男の価値はデカさじゃない!
誰の声だったのか?
まだ半覚醒の頭では、判断出来なかった。
それでも、この狭い和室で寝泊まりする面子の誰かの声だろうと想像がつく。一緒に攘夷戦争に参加した幼馴染の銀時と高杉か、途中参加した坂本か?
疲労困憊で眠っていたのだ。その睡眠を妨げる要因があるとすれば、声のデカい男。坂本の声の可能性が高い。
(そろそろ起きなければ)
報告書の作成があると、頭では分かっていてもまだ体が動かなかった。横臥している体を前か後に倒せば、その刺激で何とかなるかも知れない。そう思い、体を揺すろうとした時に背後で銀時の声がした。
「改めて見ると、やっぱデカいよなぁ」
「ほうか? ほう変わらんと思うけんど」
少し悔しさの混じる声に、柔らかな方言が応える。
何がデカいのだろうかと、考えつく前に第三の声が提案した。
「重ねてみりゃァ分かるだろ」
高杉の提案が、ぶっきらぼうに響く。その声音は不機嫌だからなのか、呆れているからか判別がつかない。
(身長の事か? だから高杉は、不機嫌なのだろうか?)
だが、身長を比べるのに重ねるとの表現はおかしいだろう。いや、背比べで背中を重ねるか?
「うわぁぁぁ。気持ち悪ぃ、何だよ重ねるってさー」
「この場合、合わせるじゃの。ほれ、下から合わせるか? 先っぽがえいか?」
「おいッ! 何で俺が相手になってんだ。引っ張ってんじゃねェ! テメェの相手は銀時だろーがァ」
「やき、銀時の顔見てみ。思いっきり嫌そうな顔しちゅう」
「いや、だって何かさぁ。合わせた途端、いきなり握り潰されそうな予感すんだもん」
「ほがな事せん」
「ンな事言って、本能的に掴みそうじゃん! ココは、高杉くんから先に試してみよー」
(気持ち悪い? 先っぽって、なんの? 何を、握ると? 掴む?)
主語が分からない曖昧さに、妄想が膨らんでゆく。
声の聞こえ方からして、会話は真後ろで交わされている様だ。つまり座った状態だから、背比べでは無いのだろう。
(こ奴らは、一体なんの大きさを比べようとしているのだ?)
掴むと言うからには、首か腰か手足? しかし、首を握り潰すのは難しい。腰も同様だろう。座っているから、足は除外で構わない。
(では、手か?)
一つ一つ潰して出した答えは、手だった。
(手なら、重ねるも合わせるも有りだな。握手で握り潰すもいけるが)
眠っていた間の会話の流れが分からない以上、憶測にしかならない。目覚めた振りをして会話に加わるか、狸寝入りのまま寝返りを打って薄目で確認してから起きるか判断に迷う。
(手なら構わないが、もしもアッチだったら)
思い浮かんだ、もう一つの部位。敢えて考え無いようにしていた男の印。アッチだった場合、握り合いに巻き込まれる可能性がある。自信が無い訳では無いが、風呂で見た坂本のアレと比べるのは遠慮したい。太さや長さや色を比べる行為に、意味など無いと心の中で叫ぶ。
「くだらねェ。これに、なんの意味があるってんだァ」
高杉が、心の声を代弁してくれた。
「わからん。金時が、大きい言い出したんが発端ぜよ」
(坂本。金時では無い、銀時だ。まあ、そんな事はどうでも良い。その話の流れを追求してくれ。事情が分からねば起きられぬ)
「いや、いや。重ねろったの高杉だからね」
「そもそも、テメェが愚痴愚痴言うからだろうが」
(そうだ、高杉。その『そもそも』を、語ってくれ)
狸寝入りだから、拳を振り上げる事は出来ないが気持ちの上ではイケイケゴーゴーだ。
「こらっ、お前ら静かにしやーせんか。ヅラが寝ちゅうき。起こしちゃかわいそうろう」
坂本の取りなす声が一番うるさくて、寝たふりしているのがバレそうで怖い。ここは一発、怪しまれない様に寝言でも言うべきだろうか?
坂本の声のデカさに突っ込む銀時の声も、こんな時は面倒だと部屋から出ていく高杉の足音も聞こえない。
妙に静かな間が続いた気がする。
これはもしや、起きる絶好の機会なのでは?
そう思った次の瞬間、銀時が悪巧みを告げる時に発する声音が響いた。
「……なぁ」
「ああ」
高杉の低くて、含みのある声に嫌な予感が高まる。
「お前ら、まさか……」
珍しい坂本の小声には疑念と躊躇いが含まれていた。
(え? ちょ、これは、なんか…… 凄く、不味い感じの雰囲気になっていないか?)
