Memories (未来捏造)
柔らかな日差しの午後。
太平洋を渡って桂浜から吹いてくる風が、縁側で読んでいた手紙を揺らした。
傍らに置いていた封筒が、風に煽られて板の上を泳ぐ。
そのまま奥の和室まで入り込んで行きそうな所を、足袋を履いた足が踏みつけた。
「おっと、すまぬ」
「うん?」
封筒を踏んでしまった事を小太郎が謝ったが、辰馬の方は横手から封筒が飛ばされた事にも気付かず、何の事だと言う様に振り向く。どうやら手紙に夢中だったようだ。
小太郎は手にしていた湯呑の乗っている盆を手渡し、踏んでしまった封筒を拾い上げる。
差出人の名前には、覚えがあった。
それは、現在の快援隊商事取締役社長となっている男の名前。辰馬が、快援隊を託した部下からの手紙だった。
「随分熱心に読んでいたな」
封筒を手にしたまま、辰馬の隣に腰掛ける。
「ええニュースばかりじゃったからのぉ」
封筒を受け取ると中に手紙をしまい込み、それから膝に置いた小さな冊子を小太郎に渡した。
「なんだ?」
「写真集じゃと、送ってきたちや」
「写真集? 快援隊商事の記念品か?」
その冊子の表紙は白地に金の箔押しでMemoriesと、刻まれている。
今は引退した会社の創立者に、記念品でも贈って寄越したのかと思った。
「いや、結婚式やと」
開いてみろと、辰馬が笑顔で促す。
「……結婚式? ご子息は、そんな歳だったか?」
快援隊商事社長と最後に会ったのは、辰馬と二人同時に財界と政界を引退し、この桂浜の見える家へ引っ越す前日だった。
息子がいると聞いていたが、まだ生まれたばかりだと言っていた筈だと首を捻る。
あれから、五年も経っていない。
「わしらの、じゃよ」
辰馬は一口だけ啜ったお茶を傍らに置いて、小太郎の手にある冊子のページを開いた。
小太郎の視線は、開いたページに注がれる。
そこに並んだ写真の数々が、懐かしい思い出を蘇らせた。
***
「おまんらにゃ、まっことに呆れるぜよ!」
陸奥の一声に、坂本と桂は互いの視線を合わせ苦笑する。
そこは、江戸の中心に建つターミナルビル内の搭乗口。
地球に壊滅の危機をもたらした戦争が終わり、新たな時代に再び建設された宇宙への玄関口で、五十の歳も過ぎた男二人が説教を受けていた。
もう昔のようにサングラスに下駄履きや、付け髭にマントといった服装はしていない。
年相応に仕立ての良いスーツを着こなし貫録も付けていたが、今は悪戯坊主のように瞳を輝かせているので陸奥もついつい場所も考えず怒鳴りつけてしまった。
「おまんらぁ、財界の重鎮と政界のトップが揃って電撃引退とは、何を考えちょる!」
両手を腰に当て、仁王立ちで責め立てる。
陸奥の言葉通り、坂本辰馬は一介の宇宙商人から財界の重鎮になり、桂小太郎は偽名を用いて政界のトップに上り詰めていた。
後継者の育成は出来ていたが、定年にはまだ早い。誰もが、この二人はまだまだ国の中枢にいるものと思っていた。
それが月の変わった朔日、突然の引退宣言をしたのである。
TVや新聞が大騒ぎし、出港前で忙しい陸奥の元にまでマスコミが押し掛けてきた。
それらを剃刀副官の手腕で全て纏めて片付け、ひと息ついた所。
話題の主が二人連れだって、快臨丸に乗せてくれと現れたのだった。
「江戸に居ては、文○の記者が煩くてかなわぬ」
「と、ヅランプが言うちょるきに」
「ヅランプじゃない、桂だ!」
「ほればあ、桂じゃ、他人じゃ、言うちょけばえいじゃろーが」
「○秋の記者は、侮れぬ! LINEの中まで、晒されるのだぞっ!」
「はや、バレても構わんじゃろ。わしらぁは、引退したんやき」
二人の会話から、陸奥は大体の事を察する。
つまり、ゴシップ記者にスッパ抜かれないよう宇宙に避難しようとしているのだと。
