願いごと書けた?

「えっ? ……お前、操縦はッ!?」
「オートパイロットぜよ」
「お、おーとぱ、パロット?」
無人の操縦席と坂本の顔を交互に見ながら、青い顔で言われた言葉の意味を必死に考える。
首を傾げる桂の姿が可愛くてニヤニヤして眺めるだけの坂本に代わり、エリザベスが分かりやすく書き出した。
【桂さん、自動運転の事です】
「……流石エリザベス! よく分かったな! お前を試すような真似をしてすまなかった。俺は知っていたが、敢えてお前に答えさせようと思ったのだ。天人の言葉では、カーナビとも言うのだぞ」
誤魔化すように、はははっと笑って明後日の方向を見る。
視界の隅に入った坂本の肩が笑いに震えているのが分かったが、そこは無視して別の話題を振った。
「ほら、見ろ! うまい具合に突き刺さっているではないか!」
大きく腕を振り、立ち上がろうとしたがシートベルトに動きを阻まれる。
「うっ!」
「じっとしっちょり」
胸に食い込んだ圧力に声を上げると、坂本が跪き手早くシートベルトを外した。
すまんと礼を言う桂の頭を撫でてから、急に大声を出す。
「そうじゃ! 忘れとった!」
「なんだ?」
「ちょびっと…… うん、上を見ちょれ」
半ドーム型の天井を指差したかと思うと、さっと身を翻して操縦席まで戻って行く。
「なんとも忙しい奴だな」
むっと口を尖らせ、坂本が撫でたのと同じ場所に無意識で触れながら天井を見上げた。
座席に座ったまま待っていると微かな金属の擦れる音がして、天井の真ん中辺りから細い光の筋が幾つも射し込み始める。やがてそれは帯になり、あっという間に天井は金属の色から夜空の色に変わった。
黄金色の月と瞬く星々、明るく流れる天の川が視界に広がる。
天井が、半円の透明な天体ドームになっていた。
引っ掛かったままの笹飾りのシルエットが、まるで天の川に架かる橋のように見える。
「おおっ!」
【凄いです!】
感嘆の声を上げる桂と、プラカードを上げるエリザベス。
「雲の上なら、ずっと晴れちょるからの」
戻って来た坂本は桂の隣に座り、さり気なく肩を引き寄せ胸に抱く。夜空に夢中の桂も、それが当然のように坂本に体重を預けてしまった。
「わしの織姫さんは、満足してくれちゅうか?」
前髪越しの額に、そっと唇を寄せる。
「織姫じゃない桂だと言いたい所だが、今夜はこの夜空に免じて俺の牽牛と呼んでやろう」
空で瞬く星よりも輝く瞳で、坂本を見上げて微笑む。
「ほりゃ、ありがとうさんぜよ」
今度は鼻先に、軽くキスを落とす。
「がっつくなら、おにぎりにしろ。とびきり美味いのを握ってきたからな」
調子に乗せれば次は濃厚な口づけが来るだろうと予想して、桂は坂本の額を指で弾いて気を逸らせる。
二時間ほどの短い逢瀬なのだから、離れ難くなる様な思いをするよりもしっかり食事を取って欲しかった。
【お先にどうぞ。ちょっと操縦席の方を見学させてください】
坂本と桂の間に風呂敷包みを差し出してから、操縦席を差してスタスタと歩いてゆく。
それは、バカップルのいちゃつきを眺める羽目になるのを回避する口実だった。
勿論、恋人同士の水入らずにしてあげたい思い遣りもある。
その見返りと言っては何だが、先にまともな具入りの方のおにぎりを数個と、自分の分の水筒を抜き取らせて貰った。
晴れた夜空を眺めながら、操縦席で食べるおにぎりはきっと美味しいだろうし、短冊を書くときには呼び戻されるだろう。

***

「やはり、ンまい棒とご飯の相性は良いな」
「おん! こりゃあ、鰹のタタキか! 美味いぜよ」
きゃっきゃと嬉しそうな様子が、一転悲鳴に変わる。
「おんし、こりゃ何を入れ、ぇ、ぅお、オボロシャァァァ」
「そんなに悪くは…… み、水はどこだッ! エリザベスぅぅぅ!」
甘い空気が木端微塵になった頃合いを計って、エリザベスが二人の前に現れた。
【良かったら、これをどうぞ】
自分の分の水筒を二人に差し出す。
「すまんな、エリザベス」
「エリー、ありがとうぜよ」
桂と坂本は奪い合う様に手を差し出し、結局二人で水筒を空にした。

