白夜編
夢小説設定
この小説の夢小説設定※原作開始時点
誕生日:7月17日(かに座)
性別:女
年齢:16歳
血液型:A型
身長 150cm
好きな物:白薔薇、果物、空を飛ぶこと
出身地:王貴界
等級:一等下級魔法騎士
魔法属性:竜
竜化魔法 ?????
→自身がドラゴンになる。変身魔法とは別物。
魔法を弾く鱗、地上よりも空の方が速く動ける羽毛の翼、鋭い爪や牙が武器。
(title by
不在証明)
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起きたのは、わたしの上にアスタくんが落ちてきた衝撃があったからだった。
はっと意識が戻る。身を起こしながら見たアスタくんは―――片腕が不自然な所で折れ、赤黒くなっている。
「ぁ、っ」
絶句しかけた自分を叱咤し手を伸ばそうとして、動いたのは柔らかなひとの手指。咄嗟に人の身から竜に成る。
本当に一瞬の出来事。その間にアスタくんは起き上がって剣を振るっていた。
頭上の、ほとんど無傷の野人目掛けて。
「まだだ!」
常人なら胴をへし折られるだろうそれを獣魔法は片腕を凪ぐだけで一蹴する。
「敗者は失せろ」
「アスタくん!」
ぶっ飛ばされかけたアスタくんを咄嗟に掴み庇って、諸共に壁に叩きつけられる。転がり落ちると共に口の中に広がった血の味に思わず咳き込んだ。
腕の中に収まったアスタくんを見て、そっと岩場に降ろす。
こんなにボロボロじゃあ、もう戦えないだろう。
「(勝てる気がしない。ヤミさんじゃなきゃ……)」
魔力も体力も削れた気さえしない野人を見て思わず浮かんだ弱気を慌てて振り払う。
ヤミさんは、限界を超えろって言った。つまり来られないって事だ。
「(わたし達でなんとかしなきゃ……!)」
「こらぁぁーー!! お兄ちゃああああん!」
あさっての方向から聞こえた大声にビクッと肩が跳ねた。恐る恐る振り向けば、無傷のノエルちゃんと女の子の姿。女の子は見覚えがある。確か、ノエルちゃんの特訓に付き合ってくれていた綺麗な歌声の子。着ているローブから察するに神殿魔道士のひとりだったのか。
女の子はアスタくんと共闘していた青年に向かってなおも叫ぶ。
「何寝てんのぉぉー!! ふたりでアイドルとダンサーになって大スターになる夢はどぉするの〜〜!!」
「そうだったぁぁーー!!」
「えっ、起きた?!」
喝を入れられ起き上がった青年、いや兄に思わず声が出た。野人の人外じみた拳を正面から受けていたはずなのに……。
―――ふ、と揺らいだ空気に反応できたのはひとえに師匠に仕込まれた反射神経のおかげだった。
「どこ行くのっ!」
「邪魔だてするな、ソフィア」
こんな岩場で草原を駆ける動物の速さで青年に襲いかかりかけた野人に全身で掴みかかる。全然敵わないけど、だからって大人しく行かせるわけない。
踏ん張る足が岩を抉り、それでも野人はじりじりと進む。止められてない。力だけでこんなに負けてる。わたしは今、竜なのに。
肩を掴まれ、横に打ち倒される。野人は表情ひとつ乱さないまま憐憫すら声に滲ませた。
「頑強なのも哀れなものだ」
「ち、っくしょ……!」
「行くぞカホノーー!!」
「うんっ!」
わたしを飛び越え兄が剣を両手に躍り出る。
気づけば荒々しい波音のような歌声が洞窟内を満たしていた。どこまでも伸びやかで、なのに厳かで恐ろしい歌魔法だ。
―――合体魔法、“海神降ろし”。
海底神殿でしか生まれないだろう、海の歌。
そしてその歌に捧げられてきただろう剣舞が、その剣から放たれた魔力の斬撃が野人に押し寄せ、傷をつけていく。
他者が割り込めない幻想的なその魔法は、何もかも忘れ見惚れるほど美しかった。
「ほぉ、歌と踊りにここまでの力が……! 辺境の魔法とは面白いものだな!」
「そうさ! この地だからこそ生まれた魔法だ! 海神に仕え祈り歌い踊る……そうやって永い時をかけて生活と共に編まれた魔法なんだ!」
「幼い頃からこの歌と踊りを海神とみんなに捧げて来たわ! この魔法は、海底神殿のみんなとの絆そのもの……! あんたなんかに壊されたりしない!!」