大きなため息を吐くと、二人に背を向けた。
「着いて来や! はや、出港じゃき」
ヅランプが桂小太郎だという事も、二人がデキている事も、すでに暗黙の了解として知れ渡っている。
今更過ぎて、教える気にもならないが。
何より、おっさん二人の痴話喧嘩にあてられる時間も惜しかった。
それに宇宙船乗りの第一線は退いたものの、坂本の名は今も艦長として登録してある。
桂の、いや、ヅランプの名前を出せば、二人の出国と搭乗手続きなど外交特権を利用すれば、何の問題も無くすんなりと片が付く。
坂本と桂だけでなく陸奥もこれ以上面倒な取材はお断りだったので、二人を匿い宇宙への脱出を急いだ。
***
写真集を眺める小太郎の前髪が、潮を含んだ風に揺らされる。
辰馬は、その横顔を愛おしそうに見詰めた。
視線に気付き、小太郎が顔を上げる。
「なんだ?」
「うん、変わっちょらんのぉ」
引き寄せ肩を抱くと、頭を預けてきて可笑しそうに笑った。
「当たり前だ、まだ数年前だぞ。そんなに早く老けて堪るか……いや、待てよ」
小太郎が、写真を指差す。
「ここ、眼尻の皴が今より多くないか?」
「ほりゃあ、笑っちゅうから皺に見えるばあだ。この頃はまだ、今より張りがあったぜよ」
指差された写真を覗き込みながら、会話を続ける。
「こん時は、まっことに嬉しかったちや」
「陸奥殿が、艦長解任を言い出した時は驚いたがな」
「おん! ありゃ、たまげたぜよ」
当時の事を思い出し、苦笑した。
***
坂本は桂と共に艦橋で遠ざかる青い惑星を見るつもりだったが、大気圏を脱し衛星軌道に乗るまでは大人しくしていろと、艦長室に押し込まれた。
最初は不満だったが、室内の小さな丸窓からでも桂と星の海を眺める事が出来るなら、良いかと思い直す。
二人で見詰める空の色は、薄い青から濃紺へ。
そして、漆黒の中で一際輝く宝石のような青い星を後方へと置き去りにしてゆく。後は、無限に広がる星の海。
暫し時間も忘れ、寄り添い見詰めていた。
久し振りに見る宇宙空間に、気持ちが高揚する。
国の責務から解放され、煩わしい世間体からも逃れて、本当に二人きりの部屋の中、互いを抱き締めあった。
「こがな風に抱き合うがも、久し振りじゃのお」
「うむっ。いつも必ず誰かしらいたからな」
「ほれじゃあ久し振りついでに、今夜は……」
坂本が、桂の耳元で小さく囁く。桂も返事の代わりに、一層強く抱きしめ返した。
艦長室は二間続きで、奥は私室になっている。
今夜と言わず、今すぐにでも雪崩れ込めそうな雰囲気になってきた。
互いの視線が熱に絡み合う、引き寄せられるように近付く唇。
後数ミリという所で、訪問を知らせるチャイムが鳴った。
二人は渋々身を離し、坂本が扉を開けるボタンを操作する。
室内に入って来たのは、陸奥だった。
来客用のソファーに腰掛ける桂の横を通り過ぎ、艦長の執務机に座る坂本の前に立つ。
「本日、この時間を持って、おまんに艦長職を降りて貰おる」
普段の業務連絡同様か、それ以下の何でもない言葉のように宣言された。
「陸奥? おまん、何をゆうちょる?」
突然の事に、理解が追い付かない。
「艦長を、辞めろとゆうちょる」
言う事は言ったとばかりに、坂本に背を向ける。
「ちょ、ちょ、待たんか!」
「新艦長を紹介するがやき、艦橋までご足労願いたいぜよ」
坂本の怒鳴り声は黙殺して、桂の方に声を掛けた。
「うむ。昔から、陸奥殿の方が艦長らしかったしな、解任は仕方無かろう」
ゆっくり立ち上がり、坂本の方へ視線を向ける。
「財界から引退したのだし、潔く艦長職も辞するのだな」
「ほりゃ、酷い言い様じゃ」
陸奥の決定を支持する言い様に、背を丸めて肩を落とす。
