ななだる旅情
かに滝を後にして、次は初景滝を目指す。
途中に『かに滝橋』があり、そこから川を見下ろしながら三人で撮り合いっこをした。
その橋は渡らず、元の遊歩道に戻る。
かに滝から初景滝までは、八分ほどの距離があった。
遊歩道沿いに見下す川には大小の石がゴロゴロとあり、水の流れが時折ある落差で白糸のような色合いを見せている。
穏やかな流れの場所は、太陽の光に反射してキラキラと輝いていた。
山の清涼な空気と川のせせらぎ、遠く聞こえる滝の音に耳を傾けながら進む。
見えて来た初景滝は、落差十メートル・幅七メートルの大きな滝だった。
その高所から滝壺に流れ落ちる白布のような流れを仰ぎ見て、三人は感嘆の息を吐く。
【桂さん、あれは紅葉でしょうか?】
エリザベスが、滝の上空に繋る木の枝を指差して尋ねる。
陽に透けて若々しい緑が美しい葉には、紅葉の特徴があった。
「紅葉だ。紅葉したらさぞかし風情があるだろうな」
答える桂は秋の日に思いを馳せ、紅の葉が滝の白い流れに浮遊する様を思い描く。
滝壺の暗碧と、鮮やかに紅葉する葉の彩。その組み合わせに、そっと隣に立つ男へ視線を投げた。
密やかな視線だったが、即座に愛しそうな笑みを湛えた眼差しが返ってくる。
川に流れる水色よりも濃い暖かな色合いの男の瞳は、桂に癒しを与えてくれる。
不意に湧き上がる想いから、自然と坂本の手に手を触れ合わせた。
桂の手は、やんわりと大きな手に包み込まれる。見交わさなくとも、互いの想いが伝わってきた。
【桂さん、坂本さん! 願い石ですよ】
二人よりも観光を楽しんでいるエリザベスが、好奇心に満ちた目で滝手前の樽に向かう。
台の上に二つの樽が乗せられ、中には一杯の小石が詰められている。立て看板には、願い石と書かれていた。
その説明によると、願い事を唱えた後で注連縄の掛けてある大岩目掛けて小石を三回投げ、三個の内の一個でも岩の上に乗ると願いがかなうらしい。
まさに、大岩成就。願いと岩を引っ掛けてあるのに坂本が笑い、三人分の小石を買う為に小銭を出した。
(小太郎とエリザベスが、つつがなく暮らせますように)
(快援隊の航海が、無事でありますように。エリザベスが怪我しませんように。それから…… いや、この国の夜明けはこの手で成す!)
(桂さんと坂本さんが、幸せに過ごせますように)
三人三様の願いを込めて、それぞれが小石を岩目指して投げる。
岩の天辺は滑り易そうな傾斜で、そこに乗っかっている小石は無かった。
難易度が高そうなだけあって、どれも反対側や手前に落ちてしまう。
唯一、一個だけ注連縄に引っ掛かって残った。
だが、同時に連投したものだからそれが誰のものか分からない。
三人で顔を見合わせ、互いに自分のだと主張しかけた。
「三つの石と、三つの願いで数字があっちゅうから、手打ちといくぜよ」
「うむっ、言い争うなど無粋だな」
【はい。願いは自分で叶えればいいですよね】
それぞれが気持の落とし所を見付けて、話題は初景滝の由来へと移る。
「初景という名前の僧侶がここで修行をしよったきに名付けられたそうじゃけんど…… その僧侶さんは、ここで強盗に襲われて殺されてしもうたんだと。らぁて、由来じゃ!」
説明文を砕いて説明し、自分の感想も付け足した坂本の言葉に桂は眉を顰めた。
「なんと、気の毒な。エリザベス、冥福を祈ろう」
エリザベスは桂に促され、同じように手を合わせて黙祷する。
二人の生真面目な様子に、坂本も同じ様にした。
厳かな気持ちで初景滝を離れ、次は蛇滝へと歩を進める。今度は四、五分ほどの道程。
