仔ぼろちゃん in 奈落
「では、失礼致します」
朧は襖の前で一礼する。日課である、食事の膳を下げて先生の部屋を出た。
「今夜も沢山食べて下さったな。やはり、お傍で見ていると食べて下さるのだ」
天照院奈落の頭領に仕える少年は、膳に並ぶ空になった食器を見てにっこり微笑む。食が細いのが心配で、食事の膳を運ぶだけでなく時間の取れる時は食事の間中も部屋へ控える事にした。すると、その時は毎回残さず食べてくれるようになった。それがとても嬉しい。
最近は、一緒に食べましょうとまで誘われている。その言葉だけで、十分有難い。頭領と、ただの小姓が食事を共にするなどとんでもない事だと分かっている。
けれど、断る都度に「そうですか」と、淋しそうに微笑まれると心が痛んだ。
「もっと大きくなって、もっともっと先生のお役に立てるように頑張ろう!」
朧は小さな手で拳を作り、改めて決意する。立派な男になって、先生の弟子だと周りからも認められるようになろうと。この先も、先生の側にいる為に。
「っあ! ととっ」
片手で拳を作っていたので、もう片手だけで持っていた膳のバランスが崩れて落としそうになる。慌てて拳を開き、両手で膳を支えた。
「ふぅ。危ない、危ない」
危うく先生の食器を落として割ってしまう所だったと、額の汗を手の甲で拭う。するとまたしても片手になり、同じ事を繰り返した。朧は、二度も落としかけた恥ずかしさにそっと辺りを見回す。
「良かった、誰もいな……?」
中庭にも中庭に面した廊下にも人影は無く、ホッと安心して呟きかけた途中でクスッと忍び笑いが聞こえてきた。朧は驚き、もう一度キョロキョロと見回す。
よく見れば、きっちり閉めた先生の部屋の襖に細い隙間が出来ていた。密かな笑い声は、そこから漏れている。
「あっ!」
「おや、覗きがバレてしまいましたか?」
朧の声に襖は広く開かれ、中から先生が出てきた。足音を立てない歩き方で、朧の側へと近付いて行く。朧の顔は恥ずかしさから真っ赤に染まっていて、言葉も出なかった。
「ああ、すみません。おかしくて笑った訳ではありませんよ。可愛らしかったので、つい」
恥じ入る様子をからかう気は無かったと詫びられたが、朧にとって「可愛い」は同じからかいの部類に入る。
白い肌をますます赤くして、身を縮こまらせた。
二人の間に、無音の時間が流れる。この場の空気を変えるには、どうしたものかと二人して空を見上げた。
「……あ、れっ?」
最初に気が付いたのは朧の方。丸まっていた背中を反らし、首を伸ばす。大きく目を見開いて、夜空を見上げた。その視線の先には、炎の華が咲いている。それは一瞬の煌めきで、大輪の華が開き切るとすぐさま散って消えてゆく。遠く微かに聞こえる、ポンポンッという音はあの華が咲く音なのだろうか?
