白夜編
夢小説設定
この小説の夢小説設定※原作開始時点
誕生日:7月17日(かに座)
性別:女
年齢:16歳
血液型:A型
身長 150cm
好きな物:白薔薇、果物、空を飛ぶこと
出身地:王貴界
等級:一等下級魔法騎士
魔法属性:竜
竜化魔法 ?????
→自身がドラゴンになる。変身魔法とは別物。
魔法を弾く鱗、地上よりも空の方が速く動ける羽毛の翼、鋭い爪や牙が武器。
(title by
不在証明)
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勢揃いした紅蓮の獅子王の面々の前で腕組みした師匠は地味にお冠だった。叱責なのか叱咤激励なのか分からない言葉が火口近くに雷鳴よろしく轟く。
「やっと全員揃ったな莫迦者共ぉぉぉーー!! このユルティム火山は夜になると完全に噴火が止んでしまうのだ! その前に登ってこんかぁぁぁーー!! 明るい内に登りきれなかった者は後日もう一度来ぉぉぉぉい!!」
「「「……はいっ!!」」」
三つ葉の敬礼をして真剣に応える紅蓮の獅子王の団員達を見下ろしそっと同情する。師匠はやれと言ったらやらせる人だ。
「(黒の暴牛に入っててよかった……)」
「あ? なに」
「いえ……ヤミさんでよかったなって……」
「あれ見て言うことそれ?」
ダルそうにタバコ吸ってるヤミさんを思わず見つめて素直に胸の内を吐露したのに返事は冷たかった。
涼しくなったからと、ようやく竜から人の姿に戻る。同時にアスタくんの歓声が聞こえた。
「おお……!」
「アスタくん、どうしたの?」
「先輩見てください! お湯が湧いてきましたよ!」
「えっ、あ、ほんとだ」
見れば岩の盆地からみるみる水が湧いて出てきた。ぽこぽこと湯気をあげるそれはかさを増していき、あっという間に盆地たっぷりに湯をたたえた温泉になった。
「うおおおおおすげぇぇぇーー! お湯出て来たぁぁぁーー!! でっけー風呂になったぁぁぁ!!」
「これがユルティム火山の温泉……!」
むわりと心地よい湿度を含んだ熱気が頬を撫でていく。
とはいえこの場には男性もいる。というかほとんどが男性だ。一緒に入るのは流石に色々と問題がありすぎる。
「(別の場所に湧いてないか探すしか……)」
「男共に姐さんの清らかな裸体は、絶っっ対に見せん!!」
碧の野薔薇団員の女性による固い宣言と共に土魔法が展開され、湖のように広い温泉を割るように土壁が隆起した。なんかそういう観光地のようだ。
真っ二つに別れた温泉を前に師匠はよしと頷く。
「よぉぉぉし莫迦共ぉぉ!! とっとと入れぇーー!!」
「「「うおおおおお!!」」」
温泉の熱気にも負けない紅蓮の獅子王の雄叫びが夜空に消える中、男女別々の方へと盆地の斜面を下っていく。
女性陣は師匠とノエルちゃん、碧の野薔薇の団長と団員がひとりずつに紅蓮の獅子王がふたり、そしてわたしだけだった。
師匠が居るし大丈夫だと分かっていても野外で服を脱ぐのは抵抗がある。モタモタしてしまっているのはわたしだけではなかった。
「なんださっさと脱がんか」
「師匠が躊躇なさすぎなんですよ」
岩場に服を投げ置き全裸になった師匠は、その手にタオルやらシャンプーやらを持ってもう準備万端だ。あまりに早い。
このままだとひん剥かれる。覚悟を決めて次々に脱いで、タオルもないからなんとなく手で隠しながら湯溜まりに近づく。
「相変わらずいい眺めだな、わはははは」
「確かに……夜空が綺麗ですね」
高い山の頂きだからか、満天に広がる星空が天井のように近い。
先に入っていってしまった焔の髪を流す背中を追いかけ湯の中にそうっと足を入れる。両足をついて、少しづつ体を沈めて―――と思っていたのに師匠に引っ張りこまれて一気に顔面が水面に突っ込んだ。
慌てて顔をあげれば爆笑する雌獅子がひとり。
「ぶはっ! ちょ、師匠!」
「ノロマめ」
「ゆっくり温泉にくらい入らせてくださいよ!」
いやでもこういう人だ。仕方ない。諦めて、肩まで浸かる。ちょっと熱めのお湯はぬるりとしていた。