またしても写真を撮り損ねたと気付いた桂だが、桂と坂本がいちゃついている間にエリザベスがちゃっかり撮っていて、それを桂のスマホにメール添付することで落ち着いた。
「エリザベス、良いか! この画像は俺が上げるからな。お前は別の画像を上げろ」
【はい、分かりました】
写真が撮れなかったのが余程悔しかったのか、子供の様な言い草にエリザベスと坂本はこっそり笑み交わす。
党首然とした落ち着いた桂も魅力的だが、こんな風に気ままに甘える様な桂も好きだったから。
「よし! 今の内に、アップしておこう」
蛇滝に下りる前に、桂はSNSに画像をアップする。『来て良かった』の一文を添えて。
「おお! 律殿からイイネが来たぞ!」
フォロワーからのイイネに大喜びする桂を見て、二人はまた笑みを深くするのだった。
それからやっと、三人は機嫌良く蛇滝を眺める。この滝は、落差三メートル・幅二メートルほど。
その名の由来は、かに滝と同じく玄武岩の模様が蛇の鱗状に見える事かららしい。
「うーん、鱗と言えば鱗だが…… エリザベス、どう思う?」
【今一つ、決め手に欠けますね】
そう言い合いながらも、互いのスマホを交換して撮り合いっこをした。
「こたろ! エリー! こっちゃ、来い!」
二人の頭上から、大きな呼び声が聞こえる。
いつの間に離れたのか、坂本は川の上にある四十六メートルの吊り橋の所に立っていた。
大きく腕を振り回し、「来い、来い」と誘う。
【子供みたいですね】
「仕方の無い奴だ。行くぞ、エリザベス」
二人が吊り橋の所まで辿り着くと、坂本はドヤ顔して下の川を指差した。
つい先ほどまで自分達が見ていた滝を見下してから、二人は頷き合う。
「ここから見ると、確かに川の周りの岩は蛇の鱗に見えるな」
【川の流れ自体が、大蛇みたいですね】
「おん! 大発見ぜよ」
得意がる坂本を、桂は満面の笑みで褒める。
「凄いぞ、辰馬! さすが、腐っても桂浜の龍だな!」
微妙に意味の分からない褒め方だが、坂本は気にしない。
ニコニコと嬉しそうに笑って、自分の唇を指差した。
「ほれじゃ、ご褒美にココにチューを一つ」
「調子に乗るな、馬鹿者!」
桂はキスの代わりに、拳骨をあげる。
「さ、エリザベス。次は何滝だ?」
【次は、えび滝です】
足早に吊り橋を渡ってしまう桂とエリザベスの後を、坂本が追う。
「あ、ちょ、ま、待つぜよ!」
桂は軽薄な誘いに乗らない糞真面目ガチガチ男だと分かっていても、毎回こうしてからかって玉砕する懲りない坂本の声が、蛇滝の清流の静けさを破って木霊した。
***
スタスタ歩く二人の後を追いかけたのは、ほんの数分。蛇滝から、えび滝までの距離は徒歩五分だった。
えび滝は、落差五メートル・幅三メートルで、蛇滝より少し大きめ。とは言っても、実際近くでは見られない。
三人は小さな吊り橋の上から眺めていた。
頭上近くに木が覆い被さっていて、今まで見た滝の中で一番水の色が暗い。それでも、流れ落ちる落差部分は白糸の様な輝きを放っている。
「ふむっ。滝の形が海老の尾ひれに似ているから、えび滝というのか」
「そうじゃ、夕飯の舟盛りに伊勢海老も頼んやきよ」
滝の名の由来から、坂本は夕飯を連想してそう漏らす。
【それは、豪勢ですね!】
エリザベスは即座に、喜んでくれたが桂は一瞬動きを止めた。
「辰馬っ!」
また贅沢をと、怒鳴られると思い反射的に背筋を伸ばす。しかし、今回は違ったようだ。
桂はスマホを構え、熱心にえび滝を撮影する。
「でかしたぞ、辰馬! えび滝と伊勢海老の画像を並べてアップすれば、インスタ映えするに違いない! ふははははっ!」