「花火ですね。今夜は、街のお祭りなのでしょう」
こともなげに、先生がそう話す。しかし、朧にとっては一大事。花火も祭りも聞いた事はあるけれど、見たことも行ったことも無い別世界の物だった。奉公先では、祭りだからと休みにはならない。寧ろ忙しくて仕事に追われ、出掛けることも夜空を眺める暇も無い状態で過ごしていた。外から聞こえるドーンドーンと大きな音だけが花火の記憶で、祭りとなると想像もつかない。
「あれが、花火ですか? お花みたいに、キレイですね!初めて見ました!」
遠い街の遠い花火、形もハッキリとせず、音も微かに響くだけのささやかさ。それを綺麗だとうっとり見上げる朧の頭に、先生の手が置かれる。
「先生?」
きょとんとした眼差しで、先生を見上げた。
そこには優しい微笑みと、少しだけ淋しさを宿す瞳。
「いつか、二人で観に行きましょうね」
朧の顔に、花火より綺麗な笑みが広がった。いつかと、はっきりしない約束にキラキラと瞳を輝かせる。暗殺集団・奈落の頭目がおいそれと祭り見物など行ける訳が無いと分かっていた。それでも、たとえ実現しなくとも、その約束が嬉しくて仕方ない。
「はい! 先生!」
撫でられている頭をゆっくり縦に振り、もう一度夜空を見上げた。黒々とした山の尾根を背景に、光の華が咲いては散ってゆく。刹那の輝きは、朧の瞳に永遠の光を焼き付ける。その輝きは、大事な約束を更に煌めかせた。
先生の手が頭から、肩へとおりてゆく。朧は、甘えるようにその腕に寄り添った。
花火が終わるまで、二人廊下に佇んで。
***
先生と花火を観てから、三日後。
夕餉を食べて湯浴みが済んだら、頭領の部屋へ行くようにと命令を受けた。今夜の片付けは何もしなくて良いと言われ、首を傾げつつ言われた通りに先生の部屋へ向かう。「失礼致します」と、いつものように声を掛け返事があってから襖を開けた。
「おや? 寝間着ではないのですね」
意外そうな顔をされ、朧はキリッと表情を引き締める。
「先生の御用を承るのに、寝間着などでは参りません」
正座をし、頭を下げてから身を起こし誇らしげに胸を張った。
「私の仕事は、先生にお仕えする事ですから」
小さいながらも矜恃を持ち真面目に仕事に向き合う朧の姿は、先生を微笑ませる。
「では、少し私の道楽に付き合って下さい」
手招きして、側に来るよう促す。
「道楽ですか?」
何をするのだろうかと、内心ドキドキして先生の隣に座りなおした。先生は脇に置いていた風呂敷を取り、朧の前で広げて見せる。
「まず、これに着替えて下さい」
それは、子供用の浴衣だった。淡い水色の生地に、トンボ柄が散りばめられている。兵児帯は濃紺色で水色の甘さを引き締め、スッキリした印象を与えた。
「こんな綺麗な着物を、私が着るのですか?」
朧は腰を引き気味に、何かの間違いではないかと尋ねる。見るからに上等そうな生地に、尻込みした。そんな様子を見兼ね、浴衣を強引に朧の身に押し当てる。
「思った通り、君の髪の色には優しい水色が似合いますね。早く着て見せて欲しいのですが…… 君が気に入らないのなら、勿体無いですが雑巾にしてしまいましょう」
ほうっ。っと、わざとらしい溜息をつき浴衣を下ろす。
「ぞ、ぞ、雑巾!?」
驚く朧の目前に、もう一度浴衣を差し出した。
「着ていただけますか?」
にっこりと微笑まれてはもう、着るしかない。朧が浴衣に袖を通すと、先生が帯を締めてくれた。
「ああ! 寸法もぴったりですね!」
「あの、先生。これは、一体?」
「まだ、内緒です。さあ、廊下に出ますよ」
ウキウキと楽しそうな先生に手を引かれ、暗い廊下へと出る。こんな時間からどこかに出かけるのだろうかと思ったが、先生の顔に仮面が無いのでそれは無いと思い直す。では、一体何が? と考えると眉間に皴が寄る。
「そんな難しい顔をしなくとも、すぐに分かりますよ。さ、中庭に出ましょう」
「あ、はい先生」
朧は慌てて、先生の後を追い中庭に出る。折角こんな良い浴衣を着せて頂いているのに、変な顔をしてはいけないと気持ちを切り替えた。
中庭には小さな池があり、今夜の丸い月を映し込んでいる。その隣に、もっと小さくてもっと明るい映り込みがあった。それは池の畔に設置されている、石灯篭の明かり。その灯篭の側まで行くと、先生は膝を折って屈み込んだ。ガザゴソと何かを探っている手付きが気になって、先生の後ろにつま先立ちして覗き込む。
「先生? 何をなさっているのですか?」
「有りました。はい、朧。池の水を汲んで下さい」
手渡されたのは小さな手付きの桶だった。早くと急かされて、訳の分からないまま池の水を汲む。
桶の中の水に月が映って、朧は少し楽しくなった。
