なないろ☆レインドロップス
近所の公園に咲く紫陽花が見頃だと、坂本辰馬と桂小太郎は散歩がてら花見に出かけた昼下がり。
公園の前に着く頃、ポツリと小さな雨粒がニ人の髪や肩を湿らせた。
手近な店で傘を買い求め、そのまま公園の中へと入り、くだんの紫陽花が群生している花壇前へと辿り着く。
そこには青紫に色付いた紫陽花が、鮮やかな傘のように雨空の下、賑やかに咲き揃っていた。
暫し眺め楽しんだが、篠突く雨のせいで二人は花見に集中出来なくなる。
桂は、視線を降る雨に向けて呟いた。
「……よく降るな」
「ほうじゃのー、よお降りよる」
坂本の呑気さを含んだ返事に、チラッと視線を移す。
降り始めた雨に家へ引き返そうと提案した桂を、坂本が止めた。では傘をと、二本買おうとしたのだが、それもまた……
桂は含みを持たせた声音で、先ほど店内でのやり取りを思い出させようとした。
「通り雨だから、傘は一本でいい。と言った、馬鹿者は誰だ?」
「あっははは、誰じゃろなぁ?」
言った本人が、他人事のように笑う。
「もう、良いッ。全くお前は、」
暖簾に腕押しと脱力しかけた桂の瞳に、坂本の傘を持っていない方の肩が映った。よく見れば、肩だけで無く腕まで雨に濡れている。
傘は桂を中心に翳され、坂本は自分が濡れるのに頓着していなかった。
そんな気遣いに気が付かず、責める言葉を吐いてしまったのが情け無い。だが、最初から二本傘を買っていればこんな事はなかったのだと、もどかしく語調は荒くなる。
「おい!傘も、まともに持てんのか?肩が、濡れているでは無いか!」
「うん?」
その言葉で、今気が付いたような顔をしてとぼける坂本に、桂は食ってかかった。
「貸せ!真っ直ぐ持てぬなら、俺がさす」
手元から傘を奪おうとする桂の手を、やんわりと制して坂本は笑顔をみせる。
「なんちゃーがやないぜよ。ちゃんと、持つからおんしは大人しく立ってればいいよ。雨に濡れて、風邪でも引いたらおおごとだ」
「生憎だが、俺はそんなヤワでは無いぞ。子供の頃から、風邪なんぞ患った事も無いわ。ほら、早く傘を渡せ。お前が風邪を引いてしまう」
お姫様扱いに文句を言いたいが、その間にも坂本が濡れ続ける方が心配だった。
「ほりゃ、凄い!ちっくと、その元気を分けてくれんか?」
「分ける?なにを、言っ、んっ」
憂い顔の桂を引き寄せ、言葉途中の唇を唇で塞ぐ。軽く触れ合わせるだけの優しいキスに、桂の愁眉が開く。
「元気、ごちそうさんぜよ」
「ば、ば、ばっか者ッ!こんな所で、ふざけた真似ッ」
「ふざけちょらんよ。おんしが、好きやきキスしたばあだ」
「だからと言って、場所を選ばぬか!」
坂本の満足気な顔に、桂の怒りの矛先が変わる。心配も情けなさも憤りも何もかもが吹き飛んで、唯々照れ臭い。
照れ隠しに、怒鳴る事しか出来ない。
「雨の公園になんか誰も来はせんから、ほがーに怒るな。別嬪さんがちゃっちゃじゃよ」
「顔の事なぞ、どうでも良い!」
「わしゃ、好きじゃよ。外見も中身も全部含めて、小太郎が好きじゃ」
照れている事を見透かし、あやす様に桂の頬を撫でる。
「おんしは?」
黒い瞳を覗き込んで、問い掛けた。
余りにも真っ直ぐな蒼い瞳に、誤魔化しが利かなくなる。
「……だ」
誠意には誠意で応えたいと、生来の真面目さで持って返事を返すが、照れが勝ち囁き声になる。
小さな声は雨音に邪魔されたのか、坂本に問い返されてしまった。
「うん?なんじゃ?」
「好きだ!」
二度も言えるかとばかりの、大声を出す。これで聞こえないなら、もう言わぬと口元を引き締める。
「おん!ちゃんとゆうて貰えると、照れるのぉ」
ハッキリ明瞭な答えに、坂本が破願した。滅多に聞けない素直な好意の言葉が、嬉しくて仕方ない。
喜びに坂本の頬が上気すると、釣られて桂も頬を染めた。
「っ、お前が、照れるな。俺まで恥ずかしくなるだろうが」
相合傘の下、横並びはとっくに向かい合わせで、傍から見る方が恥ずかしいぐらい寄り添っている事に気付かないまま、更に二人は身を寄せる。
「じゃー今度は詫びの気持ちを込めて、なっ」
「だか…らっ…」
「なんちゃーがやない、傘で見えんよ」
近付く唇の距離、桂の抵抗はあっさりと論破された。
坂本が傘の柄を滑らせ、傘の角度を変える。その内側は、雨とは違う水音が響く。
やがて密着度の増していた身が、少し離れて傘がグイッと持ち上がる。
「雨、上がったのぉ」
弾んだ声に、桂も空を見上げた。
いつの間にか雨は上がり、初夏の空には七色の虹。
紫陽花の葉に残る雨粒が、キラキラと輝いて虹色を映していた。
了
2015.06.10