激写を続ける桂の様子に坂本は安堵し、藪蛇にならぬよう大人しく同じように写真を取る事にした。
エリザベスも負けじと、スマホを振りかざす。
そうして興が乗ってきたのだろう。最後にはムービーモードで撮りだして、楽しそうな笑い声も記念に残した。
笑いも収まった所で、三人は釜滝に向かう。えび滝から、更に徒歩五分。
釜滝は落差二十二メートル・幅二メートルの七滝中二番目に高い滝だ。
一番高いのは最後の観光にとってある大滝だが、今まで見て来た中では一番の迫力がある。
右岸上空を仰ぎ見ると、登り尾南火山からの溶岩が覆いかぶさるようにして出来た巨大な柱状節理(溶岩が冷えて収縮したために柱状になった)の岩壁が迫り、この滝の迫力を更に豪快に見せていた。
その雄大な岩から流れ落ちる滝は、地獄谷と恐れられていたとの説明に十分頷ける威容を見せる。
鼓膜を震わせる大音量に負けないよう、大声で隣に立つ桂に話しかけた。
「自然は、えらいのを創りだすもんじゃにゃあ!」
「このような自然を前にすると、人は何と小さいものかと思うな」
どちらも感銘を受けているが、坂本は高揚し桂は厳かな気持ちになっている。
正反対の二人を、エリザベスは後ろから見守っていた。
そのまま自分達の世界に浸り互いの距離を縮めるかに思えたが、二人は同時に振り返る。
「エリザベス、こちらへ来い」
「一緒に、記念撮影するぜよ」
向けられる笑顔と差し伸ばされる手に、エリザベスは大きく頷いた。
滝が近いのは良いが、全体が入らないのと狭いのと足場が悪いので、三人は早々に引き上げる。
そして、全体を見る為に展望台へと長い階段を上り始めた。
登ってゆくに従って、滝の大きさ高さを実感する。
「釜の底とは、よく言ったものだな」
途中で下を見下ろした桂が呟く。滝名の由来の説明書きを思い出しての言葉。
滝壺が釜の底を思わせるからと名付けられたらしい瀑流は、滝壺に叩き付ける様に深く深く潜り白い泡立ちを見せる。
そこから波紋が広がり、やがて穏やかな縁に辿り着く。その水の色合いは、空色を映していた。
生い茂る木々の緑と流れる川の碧に、三人は自然の豊かさに包まれている気分になる。
展望台では秘境のような渓谷の中を流れ落ちる滝の風情を楽しみ、山から吹く風によって運ばれる水飛沫に清涼を感じた。
三人並んで、カメラをムービーモードに切り替える。
今日の旅を振り返る時、豪快な水の流れと鼓膜に響く落水音を再現出来るように。
この幸せな家族旅行を、宇宙船の中や新たな隠れ家でも楽しめるように。
そんな思いを込めて、風景の中に人物も写し込んだ。
「こたろ、エリー、こっちゃ向きや!」
「エリザベス、こちらが先だ! 俺のキャメラの方を向いて、手を振れ」
【お二人共、狭い場所で暴れないで下さい!】
二人を注意するエリザベスも片手にプラカード、片手にスマホでムービー撮影と忙しさにふらつく。
「エリー、危ないぜよ!」
「辰馬、エリザベスを支えろっ!」
わいわいと騒がしいやり取りも入ったムービー撮影が終わり、再び三人で釜滝を見下ろす。
そして、自然が創り出した圧倒的な力強い美を確りとと瞳に焼き付けた。
「そろそろ、戻るぜよ」
「ああ、そうだな」
【桂さん、画像アップ忘れないで下さい】
エリザベスの言葉に桂はハッとして、釜滝の画像をアップする。
「よし!」
ほくほく顔でスマホ画面を見詰めてから、満足そうな笑みを口元に刻んで二人の方を振り返った。
「撮り損ねた滝もアップせねば! さあ、行くぞ!」
号令を飛ばし、張り切って踵を返す。
坂本とエリザベスも頷き合って、展望台の階段を下り桂の後を追った。
