All I do is Dream of You
「……うん?」
数学教師の坂本辰馬は、音楽資料室で首を捻った。
ここなら大抵の楽譜があると思ったのだが、目当ての物が見付からない。
「おかしいのぉ?」
名ばかりとは言え軽音部の顧問として第一、第二音楽室には出入りしていたし、備品チェックも何度か手伝っていた。その時に、目当ての曲『Fly Me to the Moon』の楽譜があったと記憶している。
しかし、何度見ても無いものは無い。
こんなことなら、楽譜を探してみると約束した翌日に探しておけばよかったと後悔した。
文化祭前の忙しさ故に、色々と雑用に追われて思う様に時間が取れず後回しにした事が悔やまれる。
「……待っちょるかのぉ?」
三年生になって教科担当したクラスの委員長、桂小太郎と約束した日の事を思い出す。
好きな曲をピアノで弾いてくれると言われて『Fly Me to the Moon』をリクエストしたが、十八歳の彼はそんな古い曲を知らなかった。
それでも譜面があれば弾けますとの言葉に、楽譜を見付けてくると約束してから既に一週間以上経っている。
彼から急かす言葉はないが、授業終了後にチラリともの問いたげな視線を向けられる事はあった。
それは、単なる口約束と流してしまう気が無い事を意味しているのだろう。
坂本自身、リクエストした責任からではなく本当にまた彼の演奏を聴きたかった。
「無いなら、買いに行けばえいか」
楽譜が無いからと約束をうやむやにするよりも、出来る事をして約束を守る方が良い。
そう決めると資料室の戸棚を漁るのを止めて、帰り支度の為に職員室に戻った。
***
「おん! あったぜよ」
駐車場のある大きな書店で無事に楽譜を見付けると、レジカウンターへと向かった。
夕刻という時間帯のせいか、レジ前は混雑していて会計待ちの列がカウンターに並行して二重に出来ている。
その窮屈そうな列に並ぶのを避けて、新刊が並ぶ平台の隣にある雑貨のコーナーへ足を向けた。
特に買いたいものがある訳では無かったが、列が少なくなるまでの時間潰しに丁度良いと並んでいる色とりどりの雑貨を一つ一つ眺めてゆく。
メッセージカードや、細かな細工の栞。ビジネス手帳にレターセット。可愛らしいシールや、ブックカバーが並んでいる。
どうやら学生や女性向けのコーナーのようだと、最後まで商品を見るのを止めようとした時、ふと視線を奪われる物に遭遇した。
「こりゃあ……」
意味不明の感情。初めて見る物なのに、懐かしいという思いが胸に湧き上がった。
いや、初めて見るとは語弊があるかも知れない。
それは、いわゆるキャラクター物のスマホストラップだった。けれど、何のキャラクターなのか全く分からない。
ある程度の有名ものだから市販されているのだろうが、坂本の知識の中には無かった。
なのに、なぜ懐かしいなどと思ったのか分からない。
「あの子が好きそうな感じじゃの」
ポロリと零れた独り言は、完全に無意識だった。
口元に刻んだ笑みも同じく無意識で、スマホストラップを手にしてからそれに気付く。
「わしゃ、一体?」
疑問だらけではあったが楽譜と一緒にスマホストラップを持ち、列が少なくなってきたレジへと並んだ。
「袋に入れられますか?」
「あ、ストラップはプレゼント包装にしとうせ」
会計の順番が来て、店員から掛けられた言葉に答えた自分の言葉に一瞬狼狽える。
ここに来てやっと『あの子』が桂の事だと気付いた。
白いシーツのお化けのようなシルエットに、大きな目と黄色い嘴と足。
知らないキャラクターのグッズを、なぜ彼が好きそうだと思ったのかはまだ謎のままだったが、自分は桂にプレゼントしたいのだと言う事だけは分かった。
教師が生徒にプレゼントなどと理性が働きかけたが、それを感情が抑え込む。
