶を奪い取ってほしい。少女はそう思ったが、そんなことは言えなかった。
しかし、少女には欲しい"物"がなかった。物に困れば、あの大詠師が工面してくれる。給金や手当も十二分に出ている。だから要求するものは"気持ち"の伴うものである。
形に残るもの、なんて言ったら引かれるかな。でも、お花や食べ物だともったいない。何が欲しいかな。
「……あ、椅子」
「椅子?」
「ここに、アッシュ様が座る、椅子がほしいです」
そうして、たまにあなたが来てくれればいい。少女はそう言って笑った。