公園の前に着く頃、ポツリと小さな雨粒がニ人の髪や肩を湿らせた。
手近な店で傘を買い求め、そのまま公園の中へと入り、くだんの紫陽花が群生している花壇前へと辿り着く。
そこには青紫に色付いた紫陽花が、鮮やかな傘のように雨空の下、賑やかに咲き揃っていた。
暫し眺め楽しんだが、篠突く雨のせいで二人は花見に集中出来なくなる。
桂は、視線を降る雨に向けて呟いた。
「……よく降るな」
「ほうじゃのー、よお降りよる」
坂本の呑気さを含んだ返事に、チラッと視線を移す。
降り始めた雨に家へ引き返そうと提案した桂を、坂本が止めた。では傘をと、二本買おうとしたのだが、それもまた……
桂は含みを持たせた声音で、先ほど店内でのやり取りを思い出させようとした。
「通り雨だから、傘は一本でいい。と言った、馬鹿者は誰だ?」
「あっははは、誰じゃろなぁ?」
言った本人が、他人事のように笑う。
「もう、良いッ。全くお前は、」
暖簾に腕押しと脱力しかけた桂の瞳に、坂本の傘を持っていない方の肩が映った。よく見れば、肩だけで無く腕まで雨に濡れている。
傘は桂を中心に翳され、坂本は自分が濡れるのに頓着していなかった。
そんな気遣いに気が付かず、責める言葉を吐いてしまったのが情け無い。だが、最初から二本傘を買っていればこんな事はなかったのだと、もどかしく語調は荒くなる。
「おい!傘も、まともに持てんのか?肩が、濡れているでは無いか!」
「うん?」
その言葉で、今気が付いたような顔をしてとぼける坂本に、桂は食ってかかった。
「貸せ!真っ直ぐ持てぬなら、俺がさす」
手元から傘を奪おうとする桂の手を、やんわりと制して坂本は笑顔をみせる。
「なんちゃーがやないぜよ。ちゃんと、持つからおんしは大人しく立ってればいいよ。雨に濡れて、風邪でも引いたらおおごとだ」
「生憎だが、俺はそんなヤワでは無いぞ。子供の頃から、風邪なんぞ患った事も無いわ。ほら、早く傘を渡せ。お前が風邪を引いてしまう」
お姫様扱いに文句を言いたいが、その間にも坂本が濡れ続ける方が心配だった。
「ほりゃ、凄い!ちっくと、その元気を分けてくれんか?」
「分ける?なにを、言っ、んっ」
憂い顔の桂を引き寄せ、言葉途中の唇を唇で塞ぐ。軽く触れ合わせるだけの優しいキスに、桂の愁眉が開く。
「元気、ごちそうさんぜよ」
「ば、ば、ばっか者ッ!こんな所で、ふざけた真似ッ」
「ふざけちょらんよ。おんしが、好きやきキスしたばあだ」
「だからと言って、場所を選ばぬか!」
坂本の満足気な顔に、桂の怒りの矛先が変わる。心配も情けなさも憤りも何もかもが吹き飛んで、唯々照れ臭い。
照れ隠しに、怒鳴る事しか出来ない。
「雨の公園になんか誰も来はせんから、ほがーに怒るな。別嬪さんがちゃっちゃじゃよ」
「顔の事なぞ、どうでも良い!」
「わしゃ、好きじゃよ。外見も中身も全部含めて、小太郎が好きじゃ」
照れている事を見透かし、あやす様に桂の頬を撫でる。
「おんしは?」
黒い瞳を覗き込んで、問い掛けた。
余りにも真っ直ぐな蒼い瞳に、誤魔化しが利かなくなる。
「……だ」
誠意には誠意で応えたいと、生来の真面目さで持って返事を返すが、照れが勝ち囁き声になる。
小さな声は雨音に邪魔されたのか、坂本に問い返されてしまった。
「うん?なんじゃ?」
「好きだ!」
二度も言えるかとばかりの、大声を出す。これで聞こえないなら、もう言わぬと口元を引き締める。
「おん!ちゃんとゆうて貰えると、照れるのぉ」
ハッキリ明瞭な答えに、坂本が破願した。滅多に聞けない素直な好意の言葉が、嬉しくて仕方ない。
喜びに坂本の頬が上気すると、釣られて桂も頬を染めた。
「っ、お前が、照れるな。俺まで恥ずかしくなるだろうが」
相合傘の下、横並びはとっくに向かい合わせで、傍から見る方が恥ずかしいぐらい寄り添っている事に気付かないまま、更に二人は身を寄せる。
「じゃー今度は詫びの気持ちを込めて、なっ」
「だか…らっ…」
「なんちゃーがやない、傘で見えんよ」
近付く唇の距離、桂の抵抗はあっさりと論破された。
坂本が傘の柄を滑らせ、傘の角度を変える。その内側は、雨とは違う水音が響く。
やがて密着度の増していた身が、少し離れて傘がグイッと持ち上がる。
「雨、上がったのぉ」
弾んだ声に、桂も空を見上げた。
いつの間にか雨は上がり、初夏の空には七色の虹。
紫陽花の葉に残る雨粒が、キラキラと輝いて虹色を映していた。
了
2015.06.10
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