朧、誕生日おめでとう!
小太郎は、悩んでいた。
祝宴の料理は任せて下さいと大見得を切ったものの、いざ考えるとなると意外と難しい。
「俺の得意は和食だからな…… むむっ」
皆が帰った教室の中で、机に突っ伏して唸る。
母が存命だった時の食卓を思い出そうとしたが、母の面影の方が先に浮かんでしまった。
しんみりとなる気持ちを押し戻し、招待された事のある誕生日会の数々を思い出そうと目を閉じる。
脳裏に蘇るのは、友達の嬉しそうな笑顔や白熱した遊びの楽しい思い出ばかり。
『本当に、蕎麦でよいのか?』
ふと思い出したのは、兄弟子の言葉。
自分の誕生日に何が食べたいか問われて、蕎麦だと答えた時に重ねて聞かれた。
誕生日だからと、好物を作ってくれようとしたのだろう。
「……朧兄さんの、好物って?」
小太郎は、ますます頭を抱えた。
兄弟子が好き嫌いをしている様子を、見た事が無い。
和洋を問わず料理しているし、食べ残しもしていなかった。
嫌いな物が無いとしても、好物はあるかも知れない。そう考えて、よく作る料理を必死に思い出す。
「……あ、れ? まさか、好き嫌いが無い、の、かも?」
兄弟子のよく作る料理は、自分達の好物が多いのに気付く。中でも、先生の好物の頻度が高い。
そして、それ以外には特に思い浮かぶ料理は無かった。
「朧兄さん、控え目過ぎるぞっ!」
いくら考えても献立が思い浮かばなくて、八つ当たり気味に両手の拳で机を叩く。
「本当に控え目と言うか、無欲が過ぎますよねぇ」
吐息混じりの声が頭上から降ってきて、小太郎は慌てて頭を上げた。
足音どころか気配も感じなかったと、驚き目を瞠る。
いつの間にか、松陽がすぐ傍に立っていた。
「先生?!」
「はい。悩んでいる所すみませんが、そろそろ朧が教室の掃除に来ますので母屋に移りませんか?」
「あ、はいっ!」
小太郎は、筆記具と教科書をまとめて立ち上がる。
「先生、ありがとうございます」
声を掛けられなければ、延々と悩み続けていただろう。
うっかり漏らした独り言を兄弟子に聞かれてしまったら、せっかくの計画を台無しにしてしまうところだった。
時間は、まだある。難しいが、なんとか兄弟子の好みを探ってみようと拳を握って決意を新たにした。
教室から母屋の玄関に来たところで、松陽が立ち止まる。
黙々と並んで歩いていた小太郎も同じく止まって松陽を見上げた。
その真剣な表情が可愛くて、松陽は小太郎の頭を撫で話しかける。
「私は、一生懸命な君の力になれませんか?」
小太郎の独り言を聞いて、何に悩んでいるのかが分かった。
彼の言う通り、朧は食物に対する好き嫌いが無い。
それでも、弟弟子が作った料理なら喜んで食べるだろう。
だが、そんな言葉だけでは献立の参考にはならない。かえって、悩ませてしまうのではないだろうか?