(こりゃあー演奏に対しての感謝の気持ちぜよ。特別な事じゃー無い。……ほれに、これが最初でしまい。あと半年もすれば、桂君は卒業するがやき)
そう、自分に言い聞かせた。
***
銀魂高校の旧校舎は古くなっていて授業用の教室として使用されていないが、ほんの幾つかの教室だけ同好会や弱小部が部室代わりに使っていた。
坂本が顧問をしている軽音部も、旧校舎二階の第二音楽室を部室にしている。
本校舎の音楽室は合唱部が使用していて、彼等には使用許可が下りていないからだ。
それでも彼等は特に不満に思っていない。活動発表の場が無く、練習熱心という訳でも無いので仲間が集まれる場所さえあれば問題無いのだろう。
だから坂本は、文化祭前のこの時期でも一日ぐらい彼らから音楽室が借りられると思っていた。
「しつけェ! 出て行けッ!」
軽音部部長の高杉晋助は、相手が教師でもお構いなしに怒鳴りつけた。
ドラムの武市は我が道を行く如く、練習に励んでいる。
高杉が大声を上げたのはドラムの音のせいもあったのだが、坂本は大して気にしていないようだった。
「頼むぜよ! 三十分、いや、ニ十分でもえいき。部室を貸してくれんかぇ?」
パンっと頭上で両手を合わせて、頭を下げる。
「どうしたち、ピアノの弾ける場所が要るき!」
「知るかっ! テメェなら、金があんだろ。自腹でスタジオでも借りやがれッ!」
高杉の言葉に、ピアノを置いているような貸しスタジオがあるのかと突っ込みたくなったが、即座に思い止まった。
仮にそんな場所があったとしても、借りる訳にはいかない。
生徒と学校外の密室で二人きりになるなど、とんでもない危険な行為だ。
いや、相手は女生徒では無いのだから何も問題はないかもと、一旦否定してみたが昨今は男女関係無く世間の目は厳しいと、もう一度肯定する。
ここはもう仕方無いと、心の中で桂に謝りつつ次の提案を試みた。
「ほれじゃー文化祭が終わったら、えいか?」
「ああ、それなら別に」
「駄目でござるよ!」
突然割って入った声に坂本と高杉は、声がした方向に振り返る。
音楽室の扉前に立っていたのは、二年生の河上万斉だった。トレードマークのヘッドホンを首に掛け、ギターケースを背負ったまま二人の前に来る。
「これからクリスマスまで、部室は貸出禁止でござる」
厳しい口調で坂本に断言したあと、高杉の方に笑顔を向けた。
「対バンが決まったぞ、晋助!しかも、月イチでござる!」
万斉の知らせに高杉は驚き、武市はドラムを叩くのを止めて万斉の隣に駆け付ける。
「俺達の初ライブかッ!」
「我等、鬼兵隊の旗揚げですな」
「まだ、対バンでござるが」
熱い青春の会話が交わされるのを見て、坂本も感無量になった。両手を広げて彼等を、抱擁するように包む。
「良かったの! うん、うん、初ライブか! チケット買うぜよ!」
教師としては、三年生の高杉や武市に勉強を優先しなさいと言うべきだろう。学生の身でライブ活動など、校長や頭の固いPTAに知れたら問題になるかも知れない。
色々な不安要素が頭を過ぎったが、そんな事よりも喜びに輝く彼等の時間を大切に見守りたかった。
名ばかりの顧問とは言え、出来る手助けはしてやりたい。
そんな思いが通じたのか、万斉が坂本の腕から抜け出て室内に置いてあるケースを指し示した。
「ピアノは無理でも、アレなら好きな場所に運べるでござるよ」
「ああ、アレなら数学準備室でも、職員室でも勝手に持って行っていいぜェ」
高杉も、簡単に同意する。
坂本は、二人がアレ呼ばわりする黒い長方形のケースの方へ移動した。
そっと持ち上げてみると、確かに一人で持ち運び可能な重さ。
ピアノの代わりの楽器で、この形状なら思い浮かぶのは一つだけ。
「もしや、こりゃ」
