ひやいきに、ぬくくして来とおせ (辰誕2018)

快援隊商事・大江戸支店で残業中の筈の坂本辰馬から、真選組隊士達と絶賛追い駆けっこ中の桂小太郎に、メールが届いた。
マナーモードにしていたが、着信はバイブで知らせるように設定していた。
正確にいうと、坂本が今朝設定していたのだが。
桂は屋根に飛び乗り、追手をやり過ごしてから懐に手を入れる。
取り出したスマホの画面に浮かぶ着信履歴は、思った通り坂本からだった。
残業が終わったので帰るか、はたまた帰れそうに無いなのか?
それとも、ヅラ子に変装して差し入れして欲しいとの催促かと、本文を開いた。

大江戸支店の屋上で、待っています。
PS.ひやいきに、ぬくくして来とおせ。

メールの内容は、標準語と方言の二刀流。
肝心の、いつ、何の為にが抜けている。
「何を思い立ったのだ?」
ぼそりと宵闇の空に問うた所で、返事などあるはずもない。
何をする気か分からないが、時間指定をされていないなら今すぐなのだろう。
今から隠れ家まで防寒の羽織を取りに戻っては、また真選組に見つかるかも知れない。
「まあ、いい。寒くなればビルの中で、暖まれば良いだけの事だ」
自分の独り言に、坂本の楽しそうな笑顔が浮かんだ。
『ほればあ、二人で暖まるコトするぜよ』
そんな空耳まで聞こえた気がして、思わず左右に首を振る。
「いかん、大分あいつに毒されている」
火照った頬を両手で叩いてから、屋根伝いに快援隊商事のビルを目指した。

快援隊商事・大江戸支店は、自社ビルで六階建てになっている。
屋上は緑化が進められており、味気無いコンクリートではなくちょっとした庭園風に造られていた。
昼間見れば美しいのだろうが、灯りが無い夜の庭園は薄暗く坂本がどこにいるのか分からない。
「せめて、月明りがあれば……」
新月の空には月が見えず、淡い星明りだけ。
桂はスマホのライトを点灯し、坂本を探して屋上を歩き出した。