「デカさ比べに、仲間外れは良くないよなぁ?」
「俺達は、何事も競い合ってきたしなァ」
「ちょ、お前ら何を考えちゅう?」
銀時と高杉の声には笑いが含まれ、坂本の声だけが微かな震えを帯びている。
(逃げよう!)
直感が危機を告げたが、肩と足を掴まれて身動きが取れなくなってしまった。どっちがどっちか分からないが、銀時と高杉に押さえ込まれているのは分かる。悪ガキ二人が組んだら、何をされるか分からない。いや、言葉から察するにナニの大きさ比べに強制参加させられる。
(最早、狸寝入りしている場合では無い!)
幼馴染二人の手は足と肩にあり、腕までは押えられていない。両手で着物の合わせを押さえれば大丈夫だろう。
後は、坂本さえ動かなければ危機は回避できる筈だ。坂本の声の調子から、乗り気では無いのが分かる。だから、気持ちに少し余裕があった。瞼を上げて銀時と高杉を見据え、何をしていると怒鳴りつければよい。そう算段した。
「うん? そがあに押さえても目を覚まさんとは、てんごうし放題じゃの」
(さ、坂本ぉぉおおおおおお!)
まさかの裏切り! 何故急に、ろくでなし側に加わった? 奴らの間で、目配せでもしたのだろうか?
「じっくり見たことは無かったけど、ちっくと比べさせて貰おうかの」
見えなくとも、のしかかってくるのが気配で分かる。
「まぁ、比べるまでもなくヅラの方が小さいって」
「確かに、細ェからな」
足元から聞こえた銀時と頭上から聞こえた高杉の言葉が、怒りの沸点を飛び越えさせた。
迫り来るだろう裏切り者の坂本には腹パンで、銀時には蹴りをお見舞し、高杉には頭突きを食らわす! その決意と共に、声を張り上げた。
「貴様ら! いい加減にしろッ!」
腹の底から、坂本の声に負けない大きさの声が出る。出だしは良かったが、腹パンを狙った拳はヒラリと躱された。
蹴りを繰り出すも、空振りして足は空を掻く。頭突きに至っては、高杉と目が合いせせら笑われた。
思い描いた反撃が上手くいかず、頭の中で『小さい』『細い』の単語がぐるぐる回る。血圧が上昇し、鼓動が煩い。
(何か、何か言わねば!)
「男の価値は、チンコのデカさでは決まらぬっ!」
勢い良く立ち上がり、拳を振り上げて叫んだ…… つもりだったが、無意識の内に彼らの視線から自尊心を守ろうとしたのだろう。両手は、天ではなく股間を守るように下を向いて合わさっていた。
「……あっ」
失態に気付いても、もう取り戻せない。
高杉は視線を逸らし、失笑していた。銀時は、大爆笑して指差してくる。
「お前、何をゆうちゅう?」
坂本はニヤニヤしながら、両手を開いたり閉じたりしていた。
その怪しい動きから、勘違いに気付く。
誰の袴も乱れていない。つまり、というか、やはり比べていたのは手の大きさだった。
「貴様らァァァ! 紛らわしい事をッ!」
わなわなと、今度こそ拳を振り上げる。
「紛らわしいのは、テメェだろうが」
「狸寝入りで盗み聞きとか、ありえなくね?」
「さすが幼馴染、まさか見破られていたとはな」
振り上げた手を引っ込め、不敵な笑顔で話題を変えることにした。
「で、デカさがやないなら、長さか? ほれとも、太さか?」
坂本が肩に腕を回してきて、話題を引き戻す。
眩暈がしそうになるのを辛うじて堪え、坂本の腕を肩から剝がして捩じり上げた。
「坂本、貴様とは一度デリカシーについて話し合う必要が」
話している途中で、銀時が割り込んでくる。
「ンなの、持続力だって。絶倫こそ男の誉れ! なぁ、お前もそう思うだろ」
確信に満ちた声で、話を高杉に振った。
「馬鹿言ってんじゃねェ。テクニックに勝るものなんざねェよ」
銀時と高杉の絡み合う剣呑な視線に嵐の予感がして、坂本の腕を解放する。くるっと回して、二人の方へと押し出した。
「そういう話は、食堂の隅でやれっ! 俺は書類仕事をするから、貴様らは出て行けっ!」
喧嘩が始まる前に、追い出しをかける。話題も逸れ、比べっこにも巻き込まれるのを回避できたと、文句を並べつつも素直に出てゆく三人の友の背中を見送った。
書き物机に向かって、ぽつりと呟く。
「……男の価値とは、」
思いついた言葉を口にはせず、左右に頭を振って思考から追い出した。
了
かぶき超大集会2025冬にて
まだ半覚醒の頭では、判断出来なかった。
それでも、この狭い和室で寝泊まりする面子の誰かの声だろうと想像がつく。一緒に攘夷戦争に参加した幼馴染の銀時と高杉か、途中参加した坂本か?