と、鼻先に突き出された酒瓶とぐい呑み。この場でこんな物を出すのなんてひとりしかいない。はいはいと酒瓶を手に取り大人しく酌をする。
「相変わらず、お酒は好きなんですね」
「こればかりは町にしかないからな」
年の三分の一は野山で暮らしてる人らしいセリフだと受け取っていいんだろうか。
杯を傾けた師匠はご機嫌に笑った。
「やはりここの湯に浸かりながら飲む酒は格別だな! 莫迦弟子も飲め!」
「お酒まだ慣れないのでやめときます」
「ならばシャーロット、貴様も飲め」
「いえ、私も遠慮しておきます」
流れるようにターゲットを変えてしまった。すぐ近くで同じく湯に浸かっていた碧の野薔薇団長は上品に断わり、そして何故かわたしをチラと見た。その目はやや鋭い。
「(面識……雪山で、竜になった時くらいしかないと思うんだけど……?)」
「なんだ貴様、私の酒が飲めんのか?」
「いえっ、そういうわけでは……! 私はメレオレオナ様を尊敬しております……!」
「じゃあ飲まんか」
絡み酒し始めた師匠から静かに離れる。肩まで組まれた碧の野薔薇団長には申し訳ないけれど正直助かった。
「あっ、ちょっとソフィアこっち来なさいよ!」
「うん?」
ノエルちゃんに呼ばれて振り返れば岩に腰かけ碧の野薔薇の団員に髪を洗われてる所だった。なんだろうかと、お湯から上がって近づく。岩場だからぺったぺった鳴る足音が面白かった。
「どうしたの?」
「髪洗ってあげるから私の前に座りなさい!」
「え、いや自分で……」
「いいから来なさい!」
自分の頭にモコモコの泡を乗っけたままなんでかわたしの洗髪に意欲を示してるノエルちゃんに苦笑いしながら、膝元で背中を向けて座り込む。
「これでいい?」
「ええ。そのままじっとしてて」
頭にひやりとシャンプーが垂らされる。髪に触れる指先は優しくて、泡立たせるには足りないけれど慎重で心地いい。
わたしの髪をノエルちゃんが洗って、ノエルちゃんの髪を碧の野薔薇の団員さんが洗っている。その最後尾にあたる碧の野薔薇の人は自団員についてずっと語っていた。
「碧の野薔薇はほとんど女しかいないんだ! 男はみんなパシリさ! ほんとはあのユノとかいう奴も入団させてこき使おうと思ってたのにな〜。まさかあそこまで強くなるとは……!」
「(黒の暴牛は性別関係なくヤミさんのパシリ感あるな……)」
「あんたもうちに来ないか? 黒の暴牛の竜ってあんただろ?」
「え、わたしですか?」
「あっこら動かないで!」
思わぬ飛び火に振り向こうとしてノエルちゃんに怒られ、また前を向く。
「いや、わたしは黒の暴牛なので……」
「なんだよー、お前も同じこと言って!」
お前も、ということはノエルちゃんにも同じ言葉で断られたんだろうな。
「(なんか嬉しいな……)」
「何よ」
「ふふ、何も」
怪訝そうなノエルちゃんに髪を洗われ、水魔法で泡を流され。
「冷たっ」
「が、我慢しなさい! 私だって同じ方法で流したんだから!」
頭のてっぺんから背中やお腹まで流れ落ちる水に冷え冷えになったわたしとノエルちゃんはそれぞれ自分の体を抱くように温泉に向かった。
肩まで一気に浸かればじんわりと全身が温まる。並んで吐息がこぼれた。
「あったかーい……」
「そうね……」
指先がじんと痺れるような気持ちよさ。入れ替わるように湯から引き上げられ、寝そべってる碧の野薔薇団長みたいにのぼせないよう気をつけなきゃ。
星がまたたく、美しい夜だった。だからだろうか。
師匠が珍しく、昔話をする腹積もりで人に声をかけていた。
「ますます母親に似てきたな……まるで生き写しのようだ」
その視線はぐい呑みに向けられていたけれど、不思議とノエルちゃんに向かってだとすぐ分かった。
そういえば前にノエルちゃんからお母さんが先に亡くなってるって聞いた時も、お風呂だったっけ。
「……私のお母様って、どんな人だったんですか? その……誰も私に母の事を話してくれなくて……」
師匠は少しだけ、沈黙を挟んだ。
