夏の元気なご挨拶



「小太郎、こーたー」
「煩い! 急かさずとも、すぐ出る」
玄関先から大声で呼ぶ坂本に、桂は返事を返してからエリザベスに向かい合う。
「では、行ってくる。留守番を、頼むぞ」
【はい、行ってらっしゃい】
すかさずプラカードを上げるエリザベスに頷いて、坂本の待つ玄関に向かった。
「ほれ、行くぜよ!」
草履を履いた途端に腰を引かれ、唇にちゅと音を立てるキス。自然で流れるような早さのせいで、不意打ちに驚く間も無く外へと連れ出された。
「買い物に行くのに、何をそう急いているのだ?」
夏の輝く朝日の下、桂は坂本の隣を歩きながら首を傾げる。昨夜、買い物に付き合って欲しいと言われ、二つ返事で約束したが、まさかこんな早朝から連れ出されるとは、思いもしなかった。
「朝市で、西瓜を買いたいんじゃよ。なるべく甘いのがええき。早く行かぇいと、良いのから売れてしまうぜよ」
「西瓜? 西瓜一つに、朝市か?」
「一つじゃ、無いぜよ」
「なっ……」
 その返事と、門扉の外側に停めてある物に絶句した。
 桂の反応に、坂本はニヤリと笑う。
「レンタルして来たぜよ」
 そこに置かれていたのは、木製の大八車だった。
つまり、これで運ばなければならないほど大量に買い込むつもりだと。


 大きな段ボールを次々と大八車に積み込む坂本の横で、桂はそれらがズレ落ちない様に紐を掛けてゆく。
「こんなに買い込んで、どうするつもりだ?」
 何度目かになる質問を、繰り返す。聞くたびに坂本は笑って「あとでなっ」っと、桂を往なした。
 最後のダンボールを積み終わって紐も掛け終わり、やっと坂本が答える。
「夏の挨拶に、行くぜよ」
「夏の……挨拶だと? 何だ、それは?」
 不審げに眉を顰める桂を促して、坂本が大八車を引っ張り始めた。ゆるゆると回り出す車輪を見て、桂も後ろから押し始める。
 夏の挨拶といえば、お中元の事だろうか? いや、盆も過ぎた今頃に中元は無いだろう。では、残暑見舞いといった所か? だが、こんな大量に配り歩くほどの友人がいるのだろうかと、考えながら押し続ける。
 宇宙を股にかける商人だけに、地球を留守にしがちだが、それでも坂本には友人が多いのだろうと結論付けた。
 いつの間にか、坂本の事は誰よりも自分が一番良く知っているつもりになっていたが……
存外、交友関係でさえ把握し切れていなかった事に気付く。その考えに思い至ると、少し淋しくなった。
 けれど、坂本の方には己の交友関係を知られているような気がする。何故か分からないが、それは確信できた。