美しく尊いその魔法を。
野人は嘲笑った。
「それがどうした?」
咄嗟に体が動いた。それでもなお全てに間に合わなかった。
兄は野人が腕を奮った瞬間、膝から下を切断され。
「夢? 絆? お前らのような人間が、そんなものを語るな……!」
「カホ……っ」
ノエルちゃんの悲鳴よりも速く、野人が女の子にひと息に詰め寄り、喉を突く鈍い音が広がった。
わたしは完全に出遅れた。野人に組み付くも、神殿の兄は流血し倒れ、妹は野人に首を掴まれたまま。遅かった。いや、……間に合っても、きっと意味なかった。
頭上から降り注いだ神殿の怪物と共に襲いかかってもなお、野人に傷ひとつ付けられず、女の子を掴む片手をどうにも出来てない。
「どいつもこいつも、お遊びレベルだな……!」
「その子を放して!」
拳を打ち込めど、肩に噛みつけど、何ひとつ通用しない。
どれも速さが足りない。力が足りない。
「夢や絆ならば我らにこそある。お前らが壊した、黄金の夢と血の絆がな……!」
「何を言って……っ」
食い荒らすように神殿の怪物を一蹴して。
わたしよりずっと強いそいつは、初めてわたしを憎々しげに睨んだ。
「貴様は全て忘れてしまったというのか? あの憎悪を、不実を、絶望を、忘れられたというのか?!」
「わたしはあなたのことなんか知らない!」
野人は。
何もかも蹂躙し手に血に染めた野人は、顔を歪めた。
昔日の友人に裏切られたような、寂しげな顔を。
「……もういい」
「ぐぅっ!」
噛み付いていた顎に掌底を食らい、野人から体が浮く。地面に叩きつけるように殴り落とされたわたしのお腹を獣のような足が踏みつけて。体が、鱗越しに軋む音がした。
「がっ、あぐ……!」
「お前らの言うチンケな夢とやらも潰えたわけだ。どうだ弱者よ、とくと味わったか? 絶望を―――!」
声をなくした女の子は、喉を潰されてもなお、自分の首を掴む野人を強く睨んだ。お前らに奪えるものなんて何一つないのだと言うように。
「気に食わん目をしやがって。ならば……四肢をひとつずつ捥いでやろうか……!」
「やめ……っ」
「やめてぇーー!!」
踏みつける足を掴み抵抗するわたしを歯牙にもかけなかった野人は、ノエルちゃんの絶叫には反応し、視線を向けた。
「ふたりを放しなさい……!」
「言葉で我が止まるとでも?」
「なら力ずくで!」
意識が逸れた野人の足を横殴りに外し、今度こそと掴みかかる。鱗も鎧も纏っていない野人の内側から溢れる魔力に阻まれ牙も爪もどうしたって届かない。
そうと分かっていて、肩を掴み、女の子を離さない腕に食らいつく。渾身の力を込めてもなお動かない。
なのに―――なのに、腕に力が篭もる膨らみも、その先で小枝のように折られようとしている誰かの呼吸も、手に取るように分かってしまう。
野人はわたしを、ノエルちゃんを、無力なさまをせせら笑う。
「もういいか? ならばそこで見ていろ負け犬」
何にもならないのに涙が滲んだ。返す言葉もなく、出来る事もないまま暴れようとして。
―――洞窟が、揺れた。それどころか海底全体が揺れたかと思うほどの突き上がるような振動。
鼻先に触れる野人の魔力とはまた違う、けれど肌を焼くような魔力の奔流がこの間を満たしている。
それはよく知る水の魔力そのものだった。
「これ……この、魔力は……」
「……もう一度言うわ。私の友達を、放しなさい!!」
後ろ目に見えたのは、構えた右手の杖に激流のように魔を湛え、瞳に涙を溜めたノエルちゃんの姿。
ただ同じ場所にいるだけで圧倒されるほどの光り輝く魔力。それを見た野人の態度が一変した。
「貴様、王族か……?」
「だったら何だって言うのよ……そんなこと今は関係ないわ……! 私は黒の暴牛のノエル・シルヴァ! よくも私の仲間と友達を傷つけてくれたわねーー!!」
その名乗りに、わけも分からず胸がいっぱいになる。
最初に会った時から王族であることを誇っていた彼女のその言葉に、その気持ちに、泣いてしまいそうだ。
「そうか、やはり……最も穢れし一族の……!」
対する野人の反応は恐ろしく静かだった。
