線路は続くよ



大坂からの商談帰り。
飛行船で往復するつもりだったが、気を変えて帰りは列車乗ることにした。
飛行船で帰れば、夕刻前にはターミナルに着く。ターミナルには、快臨丸を停泊させている。
早々と帰り着けば、剃刀副官に仕事を山積みにされるだろう。
だとすれば、職場に直帰するにしても帰る時間は夜遅い方が楽だ。
そう考えた快援隊商事取締役社長こと坂本辰馬は、空港に向かう足を止めて引き返す。
向かったのは、大坂駅近くの交通社。
そこで飛行船のチケットをキャンセルして、新しく特急列車のチケットを購入した。
発車時間に余裕を持たせ、待ち時間で買い物をする。
大坂駅は西の要の駅だけあって、駅中に土産物屋が立ち並んでいた。

「おん!」
小さな歓声を上げて、商品をカゴに入れる。缶ビールを一本と乾き物一袋。
大坂での商談をまとめた細やかな自分へのご褒美。
「どうせ帰ったら、夜中まで書類とお付き合いじゃ。今の内に羽を伸ばすぜよ」
帰ってからだけでなく、翌日も仕事漬けになるのを見越しての事。
地球に帰国してから、商談ラッシュでまともに休暇も取れていないのだ。
せめて移動時間を利用して、一杯飲むぐらいの楽しみは許されていいだろう。
混雑する改札を泳ぐように抜け、余裕を持って特急列車に乗り込む。
指定席だから慌てる必要はないのだが、ゆっくり座ってビールを飲みたかった。
書類カバンを上部の棚に乗せ、赤いコートを窓脇のフックに掛ける。
それからシートの座り心地を堪能して、前席に設えられたテーブルを開いた。
その上に缶ビールを置いて、乾き物の袋を並べる。
寛ぐ準備が万端になったところで、列車が走り出した。
次の京駅までノンストップで三十分。そこから江戸まで、まだ数時間ある。
「数時間の休暇気分、味わうかの」
ブルトップを引いて缶を開け、大きな一口を飲み下す。程よい苦みが口内を満たし、喉に爽快な刺激を与えた。
最初の一口で、気分がプライベートモードに切り替わる。
伸ばしていた背筋からゆっくり力が抜けて、体が窓側へと傾いた。
こつんと、側頭部が窓ガラスに当たる。
それがスイッチという訳では無いが、ふっとため息が漏れた。

「……どがあしちょるかのぉ?」
仕事から思考が切り替わると、思い出すのは愛しい恋人のこと。
この商談ラッシュさえ無ければ、久し振りの地球で休暇を取って愛する恋人・桂小太郎を腕に抱けるのにと。
忙しさにかまけて、帰国のメールさえ打てないでいた。
電話しようと思った事もあったが、気付いたら真夜中だったり、己が寝落ちしたりで結局連絡出来ていない。
缶ビールを置いて、目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは、長く艶のある黒髪と確固たる志を秘めた黒く輝く瞳。
生真面目に引き結ばれた唇は『小太郎』と呼びかけると、蕾が綻ぶ様な優しい笑みを刻む。
抱き締めた時の髪の香りと、腕の中に納まる男にしては些か細い体。
想いを馳せると、無性に逢いたくなった。
「迷惑行為やと、分かっちょるけど……」
坂本は携帯電話を片手に立ち上がる。
飲みかけのビールもそのままに、車両乗降口へと急いだ。
せめて、桂の声だけでも聴きたいと。

***

幸い乗降口は、無人だった。
ドア付近の座席には乗客が座っていたがドアが閉まっている限り、話し声が聞こえる事は無いだろう。
ドアの窓から見えない位置に立ち、壁に背を預けて桂のアドレスをタップする。
表示されている番号に、逸る思いで指を乗せるとコール音が響き出した。
三つ、四つと、コール音と心音が重なる。
(元気じゃろうか? 心変わり、しちょらんじゃろうか?)
九つ、十まで数えたところで、留守録に切り替わる。
(ぎっちり待たせてばかりながやきに、早く連絡を入れなかった罰じゃろうか?)
「……しゃあない」
零れるしょぼくれた言葉と、落胆の溜め息一つ。
肩を落として通話ボタンを切ろうとした瞬間、耳から離したスピーカーから息弾ませた恋人の声がした。
「辰馬! 辰馬かッ?!」
「小太郎!」
急いで携帯を耳に引き戻す。
恋人の嬉しそうな明るい声に、先程までの失意が打ち消された。
「辰馬どうした? 珍しい時間に、かけて来たな? 仕事をサボっているのではないか?」
笑いを含んだ声が、こんな時ばかり鋭い事を言う。
それでも、愛しさが込み上げた。
「えずいのぉ。おんしの声が聴きとうて、電話しちょるがやき。ばあんど、元気そうじゃな」
「あぁ、すまない。俺は元気だが…… お前は、疲れているのではないか? 声に元気が無いぞ」
小太郎の声、言い回し、気遣いの言葉に、抱き締めたくなる。
手の届く場所に、桂がいないのがもどかしい。
「列車の中やき、めっそう大きな声が出せんばあだ」
「なにッ?! 車内だと! それは迷惑行為ではないか! 切るぞ!」
告げた言葉に、甘かった声が一転して叱責に変わる。
どこまでもクソ真面目なんじゃと呆れながらも、そこも含めて可愛いと思ってしまう。
まだ切って欲しくない、まだまだ話していたいと両手で携帯を押さえ説得する。
「待て、こたろー! 周りに人のおらん乗降口で話しちょるきにっ! はやちっくとばあ、声を聞かせてくれ!」
「乗降口…… あぁ、列車の…… んっ? ……貴様! 今、地球に帰って来ているのかッ!?」
声のトーンが、だんだん大きく変化した。
列車と言った所で気が付いていなかったとは、相変わらず驚きの鈍さ。
そのくせ、仕事をさぼっている事には気付く鋭さも持ち合わせている。
どこにスイッチがあるのか分からないが、今はそれを探すよりも連絡が出来なかった事を謝るのが先だ。
「すまん、仕事が忙しゅうて連絡出来んかった。しばらくは、地球に居るが休暇は取れん」
実際言葉にすると、余計に逢えない事が辛くなる。
桂にも同じ辛さを与えてしまっただろうかと思うと、胸が痛い。