「やっぱりココを一番最初にせんと、荷が重うて動き難いじゃのぉ」
 大八車が前に傾き、桂は考え事から離れて顔を上げる。
 坂本の言う「ココ」とはどこの事かと、見た先には二つの看板が掲げられていた。それは【スナックお登勢】と【万事屋銀ちゃん】の屋号。
「金時くーん! こんにちはぜよ!」
 坂本は大きく息を吸い込むと、思いっ切り近所迷惑な大声を出して小学生の様な声掛けをした。
「煩ぜぇ! 近所めーわくだろーが、このやろー!」
「あ、もっさんアル!」
「坂本さん、桂さんも、こんにちは」
二階の玄関から万事屋の三人が顔を出す。
「近所迷惑は、お前さん達も一緒だよッ!」
「ばばあノ顔ト同ジクライ、近所迷惑ダヨ。クソ野郎」
「皆様、お元気で良いではありませんか」
一階のスナックの引き戸も開かれた。
「おん! みんなー、息災で何よりじゃのおし。暑気払いに、美味しうて甘い西瓜を持って来ちゅう」
 そう言った次の瞬間にはもう、神楽と銀時が荷台の紐を解いていた。その後ろには、キャサリンが控えている。
 少し遅れて、階段から下りて来た新八が覗き込む。
 お登勢とたまは、そんな彼らの後姿を眺めていた。
「銀ちゃーん! コレ、凄いデカいアル! コレが、欲しいネ。一番デカいのが、いいアル!」
「デカい、デカい、連発すんじゃねぇ! 男はなぁ、デカさだけじゃねーんだよ!」
「大キサ二自信ノ無イ男ハ、スグてくダノ膨張率ダノト」
「ちょっとぉぉぉぉ! アンタら、何の話してんですかァァァァ! 神楽ちゃん、聞かなくていいからね!」
 わちゃわちゃと話しながら、それぞれがしっかりと一箱ずつダンボール箱を抱えていた。
「あっはははっ。相変わらず、元気じゃな。どれ、手つとおてやろう。ヅラ」
 いきなり名前を呼ばれ、桂は慌てて振り返る。坂本の声で「ヅラ」と呼ばれるのに反応が遅れてしまった。
「た、坂本、何を手伝う?」
二人の時は互いに名前で呼び合っているものだから、ついうっかり「辰馬」と返事を返しそうになる。
「わしは家主さん用に、はや一箱運ぶき。おんしはチャイナさん用に はや一箱運び入れておおせ」
「あい分かった」
 なるほど、ココに差し入れる西瓜が多いから大量に購入したのかと、納得がいった。
 坂本と上下に別れて、西瓜を運ぶ。
「ズラ! 私の分だけ二箱アルか! もしかして、もっさん私に気があるかもネ!」
ニコニコと嬉し気に笑う神楽に、やんわり笑顔を返す。
「リーダー。ヅラじゃない、桂だ。それから、坂本は駄目だ。あいつは、女好きのスケベ親父だからな。近付くんじゃありません」
「……ヅラ、妬いてるアルか?」
「な、何をッ!」
 じっと、見上げて来る視線に頬が上気しそうになった。
 神楽が、自分たちの本当の関係を知る筈がないが……
 まさか、バレたのだろうか?
「おーい、神楽。下に降りて、定春の分の西瓜も一箱貰って来い」
 タイミング良く、銀時が神楽に声をかけた。これで、神楽の気が逸れてくれると良いのだがと思う。
「分かったアル!」
 元気良く返事を返すと、再びチラッと桂を見上げる。
「心配しなくていいアルよ。もっさんより、ヅラの方が好きアルよ!」
 そう言い、ダンボール箱を置いて階段を下って行った。
 妬いたとは、そっちの事かと胸をなでおろす。
「ばーかっ。神楽が、知る訳ねぇだろ」
 銀時が、神楽の置いて行ったダンボール箱を持ち上げながら言葉を続ける。
「つーか、いつかはバレんじゃねぇの。こ―やって、夫婦揃ってご挨拶~みたいな真似してりゃさぁ」
「ふ、夫婦だっ、だっ、なっ、誰がっ!」
 誤魔化したところで、銀時には俺達の関係なんてお見通しなのだろう。それよりも、本当に夫婦で挨拶に来たように見えるのだろうかと気になった。坂本も、そんなつもりでいるのだろうかと。だが、社会的に地位のある坂本にとって、同性の情人がいるなどと知れるのは良い事とは思えぬ。
「バレバレだってーの。つーかさぁ、そんな必死に隠さなくても、いーんじゃね? あの馬鹿は、広めよう感たっぷりじゃねぇか」
「何を、」
 勝手な事を、お前とは違うのだと言おうとした。
「あれは、間違いなく確信犯だって」
 文句を遮られて、妙な言葉を返される。重ねて意味を聞こうとしたが、階段を昇って来る神楽の気配に問い詰めるのは諦めた。そのまま中には上がらず、玄関先にダンボール箱を置いて暇を告げる。銀時は出て来る気配も無く、新八と神楽が手を振って見送ってくれた。