「強いひとだった……よく稽古をつけてもらったが、戦場では無敗だった私が、ついぞ一度も勝てなかった。属性が有利だったにも関わらずな……」
「(えええ、そんなの強いにも程がある……魔法騎士団の団長だったとか……?)」
「戦場を舞うように駆ける鋼鉄の戦姫、アシエ・シルヴァ。その強さと美しさに誰もが魅了された」
ふと。師匠も憧れたひとの一人だったのかなと胸の内で思う。わたしが師匠に憧れたように。
「お前の大雑把な魔力操作、とてもあの人の娘とは思えん。あの人の魔力はこれ以上ない程に洗練され、凛としていた。お前のは王族とは思えぬほど泥臭く見苦しい」
なんだろう。ふとキテンでのユノくんによるアスタくん評を思い出した。あの時はユノくんのことよく知らないから思わず口を挟みかけたけれど。
「だからこそ越えろ」
師匠はノエルちゃんに拳を突き出し、そっと額に触れた。
「母親に似たお前が、母親とは違うお前の強さでな」
「……はいっ!」
師匠は本当はとても優しいと昔から知っていたから、わたしは黙ったまま揺れる水面を見ていた。
「で、莫迦弟子」
「はい?」
「夫婦生活はどうだ」
「は、」
絶句したわたしの横でノエルちゃんもぽかんと口を開けている。さっきまでのいい雰囲気はどこへ。
どうだと言われても何とも。そもそも結婚相手についてはここじゃ話せない。
「え、えーっと……あ、こっちなんかお湯が熱くなってきましたね上がりましょうか」
「逃がすか」
「あう」
だというのに師匠はわたしの肩を掴んで離さない。というかミシミシいってるんだけどあのちょっ痛い痛い。
「仲睦まじいのは知っている。だが白い結婚のままだと厄介だぞ」
「離婚ならもう勧められました……」
なんか土壁の向こうで噴き出す音がいくつか聞こえた気がするけど気のせいだろうきっと。
師匠の柳眉がぴくりと上がる。
「ならば尚更、誘うなりなんなりしてみせろ」
「いやいやいやいや」
「受け身でいては貴様の夫は永遠にテコでも動かんぞ。言っただろう、殴りかかる勢いで行けと」
「う……」
無意識に視線が逃げる。そうしたら最初はオロオロしていたノエルちゃんが妙に目を輝かせてこっちを凝視してるのが見えてしまった。気まずい。
「でも……その……」
「そもそも夫婦なのだから、遠慮なく襲ってしまえ」
「ちょっ」
「師匠!!」
周知の臨界点を突破し飛び上がるノエルちゃんと悲鳴をあげた立ち上がったわたしを、碧の野薔薇の団員が怪訝そうに見てくる。慌てて湯の中に座り込んだ。
「……襲えと、言われても……」
モソモソと詰まった言葉。膝の上で意味もなく指を組む。
師匠が何も口を挟まなかったから、その続きを紡いでしまった。
「わたしの事を、ちゃんと女だと思ってくれてるかも怪しいのに……」
「どうでもいい女を2年も妻にして囲っておく男ではないだろうが」
「でも、ずっと一緒に寝ているのに、本当になんにもないし……」
「なんだ、気合い入れて誘ったのに拒まれたのか?」
「……そういうんじゃないですけど……」
要領を得ない言い分に、自分でも嫌になる。なのに師匠は嫌な顔ひとつせずに聞いてくれた。なんならノエルちゃんと紅蓮の獅子王の女性団員ふたり、碧の野薔薇の団員、復活したらしい碧の野薔薇の団長までもがじっとりとした様子で耳を傾けてくれていた。
「(わたし、ユリウスさんのことうっかり口滑らせてないよね……? なんでこんなに興味津々で聞かれてるの……?)」
「ならば一度は勝負をかけてみろ」
「勝負、ですか?」
一拍ほど置いてからの答えにうーんそれはちょっとと眉間に皺が寄る。魔法帝相手に勝負をと言われても流石にそれは。
「襲ってくれねば他で男を作ると言ってみろ」
「はいっ?!」
女風呂がどよめいた。なんでか土壁の向こう側からも同様のどよめきが聞こえた気がしたけど気のせいだろう多分。
「浮気は絶対しません!」
「分かっている。例え話にでもしろ。白い結婚は離婚事由にもなるほどの行ないだと、相手に突きつけるための方弁だ。どうせ他に恋人を作ってもいいとか昔言われただろう」
