旅の途中

驚きに、思わず勢いよく手を離す。
松陽の手が抜かれたのが早過ぎて、朧の手はその場に残された。
「わっ!」
朧が、驚きの声を上げる。直に触れた温もりが、手の下でピクピクと動いたのだ。
不思議な反応に手元を直視した後、再び松陽の方へ視線を上げる。
朧の瞳に映った松陽の顔は、初めて見る表情をしていた。
苦しいとも、痛いとも違う。熱に浮かれたような瞳と、紅潮した頬。
朧には松陽の感情が読み取れず、それが悲しくて不甲斐無くて、掴んでいたモノから手を離し、松陽の胸へと飛び込んだ。松陽の首に両手を回し、ぎゅっと抱き付く。
どうして、こんな行動に出たのか分からない。ただ、湧き上がる衝動に従って松陽を抱き締めた。


(いったい、どうして?!)
松陽は、混乱していた。
何の反応も示さなかったモノが、朧の小さな手が触れた途端反応したのだ。
あり得ない、あり得ないと、心の中で繰り返す。
だが、裸の胸に飛び込んで来た朧の滑らかな肌が密着度を増すと、イチモツの硬度も増した。
それは徐々に頭を擡げたが、途中で障害物にぶつかる。
「あっ」
朧が小さく声を上げ、腰をくねらせた。
柔らかな双丘の真ん中に、松陽のそれが当たったのだろう。
朧が身動ぎしたことで、松陽もその事に気付く。
「朧、離してください。私は、大丈夫ですから」
「はい。今、何かが当たってて」
返事をして動こうとするが、何が当たっているのか気になるようで腰を前後に揺らす。
それは図らずも、素股の刺激と同じ作用を及ぼした。松陽は堪らず、小さく呻く。
「先生! どうされたのですか?」
心配から再び抱き付いて来る朧の両腋下に手を差し込み、無言で持ち上げ脇に追いやった。

(まさか、こんな早いはずはッ!?)
迫り来る射精感に、松陽の頭の中は真っ白になる。
僅かに残る男の矜持が股間の沽券に関わると、根元を絞めようと両手を伸ばしたが、快楽を求める本能がソレを扱くよう促した。
「ぅくッ」
「先生!」
何を勘違いしたのか、朧が横手から飛び付くようにして、松陽の手に自分の手を重ねる。
「朧っ、離しなさ」
「嫌です! もう、ご無理はなさらないで下さい!」
自分の為に痛みを我慢しているのだと、朧は必死になって松陽の行為を止めようとした。
扱く動きを妨害するつもりで、括れに細く小さな指を握る様に添わせる。
「やはり、白いドロドロなんて出るはずありません!」
「うっ」
朧の否定の声と、松陽の低い呻きが重なった。
そこにドッピュと白濁が割り込み、朧と松陽の手を濡らす。
「あ……」
それは、どちらが漏らした声だったのか?
松陽と朧の間に、暫し無言の時が流れる。
二人を正気に戻したのは、けたたましい蝉の鳴き声だった。
止まっていたかのような時間が、再開する。
松陽は朧の手を引き剥がし、投げ捨てていた長着で汚れを拭き取ってやった。
まだ、ぼうっとしている朧に語りかける。
「これで、分かりましたか?」
多くを語らずとも、朧はコクリと頷いた。
これで病気では無いという事も、納得しただろう。
松陽は立ち上がると、手早く残りの着物と褌を拾い集める。発射してもまだ元気なソレを、集めた着物で隠して朧に背を向けた。
「私は、ちょっと水浴びに行ってきます」
(今回ばかりは、着いて来ないで下さい)
心の中で、そう願う。
着物の下に隠した猛りは後数回、抜いてやらなければ収まりそうにない。教育ではなく欲望を吐き出すだけの姿を、朧には見せたくなかった。
「先生」
「はい、お留守番を頼みますね!」
背中にかけられた声に振り返らず、有無を言わせぬ勢いで返事をする。

