金の環
珍しく早起きした坂本は、ずっとソワソワしっぱなしだった。
何度も部屋と縁側を行き来し、落ち着かない。
「おい、辰馬。鬱陶しいぞ」
飲みかけの食後のお茶を、卓袱台に置いて見上げる。
「ひやいことを、言うな」いつもなら、すぐ隣に腰掛けて来るのに、今日は立ったまま。
「時刻は分かっているのだから、落ち着いて待てば良いではないか。そういうのは、見慣れているのでは無いのか?」
テレビのニュースでやっていた、金環日蝕の話題。
宇宙を旅する坂本が、ああまでソワソワする理由が分からない。
神秘の眺めなど、見慣れているのではないのか?
「小太郎。今日の会合は?」
俺の疑問には答えず、もう何度も聞かれた問いに溜め息で返す。
朝から攘夷党の会合の有無を、しつこく確認され続けた。
無い。と言う返事を聞いているのか、いないのか?
また、空を見上げに行ってしまう。
こんなにソワソワされるものだから、密かに楽しみにしていた俺もつられて、ドキドキしてきた。
頃合いかと、縁側に立つ坂本の隣に座る。
「そろそろ、じゃのぅ」
ボソッと呟き声に次いで、背中に暖かい温度を感じた。
後ろからすっぽりと抱き竦められ、肩越しに妙な形をした眼鏡を差し出される。
「ほれ、こた」
何か分からず見ていると、髪を掬われ眼鏡を掛けるよう促された。観測用の眼鏡だと、言われる。
また贅沢な。と返せば、そのまま見ては眼をやられると、珍しく真面目に諭された。
やはり、いつもの坂本では無いような……
「余りベタベタするな、見苦しい」
肩から首と、腰から腹へ。
それぞれ片腕づつ、回され身体を密着してくる。
「誰も見やぁせん」
軽く肩口に顎を乗せて、空を見ろと促された。
「始まったぜよ」
見上げれば、辺りは思っていたほど暗くはならず薄暮の色合い。
少しづつ太陽が闇色の月に侵食されてゆく。
その神秘の風景に、我知らず身体に回された坂本の腕に手を添えていた。
「……凄いな」
他に、言葉が出ない。
「太陽が、月を抱き込んじゅうようじゃな」
抱き込む腕が解かれ、感じた寂しさに振り向いてしまう。
「辰馬……」
「こたも、あのお月さんみたいに大人しく、わしの腕ン中に居ってくれたらのお」
「ばか者。ここに、大人しく居てやってるだろう」
違う……坂本の揶揄した言葉は、攘夷活動の事。
けれどまだ、共に宇宙へと行けぬから、掏り替えた。
「……そうじゃな」
俺の狡さを、苦笑で流す。
そうやって、お前はいつも俺を赦し、甘やかし続ける。
俺も同じように、お前を甘やかしたい。
お前を、癒せる存在でありたいと思う。
「こた」
坂本が、自分と俺の眼鏡を取り去る。
「なんだ?」
左手を取られ、薬指に細い金の指輪を填められた。
「……これ…は?」
「おんしゃぁ、わしのもんじゃ」
再びぎゅっと、抱き込まれる。
「この環っかは、ずっと小太郎がわしの唯一の人じゃという証だ」
熱を持った、真摯な言葉。
坂本の、唯一の証。
胸に沁みていく、暖かな想い。
坂本の腕の中で身を捩り、蒼い瞳を見上げる。
「今更、必要無……ンっ…」
物より、その想いが嬉しいと、伝える前に唇を塞がれた。
「愛しちょる……好きじゃ……こた…」
口づけの合間、合間に、囁かれ、その舌に翻弄される。
「ん、んっ、たつ…ま……」
応えるだけで精一杯で、返す言葉も考えられなくなった。
喉を鳴らして、唾液を飲み込んだところで、一旦 唇が離れる。
「わしの、我儘じゃ。目に見える証で、おんしを縛りたい。填めてくれるか?」
「本当に、今更な男だ。もう、填めているだろう」
「一生、外させんぞ」
「わかっ……」
熱い眼差しに、笑んでみせればまた、降りてくる唇。
「ばか者……日蝕が、…見れな…」
「太陽と月が離れていくとこなんぞ、見とう無い」
強い光を湛えた蒼い瞳に、見詰められ視線が外せなくなる。
グイッと膝裏に手を入れ、横抱きにされた。
「おんしは、わしだけ見とけ」
片手で背を支えられ、もう片方の手が着物の裾を割り入り込む。
「ふぁッ!?……貴様、朝っぱらか…ァ…」
下衣の布越しに、撫で上げられて吐息が漏れた。
責めるように上目遣いで睨み据えても、坂本に悪怯れる様子は無い。
どころか、悪戯っぽい笑みを見せ言い放つ。
「会合の予定は、無いんじゃろう」
会合の有無を聞いたのは、最初からこのつもりだったのかと気付いた所で、もう拒めはしない。
「ばっ…かも……、ここはっ」
「縁側じゃなきゃ、えいがだな」
言うが早いか、さっと抱き上げられた。
余りな勢いで、咄嗟に坂本の肩にしがみつく。
「わしも、ハメさせて貰うき」
ちゅっと、無防備になった首筋を吸われ、思わず指先で坂本の服地を握り締めた。
「破廉恥な、言い方を!」
アッハッハッと笑って、行儀悪く障子を足で閉める。
その最後の瞬間射し込んだ陽の光が、キラリと金の指輪に反射した。
空から消えた金の環が、この指に宿ったような……
太陽はお前、月は俺。
重なる二人を絆する、金の環。
願わくは、誓いは永遠に―――
2012.05.21
金環日蝕の日に
何度も部屋と縁側を行き来し、落ち着かない。
「おい、辰馬。鬱陶しいぞ」
飲みかけの食後のお茶を、卓袱台に置いて見上げる。
「ひやいことを、言うな」いつもなら、すぐ隣に腰掛けて来るのに、今日は立ったまま。
「時刻は分かっているのだから、落ち着いて待てば良いではないか。そういうのは、見慣れているのでは無いのか?」
テレビのニュースでやっていた、金環日蝕の話題。
宇宙を旅する坂本が、ああまでソワソワする理由が分からない。
神秘の眺めなど、見慣れているのではないのか?