「なんで知ってるんですか?!」
確かに言われた。でもあれはわたしが自分の恋心を自覚する前、結婚式を挙げた時にユリウスさんから一方的に言われたことなので、個人的にはノーカウントだと思ってる。
それを今更脅し文句みたいに使うなんて。そう憤るわたしに、師匠はニヤリと片頬を吊り上げた。
「貴様は夫に手のひらで転がされ過ぎだ。たまには振り回してやれ」
「ええ……」
そんなことを言われても。
困り果ててノエルちゃんを見ても、おでこから肩まで真っ赤で話は出来なさそうだった。
碧の野薔薇団長は、何やら思い詰めた顔をしていたので話しかけるのは躊躇われた。団員はそんな団長を心配してオロオロしていたので以下略。
紅蓮の獅子王の団員ふたりは困ったように顔を見合せ、力なく笑った。なるほど長い物には巻かれろと。師匠相手にはある意味正しい。
「……師匠、戦場での心得と同列に語ってましたね?」
「なんだバレたか」
雌獅子の豪快な笑い声とわたしのため息が湯気と共に遠く夜空に吸い込まれていく。
正直、今すぐ黒の暴牛アジトに駆け込んで何もかも忘れて眠りたかった。
湯が冷める前に上がったわたし達は昼間とは比べ物にならないほど歩きやすい火山から下山し、夜も遅いからとそれぞれが団に帰った。
背中にヤミさん、アスタくん、ノエルちゃんを乗せて黒の暴牛のアジトに着く頃にはもうとっくに月は頂点を回っていて。精神的にも肉体的にも疲れたからかあくびが止まらない。
「さっさと寝ろよ」
「おやすみなさい!」
「ほらソフィア、ちゃんと部屋まで歩きなさい!」
「うう……はい師匠……」
「誰がメレオレオナ様よ?!」
ノエルちゃんに頭をはたかれたお陰で少し復活した。
糸魔法の張られた廊下を通り、よろよろと自分の部屋のベッドに倒れ込む。戸口からため息が聞こえるけど反応もできない。
「おやすみ……って、もう聞こえてないわね」
扉が静かに閉められる音がする。ほとほとと遠ざかる足音。
柔らかな毛布の上。寝やすい場所と体温を求めて無意識に体がちょっとだけ動いたら、とろんと落ちていく意識を留めておけなくなった。
おやすみも、ごめんねも、ありがとうも言い損ねたなぁ。なんて思ったのが最後。
―――暗い。寒い。冷たい。怖い。
丁寧に塗り込めた黒い、光ひとつない部屋に閉じ込められたよう。手足で探ろうとしても、何にも触れられない。羽を開いて、尻尾を巻いて、体を丸めて。
それは生まれる為の時間。
それは永遠にも似た時間。
分かっているのに寂しくて。
やがて、声もなく泣き出した。
どうしてこんなに暗い場所にいなきゃいけないの。
どうしてわたし独りしかいないの。
誰にも通じない人ならざる声で、赤子のように。
ねぇ誰かって、ずっとずっとないていた。
黒い部屋に光が差した。初めはそれが光だって知らなかった。ただただ白く眩いものが真上にあると思って、首を伸ばした。
光の中。白く穢れのない指先が黒い世界に割って入る。そうしてわたしの頭を、同じくらい大きな手のひらがおずおずと撫でた。
『大丈夫だよ』
世界にヒビが走る。上から下へ、アリの巣の様に走った亀裂はあっという間に崩壊し、わたしを包んでいた黒い部屋はあっという間に砕かれ落ちた。
黒い部屋の外に広がっていたその景色を、わたしは一生忘れないだろう。
抜けるような青い空。白い雲。
芽を出したばかりの若葉が青々と広がる草原のただ中で、柔らかな布でわたしを包み込んだ白い光の少年は、眩いばかりの笑顔で網膜に焼き付いた。
『今日が君の誕生日だ!』
人ならざる生き物をその大きな瞳に映して、笑ってくれた。
景色が塗り変わる。青い空。白い雲。色とりどりに舞う花びら。
祝福するみんなの輪の中で、青々とした草原で幸せそうに微笑み合う、―――と―――に、涙ぐんでいる白い光の少年。
どうして泣いているの? じっと見つめるわたしに気づいて、白い手が頭を雑に撫でる。
『見るなよ、恥ずかしいだろ。……ソフィアは、ずっと僕の傍に居てくれるだろう?』