だからといって、苦悩する弟子を放置出来なかった。
せめて一緒に悩んでやれたならと、腰をかがめて瞳を覗き込む。
「先生、朧兄さんが楽しそうにしている時って、どんな時でしょうか?」
食べ物の好みとは違う質問に少し面食らった。しかし、それなら分かる。
「そうですね。君達の世話をしている時は、いつも楽しそうですよ。特に、仲良く遊んでいる姿を眺めている時はニコニコしていますね」
「俺達の……」
ぼそっと呟き、再び考え込む。眉間に皺が寄ったのは少しの間だけで、何か名案が浮かんだのか急に笑顔を浮かべた。
瞳を輝かせ、頬を薔薇色に染める。
「先生、ありがとうございました! 俺、頑張ります!」
「何か、思い付いたのですね?」
弟子の嬉しそうな表情に笑顔を返す。
どんな事を思い付いたのか、教えてもらえるだろうかと首をかしげてみたが、返ってきたのは「はい」という返事と大きな頷きだけだった。
「他に、手伝えることはありませんか?」
「ありません。先生も楽しみにしていてください」
きっぱりと言い切る小太郎の背中に手を添えて、中に入るよう促す。
「はい。楽しみにしていますね」
誕生日会の献立を教えて貰えなかったのは残念ですが、待つ楽しみは出来たので良しとしましょうと心の中で呟いた。
祝宴の料理は任せて下さいと大見得を切ったものの、いざ考えるとなると意外と難しい。
「俺の得意は和食だからな…… むむっ」
皆が帰った教室の中で、机に突っ伏して唸る。
母が存命だった時の食卓を思い出そうとしたが、母の面影の方が先に浮かんでしまった。
しんみりとなる気持ちを押し戻し、招待された事のある誕生日会の数々を思い出そうと目を閉じる。
脳裏に蘇るのは、友達の嬉しそうな笑顔や白熱した遊びの楽しい思い出ばかり。
『本当に、蕎麦でよいのか?』
ふと思い出したのは、兄弟子の言葉。
自分の誕生日に何が食べたいか問われて、蕎麦だと答えた時に重ねて聞かれた。
誕生日だからと、好物を作ってくれようとしたのだろう。
「……朧兄さんの、好物って?」
小太郎は、ますます頭を抱えた。
兄弟子が好き嫌いをしている様子を、見た事が無い。
和洋を問わず料理しているし、食べ残しもしていなかった。
嫌いな物が無いとしても、好物はあるかも知れない。そう考えて、よく作る料理を必死に思い出す。
「……あ、れ? まさか、好き嫌いが無い、の、かも?」
兄弟子のよく作る料理は、自分達の好物が多いのに気付く。中でも、先生の好物の頻度が高い。
そして、それ以外には特に思い浮かぶ料理は無かった。
「朧兄さん、控え目過ぎるぞっ!」
いくら考えても献立が思い浮かばなくて、八つ当たり気味に両手の拳で机を叩く。
「本当に控え目と言うか、無欲が過ぎますよねぇ」
吐息混じりの声が頭上から降ってきて、小太郎は慌てて頭を上げた。
足音どころか気配も感じなかったと、驚き目を瞠る。
いつの間にか、松陽がすぐ傍に立っていた。
「先生?!」
「はい。悩んでいる所すみませんが、そろそろ朧が教室の掃除に来ますので母屋に移りませんか?」
「あ、はいっ!」
小太郎は、筆記具と教科書をまとめて立ち上がる。
「先生、ありがとうございます」
声を掛けられなければ、延々と悩み続けていただろう。
うっかり漏らした独り言を兄弟子に聞かれてしまったら、せっかくの計画を台無しにしてしまうところだった。
時間は、まだある。難しいが、なんとか兄弟子の好みを探ってみようと拳を握って決意を新たにした。
教室から母屋の玄関に来たところで、松陽が立ち止まる。
黙々と並んで歩いていた小太郎も同じく止まって松陽を見上げた。
その真剣な表情が可愛くて、松陽は小太郎の頭を撫で話しかける。
「私は、一生懸命な君の力になれませんか?」
小太郎の独り言を聞いて、何に悩んでいるのかが分かった。
彼の言う通り、朧は食物に対する好き嫌いが無い。
それでも、弟弟子が作った料理なら喜んで食べるだろう。
だが、そんな言葉だけでは献立の参考にはならない。かえって、悩ませてしまうのではないだろうか?
だからといって、苦悩する弟子を放置出来なかった。
せめて一緒に悩んでやれたならと、腰をかがめて瞳を覗き込む。
「先生、朧兄さんが楽しそうにしている時って、どんな時でしょうか?」
食べ物の好みとは違う質問に少し面食らった。しかし、それなら分かる。
「そうですね。君達の世話をしている時は、いつも楽しそうですよ。特に、仲良く遊んでいる姿を眺めている時はニコニコしていますね」
「俺達の……」
ぼそっと呟き、再び考え込む。眉間に皺が寄ったのは少しの間だけで、何か名案が浮かんだのか急に笑顔を浮かべた。
瞳を輝かせ、頬を薔薇色に染める。
「先生、ありがとうございました! 俺、頑張ります!」
「何か、思い付いたのですね?」
弟子の嬉しそうな表情に笑顔を返す。
どんな事を思い付いたのか、教えてもらえるだろうかと首をかしげてみたが、返ってきたのは「はい」という返事と大きな頷きだけだった。
「他に、手伝えることはありませんか?」
「ありません。先生も楽しみにしていてください」
きっぱりと言い切る小太郎の背中に手を添えて、中に入るよう促す。
「はい。楽しみにしていますね」
誕生日会の献立を教えて貰えなかったのは残念ですが、待つ楽しみは出来たので良しとしましょうと心の中で呟いた。