「小太郎。今日の会合は?」
俺の疑問には答えず、もう何度も聞かれた問いに溜め息で返す。
朝から攘夷党の会合の有無を、しつこく確認され続けた。
無い。と言う返事を聞いているのか、いないのか?
また、空を見上げに行ってしまう。
こんなにソワソワされるものだから、密かに楽しみにしていた俺もつられて、ドキドキしてきた。
頃合いかと、縁側に立つ坂本の隣に座る。
「そろそろ、じゃのぅ」
ボソッと呟き声に次いで、背中に暖かい温度を感じた。
後ろからすっぽりと抱き竦められ、肩越しに妙な形をした眼鏡を差し出される。
「ほれ、こた」
何か分からず見ていると、髪を掬われ眼鏡を掛けるよう促された。観測用の眼鏡だと、言われる。
また贅沢な。と返せば、そのまま見ては眼をやられると、珍しく真面目に諭された。
やはり、いつもの坂本では無いような……
「余りベタベタするな、見苦しい」
肩から首と、腰から腹へ。
それぞれ片腕づつ、回され身体を密着してくる。
「誰も見やぁせん」
軽く肩口に顎を乗せて、空を見ろと促された。
「始まったぜよ」
見上げれば、辺りは思っていたほど暗くはならず薄暮の色合い。
少しづつ太陽が闇色の月に侵食されてゆく。
その神秘の風景に、我知らず身体に回された坂本の腕に手を添えていた。
「……凄いな」
他に、言葉が出ない。
「太陽が、月を抱き込んじゅうようじゃな」
抱き込む腕が解かれ、感じた寂しさに振り向いてしまう。
「辰馬……」
「こたも、あのお月さんみたいに大人しく、わしの腕ン中に居ってくれたらのお」
「ばか者。ここに、大人しく居てやってるだろう」
違う……坂本の揶揄した言葉は、攘夷活動の事。
けれどまだ、共に宇宙へと行けぬから、掏り替えた。
「……そうじゃな」
俺の狡さを、苦笑で流す。
そうやって、お前はいつも俺を赦し、甘やかし続ける。
俺も同じように、お前を甘やかしたい。
お前を、癒せる存在でありたいと思う。
「こた」
坂本が、自分と俺の眼鏡を取り去る。
「なんだ?」
左手を取られ、薬指に細い金の指輪を填められた。
「……これ…は?」
「おんしゃぁ、わしのもんじゃ」
再びぎゅっと、抱き込まれる。
「この環っかは、ずっと小太郎がわしの唯一の人じゃという証だ」
熱を持った、真摯な言葉。
坂本の、唯一の証。
胸に沁みていく、暖かな想い。
坂本の腕の中で身を捩り、蒼い瞳を見上げる。
「今更、必要無……ンっ…」
物より、その想いが嬉しいと、伝える前に唇を塞がれた。
「愛しちょる……好きじゃ……こた…」
口づけの合間、合間に、囁かれ、その舌に翻弄される。
「ん、んっ、たつ…ま……」
応えるだけで精一杯で、返す言葉も考えられなくなった。
喉を鳴らして、唾液を飲み込んだところで、一旦 唇が離れる。
「わしの、我儘じゃ。目に見える証で、おんしを縛りたい。填めてくれるか?」
「本当に、今更な男だ。もう、填めているだろう」
「一生、外させんぞ」
「わかっ……」
熱い眼差しに、笑んでみせればまた、降りてくる唇。
「ばか者……日蝕が、…見れな…」
「太陽と月が離れていくとこなんぞ、見とう無い」
強い光を湛えた蒼い瞳に、見詰められ視線が外せなくなる。
グイッと膝裏に手を入れ、横抱きにされた。
「おんしは、わしだけ見とけ」
片手で背を支えられ、もう片方の手が着物の裾を割り入り込む。
「ふぁッ!?……貴様、朝っぱらか…ァ…」
下衣の布越しに、撫で上げられて吐息が漏れた。
責めるように上目遣いで睨み据えても、坂本に悪怯れる様子は無い。
どころか、悪戯っぽい笑みを見せ言い放つ。
「会合の予定は、無いんじゃろう」
会合の有無を聞いたのは、最初からこのつもりだったのかと気付いた所で、もう拒めはしない。
「ばっ…かも……、ここはっ」
「縁側じゃなきゃ、えいがだな」
言うが早いか、さっと抱き上げられた。
余りな勢いで、咄嗟に坂本の肩にしがみつく。
「わしも、ハメさせて貰うき」
ちゅっと、無防備になった首筋を吸われ、思わず指先で坂本の服地を握り締めた。
「破廉恥な、言い方を!」
アッハッハッと笑って、行儀悪く障子を足で閉める。
その最後の瞬間射し込んだ陽の光が、キラリと金の指輪に反射した。
空から消えた金の環が、この指に宿ったような……
太陽はお前、月は俺。
重なる二人を絆する、金の環。
願わくは、誓いは永遠に―――
2012.05.21
金環日蝕の日に
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