もちろんだ。少年の手のひらよりずっと大きくなってしまった頭を肩口に擦り付ければ、くすぐったそうな笑い声。
歓声が上がる。祝福の声に目を細めた―――が、こちらを微笑ましげに見ていた。
『君たちは相変わらず仲良しだね』
そうだよと鳴けば、人ならざる声なのに―――は何もかも理解してくれたように頷いてくれる。そういうひとだった。
『今日はありがとう。明日は君の魔導書授与の日だ、楽しみだね……!』
誰よりも幸せそうに微笑みながら、明日ある誰かの大切な日の話をしてくれるそのひとが、わたしも大好きだった。
光が差した。うららかな太陽の下で何もかもを白く白く白く塗りつぶす光が矢のように降ってきた。
それはまず―――を刺した。わたしの目の前にいた子供を刺した。慌てて少年を抱き込んだわたしの片翼を刺して、後は雨あられのようにみんなに降り注いだ。
わたしの腕の中にいたはずの白い光の少年は、わたしの心臓を狙って落ちてきた光に首を落とされた。
どうして。なんで。わたしは、わたしが守りたかったのは、
『ソフィア』
白い光の声が聞こえたと思った。でも腕の中の頭は何も誰も呼んでなかった。
連なる悲鳴。遠く聞こえる笑い声。誰かが火魔法を放ったのか、赤く赤く赤く染め上がる青い空白い雲青々とした草原。
呼んだのは、わたしの名前を呼んだのは、振り返るあの人ならざる黒い影は黒い世界は黒い目は黒い黒い黒い黒い黒い―――
「ソフィアさん!!」
―――呼吸が一瞬止まった。
早馬のように跳ねる心臓がうるさい。頭の芯がじんと痺れるような心地がする。
わたしの肩を揺さぶっていたそのひとは、荒く息しながら呆然と見上げるわたしに心底ほっとしたように手を離した。
見慣れない女性。でも知っている、このひとは。
「ぐれい、さん……?」
「そそそそうです! あの、あのすみません! 悲鳴が聞こえたからつい入ってしまいましたあああ恥ずかしい!!」
「あ、いえ……ありがとうございます」
初手からクライマックスなテンションに、なるほど間違いなくグレイさんだと頷いてやっと落ち着いた。
悲鳴。心当たりはなかったけど、全力疾走したみたいに酷く疲れていたし、全身汗びっしょりで気持ち悪かった。
近づいてくる足音。開きっぱなしのドア枠の向こうに勢いよく現れたノエルちゃんとバネッサさん、チャーミーさんに、なんとか笑ってみせる。
「なんか……怖い夢でも、見ちゃったんですかね……?」
「……物凄い悲鳴だったわよ」
「でも、なんか……覚えてなくて……」
バネッサさんの眉間に皺が寄る。
夢はおぼろげな輪郭だけを残して忘れてしまっていた。全身に汗をかき、グレイさんが悲鳴を聞くほど怖い夢だったんだろう事しかもう分からない。
恥じらい顔を手で隠すグレイさんをお部屋に返すため追い出してるわたしの腕を掴んだのはノエルちゃんだった。
「今夜は私の部屋に来なさい」
「え、でも……わたし、ちょっと汗かいちゃって」
「明日またお風呂に入ればいいでしょ」
そうじゃなくて、汗かいたのにノエルちゃんのベッドに行くのは忍びないって意味だったんだけど、欠片も気にした様子はないまま手を引かれたので慌ててついて行く。
バネッサさんとチャーミーさんは、ノエルちゃんなら大丈夫かみたいな顔をして部屋に引っ込んだ。そんなに心配しなくても。
「ほら、早く奥に詰めなさい」
「あ、うん」
ノエルちゃんの部屋はわたしの部屋と似たような造りをしていた。備え付けのベットの奥へとモゾモゾ潜り込む。
後から入ってきたノエルちゃんと一緒に毛布に包まれば、狭苦しく温かかな巣穴のように心地よかった。
「おやすみ」
「おやすみ……ありがとう、ノエルちゃん」
「別に……」
穏やかな寝息が耳をくすぐりだすまで時間はかからなかった。疲れ果てて眠っていたんだろうに、わたしの部屋が騒がしいからと飛んできてくれたんだろう。優しいひとだから。
薄いカーテンの隙間から差した白い月光が、部屋の影を細く割いているのが見える。目をそらす様にまぶたを閉ざした。
その夜、わたしがもう一度眠りに落ちることはなかった。