***

階段を降りきった所で、お登勢と坂本の話し声が聞こえて来た。どうやら、入り口付近で喋っているのだろう。
「悪いねぇ、うちにまでこんな。上の馬鹿の友達だからって、アンタが気を遣う必要なんて無いんだよ」
「いゃあ、違おる。こりゃあ、ヅラが世話になっちゅうご挨拶じゃきに」
「うちが、桂さんのかい? とんと、世話した覚えなんて無いがねぇ」
「美味い酒の出る、寛げる場所やと聞いておる。攘夷志士らぁてしちょるから、馴染みになれる店は少ないがやき、感謝しちょると」
 確かにそう話した覚えはあるが、まさかそれを伝えるなどとは思ってもいなかった。
今出て行くのは、何とも面映ゆい。
「そんな事を……嬉しいねぇ」
 お登勢が、二階を見上げる。
「あのろくでなしに、聞かせてやりたいよ。こんな出来た友達がいるってぇのに、なんで感化されないんだか」
話しが銀時の所に飛んだ今がチャンスと、中に声をかけようとした。だが、続くお登勢の言葉に足が止まる。
「それはそうと、桂さんが世話になってるからって一緒に挨拶に来るって……なんだか夫婦みたいだねぇ」
 そう言って、お登勢はカラカラと笑った。
「いやぁ、まっこと、わしらぁは、」
「坂本ッッッ! 次だ、次に行くぞ!」
 照れて頭を掻く坂本を、桂は後ろから掴まえ大八車の方へ投げ飛ばす。その振り上げた腕をさっと下して、そのまま頭を下げた。
「騒がしくして、すまぬ。次に行かねばならぬので、これで失礼する」
 驚いているだろう顔を見る事無く、頭を下げたまま踵を返す。己が、どんな顔色をしているのが自分でも分からなかった。坂本と夫婦のようだと思われた事が恥ずかしいような嬉しいような。しかし、躊躇いも無くそれを肯定しようとした坂本の迂闊さには腹が立つやら、真っ直ぐさに感動しそうになるやら、感情がぐちゃぐちゃで上手く表情を取り繕えなかった。


「おんし、ちっくと乱暴過ぎやか? ほれ、たんこぶが出来たやか」
「黙れ、馬鹿者! 俺達の関係は、そうそう吹聴して良いものでは無いぞ。貴様は、大企業の社長としての自覚が足りぬ!」
 叱り付けても、暖簾に腕押し。少しも、聞いていない様子。それどころか、坂本は「痛いの、痛いの、飛んで行け」をやれと強請って来る。
無論、投げ飛ばした俺が悪いので、やってやった。
 それが、甘かったのだろう。坂本は、調子に乗った。
 俺の行きつけの風呂屋や、蕎麦屋、攘夷党の幹部の家や、果ては北斗心軒まで。どの場所でも、にこにこと元気に夏の挨拶だと西瓜を配った。
 大八車の上のダンボール箱が最後の一つになると、やっと帰途に着く。


