落し物を拾ったら、本当は2割まで請求できるって知ってた?

三人が連れ立って訪れたのは、山の中腹にある崖の上だった。
崖といっても、ほんの少し突き出た岩場程度。数週間前、地滑りが起きて崖の一ケ所が崩れていた。
兄弟子からは「危ないから近付くんじゃないぞ」と、釘を刺されていたが天然の長い滑り台の様なその場所の魅力に少年達は抗えない。
遊びに行くとだけ伝えて、こっそりココに来たのだった。
隠した所で着物の背中部分が泥だらけになればバレてしまうのだが、今はそこまで頭が回らない。
「テメェ! 次は、俺の番だろうがッ!」
「あ、悪ィ。チビだから、並んでんの見えなかったわー」
「止めんかッッッ!」
そんなやり取りを繰り返しては急傾斜の土砂を滑り降り、崖下の山道まで下り切ると駆け足で獣道をよじ登り崖上へ戻る。
銀時と晋助は競う様に早道だからと傾斜の強い場所を選び、小太郎は足場の確実な場所を選んでいた。
何往復か続いたが、ふと銀時が動きを止める。
「なんかぁ……甘い匂いがする!」
目を閉じスンスンと鼻を上向けて、匂いの出所を突き止めようと必死になった。
最初こそ、晋助と小太郎も同じように匂いを探ったが何も感じ取れず互いに顔を見合わせる。
互いの瞳は、匂わなかったとの共感に満ちていた。
けれど銀時の方は更に崖の向こう側へと向かい、閃きに声を上げる。
「饅頭の匂いだっっっ! どっかに、落ちてるんじゃね?!」
「ハァァァ? 馬鹿か、テメェ。拾い食いする気じゃねェだろうなァ?」
饅頭有無は置いておいて、銀時の言葉に晋助が突っ込む。
「箱に入って落ちてるかもしンねーだろ! だったら、中身は綺麗じゃん! 綺麗なもんは、拾い食いじゃねーしっ!」
「拾って食えば、拾い食いじゃねェか! クソ天パ!」
言い合いから掴み合いに発展しそうになったその時。
「おい! 二人とも、あそこ!」
小太郎が指差したのは、荷車を引いて山道を上がって来る人影だった。
あのままこの崖下の道の方へ来るなら、隣町まで行くのだろう。
だとすると、何かの商売か引っ越しか? 小太郎は背伸びして目を凝らす。
「あれは…… 栄屋の暖簾模様だ!」
荷車に掛けられた大きな布地に白く染め抜かれた紋様は、里で有名な高級和菓子の老舗のものだった。
「栄屋ッッッ! 饅頭の匂いはソレじゃね!」
晋助の胸倉を掴んでいた銀時が、手を離し即座に反応する。
晋助も背を伸ばして身を乗り出すが、匂いも分からず荷車に掛けられた布の紋様もはっきりと見えない。
「……テメェら、スゲェな」
犬並みの嗅覚と、鳥並みの視力。
同塾仲間の人間離れした感覚に、ぼそっと感嘆とも呆れとも取れる言葉を吐き出した。
近付いて来る荷車を見て、銀時がはしゃぎだす。
「何か、凄ぇたくさん積んでね? あれさぁ、押すの手伝ったら一個ぐらいくれンじゃね?」
「ンなわけ、ねェだろ。おい、ちょ!」
今にも滑り降りて行きそうな銀時を、晋助が引っ張って止める。
「あ、後ろのあれ…… なにか、ヒラヒラしているぞ!」
二人に構う事無く、小太郎は崖端に手を付き荷車の観察を続けた。
「うむ? 紐の様な? 気付いてないのか? あれでは、荷物が落ちてしまうのではないか?」
ブツブツと呟く実況に、銀時と晋助も小太郎の隣に立って眺めた。
もう荷車は晋助の目にも見えるほど近くまで来ているが、小太郎の言う紐までは見えない。
しかし、栄屋の紋様は分かる距離だった。
そして小太郎の言う通り、荷車の後ろの方の荷物が布越しではあるが傾いている様に見える。
いや、確かに落ちかけていのだろう。車輪がガタガタと回るたび、カタカタと小刻みに動いている。
「あっ!」
小太郎にも見えているようだ。落ちかけているのに気付いて、声を上げる。
「チッ!」
「俺の饅頭!」
舌打ちして飛び下りた晋助が一番早かった。小太郎も、すぐさま続く。
銀時だけが、饅頭の良い匂いに一瞬出遅れた。
「うわああ、なんだ?!」
突然、上空から子供が降って来たのに驚いて、荷車を引いていた二人の男が声を上げる。
晋助は男達には目もくれず、荷車の後部下に飛び込んだ。
「よしッ!」
小太郎の歓声に釣られて、男達も視線も荷車の後部へと移る。
そこには、地面に横たわる形で両手を空に突き上げた晋助の姿。
その手には、塗りの重箱が掲げられていた。