(やはり先生は、痛いのを我慢されている!)
振り返らない師の背中に、朧の中の疑問が確信に変わった。
(きっと、川で冷やすおつもりなのだ)
着いて行って、手当ての手伝いをしなければと立ち上がる。
「痛いのを我慢なさっては、なりません。先程、先生も仰ったではありませんか。今度は私が、手当てのお手伝いを致します」
松陽の前に回り込み、じっと掬い上げるように見上げた。
その視線の先にあったのは、痛みに耐える苦悶の表情ではなく、珍しく真っ赤に染まった顔だった。
「……先生?」
朧は、きょとんとして何度も瞬きを繰り返す。
澄んだ眼差しに耐え切れず、松陽は視線を外した。
こうしている間にも、着物の下は解放されたくてピクピクと反応を続ける。こうなっては、もう猶予が無い。
松陽は、素直に半分本音を口にした。
「痛くありません、気持ち良いのです。だから、この余韻に浸らせて下さい。君も、大人になれば分かりますから! いいですね、絶対着いて来てはいけませんよ!」
松陽らしからぬ早口で一気に捲し立てられて、朧は理解が追い付かず勢いに押されるまま頷き返す。
「一刻、一刻以内に戻りますから、町に下りる準備をお願いします」
朧の横をすり抜けて、松陽は川へと向かって行った。




「気持ち良い……」
ポツリと師の言葉をなぞり、あの最中に見た師の表情を思い出す。
すると、カッと身内に熱が籠った。
「……あれ?」
ドキドキと高鳴る胸の鼓動に合わせて、大事な場所も脈打ち始める。
気付けば、師が教えてくれた行為と同じように右手がソコを掴んでいた。
「っん!」
握っただけで、ゾクッとした感じが背筋を走り抜ける。それでも、右手は離さなかった。
浅く早まる呼吸に合わせて、握った手で上下に扱く。
「ん、ァ」
無意識に零れた声に、羞恥心が遠退いた。
「せ、んせっ、おっしゃ、とお、りっ」
頭の中で、先程聴いた師の声が響く。
(きもち、いっ)
「アッ、アッ」
最初に握った時は柔らかかったモノが、何度も繰り返して扱くうちに膨らんで芯が通ったように硬くなっていた。だが、目を閉じ初めての手淫の快感を貪る朧には、手を止めマジマジと己の変化を見る余裕が無い。
自身の手に追い詰められ、ハァハァと荒い呼吸を続けた。
両膝を左右に広げ、両手で握り込んだ小さな怒張を更に激しく上下に扱く。
先端の弛んでいた皮が引っ張られると、少し痛みを感じた。それでも気持ち良さは引かない。それどころか少々の痛みも、快感の一部として呑み込まれた。
ますます扱く速度が上がり、気持ち良さも同じく増してゆく。
「あ、なん、でちゃ」
初めて知る快楽の中で、次第に尿意がせり上がってきた。漏らしてしまうと思っても、それは意志の力では止められず気持ち良さに身動きも出来ないまま力が抜ける。
「ふぅンっ!」
迫り来る強烈な絶頂感に、頭の中が真っ白になった。熱い迸りが、手指や内腿を濡らす。
漏らしてしまった恥ずかしさに、うっすらと瞼を上げてソコから離した両手を見る。
「……違うけど、同じ?」
師が迸らせた白濁とは違い薄く透明のネバネバの中に白いものが混じっているが、これが尿では無いことは納得できた。

『男は、この袋の中にある玉で子種を作るのです。子種は精子と呼ばれていて、精子を含む分泌液が精液といいます。君が寝覚めで見たのは、その精液です』

教えて貰ったばかりの説明が、じわりと心の中に沁みこむ。
「これが、精液なのか」
(なんて、気持ちの良い……)
松陽が川に行く前の言動を思い出し、朧は再び頬を紅潮させた。
今なら全て、理解出来る。
実感を伴った朧の手は、再び快感を求めて下半身へと延びる。
(先生がお帰りになるまで、多分まだ時間があるから…… もう一回だけ)

松陽が川から帰ってくる前に、朧は小さな夏の秘めごとを一つ経験した。


了(2021.09.11)
(2021.11.04改稿)










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