「88鍵盤のシンセサイザー、拙者の私物でござるよ」
坂本が正解を言う前に、万斉が答えた。
「ついでにアンプとスタンド、スピーカーも持って行っていいぜェ」
上機嫌になった高杉が、気前の良い事を言う。
「どちらも、部の備品ですから必ず返してくださいね」
最後に、武市が釘を刺す。
「ほりゃ有難いけんど、わしの準備室で演奏なんぞ出来んぜよ」
貸してくれるのは助かるが、防音設備も施されていない教室では周りに迷惑になる。それにシンセサイザーでも良いか、桂に確認しなければならなかった。
「演奏を聴かれるのが恥ずかしいなら、先生の自宅に持って行っても良いでござるよ」
「いや。弾くがは、わしじゃ無いきに」
片手を大きく左右に振って否定すると、三人の視線が一斉に坂本に注がれる。
「あァ? テメェじゃねェのか?」
「おやぁ? それでは、どなたが?」
「では、誰が弾くでござるか?」
同時に同じ質問を投げかけられた。
「……あ、いや、ほりゃぁ」
ジリジリと、後じさる。ここで桂の名前を出してよいものか迷った。
別にやましい事は何も無い。隠す必要もないのに、どうしても教える気になれなかった。
「うん。まぁ、気にせんで」
坂本が言葉を濁すと、高杉は興味を失った様子で置きっ放しにしていたギターに手を伸ばす。
「教師の職を失う事だけ、避けて下されば結構です」
真顔でぼそりと呟くと、武市はドラムの方へと戻って行った。
「そういう事なら、屋上が穴場でござるよ」
何を勝手に納得したのか、万斉は天井を指差して微かに口角を上げる。
「あはははっ、あはははっ。じゃ、練習の邪魔をしちゃわりぃから、そろそろ帰るがで」
長居して、これ以上口を滑らせないよう坂本は第二音楽室を後にした。
旧校舎を出て、渡り廊下から上を見上げる。
確かに、旧校舎の屋上でなら人目も無く音も気にならないだろうと納得した。
「後は、あの子次第じゃの……」
数学教師の坂本辰馬は、音楽資料室で首を捻った。
ここなら大抵の楽譜があると思ったのだが、目当ての物が見付からない。
「おかしいのぉ?」
名ばかりとは言え軽音部の顧問として第一、第二音楽室には出入りしていたし、備品チェックも何度か手伝っていた。その時に、目当ての曲『Fly Me to the Moon』の楽譜があったと記憶している。
しかし、何度見ても無いものは無い。
こんなことなら、楽譜を探してみると約束した翌日に探しておけばよかったと後悔した。
文化祭前の忙しさ故に、色々と雑用に追われて思う様に時間が取れず後回しにした事が悔やまれる。
「……待っちょるかのぉ?」
三年生になって教科担当したクラスの委員長、桂小太郎と約束した日の事を思い出す。
好きな曲をピアノで弾いてくれると言われて『Fly Me to the Moon』をリクエストしたが、十八歳の彼はそんな古い曲を知らなかった。
それでも譜面があれば弾けますとの言葉に、楽譜を見付けてくると約束してから既に一週間以上経っている。
彼から急かす言葉はないが、授業終了後にチラリともの問いたげな視線を向けられる事はあった。
それは、単なる口約束と流してしまう気が無い事を意味しているのだろう。
坂本自身、リクエストした責任からではなく本当にまた彼の演奏を聴きたかった。
「無いなら、買いに行けばえいか」
楽譜が無いからと約束をうやむやにするよりも、出来る事をして約束を守る方が良い。
そう決めると資料室の戸棚を漁るのを止めて、帰り支度の為に職員室に戻った。
***
「おん! あったぜよ」
駐車場のある大きな書店で無事に楽譜を見付けると、レジカウンターへと向かった。
夕刻という時間帯のせいか、レジ前は混雑していて会計待ちの列がカウンターに並行して二重に出来ている。
