思い出のリラ
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今日も今日とて、ダンテは事務所で気だるげにピザを食べていた。
便利屋として事務所を開いているのだから仕方ないのだろうが、ここのところ舞い込んでくるのは浮気調査や逃げ出したペットの捜索、トイレの修理など聞くだけで顔をしかめるような何の変哲もない依頼ばかりだった。
腐れ縁の女ハンターが持ってくる“こちら側”の依頼でもダンテを楽しませるほどのものはなく、挙げ句報酬は腐れ縁の彼女にほぼ吸い取られた。残されたのは彼女が持ち込んだアタッシュケースの五分の一にも満たない金額だけで、ダンテは最近彼女こそ悪魔なのだと真剣に思い始めている。とはいえ便利屋として雑用もどきをして雀の涙ほどの報酬を得るのもダンテの性には合わない。経験論である。
こんな日々では元々ほぼ無いやる気を捻り出すのは至難の技であり、今日も雑誌を読むか武器の手入れをするか寝るかのどれかになるのだろう。最後のひと切れも食べ終えたのでやることもなくなり、仕方なしに昼寝を選んだ時だった。遠慮がちに事務所の扉が開いたのは。
「……あの…こちらが便利屋の“Devil May Cry”でよろしいですか?」
顔を覗かせたのは黒髪の女だった。ダンテがそうだと短く返せば、安堵したように強ばっていた肩をすっと下ろした。ダンテはそんな女に僅かに眉を潜める。
おどおどとまではいかないがこのスラムにはあまりにも場違いな……言うなれば、“田舎者”、“世間知らず”の雰囲気が丸出しだった。知り合いの勝ち気な女たちとはまるで正反対である。となれば……とダンテは先制して言葉を続けた。
「確かにここは便利屋だが、生憎とペットの捜索も不倫調査もトイレの掃除も請け負ってないぜ。他でもあたるんだな」
女は目を丸くした。ちょっと困った顔になると、「違います」と小さく言葉を返す。するりと扉から静かに滑り込むと、ダンテを見つめて言った。
「悪魔を倒す手伝いをしてほしいんです」
***
アイリスは一部を除けば何の変哲もない、他の子と同じ幼少期だったと思う。
アイリスには親がいなかった。捨てられたのか、何かしらの事情で亡くなったのか、それすら分からない。気が付けば、アイリスのそばにいるのは金色の髪をした美しい男性がいた。
男性はアイリスの“養父”なのだと言った。その言葉の意味を最初は理解出来なかったが、成長すれば分かった。
彼は言った。血は繋がっていなくとも自分のことを親だと思ってほしいと。
彼はとても優しかった。何かしている途中でも、アイリスが話しかければ必ず向き直った。勉強で分からないところがあれば分かるまで嫌な顔ひとつすることなく教えてくれた。
家事をしているのは養父ではなかった。真っ黒な衣服を身にまとったひとだった。そのひとはアイリスが話しかけてもうんともすんとも言わないし、顔も見えないくらいに包帯に覆われていたから不気味だったのだけれども、養父は信頼しているようだった。……実際、そのひとは口を利けないだけでアイリスが恐る恐る話しかければ養父と同じように向き直ってちゃんと聞く姿勢になってくれたし、アイリスが何かリクエストをすれば完璧にこなしてくれた。外見こそハロウィンのおどろおどろしい仮装だが、中身はなんてことはない。ただのいいひとである。
そんな存在だったので、十代前半にもなればアイリスはすっかりそのひとになついていた。
―――運命が変わったのは、アイリスの誕生日の朝だった。
養父があの包帯をぐるぐる巻きにしたひとに殺害された。理由は分からない。アイリスが見たときには既に事が済んでしまった後だった。