ビルの敷地半分ぐらいまで歩いた所で、少し先に薄ぼんやりとした影を見付ける。
坂本の影にしては小さい。半分も無いだろうと思える影に向かって、声を掛けた。
「そこに、誰かいるのか?」
「おん、はやかったの!」
影がさっと伸びて、坂本の声を発する。どうやら、座り込んでいたようだ。
桂はライトを消して、小走りに坂本の許へと急ぐ。
「急に呼びつけたのは、お前だろう」
「あや? せんばん薄着じゃの」
言葉を交わしながらも、坂本は桂を迎える様に両腕を広げ、桂はその腕の中へ身を滑らせた。
周りに誰もいない時の、桂の反応は素直で可愛い。照れよりも逢えた嬉しさが勝つのだろう。
真っ直ぐ駆け寄って来て、坂本の腕の中に納まる。
「ひやかったじゃろ? 急に呼びつけて、ごめんやー」
坂本は可愛いと思う気持ちのままぎゅっと抱きしめて、長い黒髪が包む頭に頬を擦りよせた。
「つい先ほどまで、幕府の狗と追い駆けっこをしていたからな。大して寒くは無い」
そうは言いながら、暖を取る様に坂本の腕の中で一層身を摺り寄せる。
「それより、呼び出した用はなんなのだ?」
聞かれて、坂本は抱擁を解いてから身を横にずらせた。
「これぜよ」
「天体望遠鏡か!」
坂本の陰に隠れていた物体に、桂は瞳を輝かせる。
双眼鏡なら使った事もあったが、天体望遠鏡は触ったことが無い。
坂本から話を聞き、カタログを見せて貰い、興味を持ったものの自分の生活には関係無い物と生まれた好奇心に蓋をしていた。それが今、目前にある。
「触っても?」
「勿論ぜよ! おんしと星を見るために、用意したがじゃよ」
ほらっと、桂の手を天体望遠鏡に導く。
三脚の上に載った白い鏡筒に、桂の指が触れる。その硬い感触に、桂の胸は高鳴った。
「辰馬! これは、どうやって使うのだ?」
「ちょびっと、待って」
急かす桂の首に、自分のマフラーを取って巻いてやる。
「夢中になって、風邪をひかれてはめぇるきにの」
「うむっ、ありがとう」
桂の笑みに、坂本も笑み返す。そのまま肩を引き寄せて、望遠鏡の前で膝を弛めた。
「ほれ、ここから見や」
接眼レンズの覗き口を指差して、そこから見るよう促す。
桂が来る直前まで、ファインダーとフォーカスノブで調整していた。
「フォーマルハウトぜよ。『秋のひとつ星』とも呼ばれておる一等星じゃ」
「ふぉーまる……ひとつ星とは、なにやら淋しそうな名だな」
坂本の声を聞きつつ、熱心に星を見詰めながら応える。
桂の感じ入った声に、坂本は嬉しくなった。腕を組み背筋を伸ばして、肉眼で空を見上げながら語り出す。
フォーマルハウトは、みなみのうお座の一等星で『魚のくち』という意味である事。
地球から25光年も離れているといった雑学や、秋の南天で目立つ星で土佐の海で何度も見上げた事など。
「お前は、星の話になると生き生きするな」
語り口に引き込まれ、桂は望遠鏡から坂本の姿へ視線を移していた。
坂本を見詰める桂の表情も生き生きと楽しそうで、坂本は調子に乗った。
「ちっくと貸してみや。はやちょびっと右上見てみ」
ファインダーの十字に照準を合わせ、ノブで倍率を調節する方法を桂に教える。
桂も真剣な面持ちで、指図通り従った。すると、レンズに明るい星がくっきりと映り込む。
「見えたぞ!」
「おん! ほれが、火星ぜよ」
「そうか、これが火星…… お前は、行った事があるのだな」
どこか羨むような音色を帯びた声。
桂の中にある地球を飛び出して見てみたいという好奇心と、攘夷を成すまで私欲は二の次という気持ちがせめぎ合う。
いつだって、志が優先される。それが分かっているから、行きたいとは言葉に出来ない。
坂本もまた、桂の想いを分かっているからこそ今は誘う言葉を口にしなかった。
代わりに、桂の背を優しく撫でて誘いとは違う言葉を口にする。
「どれ、他にもこじゃんと見せたい星があるぜよ!」
「うむっ、次は何だ?」
坂本の明るい声に、調子を引っ張られ桂も元気を取り戻す。
「本格的に色々見る気があるなら、ちっくと準備させてくれんか?」
「ああ、構わぬが…… 準備?」
桂が首を傾げる横で、坂本はその準備を始めた。
坂本が屈んで、大きな鞄を開く。
桂は興味津々でその様子を眺めた。
暗くて良く見えなかったが、望遠鏡のケース類の側に置かれていた鞄から何かが次々と取り出される。
最初に取り出した物を広げて、人口の芝生の上に広げた。
その上に、天体望遠鏡を移動させて三脚の高さを調節する。
どうやら、シートの上に座って観測できるようにするつもりらしい。
小太郎と名を呼ばれて、桂は草履を脱ぎシートの上に移動する。
「ほれ、座れ」
望遠鏡の前に座るよう勧められ、座った所でサンドイッチと水筒と紙コップを渡された。
「追い駆けっこで、腹が空いてたら食べやー。水筒の中にゃ、ぬくい珈琲が入れてあるき」
「うむ、忝い」
そういえば夕飯はまだ取っておらず腹が空いていると、水筒の蓋を取って紙コップにコーヒーを注ぐ。
サンドイッチの包装フィルムを剥がして齧りついた。
軽食を取る桂の横で、坂本は望遠鏡のファインダーを覗き込みどこかの星に照準を合わせる作業を始める。
紙コップのコーヒーで暖を取りながら、坂本の手慣れた操作を見ている間にわくわくした気持ちが大きくなってゆく。
「辰馬、次は何だ?」
「ペガススと、お次はアンドロメダじゃの。カシオペヤとペルセウスは自分で探してみるかえ?」
操作の仕方を教えるという坂本に、桂は意気込んで「やる!」と、答え紙コップに残っていたコーヒーを飲み干した。
前傾姿勢でレンズに飛びつくと、背後に暖かな温もり。
「おいっ!」

