旅の途中

成長するに従って通る体の変化。それが朧の身に起こったのだろう。
正しい知識を教える人間が身近にいなかったから、こんなにも困惑していたのだと得心した。
「朧、正直に答えて下さい」
横たえさせた朧の背中に腕を差し入れて、その場に座れるよう抱き起こす。
朧は全裸のまま「はい」と頷き、松陽の前で正座をした。松陽も褌一丁の姿で、朧に向かい合う。
「もしかして、それは白っぽくて粘りがありましたか?」
朧は一瞬息を呑む。今朝見た褌の汚れを言い当てられて、これは間違いなく病気だと確信した。
「はい。先生は、この病気をご存知なのですか?」
この先どんな症状に見舞われるのか聞かされても、決して動揺しまいと唇を噛む。
「それは、病気ではありませんよ」
だが、予想に反して松陽はにこやかに病気では無いと言い切った。それどころか「おめでとう」と肩を叩かれ、更に信じ難い結論を突き付けられる。
「それは、大人になった証です」
唇を噛み締めていた歯が浮いて、ぽかんと口を開いてしまった。呆気に取られたのも束の間、敬愛する師の言葉とはいえ俄には信じ難く、滅多にしない反論をしてしまう。
「大人に? しかし、私は大人が白いおしっこをしているなんて、見たことも聞いたこともありません!」
勢い良く身を乗り出した為、松陽の両腿に両手を付いてしまった。
松陽は朧の思い違いを正そうと、小さな手の上に自身の手を重ね合わせる。
「はい、それはおしっこでは無くて」
「先生! 本当の事を仰って下さい。どんな病気か聞いても、驚きません。感染る病気なら、今すぐここを離れます。私は大丈夫ですから、先生はこのまま旅を続けて下さい!」
今度は手の温もりも、思い込みから興奮した朧を宥める事は出来なかった。
朧の中では、自分が病気である事が確定しているらしい。思い詰めたあまり、我が身を捨てる覚悟もしている様子に思えた。
自分よりも師の無事を優先させようと、涙を堪える姿が愛おしく抱き締めたい衝動に駆られたが、今は誤解を解く方が先だと落ち着くよう言葉を厳しくする。
「落ち着きなさい! まだ話の途中です」
松陽の厳しい声音に、朧は我に返った。
師の言葉を遮るなど弟子失格だと、小さく詫びの言葉を口にして師の腿に置いていた手を引っ込める。
朧の落ち着いた様子に頷いて見せ、話の続きをしようと口を開いた。
「では、説明しますから良く聴いて下さい」
ひと呼吸置いて、どう話したものかを考える。
性の教育とは言っても、真っ白な状態の朧に男女の営みを話すのは躊躇われた。
体の変化に関することだけで、十分なのではないだろうか。
(ここには、教科書にする春画もありませんし……)
頭に浮かんだ考えを、指で額を押さえる事で追いやった。この子に春画を与えるなどまだ早いと。
「先生?」
「何でもありません。えっと、ちょっと触りますよ」
断りを入れて、朧の陰嚢に触れた。
「せ、先生っ?!」
驚き声を上げた朧に、松陽は手を離さず真面目な表情を見せる。
「朧、いいですか。これは、勉強の一環です。決して、妙なコトをしている訳ではありませんからね」
更に念を押してから、ふよふよと二つの玉袋を揉んだ。
朧は身を固くしながらも、声を出す事無く素直に頷く。
「男は、この袋の中にある玉で子種を作るのです。子種は精子と呼ばれていて、精子を含む分泌液が精液といいます。君が寝覚めで見たのは、その精液です」
松陽の手は陰嚢から上方へと動き、ピンク色の可愛い茎へと辿ってゆく。
「ここから、この陰茎の中の管を通って」
説明途中で、朧の腰が引ける。肩をピクピクと震わせ、両手で口元を塞いで松陽の手を見詰めていた。
朧の茹であがった顔色を見て、松陽は手を止める。
(ちょっと、これは……)
言語化できない、いや、したくない感情を押さえてなるべく朧の顔を見ないようにして続きを話す事にした。
掌に乗せて説明するのを止め、指先で指し示す。
「この先っぽから、おしっこと同じ様に出ます。これは普通の事で、決して病気なのではありません。君の体が大人に近付いたから起こった事なのですよ」
納得してくれただろうかと、朧の潤んだ瞳に視線を合わせてみた。
朧は説明を聞いても、まだ納得しかねる顔をしている。まだ、病気だと疑っている感じがした。
師の説明する声はちゃんと耳に入っていたが、知らない言葉ばかりで大人に近付いたと言われても今一つピンとこない。
(お宿の風呂場で見た、先生のとでは全然違う……)
その考えが、視線にも表れていた。
松陽は朧の視線を辿り、何を考えていたのか得心する。
「分かりました。自分の目で見れば、信じますね?」
これから行う行為は、見世物では無い。それに見られながら致すなんて性癖も無かったが、可愛い弟子の為と割り切ろうと決意した。