一息ついた所で、機体が緩やかに旋回する。
重心の低いエリザベスは安定していたが、桂の方は少しグラついたものの坂本が抱き支え転倒する事は無かった。
「お前が余裕の顔をしているという事は、今の揺れは機体の異常ではないのだな?」
落ち着いている様子から察したが、確認の為だけに尋ねてみる。
「うん。一時間後に反転して出発地点に戻るよう設定してあるちや」
「つまり、今ちょうどその折り返し時間だった訳か」
坂本の腕の中で、一緒にいられる時間はあと一時間だと理解した。
「正解ぜよ! 正解の賞品は、わしからの熱―いチューぜ」
ぜよと、最後まで言葉を言い切る前に桂に突き飛ばされる。
「では、早く短冊を書かねばッッッ!」
懐から束にしてある短冊と筆を取り出し、エリザベスに向かって墨汁を出すよう促す。
【はい、墨汁です!】
あまりにも素早い動きだったので、どこから取り出したのか坂本には分からなかったが、桂の方は戸惑う様子も無い。
「何を突っ立っておる! お前達も座って書かんか」
風呂敷から硯と予備の筆を出して、短冊と一緒に坂本とエリザベスそれぞれ手渡した。
二人は座席を机にして座り込み、短冊に向き合う。
「一人三つまでだからな! 笹が小さいから、あまり吊れんのだ。良く考えて書くのだぞ」
先に書き終えた桂は、自分の分だけ手早くコヨリをつけて吊り下げてしまう。
それを見て、坂本とエリザベスも筆を動かした。
「書けたか?」
桂の問いに、二人が頷く。
「では、吊るそう」
コヨリを三本ずつ渡された二人は、短冊に通して笹に結び付けた。
風の無い機内では短冊が揺れることもないので、目を凝らせば簡単に書かれた文字が読めてしまう。
【残り時間は、お二人でごゆっくり! 私は操縦席からの眺めを楽しみます】
書いた内容を目前で読まれるのが恥ずかしいのと、言葉通り恋人同士の時間を楽しんで貰いたいのとで、エリザベスはそそくさと前方へ移動してしまった。

「ありゃあ」
「気を遣いおって」
坂本と桂は視線でエリザベスを追った後、互いの瞳を見詰める。そこには確かな愛情が溢れていた。
自然と口元に笑みが浮かび、機内の床に座り込んだまま互いの距離が近づく。
「……ただいま、小太郎」
「また仕事に戻るのだろう? ただいまは、玄関で聴かせてくれ」
頬に触れた坂本の手に自分の手を重ね、やんわりと引き離す。
「じゃー、ただいまのチューは?」
「勿論、お預けだ」
子供の様に拗ねるだろうかと思ったが、今夜の坂本は笑顔を崩さなかった。
「七夕様に願いを叶えて貰うぜよ」
桂の手を引き立ち上がらせると、笹の真下まで連れて行く。
坂本は、そこに吊るされた赤い短冊と黄色い短冊を指差した。
導かれるまま、桂は短冊に書かれた文字を読む。

[桂さんと坂本さんが、いつまでも仲良く幸せでありますように]

黄色い短冊には、優しい思いが込められていた。
「……エリザベス」
暖かな願いに触れて、桂は瞳を潤ませる。
側にエリザベスがいたら、間違いなく抱きしめていただろう。
「わしのは、こっちぜよ」
坂本が指差す方向に、視線を転じる。

[小太郎と、たくさんキスしたい]

一瞬、桂の口角が上がるが、すぐにへの字に曲げた。
「馬鹿者! 三枚しかない願い事を、こんな事に使いおってっ!」
腕を組み、怒鳴りつける。
「三枚もあるぜよ。ほれに、こりゃあわしにとって大事な願い事やか!」
大仰に両手を広げ、真剣に力説した。
その言い分に、こっそり内心で思う。
自分では(三枚しか)だが、坂本にとっては(三枚も)なのだ。いつだって良い方に捉える。
彼のそういう所が好きなのだ。
調子に乗るから言ってはやらないがと、口元が緩みそうになるのを我慢する。

「全く、空いた口が塞がらぬわ」
「やき、わしの口で塞いじゃる」
今にも飛びついてきそうな坂本を「お座り!」の一言で床に正座させ、その隣に座ると懐からもう二枚短冊を取り出した。
「エリザベスには内緒だからなっ」
指を唇の前で立てて、内緒のゼスチャーをする。
坂本には黄色の短冊を渡し、自分は桃色の短冊を手にした。
「良いか。今度こそ欲望では無く、願い事を書くのだぞ!」
「おん! 内緒なら吊るさんと、お互いの短冊を交換するぜよ」
確かにそれならエリザベスの目に触れる事は無いと、無言で頷く。
「読むのは、この飛行船を降りてからちや」
サラサラと先に書き終えた坂本が短冊を二つ折りにした。
桂も急いで書き、墨汁が乾いたのを確認してから折りたたむ。
「らぁて書いたんじゃ?」
「秘密だ! 絶対、降りてから読め」
言葉と一緒に、折りたたんだ短冊を交換して懐にしのばせた。


互いがそれぞれの自室で短冊に認められた文章に驚き微笑むのは、まだ数時間先のお話。


了 2020.07.22(七夕に遅刻)


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