「ありがとう。では、桶とこれを交換しましょう」
これと言って手渡されたのは、藁の束。
「これは? 藁をどうするのですか?」
細い藁の片側の先端に、泥だろうか? 何か黒い汚れが付いている。高く掲げて、月光に透かして見た。
「朧、こちらにしゃがんで」
桶を足元に置いた先生の隣に、同じ様にしゃがみ込む。
側で見ていると、蝋燭を取り出し石で固定して火を点けた。チロチロと小さな火が、楽しそうに踊る。ますます、朧は楽しくなった。
「先生、この藁を燃やすのですか?」
藁を一本取り出して尋ねる。何か占い的な物だろうかと想像した。
「ええ、燃やしますが……」
先生は朧の手から藁を取り上げ「反対ですよ」と、黒い方を下にしてもう一度持つように手渡す。そして自分も一本持つと、朧に指示した。
「黒い所を火に入れて、そっと引き抜いてみなさい」
「はい、先せっ? わぁああああああっ!」
朧は驚き、大きな声を上げる。手元で火花が散った。
「綺麗でしょう。線香花火というのですよ」
チリチリと細い光の筋で花を描いたような模様が何度も弾ける。儚い夢のような光跡に、朧は目を奪われた。
言葉も無く魅入る朧の姿に、先生は満足そうな笑みを見せる。その瞳には、愛しさが溢れていた。
「朧、今はこれで我慢して下さいね。いつかきっと、お祭り見物もしましょう」
朧はハッと、顔を上げる。視線は線香花火から、先生へと移った。
「我慢だなんて! これ以上は、勿体無いです。先生! 私は、こうして先生と一緒に楽しめることが一番幸せなのです! 先生と一緒でなければ、花火もお祭りも楽しくありません!」
一気にそう言い切った言葉に先生は目を丸くして、それからにっこり笑って返事をする。
「私も、朧と一緒が一番幸せで嬉しいですよ」
互いの言葉が、互いの笑顔を引き出す。そんな幸せの笑みが線香花火の様に弾けて、互いの心の一番柔らかい場所にすとんと落ちた。
了
2019.08.25(SCC関西25無配ペーパー)
朧は襖の前で一礼する。日課である、食事の膳を下げて先生の部屋を出た。
「今夜も沢山食べて下さったな。やはり、お傍で見ていると食べて下さるのだ」
天照院奈落の頭領に仕える少年は、膳に並ぶ空になった食器を見てにっこり微笑む。食が細いのが心配で、食事の膳を運ぶだけでなく時間の取れる時は食事の間中も部屋へ控える事にした。すると、その時は毎回残さず食べてくれるようになった。それがとても嬉しい。
最近は、一緒に食べましょうとまで誘われている。その言葉だけで、十分有難い。頭領と、ただの小姓が食事を共にするなどとんでもない事だと分かっている。
けれど、断る都度に「そうですか」と、淋しそうに微笑まれると心が痛んだ。
「もっと大きくなって、もっともっと先生のお役に立てるように頑張ろう!」
朧は小さな手で拳を作り、改めて決意する。立派な男になって、先生の弟子だと周りからも認められるようになろうと。この先も、先生の側にいる為に。
「っあ! ととっ」
片手で拳を作っていたので、もう片手だけで持っていた膳のバランスが崩れて落としそうになる。慌てて拳を開き、両手で膳を支えた。
「ふぅ。危ない、危ない」
危うく先生の食器を落として割ってしまう所だったと、額の汗を手の甲で拭う。するとまたしても片手になり、同じ事を繰り返した。朧は、二度も落としかけた恥ずかしさにそっと辺りを見回す。
「良かった、誰もいな……?」
中庭にも中庭に面した廊下にも人影は無く、ホッと安心して呟きかけた途中でクスッと忍び笑いが聞こえてきた。朧は驚き、もう一度キョロキョロと見回す。
よく見れば、きっちり閉めた先生の部屋の襖に細い隙間が出来ていた。密かな笑い声は、そこから漏れている。
「あっ!」
「おや、覗きがバレてしまいましたか?」
朧の声に襖は広く開かれ、中から先生が出てきた。足音を立てない歩き方で、朧の側へと近付いて行く。朧の顔は恥ずかしさから真っ赤に染まっていて、言葉も出なかった。
「ああ、すみません。おかしくて笑った訳ではありませんよ。可愛らしかったので、つい」
恥じ入る様子をからかう気は無かったと詫びられたが、朧にとって「可愛い」は同じからかいの部類に入る。
白い肌をますます赤くして、身を縮こまらせた。
二人の間に、無音の時間が流れる。この場の空気を変えるには、どうしたものかと二人して空を見上げた。
「……あ、れっ?」
最初に気が付いたのは朧の方。丸まっていた背中を反らし、首を伸ばす。大きく目を見開いて、夜空を見上げた。その視線の先には、炎の華が咲いている。それは一瞬の煌めきで、大輪の華が開き切るとすぐさま散って消えてゆく。遠く微かに聞こえる、ポンポンッという音はあの華が咲く音なのだろうか?