「どこ行きの列車に乗っているのだ?」
不思議なほど、落ち着いた声が返ってきた。逢えなくとも、淋しくないのだろうか?
肩透かしを食らった気分で、返事をする。
「江戸行きじゃ。大坂からの商談の帰りで、ターミナルの快臨丸に戻ったらまた仕事ぜよ」
「うむっ。そうか、真面目に仕事をしているのだな」
連絡出来なかった詫びは、完全にスルーされてしまった。
休みが取れず逢えない事に対しても、残念がる言葉が無い。
こちらから逢いに行けず、かといって指名手配の攘夷志士という立場上、桂がこっそりターミナルまで逢いに来るのも無理だろう。
恋しいと、想いを募らせているのは己だけなのだろうかと不安になってきた。
もしや、桂の気持ちが冷めて来ているのではないだろうかと。
携帯を持っている手を覆っていた、もう片方の手から力が抜ける。
手をだらりと下げた所で、桂の快活な声が耳に響いた。
「辰馬! 江戸で、一度降りろ! 逢いに行く」
一瞬、何を言っているのか分らず返事が遅れる。
「……ホームで、数分しか時間が取れんが?」
「構わぬ。お前に逢いたい。到着時間を教えろ」
桂の方は、間髪入れずに断言した。
嬉しい言葉のせいで、柄にもなく頬に血が上る。
(うわぁぁぁぁ!! どがーしたらッッッ!!)
心の中で叫ぶ。いや、出来る事なら、列車の中心で叫びたかった。
(ほがな可愛い事を言われたち、ざんじ抱きたい! 抱きしめたいぜよぉぉぉ!!)
下げていた片手でガッツポーズを作り、壁に凭れていた背中も反り返る。
ステップ踏んで、踊りたい気分なってきた。
「辰馬? 聞こえているか?」
返事が遅いのを、訝しむ声がする。
きっと可愛く小首を傾げているだろうと想像すると、益々堪らなくなってきた。
桂の仕草や表情を思い描いていたいが、返事をしない訳にはいかない。
それに、早く逢う為の手段を講じなければと咄嗟に嘘をついた。
「あぁ……ちと、電波が! 後でかけ直すきに」
「メールで構わぬ。では切るぞ、また後でな」
名残惜しむ様子も見せず、あっさり通話が切られる。
少し淋しい気持ち半分、電波が悪いとの嘘がバレずに済んだ安堵半分。

「おんっ! 次の京駅で、(小玉)から最も速い(叶)に乗り換えじゃ!」
携帯サイトでチケット手配から、乗り換え、発着時間の確認まで手早く済ませる。
「便利な世の中になったもんじゃ」
攘夷戦争に参戦したころと比べると、夢の様だと電子チケットを眺めながら呟いた。
尤も、便利さに伴って料金の方もそれなりにかかる。
「小太郎が知ったら、やれ勿体無いと怒るじゃろうな」
思い浮かぶのは、仏頂面で腕を組み正座をする桂の姿。
説教する時の定番スタイルだった。それも、久しく見ていない。
でも、もうじきに逢えるのだ。
もう一度、声を聞きたい所を我慢してメール画面を開いて到着時間を打ち込む。
「おっ?」
手の中で返信を知らせる着信音が鳴る。
予想よりも早い返事に、また口元が緩んだ。
返信のメールには『待っている』との短文のみ。
「はやすぐ、逢えるぜよ」
短い文面に桂の面影を重ね、液晶画面に素早くキスを落とす。
(我ながら馬鹿じゃ)と、苦笑してメール画面を閉じた。
江戸駅での再会の時を思うと、鼻歌が出るほど幸せな気持ちになる。
ただいまと、おかえりの挨拶をして、笑顔を交わし愛していると抱きしめて、そしてそれから……

線路は続くよ、愛しい恋人の待つ所まで。




了 2020.9.17


このお話は、銀魂Webオンリー『かぶき町ゴールデン街しろがね通り』のエア無配ペーパーとして書きました。
サイトのリアタイ24で書いた小ネタを小説に仕上げた物です。




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