***

「そうか、事情は分かった。……裏山のあそこへ行っていたのだな」
小太郎の説明を聞いた朧は、三人をひと睨みしてから番頭に向き合った。
「いえ、まだ続きがありまして」
番頭がそう答え、銀時たち三人を掌で指し示す。
「続き?」
朧は眉間に皴を寄せ、三人に振り返った。
子供たちは肘で突き合い、またしても小太郎が最初に口を開く。
「俺達は、たまたま気が付いただけなので礼は不要です」
「だーかーらー! せっかく、くれるってンのに断る方が失礼だろ! サクッと、二割分貰おうぜ。栄屋の大福なんて、滅多に食えねぇんだからさぁ」
銀時が、朧の正面に回って風呂敷包みを引っ張る。
「馬鹿言ってンじゃねェ! 饅頭を大福にして貰ってその上、二割だァ! 一割で充分だろーがァ!」
晋助が銀時の手を引っ張って、風呂敷包みから剥がそうとした。
「二割ったら、二割ぃ!」
「一割だッ! つか、テメェ、百個の二割って計算出来ンのかよ!」
「止めんか、二人とも! 礼を貰おうなどと浅ましい!」
「二割ったら、五十個だろっ」
「馬鹿者! それでは、半分ではないか」
「計算出来ねェくせに、二割なんて騒いでンじゃねェぞ!」
「貴様も、煽るな!」
先程を上回る騒がしさに、番頭はお手上げという顔をして朧に目配せする。
これで全てを察した朧は、師直伝の拳骨を弟弟子たちの上に振るった。
「い、ったァァ!」
「ぃてェ!」
「どうして、俺まで?」
拳骨をお見舞いされて涙目になる三人に、視線で頭を下げるよう促す。
それから、朧自身も番頭の方に深々と頭を下げた。
「誠に申し訳ありません」
人助けは褒めたいが、それをたてに礼を強請るなどと情けない。
こんな事、とても先生の耳にお入れすることは出来ないと朧は唇を噛んだ。
「いえ、いえ。お坊ちゃま方に助けられた事に感謝しておりますし、謝礼もこちらから言い出した事です」
番頭が困ったのは、三人の意見がバラバラだった事。
受け取らないという小太郎と、一割派の晋助、二割欲しいという銀時。
番頭は受け取って貰う事を前提にして、晋助と銀時の要求の間を取り十五個の大福を用意したのだった。
最後の難関は、それで納得して受け取って貰えるかどうか。
ここで子供達の様子を見る限り、兄弟子の決めた事には納得する様に思えた。
相手が恐縮しているこの隙を好機と捉え、番頭は押しに押す。
「このまま固辞されては、私が旦那様に叱られてしまいます。どうか、私の為に受け取っては貰えませんでしょうか? それに、良い行いをしたら褒めるのが年長者の勤めではありませんか。お坊ちゃま方の親切心を育むのは大事な事ですよ」
グイッと、風呂敷包みを朧の腹にめり込むほど押し付けて腰を引く。
「ましてや、こちらは寺小屋ではありませんか。三綱五常の教えもあるでしょうに、」
「分かりました!」
朧は番頭の言葉を遮って、承諾の言葉を告げる。
自分の事は何と言われても構わないが、先生の教えを疑われるような事を言われたくなかった。
「そちらのお気持ちを汲み、有難く頂きます」
背後に、銀時の歓声を聞きつつ再度深く頭を下げる。
「ありがとうございます。これで私も、旦那様に良い報告ができます」
番頭もホッとしたのか、訪問時に比べて表情が柔らかくなっていた。
互いにもう一度、玄関先で挨拶を交わす。
その間に、風呂敷包みは、銀時の手に渡りさっさと居間の方へ運ばれてしまった。



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