朧、誕生日おめでとう!

ある晴れた日の昼下がり。
四月中旬を思わせる陽気だったので、ここ松下村塾の塾長・吉田松陽の一番弟子である朧は二回目の洗濯物を干していた。
その後姿を縁側から眺めつつ、松陽がぽつりと呟く。
「そういえば、来週は朧の誕生日ですね」
松陽の隣で一回目の洗濯物を畳んでいた小さな弟子達が一斉に顔を上げた。しっかり者の小太郎から、幼児期を抜けたばかりの末っ子・信女までが驚きに目を瞠る。
「マジでかっ!」
「聞いてねェ!」
更に、銀時と晋助は松陽の前に身を乗り出して詰め寄った。その眼差しは、何でもっと早く言ってくれなかったのかと責めているように見える。
「家族なんですから、それぐらい覚えているでしょう?」
「ちらないっ!」
「うっかりしておりました」
信女は激しく頭を振り、小太郎は悔し気に唇を噛んだ。
そんな弟子達の様子に、松陽はにっこりと笑む。
祝いたいからこその憤り、それは何より慕わしい気持ちを表している。
きっとこの子達は、誰の誕生日でも同じ反応をするだろう。血の繋がりはなくとも、もう家族の絆はしっかりと結ばれている。
(ほんとうに、いい子達ですね)
しみじみと思いながら、半分腰を浮かせて子供達の輪に加わった。
「では、来週末に朧のお誕生日会をしましょう」
朧には内緒ですよと、人差し指を口元に当てて秘密の企みをする。
松陽の言葉を受けて、子供達の瞳は一様にキラキラと輝いた。
特に末っ子の信女は、興奮に頬を赤く染めている。
銀時と晋助は何やら視線で会話し、小太郎は拳を握りしめた。
「先生! 祝宴の料理は、お任せ下さい! 誕生日祝いに相応しいものを作ります!」
「小太郎、声が大きいです。朧にバレないよう、お願いしますね」
さっと洗濯物を干している朧の方に視線を向けてから、小太郎に向き合う。
小太郎は慌てて手を口に当て、コクコクと縦に首を振った。
「じゃァ、祝いの飾り付けは俺がやる」
「あたちも、あたちも、するっ!」
晋助の言葉に、信女も便乗する。
「分かりました。誕生会の飾り付けは、晋助と信女と銀時にお願いしますね。その間、私は朧を外に連れ出しておきますから」
「え、ちょ、俺も? 俺が、朧連れ出す方やるからさぁ、松陽は飾り付けやれよ。ほら、高いとことか! こいつらだけじゃ、無理じゃん!」
松陽は、早口で喋る銀時の顔をじっと見詰めた。飾り付けが面倒臭いと思っているのか、それとも別に理由があるのだろうかと思い巡らす。
「そうですねぇ……」
他の理由が思い浮かばないし、確かに銀時の言う通り高い場所の飾り付けを子供達だけに任せるのは良くないと思い直した。
「分かりました。では、銀時は朧を連れ出す係をしてください。飾り付け組には私が入ります」
役割分担は決まったと頷いてから、トンっと縁側の板に片手を置く。
その手の上に銀時が手を乗せると、素早く高杉が手を重ねた。一泊遅れて桂が高杉の手に触れ、最後に信女の小さな手が置かれる。
「誕生日会目指して、ファイトー!」
「「「「いっぱーーーつ!」」」」
松陽の音頭に、子供達四人の声が重なった。
キャッキャと弾ける笑い声に引かれて、洗濯物を干していた朧が振り返る。


もの問いたげな視線を受けた松陽は、子供達の輪から抜けて縁石に置いてある草履を履き、物干し竿前に立つ朧の隣へと歩み寄った。
「何やら、楽しそうですね」
縁側の弟弟子達から松陽に視線を移し、手拭いの洗濯皺を伸ばしながら尋ねた。
松陽も洗濯籠から別の手拭いを取りだし、同じ様に広げる。
「今日のおやつについて、話していたんですよ。私は大福ではないかと、思うと言ったのですが?」
小首を傾げ、朧の瞳を覗き込む。
「いいえ。今日は、煎餅にしました」
「おや、外しましたか」
「甘い物が、よろしかったですか?」
いかにもな話を振ると、朧は納得した様子で弟弟子達の方へ視線を流してから松陽に尋ねた。
話の内容を疑うこと無く、おやつの変更まで聞いてくる朧の素直さに、松陽の笑みは深くなる。
「大丈夫、晋助が喜びますよ。大福は、明日で構いませんからね」
「はい。明日は大福に致します」
ちゃっかり明日のおやつリクエストを取り付ける松陽の言葉に、朧もふわりと笑って応えた。
「皆さん! 今日のおやつは、お煎餅ですよ!」
松陽は首だけで振り返り縁側の子供達にウインクしてみせる。それは、お誕生日会の企画はバレていませんというは秘密の合図だった。
(さぁ、私も何を贈るか考えましょう)
「全部干したら、おやつの時間にしますよ」
「はい、先生」
張り切る松陽の様子に苦笑しつつ、朧は黙って作業を続ける。
自分の誕生日会が企画されているなどとは、思いもよらない。いや、誕生日すら忘れていた。

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