「花火ですね。今夜は、街のお祭りなのでしょう」
こともなげに、先生がそう話す。しかし、朧にとっては一大事。花火も祭りも聞いた事はあるけれど、見たことも行ったことも無い別世界の物だった。奉公先では、祭りだからと休みにはならない。寧ろ忙しくて仕事に追われ、出掛けることも夜空を眺める暇も無い状態で過ごしていた。外から聞こえるドーンドーンと大きな音だけが花火の記憶で、祭りとなると想像もつかない。
「あれが、花火ですか? お花みたいに、キレイですね!初めて見ました!」
遠い街の遠い花火、形もハッキリとせず、音も微かに響くだけのささやかさ。それを綺麗だとうっとり見上げる朧の頭に、先生の手が置かれる。
「先生?」
きょとんとした眼差しで、先生を見上げた。
そこには優しい微笑みと、少しだけ淋しさを宿す瞳。
「いつか、二人で観に行きましょうね」
朧の顔に、花火より綺麗な笑みが広がった。いつかと、はっきりしない約束にキラキラと瞳を輝かせる。暗殺集団・奈落の頭目がおいそれと祭り見物など行ける訳が無いと分かっていた。それでも、たとえ実現しなくとも、その約束が嬉しくて仕方ない。
「はい! 先生!」
撫でられている頭をゆっくり縦に振り、もう一度夜空を見上げた。黒々とした山の尾根を背景に、光の華が咲いては散ってゆく。刹那の輝きは、朧の瞳に永遠の光を焼き付ける。その輝きは、大事な約束を更に煌めかせた。
先生の手が頭から、肩へとおりてゆく。朧は、甘えるようにその腕に寄り添った。
花火が終わるまで、二人廊下に佇んで。
***
先生と花火を観てから、三日後。
夕餉を食べて湯浴みが済んだら、頭領の部屋へ行くようにと命令を受けた。今夜の片付けは何もしなくて良いと言われ、首を傾げつつ言われた通りに先生の部屋へ向かう。「失礼致します」と、いつものように声を掛け返事があってから襖を開けた。
「おや? 寝間着ではないのですね」
意外そうな顔をされ、朧はキリッと表情を引き締める。
「先生の御用を承るのに、寝間着などでは参りません」
正座をし、頭を下げてから身を起こし誇らしげに胸を張った。
「私の仕事は、先生にお仕えする事ですから」
小さいながらも矜恃を持ち真面目に仕事に向き合う朧の姿は、先生を微笑ませる。
「では、少し私の道楽に付き合って下さい」
手招きして、側に来るよう促す。
「道楽ですか?」
何をするのだろうかと、内心ドキドキして先生の隣に座りなおした。先生は脇に置いていた風呂敷を取り、朧の前で広げて見せる。
「まず、これに着替えて下さい」
それは、子供用の浴衣だった。淡い水色の生地に、トンボ柄が散りばめられている。兵児帯は濃紺色で水色の甘さを引き締め、スッキリした印象を与えた。
「こんな綺麗な着物を、私が着るのですか?」
朧は腰を引き気味に、何かの間違いではないかと尋ねる。見るからに上等そうな生地に、尻込みした。そんな様子を見兼ね、浴衣を強引に朧の身に押し当てる。
「思った通り、君の髪の色には優しい水色が似合いますね。早く着て見せて欲しいのですが…… 君が気に入らないのなら、勿体無いですが雑巾にしてしまいましょう」
ほうっ。っと、わざとらしい溜息をつき浴衣を下ろす。
「ぞ、ぞ、雑巾!?」
驚く朧の目前に、もう一度浴衣を差し出した。
「着ていただけますか?」