「えっ?」
驚く朧の前で、松陽は身に着けていた褌の紐を解く。
両膝を立てた中央に晒し出されたソレに、朧の視線が釘付けになる。
風呂で見た程度で、その時でさえマジマジと詳細を見たりはしなかった。
おやっと思ったのは、頭の毛は真っ直ぐなのにココの毛は縮れているのだということぐらい。
あらためてしっかりと見ると、大人の大きさの基準など分からないが、それでも大きいのではないかと思える。
自分の小さなものと見比べて、朧は複雑な気持ちになった。
「……形が」
それでも、好奇心が抑えられない。玉と棒というのは同じでも、色や長さ太さ、何より先端の形が全く違う。
自分のソレは皴々の柔らかな皮覆われているが、師のソレは括れていてつるりとしていた。
「そんなに珍しいですか? 風呂で、見ましたよね?」
余りにも熱い視線を向けられて、松陽は堪らず苦笑交じりに尋ねる。
「あの、その…… ご立派です!」
朧は自分の中にある興奮をどう伝えて良いか分からず、そう口にした。
立派という言葉は、褒め言葉だろうと自身で納得して松陽を見上げる。
「それは…… ありがとうございます」
一瞬返す言葉を失ったが、きっと純粋な褒め言葉だろうと礼を言うに留めた。
それよりもこんな状況で、勃たせることが出来るのかと不安が過る。
どれぐらいの間自慰をしていなかったのか忘れてしまったが、何としても朧を納得させなければと使命感に駆られた。
松陽は右手を宛がい、まだ柔らかなソレを握り込む。
屋外の眩しい日差しが集中を妨げるので、目を閉じた。
それでも吹く風や草木の匂いが、外であることを意識に教える。
こんな無防備な状態で、手淫など酔狂すぎると理性が囁く。
だが、そんな馬鹿げたことをしてでも傍にいる少年を失いたくないのだ。
理性を抑え込み、扱く速度を上げてゆく。
手の中のソレは、一向に育つ気配を見せない。
反応しないのは環境のせいか、それとも淡泊な性質だからか?
鬼と恐れられ、長い間触れ合いとは無縁で生きてきた。
だからだろうか、肝心な時に役に立たないなんて……
苦悶が、眉間に皴を寄せさせる。

「先生? 苦しいのですか?」
朧には松陽のしている行為が分からず、ただ締め付けているようにしか見えない。
無理して続けて欲しくないと、松陽の足の間に入り両手を扱いている師の手の上に重ねて動きを止めようと試みた。
突然の止め立てに、松陽は固く閉じていた目を開く。
至近距離に青く澄んだ真っ直ぐな瞳があり、小さな手が己の手越しとはいえソレに添えられていた。
「お、おぼっ、朧ッ、君は、なにを」


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