その窮屈そうな列に並ぶのを避けて、新刊が並ぶ平台の隣にある雑貨のコーナーへ足を向けた。
特に買いたいものがある訳では無かったが、列が少なくなるまでの時間潰しに丁度良いと並んでいる色とりどりの雑貨を一つ一つ眺めてゆく。
メッセージカードや、細かな細工の栞。ビジネス手帳にレターセット。可愛らしいシールや、ブックカバーが並んでいる。
どうやら学生や女性向けのコーナーのようだと、最後まで商品を見るのを止めようとした時、ふと視線を奪われる物に遭遇した。
「こりゃあ……」
意味不明の感情。初めて見る物なのに、懐かしいという思いが胸に湧き上がった。
いや、初めて見るとは語弊があるかも知れない。
それは、いわゆるキャラクター物のスマホストラップだった。けれど、何のキャラクターなのか全く分からない。
ある程度の有名ものだから市販されているのだろうが、坂本の知識の中には無かった。
なのに、なぜ懐かしいなどと思ったのか分からない。
「あの子が好きそうな感じじゃの」
ポロリと零れた独り言は、完全に無意識だった。
口元に刻んだ笑みも同じく無意識で、スマホストラップを手にしてからそれに気付く。
「わしゃ、一体?」
疑問だらけではあったが楽譜と一緒にスマホストラップを持ち、列が少なくなってきたレジへと並んだ。
「袋に入れられますか?」
「あ、ストラップはプレゼント包装にしとうせ」
会計の順番が来て、店員から掛けられた言葉に答えた自分の言葉に一瞬狼狽える。
ここに来てやっと『あの子』が桂の事だと気付いた。
白いシーツのお化けのようなシルエットに、大きな目と黄色い嘴と足。
知らないキャラクターのグッズを、なぜ彼が好きそうだと思ったのかはまだ謎のままだったが、自分は桂にプレゼントしたいのだと言う事だけは分かった。
教師が生徒にプレゼントなどと理性が働きかけたが、それを感情が抑え込む。
(こりゃあー演奏に対しての感謝の気持ちぜよ。特別な事じゃー無い。……ほれに、これが最初でしまい。あと半年もすれば、桂君は卒業するがやき)
そう、自分に言い聞かせた。
***
銀魂高校の旧校舎は古くなっていて授業用の教室として使用されていないが、ほんの幾つかの教室だけ同好会や弱小部が部室代わりに使っていた。
坂本が顧問をしている軽音部も、旧校舎二階の第二音楽室を部室にしている。
本校舎の音楽室は合唱部が使用していて、彼等には使用許可が下りていないからだ。
それでも彼等は特に不満に思っていない。活動発表の場が無く、練習熱心という訳でも無いので仲間が集まれる場所さえあれば問題無いのだろう。
だから坂本は、文化祭前のこの時期でも一日ぐらい彼らから音楽室が借りられると思っていた。
「しつけェ! 出て行けッ!」
軽音部部長の高杉晋助は、相手が教師でもお構いなしに怒鳴りつけた。
ドラムの武市は我が道を行く如く、練習に励んでいる。
高杉が大声を上げたのはドラムの音のせいもあったのだが、坂本は大して気にしていないようだった。
「頼むぜよ! 三十分、いや、ニ十分でもえいき。部室を貸してくれんかぇ?」
パンっと頭上で両手を合わせて、頭を下げる。
「どうしたち、ピアノの弾ける場所が要るき!」
「知るかっ! テメェなら、金があんだろ。自腹でスタジオでも借りやがれッ!」
高杉の言葉に、ピアノを置いているような貸しスタジオがあるのかと突っ込みたくなったが、即座に思い止まった。
仮にそんな場所があったとしても、借りる訳にはいかない。
生徒と学校外の密室で二人きりになるなど、とんでもない危険な行為だ。
いや、相手は女生徒では無いのだから何も問題はないかもと、一旦否定してみたが昨今は男女関係無く世間の目は厳しいと、もう一度肯定する。
ここはもう仕方無いと、心の中で桂に謝りつつ次の提案を試みた。