背筋が粟立つほどの憎悪をその目に光らせたにも関わらず、待ちかねた獲物が目の前に吊り下げられたような笑みさえ浮かべて。
片腕を払い、女の子とわたしを纏めて振り捨てた野人は誰かに襲いかかる事もせず、右腕に獣の魔力を凝縮させた。
「よかろう……撃って来い! 全力でな! その罪深き魔ごと捩じ伏せてくれるわーー!!」
「言われなくても……あんたは私が倒すーー!!」
杖に集中し、唸り声を上げていた水の魔力が轟音と共に収束する。文字通り堰を切ったように極限まで膨らんだ魔力が、形を持って頭から尾まで放たれた。
―――水創成魔法、“海竜の咆哮”。
その水は竜の形をしていた。
大きく開いた鋭い牙、人外の鋭い瞳、揺らぐヒレ。
何より、水面に映し見たわたしによく似た顔。
声もなく見送るわたしの目の前で、渦巻く水がおぼろに作った攻撃魔法を野人は右腕の拳で迎撃した。
鉄砲水さながらの攻撃を相手に歯を食いしばり、しばらく耐えた野人は少しずつ魔力を削られ。
低い声を上げながら激流の中に消える。
「やっ……た……!」
「凄い……」
海竜は野人の右肩から脇腹までの半身を食い破り、壁に大穴を空けて消えた。
新しい魔法。初めてだろう攻撃魔法。
苦手だったはずなのに完璧なコントロール。
震える杖の切っ先は、正確に野人だけを貫いた。
「(よかった……これで……!)」
ほっと胸を撫で下ろすわたし達の目の前で野人は絶叫し、大きく身震いし―――怖気立つような魔力を噴出した。
上がった顔。剥き出しの額に、あるはずのない3つ目の瞳が横に開いている。毛深い顔いっぱいに広がるのは牙を剥き出しにした笑顔。
「よくぞ我を引き出したな……人間……!」
喉が引き攣る。吐き気がするような不気味な魔力。
一変した野人はもはや人とは思えない魔力で息をするように全く知らない言語を紡いだ。
「魔獣魔法、―――」
魔獣の魔法なんて知らない。他は聞き取れもしなかった。
中空に展開した魔法陣が消失したはずの野人の半身をみるみる取り戻した。いや、生やした。こんな魔法は屋敷の本でも見たことがない。存在するはずがない。
「嘘……?!」
「有り得ない……こいつ、いったい……!」
危うく停止しかけた頭が一気に危機感を募らせる。さっきこの野人が反応したのは、王族。この場にはノエルちゃんがいる。
「ノエルちゃんお願い逃げて!」
「嫌よ!!」
叫びながら飛びかかった野人はわたしを見もせずに殴り飛ばした。壁に激突した拍子に岩がひび割れ、鱗が散る威力に血を吐きながら、藻掻き膝をつく。ノエルちゃんが逃げるわけないなんてこと返事を聞く前から知っていたから。
だから、野人から立ち上る魔力の高まりに震え上がった。
「さぁお返しだ……消し飛べ……!」
野人の魔力が今度は獣の顎を形作る。海竜の咆哮によく似た、聞き取れもしない魔獣魔法の咆哮。
さっきノエルちゃんはたぶん魔力の限界ギリギリまで溜めて撃った。比べて何の溜めも躊躇もなく放たれたそれは、壁一面を覆ってもなお余りある巨大さでノエルちゃんに迫り、飲み込んだ。
「ノエルちゃんーー!!」
わたしは指一本動かせないまま、ただノエルちゃんの魔力が消えていないことだけを感じながら竦んでいた。
やがて穴から吹き抜けた風で粉塵が晴れる。一部だけを残して洞窟の一角が影も残さずに消え去り。
無傷のノエルちゃんを背に立っていたのは、片手で剣を掲げたアスタくんだった。
「アスタ……!」
「アスタくん!」
血を流し、利き手は折れ、息も絶え絶えで。
それでも彼の眼光は変わらず力強かった。
「オレ達は……まだ諦めてねぇぞ……!」
半身を抉りとっても再生してみせた敵を前に不退転を貫いたアスタくんに、野人は狂喜さえ滲ませた。
「ここからが、真の絶望だ……! はははは! 溢れ出る魔が、お前らを絶望させよと囁いておるわ!」
高笑いする野人の全身からは絶え間なく禍々しい魔力が溢れ出ている。こんなにも恐ろしい魔力なんて今まで聞いたこともない。
でも今はそんな存在よりもっと気になる事がある。
「アスタ、もう起き上がれないぐらいの重傷だったんじゃ……?!」
