料理は愛情

『やき、今夜は帰れん。会社に、泊まり込みぜよ』

電話の向こうで、カサカサと紙を捲る音が聞こえた。
きっと、書類の山に埋もれながら連絡してくれたのだろう。
「分かった、頑張れ」と、応援の言葉だけ短く伝えて電話を切る。
切ったものの、果たしてちゃんと食事しているのだろうかと、気になった。

「……よし!」

桂は襷掛けして、一言気合を入れると台所に立つ。
昔のように、鍋で米を炊く。火加減は、ちゃんと覚えていた。
充分蒸らしてから、蓋を取る。
ふっくらとしたごはんの出来上がり。
用意したおかかと梅干を具にして、一つ二つと握る。

「これだけで、足りるだろうか?」

頭の中で、坂本の食べる姿を想像した。
途端、広がる自分の妄想に桂は苦笑する。
夜食を差し入れれば、きっと一緒に食べろと強請られるに違いない。
甘えて、食べさせてくれと子供のような我儘を言ってくるだろう。

「面倒臭い男だ、まったくっ」

妄想上の坂本の姿に文句を言いつつも、食べさせやすいように小さく握り直す。
それから、自分が食べる分も握った。
坂本の笑顔を思い浮かべると、握る手に力が籠る。
少し硬くなったが、それは愛情故だと誤魔化そう。

「ああ、味噌汁も持って行った方がよいか」

冷蔵庫と時計と睨めっこしつつ、結局は味噌汁の他に沢庵と卵焼きとほうれん草のおひたしに煮豆とウインナーまで、パックに詰めていた。

もしも、すでに夕飯を食べていたら……

「いや、徹夜は体力勝負だからな。問題無い!」

 今まで、坂本が自分の手料理を喜んで食べなかった事など無いという自信から、もしもの考えは排除した。
おにぎり包みとおかずパックを、手早く風呂敷に包む。
味噌汁は水筒に入れて、差し入れ準備は完了した。

「少し出かけて来るから、留守番を頼むぞっ」

エリザベスに声をかけ、草履を履いて玄関を出る。
陽はとっくに暮れて、とっぷり夜の闇。
チクリと痛んだ良心が、途中で胃薬を買わせた。




多分、2016.11月


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