落ち込んでいますといった姿勢のまま桂の隣に並んだが、そっと背中を撫でる手の温もりに再びシャンと背を伸ばして陸奥を呼び止めた。
「なき、おまんが艦長をやらん?」
艦長を紹介すると言うからには、陸奥がやる訳では無いのだろう。
陸奥が艦長になると言うのなら、辞任しろと申し渡されても納得がゆく。
なにせ、陸奥には長年世話になってきたのだ。
今回の引退騒動が落ち着いたら快援隊も陸奥に任せる心積りでいたのに、それを話す前に解任を勝手に決められて思わず声に不満が籠る。
「元鞘やき。わしも、半年後にゃあ引退ぜよ」
首だけで振り返り、チラリと左手を振って見せた。キラリと、薬指に輝く指輪。
坂本は陸奥の言葉に声だけでなく、表情までも不機嫌を露わにした。
「なんじゃと!? わしになんの断りも無く、あのおっさんと、またッ!」
「なんと、それは目出度い。式には、ぜひ呼んでくれ」
二人の正反対な反応に、陸奥は軽く笑んで頷いた。
「わしの事はえいき、早く艦橋に行きゆう」
足早に艦長室を出る小さな背中を追って、桂も部屋を出る。その後を、坂本が渋々追い駆けた。
長い廊下を、陸奥と桂は和やかに話しながら歩く。
聞いてないだの、挨拶がまだだのと、陸奥の再婚に対する坂本の抗議はことごとく無視された。
艦橋に着く頃にはすっかり意気消沈していたが、扉前の気配にその表情が変わる。
動きを固くした坂本の様子に、桂もまた異変を感じた。
「なにしちょる。早く入れ」
陸奥だけは変わらず入れと促すので、二人は腹をくくる。
入れと言うからには、入っても大丈夫なのだろう。
扉の向こう側のいつもと違う気配を不審に思いながら、扉を開けるセンサーの上に足を置く。
軽い電子音がして、扉が左右に開いた。
「おぉ?!」
「ほおっ!」
思わず漏らした声が、重なる。
太平洋を渡って桂浜から吹いてくる風が、縁側で読んでいた手紙を揺らした。
傍らに置いていた封筒が、風に煽られて板の上を泳ぐ。
そのまま奥の和室まで入り込んで行きそうな所を、足袋を履いた足が踏みつけた。
「おっと、すまぬ」
「うん?」
封筒を踏んでしまった事を小太郎が謝ったが、辰馬の方は横手から封筒が飛ばされた事にも気付かず、何の事だと言う様に振り向く。どうやら手紙に夢中だったようだ。
小太郎は手にしていた湯呑の乗っている盆を手渡し、踏んでしまった封筒を拾い上げる。
差出人の名前には、覚えがあった。
それは、現在の快援隊商事取締役社長となっている男の名前。辰馬が、快援隊を託した部下からの手紙だった。
「随分熱心に読んでいたな」
封筒を手にしたまま、辰馬の隣に腰掛ける。
「ええニュースばかりじゃったからのぉ」
封筒を受け取ると中に手紙をしまい込み、それから膝に置いた小さな冊子を小太郎に渡した。
「なんだ?」
「写真集じゃと、送ってきたちや」
「写真集? 快援隊商事の記念品か?」
その冊子の表紙は白地に金の箔押しでMemoriesと、刻まれている。
今は引退した会社の創立者に、記念品でも贈って寄越したのかと思った。
「いや、結婚式やと」
開いてみろと、辰馬が笑顔で促す。
「……結婚式? ご子息は、そんな歳だったか?」
快援隊商事社長と最後に会ったのは、辰馬と二人同時に財界と政界を引退し、この桂浜の見える家へ引っ越す前日だった。
息子がいると聞いていたが、まだ生まれたばかりだと言っていた筈だと首を捻る。
あれから、五年も経っていない。
「わしらの、じゃよ」
辰馬は一口だけ啜ったお茶を傍らに置いて、小太郎の手にある冊子のページを開いた。
小太郎の視線は、開いたページに注がれる。
そこに並んだ写真の数々が、懐かしい思い出を蘇らせた。
***
「おまんらにゃ、まっことに呆れるぜよ!」