包帯はほとんどほどけていた。そこから覗く素肌は機械的な、陶磁器のようなまっさらな白。そして顔は、何とも形容しがたい異形だった。爬虫類のような瞳孔をしていたことは鮮烈に記憶に残っている。床に倒れ込んだ養父を一瞥して、そのひとは窓から飛び出した。アイリスのことには気付いていたはずなのに、目もくれなかった。
***
経緯を聞いていたダンテは、女……アイリスの話が一段落したのを見計らって、口を開いた。
「―――事情は分かった。だが、どうしてアンタは俺を頼る?それだけ殺すのが難しい悪魔なのか」
「今まで追ってきた情報が確かなら、恐らくは…」
分かっているのなら、ダンテはそのままこの依頼を引き受ける訳にはいかなかった。ダンテ自身が一般人どころか下手な悪魔を軽く凌駕する実力を持っている。ターゲットとなる悪魔が雑魚ならばまだいいが、相応の力を持っているのならば誰かを連れていくとダンテが力をセーブしなければならない。邪魔で、足を引っ張られるだけだ。
アイリスはダンテが苦言を呈する前に続ける。
「悪魔を倒す術はあります。その前に、その悪魔に問いたいのです。何故私の父を殺めたのかを」
「問いたい、ね。理性が残っているならそもそもアンタの養父を手にかけなかったはずだろ」
「それは……そうですが…。でも、あの日を迎えるまでの悪魔は、父に信頼されていました。父に随分昔からそばにいたと聞いています。殺める機会はいくらでもあったはずです。力を持った悪魔だというのなら尚更」
アイリスの言葉は真っ直ぐだった。澄んだ響きにすら感じられる文章にダンテはアイスブルーの瞳を細め、問いかける。
「もし俺が引き受けなかったらどうする?」
「私だけで行きます」
即答だった。勝てるかどうか分からないと言ったくせに、迷いも恐怖もない。来た当初のあの雰囲気は何処へ言ったのか。
悪魔絡みである時点で受けることは元々決まっていたが、それ以上にダンテは彼女が放っておけなくなった。誰が見殺しと同等の返事など出来ようか。
「分かった、引き受けよう」
アイリスはダンテの言葉にありがとうございますと丁寧な返事をした。
便利屋として事務所を開いているのだから仕方ないのだろうが、ここのところ舞い込んでくるのは浮気調査や逃げ出したペットの捜索、トイレの修理など聞くだけで顔をしかめるような何の変哲もない依頼ばかりだった。
腐れ縁の女ハンターが持ってくる“こちら側”の依頼でもダンテを楽しませるほどのものはなく、挙げ句報酬は腐れ縁の彼女にほぼ吸い取られた。残されたのは彼女が持ち込んだアタッシュケースの五分の一にも満たない金額だけで、ダンテは最近彼女こそ悪魔なのだと真剣に思い始めている。とはいえ便利屋として雑用もどきをして雀の涙ほどの報酬を得るのもダンテの性には合わない。経験論である。
こんな日々では元々ほぼ無いやる気を捻り出すのは至難の技であり、今日も雑誌を読むか武器の手入れをするか寝るかのどれかになるのだろう。最後のひと切れも食べ終えたのでやることもなくなり、仕方なしに昼寝を選んだ時だった。遠慮がちに事務所の扉が開いたのは。
「……あの…こちらが便利屋の“Devil May Cry”でよろしいですか?」
顔を覗かせたのは黒髪の女だった。ダンテがそうだと短く返せば、安堵したように強ばっていた肩をすっと下ろした。ダンテはそんな女に僅かに眉を潜める。
おどおどとまではいかないがこのスラムにはあまりにも場違いな……言うなれば、“田舎者”、“世間知らず”の雰囲気が丸出しだった。知り合いの勝ち気な女たちとはまるで正反対である。となれば……とダンテは先制して言葉を続けた。
「確かにここは便利屋だが、生憎とペットの捜索も不倫調査もトイレの掃除も請け負ってないぜ。他でもあたるんだな」
女は目を丸くした。ちょっと困った顔になると、「違います」と小さく言葉を返す。するりと扉から静かに滑り込むと、ダンテを見つめて言った。
「悪魔を倒す手伝いをしてほしいんです」