にっこりと微笑まれてはもう、着るしかない。朧が浴衣に袖を通すと、先生が帯を締めてくれた。
「ああ! 寸法もぴったりですね!」
「あの、先生。これは、一体?」
「まだ、内緒です。さあ、廊下に出ますよ」
ウキウキと楽しそうな先生に手を引かれ、暗い廊下へと出る。こんな時間からどこかに出かけるのだろうかと思ったが、先生の顔に仮面が無いのでそれは無いと思い直す。では、一体何が? と考えると眉間に皴が寄る。
「そんな難しい顔をしなくとも、すぐに分かりますよ。さ、中庭に出ましょう」
「あ、はい先生」
朧は慌てて、先生の後を追い中庭に出る。折角こんな良い浴衣を着せて頂いているのに、変な顔をしてはいけないと気持ちを切り替えた。
中庭には小さな池があり、今夜の丸い月を映し込んでいる。その隣に、もっと小さくてもっと明るい映り込みがあった。それは池の畔に設置されている、石灯篭の明かり。その灯篭の側まで行くと、先生は膝を折って屈み込んだ。ガザゴソと何かを探っている手付きが気になって、先生の後ろにつま先立ちして覗き込む。
「先生? 何をなさっているのですか?」
「有りました。はい、朧。池の水を汲んで下さい」
手渡されたのは小さな手付きの桶だった。早くと急かされて、訳の分からないまま池の水を汲む。
桶の中の水に月が映って、朧は少し楽しくなった。
「ありがとう。では、桶とこれを交換しましょう」
これと言って手渡されたのは、藁の束。
「これは? 藁をどうするのですか?」
細い藁の片側の先端に、泥だろうか? 何か黒い汚れが付いている。高く掲げて、月光に透かして見た。
「朧、こちらにしゃがんで」
桶を足元に置いた先生の隣に、同じ様にしゃがみ込む。
側で見ていると、蝋燭を取り出し石で固定して火を点けた。チロチロと小さな火が、楽しそうに踊る。ますます、朧は楽しくなった。
「先生、この藁を燃やすのですか?」
藁を一本取り出して尋ねる。何か占い的な物だろうかと想像した。
「ええ、燃やしますが……」
先生は朧の手から藁を取り上げ「反対ですよ」と、黒い方を下にしてもう一度持つように手渡す。そして自分も一本持つと、朧に指示した。
「黒い所を火に入れて、そっと引き抜いてみなさい」
「はい、先せっ? わぁああああああっ!」
朧は驚き、大きな声を上げる。手元で火花が散った。
「綺麗でしょう。線香花火というのですよ」
チリチリと細い光の筋で花を描いたような模様が何度も弾ける。儚い夢のような光跡に、朧は目を奪われた。
言葉も無く魅入る朧の姿に、先生は満足そうな笑みを見せる。その瞳には、愛しさが溢れていた。
「朧、今はこれで我慢して下さいね。いつかきっと、お祭り見物もしましょう」
朧はハッと、顔を上げる。視線は線香花火から、先生へと移った。
「我慢だなんて! これ以上は、勿体無いです。先生! 私は、こうして先生と一緒に楽しめることが一番幸せなのです! 先生と一緒でなければ、花火もお祭りも楽しくありません!」
一気にそう言い切った言葉に先生は目を丸くして、それからにっこり笑って返事をする。
「私も、朧と一緒が一番幸せで嬉しいですよ」
互いの言葉が、互いの笑顔を引き出す。そんな幸せの笑みが線香花火の様に弾けて、互いの心の一番柔らかい場所にすとんと落ちた。
了
2019.08.25(SCC関西25無配ペーパー)