途中に『かに滝橋』があり、そこから川を見下ろしながら三人で撮り合いっこをした。
その橋は渡らず、元の遊歩道に戻る。
かに滝から初景滝までは、八分ほどの距離があった。
遊歩道沿いに見下す川には大小の石がゴロゴロとあり、水の流れが時折ある落差で白糸のような色合いを見せている。
穏やかな流れの場所は、太陽の光に反射してキラキラと輝いていた。
山の清涼な空気と川のせせらぎ、遠く聞こえる滝の音に耳を傾けながら進む。
見えて来た初景滝は、落差十メートル・幅七メートルの大きな滝だった。
その高所から滝壺に流れ落ちる白布のような流れを仰ぎ見て、三人は感嘆の息を吐く。
【桂さん、あれは紅葉でしょうか?】
エリザベスが、滝の上空に繋る木の枝を指差して尋ねる。
陽に透けて若々しい緑が美しい葉には、紅葉の特徴があった。
「紅葉だ。紅葉したらさぞかし風情があるだろうな」
答える桂は秋の日に思いを馳せ、紅の葉が滝の白い流れに浮遊する様を思い描く。
滝壺の暗碧と、鮮やかに紅葉する葉の彩。その組み合わせに、そっと隣に立つ男へ視線を投げた。
密やかな視線だったが、即座に愛しそうな笑みを湛えた眼差しが返ってくる。
川に流れる水色よりも濃い暖かな色合いの男の瞳は、桂に癒しを与えてくれる。
不意に湧き上がる想いから、自然と坂本の手に手を触れ合わせた。
桂の手は、やんわりと大きな手に包み込まれる。見交わさなくとも、互いの想いが伝わってきた。
【桂さん、坂本さん! 願い石ですよ】
二人よりも観光を楽しんでいるエリザベスが、好奇心に満ちた目で滝手前の樽に向かう。
台の上に二つの樽が乗せられ、中には一杯の小石が詰められている。立て看板には、願い石と書かれていた。
その説明によると、願い事を唱えた後で注連縄の掛けてある大岩目掛けて小石を三回投げ、三個の内の一個でも岩の上に乗ると願いがかなうらしい。
まさに、大岩成就。願いと岩を引っ掛けてあるのに坂本が笑い、三人分の小石を買う為に小銭を出した。
(小太郎とエリザベスが、つつがなく暮らせますように)
(快援隊の航海が、無事でありますように。エリザベスが怪我しませんように。それから…… いや、この国の夜明けはこの手で成す!)
(桂さんと坂本さんが、幸せに過ごせますように)
三人三様の願いを込めて、それぞれが小石を岩目指して投げる。
岩の天辺は滑り易そうな傾斜で、そこに乗っかっている小石は無かった。
難易度が高そうなだけあって、どれも反対側や手前に落ちてしまう。
唯一、一個だけ注連縄に引っ掛かって残った。
だが、同時に連投したものだからそれが誰のものか分からない。
三人で顔を見合わせ、互いに自分のだと主張しかけた。
「三つの石と、三つの願いで数字があっちゅうから、手打ちといくぜよ」
「うむっ、言い争うなど無粋だな」
【はい。願いは自分で叶えればいいですよね】
それぞれが気持の落とし所を見付けて、話題は初景滝の由来へと移る。
「初景という名前の僧侶がここで修行をしよったきに名付けられたそうじゃけんど…… その僧侶さんは、ここで強盗に襲われて殺されてしもうたんだと。らぁて、由来じゃ!」
説明文を砕いて説明し、自分の感想も付け足した坂本の言葉に桂は眉を顰めた。
「なんと、気の毒な。エリザベス、冥福を祈ろう」
エリザベスは桂に促され、同じように手を合わせて黙祷する。
二人の生真面目な様子に、坂本も同じ様にした。
厳かな気持ちで初景滝を離れ、次は蛇滝へと歩を進める。今度は四、五分ほどの道程。
