仔ぼろちゃん in 奈落
夕餉の片付けも済み、明日の朝餉の仕込みも済んだ。
もちろん、屋敷に住まう人数分のことなので調理専用の係がいて、朧は下働きの一人でしかなかったが。
それでも、大人の半人前ぐらいには相当する仕事をこなしている。
風呂桶を洗う仕事もしていたが、それでは勉強時間が減ると頭から禁止されてしまった。
代わりに言いつけられたのが、頭の寝具の管理係。
今夜も寝具を整え、枕を置いて部屋に戻ったはずだったが……
住み込みの下男から、頭の伝言が届いた。
「部屋に枕を持ってくるように」という内容だったが、朧は寝具を用意した時にちゃんと枕も置いた記憶がある。
「もしや、枕に何か不具合が?!」
朧は慌てて布団部屋に行ったが、今夜に限って枕は一つも余りが無い。
ここは仕方無い、失礼かもしれないが無いよりはましと自分の枕を持って頭の部屋を訪ねた。
「枕を、お持ちしました」
閉じられている襖に向かって声を掛ける。
「待っていましたよ! さ、入りなさい」
「はい」
頭の声に応えて襖を開けた。中に入って静かに襖を閉める。
頭は寝巻き代わりの浴衣を着て布団の横に座っていた。その布団の上には、ちゃんと枕がある。
ということは、きっと枕に汚れがあったのだと頭を下げて詫びた。
「申し訳ありません!」
「はい、遅かったですね。でも、そんなに謝らなくて構いませんよ」
頭の物言いよりも、優しい笑顔に朧はホッとする。
「では、ここに枕を置いて下さい」
「はい!」
言われた通りの場所に枕を置き、代わりに汚れているだろう枕を引き取ろうとした朧の手を、頭が押さえ込んだ。
「それは、私の枕ですよ?」
「はい、ですから交換を……?」
互いに首を傾げて、見詰め合う。
先に困惑し、近い距離に視線を逸らしたのは朧だった。
理由は分からないけれど、胸の鼓動が速まる。
押さえられた手の甲は熱く熱を放っている気がして、ますます混乱した。
そんな朧の様子にも頓着せず、頭はマイペースで次の指示を出す。
「交換してもいいのですが…… そうですね、朧。では、枕を左側に置いて下さい」
頭の意図は分からないが、とにかく手が解放されたことにホッとして朧は言葉に従った。
布団の上に、枕が二つ。そろえて置き終わると、頭が布団の上に移動して自分の隣の場所を指先で叩く。
「朧は、こちら。右側に座って」
「はい?」
頭に布団の上に座ってよいのだろうかと思いつつ、指示通り右側に座った。
ちょこんと正座をして、膝に両手を乗せる。
「では、明かりを消しますね」
「え?」
頭は素早い動きで明かりを落とし、朧の隣に戻った。
暗い部屋の中、身じろぎすれば触れてしまう様な距離。
何がどうなって、こんな状態に身を置いているのか?
朧の頭の中は、疑問符だらけになった。
「あの、頭? 枕は? 私は、あの?」
もう、何から聞けばよいのか分からない。
「そろそろ、夜は冷えますから」
クスクス笑いと共に囁かれ、肩に温もりを感じた。
そっと押し倒され、上から暖かな布団が掛けられる。
「朧は温かいですね」
薄闇の中、頭の声が耳元で聞こえた。
(えええっ?! 今、俺は頭と一緒に寝ている?)
