元気な君が好き
「この公園で、良いはずだが?」
桂は町外れにある公園の入口に立って、ひと息つく。
相棒のエリザベスと夕餉の買い物中に、坂本から『見せたいものがあるから、町外れの公園まで来てくれ』と、書かれたメールが届いたのだ。
「じきに日も暮れるというのに、一体何を……?」
独り言を続けながら、辺りを見回す。
だが、坂本らしい人影はどこにも見えなかった。
もう少し早い時間なら公園内を捜し歩いても良いが、秋の日はつるべ落とし。
すぐに、暗くなってしまうだろう。
桂は、懐から携帯電話を取り出し坂本にかけた。
「……うむっ?」
コール音を、十数えても出ない。
数十分前に連絡があったのに、出ないとは何事かあったのだろうかと、コールを続けながら足早に公園内に入り込む。
入り口近くの花壇を抜けきる前に、留守電に切り替わってしまった。
桂は、首を傾げつつも電話を切る。
自分のように、指名手配犯では無いのだ。
坂本が、そうそう妙な事に巻き込まれることも無いだろう。
そんな気持ちで、歩みを進めた。
低木に仕切られた遊歩道から、広い遊戯場に出る。
さすがに夕刻も遅くでは小さな子供の影は無く、砂場やブランコ、滑り台といった遊具が寂しく佇んでいた。
ここが町中の公園であれば、デート中のカップルや浮浪者が彷徨いていただろう。
人気の無い遊戯場を抜けて、さらに奥へと入って行く。
町外れだけあって、敷地内は散策用の歩道や幾つかの遊戯場、グラウンドに小さな湖と小高い丘と、贅沢に土地を使っている。
電話で居場所を確認出来ないとなると、結構厄介な場所だ。
「……どちらに行くか?」
歩道が二股に別れている場所で、標示を前に立ち止まる。
右に行けば貸しボートのある湖前に、左に行くとグラウンドに出るようだ。
坂本が居るとすれば、湖の方だろうか?
しかしグラウンドを抜けると、その先には小高い丘があり見晴らしが良さそうに思える。
そちらに居そうな可能性も、捨てきれない。
「もう一度、かけてみるか」
明かりの少ない公園内で無駄足を踏むよりはと、携帯電話を引き出すのに懐を探るっていると、大声が冷たい風に運ばれて来た。
「いかーんっ!! 大暴投ぜよっ!」
どんな場所にいても、坂本だと分かる明るい声。
どうやらグラウンドの方にいるようだと懐を探っていた手を止めて、早足で声を頼りに歩きだす。
辿り着いたグラウンドには、坂本以外にも人影があった。
それも小柄な、いや、年の頃なら十かそこらだろうかという子供たちの姿。
子供特有の甲高く弾ける笑い声や、「回れ! 回れ!」との掛け声。
坂本は子供たちに混ざって、草野球に興じていた。
子供相手だからだろうか、珍しくサングラスも外している。
グラウンドの片隅にあるベンチに、赤いコートと白いマフラーが一纏めに掛けてあった。
きっと、サングラスと携帯電話はあのコートの中なのだろう。
それなら、電話に出ないのも納得がゆく。
グラウンドの中心に立って投手を務めている坂本は、遠目に見ても楽しそうだった。
(見せたかったのは、この試合か? それとも、チームメイトだろうか?)
試合の邪魔をしないようそっと、ベンチの方へ向かい坂本のコートを膝に置いて腰掛ける。
気配を消していたつもりだったが、子供の一人が気が付き指差してきた。
つられて、他の子供たちの動きも止まる。
「小太郎っ!」
坂本も気が付き、桂に向かって駆け出した。
試合も中断し、子供たちのブーイングにも気付いていないのか?