疲労困憊で眠っていたのだ。その睡眠を妨げる要因があるとすれば、声のデカい男。坂本の声の可能性が高い。
(そろそろ起きなければ)
報告書の作成があると、頭では分かっていてもまだ体が動かなかった。横臥している体を前か後に倒せば、その刺激で何とかなるかも知れない。そう思い、体を揺すろうとした時に背後で銀時の声がした。
「改めて見ると、やっぱデカいよなぁ」
「ほうか? ほう変わらんと思うけんど」
少し悔しさの混じる声に、柔らかな方言が応える。
何がデカいのだろうかと、考えつく前に第三の声が提案した。
「重ねてみりゃァ分かるだろ」
高杉の提案が、ぶっきらぼうに響く。その声音は不機嫌だからなのか、呆れているからか判別がつかない。
(身長の事か? だから高杉は、不機嫌なのだろうか?)
だが、身長を比べるのに重ねるとの表現はおかしいだろう。いや、背比べで背中を重ねるか?
「うわぁぁぁ。気持ち悪ぃ、何だよ重ねるってさー」
「この場合、合わせるじゃの。ほれ、下から合わせるか? 先っぽがえいか?」
「おいッ! 何で俺が相手になってんだ。引っ張ってんじゃねェ! テメェの相手は銀時だろーがァ」
「やき、銀時の顔見てみ。思いっきり嫌そうな顔しちゅう」
「いや、だって何かさぁ。合わせた途端、いきなり握り潰されそうな予感すんだもん」
「ほがな事せん」
「ンな事言って、本能的に掴みそうじゃん! ココは、高杉くんから先に試してみよー」
(気持ち悪い? 先っぽって、なんの? 何を、握ると? 掴む?)
主語が分からない曖昧さに、妄想が膨らんでゆく。
声の聞こえ方からして、会話は真後ろで交わされている様だ。つまり座った状態だから、背比べでは無いのだろう。
(こ奴らは、一体なんの大きさを比べようとしているのだ?)
掴むと言うからには、首か腰か手足? しかし、首を握り潰すのは難しい。腰も同様だろう。座っているから、足は除外で構わない。
(では、手か?)
一つ一つ潰して出した答えは、手だった。
(手なら、重ねるも合わせるも有りだな。握手で握り潰すもいけるが)
眠っていた間の会話の流れが分からない以上、憶測にしかならない。目覚めた振りをして会話に加わるか、狸寝入りのまま寝返りを打って薄目で確認してから起きるか判断に迷う。
(手なら構わないが、もしもアッチだったら)
思い浮かんだ、もう一つの部位。敢えて考え無いようにしていた男の印。アッチだった場合、握り合いに巻き込まれる可能性がある。自信が無い訳では無いが、風呂で見た坂本のアレと比べるのは遠慮したい。太さや長さや色を比べる行為に、意味など無いと心の中で叫ぶ。
「くだらねェ。これに、なんの意味があるってんだァ」
高杉が、心の声を代弁してくれた。
「わからん。金時が、大きい言い出したんが発端ぜよ」
(坂本。金時では無い、銀時だ。まあ、そんな事はどうでも良い。その話の流れを追求してくれ。事情が分からねば起きられぬ)
「いや、いや。重ねろったの高杉だからね」
「そもそも、テメェが愚痴愚痴言うからだろうが」
(そうだ、高杉。その『そもそも』を、語ってくれ)
狸寝入りだから、拳を振り上げる事は出来ないが気持ちの上ではイケイケゴーゴーだ。
「こらっ、お前ら静かにしやーせんか。ヅラが寝ちゅうき。起こしちゃかわいそうろう」
坂本の取りなす声が一番うるさくて、寝たふりしているのがバレそうで怖い。ここは一発、怪しまれない様に寝言でも言うべきだろうか?
坂本の声のデカさに突っ込む銀時の声も、こんな時は面倒だと部屋から出ていく高杉の足音も聞こえない。
妙に静かな間が続いた気がする。
これはもしや、起きる絶好の機会なのでは?
そう思った次の瞬間、銀時が悪巧みを告げる時に発する声音が響いた。
「……なぁ」
「ああ」
高杉の低くて、含みのある声に嫌な予感が高まる。
「お前ら、まさか……」
珍しい坂本の小声には疑念と躊躇いが含まれていた。
(え? ちょ、これは、なんか…… 凄く、不味い感じの雰囲気になっていないか?)