***
アイリスは一部を除けば何の変哲もない、他の子と同じ幼少期だったと思う。
アイリスには親がいなかった。捨てられたのか、何かしらの事情で亡くなったのか、それすら分からない。気が付けば、アイリスのそばにいるのは金色の髪をした美しい男性がいた。
男性はアイリスの“養父”なのだと言った。その言葉の意味を最初は理解出来なかったが、成長すれば分かった。
彼は言った。血は繋がっていなくとも自分のことを親だと思ってほしいと。
彼はとても優しかった。何かしている途中でも、アイリスが話しかければ必ず向き直った。勉強で分からないところがあれば分かるまで嫌な顔ひとつすることなく教えてくれた。
家事をしているのは養父ではなかった。真っ黒な衣服を身にまとったひとだった。そのひとはアイリスが話しかけてもうんともすんとも言わないし、顔も見えないくらいに包帯に覆われていたから不気味だったのだけれども、養父は信頼しているようだった。……実際、そのひとは口を利けないだけでアイリスが恐る恐る話しかければ養父と同じように向き直ってちゃんと聞く姿勢になってくれたし、アイリスが何かリクエストをすれば完璧にこなしてくれた。外見こそハロウィンのおどろおどろしい仮装だが、中身はなんてことはない。ただのいいひとである。
そんな存在だったので、十代前半にもなればアイリスはすっかりそのひとになついていた。
―――運命が変わったのは、アイリスの誕生日の朝だった。
養父があの包帯をぐるぐる巻きにしたひとに殺害された。理由は分からない。アイリスが見たときには既に事が済んでしまった後だった。
包帯はほとんどほどけていた。そこから覗く素肌は機械的な、陶磁器のようなまっさらな白。そして顔は、何とも形容しがたい異形だった。爬虫類のような瞳孔をしていたことは鮮烈に記憶に残っている。床に倒れ込んだ養父を一瞥して、そのひとは窓から飛び出した。アイリスのことには気付いていたはずなのに、目もくれなかった。
***
経緯を聞いていたダンテは、女……アイリスの話が一段落したのを見計らって、口を開いた。
「―――事情は分かった。だが、どうしてアンタは俺を頼る?それだけ殺すのが難しい悪魔なのか」
「今まで追ってきた情報が確かなら、恐らくは…」
分かっているのなら、ダンテはそのままこの依頼を引き受ける訳にはいかなかった。ダンテ自身が一般人どころか下手な悪魔を軽く凌駕する実力を持っている。ターゲットとなる悪魔が雑魚ならばまだいいが、相応の力を持っているのならば誰かを連れていくとダンテが力をセーブしなければならない。邪魔で、足を引っ張られるだけだ。
アイリスはダンテが苦言を呈する前に続ける。
「悪魔を倒す術はあります。その前に、その悪魔に問いたいのです。何故私の父を殺めたのかを」
「問いたい、ね。理性が残っているならそもそもアンタの養父を手にかけなかったはずだろ」
「それは……そうですが…。でも、あの日を迎えるまでの悪魔は、父に信頼されていました。父に随分昔からそばにいたと聞いています。殺める機会はいくらでもあったはずです。力を持った悪魔だというのなら尚更」
アイリスの言葉は真っ直ぐだった。澄んだ響きにすら感じられる文章にダンテはアイスブルーの瞳を細め、問いかける。
「もし俺が引き受けなかったらどうする?」
「私だけで行きます」
即答だった。勝てるかどうか分からないと言ったくせに、迷いも恐怖もない。来た当初のあの雰囲気は何処へ言ったのか。
悪魔絡みである時点で受けることは元々決まっていたが、それ以上にダンテは彼女が放っておけなくなった。誰が見殺しと同等の返事など出来ようか。
「分かった、引き受けよう」
アイリスはダンテの言葉にありがとうございますと丁寧な返事をした。
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