「カホノが最後の力で回復してくれたんだ。掠れた歌で……少しづつ……!」
「カホノ……!」
ノエルちゃんの眼差しが神殿魔道士の女の子に向く。野人に首を潰され、掴まれた姿のままでアスタくんを回復してくれていたなんて。とんでもない話だ。
「あいつぶっ倒して、カホノの喉もキアトの足も治してやろう……!」
「え……!」
「あいつだって腕生やしたんだ、そんな魔法を使える奴がいるさきっと……!」
はっと息を飲む。確かにあの野人の魔法は前代未聞だ。でも魔法の域は出ていない。きっと探せばどこかに同じような魔法を使えるひとがいる。
アスタくん凄い。わたし、そんなところまで頭が回らなかった。
「あ、そうだ……ノエル」
そんなアスタくんは振り返り、無事な左手でノエルちゃんの頭をぽんと撫でた。
「さっきのとんでもねー魔法、気合い貰ったぜ! やっぱお前は見込んだ通りすげー奴だったよ! 後は任せろ!」
「アスタ……」
まるでヤミさんみたいな言葉に、わたしの目尻まで熱くなる。
どこまでも優しいアスタくんを野人は鼻で笑った。
「小僧、哀れだな。そんな身体で何が出来る?」
「うるせぇぇぇ! 目が1個増えたぐらいで調子に乗んなよぉぉぉ?!」
「いやあれは普通の目じゃないよ……」
力ないわたしの突っ込みに野人はニヤリと笑って目線を寄越した。やっぱり、あの目に何かカラクリがあるのだろう。
とはいえそのカラクリをどうにか出来ずに普通にやったら微塵も勝てなさそうだけど……。
「お前さっき、諦めないことがオレの弱点だって言ったよな……諦めないのがオレの唯一の武器だ! そしてオレは夢を叶えるまで諦めねー……!」
魔力を持たずに生まれ、反魔法の剣を自身の膂力のみで振るい、誰にはばかることなく夢を―――魔法帝になると公言する少年の、あまりに真っ直ぐな言葉。
どれほどの苦労と苦悩の果てにその境地まで辿り着いたのだろう。どれだけ頑張ってきて、それでも足りなくて足掻いて、今ここに立っているのだろう。
野人はアスタくんの眼差しを受け止めた野人は初めて笑い声をあげた。暗い愉悦に満ちたその声だけで身が竦む思いだ。
「そんな武器ではどうにもならない現実を今日しかと教えてやる……! そうだな、先にゴミの後片付けでもしておこうか……!」
それはアスタくんのことをひとかどならぬ敵だと認めると同時に、周囲のもの全てを殺すという宣言でもあった。
ここにあるのは立っているアスタくんとノエルちゃん、わたし。そして倒れているラックさん、マグナさん、神殿の兄妹、神殿最強の夫婦。意識がなくバラけて倒れているひとを守る術はわたし達にはなく、野人は一瞬でこの場全員の命を刈り取る実力がある。
「魔獣魔法」
「やめ、」
「っく」
アスタくんが止めに入るよりもわたしがラックさんマグナさんを抱え込むよりも速く野人の後ろに見たこともない魔法陣が展開され、魔獣の魔力は瞬きする間もなく倒れた全員に牙を剥いた。
全員の頭を的確に射抜くはずだった魔力の太針―――それが紙一重で外れる。
「え、これ……」
か細い風きり音を奏でて、倒れていた全員がアスタくんとノエルちゃんの足元に放射線状に投げ出される。同時に野人を軽やかに拘束したのはしなやかな魔法の糸。
「あらら〜、多分その毛むくじゃらが団長が言ってたとんでもない奴ねー。こりゃ酔い潰れてた方がよかったかしら……それにしても、ほんとめちゃくちゃな坊やね〜」
「バネッサさん!」
「バネッサ姐さん!」
普段纏っている酒気のないバネッサさんはラックさんとマグナさんを見て、わたしを見て、次いでアスタくんを見つめた。
仕方のない子を見るような。どこかに忘れていた遠い夢の在り処を辿るような。そんな眼差しで。
「けど、黒の暴牛のみんながあなたに目を掛けるの、分かる気がしたわ。あなたが諦めなかったから私も来た……! 私もあなたに乗っからせてもらおうじゃない!」
「あざすっ!」
こんなに熱を込めて何かを語るバネッサさんを初めて見た。
野人は自身に巻き付く糸をあっさり引きちぎり、アスタくんとノエルちゃんに合流したバネッサさんへ笑みを向ける。