またしても写真を撮り損ねたと気付いた桂だが、桂と坂本がいちゃついている間にエリザベスがちゃっかり撮っていて、それを桂のスマホにメール添付することで落ち着いた。
「エリザベス、良いか! この画像は俺が上げるからな。お前は別の画像を上げろ」
【はい、分かりました】
写真が撮れなかったのが余程悔しかったのか、子供の様な言い草にエリザベスと坂本はこっそり笑み交わす。
党首然とした落ち着いた桂も魅力的だが、こんな風に気ままに甘える様な桂も好きだったから。
「よし! 今の内に、アップしておこう」
蛇滝に下りる前に、桂はSNSに画像をアップする。『来て良かった』の一文を添えて。
「おお! 律殿からイイネが来たぞ!」
フォロワーからのイイネに大喜びする桂を見て、二人はまた笑みを深くするのだった。
それからやっと、三人は機嫌良く蛇滝を眺める。この滝は、落差三メートル・幅二メートルほど。
その名の由来は、かに滝と同じく玄武岩の模様が蛇の鱗状に見える事かららしい。
「うーん、鱗と言えば鱗だが…… エリザベス、どう思う?」
【今一つ、決め手に欠けますね】
そう言い合いながらも、互いのスマホを交換して撮り合いっこをした。
「こたろ! エリー! こっちゃ、来い!」
二人の頭上から、大きな呼び声が聞こえる。
いつの間に離れたのか、坂本は川の上にある四十六メートルの吊り橋の所に立っていた。
大きく腕を振り回し、「来い、来い」と誘う。
【子供みたいですね】
「仕方の無い奴だ。行くぞ、エリザベス」
二人が吊り橋の所まで辿り着くと、坂本はドヤ顔して下の川を指差した。
つい先ほどまで自分達が見ていた滝を見下してから、二人は頷き合う。
「ここから見ると、確かに川の周りの岩は蛇の鱗に見えるな」
【川の流れ自体が、大蛇みたいですね】
「おん! 大発見ぜよ」
得意がる坂本を、桂は満面の笑みで褒める。
「凄いぞ、辰馬! さすが、腐っても桂浜の龍だな!」
微妙に意味の分からない褒め方だが、坂本は気にしない。
ニコニコと嬉しそうに笑って、自分の唇を指差した。
「ほれじゃ、ご褒美にココにチューを一つ」
「調子に乗るな、馬鹿者!」
桂はキスの代わりに、拳骨をあげる。
「さ、エリザベス。次は何滝だ?」
【次は、えび滝です】
足早に吊り橋を渡ってしまう桂とエリザベスの後を、坂本が追う。
「あ、ちょ、ま、待つぜよ!」
桂は軽薄な誘いに乗らない糞真面目ガチガチ男だと分かっていても、毎回こうしてからかって玉砕する懲りない坂本の声が、蛇滝の清流の静けさを破って木霊した。
***
スタスタ歩く二人の後を追いかけたのは、ほんの数分。蛇滝から、えび滝までの距離は徒歩五分だった。
えび滝は、落差五メートル・幅三メートルで、蛇滝より少し大きめ。とは言っても、実際近くでは見られない。
三人は小さな吊り橋の上から眺めていた。
頭上近くに木が覆い被さっていて、今まで見た滝の中で一番水の色が暗い。それでも、流れ落ちる落差部分は白糸の様な輝きを放っている。
「ふむっ。滝の形が海老の尾ひれに似ているから、えび滝というのか」
「そうじゃ、夕飯の舟盛りに伊勢海老も頼んやきよ」
滝の名の由来から、坂本は夕飯を連想してそう漏らす。
【それは、豪勢ですね!】
エリザベスは即座に、喜んでくれたが桂は一瞬動きを止めた。
「辰馬っ!」
また贅沢をと、怒鳴られると思い反射的に背筋を伸ばす。しかし、今回は違ったようだ。
桂はスマホを構え、熱心にえび滝を撮影する。
「でかしたぞ、辰馬! えび滝と伊勢海老の画像を並べてアップすれば、インスタ映えするに違いない! ふははははっ!」