一直線に駆け寄ってくる坂本の姿に、呆れ半分・嬉しさ半分の気持ちになる。
「すみやーせん! ほんのちっくとの間ばあのつもりで、代理のピッチャーようようったばあじゃったがに、夢中くじゅうて ばっさりいった!」
頭上高くパンっと音がするほど強く両手を合わせ、頭は思いっきり下げて謝ってきた。
よほど必死なのだろう、訛りが酷くなっている。
「大丈夫だ。それよりも、子供たちが怒っているぞ」
ほらっと、グラウンドを指差す。
「おん! すまんぜよ」
振り返る坂本の周りに、子供たちが集まってくる。
中断させてしまった責任は自分にもあると、一緒に謝ってやるかと口を開きかけるが……
意外にも、子供たちの方からあっさりお許しが出た。
「しかたねぇなぁ。いいよ、もう暗くなるし」
「あそこ、行くんだろ。早くしないと見れないぞ」
子供たちの口調から、坂本が何を見せたいのか知っている様子が伺える。
だからこその、お許しなのだろう。
坂本は、一人一人に詫びたり礼を言ったりして頭を撫でてゆく。
どの子もニコニコと嬉しそうで、坂本と遊んでいた時間が楽しかったのが分かる。
彼の老若男女関係ない人誑しぶりは健在のようだと、誇らしくありつつも複雑な思いが桂の胸を掠めた。
「じゃあ、行くぜよ!」
ぐいっと、腕を引かれてハッとする。
子供たちに向けて言った言葉では無かった事に気付く。
「えっ、どこへ?」
「着いてからの、お楽しみじゃあ! ほれ、早く!」
手を振る子供たちに「気を付けて帰るんじゃよ」と別れの挨拶を交わしながら、グラウンドの反対側の出口へと向かう。
丁度、小高い丘のある方角へ。
掴まれた腕は離して貰えず、坂本のコートを持ったままなのも気になった。
風邪を引かれた日には、どんな甘えん坊になるやらと、緩みかけた口元を自覚して正気に戻る。
とにかく、坂本にコートを着せなければと桂は立ち止まった。
「おい、引っ張らずとも歩ける」
立ち止まる為言った言葉に反応して、坂本が振り返る。
「ほれじゃー、優しくエスコートするがよ」
坂本は軽く身を屈め、桂の手を取って優雅に一礼してみせた。
ふざけた仕草だが、坂本がすると実に様になる。
うっかり見惚れそうになったが、ここで甘やかしては街中でもやりそうだと軽く往なした。
「調子に乗るな、ばか者」
取られた手を、ぽんと叩いて離す。
「ありぁ、つれんのぉ」
本気か冗談か分からない口調でそう言ってから、笑い声を上げた。
「急ぐにしても、コートぐらい着ろ。風邪をひくだろう」
桂は、手にしたコートを坂本に着せ掛ける。
「小太郎は、優しいのぉ」
マフラーをかけ易くするために屈んだ坂本の蒼い瞳が、桂の黒い瞳を優しく覗き込む。
「好きぜよ」
囁きと共に唇を寄せられた。小鳥が啄むような軽い口づけ。
「貴様はっ……全くッ」
「おんしも、風邪ひかんようにのっ。おまじないちや」
坂本は、指先で桂の頬をちょんと突く。
微かに赤面しているのが、可愛くて仕方無いというように。
触り心地の良い肌にもっと触れていたいが時間が無いと言った未練の残る様子で、桂の手からマフラーを取り上げて長い黒髪ごと巻いてやる。
「ほれ、はよっ!」
急かして桂の文句を防ぎ、今度は手を取って引き寄せた。
共に、目的地の丘を目指す。
丘の上は、落ちてゆく夕陽に染まり何もかもが茜色だった。
町外れだから、夕陽を遮る高い建物の影も無い。
燃えるような空は、ちょっとした一大パノラマだ。
遥か上空は闇のベールが下り始め、空を流れる雲は刻一刻と綺麗な濃淡に彩られる。
明るいオレンジから紅へと、圧倒的な夕陽の色が辺りを支配する。
「江戸でも、このような夕陽が見られるのだな……」
坂本の肩に頭を預け、沈む太陽が魅せる夕刻の風景に見入った。
「坊主どもが教えてくれた、とっておきやか」
桂の肩を抱き、丘に生えている疎らな木々の方へと導く。
「とっておき?」
「うん、このへんじゃ……と、あった!」
嬉しそうに大声を上げる坂本の指差す先を、桂も見上げた。
そこだけ、木々の生えている間隔が狭い。
それの為、密集した枝が重なり夕陽を区切る額縁の様になっていた。
「いやぁ、まっことこれが自然に出来たらぁて不思議じゃのおし!」
「うむっ」
子供のように笑う坂本に、桂は一言だけ返事を返す。
こんな偶然の形になるなんてと、目を瞠りながら。
二人が見上げる茜空を区切る枝のシルエットは、少し歪だが確りハートマークになっていた。
「ここでチューしたら、一生一緒にいられるんじゃと」
桂の腰に、坂本の腕が回され引き寄せられる。
「それ、今作っただろう?」
あんな幼い子供たちの発想ではないと上目遣いに睨みつけると、照れたように笑う。
「おんしにゃ、なんちゃーお見通しじゃのぉ」
あっけらかんと悪びれない、いたずら小僧みたいに元気な笑顔。
桂はいつも、この笑みにほだされる。
頬が朱に染まるのは夕陽のせいにして、坂本にかけて貰ったマフラーを解く。
「だが、乗ってやる」
言葉と共に坂本の頭上めがけマフラーをくぐらせ、後頭部ごと引き寄せた。
近付く優しい眼差しを瞳に焼き付け、目を閉じる。
そして交わされる、燃える空よりも熱い口づけ。
了
2017.11.28
1/1ページ