「ほれじゃー文化祭が終わったら、えいか?」
「ああ、それなら別に」
「駄目でござるよ!」
突然割って入った声に坂本と高杉は、声がした方向に振り返る。
音楽室の扉前に立っていたのは、二年生の河上万斉だった。トレードマークのヘッドホンを首に掛け、ギターケースを背負ったまま二人の前に来る。
「これからクリスマスまで、部室は貸出禁止でござる」
厳しい口調で坂本に断言したあと、高杉の方に笑顔を向けた。
「対バンが決まったぞ、晋助!しかも、月イチでござる!」
万斉の知らせに高杉は驚き、武市はドラムを叩くのを止めて万斉の隣に駆け付ける。
「俺達の初ライブかッ!」
「我等、鬼兵隊の旗揚げですな」
「まだ、対バンでござるが」
熱い青春の会話が交わされるのを見て、坂本も感無量になった。両手を広げて彼等を、抱擁するように包む。
「良かったの! うん、うん、初ライブか! チケット買うぜよ!」
教師としては、三年生の高杉や武市に勉強を優先しなさいと言うべきだろう。学生の身でライブ活動など、校長や頭の固いPTAに知れたら問題になるかも知れない。
色々な不安要素が頭を過ぎったが、そんな事よりも喜びに輝く彼等の時間を大切に見守りたかった。
名ばかりの顧問とは言え、出来る手助けはしてやりたい。
そんな思いが通じたのか、万斉が坂本の腕から抜け出て室内に置いてあるケースを指し示した。
「ピアノは無理でも、アレなら好きな場所に運べるでござるよ」
「ああ、アレなら数学準備室でも、職員室でも勝手に持って行っていいぜェ」
高杉も、簡単に同意する。
坂本は、二人がアレ呼ばわりする黒い長方形のケースの方へ移動した。
そっと持ち上げてみると、確かに一人で持ち運び可能な重さ。
ピアノの代わりの楽器で、この形状なら思い浮かぶのは一つだけ。
「もしや、こりゃ」
「88鍵盤のシンセサイザー、拙者の私物でござるよ」
坂本が正解を言う前に、万斉が答えた。
「ついでにアンプとスタンド、スピーカーも持って行っていいぜェ」
上機嫌になった高杉が、気前の良い事を言う。
「どちらも、部の備品ですから必ず返してくださいね」
最後に、武市が釘を刺す。
「ほりゃ有難いけんど、わしの準備室で演奏なんぞ出来んぜよ」
貸してくれるのは助かるが、防音設備も施されていない教室では周りに迷惑になる。それにシンセサイザーでも良いか、桂に確認しなければならなかった。
「演奏を聴かれるのが恥ずかしいなら、先生の自宅に持って行っても良いでござるよ」
「いや。弾くがは、わしじゃ無いきに」
片手を大きく左右に振って否定すると、三人の視線が一斉に坂本に注がれる。
「あァ? テメェじゃねェのか?」
「おやぁ? それでは、どなたが?」
「では、誰が弾くでござるか?」
同時に同じ質問を投げかけられた。
「……あ、いや、ほりゃぁ」
ジリジリと、後じさる。ここで桂の名前を出してよいものか迷った。
別にやましい事は何も無い。隠す必要もないのに、どうしても教える気になれなかった。
「うん。まぁ、気にせんで」
坂本が言葉を濁すと、高杉は興味を失った様子で置きっ放しにしていたギターに手を伸ばす。
「教師の職を失う事だけ、避けて下されば結構です」
真顔でぼそりと呟くと、武市はドラムの方へと戻って行った。
「そういう事なら、屋上が穴場でござるよ」
何を勝手に納得したのか、万斉は天井を指差して微かに口角を上げる。
「あはははっ、あはははっ。じゃ、練習の邪魔をしちゃわりぃから、そろそろ帰るがで」
長居して、これ以上口を滑らせないよう坂本は第二音楽室を後にした。
旧校舎を出て、渡り廊下から上を見上げる。
確かに、旧校舎の屋上でなら人目も無く音も気にならないだろうと納得した。
「後は、あの子次第じゃの……」