陸奥の一声に、坂本と桂は互いの視線を合わせ苦笑する。
そこは、江戸の中心に建つターミナルビル内の搭乗口。
地球に壊滅の危機をもたらした戦争が終わり、新たな時代に再び建設された宇宙への玄関口で、五十の歳も過ぎた男二人が説教を受けていた。
もう昔のようにサングラスに下駄履きや、付け髭にマントといった服装はしていない。
年相応に仕立ての良いスーツを着こなし貫録も付けていたが、今は悪戯坊主のように瞳を輝かせているので陸奥もついつい場所も考えず怒鳴りつけてしまった。
「おまんらぁ、財界の重鎮と政界のトップが揃って電撃引退とは、何を考えちょる!」
両手を腰に当て、仁王立ちで責め立てる。
陸奥の言葉通り、坂本辰馬は一介の宇宙商人から財界の重鎮になり、桂小太郎は偽名を用いて政界のトップに上り詰めていた。
後継者の育成は出来ていたが、定年にはまだ早い。誰もが、この二人はまだまだ国の中枢にいるものと思っていた。
それが月の変わった朔日、突然の引退宣言をしたのである。
TVや新聞が大騒ぎし、出港前で忙しい陸奥の元にまでマスコミが押し掛けてきた。
それらを剃刀副官の手腕で全て纏めて片付け、ひと息ついた所。
話題の主が二人連れだって、快臨丸に乗せてくれと現れたのだった。
「江戸に居ては、文○の記者が煩くてかなわぬ」
「と、ヅランプが言うちょるきに」
「ヅランプじゃない、桂だ!」
「ほればあ、桂じゃ、他人じゃ、言うちょけばえいじゃろーが」
「○秋の記者は、侮れぬ! LINEの中まで、晒されるのだぞっ!」
「はや、バレても構わんじゃろ。わしらぁは、引退したんやき」
二人の会話から、陸奥は大体の事を察する。
つまり、ゴシップ記者にスッパ抜かれないよう宇宙に避難しようとしているのだと。
大きなため息を吐くと、二人に背を向けた。
「着いて来や! はや、出港じゃき」
ヅランプが桂小太郎だという事も、二人がデキている事も、すでに暗黙の了解として知れ渡っている。
今更過ぎて、教える気にもならないが。
何より、おっさん二人の痴話喧嘩にあてられる時間も惜しかった。
それに宇宙船乗りの第一線は退いたものの、坂本の名は今も艦長として登録してある。
桂の、いや、ヅランプの名前を出せば、二人の出国と搭乗手続きなど外交特権を利用すれば、何の問題も無くすんなりと片が付く。
坂本と桂だけでなく陸奥もこれ以上面倒な取材はお断りだったので、二人を匿い宇宙への脱出を急いだ。
***
写真集を眺める小太郎の前髪が、潮を含んだ風に揺らされる。
辰馬は、その横顔を愛おしそうに見詰めた。
視線に気付き、小太郎が顔を上げる。
「なんだ?」
「うん、変わっちょらんのぉ」
引き寄せ肩を抱くと、頭を預けてきて可笑しそうに笑った。
「当たり前だ、まだ数年前だぞ。そんなに早く老けて堪るか……いや、待てよ」
小太郎が、写真を指差す。
「ここ、眼尻の皴が今より多くないか?」
「ほりゃあ、笑っちゅうから皺に見えるばあだ。この頃はまだ、今より張りがあったぜよ」
指差された写真を覗き込みながら、会話を続ける。
「こん時は、まっことに嬉しかったちや」
「陸奥殿が、艦長解任を言い出した時は驚いたがな」
「おん! ありゃ、たまげたぜよ」
当時の事を思い出し、苦笑した。
***
坂本は桂と共に艦橋で遠ざかる青い惑星を見るつもりだったが、大気圏を脱し衛星軌道に乗るまでは大人しくしていろと、艦長室に押し込まれた。
最初は不満だったが、室内の小さな丸窓からでも桂と星の海を眺める事が出来るなら、良いかと思い直す。
二人で見詰める空の色は、薄い青から濃紺へ。
そして、漆黒の中で一際輝く宝石のような青い星を後方へと置き去りにしてゆく。後は、無限に広がる星の海。