「こたろ、ほれ着替えるぜよ」
 遅い昼飯の後、坂本は勝手に箪笥を開けて浴衣を出して来た。それは、先週坂本から貰ったばかりの絞りの浴衣。麻の葉と亀甲模様が涼し気な女物。
「なぜ、着替えなければならぬ?」
「最後は、西郷さんのとこに挨拶に行くぜよ。さいご、うだけにのぉ~」
 上手い事言ったと得意そうに笑う坂本を殴りたくなったが、一瞬でも「成る程」と思っていた気持ちがあったから殴れない。だが、代わりにエリザベスが殴ってくれた。お蔭で、スッキリして着替えられる。
 恐らく生活資金面で一番世話になっているのは、かまっ娘倶楽部なのだから。西郷殿の所に、夏の挨拶に行くのは当たり前だろう。そう、桂は納得したが……
 それを、わざわざ坂本と行く必要は無いと気付いたのは、一緒にかまっ娘倶楽部の店内に入ってからだった。
 開口一番。やはり、言われる。
「嫌だわ、何よコレ! まるで娘夫婦に、お中元貰ってる気分になるじゃない。ちょっと、ヅラ子! アタシを、老け込ませないでちょうだい!」
 西瓜を抱えたまま、溜息をつく西郷に、坂本が笑いかけた。
「おん。夫婦にゃ違おらんから、そう思ってくれても構いやーせんよ」
 坂本の言葉も、最早諌める気になれ無い。西郷には二人の関係を知られている気安さもあっての事だが。
「ちょっと、ヅラ子。冷蔵庫開けてちょうだい」
「はい」
 クイッと、顎で指示されて店の厨房に入る。付いて来ようとした坂本には、犬の躾けよろしくカウンター席を指差して「待て」をさせた。

「西郷殿?」
 厨房に入ると、西郷は片手で西瓜を持ち直す。その軽々とした扱いに、冷蔵庫の扉を開ける介助の必要など無かったと知る。つまり、坂本に聞かせたくない話があるという事だろう。
「アンタは、あれでいいのね?」
「はっ?」
 質問の意味が分からず、西郷を見詰め返す。
「はっ、じゃないわよ! アンタ、あの社長と夫婦でございって、宣伝してるみたいじゃないの」
「いや、女装したのはここだけで、」
 そんなに夫婦っぽく見えたのだろうか? それにしても、宣伝は大袈裟だろうと反論した。
「大袈裟? ありゃ、確信犯だよ」
 西郷は、フンッと鼻で笑って反論を一蹴する。
それは午前中にも一度、聞いた言葉。
「自分が留守の間、アンタに悪い虫が付かないよう、挨拶に託けて売約済みだと知らせて回っているって言ってんのよ」
「うむっ。つまり、俺が浮気をすると疑っているという事か? そのような事、する筈無かろうに!」
 桂が拳を握り締め、踵を返す。
「俺は、単にあいつが調子に乗っているだけだと思っていたのだが、そういう訳だったのだな。これは、じっくりと話を付けねば!」
 肩をいからせ、厨房から飛び出して行く。
「いや、ちょっと! そうじゃ無くて、アンタは周りから、あの男の事実上の妻だって思われてもいいのかっ……聞いちゃいないね」
 西郷は、懐から煙草を取り出して火を点ける。店の方から聞こえて来る桂の怒鳴り声を聞きながら、煙を吸い込みゆっくりと吐き出す。
 続いて「ぎゃあ!」という悲鳴が、聞こえて来た。
「……まぁ。虫よけだって、浮気を疑っているようなもんだと取れない事はないわよね~」
 ほぼ、棒読みで独り言を呟く。その視線は、揺らめき立ち上る紫煙の行方を追うように、遠くを見詰めていた。

「誤解ぜよ! まっこと、ただの挨拶じゃきっ!」
「問答無用ッ!」
 ガタガタと椅子を揺らす音の後、テーブルがひっくり返る様な音と、何か大きなものが床に叩きつけられる音が続く。「ぐぇ!」っと、カエルが潰されるような声も聞こえた気がした。
西郷は、静けさを取り戻した店内に続く通路に背を向けて、そっと裏口へと移動する。
「あー、醤油が切れてたわ。買いに行かないと」
 完全に棒読みで呟いて、足早に店を後にした。

 西郷がいなくなったかまっ娘倶楽部の店内の床に、坂本は落ちていた。
 そう、この落ち無かった話の代わりに……



了 ……?


2016.8.21 SCC22インテにて無料配布したSSです。
話しのオチが、行方不明ですみません(・・;)





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