ラストダンス

煌めく、シャンデリア。
優雅に流れる、円舞曲。
天井の高い、大理石造りのホールは、着飾った人々で溢れていた。

そこは、夷狄商人来訪のレセプション会場である。

楽し気に談笑する人々や、楽団の奏でる楽曲に合わせて踊るカップル。
彩り豊かで、華やかなドレスの波は、パーティ会場をさながら花園の様に見せる。

その中の一輪の華と化した、桂 小太郎は、怒っていた。


「何がッッッ、婦人同伴のレセプションだ。同伴じゃ無い者が、うじゃうじゃ居るではないか」

恋人である貿易商『快援隊』の社長・坂本 辰馬に、婦人同伴じゃ無いと困るからと頼み込まれ、半ば無理やり 女装させられ、連れて来られたのだった。

踊りながらの文句であったので、語気を荒く出来ずその代わりとばかりに、坂本の足をヒールで踏みつける。

「まっこと、すまんぜよ。招待状に、そう書かれとったがだ」

痛そうに、顔をしかめながらも謝ってくる。
仕事上の事ならば、副社長の陸奥殿に頼めばよいのだ。
わざわざ女装させる手間も、要らぬではないか。

「だったら……陸奥殿を誘えばよかっ」

「それ以上言うたら、怒るぞ!」

「それこそ、おこ」

怒りたいのは俺だッッッ!と続けるつもりが、円舞曲が途切れてしまい、横合いから第三の見知らぬ手が差し伸べられた。

「マダム。どうか、お相手を」

『マダムじゃ無い、桂だ!』
この言葉をグッと呑み込むのも、何度目だろうか?
坂本の手から、見知らぬ男の手へと引き渡される。

「また、後でな」

好都合とばかりに、坂本が離れて行く。

人の気も知らないで……
いや、知っているクセに!
このようなヒラヒラした格好で、女の振りをしているのは誰の為だとッ!

曲が変わる度に、見知らぬ異国の紳士や、坂本の商売仲間だと言う男達に、手を取られて踊る。

何故か、誰一人として俺が男だということに気付かぬ。
あろうことか、口説いて来る者まで現れる始末。

坂本の仕事の為だと、我慢してきたが……
あの馬鹿は、金髪美人にダンスの申し込みばかりしていて、仕事の顔繋ぎなどしている様子も無い。

お前以外の男の腕に、抱かれて踊る俺を置き去りにして!

俺の方など見向きもせず、ダンスの相手に優しく微笑みかけている坂本の姿など、もうこれ以上見たくは無い!

慣れないヒールにダンスと、足が痛む。

「ごめんなさい。もう、足が痛くて……(裏声)」

曲が終わればまた、誰に申し込まれるか分からぬので、相手には悪いが踊りの途中で足を止めた。

「こちらこそ、気付くべきでした。すいません」

慣れた手つきで、肩を抱かれた。
踊りの輪から自然に抜け出せるよう、エスコートされる。
この時になってやっと、踊っていた相手をマトモに見た。

「貴女のように、美しい方は申し込みが途切れず、ずっと踊り続けていたのでしょう」

蒼い瞳が、優しく笑む。
坂本と、同じ色の瞳。
なのに、違って見える。

「此方で少し、休みましょう。そして……」

気付けば、バルコニーまで連れ出されていた。
促されるままに、ベンチに腰掛けると、当たり前の様に隣に座って来る。

「ラストダンスは、私と踊って下さいませんか?」

そっと、手を握られた。
なんだ、コイツは?
まだ、踊りたいのか?

「……ラストダンス?(裏声)」

「はい、今夜 貴女を家まで送り届ける栄誉を、ぜひ私に」

家に来る、だと?
こ奴、もしや幕府側の人間か!?
俺が、攘夷党の党首だと見破ったのかッッッ!

探るように見詰めれば、相手も見返して来る。
……気のせいか?
やけに、顔が近付いてないか?

「ひゃッッッ!?」

いきなりの、浮遊感。

一瞬、何が起こったのか、分からなかった。

後ろから、引き抜かれる様に持ち上げられ、体が浮いたと思ったらもう、ベンチ裏に着地していた。
何事だ!?と、振り返り状況を把握する隙無く、今度は抱き抱えられる。
所謂、お姫さま抱っこ。

見上げれば、怒りに耀く蒼い瞳。
他の誰とも違う、坂本だけの色。
滅多に見せぬ鋭い眼差しが、ベンチの男に向けられていた。

「コイツを口説くとは、おんしゃぁ命が要らんのか?」

口説く?
……アレは、口説き文句なのか?
攘夷党のアジトを捜す為の、会話では無かったのかッッッ!?

呆気にとられて、ベンチ男を見れば「もう、お相手は決まっていたのですね。残念です」と、嫌味なくらい丁寧なお辞儀をして、その場から立ち去った。

ホールから流れてくる、抜け出した時のままの円舞曲。

「何だ?曲の途中ではないか。ダンスの相手は、どうした?」

坂本の腕から、下りようと身動きするが、いっそう強く抱き締められる。

「何だじゃ無い!おんしはっ……」

言葉を、途切らせ溜め息を吐いた。

「いや、全部わしが悪い」

ふんわりと、ベンチに戻され坂本が、足元に跪く。

「無理させて、すまんかった」

先ほどの鋭い眼差しは影を潜め、今は叱られるのを待つ幼子のような瞳をしていた。
そんな瞳で見詰められては、いつまでも腹を立ててはいられぬ。

「もう、よい。俺も少々 感情的になり過ぎた」

身を傾けて、坂本の髪を撫でると、いつもの優しい微笑みが戻って来る。

笑み返せば、手を取られ囁かれる。

「おんしのラストダンスの相手は、わしだけじゃ」

そして、ラストダンスの後も坂本の腕の中―――





2011.10.09


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