暫し時間も忘れ、寄り添い見詰めていた。
久し振りに見る宇宙空間に、気持ちが高揚する。
国の責務から解放され、煩わしい世間体からも逃れて、本当に二人きりの部屋の中、互いを抱き締めあった。
「こがな風に抱き合うがも、久し振りじゃのお」
「うむっ。いつも必ず誰かしらいたからな」
「ほれじゃあ久し振りついでに、今夜は……」
坂本が、桂の耳元で小さく囁く。桂も返事の代わりに、一層強く抱きしめ返した。
艦長室は二間続きで、奥は私室になっている。
今夜と言わず、今すぐにでも雪崩れ込めそうな雰囲気になってきた。
互いの視線が熱に絡み合う、引き寄せられるように近付く唇。
後数ミリという所で、訪問を知らせるチャイムが鳴った。
二人は渋々身を離し、坂本が扉を開けるボタンを操作する。
室内に入って来たのは、陸奥だった。
来客用のソファーに腰掛ける桂の横を通り過ぎ、艦長の執務机に座る坂本の前に立つ。
「本日、この時間を持って、おまんに艦長職を降りて貰おる」
普段の業務連絡同様か、それ以下の何でもない言葉のように宣言された。
「陸奥? おまん、何をゆうちょる?」
突然の事に、理解が追い付かない。
「艦長を、辞めろとゆうちょる」
言う事は言ったとばかりに、坂本に背を向ける。
「ちょ、ちょ、待たんか!」
「新艦長を紹介するがやき、艦橋までご足労願いたいぜよ」
坂本の怒鳴り声は黙殺して、桂の方に声を掛けた。
「うむ。昔から、陸奥殿の方が艦長らしかったしな、解任は仕方無かろう」
ゆっくり立ち上がり、坂本の方へ視線を向ける。
「財界から引退したのだし、潔く艦長職も辞するのだな」
「ほりゃ、酷い言い様じゃ」
陸奥の決定を支持する言い様に、背を丸めて肩を落とす。
落ち込んでいますといった姿勢のまま桂の隣に並んだが、そっと背中を撫でる手の温もりに再びシャンと背を伸ばして陸奥を呼び止めた。
「なき、おまんが艦長をやらん?」
艦長を紹介すると言うからには、陸奥がやる訳では無いのだろう。
陸奥が艦長になると言うのなら、辞任しろと申し渡されても納得がゆく。
なにせ、陸奥には長年世話になってきたのだ。
今回の引退騒動が落ち着いたら快援隊も陸奥に任せる心積りでいたのに、それを話す前に解任を勝手に決められて思わず声に不満が籠る。
「元鞘やき。わしも、半年後にゃあ引退ぜよ」
首だけで振り返り、チラリと左手を振って見せた。キラリと、薬指に輝く指輪。
坂本は陸奥の言葉に声だけでなく、表情までも不機嫌を露わにした。
「なんじゃと!? わしになんの断りも無く、あのおっさんと、またッ!」
「なんと、それは目出度い。式には、ぜひ呼んでくれ」
二人の正反対な反応に、陸奥は軽く笑んで頷いた。
「わしの事はえいき、早く艦橋に行きゆう」
足早に艦長室を出る小さな背中を追って、桂も部屋を出る。その後を、坂本が渋々追い駆けた。
長い廊下を、陸奥と桂は和やかに話しながら歩く。
聞いてないだの、挨拶がまだだのと、陸奥の再婚に対する坂本の抗議はことごとく無視された。
艦橋に着く頃にはすっかり意気消沈していたが、扉前の気配にその表情が変わる。
動きを固くした坂本の様子に、桂もまた異変を感じた。
「なにしちょる。早く入れ」
陸奥だけは変わらず入れと促すので、二人は腹をくくる。
入れと言うからには、入っても大丈夫なのだろう。
扉の向こう側のいつもと違う気配を不審に思いながら、扉を開けるセンサーの上に足を置く。
軽い電子音がして、扉が左右に開いた。
「おぉ?!」
「ほおっ!」
思わず漏らした声が、重なる。
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