「私は、あのっ」
頭の中はパニックを起こしているが、頭の前で取り乱してはいけないと、必死に落ち着いた声を出そうと頑張る。
その頑張りを助ける様に、頭の手が布団の上からぽんぽんと朧の胸の辺りを軽くあやす手付きで叩く。
その振動が、とても心地良い。温かい布団に包まれて、頭の体温を感じて……
「頭も、暖かいです」
言葉は自然に零れ出た。
「それは良かった。では、朝までぐっすり眠れますね」
布団の中で、頭が朧に身を寄せる。
朧も遠慮がちに身を預けた。
「おやすみ、朧」
「はい、頭。おやすみなさい」
二人は温もりを分け合って、夢の中へ。
つづく
もちろん、屋敷に住まう人数分のことなので調理専用の係がいて、朧は下働きの一人でしかなかったが。
それでも、大人の半人前ぐらいには相当する仕事をこなしている。
風呂桶を洗う仕事もしていたが、それでは勉強時間が減ると頭から禁止されてしまった。
代わりに言いつけられたのが、頭の寝具の管理係。
今夜も寝具を整え、枕を置いて部屋に戻ったはずだったが……
住み込みの下男から、頭の伝言が届いた。
「部屋に枕を持ってくるように」という内容だったが、朧は寝具を用意した時にちゃんと枕も置いた記憶がある。
「もしや、枕に何か不具合が?!」
朧は慌てて布団部屋に行ったが、今夜に限って枕は一つも余りが無い。
ここは仕方無い、失礼かもしれないが無いよりはましと自分の枕を持って頭の部屋を訪ねた。
「枕を、お持ちしました」
閉じられている襖に向かって声を掛ける。
「待っていましたよ! さ、入りなさい」
「はい」
頭の声に応えて襖を開けた。中に入って静かに襖を閉める。
頭は寝巻き代わりの浴衣を着て布団の横に座っていた。その布団の上には、ちゃんと枕がある。
ということは、きっと枕に汚れがあったのだと頭を下げて詫びた。
「申し訳ありません!」
「はい、遅かったですね。でも、そんなに謝らなくて構いませんよ」
頭の物言いよりも、優しい笑顔に朧はホッとする。
「では、ここに枕を置いて下さい」
「はい!」
言われた通りの場所に枕を置き、代わりに汚れているだろう枕を引き取ろうとした朧の手を、頭が押さえ込んだ。
「それは、私の枕ですよ?」
「はい、ですから交換を……?」
互いに首を傾げて、見詰め合う。
先に困惑し、近い距離に視線を逸らしたのは朧だった。
理由は分からないけれど、胸の鼓動が速まる。
押さえられた手の甲は熱く熱を放っている気がして、ますます混乱した。
そんな朧の様子にも頓着せず、頭はマイペースで次の指示を出す。
「交換してもいいのですが…… そうですね、朧。では、枕を左側に置いて下さい」
頭の意図は分からないが、とにかく手が解放されたことにホッとして朧は言葉に従った。
布団の上に、枕が二つ。そろえて置き終わると、頭が布団の上に移動して自分の隣の場所を指先で叩く。
「朧は、こちら。右側に座って」
「はい?」
頭に布団の上に座ってよいのだろうかと思いつつ、指示通り右側に座った。
ちょこんと正座をして、膝に両手を乗せる。
「では、明かりを消しますね」
「え?」
頭は素早い動きで明かりを落とし、朧の隣に戻った。
暗い部屋の中、身じろぎすれば触れてしまう様な距離。
何がどうなって、こんな状態に身を置いているのか?
朧の頭の中は、疑問符だらけになった。
「あの、頭? 枕は? 私は、あの?」
もう、何から聞けばよいのか分からない。
「そろそろ、夜は冷えますから」
クスクス笑いと共に囁かれ、肩に温もりを感じた。
そっと押し倒され、上から暖かな布団が掛けられる。
「朧は温かいですね」
薄闇の中、頭の声が耳元で聞こえた。
(えええっ?! 今、俺は頭と一緒に寝ている?)
「私は、あのっ」
頭の中はパニックを起こしているが、頭の前で取り乱してはいけないと、必死に落ち着いた声を出そうと頑張る。
その頑張りを助ける様に、頭の手が布団の上からぽんぽんと朧の胸の辺りを軽くあやす手付きで叩く。
その振動が、とても心地良い。温かい布団に包まれて、頭の体温を感じて……
「頭も、暖かいです」
言葉は自然に零れ出た。
「それは良かった。では、朝までぐっすり眠れますね」
布団の中で、頭が朧に身を寄せる。
朧も遠慮がちに身を預けた。
「おやすみ、朧」
「はい、頭。おやすみなさい」
二人は温もりを分け合って、夢の中へ。
つづく