「デカさ比べに、仲間外れは良くないよなぁ?」
「俺達は、何事も競い合ってきたしなァ」
「ちょ、お前ら何を考えちゅう?」
銀時と高杉の声には笑いが含まれ、坂本の声だけが微かな震えを帯びている。
(逃げよう!)
直感が危機を告げたが、肩と足を掴まれて身動きが取れなくなってしまった。どっちがどっちか分からないが、銀時と高杉に押さえ込まれているのは分かる。悪ガキ二人が組んだら、何をされるか分からない。いや、言葉から察するにナニの大きさ比べに強制参加させられる。
(最早、狸寝入りしている場合では無い!)
幼馴染二人の手は足と肩にあり、腕までは押えられていない。両手で着物の合わせを押さえれば大丈夫だろう。
後は、坂本さえ動かなければ危機は回避できる筈だ。坂本の声の調子から、乗り気では無いのが分かる。だから、気持ちに少し余裕があった。瞼を上げて銀時と高杉を見据え、何をしていると怒鳴りつければよい。そう算段した。
「うん? そがあに押さえても目を覚まさんとは、てんごうし放題じゃの」
(さ、坂本ぉぉおおおおおお!)
まさかの裏切り! 何故急に、ろくでなし側に加わった? 奴らの間で、目配せでもしたのだろうか?
「じっくり見たことは無かったけど、ちっくと比べさせて貰おうかの」
見えなくとも、のしかかってくるのが気配で分かる。
「まぁ、比べるまでもなくヅラの方が小さいって」
「確かに、細ェからな」
足元から聞こえた銀時と頭上から聞こえた高杉の言葉が、怒りの沸点を飛び越えさせた。
迫り来るだろう裏切り者の坂本には腹パンで、銀時には蹴りをお見舞し、高杉には頭突きを食らわす! その決意と共に、声を張り上げた。
「貴様ら! いい加減にしろッ!」
腹の底から、坂本の声に負けない大きさの声が出る。出だしは良かったが、腹パンを狙った拳はヒラリと躱された。
蹴りを繰り出すも、空振りして足は空を掻く。頭突きに至っては、高杉と目が合いせせら笑われた。
思い描いた反撃が上手くいかず、頭の中で『小さい』『細い』の単語がぐるぐる回る。血圧が上昇し、鼓動が煩い。
(何か、何か言わねば!)
「男の価値は、チンコのデカさでは決まらぬっ!」
勢い良く立ち上がり、拳を振り上げて叫んだ…… つもりだったが、無意識の内に彼らの視線から自尊心を守ろうとしたのだろう。両手は、天ではなく股間を守るように下を向いて合わさっていた。
「……あっ」
失態に気付いても、もう取り戻せない。
高杉は視線を逸らし、失笑していた。銀時は、大爆笑して指差してくる。
「お前、何をゆうちゅう?」
坂本はニヤニヤしながら、両手を開いたり閉じたりしていた。
その怪しい動きから、勘違いに気付く。
誰の袴も乱れていない。つまり、というか、やはり比べていたのは手の大きさだった。
「貴様らァァァ! 紛らわしい事をッ!」
わなわなと、今度こそ拳を振り上げる。
「紛らわしいのは、テメェだろうが」
「狸寝入りで盗み聞きとか、ありえなくね?」
「さすが幼馴染、まさか見破られていたとはな」
振り上げた手を引っ込め、不敵な笑顔で話題を変えることにした。
「で、デカさがやないなら、長さか? ほれとも、太さか?」
坂本が肩に腕を回してきて、話題を引き戻す。
眩暈がしそうになるのを辛うじて堪え、坂本の腕を肩から剝がして捩じり上げた。
「坂本、貴様とは一度デリカシーについて話し合う必要が」
話している途中で、銀時が割り込んでくる。
「ンなの、持続力だって。絶倫こそ男の誉れ! なぁ、お前もそう思うだろ」
確信に満ちた声で、話を高杉に振った。
「馬鹿言ってんじゃねェ。テクニックに勝るものなんざねェよ」
銀時と高杉の絡み合う剣呑な視線に嵐の予感がして、坂本の腕を解放する。くるっと回して、二人の方へと押し出した。
「そういう話は、食堂の隅でやれっ! 俺は書類仕事をするから、貴様らは出て行けっ!」
喧嘩が始まる前に、追い出しをかける。話題も逸れ、比べっこにも巻き込まれるのを回避できたと、文句を並べつつも素直に出てゆく三人の友の背中を見送った。
書き物机に向かって、ぽつりと呟く。
「……男の価値とは、」
思いついた言葉を口にはせず、左右に頭を振って思考から追い出した。
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かぶき超大集会2025冬にて
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