天体観測をするはずなのに、背後から抱き締める気かと振り向くと穏やかな瞳とぶつかった。
サングラス無しの蒼い瞳は出逢った頃の思いを蘇らせる。それだけで、咎める気は失せた。
「ぬくくして来いとゆうたがやき、ほがな薄着やき」
桂の体を、背後から立膝した足の間にすっぽりと収まらせた理由を説明する。
「わりぃがブランケットはこれしかぇいから、一緒に被る方法もこれしかぇいきに」
薄着の桂とブランケットを分け合うには、自分ごと桂の体を包み込むしかないと言いたい様だ。
下心が混じっているせいなのか、少々方言がきつい気がする。
それでも、薄着もブランケットの小ささも事実ではあるし、暖かくして来いと言われていた手前、そこを指摘するのは止めた。
なにより坂本の胸の中に居るのは温かいし、居心地が良い。
桂は鷹揚に頷いて、視線をレンズに戻す。途端に、坂本の腕が肩に回された。
耳元に心地良い声が、流れて来る。
「ほりゃあ、秋の大四辺形の一つで、ペガスス座じゃよ。翼の生えた天馬の事ぜよ。勇者ペルセウスが、魔女メデューサの首を斬り落とした時に流れた血から生まれた天馬なんじゃと言われちょる」
「それが、先ほど言ったペルセウスか?」
「おん、探してみるかや?」
「うむっ、教えてくれ!」
桂が教えに従い星を見付けて照準を合わせると、坂本はそこに絡めた星の神話を話して聞かせた。
桂が興味を示すと今度はその星に照準を合わせ、また語って聞かせる。
時に土佐の海での思い出や、宇宙の旅の話も織り交ぜて桂の興味を引く。
桂はレンズから星を眺め、坂本の話に耳を傾けては肉眼で夜空を見上げ、空想を遊ばせる時には自身を包む暖かな胸の中に背中を預けた。
そうすると甘やかすように髪を撫でられ、旋毛に軽いキスが落ちて来る。
温かくして来たならば、この甘さは無かったかもしれない。
星の鑑賞だけでも十分楽しいが、こうした暖かな触れ合いも楽しくなってきた。
星を語る坂本の姿も、いっそう愛おしくなる。
「たつま」
特別伝えたい言葉があった訳では無い。ただ呼びたくて、零れ出た呼び声。
「こた。カシオペヤ座の下の方にある、星の名は分かるかや?」
問われて、上を仰ぎ見る。先ほど自分で探したばかりの星の位置に視線を向けようとした。
その目前に、蒼い星が落ちて来る。その星は、優しい光を湛えて桂を見詰めた。
蒼い色が接近して消失する。そして、唇に触れる柔らかで暖かな感触。
充分に互いの熱を伝え合った後、桂の方が口を開いた。
「これでは、探せぬではないか!」
「答えは、耳にタコができるばあ知っちゅう名前ぜよ」
悪戯な笑みと、謎掛けのような言葉。だが、桂にはそれだけで十分だった。
「北極星、か?」
「当たりぜよ!」
坂本が嬉しそうに声を上げて笑い、桂を抱きしめる。
船乗りが星を見て北を知る方法、その目印になる星座。それが、北極星。
そして、それになぞらえて坂本は桂を『わしの北極星』と呼んでいた。
遠い宇宙の果てから、心が迷わず地球に帰れるのは桂がいるからだと。
これが口説き文句では無く、真剣に言っていると分かるから桂はどうにも面映ゆくなる。
嬉しくて、愛しくて、可愛くて、恥ずかしい。
なんとも言えない代わりに身を捩って坂本に抱き付く。
「当たりの景品は、わしぜよ」
耳元にそう囁くと、ゆっくりと桂の身をシートの上に横たえ被さった。
「一緒に、ぬくくなるぜよ……」



拍手ログより

辰馬、お誕生日おめでとう!!


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