Sweet☆Bitter☆Sweet

頭越しに聞こえる、健やかな寝息。
桂は坂本の胸に、しっかり抱き込まれていた。
耳に伝わる夜着越しの規則正しい鼓動が、坂本の寝入った事を教える。

……寝てくれたか。

起こさぬように、そっと巻きついている腕をほどき、布団から抜け出す。
日付が、変わったばかりの深夜。
坂本の体温に包まれていたせいか、火の気の無い台所の空気は殊更冷たく感じ、ストーブに火を入れた。

***

流し台の上には、チョコレート・生クリーム・ココアパウダーにラム酒の小瓶。
トリュフを作る材料が、並んでいた。
そう、日付の変わった今日はバレンタイン・デー!
桂は真剣な面持ちで、それらの製菓材料に向かい合った。

発端は、一昨日。
坂本と共に出掛けた帰り道、見かけた洋菓子店の人だかり。
「凄まじいな……バーゲンでも、しているのだろうか?」
「この時期の菓子の店なら、アレじゃろう」
アレと言われて、首をかしげれば「バレンタインじゃ」と答えが返ってきた。
あぁ、そうかと納得し、通り過ぎようとした。
「何じゃ、興味なさげじゃのう。おんしは、くれんのか?」
「あれは、女の祭りだろう。何故、俺が買わねばならん?」
「ほ……りゃあ、……そうじゃが」
あの時の、坂本のガッカリした表情が不思議だった。
特に、甘いものが好きな訳でも無い筈なのにと……

その翌朝、テレビのアナウンサーの言葉に、その答えを見つけた。
『明日は、バレンタインですね。貴女の想いが、彼に伝わります様に!』
アナウンスは、次の星座占いへと流れていく。

― 想いを、伝える ―

坂本が欲しがったのはチョコでは無く、想いのカタチだったのかと。
我ながら鈍いと、こっそり洋菓子店に向かったが……
バレンタイン前日の店先は鬼気迫るモノがあり、中に踏み入る事が出来なかった。
さて、どうしたものか?と、夕餉の買い物に立ち寄ったスーパーで目に入った、バレンタイン・コーナー。

想いを込めて、手作り!
簡単レシピ付きトリュフチョコ。

そんな販促POPに、つい手に取ってしまった。
今夜、坂本に見つからぬように作って、翌朝 驚かせてやろう。
喜んでくれるだろうか?
緩みそうになる口許を引き締めて、レジへ並んだ。


夜中にトリュフを作るべく夕餉の後、坂本を早々に寝かしつけてしまおうと、床を延べる。
いつもより早い就寝準備に、風呂上がりの坂本が「こたろー」と、猫なで声でめったやたらと懐いてきた。
「先に、寝るぞ」
坂本の思惑は分かったが、敢えて無視して布団を被った。
作った事も無い物に挑戦するのだ、気力・体力を消耗する訳にはいかぬ。
「こた?」
隣に潜り込んでくる坂本に、くるりと背を向ける。
「早く寝ろ」
もぞもぞと、布団の中で坂本の手が蠢く。
その手をはがして、正面へ寝返りを打つ。
「今日は、無しだッ」
キッパリ宣言するが……
「挿れんから……ちょびっとばあ」
と、引寄せられ再びまさぐってくる。
坂本の手を撥ねのけて起き上がり、その蒼い瞳を無言で見詰めた。

喜んで欲しくて、立てた計画……
だからと言って今、嫌では無いのに邪険にしてしまうのは、どうなのだ?
驚かせる事は出来ないが、明日の午前中に作るか。
思案していると、坂本も身を起こし心配そうに、瞳を覗き込んできた。
髪を撫でる手が、頬に触れる指先が、優しい。
「具合いが、悪ぃか?」
「……いや、そうでは無い」
「うん?」
「すまない……」
「気が乗らんばあか、仕方無いの」
肩を抱くように、坂本の腕が回される。
ちゅ、と熱の無い触れるだけの口づけをされ「おやすみ」と、横たえられた。

ひどく切ない気分……
我慢させてしまった分、うんと美味いチョコを作ろう。
「おやすみ、辰馬」
囁くように告げて、居心地の好い坂本の腕の中で目を閉じ、頭を預け眠る振りをした。

***

……美味しいチョコ。
気持ちはそう思っても、初挑戦では中々に難しかった。
チョコを湯煎で溶かして、生クリームとラム酒を加え、冷やして丸めてココアパウダーをまぶす。
レシピを読めば、実に簡単そうなのだが……
念の為と、材料を二分して作ってみた。

1度目は、冷やし過ぎたからなのか?
チョコが固くなり、丸めることが出来なかった。
2度目は、丸める内にチョコが柔らかくなり、歪な形になる。
ブロックの様なチョコと、スライムの様なチョコ。
各々、味見してみれば……不味い。
菓子作りが、これほど難しいとは!?
料理のように上手くいかず、落ち込んだ。
「コレでは、辰馬にやれぬな」
勿体無いが食べれぬと、ため息まじりに呟いた時、背後から笑い声がした。
「夜中に何をしちょるかと思えば……甘い匂いじゃのぉ」
いつの間に、起きて来たのか?
横合いから、チョコをつまみ食いする。
「……」
「不味いだろ、無理して食べず吐き出せ」
「いいや、甘いぜよ」
「嘘は、要らぬ」
俯いた顔を掬い上げられ、腰から引寄せられた。
吐息がかかる近い距離で蒼い瞳が甘く笑み、艶を帯びた低音の声が耳許に響く。
「おんしが食べさせてくれたら、もっと甘うなる」
坂本の大きな手が桂の手に添えられ、チョコを口に放り込むよう促す。
ひと欠片づつ食べさせると、不意に指先を嘗められた。
手首を握られ、引くこともかなわず、ただその赤い舌がココアパウダーを嘗め取ってゆく様を、見せつけられる。
掌や指間にまで舌が這わされて、じわじわと身内に熱が広がってゆく。
指を付け根まで咥え込まれ、しゃぶられて思わず吐息を、漏らしてしまった。
「ばか……者、指を食うなっ」
「ん、感じたか?」
指を解放し、ニヤニヤと聞いてくる。
「違っ……だッ、誰が……貴様、不味いチョコで頭がおかしくなったのだろう!?」
「おんしが、わしに作ってくれた物が、不味い訳無かろう」
ヒョイと、自分で摘んで食べて見せる。
「甘い」
蕩けるような、微笑をくれた。
その笑みに、ますます身内が熱くなる。
「……嘘つきめ」
火照りを誤魔化すつもりで、そう吐けば。
髪を引っ張られ、口づけされた。
「ン…んぅ……!?」
口腔内に、坂本の舌と蕩けたチョコの欠片が入ってくる。
互いを貪り合う熱でチョコは溶け、残るはラム酒のキツい香り。
ぼぅっとなった頭に、坂本の声だけが甘く耳に響く。
「ほら、甘いじゃろ?」
黙って頷けば、口づけは更に深さを増した。

チョコと一緒に、坂本の熱で蕩かされてしまったsweet Valentine's day




2012.2.3

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