激写を続ける桂の様子に坂本は安堵し、藪蛇にならぬよう大人しく同じように写真を取る事にした。
エリザベスも負けじと、スマホを振りかざす。
そうして興が乗ってきたのだろう。最後にはムービーモードで撮りだして、楽しそうな笑い声も記念に残した。
笑いも収まった所で、三人は釜滝に向かう。えび滝から、更に徒歩五分。
釜滝は落差二十二メートル・幅二メートルの七滝中二番目に高い滝だ。
一番高いのは最後の観光にとってある大滝だが、今まで見て来た中では一番の迫力がある。
右岸上空を仰ぎ見ると、登り尾南火山からの溶岩が覆いかぶさるようにして出来た巨大な柱状節理(溶岩が冷えて収縮したために柱状になった)の岩壁が迫り、この滝の迫力を更に豪快に見せていた。
その雄大な岩から流れ落ちる滝は、地獄谷と恐れられていたとの説明に十分頷ける威容を見せる。
鼓膜を震わせる大音量に負けないよう、大声で隣に立つ桂に話しかけた。
「自然は、えらいのを創りだすもんじゃにゃあ!」
「このような自然を前にすると、人は何と小さいものかと思うな」
どちらも感銘を受けているが、坂本は高揚し桂は厳かな気持ちになっている。
正反対の二人を、エリザベスは後ろから見守っていた。
そのまま自分達の世界に浸り互いの距離を縮めるかに思えたが、二人は同時に振り返る。
「エリザベス、こちらへ来い」
「一緒に、記念撮影するぜよ」
向けられる笑顔と差し伸ばされる手に、エリザベスは大きく頷いた。
滝が近いのは良いが、全体が入らないのと狭いのと足場が悪いので、三人は早々に引き上げる。
そして、全体を見る為に展望台へと長い階段を上り始めた。
登ってゆくに従って、滝の大きさ高さを実感する。
「釜の底とは、よく言ったものだな」
途中で下を見下ろした桂が呟く。滝名の由来の説明書きを思い出しての言葉。
滝壺が釜の底を思わせるからと名付けられたらしい瀑流は、滝壺に叩き付ける様に深く深く潜り白い泡立ちを見せる。
そこから波紋が広がり、やがて穏やかな縁に辿り着く。その水の色合いは、空色を映していた。
生い茂る木々の緑と流れる川の碧に、三人は自然の豊かさに包まれている気分になる。
展望台では秘境のような渓谷の中を流れ落ちる滝の風情を楽しみ、山から吹く風によって運ばれる水飛沫に清涼を感じた。
三人並んで、カメラをムービーモードに切り替える。
今日の旅を振り返る時、豪快な水の流れと鼓膜に響く落水音を再現出来るように。
この幸せな家族旅行を、宇宙船の中や新たな隠れ家でも楽しめるように。
そんな思いを込めて、風景の中に人物も写し込んだ。
「こたろ、エリー、こっちゃ向きや!」
「エリザベス、こちらが先だ! 俺のキャメラの方を向いて、手を振れ」
【お二人共、狭い場所で暴れないで下さい!】
二人を注意するエリザベスも片手にプラカード、片手にスマホでムービー撮影と忙しさにふらつく。
「エリー、危ないぜよ!」
「辰馬、エリザベスを支えろっ!」
わいわいと騒がしいやり取りも入ったムービー撮影が終わり、再び三人で釜滝を見下ろす。
そして、自然が創り出した圧倒的な力強い美を確りとと瞳に焼き付けた。
「そろそろ、戻るぜよ」
「ああ、そうだな」
【桂さん、画像アップ忘れないで下さい】
エリザベスの言葉に桂はハッとして、釜滝の画像をアップする。
「よし!」
ほくほく顔でスマホ画面を見詰めてから、満足そうな笑みを口元に刻んで二人の方を振り返った。
「撮り損ねた滝もアップせねば! さあ、行くぞ!」
号令を飛ばし、張り切って踵を返す。
坂本とエリザベスも頷き合って、展望台の階段を下り桂の後を追った。