「こんな蜘蛛の糸如きもので我を縛れるか!」
そして言葉も紡がずにさっきと同じ規模の魔獣魔法を放った。
今度こそアスタくん達を飲み込まんとしたそれの前に立ち塞がり盾となるべく飛び出しかけ。
「大丈夫だよ」
震えるフィンラルさんの声に足を止めた。
魔獣魔法の切っ先に待ち構えたようなタイミングで黒い穴が開く。空間魔法に吸い込まれた巨大な魔力の塊はノータイムで別箇所に開かれた穴から噴き出し、野人にそのまま牙を剥き出した。もっとも野人はそれを片腕で弾いてしまったけれど。
「(あれだけの攻撃魔法を不意打ちで当てても対処されるなら、距離を取って戦っても意味ない……!)」
道理すら捻じ曲げるような、めちゃくちゃな強者を前に。
フィンラルさんは仕方なさそうな情けない顔をして、逃げ出すこともできただろう壁の穴から進み出てきた。
「あ〜あ……まったくもー、みんな熱っついんだもんなぁ〜。後輩達が頑張ってんだ、先輩らしーとこ見せないとな……!」
「フィンラル先輩……!」
「フィンラルさん……」
ケダモノじみた魔力が暴風のように吹き荒れる場所に足を踏み入れたフィンラルさんは冷や汗が止まらない様子で。それでも、俺の魔法でここから逃げようとは言わなかった。それどころか一緒に立ち向かうのだと。
バネッサさんがうりうりとフィンラルさんを小突く。
「よく出て来たわね、偉いじゃないのヘタレフィンラル〜」
「あっ当たり前じゃないですかバネッサさん!」
「ヘタレフィンラル……」
「ソフィアちゃんそのあだ名は覚えないでいいから! むしろ忘れて!」
妙に語感が良くてつい復唱してしまった。そんなわたしをバネッサさんが手招く。野人に警戒しながら跳んだけれど、奴はもうわたしなんて眼中にないみたいだった。
「くくく……アリのような貴様らが幾ら集まっても、我にかすり傷ひとつ負わせる事も出来んわ……!」
それは誇張のない事実だ。
わたしの知る限り黒の暴牛最高火力だろうノエルちゃんの攻撃魔法を遥か上回る魔獣魔法をポンポン放つのも脅威だけど、それをそのまま自身に跳ね返されても毛ほども傷つかないほどの膨大な魔力を膜のように纏った身体こそが最も厄介で。
かつ、攻略の糸口が見つからない。
「ソフィア! ノエル! このみんなを守れるくらいの魔力はあるわね? 任せたわよ」
「は……はい!」
「バネッサさん、わたしまだ戦えます!」
戦力になりますと顔を近づけたら鼻先をデコピンされた。何故。
「あんたが暴れたら私の糸が全部切れちゃうでしょ」
「う……」
「鱗もボロボロなんだから、ちょっと休んでなさい」
そして撫で撫でと鼻先を優しくさすられた。
でもバネッサさんの目線はわたしじゃなくて野人に向いている。
「にしてもとんでもない魔力ねまったく〜。誰か一撃でもまともに受ければアウトね」
「く〜最初から絶体絶命、ヒリヒリするぜぇ〜、泣きて〜〜」
「無事勝ったらハグしたげるから私の胸で存分に泣いていいわよ〜」
「マジですか?! うおおおおーー!!」
急に物凄くやる気を出したフィンラルさんに思わず自分の胸を見下ろす。酷く慎ましやかで質素な胸を。……ユリウスさんに痛いって思われてたらどうしようと物凄く場違いかつ手遅れすぎる不安が浮かんだ。
「並の魔法攻撃じゃ、奴にはまったく効かないでしょう……」
衣擦れにも似た音を立ててアスタくんに糸が絡まる。同時にバネッサさんの魔力が、いや糸が、この空間を埋め尽くすように敷かれていく。目に見えないほど細いはずの糸が何重にも魔力を重ねて淡い織物を被せたように覆いをかける様は圧巻だった。
その準備が、ほんの一呼吸の間に終わる。
「反魔法のあなたがやるしかない」
「うす……!」
「思いっきり命懸けでいきなさい……」
満身創痍のアスタくんをこれでもかと焚き付けたバネッサさんは。
「私達が絶対にあなたを死なせない!」
フィンラルさんと共に誰より前へ出て、そう啖呵をきった。
「「「行くぞ!!」」」
そうして3人同時に立ち向かう。
わたしとノエルちゃんはその背中を見て、手を握り締めることしか出来なかった。